『……頼もう!』
伝統と歴史を感じさせる太刀花家の屋敷門に負けじと堂々たる振る舞いの少女が勇ましく声を響かせる。
『あの、道場破りの方でしょうか?
申し訳ありません。
ただいま叔父や兄達は出かけておりまして…』
それとは裏腹に気勢を削ぐような丁寧な物腰の声と少し怯えた態度で少女が出迎えるが
訪問客が見知った顔であると気付くと明るさを取り戻した。
『あ、ヤエさんいらっしゃいませ。
ようこそ太刀花家へ。』
屋敷から出迎えた少女は太刀花家の末娘の太刀花 藍(たちばな らん)。
勇ましい声の正体は春霞家の次女、春霞(はるがすみ)ヤエだった。
どちらも旧くから連なる武家の末裔である。
挨拶もそこそこに藍が言葉を繋ぐ。
『先ほどの気迫は他流試合の類とお見受けしましたが
あいにく叔父や兄は出掛けていてしばらくは戻りません。
…私がお相手を出来ればいいのですが
未熟者ゆえに家名を名乗っての他流試合はまだ禁じられてます。』
それならばアナタでも構わない。
そう言おうとした出鼻を挫かれてしまった。
『ちなみに太刀花の者ではなく一個人として戦った場合の藍殿はどれほどの腕前なのだろうか』
『太刀花流は使えませんので、去年の剣道全国大会中等部で2位の腕前です。』
1年生で2位は天才に等しい成績だが、要するに高等部に混ざれば並以下だ。
まして実戦で戦い抜いている自分とは勝負にならないだろう。
ヤエが少しだけ息を吐き出直そうとした時だった。
『あの、私と一緒にお茶とお菓子を頂きませんか?
今日は腕を競い合う剣士としてではなく、同じバースセイバーとして交流を深めるのも良いと思います。』
確かに。同じような境遇の者と意見を交わすのも悪くない。
これからも共に戦う事もあるのだから親交を深めておくのもいいだろう。
『ではせっかくなので頂くとしよう』
『よかった。友達からフィナンシェを頂いたのですが
家族で分けるには少なすぎて私一人では多すぎて困ってたんです。』
『?ふぃ、ふぃあんせ?とは?』
どうして婚約者を差し出されるのだ?
横文字に弱いヤエは妙な聞き間違えをしながら屋敷へと上がっていった。
それから1時間
お互いの剣士としての心構えや戦場での立ち回りなどについて語り合い2人は互いを理解し合ったと感じた。
そろそろお茶もお菓子も尽きたのでヤエが席を立とうとした時だった。
『ただいまー。おや、お友達か?初めて見る方だな。少し歳が離れているが…』
兄の旬(じゅん)が大学の講義を終えて戻ってきた。
今日は寄り道をすると言っていたのだが気が変わったらしい。
彼の姿を見てヤエの目が輝く。
『太刀花家のご子息とお見受けする!
私は春霞家の次女ヤエ!
貴殿とぜひ手合わせを願いたい!』
『ふむ…』
旬の目が戦闘モードに切り替わるが、藍の姿を見て元に戻る。
手合わせとはいえ妹の友人を傷つけるのは兄としていかがなものか。
もっとも、それ以前の問題もあるので旬は体裁よく断る事にした。
『申し訳ないが、君はまだ未成年で女性だ。
私個人としては君を侮るつもりはないが、世間はそう見ないだろう。』
なるほど、彼の言う事もわかる。
この勝負は彼が受けた時点で太刀花の名に傷がついてしまう。
この業界の面倒なしきたりは自分も理解しているつもりだ。
ヤエは肩を落とすと力無く椅子に座り直した。
『気を落とさないでくれ。
今度訪ねてこられた時には藍か凛で良ければ君と手合わせできるよう私からも祖父に頼んでおくよ。』
ここまでの旬の言葉からは誠実さが感じられたのでヤエは素直に感謝の言葉を述べた。
『それで藍、今日の稽古だが…どうする?』
『そうですね。今日は中止という事で…』
その言葉を聞いてヤエが飛び上がる。
『いや!私などの為に大切な稽古を休まれてはいけない!私に構わず…』
ここまで言葉を吐いてヤエは妙案を思い付く。
自分としても相応の覚悟でここまで来たのだから少しでも得たいものがある。
『ご子息殿!藍殿の稽古に私も加えて頂いてもよろしいでしょうか!?』
ヤエが旬に向かって深く頭を下げる。
旬も勝負を断った手前、断りづらい物があるが…
(藍の稽古を見せたら、それだけ次の勝負で不利になるのではないか…?)
