心の折れた魔法少女と、幼馴染の俺が誰もいない街で二人きり   作:イーナ

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1 少女は堕ちていくように眠りについた

 ――静かだ。

 静謐に満ちた、音のない朝が今日も始まる。

 時刻は六時。

 起きるには少し早い時間だが一度目を覚ましてしまうとどうにも寝付けないのが今の俺だ。

 そのまま起き上がって、意識が覚醒するのを待ってから動き始める。

 

 ユマはまだ起きてこないだろうから、今のうちに朝食の準備をするのがいいだろう。

 どうせ、いつ起きたって、いつ寝たって許される立場なんだから。

 今の俺達は。

 だったら、少しくらい早起きをしてもいいじゃないか。

 時間の基準を他者に求めないことも、怠惰の一つと言えるかも知れない。

 

 朝食は決まってサンドイッチだ。

 朝はユマがあまり食事を受け付けないので、軽く食べられるものがいい。

 それでいて、俺みたいな一介の男子高校生が作れて、かつ味にバリエーションが出せるものとなると。

 自然とこれになった。

 

 今日はシンプルにポテトサラダ。

 スーパーから持ってきた出来合いのポテトサラダをパンで挟むだけのシンプルなもの。

 それを包丁で四分割して完成だ。

 我ながら、工夫という工夫が感じられない。

 それが完成したところで、六時半。

 まだ早い時間だけれど、そろそろユマを起こそうか。

 

 サンドイッチは一旦ラップを上に被せて、俺はユマの眠る寝室に向かう。

 俺とは別の部屋の――この街がこうなる以前から使用されていた、ユマの私室。

 軽くノックをして、起きていないことを確かめてから中に入る。

 

 部屋の中は、それなりに散らかっていてそれなりに片付いていた。

 今のユマは掃除ができるほど活動的ではないし、掃除をする俺も雑なのでちょっと汚れている部分もある。

 ただ、基本的には可愛らしい女子の部屋って感じだ。

 そんな部屋の主は、未だ布団を膨らませて眠りについている。

 

「――ユマ、ユマ。もう朝だ、起きる時間だぞ」

「う、うぅうー、ぃぃぉぅぅー」

 

 寝苦しそうな声、最後のそれは俺の名前を呼んでいるのか?

 ミキトくん、と。

 まぁ、まだ全然意識は覚醒していないようなので、俺は構わずユマの名を呼ぶ。

 流石に、女子の体を揺すって起こす気にはなれなかった。

 もう、ユマを起こすようになって結構な時間が経っているけれど、それでもだ。

 やがて、布団を深々と被り直し。

 その中から、ユマの声が響く。

 

「ミキトくん、いまなんじぃ?」

「六時半。もう朝だよ」

「まだろくじ、だよぉ?」

「もう六時、だ。いいだろ、遅く起きても早く起きても。時間はいくらでもあるんだから」

「でも、れもでもれもー……あうぅ」

 

 そんなやり取りを、幾分か続けて。

 

「ほら、朝食もできてるから」

「ちょうしょく……ミキトくんの、ちょうしょく……なにぃ?」

「聞いて驚け、ユマの好きなサンドイッチだ」

「サンドイッチ……ぅぅう、たべる……」

 

 驚くも何も、毎日サンドイッチじゃないか、とは言わない。

 なんとなくユマはそのほうが嬉しいらしいから。

 実際、もぞもぞとユマは起き上がって。

 大きく伸びをした。

 

「おあよぅ、ミキトくん」

「おはよう、ユマ」

 

 ――今は寝癖で乱れてしまっているけれど、美しい黒髪の少女だ。

 背丈は高校生にしてはかなり低い方で、たまに小学生に間違われることもある。

 ただ決して発育が悪い訳ではないので、着ている服によって印象は結構変わってくるのだが。

 本人は、どちらかというと可愛い系の服が好みらしく。

 間違われることにお怒りのようだけど、原因は服装じゃないかなぁと俺は個人的に思っていた。

 

「今日のサンドイッチはなぁに?」

「ポテトサラダ、まぁ出来合いのものを挟んだだけだけどな」

「ミキトくんの手料理なら、なんだって食べちゃうよぉ? 後で戻しちゃうかもだけど」

「それは困るから、食べやすいものを食べてくれ」

 

