その日の食堂は荒れていた。
誰かが酒を呑み過ぎ、酔い、絡み、呑ませ、酔っぱらいが増え、収拾がつかなくなる。
そんな環境の中、太刀花藍は少し離れた席で静かに食事をしていた。
いつも家で食事を作ってくれるお手伝いさんがお休みしてしまい
たまにはそれぞれどこかで食べてくるのもいいだろうという事になった。
自分だけは家で食べようとも思ったが、自分の為だけに料理をするのはあまり気が向かない。
何よりせっかく新設されたダーザインの食堂なので利用してみたかったのもある。
というわけで、食堂を利用した藍だったが居心地の悪さを感じていた。
楽しそうにしている皆さんの空気を壊したくはないが
支離滅裂な単発の会話を定期的に投げかけられては曖昧に応える事しかできない。
気を使われる事を申し訳なく思い、いっそ一人にして欲しい気分だった。
だが酔った大人と言うのはそうはいかない。
寂しそうな子に優しくしてやろうという余計なお節介を焼くのである。
『よーし、おじさんラーメンを奢っちゃうぞー!』
フラついた足取りで藍にラーメンを運んでくる男がいた。
差し出されてもお腹に入るわけがないので藍が丁重にお断りしようとしたその時だった。
バシャッ!
男はフラついた拍子にラーメンを落とし、藍は頭からラーメンを降りかけられた。
酔っ払い達の場も空気も流石に凍り付いたが、藍が笑顔で言い繕い何とか空気を保たせようとした時だった。
『片付けておくからステラが藍をシャワー室へ連れてきなさい。着替え持ってるでしょ?』
藍と同じく離れた席に座っていたアンブラがステラに指示をだす。
ステラはいつまでも場を取り繕うとする藍を半ば強引に手を引いて外へと連れ出した。
『全く、あんな時に大人の気を使うもんじゃないわよ』
ステラは不機嫌そうに藍の手を引きながら話しかける。
自分の手際の悪さを怒っているのではないのはわかる。
藍はありがとうございますと返事をした。
基本的には戦闘後や訓練後に使うシャワー室だが、24時間開放されていて職員であれば誰がいつ使っても問題はない。
『着替えここに置いておくわよ』
『あの、何から何まで本当にすみません。』
ステラは脱ぎ捨てられた服を回収し、予備の普段着を置くとシャワー室にいる藍に声を掛ける。
ここが藍の受難の始まりだったのだが
この時の藍は深く考えずにありがたくステラの行為を受け取った。
それから20分後
『…あの、ステラさん…
贅沢を言えた身分ではないのは承知しているのですが…
着替えってコレしかありませんか…?』
用意された服は例えるなら水着。
それも泳ぐ用途には適さない、絶対に隠さねばならない部分だけを隠したような肌面積の多いデザインである。
ステラの用意した服に着替えた藍は
胸から腰くらいまでしかない小さなタオルで胸元を隠しながら更衣室から現れた。
『え?それしかないけど?何か変?』
そうハッキリ聞かれると藍も答えづらい。
彼女の普段着を悪く言うわけにはいかない。
藍は少し伏目がちに遠い目をしながら
ステラのような発育であれば問題ないが未発達な自分には問題があるとだけ答える。
自分で言ってて少し悲しい。
『大きくて零れそうな身体の方が隠さないといけないはずなのに
アンタの国だと小さい方がまずいの?不思議な文化ね。』
言われてみればそうかもしれないが、今はそんな事はどうでもいいのでこの状況をどうにかして欲しい。
『さっきの服はクリーニングに出しちゃったし替えの服はないわ。
まぁサッサと家に帰ればいいだけじゃない』
ステラは簡単に言い放ったが、そういうわけにもいかない理由が2つある。
1つ目は、家の鍵が食堂に置きっぱなしのカバンに入ってる事。
つまり、この服で食堂を歩かねばならない。
2つ目は、今日は学校からゲートを開いてこちらの世界相にやってきたこと。
いつもは森の中にあるゲートを使うのだが、今日は調子が悪く使えなかったのだ。
つまり、ゲートを潜ると夜の校舎に戻る。そこから家までこの服装のまま徒歩で帰らねばならない。
『変に恥ずかしがるからダメなのよ。笑顔で堂々と手でも振りながら歩いてれば普通にいけるわよ』
『そんなの無理ですよ!