旬の頭の中で被害妄想が広がる。
藍の癖や欠点が完全に見抜かれ、藍がヤエにボロ負けする。
藍はすっかり自信を無くし塞ぎこんでしまう。
旬は藍を慰めようとするが藍が負けたのは旬のせいだと凛に責め立てられる。
(あ、あ、泣くな藍。違う、兄さんは違うんだ!)
旬が泣きそうな顔になってるのでヤエがギョッとする。
え?なんでそんな顔になるのだ?
(いや、待て!逆転の発想だ!
死中に活ありだ!…よし!)
旬は自分の座右の銘で意識を取り戻し作戦を練る。
(彼女にはいつもとは違う訓練をさせればいい。
更に言えばその嘘が自分にとって実用的であれば尚更いい)
旬は数年前から悩みがあった。
彼は溺愛する藍の写真を長年コレクションし続けているのだが
藍が友人と一緒にいる写真がここ数年撮れていない。
友人達も成長するにしたがって旬の正体に気付いたため藍を守ろうと撮影を拒否するのだ。
そう、旬の妹愛は周知の事実なのだ。
学校に潜入し写真を撮る事も何度も実行したのだが最近は光学センサーなど面倒な対策も練られた。
だが、目の前の少女は自分の事をよく知らない。
久しぶりに友人と笑顔ではしゃいでいる愛する妹の写真が撮れるかもしれないのだ。
『わかりました。
では稽古着を用意しますのでしばらくお待ちください』
ヤエの表情が明るくなり藍も心なしか嬉しそうな顔を浮かべる。
そして旬の顔はニヤつく。
誰も損をしないwin-winだと旬は勝手な事を頭の中でほざいていた。
2人は藍の自室で兄の用意した稽古着に着替える。
着替え中にふいにヤエが溢すように口を開いた。
『…それにしても藍殿が羨ましい。
立派な兄上ではないか』
そうかな?そうかも?
藍は兄達の事を尊敬しているが、旬はその中ではぶっちぎりで困った兄でもある。
『私の家は祖父と姉、私、妹の4人暮らしだからな。
このように稽古を付けてくださる兄が欲しかった。』
確かに自分は恵まれていると思う。
旬にしても、仮に彼がどこかの会場を貸し切りにして剣を教えると言えば
溢れんばかりの人が集まってくるだろう。
それだけの腕と名声のある人物である。
性格というか愛情表現に難ありだが、妹として誇りに思える兄である。
『でしたら、これからもうちに来てください。
次は手合わせする許可も降りてるかもしれませんし
兄がいれば一緒に教えてもらいましょう。』
『…かたじけない』
ヤエの心中は藍にはわからないが、彼女は大家族に憧れているのかもしれない。
感謝の言葉を述べるヤエに微笑みかけると藍は稽古着に視線を向けた。
そこで藍は今まで頭の中で考えていた兄に対する敬意に疑問を抱いた。
それから10分後
2人は旬の指定した稽古着に着替え姿を現したのだが…
『あの…兄様、これは本当に下着ではないのですか?』
『藍殿、さっきも説明しただろう。
これは「ぶるま」と言ってかつては機能美を追求した学生用の体操着であったのだ』
妹が恥ずかしそうに体操服を引っ張りブルマを隠しながら現れた。
よし、これが見たかった。
旬は心の中でガッツポーズをとる。
逆にヤエは藍とは対称的に堂々とブルマを着こなしている。
自信に満ち溢れた真っ直ぐな姿勢が美しい。
(これはこれでアリ…いや、よそ様をやましい目で見るわけにはいかんな)
妹をやましい目で見ていいわけもないが
旬は妹以外では礼節をわきまえた真面目な男なのだ。
彼は決してヤエを撮影しない事を心に誓った。
(ヤエ殿を巻き込んだのは申し訳ないが、めったにないチャンスなのだ。
この状況を徹底的に利用させてもらおう)
旬としては藍が友達とはしゃいでる姿が撮影できれば良かったのだが
せっかくだからもっとレアな写真を求める事にした。
持っててよかった旧式体操服。いつか凛と着せるつもりだったのだ。
『藍、いちいち恥ずかしがるな。
お前が未熟だからそのように感じるのだ。
ヤエ殿の言うように、それは機能美を追求したものなのだぞ。』
『は、はいっ!』
師の言葉を疑うべからず。
太刀花家の教えに従って藍は体操着から手を放す。
『…よし!』
よくない。
旬はシャッターを一枚切った。
全くよくないが訓練と言う名の写真撮影会は始まる。
『今から行うのは太刀花家に代々伝わる馬麗暴流(ばれいぼうる)という訓練法だ』
『ば、バレーボールですか?』
