自称「平凡だけど、どこか神秘的で儚げな……ただの百鬼夜行の一生徒」の妹による曇らせツアー   作:藍終

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本編の推敲が手間取ってまして、その穴埋め……というのは建前です。
書きたかったというか、我慢できなかったというか……。

番外編としてお楽しみください。
時系列は、クユリが2年生になった直後あたりを想定しています。
アヤメ視点からです。


番外編
ナグサ「妹に無視ドッキリを仕掛けてみたいなって」アヤメ「は?」


 

「――ということで、クユリに一日中無視ドッキリを仕掛けようと思うの。アヤメ、協力してくれる?」

 

「………いや、は?」

 

 

 私――七稜アヤメには一人の幼馴染がいる。

 

 弱虫で、泣き虫で、自己肯定感が壊滅的で、雛鳥みたいについてくる、触れれば手折ってしまうような儚げな美少女。

 

 百花繚乱紛争調停委員会の副委員長、御稜ナグサ。

 

 そして、その幼馴染にはまた一人、身長以外は瓜二つな妹――御稜クユリがいるのだけれど……。

 

 私の幼馴染は、所謂シスコンなのだ。

 

 長い付き合いをしてきた中で、ナグサがクユリのそばにいなかったことが記憶にないくらいは、四六時中べったりだった。

 

 私がクユリの立場だったら……正直うんざりしてしまうだろうなぁと思うくらいには。

 

 いつだったか、何の気なしに興味の赴くまま訪ねたことがある。

 

 極上の焼き鳥とクユリ、どちらかしか食べれないなら?と。

 

 一切の躊躇なく、差も当然かのように平坦な声音で後者を選択してきた時は、得も知れない恐怖を抱いたものだった。

 

 ともかく、見ているだけで胸焼けしそうなイチャつきを展開するナグサのシスコンぶりは、クユリの同期であるキキョウやレンゲから同情の視線を向けられるほどなのだ。

 

 そんなナグサがある日突然、こんな事を言いだしたのが始まりだった。

 

 

 

 

        〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

「……ねぇ、アヤメ。妹に無視ドッキリを仕掛けてみたいなって」

 

「は?」

 

 

 春も麗らかな陽気あふれる日中、共に書類を捌いているはずの幼馴染の声が私の脳を停止させた。

 

 同時に、腹の底から困惑の煮詰まった疑問が吐き出される。

 

 たまにどこか抜けたような事を言い始める節はあった――主に焼き鳥関係で――ものの、今回のは流石の私も面食らってしまった。

 

 

「……どうしたのいきなり。焼き鳥不足だったりするの?ナグサ」

 

「ううん。焼き鳥は朝から食べてきたから大丈夫だよ」

 

「それはそれでどうなの……」

 

「まぁ……それはともかく、クユリへのドッキリ……協力してくれないかな…?」

 

「待って待って待って……。色々すっ飛ばしすぎだと思うのは私だけ?」

 

 

 頭痛が痛いとはこのことなのか。頭を押さえて天井を仰ぐ私を、当のナグサはこてりと首を傾げるだけ。

 

 ――なんでそんな当たり前の事のような顔するの……?

 え、私がおかしいのかな?

 

 ただでさえ、百花繚乱の委員長に就任したばかりなのに、思わぬ伏兵にブドウ糖を持っていかれてますます頭痛がする。

 

 あんなに妹を溺愛していたはずの幼馴染からは絶対に聞くことのない提案。

 

 一周回って興味が湧いてきてしまった私は、まずはその境地に至った経緯を聞くことにした。

 

 

「……どうしてそんな事をしようと思ったの?ナグサらしくないっていうか……」

 

「その……私って、いつもクユリと一緒にいるよね」

 

「うんそうだね、ほんとにね」

 

「そ、そんな目で見なくても……。それでね、最近気のせいかもしれないけど……クユリに距離取られてるって感じて……」

 

「そりゃあそうでしょ……」

 

 

 聞けば、面と向かって拒絶されてはいないものの、スキンシップを避ける仕草が増えてきたとのこと。

 

