心の折れた魔法少女と、幼馴染の俺が誰もいない街で二人きり 作:イーナ
一応、二日に一回は周辺の調査を行うことにしている。
食料品を取りに行くついでに、街の様子を確認するのだ。
毎日やらないのは、単純に俺が疲れてしまうから。
自分の足で街を歩くわけだからな、一日歩き続けていると、流石に疲れてしまう。
原付でいいから、免許を取っておくべきだった。
もう、後の祭りだけれども。
後、他にも理由があるんだけどそれは後述。
今日は、街の外を目指してみることになった。
なった、と言っても決めているのは俺だけど。
なんといっても、街の一番奥まであるくのだ、それはもうつかれることが想定される。
今日ばかりはついでに食料品を調達することなく、一直線に外を目指すことにしていた。
まぁ、正直結果は予想ができていたんだけど。
街の中と外は、視えない壁で遮断されていた。
隣町に行くための道路までたどり着いた俺を待っていたのは、不可視の壁。
いきなりなにもないところに壁が現れるものだから、思わず頭をぶつけてしまったよ。
といっても、痛みはさほど残らなかったが。
その後、何とか外に出てみようとするものの、失敗。
人間はダメでも、道具ならどうかと思ったけど、これも失敗。
そもそも、結構な時間本来なら車の通りがそこそこあるはずの道であーでもないこーでもないと騒いでいたのに、車が通らなかった時点で望み薄だ。
視界の向こう側には、隣町の景色が広がっていたけれど。
見た限りで人の気配はない。
果たして本当に、ここに人がいるのだろうか。
答えは出そうになかった。
それから、俺は長い時間をかけて来た道を戻る。
途中からやらなければよかったという思いが体を支配して、痛みでなんども休憩を取る。
もともとほぼ一日仕事というつもりで朝早くに出発したけれど。
部屋に帰り着く頃にはすっかり外も暗くなり始めていた。
真夏日じゃなくてよかった。
まぁ、真夏だったら出かけていない気もするけれど。
とにかく、もうマンションも見えているから、これが最後の休憩だ。
適当なコンビニの休憩スペースから、外を眺める。
気候的には落ち着いていて、決して日差しで体力が削られるなんてことはなかった。
それでも、この一往復だけで足が棒になるかと思うほど疲弊していて。
単純に、半月も引きこもっていて体力が落ちたのかと思うけれど。
ユマならばともかく、俺は毎日食料品を集めに外へ出ている。
体力は落ちていないはずだ。
だったら、さすがにこれは疲れ過ぎじゃないか? と思わなくもない。
原因は――
「……やめておこう」
そこで思考を打ち切って、俺は立ち上がる。
流石にそれは、考えちゃダメだろ。
俺がこの空間で精神的に疲弊しているとか。
ユマの前で、口が裂けてもそんなことはいえないよ。
♪
「ただいま」
「――おかえり」
「……って、ユマ?」
――部屋に戻ると、ユマが扉の前で体育座りをしていた。
壁に寄りかかってぼーっとしていたのだ。
ずっと、こうしていたのだろうか。
俺の帰りが思った以上に遅くて、心配させてしまったのかもしれない。
そりゃそうだ、普段の遠出ですらユマを不安にさせてしまって。
「ごめん、遅くなった」
「ううんいいの、こうなるなーって、なんとなく思ってたから」
「ほんと、ごめん」
「いいのいいの、いーいーのー、片道三時間くらいもとからかかるって言ってたじゃん。わかってたから、わかってたーかーらー」
ぐいぐいと、体育座りのまま俺の服を引っ張って。
子どもみたいな笑みを浮かべてくるユマ。
どこか、触れたら壊れてしまいそうなその笑みに、俺はどうするべきかわからない。
「それじゃあー、お風呂にする? ごはんにする? それとも――」
「え、ああ? えっと」
え、何そういう流れ?
「お、ふ、ろ?」
「……お風呂で」
「はぁーい、湧いてるよ、お風呂」
な、なるほど。
どうやらユマが頑張ってお風呂を沸かしてくれたらしい。
一瞬ドキっとしてしまったが――こんな状況でそういうのはよくないかもしれないが――内心ホッとする。
俺とユマは幼馴染で、お互いそれなり以上に信頼関係を築いていて。
……まぁ、意識はしていると思うんだが。
それでも、流石にこういう時はどうすればいいかわからなくなる。
「それじゃあ、ごゆっくりぃー」
そんなユマの言葉に甘えて。
俺は風呂に入る。
結構前に沸かしたのだろう、少しぬるくなっていたお湯を温め直しつつ。
少し、考える。
外の探索は、二日に一回だ。
それは俺の疲れもそうなんだけど、ユマの負担もまた理由の一つ。
アレな話だが、この二つはどちらもこの状況を解決するうえで大事なピースだと思う。
外で何か手がかりがないかを探しつつ、ユマのメンタルケアをする。
前者だけでなく、後者も欠かしてはいけない。
だって、ユマは魔法少女なのだから。
今は変身できないほど弱ってしまっているけれど。
いずれ、ユマがまた立ち上がれるようになったら、それは解決の糸口につながるはずだ。
正直、どちらを優先すべきなのかはわからない。
ユマの気持ちを何よりも大事にするべきなのかも知れないけど。
外にも、解決の手がかりがある予感がする。
どうしてかわからないけれど、この直感は信じるべきだと思った。
――そんな事を考えていると。
「おせなか、ながしますねー」
不意に扉が開いて、ユマが入ってきた。
「ああ、……えっ!?」
思わず目を見開いて振り返ってしまう。
迂闊だった。
そんな事をすれば、ユマの体が嫌でも視界に入ってしまうのに。
狭い浴槽に、湯気なんて便利なものはない。
一応、タオルで体を隠していたから大事な部分は見えていないけれど。
それでも、全身にタオルをまいているわけではなく、垢すり用のやつを前に垂らしているだけ。
隠れていない部分は、好き放題見えてしまっていた。
「あ、ちょ、ユマ!?」
「えへへー、ミキトくんのえっち」
「いや、そうじゃなくて!」
慌てて顔をそらすと、今度はユマが最初に言った「おせなか、ながしますねー」という言葉が思い出される。
まずい、背中を流される!
