自宅に帰ったヤンはリビングに着くと定位置のソファに座り込んだ。
「ふぃ〜」
座り込んだ後、周囲を見回して、もう一度立ち上がると、ブランデーとグラスを手に戻る。
「世の中何をやっても駄目なことばかり〜っか……どうせ駄目なら酒を飲んで眠りたいが……今回ばかりはそうも行かないものだな」
残り僅かとなったブランデーをグラスに注ぎながら、ヤンは小さく愚痴を呟く。
「あの……ヤンさん?」
リビングに一人、シャマルが入室してくる。
「やあ、君一人かい?」
「はい……ほかの皆は蒐集に……私は戦闘能力はあまりありませんから、ですから皆のために夕食の買い出しをしてきたんです。出来合いのものですが」
「そうかい。そいつは偉いね」
「いえ、本当なら私にもっと戦えるだけの力があれば……ですから私はこんな買い物くらいしか……」
「いや、君の今の立場は非常に重要だ、私達が今まで時空管理局の妨害を直接的に受けずにすんでいるのは、少なからず君が時空管理局に認知されておらず、買い物といった補給線がしっかりしていることが大きいよ」
「そうですかね?」
「そうさ、こと戦場においては兵站は重要だからね……いやほんとに」
ヤンは苦笑いする。
「それじゃあ、私も役に立てているんですか?」
「あぁ、もちろんだとも」
「それなら良かったです」
シャマルは小さく笑みをこぼす。
「ところで、今日はどうだったんですか? シグナムの話では、時空管理局員の二人をこちら側に引き込む算段だとかで」
「予想より順調ではあるね。彼女達は純粋なお陰で扱いやすいよ……まずは種は蒔いたって所だね、第一歩としてね。彼女達には私達が蒐集していることを黙ってもらえるように頼んだよ……断られる前提で無理なお願いをする。出来ない代わりに簡単な依頼をやらせて徐々に沼に引きずり込む……目的の為とは言え、子供を騙すようで嫌な作戦だよほんと」
「シグナムから全容は聞いてますが……それしか無いなら仕方ないと思います……」
「もっと時間と人員…後は私に知恵があれば、はやても傷付けずにうまくいく作戦を思いつけるんだろうがね……いや、これは言い訳でしか無いかもな……」
「ヤンさん……」
ヤンはグラスの中のブランデーを少し口に含み飲み込む。
「しかし、これが今は最善だと信じてやるしか無いさ」
ヤンは小さく笑うと、グラスの残りをため息とともに一気に飲み込んだ。
数日後、リンディはなのはとフェイトを連れ、はやてが入院している病院の待合室でヤンを待っていた。
「あっ来たみたいですよ」
紙袋を手にしたヤンは病院の入り口から重い足取りで待合室で待っている三人のもとにやってきた。
「今日は……よろしくお願いします」
「いえ、これも仕事ですから……その袋は?」
「お見舞いの品です」
「そうですか」
リンディは暗い顔で呟いた。
「それじゃあ、病室へ案内します」
「はい……」
「じゃあ、私達も……」
「いえ、貴女達はここで待っててもらっていいかしら……」
リンディがなのはとフェイトの二人を制する。
「え?」
「でも、私達もお見舞いに……」
「これから話すことは……とても残酷なことなの……だから貴女達は話が終わった後にお友達をケアしてあげて」
リンディは小さく微笑んだ。
「は、はい」
「それじゃあ、終わったら戻って来るから、それまでこれで飲み物でも買って待っててね」
リンディはなのはに1枚の紙幣を渡すとヤンと向き合った。
「それじゃあ……行きましょうか」
「はい」
重い空気の中ヤンのあとに続き、リンディは歩みを進めた。
ヤンははやての病室の前までやって来る。
「ここです」
「はい」
ヤンは小さくため息を吐いた後、数回扉をノックする。
「はやて、入るぞ」
「はーい」
病室の中からはやての返事が聞こえてくる。
数秒置いてから、ヤンが扉を開く。その後に続き、リンディが入室する。
入室したヤンは手に持っていた紙袋をベッド脇の棚に置き、はやてを見据える。
「え? おじさん……そちらの人は?」
「こちらは……」
ヤンは言い淀み、数秒がすぎる。
「はじめまして、私は、リンディ・ハラオウンです。時空管理局員です」
「あっはじめまして、私は八神はやてです。ところで時空管理局?」
「それは……」
「ん? ドッキリか何かなん? おじさん?」
「いや……違うよ。彼女は正真正銘の、時空管理局員だよ」
ヤンは真剣な表情で答え、はやてもその真剣さを悟った。