 それもそう。クユリだって今年から高校二年生、思春期真っ盛りな時期なのだ。一人自由に過ごしたい時間も増えるはず。

 

 そんな折に、変わらずべたべたくっついてくる姉がいるとなれば……心中お察し状態だ。

 

 呆れのため息をつきながら事情を聴く私は、半ば現実逃避気味に淡い希望を作り出そうとしていた。

 

 無視ドッキリというのは言葉の綾みたいなもので、実際はクユリとの距離を見直していこうという決意の表れなのではないのかと。

 

 それなら素直にそうと言ってくれれば、幼馴染としても協力は惜しまないのに……。

 

 しかし、このシスコンは微塵たりともそんな事は考えていなかったようで――

 

 

「それで、どうしたらいいか詳しそうなレンゲに聞いてみたら……“押してダメなら引いてみろ”戦法だなっ!って……」

 

「レンゲェ………」

 

「確かに一理あるかもって思って……。ほら、夫婦のマンネリ防止とかにも役立つらしいし、それに……」

 

「………それに?」

 

「クユリが泣いてるところ、しばらく見てないし……。久しぶりに見てみたいなって―――」

 

「――残念だよ。百花繚乱の委員長としても、幼馴染としてもナグサをこの手にかけることになるなんてね……」

 

「……アヤメに殺されるなら、それでも……いいかな」

 

「それは卑怯じゃないかな!?」

 

 

 本当にこの美少女は……時折訳もわからない理由で梃子でも動かない意思を持つことがある。

 

 人間呆れが達すると、諦めに転ずるというけれど、今まさに私も両手を挙げて首を振ることになっていた。

 

 ただ、イカれた計画を否定するのは諦めるにしても、どうしてそれを私にわざわざ伝えたのかという疑問が残る。

 

 薄々それが何かを察しつつある私自身から目を背けて尋ねてみれば――

 

 

「はぁ……それで?どうして私にわざわざ……?」

 

「あ……うん。アヤメにはドッキリ後のクユリのケアに協力してもらおうかなって……」

 

「自分の尻は自分で拭けって言葉、知ってる?」

 

 

 

 

 

        〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 ――ということがあって今に至るわけだ。

 

 ……何がということで、なんだろう。意味が分からない。

 

 妹が可哀想だとは思わないのか……いや、可哀想は可愛いとかいう気狂いの迷言を何処かで聞いた気も……。

 

 もしかしたら、世の中のシスコンは皆ナグサみたいな人なのかもしれない。

 

 思考回路がショートした私は、ヤケクソ気味に話を切り上げることにした。

 

 決して面倒くさくなったとか、私もクユリの泣き顔とか見たことなかったなぁとか思ったわけではない。

 

 それに、私の目に狂いがなければ、クユリはクユリでかなりの………。

 

 そろそろナグサも痛い目を見なければ歯止めが利かないだろうと、それっぽい言い訳を並べて幼馴染を檻から解き放った。

 

 

「……まぁ、好きにしてみたらいいと思うよ。ナグサから何かをやりたいって言うの、珍しいし。ケアもしといてあげるから」

 

「ほんと……?ありがとう、アヤメ」

 

「でも、あまりにも可哀想だったら私の判断でバラすからね。それと、後輩たちには何も伝えないから、咎められても知らないよってことは理解しておいて」

 

「う、うん……」

 

「はい、この話はここで終わり。まずはやる事やらないと。ナグサももう副委員長なんだから、ね?」

 

「うん……アヤメが委員長なら、私も頑張れるよ」

 

「あはは……なにそれ」

 

 

 この時の私は知る由もなかった。

 

 ここで一時の感情に囚われず、幼馴染の奇行を止めておけばよかったと。

 

 檻から解き放たれたのは、ナグサの愛情よりももっと深い……捻くれたナニカであったということを。

 

 

 

 

✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵✵✵

 

 

 

「――やっちゃった……寝坊なんていつぶりだろ、急がないと」

 

 

