自称「平凡だけど、どこか神秘的で儚げな……ただの百鬼夜行の一生徒」の妹による曇らせツアー   作:藍終

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今回、視点がコロコロ変わります。

最後の日常回です。
一部過激な表現が含まれます。(グロではないとだけ…)


夜に咲く百花繚乱の華火

 

 自分って、あんな声出せたんだ……。

 

 

 ハイ、先日どこぞのエロ漫画の如く、トラブルで初体験をしたクユリです。

 

 いやその本番とかじゃないけど、何かイケナイものが芽生えてしまったように感じますね。

 

 いや、改めて振り返ってみると何か世界の強制力が働いているんじゃないかってぐらい、そんな事ある!?と思ってしまいますわ…。

 

 しかも、レンゲの手の位置がまたいやらしく、こう何ていうか、何のとは言わないけど先端を指間で挟んでくるものだから…。

 

 身体全体にビリッと電流が走ったように感じて思わず雌の声がまろび出てしまいました。

 

 

 

 それだけでも十分衝撃的だったのに、いつから居たのか定かでない我が姉が、これまで見たこともない顔をして来るものだから、その時の脳はキャパオーバー状態だった。

 

 一切の感情が抜け落ちた、まさに絶対零度とも言うべき表情とオーラを放ちながらこちらに近づいてくる様子は、たとえそれがレンゲに向けられたものであると理解してはいても、あまりの恐怖に失神しそうになった。

 

 

 絶対零度下の空間では分子の流れが止まり、時間が止まってしまうらしいが、まさに姉が口を開くまで時間が凍結したような錯覚でした……。

 

 

 

 ちなみに、初の快感と絶対的な恐怖で下半身はもうボドボドだった。

 

 

 

 

 

 レンゲがどう処されたのかは想像にお任せするとして、今日からはあのアヤメ先輩が当番らしいですよ。

 

 キキョウにもレンゲにも、いろんな意味でぐちょぐちょにされたクユリですが、あのアヤメ先輩ならそんなことはないと確信しています。

 

 ユカリ?ユカリという品行方正、純粋無垢、清廉潔白な清涼剤がいなければ私はとうに力尽きていたよ……。

 

 そんないい子に暴力振るおうとしてるやつがいるもんだから、ちょ〜っと張り切っちゃった。

 

 

 

 とまあそんなことは置いといて、今日は少しばかり特別な日でして、例の委員会主導のお祭りが開催される事に伴って、1日中警備活動をしなければならないんです。

 

 あくまでも百花繚乱としての活動なのは百も承知。それでも、せっかくのお祭りの日くらいはナグサお姉ちゃんも一緒に過ごしたかったなぁと、そんな事を考えていたのが悪かったのか、はたまた良かったのか…。

 

 

 

「あ!クユリ、おはよ~!今日はこのアヤメ姉ちゃんにまっかせなさーい!」

 

 誰もが惹かれるような明るい笑顔を振りまき、体いっぱいを使ってこちらに手を振るアヤメ先輩。誰に対してもこうなのだから、自然と彼女の周りには人が集まっていく。

 その底抜けに明るい性格は一種のカリスマなのだと思う。

 

 とはいえ、朝から元気すぎやしないかと苦笑しながらこちらも手を振り返しながら駆け寄る。

 

 

 今日こそは、何事もない平穏な生活が送れると、そう思っていた。

 

 

「アヤメ先輩!おはようございます!こちらこそよろし………く……」

 

 

 アヤメ先輩の影に隠れるようにして立っていた我が姉の姿を見るまでは。

 

 

 いや、別に嫌とかじゃなくて本来この護衛システムにナグサお姉ちゃんは関わらない事を知っていたからが故の、純粋な疑問が言葉をフェードアウトさせた。

 

 というか、絶賛こちらに地雷原が広がっている中で、お姉ちゃんの地雷を踏み抜かずに会話をする自信がない……。

 

