ある休日の朝。
ヤンは朝も早いのに意外にも万全な体調で目を覚ました。
「あれ? おじさん? まだ8時前なのに起きるなんて。今日は早起きやね」
「ふぁ〜……おはようはやて。早速だが紅茶を一杯貰えるかい」
「はーい。今淹れるで」
キッチンのはやては鼻歌交じりに紅茶の準備を進める。
ヤンは定位置のソファに座ると新聞を開く。
「相変わらずこの世界は平和だな。見出しのニュースになるのが政治家の不倫だのなんだの程度の些細な不祥事とは。いっそ情報統制を疑いたくなるね」
「はい。おまたせやね」
はやては膝の上にお盆に紅茶の入ったティーカップを乗せ車椅子を器用に操作しヤンの眼の前のテーブルに置いた。
「ありがとう」
ヤンはまだ眠っていた頭を、紅茶を飲むことでスッキリさせる。
「おい、ヤン」
「ん?」
リビングにシグナムがやってくる。
「作戦は今日なんだろ。シャンとしろ」
はやてに聞こえない程度の小声でヤンに釘を刺す。
「わかっているさ。そんなに慌てる必要はない」
「だがどうも落ち着かなくてな……こんなことで最終的にうまくいくのだろうか……」
「今はただ目の前の作戦を成功させることに注力するべきさ。夕食の用意ができても居ないのに、明日の朝食について論じても始まらない」
ヤンは再び紅茶を含み、ほっと一息を着いた。
数時間後、ヤンは出かける準備を始めた。
「おじさん今日は出かけるん?」
「あぁ。駅前を少し見て回ろうかと思ってね」
「そっか。ヴィータもシグナムも出かけたんやろ? 気が付いたらザフィーラもお散歩行ったぽいし」
「じゃあはやてちゃん、後で一緒にお買い物でも行きましょうか」
「ええねシャマル。行こか」
シャマルはおもむろに立ち上がるとヤンに小声で話しかける。
「本当に私も行かなくて良いんですか?」
「あぁ、君の素性は相手に察知されない方が良いし、はやての相手をしていてくれ」
「そういうことでしたら」
「ん? どうかしたん?」
「いいえ、なんでもないですよ。行ってらっしゃいヤンさん」
「おじさんいってらっしゃーい」
「行ってくるよ」
支度を整えたヤンはサングラスを掛け、家を出ると駅前へと向かった。
その途中、シグナムと合流する。
「遅刻だぞ」
「すまないね。出かけにはやてに引き止められてね」
「あの後主は何か言っていたか?」
「いや、普段通りさ」
「そうか。既に二人は位置についている。先についた二人からの報告では相手方も予定通りに到着してこちらを待っているようだ」
「そうかい。まずは第1段階。呼び出す事は成功だな」
「ここからが正念場だ、正直交渉事は私には不向きだ。お前に任せるぞ」
「私も得意ではないが……微力を尽くすとしますか」
二人は、駅へと向かい歩み始めた。
昼過ぎ頃。
多くの人が行き交う駅前にある複合商業施設。
その複合商業施設の1階にあるオープンカフェのテラス席にリンディとなのはとフェイトは座って待機していた。
「そろそろ時間ですけど……まだ来ませんね」
「そうね……罠……というわけではないと思うけど……」
「遅れているとか?」
「わからないわ。もう少し待ってみましょ」
「そうですね。あっ! あの人です! 来たみたいです」
なのはが指差す先にシグナムともう一人男性の姿が有った。
「さて……」
リンディは席を立つと二人を迎える準備を始めた。
一方ヤンとシグナムは駅前の指定していたカフェに到着した。
テラス席に座っていた3人の女性はこちらを確認すると立ち上がった。
「ヤン。彼奴等だ」
「あぁ。さて、相手が理性的だとありがたいんだが」
ヤンとシグナムは3人が待っている席に近寄ると一礼する。
「よろしくお願いします、私はヤン・ウェンリー。ヤンとお呼びください」
「よろしくお願いします。私のことはリンディと」
ヤンが手を差し出すとリンディと握手をする。
「おい、おい」
シグナムが耳打ちで話しかける。
「なんだい?」
「偽名を使わなくて良いのか?」
「大丈夫さ、こちらの世界に私の戸籍はないからね。調べられようがないさ」
ヤンは小声で答えると、正面に向き直した。
「どうかしましたか?」
「いえ、なんでもありません。よろしくお願いします。お二人もよろしくお願いしますね」
ヤンはそのまま、なのはとフェイトにも挨拶をすると席につく。
それを見たリンディも席につき、それに習うようになのはとフェイトも席に座る。
「さぁ、君も座ったらどうだ」
ヤンは背後に立っていたシグナムに目線を向ける。
「いや、私は……」
「良いから座るんだ」
「あぁ」
シグナムは渋々席につく。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