「えーっと……その時空管理局ってなんなんですか?」
「名前の通り、様々な時空を管理したりしている、魔法使いの組織です」
「えーっと、その時空管理局の魔法使いが私に何の用ですか?」
リンディが小さく笑うと、はやても笑みで答えた。
「それで……えっと……」
はやてがリンディとヤンを交互に見る。
「えっと……八神はやてさん……」
「はい?」
「えっと……身体の方は……どうですか?」
「え? 今の所は痛いところとかはありませんが……?」
「そう……ですか……」
リンディは少し悲しそうな表情をする。
「えっと? リンディさん?」
「八神はやてさん……今から言うことを……落ち着いて聞いて下さい」
「は、はい……」
「えっと……貴女は、闇の書という言葉を聞いたことはありますか?」
「闇の書? 確かシグナム達が最初そんな事を言っとったような……」
はやては小さく呟く。
「心当たりがあるんですね?」
「はい」
「えっと……その闇の書というのは……とても危険なものなんです」
「は、はい?」
「そして……その闇の書の現在の持ち主が……貴女なのですよ……」
「え?」
「はやて、皆が君のことを主って呼ぶのはそういう事なんだよ……」
「おじさん……どういう事なん? なんでおじさんが知っているん?」
「皆から聞いたんだ……闇の書の持ち主がはやてで……それが……病気の原因だとも」
「え? 病気の原因って……それってどういう事なん! 私そんな事知らない!」
はやては声を荒らげる。
「皆……お前さんに心配させないようにって……黙っていたんだよ……」
「そ……そんな……なのになんで今になって……」
「それは……」
リンディの表情が曇り始める。
「先程も言ったように、闇の書はとても危険な存在……兵器なのですよ」
「兵器……それじゃあ……」
「はい……私は……時空管理局としては闇の書を放っておく訳には行かないのですよ」
「それで……闇の書を放って置くとどうするんですか?」
「それは……闇の書が暴走して、持ち主諸共世界を崩壊させてしまうのです……」
「え? 持ち主諸共って……つまり、暴走したら私は世界を巻き込んで……それは嫌です! 私……誰かを傷付けるなんて!」
「はやて……お前さんはこんな状況でも他人を心配するんだね……」
「だ、だって……おじさん……あの……」
はやては慌てるように、二人を交互に見る。
「……そうさせないために……私は今日ここへ来たんです……」
「良かった〜それで、私はどうすれば?」
「それは……その……」
リンディは言葉を詰まらせる……
「……な……なにか言ってくださいよ」
リンディは小さく息を整える。
「貴女が……何かをする必要はありません……私達……時空管理局が闇の書を封印します」
「そうなんですか? 私、闇の書なんていらないです、ですからさっさと封印しちゃってください」
「そう……したいのですが……」
リンディは顔を俯かせ、ヤンも目を伏せる。
「闇の書と持ち主は深く関わり合いを持っています……だから……闇の書だけを封印することはできないんですよ」
「そ、それじゃあ私は……」
「残念ですが……」
「へ? 何を言っとるん? 冗談やろ? 冗談……だよね……ねえ……おじさん……」
はやてが慌てふためきながらヤンを見つめる。
「……」
しかし、ヤンは答えず目線を背ける。
「っ! そ……そん……な」
はやては落ち込み俯く。
「いきなりこんな事を言われても混乱するのはわかります……ですが……」
「わかり……ました」
はやてが小さく呟く。
「え?」
リンディははやての回答に唖然とする。
「はやて……」
「私が……闇の書が暴走したら世界が大変なことになっちゃうんですもんね……私一人の犠牲で……皆が助かるなら、それが私の運命なんですよね……それにこんな身体やし、遅かれ早かれこうなるんやないかと……それならせめて誰かの役に立って……」
はやては小さな笑みを浮かべる。
「それに……いつかは死んじゃうって思っていたんです……そう遠くないうちに……覚悟は……して、ました」
「そう言ってもらえると……こちらも助かります……」
リンディは深くその場で頭を下げる。
「本当にありがとう……」
リンディはそう言うと再び一礼しヤンと共に退室した。
廊下に出た二人は、少し歩いてからリンディが呟くように口を開いた。
「もっと……泣いたり怒ったりされるかと思いましたが……」