 あんな事があった後、どんな顔して接するのが正解なのかわからない……。

 

 

 

 結論が定まっていない状態の脳がはじき出した行動信号は――――――

 

 

「……っえ…。どうして…お姉ちゃんが、いるの……?」

 

 

 固まった表情で、恐る恐るといった様子で馬鹿正直に心の中の疑問をトレースするという、地雷原にダイビングするに等しい行為だった。

 

 

 

 

 

✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵✵✵

 

 

 

 

 ――――――本当に、何やってるんだろう。

 

 

 愛する妹を穢したレンゲを病院送りにした後、私は冷静になった頭で自らの愚行を顧みていた。

 

 レンゲを処刑したことではない。アレは妥当な判断だったと今でも思う。

 

 

 あんなクユリの声は初めて聞いた。なぜその声を出す相手が私じゃなくてレンゲなのか。

 

 

 そんな考えを聞いたアヤメは顔を引き攣らせていたけど、何かおかしいことだろうか?

 

 それはそれとして、私が悔いていたのは、あの場にはクユリがいたのにも関わらず溢れる黒い感情を隠しもしなかったために、クユリを怯えさせてしまったことだった。

 

 

 もともと私が原因で始まった一連の騒動と計画。あの夜、クユリは笑ってこんな姉を許してくれたけど、心の奥ではやはり束縛気味な私を恐れているかもしれない。

 

 それを少しでも和らげるため今回のような護衛、もとい私からの隔離作戦。日常ではもちろん、自宅でも思わず抱きしめてしまいそうになる身体を叱咤し、クユリに不快な思いをさせまいと努力していた。

 

 ………まぁ、キキョウがクユリに尻尾を絡め、その肢体をしなだれかけているところを見た時には危うく人としての間違いを犯しそうになったけど…。

 

 

 そんな風にして無理矢理溜め込んでいた感情は、大罪人レンゲというはけ口を見つけ、一気に雪崩込んでしまったのだ。

 

 せっかくキキョウやレンゲ、ユカリ達によって元に戻りつつあったクユリの平穏を、あろう事か私がまた壊してしまった。

 

 一体どれだけ罪を重ねれば気が済むのだろうか。自分が一番憎い。いつもアヤメの陰に隠れて支えることしかできない無能、そして妹の心の平穏すら守れない姉失格な私に何が残っているというのか。

 

 

 そのくせ、妹への愛を断ち切る事も、せめてそう演じる事もできないどうしようもない存在がこの私―御稜ナグサだった。

 

 

 

 そうして自己嫌悪がやめられない私を見かねたのか、アヤメがある提案を持ちかけてきた。

 

「ねぇ、ナグサ。ナグサももう十分反省したと思うんだ。だから、次私が当番の時さ、一緒に警備活動しよ?」

 

「でも…、私はどんな顔をしてクユリに会えばいいかわからない……」

 

「いや〜、まぁ…。レンゲの件は仕方ないとは思うけどね…。せっかく今日はお祭りがあるんだし、そんな辛気臭い顔をしてちゃこっちまで気が滅入っちゃう」

 

「ご、ごめん……。でも……」

 

「でももヘチマもない!いいから来るの!どうしても辛いなら私がクユリのこともらっちゃうからね!」

 

「ッツ!それはダメッ!」

 

 思わず立ち上がってしまう。いくら幼馴染でも譲れないことくらいはあると、どんなに自己嫌悪しようが、まだクユリに固執していることがわかってしまう。

 

 そんな私を見てアヤメは満足そうに笑った。

 

「それでいいの!この際だから全部クユリにぶちまけちゃいなよっ。お互いに腹割ってぶつかり合ってすっきりしちゃえば意外となんとかなるもんだからね」

 

 

「……うん、そうする。ありがとうアヤメ、やっと決心がついた」

 

「それでこそナグサだよ〜。ま、もし振られちゃったら私が……」

 

「継承戦を申し込もうかな」

 

