バッセSSまとめ   作:アフロダイB

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藍の一日

住宅街に囲まれた静かな山中に広々とした屋敷がそびえ立っている。

太刀花家が先祖代々住み続けているこの屋敷は、住民を守るシンボルとして街の人々に愛されている。

それはこの街が賊や獣から逃れるため、人々が太刀花家の周囲で暮らし始め作られたという歴史的背景があるからだ。

 

【早朝5時】

周辺に住む商店街の人々が開店の準備を始める音の中で

太刀花家の末娘である太刀花 藍(たちばな らん)は静かに眠りから覚める。

 

『朝だよー!起きてー!朝だよー!』

 

目覚まし時計ならぬ目覚ましアフロダイBが仰向けに倒れ目を開いたまま声を上げる。

毎朝見る度に死んでいるのかと驚いてしまう。

ハッキリ言って心臓に悪い。

 

アフロダイBは藍が呼び出した式神である。

元々は違う世界相で宇宙を股にかけて大冒険を繰り広げる一方で

大雑把な飼い主に雑な飼育をされてストレスで死にかけていたそうだが

今はダーザインの一員として藍と共に活動をしている。

 

そのアフロダイBだが、音を鳴らしているが起きているわけではない。

これはアフロダイBに内蔵されたアラーム機能なのだ。

アフロダイBが現れた初夜、目覚まし時計を設定する藍の姿に謎の嫉妬を起こし

自分にもアラーム機能があると主張した。

藍もにわかには信じられなかったが実際に試してみるとこのように決まった時間にアラームが鳴るのだ。

藍がアフロの頭頂部を押すとアラームは鳴り止んだ。

 

いつものように髪をリボンで結ぼうとしたところで藍は昨夜の出来事を思い出す。

 

(そういえばアフロがリボンを口の中に入れちゃったから洗濯中だよね…)

 

寝ぼけたアフロがリボンを桂剥きにした紫芋と勘違いして口に入れたのだ。

別のリボンがないかと辺りを探すと先日なんとなく買った赤いリボンが目に入った。

今日は赤色の気分ではないが仕方がない。

 

『アフロー、早朝訓練に行っちゃうね』

 

支度を終えるとアフロに一応声を掛けて部屋を出ていく。

アフロからの返事は『やめるんだ。アフロ草はお尻に塗るもんじゃない』だった。

どんな夢を見ているのだろうか。

 

洗面台で顔を洗って外に出ると藍は壁に掛かっている竹ぼうきを持ち出し庭の掃除を始める。

今からここは訓練場となる。

その準備をするのは家族で一番若い藍の役目なのだ。

 

『…ら、らんっ!?』

 

背中から聞きなれた叔父の大きな声が聞こえ、藍は思わず振り返る

 

『は、はい。藍ですよ叔父様。

どうかなさいましたか?』

 

『あ、あぁ…いや、すまん寝ぼけていた!

おはよう!今日も御苦労さまだな!』

 

続いて兄達が庭に現れる。

兄と言っても藍にとっては母の兄の子供達、従兄弟である。

藍にとって正しく血の繋がった人間は海外にいる父と姉の凛だけである。

 

『藍が叔母さんに似てるから間違えたんだよ』

 

『そうだね。藍は母親に似たよ。』

 

自分は母に似ているらしいが母親の顔を覚えていない。

嬉しそうに話す家族の顔は喜ばしいと思うが

誰かと比べられるのは少しだけ複雑な気持ちになる。

 

藍の母である嵐(らん)は自分を生んですぐに太刀花家と因縁のある一族に殺された。

その一族との決着は今も着いておらず

彼らが子供達を使って藍を狙っているという噂もある。

母は特に恨まれていたそうで、母が憎ければ娘も憎いということらしい。。

藍が居合を教えられたのも最初は街中で彼らからの奇襲に備えることが目的だった。

 

少しの間だけ家族の団欒が続いたが、祖父が縁側に現れるとそれも終わる。

藍は急いで縁側に座布団を敷き、急須から茶碗にお茶を淹れる。

祖父が座るのを確認すると小走りで自分の定位置に立つ。

叔父が周囲を見渡し全員が揃っているのを確認すると早朝訓練が始まるのだった。

 

早朝訓練の流れは叔父がいくつかの型を披露し全員がそれに続く。

一通りの型が終わると祖父が指導し全員で意見を出し合う流れだ。

 

『藍は居合の型は良…いやまだ可だな、それ以外は不可だ』

 

祖父から厳しい評価が降りる。

 

『やはり藍はいっそ抜刀しない方がいいと思うよ』

 

『常識的な戦い方ではないが中途半端な型を使って戦うよりは良いか』

 

続いて叔父や兄達からも厳しいアドバイスが続く。

自分は抜刀時の剣は学校の部活動で学んだだけである。

だからと言って居合とは元々は刀を抜くための技術なのだから

抜いた後が弱いと言うのは一介の剣士として情けなく感じる。

 

『藍は一撃離脱で戦うがよい。

そして仲間を頼りなさい。

下手に戦えば怪我をするだけだ』

 

『…はい、ありがとうございます』

 

情けないが事実は事実。

学ぶ者として深く静かに頭を下げて礼をする。

続いて兄達の腕試しが始まる。

藍は参加を禁じられているため一足先に屋敷に戻りシャワーで汗を流すと今度は台所へ向かう。

 

『小夜おば様、おはようございます』

 

エプロンを付けながら台所にいるお手伝いさんに声を掛ける

 