 朝っぱらからガンダッシュかます羽目になっている御稜クユリこと私は、久方ぶりの遅刻という時間の脅迫に追い立てられていた。

 

 よりにもよって、今日は百花繚乱での定期実力試験が行われる日だった。

 

 原作知識には無い設定だったが、考えてみれば百花繚乱は選りすぐりの精鋭集団。

 

 蠱毒とまではいかないにしろ、常に互いを蹴落とす事ができる下剋上制度もある以上、実力試験なるものもあって然りではある。

 

 幸い、この身体は前世よりはるかに身軽で丈夫だったため、多少無理しても壊れることはない。

 それを活かして荒っぽい訓練と戦法を積み重ねていった結果、実力面では後輩には勿論、キキョウやレンゲともやりあえる程には強くなれている。

 

 ただ、ここは日本モチーフの百鬼夜行……の治安維持組織である百花繚乱。規律も当然厳しい。

 

 寝坊で遅刻とかいう間抜けな理由で退部命令など出された暁には、花鳥風月部に寝返るかもしれない。

 

 ――お姉ちゃんも気づいたなら起こしてくれてもいいじゃない……。

 

 私が慌てて身支度を済ませた頃には既に、我が姉、もとい最推しのナグサの姿は家になかった。

 

 普段うんざりするほど付き纏ってくる――無論、おはようのキス(額)も含む――姉がいないどころか、一言も置いていかなかったことに、何処か寂しさを感じてしまうのは否定しきれなかった。

 

 まぁ、そういう事もあるかなと頭を切り替えているうちに、気づけば百花繚乱の訓練場に到着していた。

 

 先にはアヤメ委員長や姉、同級生や後輩たちが集合している様子が見え、体力の消耗も厭わず走り込んだ。

 

 

「はぁ……ふぅ……。ごめん、遅れて。時間は……」

 

「ぎりぎりだけど、間に合ってるよ。おはよう、クユリ。珍しいね、寝坊でもしたの?」

 

「あはは……そんなところです、アヤメさん」

 

「まぁそんな時もあるよ、気にしないでね。ナグサといつも一緒に来てたから、ちょっと気になっただけだから」

 

「はい。……あ、お姉ちゃん、おはよう」

 

 

 何も特別な事はしていない、平凡でありふれた挨拶。

 

 アヤメの隣に立つ姉に手を挙げて、それとなくした挨拶への返答は………無言という態度で返ってくることになった。

 

 ――あれ?聞こえなかったのかな?

 

 首を傾げて様子を観察してみれば、その真白の双眸は、私を捉えてすらいなかった。

 

 まるで、私そのものに気づいていないかのように。

 

 ――お姉ちゃんも副委員長になってまだ浅いし、緊張してそれどころじゃないのかな?あり得るなぁ……。

 

 原作通り、砂上の楼閣メンタルな姉ならそれも仕方ないこと。いやむしろ可愛い。

 

 そう納得づけて所定の位置に戻ることにした。

 

 胸の奥に、本能から忌避するような小さな疼きがちらつくのを無視しながら。

 

 

 

 

 

 

 その後、行われた実力試験については滞りなく終わることができた。

 

 運の悪いことに、準々決勝でアヤメとかち合うことになり、そりゃあ見事に敗北したわけだけど。

 

 ノールックで片足リロードなんて技術を見せられたら感服する他ない。

 

 勝者としても態度も完璧で、それは決勝で姉に勝利した時にも特に際立って見えた。

 

 何かを言いたげだった様子なのは若干気にはなったけれど。

 

 また勝てなかった……と落ち込む姉に、あんな面で手を差し伸べるなんて、それはアヤメ一筋になりもするよと思ったものだった。

 

 原作だったら、間違いなくスチルがあった場面だと思うね。

 

 それはともかく、朝から危惧していた事は何も起こらず、いつも通りに百花繚乱として見回りや仲介をしながら一日を過ごしていく。

 

 そして、時の流れは早いもので気づけばすっかり日も傾き、値引き商品が出回る時間帯になってきていた。

 

