数カ月後。
イゼルローンの一室において時空管理局の制服に身を包んだはやてが不安そうに部屋の中を歩き続けていた。
「なんでや……なんで私がこんな大役を……」
「主。落ち着いてください」
「落ち着く? この状況で落ち着けるかぁ!」
リインフォースの言葉をはやては頭を掻きながら遮りつつ狼狽える。
「まぁまぁ。落ち着きなよ」
「おじさんがそれを言う!? なんで私が調印式に呼ばれるんよ!」
「カイザーのご指名なんだからしょうがないさ」
「何でなんや……時空管理局じゃ上層部が来るって言うとったのに……なんでカイザーは私を時空管理局の窓口役にしたんや……」
「気に入られたんだ。しょうがないさ」
「おじさんが関係あると思うんやが……」
はやては恨めしそうにヤンを睨見つける。
「なにも大変なのはお前さんだけじゃないさ」
「と言うと?」
はやてが首を傾げる。
「今回の調印式で裏方は大変だったようだよ。キャゼルヌ先輩に至ってはここ数週間は1日1時間しか寝ていないそうだよ」
「うげぇ……睡眠時間1時間って……生きてるん?」
「タンクベッドを使ったみたいだからね。1時間で8時間くらいは寝たのと一緒さ。夢を見る暇もないだろうが大丈夫だとは思うよ」
「ブラック企業も真っ青なトンデモ技術やね……使いたいかは別にして」
「まったくだ。業務から解放された先輩はきっと今頃ベッドの上でイビキをかいているさ」
「ゆっくり眠ってくれることを祈るで」
はやてとヤンは同時に溜息を吐いた。
「それにしても地球教殲滅作戦が無事に終わったばっかりなのに……すぐ調印式とは……事後処理も完全には終わってないで」
「そういえば、管理局には今回の一件はどう報告を?」
「また事後報告や。まぁ今回は帝国の突入に合わせて当初の任務であるサイオキシン麻薬の大本である地球教のアジトへのガサ入れを便乗……とまぁそんな感じやね。今回はコチラが帝国を利用した風に報告したから、小言だけで済んだわ」
「なるほど……でガサ入れの結果は?」
「突入の後日にユリアンさんの手を借りてアジトを漁ってみたところ、地球教とフェザーン商人が今回の麻薬を流した容疑者と取引を行っとった証拠が出てきたんよ。名前も一致しとったで」
「そうだったのかい」
「せやでぇ~。後、ユリアンさんからの又聞きやが、拘束された大司教の……名前なんて言うたか……まぁ……その大司教を帝国軍が尋問したところ、ミッドチルダの闇商人とのやり取りも自供したし、行方不明の総大司教はずっと昔に亡くなってて、ホログラムやらAIやらで生きているよう見せて信者を騙し取ったらしいで」
「そうかい。私は頭の無い大蛇に噛まれたわけか……それで、総大司教の遺体は?」
「それがさっぱり。どうやらお金で人を使って宇宙の何処かに遺棄したらしいわ」
はやては肩を竦める。
「ミイラなり、即身仏なりにして利用しとるか考えたんやがなぁ」
「まぁ……大司教からすれば、総大司教を即身仏として信仰するより、遺体が発見されて威光を損なうことを恐れたんだろう」
「そんなもんなんかやぁ……しかし……教団のトップが宇宙の藻屑とは……呆気ないもんやなぁ」
はやては小さく手を合わせた。
「話は戻るが……しなぜ地球教とフェザーン商人がミッドチルダと取引出来たんだい? いったいどこで接点を……」
「それに関しては、ガサ入れ時の証拠をミッドチルダの闇商人に突きつけたら観念したようで吐いたで。どうやら犯人は元々裏の世界で密輸や密航を行っていた人物みたいでなぁ。幾度も非合法の時空を跳躍していたら偶然にもこの時空を見つけた様やね。それでミッドチルダは魔法技術を、地球教はフェザーン商人を使って麻薬やら調度品やらをって感じやね。これで麻薬の大元の供給は止まったし、ひとまず任務完了? かや?」
「なるほど……それじゃあそのフェザーン商人も逮捕されるだろうね。だが末端の人物だろうなぁ……大物にはまだまだ……さて……そろそろ調印式が始まる頃さ……準備しなきゃな」