『あら藍ちゃん。疲れてるでしょう?ゆっくりしていてもいいのに』

 

『イヤです。だっておば様とお料理するのは楽しいもん』

 

『ふふふ、じゃあ今日はお吸い物の味付けをやってみますか?』

 

『はいっ!今日もお願いします!』

 

藍は笑顔で頷くと小夜から味付けの指導を受ける。

藍の夢はステキなお嫁さんになることである。

同級生には笑われたが、生涯を共にする人には出来るだけ喜んでもらいたい。

そのための努力は惜しまないつもりだ。

 

『ふふふ、似てるけど…やっぱり違うわねぇ』

 

『似てるってお母さまにですか?』

 

これで2回目、今日はよく母に例えられる日だ。

自分にはわからないが今日の空気か何かが母を思い出させるのかも知れない。

 

『そうよ。藍ちゃんは嵐ちゃんにとても似てるわ。

…もっともあの子の料理は…食べられないものも多かったけど』

 

小夜は懐かしそうに微笑む。

ハンバーグの中にしらたきを入れてお汁粉ととろけるチーズを混ぜたとかなんとか。

切った時の絵面が想像するだけで凄い。

 

小夜と嵐は親友だったと聞いている。

母とはたくさんの思い出を積み重ねていたのだろう。

藍は小夜を母のように慕っているので少しだけ悔しくも感じたが

自分と小夜を繋いでくれた母に感謝もした。

 

支度が終わり大広間の机に朝食を並べ終わる頃になると

アフロが自分用のアラームを鳴らしながら現れる。

 

\6時50分!6時50分!/

 

『藍ちゃん、アラームを止めて欲しいんだよ』

 

体内にあるアラームを自力で設定することは出来るが止めることは出来ないらしい。

どういう仕組みなのかと最初は面食らったがもう慣れた。

アフロはそういうものなのだ。

 

『えいっ、チョーップ』

 

藍がアフロの頭頂部を軽く叩くとアラームは鳴りやんだ。

 

続いて訓練を終えた家族が戻ってくる。

全員が着席したのを確認すると祖父が静かに手を合わす。

 

『いただきます!』

 

祖父の声に合わせ全員で号令する。

 

『今日のお吸い物の味付けは藍ちゃんがしたんですよ』

 

『おぉそうだったのか。上手になったなぁ』

 

叔父達は自分が作れば何でも大袈裟に喜んでくれるが、やはり嬉しい。

藍は顔を赤らめて下を向く。

 

ちなみにアフロは皿が倒れぬよう重さ数kgの鉄の容器に顔を突っ込んで食べている。

直径1.5mのアフロが容器にむさぼりつく様はなかなかの迫力だ。

ここに来る前まではラーメン、カレー、焼きそば、うどん、牛丼しか食べさせてもらえなかったらしい。

アフロが健康的な食事を前にして涙を流しながら食べ始めた時は思わず抱きしめてしまった。

以前のアフロの飼い主さんには指導が必要だと思う。

 

家族で団欒しながら朝食を取り、食べ終わるとすぐに歯を磨いて登校の支度を始める。

本当は食器の片付けも手伝いたいがそこは小夜にも断られたので任せている。

小夜が作ったお弁当を受け取って一度自室に戻る。

 

【朝7時15分】

部屋に戻った藍は支度を手早く済ますとすぐに玄関に向かう。

 

『藍、今日も早いな』

 

通りすがりの祖父が声を掛けてくれた。

 

『はい、朝のお勤めがありますから。いってまいります』

 

藍が深くお辞儀をするとクルリと振り返り小走りで外へ飛び出していく姿を祖父は静かに見送った。

その姿に在りし日の娘の姿を思い浮かべながら

 

学校には5分ほどで到着する。

藍は門を潜ると箒を持ち出し学校周囲の掃除を始める。

 

『おや太刀花さんとこの娘さん…』

 

『霧島のおばあさま、おはようございます』

 

『おはよう、アンタお母さんの嵐さんに似てきたね』

 

今度は通りすがりのご近所さんから母の名を聞かされる。

聞けば母も同じように学校周辺を毎朝欠かさず掃除していたらしい。

自分は行動まで母に似ているようだ。

 

『太刀花さんおはよー!今日も早いね』

 

『おはようございます。

そちらも花壇の手入れ、御苦労さまです。』

 

『そっちも掃除、御苦労さまだよ』

 

続いて現れた生徒達と挨拶を交わす。

朝早く登校して校内の環境を整える生徒達と挨拶を交わすと

自分と同じ目的の為に活動をする人間がいることに喜びを感じる。

 

『太刀花ちゃんおーっす!』

 

『先輩おはようございます。朝練頑張ってください』

 

朝練に来た生徒達に挨拶を交わす。

それぞれの目的で頑張っている生徒を見ると元気が湧いてくる。

 

(よし、私も頑張るぞっ!)

