それと何度も明言しておきますが、政治的な思想等はございません!!!
神根島への攻撃から数日後‥‥
現在の三大レジスタンス連合の首都である北海道札幌市では、大規模な軍事パレードを伴った記念式典と記者会見が開かれることとなっていた。
五稜郭内のとある場所
「いよいよ、この時が来たのですね…」
「はい。すでに友好国各国には話を通してあります」
現天皇である煌武院悠陽は護衛の月詠真耶とともに五稜郭内に建設された宮中から出て、市内を一望できる施設から街を見ていた。
※(現実世界の皇居にある宮殿をイメージしてください)
そんな二人にゆかりは報告をしていた。
「すでに式典のための警備はもとより、発表の為の原稿も用意していますn「結月元帥」は!」
悠陽はゆかりの報告を遮り‥‥
「これまでの貢献。誠にありがとうございます」
「いえ!日本人、そして大和民族の一人として当然のことです!!むしろ陛下こそが最も大変であったと思っております!!」
ゆかりは悠陽からの賛辞に謙遜する。
「いいえ。これほどまでの貢献は当然と言う義務感からでは到底できなかったでしょう。あなたやあなたの友人、そしてこの偉業に携わってくださったすべての日本人のおかげでもあります」
悠陽はそう言った。
「しかし、国民の皆様への発表は私自身の言葉で話します。なので誠に申し訳ありませんが原稿は結構です」
「わ、分かりました!!」
さらに悠陽が続けていった内容にゆかりは驚きつつも納得した様子で、承諾した。
そこに‥‥
『失礼します』
月詠真那が入って来た。
「陛下、そろそろお時間です」
「真那、ありがとうございます。では参りましょう」
「「「はっ!!!」」」
この日、この世界の日本人たちにとっては決して忘れることが出来ない日となるであろう。
北海道 札幌市 式典会場
「日本国民の皆様、そして世界各国からいらっしゃった要人の皆様と記者団の皆様。お待たせいたしました。これより式典の開始と記者会見を行わせていただきます」
ゆかりは式典会場に登場したとたんにそう言った。
「本日、午前八時を持ちまして、日本全土より神聖ブリタニア帝国軍全軍の排除を確認いたしました。これを持ちまして我が日本はブリタニアによるエリア支配から完全に脱却したことを宣言いたします!!!」
おおおおおおおお!!!!!
この発表は世界初ともいえる物であった。
ブリタニアのエリア支配から脱却出来た国など、今まで存在していなかったからだ。
この発表は、全世界に衝撃を持って伝えられた。
「我が日本民族はこれからも他国や他民族による支配を受けず、許さずの姿勢を貫きます!そしてこの場をお借りしまして…………
日本皇国の建国を宣言致します!!」
ゆかりのこの宣言は世界を更に驚かせた。
欧州連合(EU)首脳部を除いて、三大レジスタンス連合は既に宣言されていた合衆国日本と折り合いをつけていくのだろうと言うのが各国の予想であったからだ。
その予想を真っ向から否定する形ではあったが、一部の者は納得していた。
なんせ、三大レジスタンス連合と合衆国日本の方針は真っ向から異なるからだ。
あちらは民主体制に近いが、天皇家を無視したやり方。
三大レジスタンス連合は初期から天皇家をトップに立てて行動している。
相容れるわけがない。
ゆかりの発表の後、悠陽がマイクを取り、
「これまで祖国奪還の為に戦ってくださった市民の皆様、英霊となりながらも国の為に最後まで戦ってくださった兵士の皆様、大変長らくお待たせいたしました。本日、日本列島は日本人の手に戻りました」
彼女はそう始め、
「これまで、十年近く臥薪嘗胆を合言葉に苦しい生活を強いてきた国民の皆様に良い報告が出来、私はとても喜ばしい限りです。しかし、戦って亡くなった者達のご家族には申し訳ないとしか言えません。国のためとはいえ、預かった息子・娘さんをご家族の下に帰すことが出来ませんでした。国家の責任者として謝罪いたします」
悠陽は、この独立戦争によって国を奪還することが出来たことに関して、戦った兵士諸氏や市民に感謝の意を伝えるとともに戦死した者達のご家族には息子や娘を無事に帰すことが出来なかったことを国家の責任者として謝罪した。
この姿勢は世界に驚かれた。
大抵は勝利をたたえる演説だろうと考えていたのだ。
「この戦死された者達のことを決して忘れないようにし、今後の国の発展を推し進めていくことをここに明言いたします」
同時にブリタニア軍によって破壊されていた東京の皇居(旧江戸城)と靖国神社の再建も明言したという‥‥。
そうして悠陽の演説は終わり、その後に結月ゆかり・博麗霊夢・島津妙高が悠陽の前に並び、大勲位菊花大綬章*1と大勲位菊花章頸飾*2を公的な場で授与した。
授与式終了後に軍事パレードが行われた。
歩兵部隊が行進を行った後に三大レジスタンス連合各勢力が運用していた戦車が行進を行い、各種戦術機や自走砲、レイバー、航空隊による曲技飛行。
礼砲による記念砲撃。
三大レジスタンス連合ありとあらゆる部署から精鋭が駆けつけ、その技量を世界に披露するとともに陛下にお見せした。
この後に日本皇国の政治体制が発表された。
『民主体制を目指すが、政治家や官僚の不足等の問題もあり、しばらくの間は三大レジスタンス連合幹部による政治運用を行う』
と。
首都に関しては将来的には東京に戻すということになってはいるが、フレイヤ三発が投下された東京は悲惨の一言。
東北財閥主導でスタートした復興計画『バビロンプロジェクト』の進展次第ではあるが、陸地の政庁跡付近にある爆心地跡地はかなりのクレーターとなっており、地下都市計画まで浮上しているが、どうにも進展はしていなかった。
他にも、報道の自由に関しても原則として報道そのものは認めるが、戦前(極東事変前)のように完全に自由なものではなく、市民への執拗な報道や未確認情報の無責任な拡散の禁止。
市民に被害を加えたら報道を行った会社の責任とすること、偏向報道や一部の勢力・個人にとって有利な報道を行った場合は放送免許や新聞社としての権限の一切の剥奪と倒産処分・行った者を厳罰に処すと決めたが、戦前からあった旧報道各社の生き残り達は抗議してきた。
※最も、黙殺されたが‥‥。
さらに、労基法の厳格化や各業界に適した改正。戒厳令の明文化、天皇の権限と発言権の付与、汚職や癒着行為を行った政治家や高級官僚への厳罰化等々‥‥。
新国家となるにあたって戦前の日本国に存在していた法律の豪快な改正と社会問題となっていた案件の厳罰化等は挙げれば切りがないが戦前の体制や権益集団にいた者達の生き残りからの反発もあった。
とはいえ、そう言った点は後でどうにかするということになり、とにもかくにも復興するまでは札幌が臨時首都ということになった。
※宇宙開発や各地の復興の為に企業に多額の金が投資されることとなり、軽いバブルになったのはまた別の話だ。
とはいえ、この日本皇国の存在を神聖ブリタニア帝国と神聖ミスルギ皇国は認めず、特に神聖ミスルギ皇国の皇帝ジュリオは決して承認しないとほざいた。
代わりにに欧州連合(EU)やエナストリア皇国等の親日国家は即座に国家承認を行った。
ちなみに、この式典に呼応するかのようにインドネシア・インド等の東南アジアや南アジアの各国に潜伏していた独立派が決起。
その先陣を切ったのは台湾とインドネシア・フィリピン・インドであったのは言うまでもないだろう。
次回 ブリタニア政変
次話の前に閑話が出るかもです!