不敗の魔術師と夜天の主   作:サーフ

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本作を開いていただきありがとうございます。

急展開ですのでよろしくお願いします。


1章
魔術師は何処に


 歴史と言うものは、分厚い本のようなものでもあると言われている。

 人と言うインクが運命と言う文字を歴史というページに刻み込んでいく。

 宇宙歴800年6月1日2時55分。ヤン・ウェンリーの時は33歳で停止した。

 ヤン・ウェンリーの流した血は歴史というページに大きなシミを作った。

 この大きなシミは後世の歴史に大きな影響を与えた。

 しかし、このシミはあまりにも強大で別の(時空)にも染み込むように影響を与え……新たな歴史がまた1ページ。

 

 6月4日。

 八神はやては自身の誕生日を迎えた。

 その夜の出来事である。

 眼前には宙に浮いた1冊の記憶の片隅にある本。

 そして床には見慣れぬ魔法陣。

 その魔法陣から5つの見慣れぬ人影が現れた。

 

 一人はピンクの髪の凛々しい女性。

 

 一人は金髪のショートカットの柔らかな表情の女性。

 

 一人は三つ編みの赤髪で幼さの残る少女。

 

 もう一人は筋肉質の男性ではあるが、その頭部には似つかわしくない犬耳が付いていた。

 

 そして、残るもう一人は……床に突っ伏している。

 

「闇の書の起動を確認しました」

 

 ピンク髪の女性が呟いた。

 

「や、闇の書?」

 

「はい。我ら、闇の書の蒐集を行うもの」

 

「夜天の主の元に集いし雲」

 

「ヴォルケンリッター何なりとご命令を」

 

「えっと……あの……その人は……?」

 

「え?」

 

 はやてが床に倒れている人物に指を指す。

 

「え? 誰だこいつ!」

 

「おいお前! しっかりしろって……こいつ怪我してるじゃないか!」

 

 倒れた男性は左足を負傷しており出血もある。

 

「と、とにかく治療を!」

 

 金髪の女性が手をかざすと光が溢れ出しその傷口を覆っていく。

 

「なんなんや……」

 

 はやては困惑しつつことのなり行きを見守った。

 

 

 「うっ……ん」

 

 水から引き上げられるようにヤンの意識が覚醒した。

 

「こ、ここは……」

 

 ヤンが周囲を見回し確認しようと体を起こそうとする。

 

「うっ!」

 

 上体を起こそうとした途端体に激痛が走り再びその体を布団に横たえる。

 

「あっ気が付いたんですね。良かった。2週間も気を失ったままだったのでもう目を覚まさないかと……」

 

 ヤンは声のする方に首だけを向ける。

 

 そこには、金髪の柔らかな表情の女性が微笑んでいた。

 

「まだ無理をしてはダメですよ。傷だって塞がってないんですから」

 

「あ、あの。ここはどこですか? 貴女は?」

 

「私はシャマルと言います。状況はたぶん説明が少しややこしいですから、詳しいことはまた後程」

 

 女性はそう言うとヤンの体に手をかざした。

 

「え? あのなにを……」

 

「動かないでください。すぐおわりますよ」

 

 次の瞬間、女性の手から柔らかな光が発生しヤンの体を包む。

 

「こ、これは一体……」

 

 数秒後ヤンが唖然としてるなか光が収まる。

 

「ふう」

 

「あの……何をされたんですか?」

 

「治癒魔法ですよ」

 

「ま、魔法?」

 

 シャマルの言葉にヤンは唖然とした顔で答えた。

 

「あっその顔は信じていないようですね」

 

「魔法とは……あまりにも荒唐無稽すぎて……」

 

 ヤンの苦笑いに女性は微笑みで答えた。

 

「でも、実際貴方を助けたのは魔法の力ですよ」

 

「魔法……」

 

 ヤンは自分が意識を失う以前の思い出せる限りの記憶を遡る。

 

 確かにヤンは足の動脈を撃ち抜かれるという重症を負い、出血多量により意識を手放した。そのときの負傷は確かに死んでもおかしくないほどのものだった。

 