 

藍はこの時間を大切にしている。

早朝からそれぞれ頑張ってる生徒達を見ると

自分も負けていられないと前向きな気分になれる。

この時間こそが自分も頑張れる原動力となっているのだ。

 

ちなみにアフロはこの時間は二度寝している。

この時間こそがアフロも頑張れる原動力となっているのだ。

 

掃除を終えると掃除用具を片付け教室へ向かう。

教室に入ると席までに通りすがるクラスメイト達が挨拶をしてくれる。

 

『おはよう藍。昨日貸したマンガどうだった?』

 

『おはよう。うん、面白かったよ。あのね、3巻の…』

 

クラスメイト達に挨拶しながら自席に向かうと近く席に座る友人と娯楽趣味の話をする。

藍は世間ズレをしたくないのでこういった時間も大切だと考えている。

何よりも、この時間はただの少女として何の重みも感じない数少ない時間なのだ。

藍は何気ない会話に幸せを噛み締めながらゆっくりと1限目の用意を始めるのだった。

 

授業に対する藍の姿勢は真面目の一言である。

教師の言葉に集中し教師のワンポイントを板書をノートに正確に書き写す。

甲斐あって藍の成績は校内で2位をキープしていて教師からの評価も高い。

分からない事があれば休憩時間にクラスメイトに確認し

それでもわからなければ職員室に向かい教師から詳しい説明を受けに行く。

余り学習時間が取れない分だけ早めに解決しておくことを心掛けているのだ。

 

ちなみに高等部に通う姉の太刀花 凜(たちばな りん)の授業に対する姿勢は最悪の一言である。

教師の言う事はガン無視でずっとスマホを触っているしノートは真っ白である。

わからない事があれば考えないようにする。

教師からの評価は最低でテストは常に赤点であるが彼女は気にしない。

ある意味では最高に付き合いやすい人間とも言える。

 

【10時20分】

次は体育の時間である。

教室で着替えを終えた藍が友人達と体育館に向かう途中でそれは起きた。

 

この学校で一番強い奴は誰か?

最近不良マンガにハマって不良を目指し始めた3年の竹中という男子生徒が言い出した。

彼は自分の問いに自信満々に答えた。

それは自分であると。

 

『無理だろ、太刀花ちゃんいるし』

 

友人が茶化すように言うが竹中は譲らない。

今の彼は本気を出せば絶対に負けない最強の不良(想定)なのだ。

 

『太刀花が強いのは武道だろ?俺は実戦の話をしてるんだよ!』

 

『太刀花ちゃん超実戦派じゃん。家の手伝いしてるんだぞ』

 

『いや、だからバケモノ退治と本物のケンカは違うって言うかさぁ!』

 

体育館に向かう途中の廊下で藍は竹中達が自分の話をしていることに気付いた。

自分の話をしてる人の横を通り過ぎるのはとても恥ずかしい。

藍が身を縮めて足早に通り過ぎたその時だった。

 

『おいやめとけって!』

 

『太刀花ったって女子じゃん!本気でやったらぜってぇ俺の方が強えし!』

 

恥ずかしさのあまり意識から外していたのが逆にまずかった。

竹中が後ろから襲い掛かり藍の動きを封じようと襟に手を伸ばしたその時

藍は無自覚に頭を大きくお辞儀するように下げた。

襟を掴もうとして大きく空振った竹中の上半身は前のめりになり

必然的に藍の腰に引っかかった下半身は行き場を失う。

藍の腰を中心に竹中が前方に回転する。

腕を掴まずに相手を投げる合気投げの一種である。

 

『センパイ!!』

 

藍がとっさに竹中の上着を掴んでわざと勢い付けて投げる。

頭から落ちかけた竹中は藍に支えられながら一回転し、かろうじてカカトで着地する形となった。

油断から発生した危機一髪の事態に大きく胸を撫でおろす藍だったが

周囲の生徒達は大盛り上がりを見せた。

 

『すっげぇーー!やっぱ太刀花ちゃん強ぇな!』

 

『さっきの何でわかったの!どうやるの!?』

 

男子はとにかくこういう話が好きだが藍は好きではない。

口で言っても出来るものではないし生兵法が一番危険なのだ。

何より目立つのが恥ずかしい。

 

『は、はは…あっぶね…。やっぱ太刀花は強いなぁ…ははは』

 

竹中がゆっくりと起き上がる。

必死におどけているが震えているのがわかる。

叔父曰く、私の強さは男児の成長の妨げとなる。

そのため藍は緊急時を除き学校での武道を禁じられていたのだが、とっさに破ってしまった。

だが今すべきことは反省ではなく彼の自信のケアだ。

藍は男子達の輪を片手でジェスチャーして通り抜けると、竹中の前に笑顔で立ち両手を差し出した。

 

『竹中先輩、私の両腕を挨拶しながら掴んでください』

 

『え?あ、はい…。ちーっす』

 

『はいセンパイこんにちは。あ、しまったーきゃー』

 

竹中が言われるがままに藍の両手を掴むと

藍は棒読みの悲鳴を上げ、そのまま後ろに進んでいき背中を壁に当てる。

 

『はい、じゃあ腕を離さないようにギュッと握ってください』

 

竹中は言われるがままに腕を握る力を強めると、今度は藍が竹中の腕を振り払おうとする。

 

『んんんんーーっ!』

 

壁に阻まれているから捻る事も出来ない。

可愛らしく唸って腕を振るが竹中の手は離れない。

 

『…はい、私の負けです。私はいとも容易く成す術なくやられちゃいました。』

 

周囲から驚きの声が少し上がる。

竹中自身も信じられない。

あんなに強くてもこんなに簡単な方法で負けてしまうものなのか。

実際に腕を握って分かったが藍はかなり細い。

顔を赤くして腕を振っていたが、竹中には掴んだ腕を振り払われるイメージがまるで浮かばなかった。

 

(いくら強くても女子なんだ。それにしても太刀花ってこんなに華奢なんだな。)

 

と、竹中はここである事に気付く。

身体の距離がかなり近い。

ほとんど壁ドンのような状況だ。

意識しながら少し顔を下げると藍の無自覚な上目遣いがまっすぐに映る。

 

『私が危ない時は助けてくださいね、センパイ』

 

そう言うと竹中の力が抜けたので藍は小走りで友人達の元へと戻る。

正直うまくやれたのかわからない。

どうにか殿方の顔を立てることが出来ただろうか。

藍はそこだけを心配していたが、とりあえずそれは杞憂だった。

 

(…俺は強くなる!)