 基本見回りは二人一組で行うのだが、これまた珍しい事に、今日は姉ではなく後輩――一般百花モブと組むことになっていた。

 

 これといって特別なトラブルが起こったわけでもなく、いつも通りが流れる日だった。

 

 後輩と別れ、茜色の斜陽に目を細めながら帰路につく。

 

 

「ただいま……」

 

 

 ガラリと玄関扉を開けて、下駄を脱ぎながらそう呼びかけるも返事はない。

 

 まだ帰ってきていないのか、それとも聞こえなかったのかなと考えながら我が家をそれとなく捜索する。

 

 そして、割とすぐにその理由は特定できることにはなった。

 

 風呂場の明かりがついている。確かにそれなら聞こえないはずだと納得した私は、姉の風呂上がりに合わせて夕餉の準備に取り掛かる。

 

 ナグサ=焼き鳥のイメージに違わず、我が姉は安心して料理を任せられる……というわけではない。

 

 焼き鳥にステを全振りしたらしいのか、一度一任してみた時には、一面焼き鳥の食卓が爆誕する事態となった事もある。

 

 我が家は居酒屋ではないし、流石の私も飽きが来てしまう。そんな経緯で、半ばもぎ取るように夕餉の権利を獲得している。

 

 一応、前世は一人暮らしの身だったこともあり、誇れるまでではないにしろ一般的な食卓を作れるまでにはなっていた。

 

 適当な定食を並べているうちに、風呂場あたりから物音がし始める。

 

 入れ替わりで私も湯を浴びてこようかなと考えていると、居間の障子が滑り、程よく火照った純白の美少女が現れた。

 

 

「あ、お姉ちゃん。ご飯できてるよ。私もすぐ入ってくるから、少し待ってて……」

 

 

 部屋着を拝むことができるのは、間違いなく転生者特権だと思いながら、いつも通りに声をかけて―――

 

 

 返ってきたのは、暑苦しいスキンシップでもなく、感謝の言葉でもなく、頷きですらない……無言の素通りだった。

 

 

「………ぇ……、あ……あの……!」

 

 

 喉が詰まる。上擦った声が微かに漏れて、反射的に伸ばした手はすれ違う背に届かない。

 

 まるで、そこに私がいないかのような歩みで遠ざかる様は、朝方の出来事も思い出されて……。

 

 硬直する私に構わず、静かに合掌をして夕餉を食べ始める

その瞳は、一瞥すらもくれてやらないという断固たる意志が見え隠れしていた。

 

 視界にノイズが走る。

 

 忌まわしい、思い出したくもない古傷がフラッシュバックする。

 

 孤独で、義務的な食卓。ここにお前の居場所はないのだと、突きつけてくる静寂。

 

 心のどこかで忘れようと必死に藻掻いてきたあの記憶が。

 

 

「――っ……!お…風呂入ってくるね……」

 

 

 どうにかそれだけ絞り出して、その場から逃げ出す。

 

 とても呑気に風呂になど入れるわけもなく、そのままの勢いで二階の自室に駆け込む。

 

 柔らかな寝具に顔を埋め、動悸が収まるのをひたすらに待ちながらも、頭の中に渦巻く疑問符に翻弄されていく。

 

 ――落ち着いて……ここはあの世界じゃない……。

 

 ――なんで……?どうして……?

 

 ――私が、何かしちゃった……?

 

 ――知らず知らずに、怒らせるようなことをしてた……?

 

 ――……分からない、分からない。全く心当たりがない。いや、それ自体が気に障ってるとか……?

 

 ――私の存在が、お姉ちゃんだけに見えてない……そういう神秘か何か……?