「もう少ししたら、私たちの主が戻ってくるはずです。詳しい話はその時にでも」

 

 シャマルはそう言うとヤンがいる部屋を後にした。

 

「主……ねぇ……こりゃどこぞの帝国貴族にでも拾われたかね……ふう……」

 

 ヤンはひとつため息をつくと、再び眠りについた。

 

 日も傾き始め、夜の闇と陽の光が混ざり合う黄昏時。

 

 ヤンは横になりながら両手を頭の下に置き思案していた。

 周囲の重力の感じや窓から入る光を参考に、現在居るのが、宇宙船ではなく惑星だと目星をつける。

 そして部屋を見回す限り、見知った電化製品等はなく、雰囲気もヤンの知る物とは程遠く、歴史の教科書にのるような旧世代のものだった。

 

「ここまで旧世代のものだけで揃えているとは、この家の主とやらは余っ程骨董品が好きなのか?」

 

 ヤンは想像の中で骨董品に身を包んだ老齢な帝国貴族を思い浮かべため息を付く。

 

 しかし、ここでヤンは別の疑問が浮かぶ。

 

 帝国貴族ならばヤンの身分や気を失った時に着ていた軍服を見て軍人と判断し捕虜として独房、もしくは軍病院などに収容されてもおかしくない。

 少なくとも見張りの兵士の気配はない。 

 

 ならば帝国領の平民家庭に保護されたかとも考えたが、それならばここまで旧世代の製品のみで統一するには相当の費用もかかるだろう。そうなれば、平民家庭とは考えにくい。それに平民家庭に同盟軍服を着た軍人がいれば、最寄りの兵に通報しているはずだ。

 つまりこの家の主とやらは旧世代の製品に統一するのが可能な財力を持ちながら、帝国軍にヤンを通報せず匿う酔狂な帝国貴族というわけだ。

 

「そして、侍女は魔法使いと来た……ふぅ……」

 

 ヤンは思考することを放棄しため息を吐いた。

 その時、部屋の扉が数回ノックされる。

 

「はいりますよ」

 

 先程の自称魔女、シャマルの声が聞こえる。

 

「はい。どうぞ」

 

 ヤンが答えると部屋の扉が人力で横開きに開かれる。

 

 ヤンは内心、扉まで旧世代の製品とは……徹底しているなと感心した。

 

「身体の方は大丈夫ですか?」

 

「ええ、今朝よりはだいぶ調子がいいです」

 

 ヤンは答えながら、上半身を起こす。その時に痛みはなく、自身の身体が回復してきていることを実感する。 

 

「私達の主が帰ってきたのでご紹介しますね」

 

 シャマルがそう言うと、開いていた扉から背の高い体格の良い男性と小柄な赤毛で三つ編みの少女が入ってきたがヤンはその男性の頭部を見ながら唖然とした。

 

「つけ耳……」

 

「ふふふっ……つけ耳だとよ、笑われてるぜ。ザフィーラ」

 

「うるさいぞヴィータ。それとこれは本物だ」

 

 ヴィータと呼ばれた少女は小さく笑い、笑われている方の男性、ザフィーラは不機嫌そうに呟いた。

 

「えっと……どちらがこの家の主で?」

 

「いや、その二人は我々の仲間で主ではない」

 

 ヤンが戸惑っていると、もう一人、ピンク髪で背の高い凛々しい女性が、少女が座った車椅子を押しながら現れた。

 

「私はシグナム。そしてこちらが我らが主である」

 

 紹介された少女は少し困惑しながらも、微笑みながら答えた。

 

「えっと……一応みんなの主をやってます。八神はやてです。よろしくおねがいします……えーっと……」

 

 独特なイントネーションで自己紹介した少女はヤンを見据える。

 

「あっ……失敬。主と聞いていたのでてっきり老人かと……えぇっと私は……」 

 