 

竹中の頭の中は、藍のピンチに颯爽と現れる自分の姿が上映されていた。

 

【12時10分】

昼のチャイムが鳴ると机や椅子が動かされる音が室内に響く。

授業中は疲れているように見えたのにこの時間になるとほぼ全員が活発になる。

かくいう自分も小夜さんの手作りを味わう事は楽しみの一つでもあるのだが…

 

『藍、それ貰っていい?』

 

『いいよ、じゃあそれと交換して?』

 

『オッケー!』

 

この時間は他所の家庭の味を楽しめるチャンスでもある

 

(愛ちゃんのお弁当は日に日に上手になってる。

咲ちゃんのお母さんは相変わらず美味しい。

優ちゃんのお母さんは少し薄味に変えたけど本の影響かなぁ?この方が大人向けかも)

 

おかずを交換して友人やよそ様の知識を吸収していく。

 

『愛ちゃん今度一緒にお料理しようよ』

 

『ん?いいよ。じゃあ和食教えてよ』

 

友人が自分より上達していると認めて約束を取り付ける。

剣も大事だが料理の腕前を上達させる事と友人と親交を深めることも大事だ。

全てを察した愛は照れ笑いながら承諾し友人達も暖かな目で笑う。

ともすれば自分の成長の為に友人を利用しているともいえるのだが

友達が自分を理解してくれるのは本当にありがたい。

武の道には関係なくとも、この関係を維持するために時間を割くのは決して無駄ではないと藍は信じている。

母の嵐が自分と小夜を繋いだように、この友人達との関係もきっと何かに繋がっていくはずなのだ。

 

その頃の凛はクラスメイト達とおかずの交換をしていた。

 

『から揚げ美味しい!』

 

小夜さんの考えた栄養バランスなんのその。

とにかく自分の好きなおかずとトレードしまくっていた。

彼女は料理など当然できない。

 

【16時00分】

午後の授業が終わると藍は急いで帰宅の準備を始める。

 

『藍、今日は家のお手伝い?』

 

友人から今日の予定を聞かれる。

こうやって毎日訪ねてきて空いてるときは遊びに誘ってくれる。

本当に良い友人達だと思う。

 

『今日は介護施設に寄る日だからごめんね』

 

両手を合わせてジェスチャーすると藍は教室を小走りで飛び出していく。

 

月末が近づくと藍は近所の介護施設に顔を出している。

そこには昔馴染みもいれば少し離れた街から来た老人もいて

彼らから色々な話を聞くことはとても勉強になる。

藍にとってはボランティアというよりは会いたいから顔を出しているのだが

それで喜んでもらえるのは素直に嬉しい。

一石二鳥とはこういうことを言うのだろう。

 

介護施設に付くと職員にお土産を渡し面会に付き添ってもらう。

 

『おぉ、藍ちゃんよう来たなぁ』

 

『うちの孫なんか全然来んのになぁー』

 

部屋に入ると老人達から孫代わりに歓迎される。

自分の祖父は厳格な方なので老人に親しく接してもらえるのは嬉しい。

ここに来て癒されているのは自分の方かも知れない。

 

『それにしても藍ちゃんはお母さんに似てきたねぇ』

 

またも母の名前を聞かされる。

 

『性格は似とらんけどな』

 

母は私と違い随分と活発な方だったらしい。

その点に関しては私の方がいいと言ってもらえたが

私としては少し内向的な自分よりも活発な母を羨ましく感じた。

 

各部屋の老人達とひとしきり会話を交わしてカメラで撮影し

それぞれのご家族へデータを送る。

職員に勧められ軽い気持ちで始めたのだが

ご家族の方々からは元気な姿が見られて嬉しいと思いのほか感謝される。

 

『よっ、藍ちゃんちっす』

 

とある部屋では大学生風の若者が自分を出迎えた。

 

『こんにちは。

いつもおじい様にはお世話になっております。

お住まいからはここまでは遠いのでお疲れでしょう?』

 

『ははっ、コイツぁワシじゃなくて君に会いに来たんだよ』

 

横から寝たままの老人がチャチャを入れる。

 

『ばっ、ちっげーよ!

うちの爺の世話をよその子に任せっぱなしじゃいられねーからだよ!』

 

本心だと思う。

自分の行動は少しばかりお節介かもしれないが

それでも甲斐あってご家族が会いに来てくれるようになった。

以前までは年に一度も来ていなかったのだから

遠方から来てくださるのは申し訳ないがおじい様のためにぜひ頑張って欲しいと思う。

 

『藍ちゃんコイツをもらってやってくれよ』

 

『中学生の私と大学生のお孫さんでは

私が与えられるばかりになっちゃいますよ』

 

『残念じゃな。美人のひ孫が見れると思ったのに』

 

ちょっとセクハラ紛いだけど悪意は感じない。

世代が違うとこういう事もあるので躱すスキルが自然と身に付いた。

今のところ想像もつかないがいずれ祖父も介護が必要になる時が来るかもしれない。

これもまた勉強だと己を納得させる。

 

その頃の凜は自宅に戻ってオンラインゲームに夢中だった。

彼女は最近始めたゲームで腕前を急上昇させている。

今日はついにゲームのトップランカー達との決戦だった。

相手はかなり年配の古参プレイヤーらしいが…

 