ヤン達が席につくと、店員が注文を取りにやってくる。
「私は抹茶ラテを」
リンディはメニューを開き答えた。
「私はカフェラテで」
「私も」
なのはとフェイトはカフェラテを注文した。
「私は……アイスコーヒーで」
シグナムはメニューを開くと少し迷った後、コーヒーを頼んだ。
「そうだな……私は……」
ヤンは数秒メニューを眺める。
「赤ワインを一つ」
ヤンの注文に一瞬全員が不意を突かれた様な表情を浮かべた。
「かしこまりました」
店員は注文を取るとその場を去っていった。
「ヤン」
シグナムが耳打ちする。
「もしやこの店を指定したのはアルコールの種類が豊富だからか?」
「それ以外にあるかい?」
「はあ……」
シグナムは小さくため息を付いた。
「こちら、用意していた携帯電話です。どうぞ連絡用にでも使ってください」
「こりゃどうも」
リンディはヤンに携帯電話を手渡し、ヤンはそれを内ポケットへとしまった。
「それでは早速本題ですが、あなた達の事と、地球教の関係を教えていただけますか?」
リンディは小さく咳をした後切り出した。
「私達は地球教に敵対している集団。レジスタンスの様なものです」
「レジスタンス……地球教とは一体どういった教団なのですか?」
「地球教とは母なる地球を宇宙の中心と考えているカルト教団です。その組織は政財界など多くの人々にまで及んでいます。最近ではほか次元への転移技術も確立したとか……」
「そんな……そんな大規模な組織……どうして今まで」
「知り得ないのも無理もありません。奴等は地下に潜み、漏洩するようなことがあったら自ら自決……殉教するでしょう。そして奴等は目的遂行のためなら自らの身を犠牲にした自爆テロや、暗殺などもすることでしょう。最近ではほか次元の魔法生物を狩ったり、魔法使いをターゲットにしたりと……」
「最近の被害は地球教が関わっていたなんて……なぜそんな事を……」
「魔法技術を研究して我が物にしたいのではないかと……憶測ですが」
「そんな危険が教団が……あなた達は教団と敵対しているのですか?」
「はい」
ヤンはそう言うと丁度テーブルに届いたワインを一口飲む。
「地球教は危険な組織です。そして私達は奴等からあるモノを盗み出しました。それが原因で狙われています」
「あるモノとは?」
ヤンがシグナムに目配せすると、シグナムは一冊の本を取り出した。
「これは闇の書と呼ばれるものです」
「闇の書ですって!」
リンディは声を荒らげ、周りの注目を集める。
その視線から隠すようにシグナムは再び闇の書をしまった。
「ご存知なのですか?」
「はい……私にとっては因縁深いロストロギアです……」
「ロストロギア? 闇の書が何なのか詳しく教えていただけますか?」
「闇の書は……それ単体が強力な兵器です。何人もの人物がそれ手にし力を得ようとしましたが……最終的には制御できず持ち主もろとも世界を破滅させてしまう……そんな恐ろしいものなのです」
「そんな……そんなものだったのか……世界の破滅とは……惑星規模の破滅ですか? それとも宇宙そのものを滅ぼすようなものですか?」
「え? 資料があまりないので詳しいことは分かりませんが惑星一つ滅ぶということは……無いのかもしれません」
「なるほど……その程度の破壊ということですね……つまりは戦略兵器と捉えればいいか」
ヤンの質問と聞こえない程度の小さな感想にリンディは不安を覚える。
「失礼しました。まさか……闇の書を……それを地球教が?」
「そうです。地球教は闇の書の持ち主としてある人物を生贄に捧げるつもりです。私達の最終目的はその人物を助けることです。それが出来ればこの闇の書を貴方達……時空管理局にコレを預けても構いません」
「ヤン!」
シグナムが声を上げる。
「コレが私達の切り札なのだぞ、それをそうやすやすと……」
「コレは交渉材料の一つだよ」
ヤンが小声で答える。
「そう……ですか……」
リンディは俯き暗い表情を浮かべる。
「なにか問題が?」
「その……闇の書の持ち主は今どこに?」
「我々が保護していますが……」
リンディは重い口を開いた。
「実は……闇の書は呪のようなものなのです……先ほども言いましたが、闇の書が暴走すれば持ち主も結局……」
「そりゃまいった……暴走させない方法はないんですか?」
「私が知る限りでは……」
「そんな……それじゃあ……」
「残念ながら助かる道はないかと……酷なことを言うようですが、暴走して大勢の命が犠牲になる前に闇の書を持ち主諸共封印してしまえば……」
「ふざけるなよ!」