「あー! せやった! もう! 覚悟を決めてるしか無い!」
はやては腹をくくり扉を開けた。
その日、イゼルローンにおいて調印式が行われた。
会場には帝国軍服に身を包んだある程度地位の有る軍人や貴族達が参列し、多くのメディアの姿があった。
壇上にラインハルトが上がるとその後ろに護衛のロイエンタールとミッターマイヤーが続いた。
同時に反対側からイゼルローン軍の代表者フレデリカとその護衛にユリアンとシェーンコップが続く。
フレデリカとラインハルトは中央で互いに一礼する。
その後、ラインハルトは会場の来場者に目線を向け宣言する。
「今日、この時をもって、イゼルローン要塞及び周辺宙域を銀河帝国領イゼルローン民主共和自治区としての成立を認める」
ラインハルトはそう宣言し、調印書にサインをする。
それを確認した後、フレデリカも署名をし両名は固く握手を交わす。
会場が拍手に包まれそれを確認した報道陣が一斉にシャッターを切る。
ラインハルトは手を上げ、拍手を制する。
「それと本日はもう一つ紹介したいことがある」
ラインハルトの発言に会場がざわめき立つ。
しかし、ラインハルトは意に関せず続ける。
「皆は別の時空に別の世界があると言うことを知っているか?」
ラインハルトの言葉に一瞬会場の空気が凍りつく。
しかしラインハルトは気にせずに続ける。
「そしてその時空を管理する時空管理局なる組織があって、その組織は魔法を使うようだ」
「……」
会場が水を打ったように静かになる。
「皆、余が乱心したと思っておるだろう」
ラインハルトが自嘲気味に笑う。
しかし会場の誰一人として笑いを出すものはいなかった。
「だがこれは事実なのだ。あまりも荒唐無稽に聞こえるかも知れぬがな」
事実を知る一部の帝国軍幹部以外の参列者がざわめき立つ。
「まぁ良い。論より証拠というからな……では紹介しよう」
ラインハルトが手をかざした先の扉が開かれる。
そこにはスポットライトに照らされ引きつった笑顔のはやてとベレー帽を深くかぶりやや呆れた表情のヤンが立っていた。
ラインハルトの紹介によりスポットライトに照らされたはやてはぎこちない笑みを浮かべながら手を振った。
「はやて、兎に角歩いて。登壇するんだ」
「あっ……せやった」
会場全体の視線が集まる中はやては歩き出し壇上に上がった。
その後にヤンも続いたが認識阻害が効いているようで一部の人物を除きヤンの正体に気が付く者は居なかった。
「あー……えっと……」
登壇したはやてが全員の視線が差す中マイクを手に喋り始める。
「た、只今皇帝陛下よりご紹介にあずかりました時空管理局所属二等空佐の八神はやてと言います……」
凍えきった空気の中、はやてはバツが悪そうに周囲を見回すが孤立無援のはやては立ち尽くす。
「あーっと……えー……急に時空管理局や魔法等と言われても皆様も混乱なさると思います……えーですのでまずは実際に魔法を見ていただきましょう」
はやてはそう言うとマイクを元の位置に戻すと壇上の中央に移動する、スポットライトもはやてに追従する。
「ふぅ……」
はやては深呼吸し目を閉じると、はやての身体に光が集る。
その光景を目の当たりにした来場者は息を飲む。
次の瞬間、はやての身体が一気に輝くと白と黒のバリアジャケットに身を包んだ。
その光景に会場がざわめき立つ。
はやてはゆっくりと上を向くとその身体がゆっくりと上昇する。
はやてが宙に浮いたことに会場から歓声が上がる。
「……」
はやては壇上のヤンに目線を向けると、ヤンは小さ頷いた。
「すぅ……」
宙に浮いたはやては深呼吸すると目を開く。
「さぁ、おいで私の騎士達」
はやての呟きに呼応するように壇上に魔法陣が現れる。
会場の視線が壇上の魔法陣に集る。
そんな中、魔法陣がひときわ輝くと5人の人影がゆっくりと現れる。