『老いぼれは去るのみ!!優しくしてもらえると思ったら大間違いよ!!』

 

若さ溢れる戦い方で老兵の玉座を奪う事に全力を尽くしていた。

それが悪いとは言わないが、どうして姉妹でこうも違うのか。

 

【17時30分】

介護施設を出ると自宅へ戻るため商店街を通り抜ける。

 

『藍ちゃん!ちょっとお待ちなさい!』

 

顔馴染みの皆さんに挨拶しながら歩いていると

和菓子屋の前で唐突に自分を呼び止める声が聞こえた。

 

『華麗さん!こんばんは。』

 

母と同級生の女性だが絶対におば様と読んではいけない。

幼い頃にそう呼んだら物凄いプレッシャーと共にそう教えられたのだ。

骨身に染みている。

 

『ごきげんよう。少し待ってて貰えるかしら?渡したい物がございますの』

 

何代にも渡って続く伝統的な和菓子屋生まれの女性なので自分よりもずっと品がある。

この店の和菓子だって事前に予約しなければ絶対に味わえないのだが…

 

『ご家族で食べなさいな。形が崩れただけで味は変わりませんわ。』

 

そう言ってお店の商品を渡してくれる。

これも母が繋いだありがたい縁である。

 

『華麗さん、いつもありがとうございます。

家族みんなで頂きますね。』

 

『ええ、お母様にお供えするときは

私とアナタは今も永遠のライバルですわよ!って伝えておいてくださるかしら?』

 

そう叫んで華麗さんは恐らくは私の中にある母に指を差す。

華麗さんは母と共に世界相からの脅威と戦ったことがあるそうだ。

背中を預け合った戦友というのは生き別れてからも続くようだ。

 

『てめえ!俺が誰か忘れたんか!?ああぁ!?』

 

そんな思考を強制的に止めるような叫び声が商店街に響き渡る。

 

『あ、華麗さん大丈夫です。私が行ってきます』

 

即座に戦闘モードに移行し店から飛び出そうとする華麗さんを引き留め

縛る物だけを借りて自分が現場に向かう。

華麗さんは自分なんかよりもよほど体術に覚えがあるが

ちょっと物言いがキツイので余計に事態を拗らせてしまう事があるのだ。

 

現場に辿り着くとパン屋さんの胸ぐらを掴む男の姿が見えた。

藍は男の後ろから静かに近づくと片腕を掴んで話しかけた。

 

『おじさま、少し私とお話ししませんか?』

 

そう言うと掴んだ手を大きく横に振り回しながら足を掛け男を転倒させる。

そのまま男を押さえつけて手を背中に回し借りたテープで素早く男の自由を奪った。

大暴れするかと思ったが男は茫然とこちらを見つめている。

自分を投げたのが少女だったので驚いているのだろう。

 

『森田さん。少しだけ奥をお借りしてもよろしいですか?』

 

パン屋の森田に手伝って貰い男を奥の畳部屋へ運ぶ。

森田が店に戻り、もう一度男に問いかけると素直に話に応じると約束したのでテープを剥がした。

 

『…俺が暴れたらどうするんだ?』

 

『成す術ありませんが信じています』

 

狭い部屋で強引に暴れまわられたら本当に手も足も出ない。

そう笑顔で答えると男は姿勢を崩して座り込んだ。

本格的に話に付き合ってくれるらしい。

 

『おじさまはどうして暴れていたんですか?』

 

『あ?そりゃあの男がイライラさせたからだよ』

 

『どうしてイライラしてしまったのですか?』

 

『え、そりゃぁ…』

 

どうして?を繰り返し一緒に考えていく。

悪人とは環境が生み出すものと藍は考えている。

人物そのものに問題があるのではなく

何かへの不満が人を悪人に変えるという考え方なのだ。

その理由を突き詰めていくと、やはりそう言った答えに辿り着いた。

 

『…そうだな。

俺は上手く行かない事にイラついてるんだ。

アイツの態度は怒る程のもんじゃねぇ。

要するに八つ当たりだ』

 

藍はそれも少し違うと感じた。

八つ当たりをしたのは間違いないが

どうして八つ当たりをしたのかを突き詰めていくと別の問題に行き当たるのだ。

 

(うまく行かないから自信を無くして、誰かに自分を思ってもらいたいのかな…?)

 

男は己の人生を語り始めた。

若い頃はこの辺りでも有名なワルだったそうだ。

だが、とある事件を切っ掛けに一念発起し都会に行って一旗挙げようと努力した。

しかし運悪く勤め先が無くなりどうしようもなく地元に戻ると

かつての仲間や手下だったパン屋の森田が成功していた。

森田に昔話を持ち掛けたが営業中だったため迷惑そうにされたことに腹を立てたらしい。

 

『必死になって働き続けたのに

気が付きゃ俺だけがあの頃に置き去りだ』

 

話が終わると男は両手を後ろについて天井を煽りみた。

その姿が泣いているように見えたので藍は少し気の毒になった。

藍は男の後ろに回ると男の頭を両手で抱え込むようにして優しく話しかける。

 

『大丈夫です。

おじさまはまだまだ元気じゃありませんか。

これからなんだって出来ますよ』

 

呆気に取られてされるがままの男にしばらく一方的に話しかける。

幼い頃に自分がお婆様にされた時は泣き出してしまったが、成人男性にも効果があるらしい。

1分ほど優しく語り続けると、やがて男が一度だけ鼻をすする音が静かな夕暮れの部屋に響き渡った。

 