「じ、冗談です……」

 

 

 やっぱりアヤメは凄い。何時だって私の心を溶かしてくれる。そんなアヤメだから百花繚乱の委員長にふさわしいと思うし、副委員長の御稜ナグサとしてアヤメの側にいられる。

 

 せっかくなんだ、この際クユリに思いの丈をぶちまけよう。愛する妹の前でくらい、本当の自分を曝け出そう。

 偽りの自分を演じ続けるのには疲れた。

 

 クユリのことを信じられるのはお姉ちゃんだけだ。

 

 

 

 

 

 

 そう意気込んで、でもやっぱりいざクユリが見え始めると緊張してしまう。アヤメの後ろに隠れようとする身体を叱咤し、アヤメに駆け寄ってくるクユリの前に姿をさらす。

 

 

 一息ついて、頑張れナグサと今一度自分を励ます。

 

 

 

 さぁ、正念場だ――――――

 

 

 

 

 

 

「……っえ…。どうして…お姉ちゃんが、いるの……?」

 

 

 

「ッあっ…………………」

 

 

 

 やっぱり無理かもしれない…。

 

 

 

 

✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵✵✵

 

 

 

 ちょっと時期尚早だったかな…。

 

 

 いつものネガティブモードに入ったナグサを私の独断とはいえ、クユリの前にまで連れ出すことには成功した。

 

 クユリもしばらく姉から離れた日常―後から聞くと色々あったみたいだけど―を過ごして、リフレッシュできた頃だと判断し、こうして姉妹を対面させたのだが……。

 

 

 私の隣に立つナグサを見た瞬間、さっきまで笑顔を浮かべていた顔がビシリと固まり、見たくないものを見てしまったようなか細い声を出すクユリを見てしまえば、そう思ってしまうのも仕方がないと思う。

 

 

「あ〜…、あのねクユリ。私が無理言ってナグサにもついてきてもらったわけなんだ〜。だから、その……」

 

 責めるなら私を責めて、そう言いかけ―――

 

 

「いいよアヤメ。私、頑張るから」

 

 

「ナ、ナグサ?大丈夫なの?」

 

 私の言葉を遮って、ナグサが一歩を踏み出す。先程までのこの世の終わりのような表情はどこへやら、一つ殻を破ったような、私が発破を掛けた時と同じいい顔をしていた。

 

「ねぇクユリ、お姉ちゃんね、聞いて欲しい事があるの」

 

「う、うん…。何?」

 

 

 

「お姉ちゃんは……いや、私は……」

 

 

 

 そうだ、お姉ちゃんとしてクユリの事がどうしようもなく好きって気持ちを今一度全力でーーーーうん?『私』?

 

 

 

 

 

 

 

「私はクユリのことが好き。だから、結婚して欲しいの」

 

 

 

 

 ………………好きってソッチィィィ!!!???

 

 

 

 思わず白目を剥き、そう心で絶叫しながら私は倒れ込んだ。

 

 

 

 

✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵✵✵

 

 

 

 

 自分の中で何かのストッパーが吹き飛んだ気がした。

 

 人間追い詰められるとリミッターが外れ、普段の全力以上の行動がとれるようになるというけど、本当なのかもしれない。

 

 この時の私は何も考えずに、ただ心のダムから流れるモノに任せて言葉を紡ぎ続ける。

 

 

「へぇっ!?お、お姉ちゃん何言ってるの!?」

 

「クユリのことを愛してる。だから結婚してほしいって言ったの。何かおかしかった?」

 

「ま……、待って待って。私達姉妹だから結婚できないよね?」

 

「知らないの?クユリ、このキヴォトスでは姉妹の結婚は年齢無制限ですることができるんだよ」

 

「初めて聞いたよ!?」

 

 

「……まぁ、それは嘘だけど」

 

「“それは”!?じ、じゃあその…結婚したいとかは…」

 

「本気だけど?」

 

 

「ふぇっ///」

 