 ヤンは自己紹介しようとするが、ここで自身の身分を明かすべきか思案する。

 はやてと名乗る少女がこの家の主だということは、おそらく両親はすでにおらず、ここに居る4人の使用人で家を管理している帝国貴族だとヤンは推察した。

 そして、使用人の人数からして弱小貴族若しくは没落寸前の貴族であろうとも考えられる。ならば、ヤンの正体を知り、兵士に伝えれば皇帝ラインハルトよりそれなりの謝礼が出るだろう。更にヤン自身、帝国の捕虜になる可能性はあるが、あの皇帝陛下の性格を考えるに招いておきながらこの事態だ、イゼルローンに返還される可能性もある。

 そうなると、自身の身分を明かしたほうが得策だろう。 

 

「私は、ヤン・ウェンリーです」

 

「ヤン・ウェンリー。ヤンさんですね。よろしくお願いします」

 

 はやては車椅子に座りながら一礼した。

 

「ん?」

 

 ヤンは思っていた反応と違い困惑し、周りの使用人に目をやるが、誰一人として動揺はおろか、大した反応はしていない。

 

「えっと……私はヤン・ウェンリーですよ」

 

「はい。あっもしかしてウェンリーさんって呼んだほうが良かったですか?」

 

「いえ、そういう訳ではないですが……」

 

 ヤンは困ったように頭を掻く。

 自身のネームバリューにはそこそこの自信があるが…ここは相当辺境惑星なのか? それともこの家の人間は戦争に全く関わってこなかったのか? 

 そんな思いがヤンの頭をよぎる。

 

「私は同盟軍人のヤン・ウェンリーです」

 

「えっと……同盟軍と言われても……」

 

 はやてはよくわからないと言いながら困ったように微笑んだ。

 これはとんだ世間知らずな箱入り娘なのではないかとヤン訝しんだ。

 

「えっと……説明しますね」

 

 困り果てたはやてを見かねてシャマルが口を開いた。

 

「落ち着いて聞いて下さいね……今いるこの時空は、貴方が居た時空とは別の世界です」

 

「は?」

 

 ヤンはあまりにも荒唐無稽なことに唖然としてしまった。

 

「えっと……何を言っているんですか?」

 

 新たな帝国流の饗し、若しくは拷問の類なのではないかと混乱する。

 

「突然こんなことを言われて混乱するのはわかります……でも事実なんです」

 

「事実って……そんな事言われてもどう信じろと?」

 

「そうですね……」

 

 シャマルは困り顔で思案する。

 当たり前だ、別次元で違う世界だなんて荒唐無稽にも程がある。昔流行った大衆向けの創作話のような設定だ。

 

「あっそうだ」

 

 シャマルはヤンを見据える。

 

「ヤンさんが居た世界に魔法はありましたか?」

 

「いえ……手品とかはありましたが魔法などというものは無かったです」

 

「じゃあ今から魔法を見せますね」

 

 シャマルはそう言うと手を前にかざす。

 

「なにを……」

 

 数秒するとシャマルの眼前に円形の光が現れる。

 

 それに呼応するようにヤンの眼前にも円形の光が現れた。

 

「はい。これでこことそこの空間が繋がりました」

 

 シャマルがそう言うと眼前の光の中に手をいれる。

 

 直後、ヤンの眼前にある光から手が現れる。

 

「え? これは一体……」

 

 シャマルは手を戻すとそれに合わせてヤンの眼の前から手が消えていく。

 

「良ければヤンさんもやってみてください」

 

「ここに?」

 

 ヤンは恐る恐る眼前の光に手をいれる。

 

 すると、シャマルの眼前の光からヤンの手が現れる。 

 

「これは……短距離のワープ技術? だが人体になんの影響もないとは……」

 

「簡単な魔法ですけどね。これで信じてもらえました?」

 

「えぇ……私の知る世界にこのような技術は無かったですから」

 

 ヤンは唖然としながら光から手を抜くと、光が消える。

 

「でも。なぜ私はここに居るんです? どうして私は別の世界へ?」

 

「これは推測でしかないのですが、私達の召喚と時空震のタイミングが合わさり巻き込まれてしまったのではないかと」

 

「そんな事が起こるのですか?」

 

「本当に確率の低い出来事ですが……」

 

「そんな馬鹿な……」

 

 ヤンは頭を抱え俯く。

 