「あの子は優しい子だから……きっとすべてを受け入れたのでしょう……」
「せめて……苦しませないように、眠るように……封印します。封印の日程は体力面なども考慮してクリスマスを予定しています。あと数日ですが……」
「そ、そんな。それはかなり急な……」
「いつ暴走が始まるか……分かりませんから……早いに越したことはありません」
「そんな……あの子は」
「子供達には酷な思いをさせたくありません……こちらの都合で勝手ですが、封印の当日はなのはちゃん達には知らせず……全てが終わってから知らせようかと……」
「そうですか……」
「あの……この近くに人気の無い場所は無いでしょうか? 封印の過程をあまり人には見られたくないので……」
「ではこの病院の屋上はどうでしょう……冬ですし人気は無いでしょう」
「ではそこでしましょう」
「そうですか……」
リンディの言葉に対し、ヤンは興味なさげに返した。
「それでは、私はこれで」
「はい。私は……はやてと少し話をしてきます」
リンディはそう言うと一礼しその場を離れた。
「さて……やるか……」
ヤンはひどく嫌悪感を抱きながら呟いてから、病室の扉を数回ノックした。
「……」
しかし、病室からの反応はない。
「はやて、入るぞ」
ヤンはゆっくりと扉を開けると、虚ろな目のはやてが振り返る。
「あっ……ヤン……おじ……さん」
「大丈夫かい?」
「うん……大丈夫……」
ヤンはゆっくりと病室のベッド脇にある椅子に腰掛ける。
そのまま、ベッド脇の棚においた紙袋から林檎と紙皿、キッチンナイフを取り出す。
「食べるかい?」
「……」
はやては無言で頷いた。
「ねえ……おじさん」
「なんだい?」
ヤンは右手にキッチンナイフを持ち、左手に林檎を持つ。
「痛っ!」
そしてヤンは、林檎の皮を剥こうと試みるが、うまくいかず、自らの指を少し切る。
「もーおじさんなにやってんの、貸してみ私がやってあげる」
「すまないね」
はやてはヤンに小さな笑みを向けた。
ヤンははやてに林檎とキッチンナイフを手渡すと、はやては慣れた手つきで皮を剥き始める。
「ねえ……おじさん」
林檎の皮を剥き終え、一口サイズにカットした林檎を剥いた皮と一緒に並べた紙皿とキッチンナイフをベッド脇の棚に置いたはやてが呟く。
「死ぬって……痛いんかな?」
「はやて……」
「いや、私の場合は封印だから……死ぬことも出来ないんだよね……」
はやては苦笑いを浮かべる。
「はやて……」
ヤンははやてを見据える。
「いいかい。今から言うことは、時空管理局の人間には聞かれてはいけないよ」
「え?」
「実は、私やシグナム達はお前さんを助けるために、時空管理局に黙って闇の書を蒐集して完成させようとしているんだ」
「え? でもそれって……」
「あぁ……お前さんは蒐集をするなと皆に言っていたようだが、皆お前さんを助けるために蒐集をやってきたんだ」
「でも……助けるって……どうやって」
「良いかい。良くお聞き、とても大切な話だ。闇の書の収集が終わっても暴走することは防げないが、暴走するまで少しだけ猶予があるんだ。ここまでは理解できたかい?」
「うん」
「完成したら、闇の書の全権は一時的ではあるがお前さんが持つことになるだろう。そうしたら暴走するまでの間にお前さんは闇の書の持ち主としての権利を私に移譲、つまり譲り渡すんだ。そうすればお前さんは闇の書と一緒に封印されずに済むはずさ」
ヤンから説明を受け数度頷いたはやてだが、急に顔を上げる。
「譲り渡すって……その後はどうするの? 譲られたおじさんはどうなるの?!」
「はやて……今は自分のことだけを考えなさい。私のことは気にしなくて良い」
「まさか……私の代わりに封印されるつもりなの?」
「はやて……」
ヤンは困った表情で頭を掻く。
「そんなの駄目だよ! ダメダメ! おじさんが犠牲になるなんて絶対駄目だよ!」
「はやて……わがままを言うんじゃないよ。それにな子供ってのはな、大人を食い物にして成長するもんだ」
はやては大きく首を左右に振り、否定の言葉をこぼす。
「駄目だよ! おじさんが死んじゃったらおじさんの家族はどうするの! 奥さんだって子供だっておじさんのことを待っているんじゃないよ!」
「はやて……良いかい良くお聞き、私のことは気にしなくたって良い。お前さんは生きることだけを考えるんだ。それに私は子供が……お前が死ぬのを見たくないし、お前を見殺しにしたら私は自分の家族や部下達に顔向けできない」
