心の折れた魔法少女と、幼馴染の俺が誰もいない街で二人きり 作:イーナ
この世界に、悪魔獣と呼ばれる存在が現れたのは、今から一年ほど前のこと。
基本の武器ではダメージを与えることのできないその怪物に対抗することができたのは、一人の魔法少女だけだった。
魔法少女ホーリークロス。
悪魔獣が現れたすぐ後に存在が確認された少女は、悪魔獣から人々を守る正義の味方だ。
弱きを助け強きを挫く。
創作の中の存在でしかなかった魔法少女は、こうして現実のものになったのである。
――その直後だった、そのホーリークロスが自分であるとユマが俺に明かしたのは。
突然呼び出されたユマの私室で、特徴的な十字のステッキを振りかざし。
シスター服を模した魔法少女の衣装を身にまとった、美しいプラチナブロンドの髪の少女にユマは変身した。
テレビや動画サイトの中で見た、あのホーリークロスその人だった。
ユマがホーリークロスになったのは、言ってしまえば偶然で。
朝目が覚めたら、枕元にステッキが置いてあって。
その時は部屋に放置していったそうなのだけど、街に悪魔獣が現れた時には手元にあって。
気がついたら、魔法少女に変身していた、と。
そんなふうに、どこか恥ずかしそうに語ってくれたのを、覚えている。
だから俺は、無神経にもこういったんだ。
「すごいじゃないか、
その言葉の意味なんて考えることすらせず。
ただただ無神経に、もしくは無邪気に。
俺は地獄に向かって歩きだす、ユマの背中を押してしまったんだ。
そこからは酷いもんだった。
悪魔獣と魔法少女ホーリークロスの戦いは激化していく。
敵は、こっちの事情なんて一切考えなしに現れる。
酷いときには、夜中に出現した悪魔獣と、日が昇るまで戦わされるなんてこともあったほどだ。
悪魔獣が出現する度に、ホーリークロスとして出撃するものだから、都度俺が周りにユマの体調が悪いと説明したり。
普段の日常を壊さないために学校へ行こうとするユマを休ませたり。
そんな日常で、ユマは少しずつ疲弊していった。
とはいえ、それを本人は何とか顔に出さないよう努力していたけれど。
流石にご両親は、気付いていたことだろう。
ただ、どうもユマは自分が魔法少女であることを、俺にしか明かさなかったらしい。
せめて両親には話してもいいんじゃないかと思うが。
ユマは自分の両親が苦手だ。
だから、話したくなかったのだろう。
とはいえ、それだけなら魔法少女としてのユマの生活は決して悪いものではなかったはずだ。
誰にも知られることがないとはいえ、世界を守るために戦うなんて。
中々やりがいのあることだろう。
でも、そうはならなかった。
世界中の至る所で、悪魔獣は被害を出したからだ。
ホーリークロスには、尋常ならざる移動能力があった。
それでも現場に到着するには数分の時間を有し、その間人は、物は、無惨にも破壊され続けた。
そもそも最初の悪魔獣の出現にホーリークロスは対応せず。
街一つを破壊し尽くしてその場からいなくなるという、怪獣映画のような惨状を産んだりもしたのだ。
ユマがホーリークロスになったのは、悪魔獣が出現し始めてからなのだから当然だが。
そのことに対して、世間は表向き同情してみせた。
ホーリークロスという救世主の存在を受け入れて、彼女に感謝してみせた。
けれども、多くの被害者は感じていたはずだ。
どうしてもっと早く、ホーリークロスは私達を助けなかったんだ、と。
決して表立ってそれを口にするものはいなかったが。
人々の感情の中にそういった思いが混じっていることは疑いようがなく。
ユマもそれは肌に感じていた。