 

 ――もしかしたら、私は、嫌わ―――

 

 

 ヒュッと息が哭く。

 

 私の中の支柱が、無意識の拠り所ごと崩れ去っていく感覚が襲いかかる。

 

 

「違う……違う違う違う……。そんなこと……まだ、大丈夫。明日、何かは分からないけど、謝って、それで……」

 

 

 秘める計画のことも今は完全に忘れて――そもそも、姉に嫌われていては元も子もない――迫りくる見えない恐怖に怯えることしかできずにいた。

 

 動悸の波がようやく落ち着いたのは、そこからさらに一時間ほど経った頃だった。

 

 一縷の希望を見出そうとしたのか、単なる現実逃避からくる行動なのかは分からない。

 

 ふらつく身体を引き起こし、居間まで戻って障子の隙間から中を覗く。

 

 人の気配は既になく、とっくに姉は自室に移ったのだろう。

 

 食卓には私の分の食事だけが、ポツリと残されている。

 

 食欲など全く湧いていないはずなのに、私の身体は事務的に膝を下ろしていた。

 

 

「………いただきます」

 

 

 食べずに捨てるのは勿体ないと、そんな理由すら考えずにひたすら無言で箸を動かす。

 

 あたかも昔の自分が憑依したかのように、ただ機械的に。

 

 塩のかけすぎだったのか、やけにしょっぱいなぁと感じながら。

 

 

 片付けを済ませ、自室に戻る頃には気力はとうに尽き果てて、そのまま布団へと身を預ける。

 

 結局湯浴みもせず、着替えもしない気持ち悪さと、どうしょうもない空虚に包まれたまま瞼が落ちるに任せることにした。

 

 当然、その夜は一睡たりともできなかった。

 

 

 

 

 

 

 その日から、生き地獄が始まった。

 

 

「お姉ちゃ……ぁ………」

 

 

 原因を探ろうとしても、謝ろうにも、そもそもその機会すら無いのは想定外だった。

 

 明らかに避けられているし、よしんば話しかけれても無視を決め込まれるだけ。

 

 それは家の中だけでなく、百花繚乱としての活動中にも及び始めて……。

 

 逆に、それ以外は何も変わらず、普通であることが私をさらに追い詰めていった。

 

 一番の存在だけに拒絶されるという、中途半端故の拷問。

 

 自発的に眠ることは次第にできなくなり、最低限の身支度と家事、そして百花繚乱としての活動を維持するので精一杯になりつつあった。

 

 加えて身体が限界を迎えて気絶するように眠れば、あの記憶が夢の中まで待ち伏せてくるざま。

 

 いつしか、それが“当たり前”に成り代わろうとして数日間。

 

 ある日、“いつも通り”一人で食事を取り、すっかり慣れた銃片手に百花繚乱として見回りをしていた時だった。

 

 あらゆるストレスのせいか、視界が狭窄しつつあったその瞬間、ペアの生徒が無理やり私の顔を挟み込んでくる。

 

 驚く間もなく固定された視線の先には、いつになく鋭く……それでいて心の底からの心配の念を帯びた、桐生キキョウの瞳があった。

 

 

「クユリ……やっぱり、あんた最近おかしいよ。何があったの?話して」

 

 

 

 

✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵✵✵

 

 

 

 

 私は、百花繚乱の作戦参謀だ。

 

 まだ日が浅いとは言っても、その責任は果たさなければならない。

 

 その責任の一つに、参謀として身内の状態を常に把握し、最適な指示を出すことがある。

 

 そのために、仲間の機微には常に気を配っておかなければならない。戦闘では、些細な変化が命取りとなることもある。

 

 だからこそ、仲間の……クユリの明らかな変化を見逃す道理もなかった。

 

 クユリの視線は、絶えず姉のナグサ先輩を追っていた。

 

 これだけなら特別なことはない。

 

 ……日に日に衰弱していくクユリの様子を見なければ。

 

 最初は、姉妹喧嘩でも起こしたのかと考えていた。

 

 必死に何かを伝えようとしているクユリと、それを無視するナグサ先輩。

 

 子供っぽいと思わなくもなかったが、姉妹喧嘩にお節介で割り込むのもよろしくないと考えて静観していた。

 

 でも、それも今日までだった。

 