 

 躊躇いなく偽りのない本心を告げると、クユリは私に似て真っ白な肌を真っ赤に染め上げた。

 

 だけどまだ足りない。ここまで来てしまったのだから、余すことなく全ての想いをぶつけながら、一歩一歩クユリに近づく。

 

「私はクユリが笑ってる顔が好き、怒っている時の膨れっ面も好き、泣いちゃってる顔も好き……」

 

「え、ちょっ、お姉ちゃん?」

 

「甘味処で幸せそうに三色団子を頬張る姿も、百花繚乱として必死に鍛錬を積んでいる姿も、今まさに恥ずかしがってる姿も何もかも」

 

「い、いったん落ち着こ?なんか怖いよ?」

 

「クユリを構成してるあらゆるモノが……」

 

「わ、わかった。わかったから!もうこれ以上は…///」

 

 

 

 

 

「愛らしくて仕方がないの」

 

 最早ピクリとも動けないらしいクユリの前に立ち、膝を折って自分より背の低いクユリと視線の高さをあわせる。

 

 

 

 

「だから………。」

 

 

 

 私がクユリに対する気持ちを伝えるのには、コレが手っ取り早い。

 

 

 

 

 

「…へ、え?ま、まさか………、お、おねッ―――――――――んむッ!?」

 

 

 

 まだ誰にも穢されていない、小さな口内に舌まで入れて、その神域を蹂躙する。

 

 小刻みに震える身体を抑え込むようにして抱きしめ、より一層深く繋がっていく。

 

 

 一度、唇を離すと当のクユリはまだ驚きが勝っている様子だった。

 

「…ぷはっ!ち、ちょっとおねッ――――――んむぅッ!」

 

 

 余計な言の葉を紡がせまいと、再びその口に蓋をする。

 

 

 互いの存在を交換し合う快感に、強張っていたクユリの顔も次第にトロンとしていく。

 

 抵抗する力も根こそぎ奪われ、抱きしめる力を緩めても逃げる素振りも見せない。

 

 貪り食われるまま、流れ込む愛を享受し続けている人形と化していた。

 

 

 

 

 

 

 そうしてどれくらい経っただろうか。とりあえず満足してゆっくりと顔を離すと、天が祝福するが如く銀の細い橋が架かった。

 

 

 半ば放心状態のクユリの顔を両手ではさみ、私―御稜ナグサが伝えたいことを一言。

 

 

 

「この世の何よりも大好きだよ、クユリ」

 

 

 

 

 

 

 

✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵✵✵

 

 

 

 

 

 ナグサも成長したなぁ……

 

 あの後、日の出ている時間にも関わらず行われる情事を建物の影から観察……ゲフンゲフン、見守っていた私こと七稜アヤメはそうしみじみと感傷に浸っていた。

 

 

 いつも私に頼ってきて、何か辛いことがあったらすぐに泣いてしまう。後輩のキキョウにすら言圧で萎縮して、自分の気持ちを前面に出すことが苦手な儚げな幼馴染の姿は――少なくとも今は何処にも存在していない。

 

 多少不純で、暴走気味ではあるけど、自分の気持ちをまっすぐクユリにぶつけることができるようになるまで、ナグサの精神は成長したのだ。

 

 

 ――嬉しい。<■■■。>

 

 幼馴染がいい方向に成長してくれたことは、何だか我が子の成長をみているようで感傷的な気分だ。

 

 精神面の問題が解決したナグサは、前々から実力自体は私以上だと感じていたこともあり、もう私の陰に隠れるような存在ではなくなった。

 

 

 ――それでいい。<■■■。>

 

 

 ――ナグサの方が百花繚乱紛争調停委員会の委員長にふさわしい。<■■■■■■■■■■■■■■■■■■。>

 

 百花繚乱の優劣は基本的に力で決まるという風習がある。そのため、下剋上が如く、継承戦を申し込むこともできるのだ。

 