『なぜ「ばれーぼーる」が訓練に?』
2人が当然の疑問を投げかけると旬は1冊の本を取り出す。
『ここを読みたまえ。
君たちの言うバレーボールの歴史について書かれている』
旬が差し出した本を藍が受け取り朗読する。
『…えっと…
バレーボールとはアメリカ合衆国が発祥の地とされているが
その源流は古代日本剣術の訓練法にある。
この訓練は敵の投擲武器を武器ではなく小手で確実に受け止めるという訓練であり
流れ弾を馬上で受け止める事に適していたことから馬麗暴流(ばれいぼうる)と名付けられたのである。
なお馬麗暴流を行う際に着用する機能美を追求した衣装は魔除けの意味も込めて布流魔(ブルマ)と呼ばれていた。』
『出版社は民明書房館。題名は【実在した東洋の魔女】か。
いかにも伝統ありそうな名前の出版社だ。信じがたい話だが事実なのだろう。』
2人はあっさり納得する。
兄はお前が悪い男に騙されないか少し心配だぞ。
と、騙した悪い男が騙された妹を心配する。
『ではヤエ殿が土台に上がって上から打ってくれ。
藍はボールを地面に落とさないようにしろ。』
『む?敵の投擲をわざわざ当たりに行くのですか?』
『地面に落とす事で発動する火薬武器もあるでしょう。
馬麗暴流を極めれば敵の技を全て弾き返す事が出来ます。』
ごく自然なヤエのツッコミに旬がペラペラと嘘を並べる。
愛する妹を愛でるためならプライドは二の次。
そういう男なのだ。
『わかりました。では行くぞ!藍殿!』
ヤエがボールを打つと藍が横っ飛びでボールを追いかける。
それを旬が様々な角度で撮影する。
『あの!兄様!!』
『特訓中だぞ!集中しろ!』
何か言いたげな藍を一喝する。
やはり顔と胸元を映すか。
いやせっかくブルマなのだから足の方を。
高速でクルクル動き回る旬が気になって藍はいまいち集中できない。
『藍殿!兄上を見たまえ!
今までにない真剣な表情であなたを撮影している!
彼はそれだけ本気なのだ!』
『そうだぞ!
例えばこの写真はお前の足がピンと伸びている。
足の全ての部位を同時に力を入れてる証拠だ!
跳ぶ時は足、膝、腿と下から順に力を伝達しろといつも言ってるだろう!』
困ったことにヤエが旬の欲望を満たす最高のアシスタントになりつつある。
更に兄が一応はアドバイスをくれているから疑いきれない。
兄のこういう事は今に始まったことではないし、かなり恥ずかしいが身内ならばギリギリノーカンだろう。
藍は死んだ目をして全てを諦める事にした。
『よし、次はヤエ殿に向けて藍が土台を使わず跳んでボールを打ちなさい。
私はそれをローアングルで撮影する!』
旬が腹ばいになりカメラを斜め上に向けたその時だった。
『面白い事やってるな、お前』
旬の背後から聞きなれた声が聞こえる。
『おかえりなさいませお爺様。今日は遅くなるのではなかったのですか?』
『む、貴方が当主殿か!お初にお目に掛かります。私は春霞家の次女ヤエと申します。この度は…』
『藍の友達ならば堅苦しい挨拶はいらぬよ。よくぞ参られた』
祖父はヤエの挨拶を制止すると足元で尻を向けたままの旬に視線を下した。
『先方に用事が出来たので戻ってきた。
…で?3人で何をしておったのじゃ?』
『太刀花家に代々伝わる伝統の訓練法である馬麗暴流を教わっておりました』
『…ほぅ、馬麗暴流か…』
旬を見下ろす祖父の眼光が鋭くなる。
旬はここまでずっと固まったまま動かない。
『それで、その服装はどこから?』
『旬殿が貸してくださいました。馬麗暴流には布流魔が必要なのだそうですね』
ヤエの言葉に補足するように藍は祖父に【東洋の魔女は実在した】を手渡した。
『ふむ…』
祖父は本に目を通すと静かにしゃがみ込み、固まったままの旬に耳打ちするように囁いた。
『お前勇気あるなぁ。命を惜しまぬとは。』
『…妹しか撮影してません』
『それ言い訳のつもりか?』
そう呟くと祖父がゆっくりと立ち上がり明るい笑顔で話し始めた。
『馬麗暴流は藍とヤエ殿にはまだ早い。
今日はワシが基本を見てあげよう。
藍、ヤエ殿を案内していつもの稽古着に着替えてきなさい』
『お爺様が教えてくださるんですか!』
『おお、当主殿に自ら教えていただけるとは…!ありがとうございます!』
『お待ちくださいお爺様!それは…』