「えっと……その……ごめんなさい!」

 

 重い空気を切り裂くようにはやての声が響く。

 

「私が召喚したせいでヤンさんに迷惑をかけて……」

 

 はやては申し訳無さそうに俯く。

 

「いや……君が謝ることじゃないよ。それに……君達の召喚に巻き込まれていなかったら私は死んでいたはずだ」

 

「確かに、現れた時に死にかけていたよな。おっさん一体何があったんだよ?」

 

 ヴィータがそう呟く。

 

「おっさんって……さっきも言ったが私は軍人でね、作戦行動中にテロリストに襲われてね」

 

「そうか、テロリストと戦って負傷したのか」

 

「いや、私は逃げてる時に撃たれたのだよ」

 

 シグナムの声にヤンは否定で答える。

 

「そんな訳で負傷した私だったが気を失う寸前に死を覚悟していたよ」

 

 ヤンは頭に手をやり少し掻く。

 

「まあ……そんな訳だから召喚されなければ死んでいただろう……だから召喚してくれた君は命の恩人だよ」

 

 ヤンの答えにはやては笑顔を取り戻す。

 

「ところで、私が帰る目処はあるのだろうか?」

 

「それはまだわからないです」

 

「そうか……」

 

 ヤンは小さくため息を付いた。

 

「あの……ヤンさん」

 

 はやてがヤンに声を掛ける。

 

「まだ、帰る方法がわからないですが……それまで良ければこの家に居ませんか?」

 

「いいのかい?」

 

「はい、皆で居れば賑やかですから」

 

 正直ヤンにとっては渡りに舟であった。

 

「助かるよ……え〜っと」

 

「はやてでいいですよ」

 

「わかったよ、これからよろしく。はやて。それと私は厄介になる身だ。敬語など使わずヤンで構わないよ」

 

「年上の人にそれは……でもそういうことなら」

 

 はやては小さく微笑む。

 

「これからよろしくお願いします。ヤンおじさん」

 

「おじさん……」

 

 はやての発言にヤンを除く全員が吹き出しそうになる。

 

「はやて……私はまだ33なのだが……」

 

「33はおっさんだろ」

 

「おじさんだな」

 

 ヤンの発言にヴィータとシグナムが答える。

 

「まだ若いつもりで居たのだが……」

 

 ヤンは苦笑いを浮かべながらため息を付いた。

 

 

 

 

 ヤン・ウェンリーの養子であるユリアン・ミンツは扉を前にし、重い気持ちを落ち着かせようと必死に深呼吸する。

 この扉の向こうには、ヤンの妻である、フレデリカ・グリーンヒルが報告待っている。

 ヤンの養子として自分がこの報告をする必要性がある。そう心に刻み扉を開ける。

 

「失礼します」

 

「ユリアン……」

 

 ユリアンが入室してからフレデリカはその素振りで察したように呟いた。

 

「そう……あの人が死んだのね……」

 

「いえ……それが……その……」

 

 ユリアンの答えにフレデリカは一瞬だけ希望を持った。

 

 しかし、ユリアンからの回答は思いもよらぬものだった。

 

「艦内をくまなく探したのですが……提督の姿は見当たりませでした……」

 

「え? それは……連れ去られたということ?」

 

「宙域には不審な艦船はなく、連れ去るというのは不可能な状況で……それに……」

 

「それに……なにが?」

 

 ユリアンは一息置き口を開いた。

 

「艦内に提督のものと思える大量出血の跡があったんです。今血液を解析していますが……おそらく提督のもので間違いないかと……」

 

「じゃあ……」

 

「はい……提督の……ご遺体だけが消えているんです。それも血溜まりから移動させたような形跡もなく……まるで提督だけがどこかへ消えてしまったように……」

 

「そんな……」

 

 ユリアンの報告を聞いてフレデリカは泣き崩れる。

 

「今はこのことを知っているのは突入したメンバーだけです。箝口令もすでに……」

 

「ええ……この事は……知られたくないわね」

 

「提督……一体どこへ……」

 

 ユリアンはきつく拳を握り俯いた。

 

 

 

 




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