世間の多くの人間は魔法少女にたいして肯定的だが、被害にあったら恨みを覚える。
そして本質的には大半が無関心だった。
世界中で被害は出ているけれど、自分たちには関係ないと思い込んで日常を送り。
だからこそ、世界は形を変えながらも平常に回っていた。
深空ユマという、一人の少女の精神を犠牲にして。
とはいえ、これでもまだユマの正体がバレていない分。
まだ、マシな方だったのかもしれない。
もし仮に正体がバレていたら、ユマはもう、深空ユマとして生きていくことは許されなかったはずだ。
世界中は魔法少女ホーリークロスの正体を探ったが、答えは出ず。
魔法少女と悪魔獣の戦いは、長く続いた。
最終的に悪魔獣の親玉である”魔王獣”が俺達の故郷であるこの街に出現。
ユマは多くの被害を出しながらも、魔王獣に勝利した――はずだった。
だというのに、気がつけばこうして俺達は誰もいない街に取り残されている。
それが、何かしらの敵の妨害なのか。
もしくは別の要因によるものなのか。
ハッキリ言って、わからない。
一応、俺は調査をしている。
けれどもユマは、心がぽっきりと折れてしまったようだ。
長い戦いの末に、ようやく日常に帰れると思った矢先に、これなのだから。
「もう、疲れちゃったんだ」
そう言って、ユマは部屋からでてこなくなって。
俺達は今も、この誰もいない街の中で生活を続けている。
♪
高牧ミキト――俺と深空ユマの関係は、幼馴染だ。
同じマンションで、部屋が隣同士。
家族ぐるみで付き合いがあって、どちらかの親が忙しい時にもう片方の部屋に子どもが預けられたりなんてこともあった。
特にユマの両親は仕事が忙しいから、よく俺の部屋に遊びに来ていたっけ。
幼い頃のユマは人見知りで、常に俺の後ろをついてくるタイプだった。
甘えん坊で、ワガママで。
相応に、子供っぽい性格だったんだ。
対する俺は、そんなユマに頼られるのが嬉しかったのか、率先してユマを守ろうとしていた。
保育園に通っている頃は、そのことで随分と揶揄われもしたけれど。
それが俺の役割だと思っていたから、別になんとも思わなかった。
少しずつ関係が変化していったのは、小学校に上がった頃だ。
その頃からユマは、親に言われて色々と習い事をしたりしていた。
教育熱心だが、仕事が忙しくあまり娘をかまっていなかったユマの両親は、ユマから少しずつ苦手意識を持たれていって。
その分、俺に対するユマの依存は大きくなっていたと思う。
変化があったのは、とある夏休みのことだった。
休みのほとんどが習い事で埋まって、俺以外の友人とはまともに遊べないような状況。
だというのに、親はほとんどユマ自身をみていなくて。
それが、毎年恒例になっている街の夏祭りで爆発したんだ。
祭りの会場でユマは迷子になり、大いに両親を心配させた。
そのことがきっかけで、両親は少しだけユマに歩み寄り。
だからこそ、今のユマと両親は不仲にならず済んでいる。
ただ、ユマの方に苦手意識が残っているだけで。
それから、ユマも少しずつ前向きになっていった。
積極的に困っている人を助けたり、ゴミ拾いなどのボランティアに率先して参加したり。
愛想も良くて、誰とでも仲良くなれる。
まさしく、魔法少女のような優しい女の子になっていったのだ。
今のユマを見ていたら信じられないかもしれないが、高校生になった今のユマは周囲から好かれる愛嬌のある美少女だ。
その小動物のような小柄な背丈も相まって、女子からの人気は高い。
男子からは……まぁ、仮に惚れたらロリコン扱いだし、俺もいたからそこまで意識はされていなかったけど。
クラスのマスコット、というのが正確かもしれないな。