旬は藍の身を案じて発言しようとしたが祖父は旬の思いを見抜いて制止する。
『藍は中等部でヤエ殿は高等部。この差は大きい。
藍が何もできず負けたとしてもそれは恥ではない。
その時はヤエ殿には藍の見本となってもらえばよい』
そう言うと祖父は旬に優しく微笑む。
『藍は飾りではないぞ。綺麗に磨くばかりではいかん』
『…仰る通りです』
旬は己を恥じるように声を絞り出した。
『では私はお役御免ですね。それでは失礼いたします』
『旬、待て』
そのまま良い話にして流れるように逃げ出そうとした旬を祖父が制止する。
それはそれ、これはこれだ。
『ハイ、ナンデショウカ…』
『今日はお前にも稽古を付けてやる。
外で馬麗暴流してこい』
祖父の鋭い声が静かに響き渡る。
が、圧を感じていない藍から思わぬ助け舟が渡される。
『あっ、でもお兄様の布流魔がありません』
『む、そういえば私と藍殿が履いているからな』
『そう!そういうわけですので残念ですが稽古はまた次の機会に…』
この船に乗り遅れるわけにはいかない。
旬が全力で船に乗り込むが祖父と言う名の荒波はそれを一瞬で転覆させる。
『男は褌で訓練してたのじゃ。褌でやれ』
『ほ、本に書いてませんが…?』
『ワシは太刀花家の現当主じゃぞ』
旬は何も言い返せない。
やがて藍とヤエが部屋へと戻っていくと部屋には緊迫した空気が流れる。
旬がそろそろ頭部に来るであろう強烈な一撃を覚悟したその時だった。
『あれ、お爺様と旬ニイどうしたの?なんか部屋の空気重たくない?』
入れ替わりで藍の姉の太刀花凛が現れる。
場の空気が一瞬で元通りになる。
助かった。そう安堵した旬だったが祖父は一枚上手である。
追撃の手を緩めない。
『凛、ちょうどよかった。
今からコイツが褌一丁でバレーボールするから、お前そのカメラのデータを上書きして撮影してくれ』
『うわ何それ面白そう!やるやるー!』
祖父は一瞬で凜を味方につけると旬の肩に手を置いて呟いた。
『足の動きが重要だからな。隠すなよ?』
旬はようやく撮影される側の嫌悪感を思い知った。
その後、ヤエと藍は祖父から直々に稽古を受けた。
祖父の教えは的確で藍は今日一日で随分上達したように感じ
ヤエもまた自分の中には無かった新しい感覚を掴むことが出来た。
『ありがとうございました。私の祖父とはまた違う剣からは多くを学ばせて頂きました』
『構わんよ。これからも藍の良き友であってくだされ。
ワシらは藍と同じ戦場では戦えぬのでな。孫の身の安全をあなた方にお頼りするほかないのだ』
『いえ、むしろ私の方が藍殿に守られていましたよ』
『いいえ、私の方こそヤエ先輩には助けられてばかりでした。』
気付けば藍がヤエを先輩と呼んでいる。
藍は自分でも気づかない内にヤエを仲間でもあり尊敬すべき先輩と見なしたようだ。
良き仲間であり良き先輩。
2つの役割は少し重いように感じたが、持てない事はないとも感じた。
ヤエは祖父と藍に深く頭を下げると玄関の扉を開けた。
いつの間にか外の陽は落ちており空を見上げれば星が瞬いている。
(有意義な時間は過ぎるのも早いな)
時計を確認すると20時を回っていた。
少し急ごうとヤエは駆けだそうとしたが、ふいに庭の方から聞き覚えのある声が聞こえたため足を止めた。
様子が気になったためヤエが足を運ぶと、そこには褌一丁で馬麗暴流をする旬の姿があった。
周りには凛の他にも大勢の男性がいる。
きっとそれぞれ仕事を終えて帰宅した太刀花家のご子息達だろう。
『おら旬!照れんともっと足を使わんか!』
『いいよー!旬ニイいいよー!その顔めっちゃ面白いよー!』
『凛!高画質モードで録ってやれ!』
『オッケー!録られる側の気持ち悪さを思い知れー!』
『おまえ、女ならばもっと恥じらいと言う物をだな!』
『いま最も恥知らずなのはお前だ、旬!』
太刀花家の方々が楽しそうに騒いでいる。
それは春霞家にはない賑やかな光景だ。
(やはり藍殿が羨ましいな。
ここには春霞家にはない物がある。
だが、賑やかさでは負けても絆では負けん。
もちろん剣の腕も譲る気は毛頭ないぞ。)
ここは自分にとって眩しい場所だが、自分には大切な居場所がある。
騒々しい光景に背を向けて、ヤエは清々しい気持ちで家路についた。