「ミキトくんって、ちょっとロリコンさんだよね。わたしでこーふんするんだから」
「いや、その……ユマはもう高校生だろ!?」
「身長140の高校生ですよー、だ。ま、でも? ミキトくんならー、わたし、いいけど?」
「……っ」
話をしている間にも、ユマは俺の横から手を伸ばしてボディソープを確保。
手にしていた垢すり用のやつを泡立てていく。
少し、呼吸がおかしい。
「はーい、あらいますよー」
「……いや、その」
「んー、もしかしてわたしの体であらったほうがいーい?」
「……普通にお願いします」
これは、完全に止めてくれないパターンだ。
こうなったらユマは止まらない。
好き放題、気の済むまで俺を玩具にしてくる。
ただ、少しだけ俺も悪い気はしない。
いや、ユマの裸が見れたからというわけではなく。
こういうのは、ユマが魔法少女になる前の習慣だからだ。
幼馴染として、俺に好き放題ワガママをいうのはかつてのユマのよくやることだった。
外では優等生として、愛されマスコットとして周囲に溶け込んでいたけれど。
幼馴染である俺の前でだけは、ワガママ三昧だったのだ。
正直、悪い気はしなかった。
「はえー、すっごいつかれてますねぇ」
「……そんなに、垢とか出てるのか?」
「んや、わっかんない。ミキトくんの背中、もう泡しかない」
「でしょうね」
えらい勢いでボディーソーププッシュしてたからな。
おそらく、ユマの言う通り背中は泡だらけになっているだろう。
と、そこで。
「――外、どうだった?」
おそらく本題であろう内容に、ユマが入る。
外でのこと。
普段、ユマは俺の外での探索は興味を示さない。
示す余裕がない、というのもあるだろうが。
多分、俺が外に出ることをよく思っていない。
食料品を毎日集めるのだって、ユマは少し不満に思っているらしいからな。
買いだめしておけばいいじゃん、というのはその通りなんだけど。
それだと、俺が外に出なくなっちゃう気がして。
……ある意味、逃げているのかもな、俺は。
「……壁があった」
「壁?」
「そう、みえない壁。街の境に透明な壁があって、そこから先には進めないようになってたんだ。そこから先は……どうやっても進めなかったな」
「そっか」
そこから、しばらく沈黙が広がる。
ユマはただ俺の背中を洗い続けていて。
俺は、少し言葉を選んだからだ。
「壁の”向こう”に、人の気配はなかった。車も全然通らなかったし」
「そんな気はしてたよ」
「物を投げ込んでみてもダメ、向こうからは電波が届いてるはずなのに。どうしてこっちからはダメなんだろうな?」
「わかんない、便利だからいーんじゃない?」
少し不思議なことがあって。
ネットやテレビが使えるということは、電波は届いているはずなのだ。
電気だってそう。
だったら、道具や生きていない物は壁の向こうに行けてもいいはずなのに。
果たしてそれが、どういう理由で向こうからの電波だけが届くのか。
何か、意味があるような気がしていた。
「でも、今のところはそれ以上の手がかりはなし、だな」
「だよねぇ」
「……ユマは」
少しだけためらって。
「こうやって外界と俺達を隔離することが、魔法なら可能だと思うか?」
「…………」
問いかけた。
ユマは、少しの間沈黙する。
背中を洗う手もとまって。
完全に、静けさだけが広がっていく。
「…………」
「…………」
解っている、ユマが俺の外への探索をよく思っていないことくらい。
本当なら、ずっと一緒にいてほしいと思っていることくらい。
でも、俺は――
「……魔法は、物理的に何かを壊したり、直したりするのが得意なの。もしくは、精神に干渉したり、干渉されないようにしたり」
「…………結界を作ったり、みたいなことは苦手ってことか?」
「少なくとも、私はね?」
ぽつり、とユマが話してくれた。
魔法でも、どうやればこんなことができるのか。
ユマも、きっとお手上げなんだろう。
と、そんな時だ。
「……えい」
そんな言葉とともに、ユマが俺に抱きついてきた。
「ユマ!?」
「やっぱり、体で流しちゃう」
「いや、それはちょっと。っていうか当たって!」
「わかってるよぉ」
解ってない、絶対解ってない。
そこからじゃ、今俺がどんな顔をしているかなんて絶対わからない。
背中に、背中に感触が!
――ああ、だから。
俺はユマの体の感触に意識が向きすぎていたんだ。
だから――
「――私、ミキトくんが思ってるほどいい子じゃないよ?」
そんな、俺に聞こえないように言ったユマの言葉を。
俺は、聞き流してしまった――ということにするしかなかったんだ。
お風呂回です。