『…あぁーもういい。もういいよ。

元気出たから!子供に何されてんだ俺はっ!』

 

男の口調が変化した。

どうやら本当に元気が戻ったようだ。

藍も一安心して男を手放した。

男は大きな伸びをしながら『危うく変なトビラ開きかけたわ』と呟くとゆっくりとこちらを振り向いた。

言葉の意味はわからない。

 

『あー…まぁありがとな』

 

男が照れたように目を背けながら笑う。

大人がそういう態度を取るのがなんだか不思議で自分も自然と笑顔になってしまった。

 

『お嬢ちゃんを見てると昔の恩人を思い出すよ。

この辺に住んでたタチバナランって女性なんだけど…まぁ20年も前の人だから知らないかな?』

 

『?太刀花藍は私ですが?』

 

『あぁいや君じゃなくて20年前…って君も太刀花さん!?』

 

彼の驚く理由が自分にも理解できた。

男が言う恩人は…

 

『じゃあ君は太刀花さんの…』

 

『はい、アラシと書いて太刀花嵐は私の母です』

 

男はどこか複雑な表情を見せる。

自分も年頃の女である。

そろそろ色恋事情に興味も湧くし理解も出来る。

母はこの人に慕われていたのだろう。

 

『…ワルで名を売ってた俺は君のお母さんに絡んでぶん投げられたんだ。

何度も復讐しようとしたがその度に投げられ…俺の名は地に落ちた。

君のお母さんに顔向けできるようにって一念発起して

都会に出て働いたが失敗して…そして今日また娘である君に投げられた。

ふりだしに戻るってやつだなぁ』

 

男は遠い目でどこかを見つめる。

しばらく沈黙が続くが、それを振り切るように男が勢いよく向き直る。

 

『そうだ!お母さんはどうしてるんだい?お母さんは元気かな?』

 

それは何かを振り切るかのような明るさと勢いだった。

だが自分はそれを裏切るかのような回答をしなければならない。

 

『…母は亡くなりました…。14年前に私を生んですぐに…』

 

『………は…?』

 

男は急に事切れたかのように肩を落とす。

両手が畳にぶつかる音が部屋に響き渡った。

 

『…亡くなった…?あんな凄い人が…?』

 

詳しい事情までは話さないようにした。

悲しませたくて話したわけではないのだから。

男は動かなくなったまま数分の時が流れた。

時計の針の進む音だけが室内に響き渡る。

このままでは何も進まないと感じた藍はある決心をした。

 

『あのっ、森田さん!失礼ですがこちらに来て頂けますか?』

 

『どうした藍ちゃん…って、うわっ!』

 

森田が障子を開くと、そこには姿勢よく立ち深々と頭を下げた藍がいた。

 

『この方は働く場がありません!

この方が働けそうな場所をご存じありませんか?』

 

藍にしては珍しく強くハッキリした声で言う。

 

『いや!いいよ嬢ちゃん!そこまでしなくてもいい!』

 

『そうだって藍ちゃん!太刀花の名だってそんな安いもんじゃないだろう!』

 

大人の2人がそう言ってくれるが甘えるわけにはいかない。

これは自分が必要と感じてする事なのだ。

 

『仰るように太刀花の名も決して軽い物ではありません!

ですが母が導いた人がまた道に迷っています!

そして私には頭を下げる事しか出来ません!お願いします!』

 

自分が仕事を斡旋出来ればいいが中学生の自分にそんな力はない。

情けないがとにかく頭を下げて親切な大人を頼るしかないのだ。

心の底から思う。早く一人前になりたいと。

 

『…あぁー…じゃああれだな。

センパイ店番と配達くらいできるでしょ?

ちょっと前から配達とか店でパンを食えるようにとか考えてたんで

俺がパン焼いてる間にその辺をやってもらえますか?』

 

藍が一気に笑顔になる。

再び頭を下げようとする藍を片手で静止して森田が続ける。

 

『ただし仕事中は昔の上下関係はなしだ。

雇用と労働の関係、それでいいですか?』

 

男は少しだけ戸惑ったが静かに頷いた。

 

『…まぁ男として、期待に応えたくもなるわな…』

 

藍には正確な言葉の意味が理解できなかったが一件落着なのは理解できた。

 

【17時55分】

『って、藍ちゃん!時間!時間!18時!』

 

『はい、存じております。

急がねばなりませんね。』

 

そう言うと藍は立ち上がり2人に頭を下げる。

 

『あぁーいやいやちょっと待って。

俺も行ってあげるから!

センパイ早速だけど留守番よろしく!』

 

『え?何だ?習い事か何かあるんかい?』

 

『もっと大事な事だよ!』

 

そう言うと藍と森田は店を飛び出していく。

残された男はまたも昔を思い出す。

そういえばあの人も常に忙しそうに生きていたと。

 

【18時05分】

藍と森田が玄関を開けるとそこには道着を着た兄が腕を組んで待ち構えていた。

 

『純兄様申し訳ありません!遅くなってしまいました!』

 

『…さっさと着替えてこい!!』

 

藍の謝罪を受け取り拒否して兄の純が叫ぶ。

眼鏡を掛け落ち着いた男に見えるが叫び声はとても響いた。

一緒にいた森田も思わずたじろいでしまった。

まして藍のような小柄な少女にはさぞ恐ろしく感じるだろう。

藍が慌てて靴を脱ぎ捨て自室に駆けていくと森田は純に恐る恐る話しかけた。

 