対する俺は、ユマが一人で頑張れるようになったことで。
かつてのように、ユマに寄り添うこともなくなった。
そうなれば、俺は地味で平凡な高校生でしかない。
周囲からの認識は深空ユマの幼馴染、だっただろう。
別に、そのことで不満があったわけじゃない。
ユマが一人で頑張れるようになっても、俺とユマの関係は仲の良い幼馴染のままで。
それがこじれたわけではないのだから。
ただそれでも、少しだけユマの事を遠くに感じることはある。
遠くへ行ってしまって、もう俺の元には帰ってこないのではないかと。
そう思ってしまった時もある。
それでいいのではないか? と考えた時もある。
ハッキリ言って、今のユマと俺で釣り合いが取れているとはとても思えなかったし。
何より、ユマがどう思っているのか。
あの日、あの祭りの夜に言葉をかわして以来。
俺は、わからなくなってしまっていたんだ。
だから、ユマから相談を受けた時。
ユマが俺に、自分がホーリークロスだといい出した時。
俺は、嬉しかったんだと思う。
また、ユマと心を通わせることができた気がして。
ユマが俺を選んでくれたという事実に、心を躍らせてしまったんだ。
その先に待っている未来を、考えることすらセず。
やがて、多くの苦難と苦痛の果てに俺達はこの場所にいる。
誰もいない、同じ一日が繰り返されるような街。
外は時間が流れているのに、俺達の時間だけが止まっていて。
世界から忘れ去られている。
そんな世界に、俺はユマと二人で生きている。
果たしてこの世界が何なのか。
どうしてこうなってしまったのか。
今のところ答えは何一つ出ていない。
ユマの心は折れたままで。
魔法のステッキに、力は宿らない。
時折、俺のいない時にユマが部屋に置いてあるステッキを使ってホーリークロスに変身しようとしているのを、俺は知っている。
かつてあの部屋で、俺に見せてくれたように。
けれども、あの時のような嬉しそうな笑顔も、ハッキリとした意志もなく。
ただ、惰性で杖を振るっては。
何も起きずに、杖を置く。
それを繰り返しているのを、俺は知っている。
多分、俺が知っていることをユマは気付いていると思う。
お互いに、その事を口に出さないだけで。
口に出す必要がないだけで。
昔から一緒だったから。
今だって、別に仲違いをしているわけではないのだから。
俺は、ユマの考えていることをそれなりに分かっているつもりだ。
ユマが求めているものを、理解しているつもりだ。
そして、だからこそ一つだけ。
絶対にわからないことがある。
今も、昔も。
そしてきっとこれからも。
俺は、”その問い”に対する答えがわからないんだ。
なぁ、ユマ。
どうして――――
♪
――――夢を見た。
ユマの私室で、俺は得意げにベッドの上に経つユマを、なぜか正座で見上げている。
なんとなく神妙な雰囲気だから正座してしまっただけで、ユマがそうするように言ったわけではない。
『今日は、おあつまりいただき、まことにありがとうございます』
『俺しかいないけどな』
『ミキトくんしか呼んでないよぉ』
楽しげに、笑みを浮かべながらユマは言う。
俺はその言葉に、疑問を抱くことすらしない。
それが、俺達の間の当然だったから。
『それで、一体どういうわけで俺を呼び出したんだ。わざわざ自分の部屋に俺を呼ぶって、珍しいだろ』
『そうだねぇ。ミキトくんのお部屋には、何も言わずともお邪魔するのにね』
何でユマが自分の部屋に呼びたがらないからって、散らかってる時があるからだろう。
今日は随分と整頓されているようだけど。
きっと、気合を入れて掃除をしたのだろう。
……何のために?