 半分くらい眠ったまま、それでも先程と比べれば幾分かハッキリとした声色で。

 ユマは俺と言葉を交わす。

 そうしている間に、俺は窓の方まで歩いていってカーテンを開けた。

 陽の光が入り込んできて、目を細める。

 もそもそとベッドから起き出してきたユマが、隣に並ぶ。

 

「外、いい天気だね」

「そうだな」

「少し、寒くなってきたね」

「ああ、そうだな」

 

 なんて、ぽつりぽつりと、中身のない会話を続けて。

 二人で、眼下を眺めるのだ。

 俺達がいるのは、高層マンションの中層。

 見下ろせばそこには、俺達が暮らしている街があって。

 住宅やコンビニが立ち並んでいる。

 それらを見て、二人で現状を確かめるのが、俺達の朝のルーチンになっていた。

 何故なら――

 

 

「人、いないね」

「そうだな、誰もいないな」

 

 

 この街には、俺達以外の人間がいない。

 人っ子一人、どころか。

 動物すら姿が視えず。

 朝なら聞こえてくるはずの鳥の鳴き声すら、俺達の耳には届かない。

 

 静謐に満ちた、音のない街で。

 

「今日も私達は、二人っきりなんだね」

「二人っきりみたいだな」

 

 俺、高牧ミキトと、幼馴染の深空ユマは。

 

 二人っきりで、生活していた。

 

 

 ♪

 

 

 ――この生活を始めて、そろそろ半月になる。

 街の中には俺とユマの二人だけ。

 俺達は同じマンションの隣の部屋に暮らしているのだが、ユマの精神が不安定なのもあって、二人きりになってそうそうに一緒の部屋で暮らすようになった。

 今、俺はユマのお父さんの部屋を使わせてもらっている。

 

 街の外で俺達以外の人と出会ったことはない。

 というかユマは部屋から出てこないので、街の外を歩くのは俺一人だ。

 出かけるのは一日一回、食料品を調達するために出かけている。

 

 コンビニやスーパーに行くと、人はいないが商品は並べられていて。

 しかも俺が取っていった食品も翌日には補充されている。

 前に深夜に必要なものがあって取りに行ったことがあるが、午前中に取っていったものは補充されていなかった。

 多分、日をまたいだら補充される仕組みなんだろう。

 一日が巻き戻ったかのように。

 流石にただで持って行くのは不味いと思って、持って行く分の代金はおいていくようにしている。

 ただ、そろそろ家の金に手をつけないといけないかもしれない。

 

 そんな状況で、俺達は生活しているのだ。

 正直、誰もいない街で、一日がループしていると考えるとしっくりくる。

 ただ、どうやらそうではないらしく、外では時間がこれまでと変わらずに流れているようなのだ。

 

「ただいま」

 

 返事はない。

 元々入口で言ってもユマの私室は奥にあるので届くことはないので当然だが。

 まぁそれはそれとして。

 

「入るぞ」

「んー」

 

 今度は私室まで歩いていって、ノックして部屋に入る。

 中では、ユマがゲームをプレイしていた。

 俺の私物であるゲーミングPCは、今ユマの部屋に置かれている。

 そのPCを使って、ファンシーなビジュアルの横スクロールをプレイしているらしい。

 

「飲み物とおやつ、持ってきたぞ」

「あいがと」

「……なにやってるんだ?」

「魔法少女ゲー、最近増えたよね」

 

 見れば、ドット絵の女の子がステッキを振り回してモンスターを倒していた。

 遠距離の魔法は、時折使われる必殺技くらい。

 中々バイオレンスだが、最近の魔法少女ゲーはだいたいこんなものだ。

 

「魔法少女ゲーってさー、やってると落ち着くんだ。大抵はハッピーエンドだし」

「まぁ、それがトレンドだからな。ほら、お菓子食べるか?」

「食べるー、食べさせて?」

「あいよ」

「あむ、んー、おいしい、しあわせ」

 

 ゲームをプレイしながら、お菓子をねだってくる行儀の悪い幼馴染に、俺はひょいひょいとお菓子を与えていく。

 お菓子を渡せば渡すだけ食べていくものだから、気がついたらユマの口はリスみたいになっていた。

 

「まだたべるか?」

「はへひれないよー」

 