 生きた屍のように、隠しきれない、覚束ない足取りで隣を歩くクユリの顔を覗き込んだ瞬間、そんな甘い考えは吹き飛ぶことになった。

 

 

「……キ、キキョウ……?どうしたの……?私は、何とも……」

 

「ないわけないでしょう?あんた、今どんな顔してるか分かる?……碌に寝てないんでしょ」

 

「それ、は………」

 

 

 姉譲りの美貌はやつれ、目元には隈ができ、銀髪は艶を失いひび割れているよう。

 

 余程のことがなければ、こんな有様になりはしないはず。

 

 自らの見通しの甘さに内心反吐を吐きながら、揺らいだクユリを抱きしめる。

 

 

「……大丈夫。私はあんたを見捨てたりしない。私が、あんたを守ってみせるから……。それとも、私は信用できない……?」

 

「そんな事は……ない、けど……」

 

「じゃあ……お願い。あんたの苦しみを、少しでもいい、分けてくれない?」

 

 

 

 ――そこから、ぽつぽつと打ち明けられた事実から弾き出された結論に、私は危うく怒りで我を忘れそうになった。

 

 曰く、ある日を境に突然態度が一変し、無視をされるようになったと。

 

 心当たりは全くなく、何が原因なのかを尋ねようとしてもいないもののように扱われると。

 

 ありがちな誕生日サプライズの布石などの可能性も考慮したものの、そのような予定や時期ではないと。

 

 推測通り碌に睡眠が取れず、最近は食事もあまり喉を通らないほどだと言う。

 

 

「……分からない……分かんないよ……!私、お姉ちゃんに、捨てら――」

 

「違う!……そうじゃない。これは、多分、きっと……」

 

 

 パニックを起こしかけている華奢な身体を抱きしめながら、その結論について考える。

 

 私がいくらレンゲと違ってインドアな生活をしているといっても、それなりに俗な情報は手に入れている。

 

 聞く限り、ナグサ先輩の態度の豹変は妹のクユリに対してのみで、私やアヤメ先輩、後輩たちにはいつも通りだ。

 

 ナグサ先輩が怪異に取り憑かれたとかでもない、クユリの幻覚というわけでもない。

 

 ならば、残った線は、他ならぬナグサ先輩の故意によるもの――最悪、俗に言うドッキリとかいうものくらい。

 

 本当にクユリがナグサ先輩の気に障る何かをしてしまって、ナグサ先輩が無視をしているのだとしても限度がある。

 

 どちらにせよ、クユリをここまで追い詰める必要は微塵もないはず。

 

 今こうして吐き出してやらなければ、手遅れの事態になっていた可能性すらある。

 

 ――ナグサ先輩、あんたが見たかったのは、クユリのこんな姿だというの?

 

 あの人がシスコンだということは周知の事実だけれど、これは幾らなんでもその範疇に収まらない。

 

 これは一度きついお仕置きが必要だと、作戦参謀としても、クユリの友達としても私は一つの判断を下した。

 

 

「……クユリ、一緒にアヤメ先輩のところに行こう」

 

「……え?」

 

「あの人なら、何とかしてくれる。ナグサ先輩に一番近いのは、アヤメ先輩だから」

 

 

 正直、アヤメ先輩は人格が完璧すぎて若干気味悪いと思わなくもないが、それは私の嫉妬にすぎないはず。

 

 委員長だからと頼りきりにするのは良くない事だと分かっているが、事情が事情だ。

 

 意地を張らず、頼る時は頼る事も作戦参謀として……に限らず大切なことだから。

 

 有無を言わせず、委員長がいると思われる調停室までクユリを連れて歩く。

 

 抵抗する力さえ出せないのか、ふらつきながら後をついてくる姿を見て心を痛めながら。

 

 見回りも大詰めで帰路だったこともあってか、然程時間は掛からなかった。

 

 急く気持ちのまま、クユリを連れて戸をたたく。

 

 隙間から漏れる影を見るに、中には既に客人か誰かが訪ねているらしい。

 

 しかしこちらも火急の用件なのだと、返事を待たずに戸を開く。

 