そこにはバリアジャケットに身を包んだヴォルケンリッターとリインフォースが現れ会場の来客者に一礼する。
するとまばらな拍手が起こりやがては会場全体を巻き込む大きな拍手となった。
そんな拍手の中リインフォースがマイクを取るとそのまま宙に浮くと、はやてのもとに駆け寄りマイクを手渡す。
はやてがマイクを受け取ると、リインフォースははやての横に移動する。
それに呼応するようにヴォルケンリッターも宙に浮き、隊列に加わる。
「このようにお見せしたのは魔法のほんの一部です。我々時空管理局は魔法技術を用いて銀河帝国と友好関係を築いていきたいと考えております」
はやてはそう言うと一礼し、それに合わせてリインフォースとヴォルケンリッターも一礼する。
次の瞬間、会場全体から割れんばかりの拍手が起こる。
拍手を聞き無事に終わった事を自覚したはやては胸を撫で下ろした。
調印式が終わった後、イゼルローンの一角にある酒場に帝国軍服を着た2人の男がカウンターに座っていた。
「数ヶ月前は、まさか卿とこうして再び飲めるとは思わなかったな。しかもイゼルローンでな」
ミッターマイヤーはそう言うとロックのウィスキーを一口飲み込む。
「そうだな……帝国と同盟……いやイゼルローン軍か。まぁ数世紀にも及ぶ戦乱が終わり双方の和平が成立するとはな」
対するロイエンタールもカウンターテーブルの上にあるツマミを摘んだ。
「だがこれまでの戦乱が終わりこの後の時勢はどうなるのだろうな……」
「時勢がどう動くかは分からんがこの先大きく動くだろうな。いい方向であると願いたいものだ」
「そうだな、異世界の時空管理局も絡んでくる……大きく変わるだろうな」
「そうだな……しかし……時空管理局か。謎の多い組織だな」
「そうだな。卿は時空管理局をどう思う?」
ミッターマイヤーがロイエンタールに疑問を投げ掛ける。
「そうだな……正直なところ胡散臭い組織だと思ってはいる」
「警戒しているのか?」
「あぁ。実を言うとな以前、奴等の時空から魔法使いが俺に接触してきた。当人は時空管理局との関係は否定していたがこんな時期にわざわざ俺に会いに来るような魔法使いなど限られる」
「なんだと?」
「あぁ、どうやら魔法とやらを使ったのだろう。警備兵に気付かれずに侵入してきたが、結局は警備システムに感知されて捕まえたがな」
「そうだったのか……何故卿に?」
「どうやら、俺にまだカイザーに叛逆する意志があるかの確認のようだ。それと叛逆するなら手を貸すとな。まぁ……耳心地の良い御託を並べてはいたが要約するとそんな内容だったな」
「そうか。だが俺に話すということは断ったのだろう」
「二度もカイザーを裏切るほど俺は外道ではない。提案してきた魔法使いには黙れ下衆! と一喝してやったさ。ニ度目の生でカイザーに忠誠を誓ったからな。故に丁重に送り返してやったさ。奴等の船が時空を超える瞬間まで1個艦隊全艦の主砲を向けてな」
「フッ……それは大層丁寧な対応だな」
二人は鼻で笑う。
「それにこの事はカイザーに報告済みだ」
「そうか。して、今回の一件……八神女史は関わっていると思うか?」
ロイエンタールは小さく首を横に振る。
「恐らく時空管理局の独断だろう。彼女はあのヤン・ウェンリーの関係者だ。そんな人物がこの不安定な時期に間者を送り込むとは思えん」
「なるほどな。時空管理局……なかなか食えない相手かもな」
二人は小さく笑うとウィスキーを煽る。
「そうだ……ロイエンタール……話は変わるが、今度……我が家に来ないか? エヴァも卿に会いたがっているし、フェリックスも……」
フェリックスの名を聞いてロイエンタールは首を横に振る。
「いや……ミッターマイヤー……俺にはその資格はない。俺は……あの子を捨てたのだ……子を捨てた親が子に会う資格など有りはしない……」