もし誰かに見られてしまったら…』
藍が涙目で訴える。
『私はもうお嫁にいけません。
もしくはその方に貰っていただくしか…』
将来の夢はステキなお嫁さんと笑顔で語っていた彼女を思い出し、流石に同情してしまう。
(私の服、この子の世界じゃそんなにまずいのか…)
ステラは全力で藍のサポートをすると誓ったのだった。
『申し訳ありませんが、食堂から私のカバンを取ってきてもらえますか?』
藍にそう頼まれ、ステラが食堂に戻ると酔っ払いどもは先程の失態など無かったかのように大騒ぎをしている。
大騒ぎを他所に藍から教えられたカバンにステラが手を掛けると、それを制止する生物が現れた。
『それは藍ちゃんのカバンだよ!』
藍の式神アフロダイBだ。
『藍に言われて取りに来たのよ』
ステラは事情を説明するがアフロダイBは譲らない。
『だったら藍ちゃんはどうして自分で来ないんだい?』
それを聞かれると困る。
ステラは仮に全てを話した場合の結末をシミュレートする。
正直に話す
↓
面白がって酔っ払いが見に行く
↓
歯止めの効かない酔っ払いが面白がってネットに拡散する
↓
藍が社会的に死ぬ
ダメだ、言えない。
『君が藍ちゃんの荷物を取るとは思えない。
でもこういうのは秩序だからね。
顔見知りだからって無条件で気を許していたら
いつか取り返しのつかない事態になるかも知れない』
残念だが、ピンクの毛玉の言ってる事は正しい。
ステラは仕方なく別の提案を持って藍の元へ戻ることにした。
『私が部屋に入ってブレーカーを落とすわ。
その隙にアナタが暗闇の中を走ってカバンを取って来なさい。』
ステラから提案を聞いた藍は青ざめながらも頷いた。
人が大勢いる空間の中をこんな薄着で駆け抜ける?
失敗を想像するだけで恐ろしいリスキーな手段だが他に方法がない。
ステラが再び食堂に戻ると相変わらず騒ぎは続いていた。
そのまま食堂を堂々と歩くが誰も自分を気にしない。
どうして私だと気に留められなくて藍だと大騒ぎになってしまうのか本当によくわからない。
ともかくブレーカー前までやってきたステラは隙を見て高く飛び上がり、食堂のブレーカーを落とした。
部屋は一寸先も見えないほどの闇に包まれた。
その隙を見て藍が部屋の中に突入し奥へと駆ける。
他の人間は突然の暗闇に気を取られ藍に気付かない。
藍の侵入を知っていたステラだけは気配を感じ取ることが出来たが…
(いつものあの速さはどこ行った!?)
藍は暗闇でも恥ずかしいらしく、両手で掴んだタオルで前を隠しながら走っている。
ステラが想定していたよりずっと遅い。
これは誰かが暗闇に対応するかもしれない。
『アフロに任せて!ボクにはライトが付いてるんだ!』
案の定、突然の暗闇に対応する者が現れた。
アイツどういう生き物なの!?
ウサギじゃなかったの!?
考えてる余裕はない。
光源が作られた時点で藍はジ・エンドだ。
『アフロライ、メコォ!!』
目からライトを発行させようとしたアフロにステラの強烈なジャンピングカカト落としが炸裂する。
アフロを始末したステラは藍が部屋を抜け出したのを確認すると自身も部屋を抜け出した。
突然部屋が暗闇に覆われ、暗闇の中でアフロが何かを叫んだと思ったが
暗闇が晴れるとアフロだけが死んでいた。
意味不明な怒涛の展開に食堂はザワついた空気に包まれた。
どうにか1つ目の関門をクリアした2人だったが試練はまだ続く。
『このゲートを潜ると私の学校の校舎内に出ます。
夜なので学校には誰もいないかも知れませんが、外に出てから家までは5分ほど掛かります』
その間に誰かに見つかればアウト。
下手をすれば薄着で夜を徘徊した罪で警察に通報される恐れもあるという事だ。
つまり、ここからは藍だけでなく自分が見つかっても面倒な事になる。
目の前の少女はつくづく窮屈な世界に生きてるのだなとステラは感じた。
ゲートを潜り抜けると2人は夜の空き教室に姿を現す。
誰もいないはずの校舎の廊下をゆっくりと歩く2人だったが
しばらく歩くと階段から人影が登ってくるのが見えた。
『え、ちょっと!人はいないんじゃなかったの!?』
『わ、わかりません!
え、えっと!ステラさんはとりあえずこの中へ!』
藍はとっさにステラの身を優先して掃除ロッカーの中へと押し込んだ。
それからほんの1,2秒。
階段を登って現れたのは竹中というワルに憧れる3年の男児だった。
『あれ、太刀花ちゃ…って、エッ!何その恰好!?エッ!!ええぇぇぇっ!?』
竹中は藍の姿を確認するなり物凄い勢いで駆け寄ってくる。
憧れの優等生の女の子と夜の校舎で2人きり!
しかも相手は下着同然の姿!
もうなんていうか、男の夢の世界が目の前にある!