「おじさん……駄目だよ……そんなの……それなら私が死んでしまえば……」
「はやて、子供が滅多なことを言うんじゃないよ」
「でも……」
はやてが俯き、ヤンは優しく頭を撫でる。
「私のことは良いさ。良いんだよはやて」
ヤンはそう言うと、病室を後にした。
「待っておじさん……」
病室を出たヤンはため息を吐いた。
「さて……次の段階へ行くか……」
ヤンはそう言うとなのはとフェイトが居る待合室へと向かった。
「あ、ヤンさん」
待合室にはなのはとフェイト、そしてシグナムが待っていた。
「君も来ていたのか」
「あぁ。この二人と少し主のことを話していてな」
「そうかい。君達の上官は?」
「先ほど帰りました」
「そうかい。さて一緒に病室に来てくれるかい?」
「はい、お見舞いに行きます」
「では……行こうか」
ヤンのあとに続き三人は病室へと歩みを進めた。
病室に一人取り残されたはやては窓から差し込む黄昏時の光をベッドの上で頭を抱えていた。
「だめだ、駄目だ駄目だ……おじさんを犠牲にするなんて……駄目だよ……」
はやては呟きつつ虚ろな目で病室の殺風景な景色を見据える。
「あっ……」
そんな殺風景な病室の中、はやてはベッド脇の棚の上に、鈍い銀色の光を放つキッチンナイフが目に入った。
「……」
はやては震えるその右手でキッチンナイフを手に取る。
「私が……私が居なくなればおじさんが犠牲になることもないし、世界が滅ぶこともない……すべてが丸く収まる」
右手で持っていたキッチンナイフの柄を左手も添えて、両手で握りその刃先を自分に向ける。
「はあ……はあ……」
少し動悸が早くなり、呼吸も荒くなる。それに比例して、手が震え、ナイフが震える。
「……っ!」
はやては両手に力を込めると、両目を強く閉じた。
ヤン達ははやてがいる病室の前にやってきた。
「そろそろか……」
ヤンは聞こえない程度の小声で呟くとシグナムと目配せし小さく頷いた。
「ここだよ。入るよはやて」
ヤンが病室の扉を開けるとそこには、病室のベッドの上でキッチンナイフを手にしているはやての姿があった。
「はやて!」
「おじ……さん」
ヤンは声を荒らげ、はやてに駆け寄る。
「やめなさい!」
「いやっ! 来ないで!」
はやては混乱しキッチンナイフを振り回す。
「くっ!」
ヤン右手では振り回されているキッチンナイフの刃先を握り、血が流れ出す。
「あっ……おじさん、血が……」
「はやて」
はやては力なくキッチンナイフから手を話し、ヤンは血に塗れた手でキッチンナイフを取り上げると足元に投げ捨てる。
「お、おじさんっ!」
はやての目元から涙が溢れ出し、ヤンに抱き付くと決壊した感情が溢れ出し嗚咽混じりに泣き始める。
そんなはやてをヤンは優しく抱きしめる。
「おじさんっ! おじ……ごめんなさいっ」
「いいんだ、良いんだよはやて」
はやては嗚咽混じりに自分の感情を吐露し始める。
「私が……私が生きていたら、おじさんや皆に迷惑がかかるけど……そんなのは嫌だけど……私、死にたくないよ! やっと家族ができたと思ったのに! このままじゃまた一人ぼっちに……」
「大丈夫……大丈夫だから」
はやては再びヤンの胸で哀叫し、病室にははやての鳴き声と嗚咽だけが響いた。
数分後、泣き腫らしていたはやての嗚咽はいつの間にか収まり、寝息を立て始めていた。
「……」
ヤンはそっと優しく寝ているはやてを横たえると汚れていない左手でそっと布団をかけると、右手の傷をハンカチで抑えると止血をしてから静かに退室した。
「ヤン……主は?」
「さっきまでは泣いていたが、今は眠っているよ」
「そうか」
「あっあの!」
なのはとフェイトがヤンに駆け寄る。
「あの、はやてちゃんは……」
「大丈夫だよ。今は落ち着いて寝ているよ」
「そうですか……あの!」
「……」
なのはが数回呼吸をする。
「あのっ以前言ってましたよね。はやてちゃんを助ける方法があるって……私達、はやてちゃんを助けるのに協力させてください」
「良いのかい?」
「はい」
「あんなに取り乱したはやてを見てたら放っておけなくて……」
「そうか……ありがとう」
「それで……私達は何をすれば良いんですか?」
「あぁ、それはね」
ヤンがシグナムに目配せするとシグナムは頷き、闇の書を取り出した。
ヤンは二人をしっかりと見据える。
「君達二人の魔力を蒐集させてくれないか?」