ロイエンタールは正面を向いたまま呟くように答える。
「俺は……俺達夫婦はフェリックスを託されたと思っている。捨てた訳ではないだろ。あの時はそうするしか……」
「だとしてもあの子はもう卿等夫婦の子供だ……公式にもそうなっている」
「ロイエンタール……分かった……無理に来いとは言わぬ。だが俺はあの子が大人になったら真実を話す。その結果あの子がどちらの名を名乗ってもそれを尊重するつもりだ……だから気が向いたらで良い……あの子にも会ってやてくれ……今は俺の……父親の友としてでも構わぬから……」
「……あぁ……考えておこう」
「そうか」
二人は無言でグラスを傾ける。
数分ほど無言の時間が過ぎた頃ミッターマイヤーがおもむろに口を開いた。
「そうだ……話は変わるが、この前オーベルシュタインに声をかけられてな」
ミッターマイヤーがオーベルシュタインの名を出すとロイエンタールは顔を顰める。
「オーベルシュタインか……奴は確か先の地球教掃討作戦で負傷し入院してしたはずでは?」
「先週退院したそうだ。退院後早々に軍務に復帰したそうだ」
「そうか……それで奴が何故卿に声を? 何をやらかした?」
「何もやらかしてはないさ。それに奴に声をかけられた内容に唖然としてしまったぞ」
「ほぉ……それで?」
「聞いて驚くなよ」
「勿体ぶるな」
ミッターマイヤーは一度咳払いをする。
「あぁ、オーベルシュタインの奴はこう言ったのだ。先の作戦や入院中に世話になった女性に礼として食事に誘おうと思ってな。そこで既婚者である卿の助言が欲しいのだ。この手の話題は陛下には相談できぬ。不得手な分野だろう……なんせ相手の父親に色が不揃いな薔薇の花束を渡すようなお方だからな……と」
ミッターマイヤーはオーベルシュタインの声と喋り方を真似る。
「なっ……」
ロイエンタールはあまりの事に手にしていたグラスを手放してしまいカウンターテーブルにウィスキーが溢れる。
それを確認したバーテンダーがすぐに溢れたウィスキーを拭く。
「おい、ロイエンタール。何をしている」
「あ、あぁ……あまりの事でな……同じのを頼む」
ロイエンタールの注文を聞き、バーテンダーは頷くと先程と同じウィスキーを出した。
「まさか……あのオーベルシュタインが……しかもカイザーをネタにした冗談まで言うとはな……」
「いや……あの男の事だ、本心やもしれぬ」
「あり得るな……それで卿はどうしたのだ?」
「オススメのレストランを数軒ピックアップしてやったさ」
「そうか。して肝心のその殊勝な相手は誰だ?」
「あぁ、なんでも八神女史の部下だそうだ」
「八神女史の……そうか……何度か病院で見た記憶がある。しかし……この銀河広しとは言えあのオーベルシュタインが興味を抱く女は居ないと思ったが……」
「あぁ。まさか別次元の…それも魔女殿がお相手とは……思いも寄らないな……」
「正しく魔法でも使ったのだろうさ。しかし……オーベルシュタインも相談する相手を見誤ったな」
「どういう事だ?」
ミッターマイヤーは不機嫌そうに呟く。
「今でこそ卿等夫婦の仲睦まじさは有名だが、卿はプロポーズの折に黄色の薔薇を用意したではないか」
「今では良い笑い話だが意味を知ったのは後になってからだ。それに……奴はまだその段階ではないだろう」
「それもそうだな。少々勇み足だったか」
二人は小さく鼻で笑う。
「しかし……あのオーベルシュタインが……これはある意味いい方向へ進んでいるのかもしれぬな」
ミッターマイヤーはそう言うとグラスを持つ。
ロイエンタールも手にグラスを持つ。
「何に乾杯をする?」
「そうだな……この先の宇宙の平和にでもどうだ」
「そうだな。永遠ならざる平和に……それとオーベルシュタインの行く末にもな」
「「
2人は小さく乾杯すると、ウィスキーを飲み、グラスを叩き割らずに談笑を続けた。
次回はエピローグとなります。
銀河の歴史もあと1ページ