 いいながらも、ゲームをプレイする手は止まらず。

 もっきゅもっきゅと、小動物みたいにお菓子を食べていくユマ。

 そんな様子を、俺はただ眺めている。

 やがてユマが、俺の放り込んだお菓子をすべて食べきると同時にゲームの方もステージがクリアされた。

 こういうのは大抵全6ステージと相場が決まっているが、どうやら今のステージが1ステージだったらしい。

 

「やってみる?」

「いきなり俺がやるのか?」

「ミキトくんなら大丈夫だよ、私、ミキトくんのプレイが見たい」

「見たいのか」

「みたいみたい、みたいみたい」

 

 みたい、みたい、とテンポよく繰り返すユマに促されるまま、コントローラーを手に取る。

 ゲーム内容自体はシンプルなので、そこまで困ることはなさそうだ。

 問題は、先程のお返しとばかりに俺の口にお菓子を放り込もうとしてくるユマの方だな。

 人の頬をお菓子で突っつくのはやめていただきたい。

 まぁ、一つはいただくけど。

 

「シンプルだけど、操作した時の感触がいいゲームだな」

「プレイしやすいよね、私みたいな下手っぴでもすんなりプレイできちゃった」

「発売はいつなんだ?」

「今日みたい、さっきたまたまネットを見てたら見つけたの」

 

 この街には、俺とユマ以外の人間がいないが、外はそうではないらしい。

 ネットは普通につながっているし、そこでは日常と変わらぬやり取りが行われている。

 相変わらず、ニュースの話題は一色に染まっているが。

 それ以外は、本当にごく普通の日常そのものだ。

 こうして、新しいゲームが発売されるくらいには。

 

「いいゲームを見つけたな」

「うん、楽しいねー。レビュー? とかしないとね」

「そうだな」

「……誰にも見てもらえないけどね」

 

 どこかしょんぼりとした様子のユマの頭を撫でながら、苦笑する。

 外の世界は日常を謳歌しているが、俺達はその中から取り残されたままだ。

 ネットで何かしら発信しようとしたとしても、それを認識してもらえないらしい。

 少なくとも、今のところ俺達のメッセージに気付いた人物はいなかった。

 と、いうよりも。

 俺達が暮らしている、この誰もいない街の話題が一切されていない。

 ()()()()()()()()()()はずなのに。

 ピッタリと、消えてしまったのだ。

 俺達の街に対する言及が、半月前から。

 そして、それに疑問を思っている人間はいない。

 

「ねぇ……ミキトくん?」

「なんだ」

「いつまで――」

 

 ユマは、そこで一旦口をつぐみ、

 

「……ううん、なんでもない。このゲーム、いつまでやる?」

「とりあえず……クリアするまでかな」

「……そうだね」

 

 それからは、言葉もなく。

 時折、ユマがお菓子を食べる音とゲームの音だけが部屋に響く。

 そんな時間が、過ぎていった。

 

 

 ♪

 

 

 ――夜。

 外はすっかり暗くなっていて、街を照らす明かりは街灯だけだ。

 家の明かりがついている場所はなく、スーパーやコンビニも明かりは灯っていない。

 明かりが灯っていないだけで電気は生きているんだが。

 それでも、なんだか街が死んでしまったようだと感じるくらいには、外は暗い。

 

 俺が自室でスマホをいじっていると、扉をノックする音が聞こえてきた。

 

「……どうしたんだ? ユマ」

「……入っていい?」

「ああ」

 

 俺が頷くと、ゆっくりと扉が開いておずおずとユマが入ってくる。

 スマホをおいて、入ってきたユマと俺は向き合った。

 

「あの、ね。ミキトくん」

「寝れないのか?」

「ん……うん。ごめんなさい」

「謝らなくていいさ」

 

 言いながら、ユマは遠慮がちに近づいてきて、俺の隣に腰掛けた。

 二人で、ベッドに腰掛ける感じになる。

 

「……寝ようとするとね、胸がきゅーっとするの」

「ああ」

「それから、上手く息ができなくなっちゃって、苦しいんだ」

「今は大丈夫なのか?」

「今は……少し、息苦しいかも」

 

 多分、本当はもっと苦しいはずだ。

 先程から、ユマの表情は普段より更に暗い。

 苦しそうだと、感じてしまうくらいには。

 

「……けほ、けほ」

「大丈夫か? 背中擦るぞ」

「うん……お願い」

 

 それからしばらく、ユマが落ち着くのを待つ。

 言葉はかわさない、二人でベッドに腰掛けている。

 やがて、少し落ち着いたのかユマの呼吸が静かなものになった。

 俺は、そっと手を離す。

 