竹中少年の移動速度が通常時より倍速化したとしても仕方の無い事である。
『ち、近寄らないでください!!』
藍が珍しく大声を上げると竹中はおよそ1.5mほどの所で足を止めた。
この距離が彼の理性と欲望の境目だ。
『あ、あの。せ、先輩はどうしてこんな時間に?』
『え?いや俺はツレと肝試しをしてたんだけど…
太刀花ちゃんは何で夜の校舎に?そんな格好で?何で?エッ?そういう?え?』
非常に心苦しいがとにかく誤魔化すしかない。
藍は精一杯の嘘を付くことにした。
『先輩、これは夢ですよ』
にっこりと微笑みながら嘘を付く。
(なんだそれはあぁああああ!!)
ロッカーの中でステラが思いっきり突っ込んだ!
ヘタクソにも程がある!!
だが藍の日頃の行いによるものか竹中には効果があった。
『あー…なんだよ夢かよぉ。
そりゃそうかー太刀花ちゃんが夜の校舎でそんな格好で歩いてるわけねーよなぁ…
話が出来過ぎだし…』
『は、はい。その通りです。
ですので!今すぐ家に帰ってお布団で寝なおしてくださいね。
それでは私はこれで失礼します。』
そう言って頭を下げると、藍は後ろを振り向けないので前を向いたまま後ずさる。
『ってちょっと待った!せっかくの夢なんだしもっと現実じゃ出来ないようなことを…』
そう言って竹中が藍の両肩を掴んで引き寄せたその時だった。
ロッカーの扉が激しく開きステラが飛び出してきた。
『うわぁああ!すげぇ恰好した女の子が掃除ロッカーからぁ!?』
いきなり現れた凄い格好の女の子に中学生男子である竹中はどうしていいかわからない。
その隙にステラは竹中の目を撫でるようにひっかいた。
『め、目がぁ!!』
続いてハイキックを側頭部へお見舞いする。
竹中は安らかな寝顔で夢の世界へと旅立った。
『あ、あぁぁぁ…なんてことを…』
『あんな嘘を通せるわけないじゃない。
ともかくこれでさっきのは夢よ。ノーカンでいけるでしょ。』
全くその通りなので竹中先輩には申し訳なく思うがステラには感謝しかない。
藍は眠る竹中を後で起こしに来ることを誓うと先に進もうとしたが…
『タケやーん?マジで誰かいたー?』
先程の騒ぎを聞きつけて竹中の仲間達が階段を駆け上がってきている。
藍は再びステラを掃除ロッカーの中に押し込んだ。
『タケやん今の音は…って太刀花ちゃん!?エッ!何その恰好!!エッ?えぇぇ!!?』
今度は集団で現れた。
藍は必死に近づかないよう訴えるが多人数では勢いが違う。
藍はあっとういう間に壁際で取り囲まれる。
『え?えええ!?夜の校舎で何でそんな格好で!?』
多人数にまじまじと眺められ泣きそうになりながら藍はなんとか誤魔化そうと嘘を付く。
『せ、先輩方。こ、これは夢ですよ』
藍は引きつった笑顔で言う。
『あれ、これ夢?』
『まぁ女子が夜の学校にこんな格好でいるとか夢かもな』
奇跡的に通じた。
『は、はい。その通りです。
ですので皆さんも竹中先輩を家に送ってからお布団で寝なおしてくださいね。
それでは私はこれで失礼します。』
後ろを見せないようにしながら囲いを抜けようとするが、ふいに藍は右肩を掴まれた。
『ってちょっと待った!
夢なんだったら現実じゃ出来ないようなこともできんじゃね!?』
少年の一人がそう提案した瞬間、ロッカーの扉が激しく開きステラが飛び出してきた。
『うわぁああ!すげぇ恰好した女の子が掃除ロッカーからぁ!?』
あぶないみずぎのおんなのこがあらわれた
しょうねんたちはおどろきとまどっている
ステラは回し蹴りで少年たちを一斉に夢の世界へと送り込んだ。
『た、大変なことに…』
『だからこうするしか誤魔化せないっつーの。
それに悪い事ばっかりでもないわよ。
コイツらの上着を借りれるじゃない。』
それは確かに名案だった。
藍とステラは彼らの学ランを拝借すると鏡で自分の姿を確認した。
男子の学ランはギリギリスカート丈くらいまでは隠してくれる。
前を開けなければ外を出歩いてもギリギリ許される格好だと思う。
学ラン姿で学校の外に出ると自転車で巡回中の駐在さんに遭遇した。
『こんばんは。いつも御苦労さまです』
中身が完全アウトな格好なので、罪悪感に苛まれながら挨拶をする。
『こんばんは。応援団の練習かな?バンカラだねぇ』
駐在さんはそのまま通り過ぎて行った。
2人はようやく胸を撫でおろすことが出来たのだった。
そのまま太刀花家の屋敷まで戻ると、藍はいつもの戦闘着に着替えた。
今度はステラを元の世界相へ送り戻さねばならないので再び校舎へ向かう。
一度開いた校舎の方がやりやすいし、何よりも人目に付かない。
風邪を引かれては困るので、元の空き教室へ戻る前に気絶させた男子達に学ランを返す。
彼らに学ランを着せたその時だった。
竹中はうめき声を挙げながらゆっくりと目を覚まそうとしていた。
藍は慌てて掃除ロッカーにステラを押し込むと、場を誤魔化すため竹中の身体を揺り動かした。
『先輩!大丈夫ですか?』
『んー…あれ太刀花ちゃん?…あ、服着てるわ』
内心ギクリとしたが平静を装う。
『は、はい?何の事ですか?