 

「アヤメ先輩、少しいい?クユリのことで………ナグサ先輩?」

 

 

 眼前に広がるは、見たこともないような表情をしているアヤメ先輩と、詰め寄られて涙目になっているナグサ先輩という予想だにしない光景だった。

 

 

 

 

✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵✵✵

 

 

 ――数分前。

 

 

「……ナグサ、どうして私が怒ってるか、分かるよね?」

 

「う……うん………」

 

「好きにしてみなって言った私にも責任はあるよ。でも、やり過ぎかどうかの分別くらいつかない?」

 

 

 いつもと変わらない、百花繚乱の委員長としての業務と頼み事に追われる一日の中、私はナグサを呼び出して問い詰めていた。

 

 他でもない、ナグサのドッキリの限度について。

 

 私の想定が甘すぎたのもあるけれど、ナグサの徹底したクユリの阻害は見ているだけで頭がおかしくなるような罪悪感に苛まれるほど、度が過ぎるものだった。

 

 聞けば、家の中でさえそれを続けていると言うから、危うく張り手の一つくらい食らわせるべきかとも考えた。

 

 いよいよ見過ごせなくなったと見て、こうして呼び出した判断さえ、今では遅すぎたかもしれないと後悔するほどには。

 

 

「どうして、止められなかったの?」

 

「それは……その、止め時が分からなくなって、言い出しづらくなって……」

 

「その覚悟もなしにやったんだとしたら、ホントに救えないよ?」

 

「う……ご、ごめんなさい……」

 

「謝るべきなのは私じゃないでしょ?」

 

 

 一通り糾弾し終えて、澱んだ空気を肺から吐き出す。

 

 泣き虫だとか、メンタル弱者だとか今は関係ない。

 

 このシスコンには一度きつい薬が必要だと考え、心を鬼にして精一杯の皮肉をぶつける。

 

 

「……まぁ、ナグサはクユリの泣き顔を見られたんだし?さぞご満足いただけたんじゃないかな?」

 

 

 滂沱の涙を流し続ける幼馴染を見下ろしながら、私はこの後の対応を必死にかんがえていた。

 

 思い詰めたクユリが最悪の選択をする可能性も視野に入れなければならない。

 

 ナグサの行動を黙認した時点で私も共犯なのだから、約束以前に私も責任持って彼女のケアをしなければならない。

 

 できるできないではなく、やらなければならない事なのだから。

 

 しかし、意気込みに反して、彼女に掛けてあげられる言葉など持ち合わせていないのも事実。

 

 とりあえずナグサを引っ張って、共に謝罪をすることからはじめて………。

 

 戦闘中よりも思考を回しながら、ナグサの腕をつかもうとしたその時、乾いた音を立てて戸が勢いよく開かれた。

 

 現れたのは、後輩にして作戦参謀のキキョウと……渦中の被害者であるクユリだった。

 

 この世に神様がいるとするならば、おそらくは神様のお導きとやらなのかもしれない。

 

 困惑しているキキョウに、一応用件の確認を取ると――

 

 

「……どうかしたの?キキョウ。今立て込んでてね……」

 

「……いや、ちょうどよかった。ナグサ先輩、それとアヤメ先輩も。クユリのことについて聞きたいことがある。少しお時間いただくよ」

 

 

 流石はキキョウだというべきか。

 

 キキョウのおかげで、手遅れになる前に当事者同士を突き合わせる事ができたのだから。

 

 

「そういう事なら、ちょうどいいね。ほら、ナグサ。自分の口から説明して」

 

「う……ん…。あの、ね……クユリ……」

 

 

 キキョウの陰に隠れたクユリに、恐る恐るナグサが罪状を告白する。

 

 斯々然々といった流れで……とまとめるにはあまりにも重苦しい空気が調停室に流れていった。

 

 キキョウなんかは一触即発といった感じで青筋を立てている始末だし……。

 

 まさにその名の通り、調停室となったこの空間で、やがてナグサはぼろぼろになりながらも全てを吐露し終えた。

 