『それでは、はっぴょーにうつらさせていただきたくぞんじあげます』
『敬語重ねすぎだろ』
『というわけで……じゃん! 見てみてミキトくん。これ、何だと思う?』
言いながら、ユマは背中に隠していたそれを見せる。
十字の形をした、白い杖だ。
『なんだ……杖か?』
『ぶぶー、不正解。ステッキだよ。ホーリーステッキ』
『いや……一緒だろ』
『違うのー』
イマイチピンと来ていない俺の様子に、ユマはどこかいたずらっぽく笑いながら続ける。
『ねぇねぇミキトくん。これから私がすることは、私とミキトくんだけの秘密だよ?』
『そりゃまた、随分と大事な秘密だな』
今になって思えば、これだけで流さずにもう少し踏み込んだほうが良かったのだろうけれど。
少なくとも、このときの俺は正直、覚悟も何もあったものではなかったんだ。
『大事な秘密だもん。私はミキトくんにしか、この事を教えたくない』
『それは……一体どんな秘密なんだ?』
問いかける俺に、ユマはステッキをかざして応えて見せる。
ユマのどこか淡い笑みが。
普段よりも少しだけ、落ち着いた様子が。
きっと、その時のユマの感情のすべてだったんだろう。
ただ、そのことに気づくよりも早く。
『――――クロスチェンジ』
ユマは、俺の眼の前で変貌を遂げる。
その姿は光りに包まれ、やがて深空ユマは、全く別の容姿をした誰かへと変わってしまうのだ。
『魔法少女、ホーリークロス』
やがて、光の中から現れたユマは、自身のことをそう名乗った。
自分だけが世界を救える唯一人の存在だと。
俺にだけ、ユマは明かしたのだ。
思わず、見惚れていたと思う。
衝撃的すぎて、その時俺が何を考えていたのはか、正直覚えていない。
ただ、少しの間言葉を失い。
沈黙だけが二人の間に広がったことを、覚えている。
決して、居心地の悪いものではない沈黙が。
そして、
『すごいじゃないか、
こぼれ落ちたその言葉に、ユマは笑みを浮かべて――――
その瞬間、夢の中の景色が変わった。
俺とユマの二人だけ。
暗闇に、俺達だけが立っている。
ユマは変身していて、顔を伏せていて。
その表情は覗けない。
「――頑張ったよ」
なにもない空間で、ユマが口を開く。
「私、頑張ったよ」
「……ユマ」
「魔法少女、頑張ったの」
その相貌が、こちらを向いた。
「頑張って、頑張って、頑張って頑張って頑張って頑張って頑張って頑張って――――」
「ユ、マ……」
その瞳は、何も写しはしなかった。
黒。
ただ一色の黒。
がらんどうで、虚無に満ちた黒。
「色んな人に責められながら、自分で嫌になりながら、戦闘で傷つきながら、ずっとずっと、ずーーーーーっと頑張ったの」
なにもない黒の瞳が。
ただ俺だけを見ていた。
「でも、苦しかった。苦しくて苦しくて、つらいって、かなしいって、ずっとずっと思ってた。でも、戦ったよ。戦って、戦ったの。なんでかわかる?」
三日月のような笑みを浮かべて。
「それはね、ミキトくんが――」
――――ああ。
「私に
俺は、どうして――――
♪
ハッと不意に目を覚ます。
時刻は四時、昨日よりも更に早い。
流石に、これはいくらなんでも早すぎるから、ユマを起こすわけには行かない。
何より、ユマは今俺の隣で寝ているから、きっと朝になるまで起きようとしないだろう。
――穏やかな寝息が聞こえる。
時折少しだけ寝苦しそうにするけれど、今のユマは概ね落ち着いていると言えた。
俺の手だけは絶対に離そうとはしないけど。
俺は少しだけベッドの中で体を伸ばして、再び目を閉じる。
あの夢は、こうなる以前から何度も見て来た夢だ。
今更そのことで、食べたものを戻したりはしないけれど。
このまま数時間、朝になるまでに寝付けるかはなんとも言えないところだ。
布団の中で寝ているユマを見る。
――きっと、ユマはあんなこと言わないんだろう。
たとえ思っていても、俺にぶつけたりはしないはずだ。
ああ、でもだからこそ思う。
ユマはあの日、俺を選んだ。
他の誰でもない、俺を。
両親を頼るっていう選択肢は最初からなかっただろうけど。
それでも、他に選択肢はあったかもしれないのに。
そもそもだ。
生まれてからずっと、ユマは俺を選び続けてきた。
幼馴染として、第一に俺の側を選んできた。
「なぁ、ユマ。……どうして、俺だったんだ?」
答えはない、求めていない。
答えを聞くのが怖い。
ただ、ユマの寝息だけが俺の耳には響いていた。
状況説明的な回