 一度、ナグサが担当した模擬戦闘訓練の様子をこっそり見学したことがあった。調子づいていた1年生達をたちまちのうちになぎ倒していく。

 一つも息を切らさず、明らかに全力でない動きでさえ、私は目で合うことが精一杯だった。

 

 そりゃあ、ナグサが私に継承戦を持ち込んでくるとは考えにくいけど、いざ全力で戦いあったら勝ち目などないことくらい、私がよくわかっている。

 

 

 私が今、委員長としての核を守っていられる唯一の要素は、クズノハ様から受け取ったこの『百蓮』だけだ。

 

 

 幽霊というより、不可思議な存在を捕らえるという『百蓮』。この銃は幻魎付喪神は勿論、その上位互換である幻魎百物語さえも打ち倒すことができるとされている。

 

 通常の攻撃が効きにくい、ないしは効かないあいつらにとってまさに唯一の特効武器。

 

 それだけが、委員長としての七稜アヤメをアヤメ足らしめている。

 

 

 私が持っていても宝の持ち腐れかもしれない。

 

 

 ――ナグサがいればきっと大丈夫。<■■■■■■。>

 

 

 

 

 ――別に私が絶対に委員長でないといけないわけじゃない。<■■■■■■■■■■■■■■。>

 

 

 大した実力もない、偶々替えが効かない力を持たされただけで、明るく振る舞うことしかできない凡人だから。

 

 そう、最初は私のほうが上だっただけで、元から才のあるナグサはグングンと私を追い越していく。

 

 私ができたのは、せめてナグサの前に立っていられるように、頼れる幼馴染を演じることだけ。

 

 

 ――ナグサにはもう、私は必要ない。<■■■■■■■■■■■■■■■■、■■■。>

 

 

 

 

 

 ――私は、ナグサじゃないから。

 

 

 

 

 

 

 どこかモヤモヤしているのはきっと気のせいだ。

 

 きっと急にナグサが成長して、びっくりしちゃってるだけだ。

 

 そう自分に言い聞かせていると…

 

 

「ウソ、ウソウソウソウソ。ほーんとに嘘つきですねぇ、相変わらず。どこかの黒猫も反吐を吐いちゃう気持ちがよくわかりますよ」

 

 

「誰ッ!?」

 

 

 突如、背後から気配と声が染み出してきたため咄嗟に振り替える。

 

 そこにはクユリよりもさらに小さい、身体に包帯を巻き人を嘲る視線と笑みをした不気味な少女が物陰から文字通り染み出してきていた。

 

 

 その特徴的な風貌は印象強く、これまでの花鳥風月部による騒動で一度だけ顔を合わせたことがあった事をすぐに思い出す。

 

 確か名前は――――――

 

 

「箭吹 シュロ……だったかな?」

 

「おお〜。あの天下の百花繚乱の委員長である手前様に覚えていただけるとは、手前は感激です〜」

 

 

 人の神経を逆撫でする事に特化したような声音で話すシュロに容赦なく『百蓮』を向ける。

 

「御託はよして、あなたがわざわざ私の前に現れた目的は知らないけど、コレに撃たれたらどうなるかわかってるんじゃないの?」

 

「勿論ですよ〜。手前の様な存在すら捉えてしまうその銃。確かぁ〜……、百蓮でしたっけ?よくもまぁそんな大層なモノを扱えますよねぇ」

 

 

 のらりくらりとこちらの威圧を受け流す様な口調と態度に、これ以上付き合う必要もないと判断し、警告無しで引き金を引こうとした。

 

 

 

 

「ほーんと、なんでこんな人が委員長なんでしょうね〜」

 

 

「……どういうこと?」

 

 思わず引き金にかける力が抜ける。

 

 

「だってぇ〜、力で優劣が決まる百花繚乱なのにぃ?副委員長より弱い委員長がソレを、“証”を持ってるのっておかしくないですかぁ〜」

 