『あー、あのな純坊。これにはふかーい訳があるんだよ』

 

森田は藍が遅刻した原因について話した。

 

『要するに人助けだったんだよ。

純坊も兄貴なんだから妹を怒るよりも褒めてやってくれないかい?』

 

森田はなだめるように言った。

話が終わると純は大きく息を吐いた。

どうやら落ち着いてもらえたようだ。

だが純の答えは森田の予想とは大きく異なった。

 

『ですが敵は事情を汲んでくれません。

妹には遅れた分をしっかり叩き込まねばなりません。

藍のためにご足労を頂きありがとうございます』

 

頭を下げると純は足早に道場へと向かっていく。

どうやら自分は無駄足だったようだ。

森田はせめて兄妹間に亀裂が生じぬことを願いながら店へと戻っていった。

 

…一方、純は角を曲がるとその場に座り込んだ

 

『そっかぁ、人助けかぁ…

純兄さんの訓練は厳しいからイヤっ!じゃなかったかぁ…

それにしても藍は優しいなぁ…』

 

スマホの待ち受けにしている妹の写真を眺めながらニヤニヤ呟いていた。

藍にとっては従兄にあたる純は

藍に法廷で訴えられたら負けるタイプのシスコンである。

 

【18時10分】

道場ではいつもより激しい訓練が続く。

この時間は兄達が自分の為に必要だからと交代で作ってくれている。

必要な時間を無駄にしたのだから厳しくなるのは当然だ。

藍は集中して指示されたとおりにこなしていく。

 

『次、打ち込むぞ!』

 

急に型が変わる。

純の打ち込みに慌てて対応するが混乱してしまった。

藍はとっさに型通りではない方法で打ち込みを防いだ。

 

『おおっ!なんだ今のは!』

 

純が驚きの声を上げて尋ねる。

 

『あ、はい!

えと、千果咲さんという方がこのように防いでまして。

とっさに出てしまいました。』

 

そう言うと純が嬉しそうに要求する。

 

『ほう!異界の剣士の技か!

面白いな!もう一度見せてくれないか?』

 

『は、はいっ!喜んで!』

 

尊敬する兄が喜ぶのが嬉しくて藍は張り切ってしまう。

だが次の打ち込みは先ほどとは異なり千果咲の防御を読んだ一撃だった。

藍の肩に強烈な一撃が叩き込まれた。

痛みに耐えながら顔を上げると純が怒りの表情を自分に向けていた。

 

『型も正確に出来んのに!

違う流派の技をとっさに出るほど身に付けるな!

それは一時的には強くなっても長い目で見てお前の成長の妨げになるといつも言ってるだろう!

まずは基本第一!他人の技は今は知るだけにしておけ!!』

 

そう叫ぶともう一度肩に一撃を加えられる。

思わず声を出してしまうが兄は心配するそぶりも見せない。

 

『もういい!

今日はその技がとっさに出ないように時間まで型を続けろ!』

 

『は、はい…』

 

痛みと怖さと申し訳なさで涙が出そうになるが

かろうじて持ち直すとすぐに竹刀を構えて言われたとおりに型を繰り返す。

やがて兄が出ていくと肩の痛みを堪えながら一人寂しく型を繰り返す。

凄い事に型から外れるほどに痛みが生じるようになっている。

やはり兄は凄いのだと藍は改めて兄への敬意を深めたのだった。

 

…一方、純はというと

力無く壁にもたれ掛かりながら泣いていた。

 

『…じぇったい藍に嫌われた…

…でも藍が中途半端になって…戦闘で怪我したら大変だし…兄さんはあぁぁ…』

 

妹の心、兄知らず。

 

『大丈夫。藍ちゃんはわかってくれるよ』

 

しかもアフロに慰められてた。

 

『アフロからも良く言っておいてあげるから』

 

『あ、アフロ君…

ありがとう!君ってやつは…!』

 

『500円!』

 

日本の貨幣が少しだけアフロに動いた。

 

【19時30分】

訓練を終えた藍はアフロを連れて浴場へと向かう。

アフロの全身にシャンプーで泡を付けて水洗いしながら落とす。

直径1.5mもあるアフロを洗うのはなかなか大変だが

これは式神として召喚した者の務めだと思う。

ちなみに洗浄後のアフロは思いのほか細くなるので一緒に湯船につかる事も出来る。

聞けば以前のアフロのお風呂はコインランドリーの洗濯機に入れられ乾燥機に突っ込まれていたそうだ。

かつてアフロを飼育していたという女性には色々と教えて差し上げねばならないと思っている。

 

藍が一日の疲れを落としている間に次々と兄達が仕事から帰ってくる。

夕飯は大体20時となる。

一般的にはやや遅い時間なのだが、太刀花家の夕飯は家族全員が揃う事を最優先としているためだ。

 

『藍、今日は何か変わったことはあったか?』

 

食事中にふいに叔父から尋ねられる。

変わった事と言うか不思議な事ならあったので報告する。

 

『今日はお母様に似てきたと何度も言われました。

今日の藍はそんなにお母様に似ているのでしょうか?』

 

昨日までは言われなかったのだから不思議で仕方がない。

だがタネを明かされてしまえばどうという事はない話だった。

 

『今日は頭のリボンが赤いからだろうな』

 

聞けば母はいつも赤いリボンを付けていたそうだ。

母のトレードマークだった赤いリボンを付けていたから

皆が母を思い出していたようだ。

 

『…お母様は今も皆さんの中で生きておられるのですね』

 