「え? 蒐集ですかでもそれって」
「完成したら暴走は避けられないんじゃ……」
「確かに君達の上官にはそう言ったけどね。以前も軽く触れたが完成させた後に救える可能性があるんだ……だがきっと時空管理局はそんな危険な賭けはしないだろう……」
「そうですね……でも、それではやてちゃんが助かる可能性があるなら!」
「うん。そうだねなのは」
「協力してくれるのだね」
「はい」
なのはとフェイトは同時に頷いた。
「よし、それじゃあ早速頼むよ」
「わかった」
シグナムが闇の書を開くと淡い光が溢れ出す。
それに呼応するように、なのはとフェイトの体も光りだした。
二人の身体から発せられた光が闇の書へと集まっていく。
ヤンはそんな光景をただ見守っていた。
数秒程度で光が収まり、蒐集が終わった。
「大丈夫かい?」
「はい、少しふらつきますが、しばらく休めば大丈夫です」
「そうかい。ありがとう」
「これで……はやてちゃんは助かるんですか?」
「まだ可能性が繋がっただけだけど助かるはずさ」
「良かったです。それでは私達はこれで」
「あぁ、ありがとう」
ヤンとシグナムは帰っていく二人の背中を見送った。
「……これも、お前の予定通りの結果なのか?」
二人だけになった時、シグナムがヤンに問い掛ける。
「あぁ……そうさ。はやてが真実を知って絶望し、私がわざと置いていったキッチンナイフを手にする事も……そして……取り乱したはやてを見た彼女達が哀れんで協力してくれる事も……全て計算の上さ……」
「そうか……」
シグナムは苦虫を噛み締めるような表情を浮かべる。
「もし最悪な事態が起こってもここは病院だから処置は容易いだろう。それにあの程度のナイフじゃ致命傷を負うのは難しいだろう…」
「そうか……」
シグナムは顔をしかめながら呟いた。
「しかし、この手段しか無かったんだろ……ヴィータには触り程度でしか説明はしていない。すべて知ったらアイツのことだ暴れる可能性もあったからな」
「そうだね」
ヤンは力強く手を握りしめる。右手の傷口から再び血が流れ出し、ハンカチから滲んだ血が赤い色を広げる。
「ヤン、手の方は大丈夫か?」
「この程度……あの子の痛みに比べれば……くっ! 何が知将だ……あの子を追い詰めることでしか物事を進められなかったじゃないかっ……」
「ヤン……」
シグナムはヤンの肩に手を置く。
「ヤン! 今回はあの二人を蒐集するために仕方なかったんだ……あまり自分を責めるな」
「あぁ……」
「お前の作戦のおかげで、時空管理局と正面から敵対せずに済んでいるし、あの二人の蒐集も出来たんだ。後は闇の書を完成させる。それは私達に任せろ」
「そう……か、だがしかし…」
「あぁ、あの二人を騙せたんだ。コレで作戦は終わったんだ」
「いや、まださ。彼女達に関してはまだ第二段階が終わっただけだよ」
「ん? どういう事だ? これ以上何をさせるつもりだ?」
「あの二人には時空管理局を裏切らせて上官であるリンディ・ハラオウンを蒐集するのに協力させる」
「ヤン! 何を言っているんだ……」
シグナムは声を荒らげる。
「仕方ないだろ……今回、あの二人を蒐集してもまだ完成していないんだろ?」
「あぁ、あと少しというところだ。当初の予定通り年末までには…」
ヤンはため息を吐く。
「それじゃ間に合わない。時空管理局はクリスマスに……はやてを封印する予定なんだ」
「何だと! あと数日じゃないか……それでは間に合わないかもしれない……」
「あぁ……だが彼女達二人の蒐集で完成まで大きく進んだ。上官ともなればもっと進むんじゃないか?」
「あぁ……確かにさっき会った際には魔力を感じたが……そんな事は可能なのか?」
「可能……だとは思うよ。彼女達を……子供を脅迫するようなやり方だがね」
「ヤン……ここまで来たらもう躊躇ってはいられない。私達は殺し以外どんな汚いことでもやると誓ったんだ!」
「そうかい。頼もしいね」
「ヤン……作戦を話してくれ」
「もはや作戦というほどでもないさ、はやてを封印する為にやってきたリンディ・ハラオウンを襲撃する……とても作戦とは呼べない行き当たりばったりな行動だがもはやこれしか無い」
「それでも構わんさ」
シグナムは真剣な表情で答える。
ヤンは一度頷くと、当日の流れを説明した。
私にもっと知能があればもっといい作戦を思いつけたのかもしれませんが
今の私ではこれが精一杯です