「……その件なら私もそう思ってるよ。委員長の座はあの子にふさわしいって。別に私が委員長である必要はないんだから、ナグサにはもっともっと強くなってほしいし……」

 

 

 

 

「アハハッ!また嘘ついちゃって!ま〜だ気づいてないふりしてるんだ!」

 

 

 傑作だとでもいうように腹をよじり、掌を打ち合わせるシュロ。

 

 一通り笑った後、一転して侮辱と軽蔑の視線で一言。

 

 

 

「そんなだから、手前ぇはナグサちゃんに追い抜かれるんだよ」

 

 

 

 

 コイツは喋らせるな。私の脳がそう判断した瞬間には、『百蓮』の引き金を引き絞っていた。

 

 穏やかな日常に一発の銃声が響く。

 

 

 小柄な体格らしからぬ跳躍力でそれを躱し、バク宙の要領で近くの屋根上に跳び乗るシュロ。

 こちらを見下ろす目はあの余裕そうな嘲りの色をたたえていた。

 

 「危ないですねぇ、いきなり人に発砲するなんて……。いくら銃社会にしても限度というものがあるんじゃないですかぁ?」

 

「…黙って。あなたは此処で仕留めるから」

 

 

「別にかまいませんよぉ?できるならの話ですがぁ」

 

 

「何を…………ガッ!」

 

 自分でもわからない感情に支配されて視野が狭くなっていたのか。いつの間にか背後に湧き出ていた付喪神に後頭部を殴り飛ばされる。

 

 突然の奇襲にふらついた隙にさらに湧き出た付喪神達が四肢を拘束し、あっという間に私は地に押し付けられた。

 

 唯一動かせる頭でシュロを見上げると、滑稽滑稽とひとしきり笑い、小さな手を振る。

 

 

「それでは手前はここらへんでお暇しましょうか。近い内にまたお会いしましょうねぇ」

 

「まっ……!」

 

 

 悠々と跳び去るシュロを見ることしかできない自分に腹が立つが、今の状況を何とかしなくてはならなかった。

 

 見れば数十体の付喪神が覆いかぶさるようにして私を拘束していた。

 1体ごとの力は大した事はないが、こうも大量に抑えつけようとしてくれば最早私の力ではびくともしない。

 

 

 早く何とかしなければならないと焦るが、頼みの綱だった『百蓮』は手の届かないところに弾き飛ばされてしまっていた。

 

 今の私は、百花繚乱の委員長ではなく、ただの無力な一生徒に過ぎなかった。

 

 それでも何とかしようと必死に藻掻いていると――

 

 

 

 チャキリ、ガチャリといったこの銃社会では聞き馴染みのありすぎる音が、拘束された身体の至る所から鳴った。

 

 

「――――――ッあっ……」

 

 

 いくら頑丈な肉体とはいえ、ほぼ密着状態から何十本もの銃撃を同時に受け続けたら生きていられる保障はない。

 

 死の気配を体が察知したのか、情けない嗚咽が漏れ出る。

 

 

「いや……、イヤッ!死にたくない!助けて!」

 

 

 パニックになり暴れる獲物を仕留めるべく、付喪神らが体の一部である銃口を私の身体にめり込ませる。

 

 

 

 その激痛とすぐそこまで迫った死の匂いに、私―七稜アヤメの口は無意識に口走った。

 

 

 

「お願いッ……助けて!ナグサ!」

 

 

 

 

 

 

 

「アヤメッ!!」

 

 

 いつものような、どこか遠慮気味で弱々しい幼馴染の声とは全く違う、腹の底から出たような確固たる意志を持つナグサの声が響いた。

 

 

 ほぼ同時にライフルの発砲音が立て続けに鳴り、拘束されていた身体がだんだんと自由を取り戻していく。

 

 私の上から弾き飛ばされた付喪神たちは次々とその姿を塵に変えていく。

 

 

 

 