藍は顔も知らない偉大な母に思いを寄せる。

思い出はないが母が遺したものが確実に自分を形成している。

死してなお残った親子の絆というべきものに藍は改めて感謝した。

 

【21時00分】

食事を終え、歯を磨くと藍は自室に籠って教科書を開く。

集中して1時間ほどで予習と復習を終えるとようやく藍は責務から解放される。

 

『アフロ~埋もらせてぇ~もふっ…』

 

アフロの返事も聞かずにもたれ掛かる。

 

『いいよ。いくらでもモフりなさい』

 

『うん~…もふもふ~』

 

こんなに気を抜いた藍は今だけだ。

図らずも自分だけが藍にとって全力で気を許せる存在となっている。

アフロは22時から眠たくなるまでのわずかな時間は今の飼い主の為に使うと決めているのだった。

 

『そういえば純兄さんが藍ちゃんを叩いた事を怒らないでね』

 

『ん~…知ってるよそんなの~…だって本気で嫌ってたら私なんかボッコボコだも~ん…』

 

アフロ、500円の価値を果たす。

 

藍はアフロにもたれ掛かりながら友達に借りたマンガを読む。

やがて小さなあくびをすると、電灯を消して藍とアフロはそれぞれのベッドへと横たわる。

 

『もうリボンは乾いたから、明日はお母さんに似たねって言われないよ』

 

暗くなった部屋の中で、うとうとしながらアフロの声に相槌を打つ。

 

次第に意識が遠くなる…

藍はいつの間にか赤子となり誰かの腕に抱かれていた。

見覚えのない燃え崩れ落ちる病室の中で自分を抱く女性が知らない別の女性と刀で斬り合っている。

自分を抱いているため片手で刀を振るっている。

それだけでも相当な不利のはずだが

そもそも彼女は入院患者用の服を着ていて顔色も本調子とは思えない。

 

『勝負は見えたなぁ!やっぱり最強は太刀花じゃなく八蛇(やだ)だ!』

 

八蛇という名に聞き覚えがある。

確か太刀花と因縁のある一族で母の命を奪い私をも狙っている。

藍は何となく思った。

自分を抱きながら八蛇と戦う女性は母なのだろうと。

これはきっと自分の中にある記憶、母が亡くなった日の記憶なのだ。

 

母は何度も窮地に陥るがギリギリの所で決定打を与えない。

その度に八蛇は舌打ちを鳴らしたが、やがて何かに気付きいやらしい笑みを浮かべる。

 

『これで終わりだぁ!』

 

八蛇は細かな小石をまばらに投げつける。

それは母に効果がなくとも赤子の自分には致命的な傷となるだろう。

母が覆いかぶさるように自分を庇った隙をついて八蛇の刀が母の身体を貫いた。

 

『ざまあみろ!何が最強の女だ!やっぱりあたしこそが最強じゃないか!』

 

八蛇は勝利宣言をすると今度は床に転がる自分を拾い上げる。

 

『不愉快だよ、死ね』

 

背筋がゾクッとした。

自分はこれ以上に悪意に満ちた笑みを見たことがない。

八蛇の女性は自分を高く放り投げて、刀を振り降ろそうとしたその時だった。

 

『返せっ!あたしの子だぁ!!』

 

身体を刺し貫かれたはずの母が動き出し八蛇の顔を斬りつけた。

 

『ぎゃぁあああ!!ひ、卑怯者ぉ!!』

 

八蛇が怯んだ隙に母が自分を拾い上げ部屋の外へと走り出していく。

 

『嵐!大丈夫か!…うっ!?』

 

廊下には慌てて駆け付けた叔父の姿があった。

叔父は母の姿を見て全てを察したようだ。

母はゆっくりと叔父に近づき、自分を叔父に託すと静かに語りかけた。

 

『姉が凛だからさ…煉(れん)にしようかと思ったんだ…

でもさ、藍にするよ。藍玉石の藍。

綺麗な青い瞳と髪をしているし…あたしと同じ音ならあたしの意志を継いでくれそうだろ?

…まだやりたいことが…たくさんあったからさ…この子に…やってもらいたくてさ…』

 

『…わかった…!』

 

やがて後ろから若かりし兄達が現れると病室から叫び声が鳴り響いた。

 

『その娘の!全てを否定してやる!!

痛めつけて!なぶり倒して!心をへし折って!

ちくしょう、あたしは勝ったんだ!勝ったのにさ!

そいつに!自分は生まれついての負け犬ですと涙を流しながら認めさせてやる!

全部全部全部!そこのクソ女のせいだ!』

 

凄まじいまでの怒りと恨みを撒き散らした後、八蛇の気配が消えた。

不利を察して窓から逃げ出したのだろう。

叔父は母を抱きながら懸命に名を叫ぶが返事はない。

崩れ落ちる病院の中に叔父の慟哭だけが響き渡った。

…夢はそこで覚めた。

 

翌朝、藍はいつもと同じように目を覚ます。

リボンは青色。赤じゃない。

私は藍。嵐ではない。

…だけど…

 

『お見送りありがとうございます、お爺様』

 

『うむ、行ってきなさい、藍』

 

自分の中には確かに母がある。

皆が自分に母を重ねている。

私は母ではないが、母の様にみんなの期待に応えたいと思う。

 

『太刀花藍、行ってまいります!』

 

くるりと振り返り笑うと藍は明るい日差しの中へ飛び出していく。

祖父は静かに見送った。

その姿に、在りし日の娘の姿を思い浮かべながら…

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