シグナムが声を荒らげる。
「封印だと! そんな事をしたら主は!」
「落ち着くんだ……」
ヤンが声を押し殺してシグナムを静止する。
「闇の書だけを封印する方法はないんですか?」
「闇の書と持ち主はとても深いつながりを持っています。闇の書だけを封印しても意味はないでしょう。ですから持ち主も一緒に封印するしか無いんですよ」
「なんだって……」
「怒る気持ちもわかります……ですが……これはどうしようもない……闇の書の持ち主の宿命なのです……せめて大量殺人犯の汚名を背負うより……持ち主の名誉の為にも……」
ヤンは強く拳を握りしめる。
「宿命か……運命ならまだしもだが、宿命と言うのは、実に嫌な言葉だね。二重の意味で人間を侮辱している。ひとつは、状況を分析する思考を停止させ、もう一つには人間の自由意志を価値の低いものとみなしてしまう。それに貴女は安全な場所から他人に自己犠牲を強いて、名誉の死という綺麗なお題目を並べ、人ひとりの命を蔑ろにしようとしている」
「しかし、そうは言いますが……その人が犠牲にならなければより多くの犠牲が……」
「それじゃあ、犠牲を強いられた人間の自由意志はどうなるのです? あの子だって自由に生きる権利はあるはずだ」
「お気持ちは痛いほどわかります……ですがこの件はいずれ他の時空を脅かすと管理局は判断するでしょう。それは私達時空管理局にも被害が及ぶということ……だからこそ時空管理局は闇の書を
「人の命とはそんな単純な数字で論じるものではない。一個人の命を犠牲にして最小限の犠牲とは……言う方や組織にとってみれば他人の命ほど安い物はないかもしれないが言われた方はたまったもんじゃない。それに人はいつか死ぬ。恒星にも寿命がある。宇宙そのものですら、いつか存在をやめる。貴方達の世界……時空管理局だけが永遠であるわけない。個人の犠牲なくしては存在できない組織なら、さっさと滅びてしまって一向にかまうものか……第一子供を戦場に出すなんて倫理的にどうなっているんだこの組織は」
「貴方はわからないのですか! 一個人の命とその他大勢の命、どちらが重いか……」
「思うのは自由だが、言うのは必ずしも自由ではないですよ。人の命は等しく平等であり、死も等しく平等に与えられた権利だ。それを他人がどうこう決めて良いものではない。それに貴女は一個人の死の責任は負いたくないばかりか、それを美化して自己陶酔に浸りたいだけではありませんか」
「貴方……貴方達は……一人の命のために時空管理局を敵に回して戦いでも始めるのですか! 多くの人命以上の価値を一個人の命に見出すのですか! そんな邪悪な思想を持って……」
「言うに事欠いて我々を邪悪と言いますか。TVドラマのようにこの世に絶対悪と絶対善が存在するならば、人はなんと単純に生きられるだろう」
リンディは凄むようにヤンを睨みつける。
「私は少しだけ歴史を学んだ。それで知ったんだが、人類社会には思想の潮流が2つある。信念には人の命以上の価値があるという説と、人の命に勝る価値はないという説だ。貴女は今どちらの説をもって戦の口火を切るおつもりですか?」
「それは……」
「それに貴女は私達を邪悪だと言ったが私達には私達の思想があります。そしてその思想が貴女達時空管理局の物と異なっている事は理解できます。だが思想が違うからと言って暴力行為でそれを解決させようとすることは文明人で有る身としては間違っていると思いますよ。一つの正義に対しては、逆の方向に同じだけの質と量を持った正義が必ず存在するのではないかと私は思いますがね」
「ですが、貴方達を止めるためには暴力も辞さない必要性だって有るのでは?」
「確かに、暴力を行使することでしか表現出来ない事もあるでしょう。言葉だけでは伝わらないこともあります。ですがそれは言葉を使い尽くした人だけが言えることであって、私達はまだ言葉を出し尽くしてはないでしょう」
「ではまだ、交渉の余地が有ると?」
「暴力を選択するのはそちらだが、今貴女の頭にある選択肢は、私達と事を構え、同時に地球教も相手にするしか無いのでは? 私としては別の選択肢を選んで欲しいものだがね」
「別の選択肢?」
「我々は貴女達と協力関係になれないかと思っていますよ」
ヤンは小さく笑みを浮かべる。
「しかし、時空管理局としては闇の書の暴走を見過ごすわけにはいきません」
「なぁに、まだ、暴走することが確定したわけじゃない。今まで全てが暴走という結果で終わったとしても、今回もそうなるなんて決まっているわけじゃない」
「今まですべて暴走してきています。きっと今回だって……」