「ありがと、ごめんね、ミキトくん」

「お礼だけ受け取っておくよ」

「……ごめんね」

 

 苦笑する、そこはありがとうだけを残してほしかったところだ。

 でも、ユマはもういっぱいいっぱいなのだ、今はこれが精一杯なのだろう。

 

「だから、もう一つお願い。今日は寝れそうにないから……一緒に寝てほしいんだ」

「…………わかった」

 

 少しだけ、ドキッとしてしまうが。

 この”お願い”は、初めてのことではない。

 すでに何度も、ユマから頼まれていることである。

 最初のウチは、落ち着いてユマの言葉を受け止めることもできなかったけれど。

 

 今は、こうしてユマを普通に受け入れてしまっている。

 

 俺が布団に入ると、ユマも潜り込んでくる。

 少し狭いが、だからこそお互いの存在を強く感じることができるだろう。

 

「やっぱり……ドキドキしちゃうね」

「……そうだな」

 

 いくら幼馴染とはいえ、ユマくらい可愛い女の子といっしょに寝ていて落ち着けるはずもない。

 それでも、ユマは今弱っていて、触れれば壊れてしまいそうで。

 だから俺は、他の感情よりも心配が勝ってしまう。

 

 布団の中から、ユマがこちらを見上げてきた。

 どこか切なげな表情で、少しだけ恥ずかしそうな表情で。

 そして、悲しそうな表情でこちらを見るのだ。

 

「ごめんね、ミキトくん。本当は、こんなんじゃダメなのにね」

「そんなことはないさ」

「私が、もっとしっかりしなきゃいけないのにね」

 

 人のいない街。

 俺達だけが取り残されて。

 明らかに普通じゃない状況だ。

 そんな状況で、ユマは自分をしっかり持たなきゃ行けないと言っている。

 こんな、本当ならもっと不安を感じてもおかしくない状況で。

 

「ミキトくんは、私が守るって言ったのにね」

「今は、いいんだ。だってユマは――」

「……だって、私」

 

 俺の言葉を遮って。

 ユマは絞り出すように、言った。

 

 

「私、魔法少女なのにね」

 

 

 ――魔法少女。

 ()()()創作の中だけの存在だと思われていた少女は、しかし。

 この世界を守るために誕生した。

 

 深空ユマ。

 彼女こそが、この世界を守り抜いた魔法少女ホーリークロスその人で。

 そして、俺の幼馴染でもある。

 

 そんな彼女は、今。

 

「でもね、私……だめなの。頑張れないんだ」

 

 心が、折れていた。

 

「頑張ろうと思うと、動けなくなっちゃって。考えれば考えるほど、息が苦しくって」

「……ユマ」

「頭の中がぐるぐるぐるぐるってしちゃって。もう、自分でもどうすればいいのかわからなくって」

「…………ユマ、いいんだ」

「……おかしいよね、私は魔法少女で。世界を守らなきゃいけないのに」

 

 こういう時。

 俺にできることは、とても少ない。

 抱きしめたら、ユマは崩れて消えてしまいそうで。

 かといって、無視することなんて絶対にできない。

 

「いつまで――続くんだろうね」

「……」

「いつまで私は、ダメになったままなんだろうね」

 

 昼にギリギリでせき止めた言葉が、ユマの口から溢れだす。

 俺はそれを、ただ聞いていることしかできない。

 

 それが、俺の罰だから。

 ユマという魔法少女の正体を知っている、世界で唯一人の人間だから。

 正体を明かしてくれた、かつてのユマに。

 

 

 頑張れと、言ってしまった人間だから。

 

 

 俺は、ユマの言葉をただ聞くことしか、できないんだ。

 

「――私、怖いよ。この時間が終わるのが怖い。このまま、私達まで消えちゃうんじゃないかって思っちゃうの」

「……ああ」

「時間が進むのも、怖い。次の一歩を踏み出して、前に進むのが怖い」

 

 ユマは、やがて。

 言葉を吐き出し切って、疲れてしまったのか。

 ゆっくりと、意識を落としていく。

 

「だから……私は……」

 

 そして、最後に。

 

「この時間が……ずっと続けばいい……なんて……思っちゃうんだ」

 

 そう、口にして。

 眠りに、堕ちていく。




なんかこう、退廃的な恋愛が書きたくて書きました。
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