 土下座している幼馴染を横目に、被害者であり裁罪権を持つクユリに問いかける。

 

 

「――と、いうことなんだけど……。クユリはどうしたい?私も共犯だから、何でも言ってくれて構わ――」

 

「……………った」

 

「……うん?」

 

 

 へたりと、糸が切れたように座り込んだ少女の口から紡がれた……

 

 

「―――よかったぁ………」

 

 

 銀製の陶器を鳴らすような儚く震える声と、安堵の表情を、美しいと思ってしまう私もどうしようもないらしかった。

 

 

「ねぇ……お姉ちゃんは、私のことが嫌いになったんじゃ、ないんだよね……?」

 

「そんなことない……!私がクユリを嫌いになることなんて、絶対にないから!」

 

「えへへ……そっか、そっかぁ……」

 

「ごめん……お姉ちゃん馬鹿だったから……。ごめんね」

 

 

 ――取り敢えずは、一件落着、かな?

 

 これだけで終わりとまではいかないけど、ひとまずは事態は終息したと見ていいだろう。

 

 その意を込めてキキョウを見れば、不承不承といったように肩をすくめて嘆息をついていた。

 

 今日のところは二人きりで存分に誤解を解いてもらって、必要なら私たちも介入していけばいい。

 

 こうして、小さくも深刻な一連のトラブルは幕を下ろした……かのように見えた。

 

 

「……でもさ……、何のお咎めなしってのも、虫が良すぎる話じゃない?ねぇお姉ちゃん?」

 

「え……?あ、うん……そうだけ、ど……」

 

「私、心配だったんだよ?捨てられた、嫌われたって……。まぁ……私も人のこといえないかもだけど……。だからさぁ―――

 

 

 

 ―――オシオキ、しよっか?」

 

 

 そう言うや否や、己より大きな姉の身体をむんずと掴み、万力の力で引きずっていくクユリ。

 

 そのオシオキとやらの内容は知らずとも、いいものではないことくらいは言葉の誰もが察するに余りあった。

 

 ナグサは勿論、私やキキョウさえ声も出せぬまま傍観するしかないでいると、突如クユリの首がぐるりと回転した。

 

 

「……あ、アヤメさん」

 

「な……なに、かな?」

 

 

 言葉でも行動でも、何か一つでも間違えたならば命はないという威圧感に思わず声が上擦る。

 

 

「お姉ちゃん、今から借りるけど……業務は大丈夫ですか?」

 

「う、うん全然!もう仕事はないから、好きなだけ……」

 

「よかった。じゃあ、また明日ですね。お疲れ様でした」

 

 

 不気味なほどの爽やかな笑顔でお辞儀をした彼女は、断頭台前の死刑囚のような顔をした幼馴染を引き摺りながら、やがて黄昏の街道に消えていった。

 

 

 残された二人の沈黙を破ったのは、滅多に聞くことのないキキョウの震えた声だった。

 

「……クユリを怒らせたらダメね。命がいくつあっても足りない気がする……」

 

「同感……だけど、それ以上に……」

 

 ナグサの命運や如何に……なんて、次は私の番かもしれない事から目を背ける。

 

 その反面で、私はあのクユリの気配が忘れられずにいた。

 

 ナグサのシスコンなど比較にもならない、もっと深く……悍ましく昏いナニカが開花したかのような――

 

 

「……やっぱり、姉妹なんだなぁ……」

 

 

 そんな私の呟きは、古びた調停室の天井へと静かに吸い込まれていった。

 

 

 

 

 ――その夜、御稜宅から畳の軋む音が五月蝿いという苦情が、百花繚乱に寄せられたというのはまた別のお話。

 

 




妹がアレなら、姉も姉なのです……。
ただ畳が軋んだだけですよ?えぇ、それだけです……。

活動報告欄にシチュ募集欄を作っておきますので、見たい曇らせ(に限らず、イチャラブでも何でも)のシチュを、良ければ投げ込んでみてください。番外編として採用させていただくかもしれません……。
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