「いずれ枯れるからと言って種を撒かないでいれば草も生えない。どうせ空腹になるからと言って食事をしないわけにはいかない。封印という選択肢は、腹が減るならいっそ安らかに死んでしまおうと自決を選択するのと同じこと。違いますかな?」
ヤンはそう言うと自分の内ポケットに手を入れる。
それを見たなのはとフェイトが立ち上がろうとするがそれをリンディが静止する。
ヤンはおもむろに携帯電話を取り出すと、数回操作した後、メモを取ると携帯電話をテーブルに置いた。
「闇の書に関する資料を集められるだけ集めてください。1週間後、その携帯電話に電話します。私自身で調べて調べて、調べ尽くしても手がなかった場合は……」
「その場合はどうすると?」
「その時は頭を掻いて誤魔化すさ」
ヤンはそう言うと、グラスに残ったワインを一気に飲み干し立ち上がろうとする。
「待ちなさい」
リンディが低い声でつぶやく。
「私達があなたたちの考えを聞いた上でそう簡単に帰すとでも?」
「脅しですか?」
「警告です」
「交渉は決裂だと?」
「貴方の行動次第ではそうなるでしょうね」
ヤンは小さくため息を吐いた。
「あちらを」
ヤンは向かいのビルの屋上を指さした。そこには武装を整えるヴィータとザフィーラが立っていた。
ヤンが手を挙げるとそれを確認したヴィータその場から何処かへ飛び去った。
「私達が無事に帰らなかった場合、彼等にはこの周辺一帯を魔法で攻撃するように指示しています」
「なぜそんな事を!」
「私なりに調べたのですが、この世界には魔法は存在しません。正確に言えば公式には存在していないことになっている。まるで何者かによって意図的に隠されているかのように……」
「そ、それは……」
「恐らく、魔法の存在を隠したい組織が居るはず。違いますか?」
リンディは沈黙で答える。
「だからこそ、彼等にはド派手で大規模な魔法を使うように指示を出してあります」
「その程度の事、隠蔽できないとでも?」
リンディが呟く。
ヤンはおもむろに携帯電話を手に取ると操作する。するとシャッター音が鳴り携帯電話の画面にリンディ達が映し出される。
「現代人のほとんどが携帯電話を所持していて、そのほとんどにはカメラ機能が付いています。そして多くの人はカメラで撮った画像や動画をSNS……いえ、個人ブログに載せている。そんな時代です。そしてこの駅周辺には、多くの人が行き交っており。監視カメラもある。付近には市役所だってあります。そして……」
ヤンがふと入り口に目線を向けると、TVカメラを担いた集団が店内にやってきた。
「これより、テレビの生放送の中継を行います。お客様にはご迷惑をおかけするかと思いますが、よろしくお願いします」
店員が大きな声で店内の客に声を掛ける。
「この時間はお昼の生放送がやってます。今日の中継地点はこのカフェなんですよ」
「まさか……ここまで計算に入れて……今までの会話はその時間稼ぎだったのですか?」
「半分は正解で、半分は本心ですよ。さて、こんな状態で魔法による破壊活動が行われたらどうなるでしょうか? しかも市役所などの公共施設にも被害があれば……生放送のTVや個人ブログ、無数の監視カメラに大衆の目。そこまでの隠蔽には大変な労力がかかるのでは?」
「くっ……わかったわ」
「それでは、私達はコレで失礼しよう。闇の書の資料の件、頼みましたよ。私としては協力できればいいと思いますよ」
「それは嘘ですか? それとも本心で?」
「お好きなように」
ヤンは立ち上がる寸前、ヴィータに念話を送る。
『今だ』
『了解!』
次の瞬間、けたたましい非常ベルの音が駅全体を包んだ。
「何事?」
「火事だ! みんな逃げろ!」
ヤンが叫ぶと大勢の人々がパニックを起こし一斉に外へ出ようと、駅の目の前が人でごった返す。
「あっ、ちょっと!」
ヤンとシグナムはそんな人混みの中へ溶け込むように消えていった。
「リンディさん!」
「追いかける?」
「いいえ、こんな状況では見つかる気がしないわ」
リンディは冷静に席に座るとすっかり冷たくなった抹茶ラテを飲む。
「ヤン……ウェンリー……油断ならない相手ね……それに地球教……課題が山積みだわ」
なのはとフェイトはため息をつくリンディを見守ることしかできなかった。
ヤン提督なら民間人の命を犠牲にする作戦は取らないと思うんですよね。
StrikerS編というか大人編は書くかどうか迷ってるんですよね。
プロットはある程度纏まっているんですが…
需要がれば?
書くとしたらトリューニヒトとルビンスキーは扱いきれないので退場していただきたいが
ロイエンタールには退場してほしくないんですよね〜
ジレンマです。