私は妖怪の気配を感じて先ほどここに来たのですが
皆さんが倒れてらしたのでお声を掛けさせていただいたところですよ?』
『妖怪…?あー、あれが妖怪だったのかー』
『ホントにいるんだな。初めて見たわ』
竹中の周りで寝ていた少年達も話し声に反応して次々と目を覚まし始める。
藍は話を合わせるために既に知ってる状況を改めて彼らに尋ねる事にした。
『俺達は肝試しに来たんだけどさ。
そしたら君の声が聞こえたから俺だけ先に校舎に入ったんだ。
そしたら夜の校舎に太刀花ちゃんがいたんだよ。
それも下着みたいな恰好で誘ってきて』
改めて聞かされると恥ずかしくて仕方がないです。
それと誘ってはいません。
藍が顔を赤らめながらも睨みつけていたので竹中は慌てて取り繕う。
『もちろん!俺は自分の学ランを君に着せようとしたよ。
そういうのってもっと大切にしないといけないと思うしさっ!』
竹中はキメ顔で既にバレてる嘘を付く。
先輩、私の両肩を掴んで引き寄せたと思うんですが…。
『そしたらいきなり後ろからガツンってやられてそれっきりだよ』
ステラさんに思いっきり目を奪われてたように見えましたが…。
『俺達が辿り着いた時にはタケやんがもうやられててさ。
やっぱり下着同然の太刀花ちゃんが俺達を誘ってきたんだ。
もちろん俺達は君に上着を着せて説教したよ?
もっと自分を大切にしなよって』
皆で私を取り囲んでマジマジと眺めてませんでしたか…?
『そしたらいきなり君と同じ格好をした女が現れてガツンだよ。』
『念のために聞くけど、あれは太刀花ちゃんじゃないんだよね?』
藍は冷や汗をかきながらも笑顔で両手を広げて答える。
『も、もちろんですよ。だって私こうやって服を着ていますから』
『だよな?やっぱあの下着の太刀花ちゃんは妖怪だったんだわ』
『後から現れた女も妖怪なんじゃね?』
ロッカーの中から怒りの気配を感じる。
藍は必死にロッカーに向けて謝罪の念を送る。
ステラさん本当にごめんなさい。
『さ、さぁどうでしょう?
私はまだ何も見ていませんので』
ともかく話を終えて彼らを家に帰したい藍だったが
絶賛片思い中の竹中は少しでも役に立とうと話を続ける。
『俺、あの妖怪に心当たりがあるぜ』
ごめんなさい、それ私か仲間です。
100%誤った情報を持ち出してきた竹中の言葉を遮ろうとするが彼の思いは止まらなかった。
『アイツは恐らくサキュバスだ。間違いない』
それ妖怪じゃなくて西洋悪魔です。
と、ツッコミを入れてる場合じゃない。
ロッカーからの圧が物凄い事になってる。
まずいまずいまずい。
『い、いえ。サキュバスはその…日本にはめったに現れませんので…
それよりもまた襲われる前に皆さんは家に…』
『いいや!間違いないと思う!あれはサキュバスだって!』
『わかる!だってすげぇエッ!な服を着てたし!』
『サキュバスでなきゃありえねぇよなぁ!?』
『ちっくしょう俺達の純情を弄びやがって!』
『とんでもねえピーーー女だぜ!』
少年たちが口々に罵ると、ロッカーの中から何かがキレる音がした。
もうダメだ。
藍は全てを諦めた。
『誰がサキュバスだぁーーーー!』
ロッカーからステラが勢いよく飛び出した。
『うわああぁああああ!また出たぁああーーーー!!』
『何度見てもエッ!な服だぁああーー!』
サキュバス呼ばわりされ逆上したステラが少年達に飛び掛かる。
少年たちが全滅するまで数秒と掛からなかった。