 やがて完全に解放された私は、情け無いことに完全に腰が抜けてしまっていて、辺りを見回すことしかできなかった。

 

 

 見れば、ナグサが最後の一体を倒し一息ついたところだった。あれだけいたはずの付喪神の姿は影も形もない。

 

 

 

 するとナグサも私の視線に気づいたようで、顔を安堵で歪ませながら抱きしめてきた。

 

 

「アヤメッ、大丈夫!? 怪我とかしてない?もう大丈夫だから……」

 

 

 

「…………っえ、あ……うん…………」

 

 

 そう言って子供を落ち着かせるようにゆっくりと頭を撫でてくるナグサ。

 

 未だ頭が状況を処理しきれていないのか、ぎこちない返事しかできないでいると、ナグサの背後に付喪神が2体迫ってきていることに気付く。

 

 恐らく私の救出に夢中になって完全に消滅させきれていなかったのだ。

 

「――ッ危ない!ナグサ……」

 

「大丈夫だよ、アヤメ」

 

 

 私の悲鳴にも似た声に、ナグサは一切の動揺を見せることなく言い切った。

 

 

「だって――――――」

 

 

 

 もうすぐそこまで迫っていた付喪神がかき消える。

 

 

 

 美しい銀髪と黒髪を靡かせ、華のように舞う百花繚乱の羽織をまとった少女。

 

 瞬く間に2体の付喪神をまとめて突き刺し、その銃身から弾丸が放たれる。

 

 たちまち塵と化すそれには目もくれず、くるりとこちらを振り返って一言。

 

 

「もう大丈夫ですよ、アヤメさん」

 

 

 

 

 

「――――――私には、クユリがいるから」

 

 

 

 クユリに全幅の信頼を寄せていることがありありと感じられるナグサのその一言に私は――――――

 

 

「……うん!助けてくれてありがとッ!ナグサ、クユリ!」

 

 

 自分でも驚くほど感情のこもっていない、上っ面だけの感謝の言葉が口から出た。

 

 

 ――<■■■、■■■■■■■■■■■■■■。>

 

 

 

 

✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵✵✵

 

 

 

「いやはや、嘘偽りの群像劇もここまで来ると滑稽極まれりですねぇ〜」

 

「まぁそう言うてやるな、その愚かさこそが我らの百物語を大成するのに必要なことさね。シュロもそれはわかっているのだろう?」

 

「それはそうですけどぉ〜…。反吐が出そうで気持ち悪いといいますか…」

 

「ふふっ、あのシュロが言うほど実ってきたということさね。彼女はいい百物語になりそうだ……」

 

「コ、コクリコ様ぁ〜。そんな言い方しなくてもぉ……」

 

 

「お前は相変わらず子供っぽいねぇ…。まぁそれはいい。シュロ、近々仕掛けるよ。餌の用意はできているのかい?」

 

「はい!適当なものを今晩見繕ってくるつもりですぅ」

 

「それは重畳。では物語を綴ろうかねぇ…。我らだけの風流を――」

 

「――我らだけの百物語を」

 

 

 2つの怪しげな人影は誰の目に留まることなく、ひっそりと姿を消した。

 

 

 

 

✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵✵✵

 

 

 

 あれからかなり時間が経ち、日もすっかり沈みきって本来なら僅かな明かりが暗闇を照らすのみだが、今夜の百鬼夜行はそれとは真逆の明るさと喧騒で満ち溢れていた。

 

 街道いっぱいにこれでもかと屋台や露店が立ち並び、押し寄せる人の波と熱気は否が応でもその場の人を祭りへと引きずり込む。

 

 どこからか鳴り響く和太鼓の重低音が心地よく腹に響く。

 

 誰もが祭りの雰囲気に当てられ、思い思いの楽しみ方を謳歌している中、本来警備活動をするはずだった百花繚乱も例外ではなかった。

 

 

「ナグサ先輩……、あんたそれ何本目なの?」

 

「ん?“まだ”12本目だけど……」

 

「まだじゃなくて、“もう”でしょう…。ほんと、焼き鳥狂いなんだから」

 

 

 キキョウが呆れたように溜息をついている傍らでは、レンゲとユカリ、そしてクユリが談笑をしていた。

 

「レ、レンゲ?その…もう大丈夫なの?」

 

「まあな!アタシの頑丈さは百花繚乱の中では誰にも負けないと思ってるよ!」

 

「あ、あんなに包帯ぐるぐる巻きでいらっしゃったのに…流石はレンゲ先輩ですの〜」

 

「勘違いはすんなよ……。あん時はマジで死ぬと思ったんだからな…」

 

「身共も尊い犠牲が出てしまったと思ってしまいましたわ」

 

「はぁ!? というかユカリもクユリも、ちょっとは助けてくれたってよかっただろ!?」

 

 そんなレンゲの追求に二人はそろって目を逸らす。

 

「いやだって私のハジメテを奪ったのはレンゲだし…」

 

「身共はあんな処刑に口を挟むことなどできませんの…」

 

「お前ら薄情だなぁ!」

 

 レンゲの絶叫が響き、それが可笑しかったのか、一団の少し後ろから見守っていたアヤメが笑い出す。

 

 その笑顔は百花繚乱に、そして百鬼夜行へと広がり一つの大きな和をつくりだした。

 

 百花繚乱は勿論、陰陽部も修行部も忍術研究部もお祭り運営委員会も、魑魅一座から一般の住民まで、あまねく百鬼夜行が一つになったとそう感じられる瞬間だった。

 

 

 

「お!あれ見ろよ!」

 

 誰かが夜空を指してそう叫び、誰もが視線を上に向ける。

 

 

 

 ヒュルヒュルヒュル〜……と一条の細い光が夜空を駆け上がる。

 

 

 だんだんと先細りになりながら、その命尽きるまで天へと昇るその姿は見る者全てを釘付けにする。

 

 

 

 やがて、その光が頂点で消え、一瞬の静寂をもたらし――

 

 

 

 この百鬼夜行を祝福するように、美しく巨大な火の華が開花した。

 

 

 

 

 

 

「……綺麗だね、お姉ちゃん。」

 

「……うん、そうだね…」

 

「お姉ちゃん?こういう時は、君のほうが綺麗だよって言うんだよ」

 

「ご、ごめん。あまりにも当たり前のこと過ぎて言う必要もないかなって…」

 

「………それはずるいよ………」

 

 

 カウンターパンチを食らったクユリは頬を染めながら、照れ隠しに姉の胸に飛び込む。

 

 これまで何度も口にしてきた言葉を今一度、満面の笑みでぶつける。

 

 

「えへへっ!お姉ちゃん、だ〜い好きッ!」

 

 

 

 あぁ、この幸せが何時までも続いて欲しい。

 

 いや、続けていくのだと、この場の誰もがそう決意を新たにし、今の幸せな時間を噛み締めた。

 

 

 

 

 これからも、この日常が崩れることはないのだと―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 「大変です先輩方!うちの部員が一人、花鳥風月部に連れ去られたようです!!」

 

 

 祭りの夜の余韻はとうに冷め、新たな一日が始まろうとした朝の矢先、全てを覆すこととなる報告が百花繚乱を騒然とさせる。

 

 

「人質を返してほしくば、アヤメ先輩一人だけで来いとのことです!場所は――――――」

 

 

 必死の形相で巻物を読み上げる部員の声に、

 

 

 

「―――――――――大雪原です!」

 

 

 

 

 ―――来た、と誰かが口の端を歪めたのには誰一人として気づかなかった。

 

 

 

 

 

 幸せの壊れる音が、絶望の演劇の開幕を知らせる音が、人知れず鳴り響いた。

 




おまたせしました。

遂に次回、ターニングポイントです。

時間をいただくことになるかもしれませんが、ご了承下さい。
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