『やっぱ男なら全力だろ!おりゃぁってうわぁああ!!』
『わっぷ!あはは、顔についたー!』
『だから最初はゆっくりかき混ぜてって言ったのにぃ』
太刀花家の台所でアクト、こはる、藍の3人がおおはしゃぎしている。
元は天灯が来年のハロウィンに備えてお菓子作りを学びたいと発言した事が発端で
多少は心得のある藍が3人に教える事になったのだが
大雑把なアクトがハンドミキサーを全力で回しクッキーの生地が部屋中に撒き散らされていた。
そんな大騒ぎを余所事のように、言い出しっぺの天灯は本の記載通りに材料を正確に測量して黙々と作業を進めていた。
『おれが作るといつも失敗しちゃうんだよね』
そう言って落ち込む天灯を藍は励ますように笑顔で両肩に優しく手を置いた。
『大丈夫だよ。
お菓子作りってお料理というよりは化学だから。
書いてある通りにしっかりやれば今度こそ上手く行くよ。』
4人で天灯の作った生地からクッキーの型を取る。
生地の出来も問題なさそうだ。
後は焼き加減さえ間違えなければ完璧だ。
『これ楽しいよねー!ペタッペタッペタッ!』
『やめろ、何でそんなゴリラの型ばっかり取るんだ!
クッキーがゴリラの群れになっちまう!』
楽しそうなアクトとこはるを眺めながら成功を確信した藍は天灯に向かって微笑みかける。
型を抜いたクッキーを並べて予熱しておいたオーブンに生地を入れる。
そのまま10分ほど焼いてオーブンを開けると…
\ダダン!ダンッダダンッ!x2/
どこかで聞いたようなBGM共に角刈りにサングラスのマッチョな男がオーブンから現れた。
クッキーどこいった?
『こ、ここまで失敗したのは初めてだぁ!』
『ご、ごめんね!ごめんね!?私の教え方が悪かったからぁー!』
天灯が頭を抱え藍がテンパりながらも慰める。
いまいち事態が飲み込めないが、どうやらクッキーは失敗してマッチョになったらしい。
マッチョはしばらく辺りを見回すと事態を把握したらしく天灯に話しかけてきた。
『君の来ている服が欲しい』
金は要らないのかい?などと映画のように軽口を叩いたら容赦なく殴られそうな雰囲気だったので天灯は思いとどまった。
藍が目を逸らしながら身に着けていたエプロンを差し出したが
エプロン姿の角刈りサングラスマッチョが誕生したので余計に気まずい空気になる。
エプロンが可愛い。
『私は未来からやってきたクッキーネーターだ。』
曰く、天灯は今後の人生に於いて何度もクッキー作りに挑戦するが
その度にクッキーネーターが生まれ、未来では数が増えすぎたクッキーネーターと人類が争っているらしい。
彼は人間に味方するクッキーネーターであり
未来を変えるために天灯が先程焼いたクッキーに未来から魂を移し
これ以上のクッキー作りを止めるために警告に来たそうだ。
『たった今、君がクッキーを焼いた事で人類が滅亡の危機に瀕する可能性が生まれた。一体ではそれほど脅威ではないがな』
自分がクッキーを作った事で人類が滅亡する。
いきなり突き付けられた規模の大きすぎる話に天灯は己の運命を嘆いたが、そんな彼を諭すようにクッキーネーターが優しく語り掛けた。
『未来は変えられる。 運命なんてものはない。 自ら作り上げるものだ。』
名作映画から飛び出してきたような名言に4人の顔が明るくなる。
『これからはクッキー以外のお菓子を作ればいい』
あ、はい、そうですね。
4人のテンションが急激に下がる。
が、言ってる事は堅実で正しい。
『じゃ、じゃあ次はパンケーキで!』
最悪の未来を避けるため4人はパンケーキ作りに取り掛かる事にした。
『出来た!焼くぞー!』
\ダダン!ダンッダダンッ!x2/
『私はパンケーキネーターだ。
たった今、君がパンケーキを焼いた事で人類が滅亡の危機に瀕する可能性が生まれた。』
『じゃあ次はフルーチェにしよー!』
『かき混ぜるぞー!』
\ダダン!ダンッダダンッ!x2/
『私はフルーチェネーターだ。
たった今、君がフルーチェを混ぜた事で人類が滅亡の危機に瀕する可能性が生まれた。』
チョコネーター、マフィネーター、ラムネーター、カップケーキネーター…etc
次々と生み出されるお菓子ネーターで部屋がどんどん圧迫されてゆく。
『天灯、次はゼリーにしようぜ!
なんか似てるからカレントさんみたい人が出来るはずだぜ!』
『それだよっ!』
全然それじゃないが混乱した4人は必死にゼリーを作る。
『出来たっ!』
\ダダン!ダンッダダンッ!x2/
『私はゼリーネーターだ。
たった今、君がゼリーを作った事で人類が滅亡の危機に瀕する可能性が生まれた。』
やはり角刈りマッチョサングラスが現れる。
『ちっくしょおおおおお!!なんでカレントさん作らないんだよぉ!』
『おれだってカレントさんが良かったよぉ!』
『カレントさんに会いたかったぁー』
『カレントさんならこの状況を何とかしてくれたのにぃ』
作りたいのはゼリーだったはずだが、最早そんな事も思い出せない。
右を向いても左を向いても角刈りサングラスマッチョ(エプロン姿)の空間で少年少女達は完全に自分を見失っていた。
そんな彼らにとどめを刺すかのようにお菓子ネーター達が話しかけてくる。
『…ところで、私はいつ食べて貰えるのかね?』
…急に沈黙が訪れる。
永遠に続くかのように思われた沈黙を破ったのはこはるだった。
『美味しくなさそうだからいらない!』
笑顔で悪気なく辛辣な一言を叩き込むがお菓子ネーターは挫けない。
『私はただのメッセンジャーではない。
私はお菓子だ。スイーツだ。
君達に食べて貰うために生まれた存在だ。
私のもう一つの目的は、君達が生きている時代に来て食べて貰う事なのだ』
そんな事は聞きたくなかった。
こんな筋肉ムッキムキのおじさんにかぶりつきたくない。
そんな4人の思いを察するかのようにお菓子ネーター達がにじり寄ってくる。
『私を食べてくれぇー!!』
『に、逃げろーーー!!』
アクトの声で全員が一斉に外へと走り出した。
その頃、太刀花家の塀の外ではバースセイバーの葵と太刀花家のお手伝いさん小夜が両手に荷物を持って歩いていた。
『葵ちゃん、ありがとねぇ。
荷物を運んでもらえて助かりましたよ』
『いえ、このくらいなんでもないですよ。
鍛えてますから』
どうやら偶然通りかかった葵が小夜の荷物を運ぶのを手伝っていたらしい。
そんな何気ない会話を交わし、そろそろ太刀花家の大きな門が見え始めようとしたその時だった。
『葵さん!助けてくださいぃー!』
『私を食べてくれぇーーー!』
門から外へ飛び出して来た少年少女達に大男たちが迫っている。
状況はわからないが、どう見ても事案なのは理解できる。
正義と悪との識別完了!
『へんたぁ~い、止まれっ!』
葵から繰り出された綺麗なハイキックがクッキーネーターの顔に炸裂すると
クッキーネーターは派手に砕け散りクッキーへと姿を変えた。
『え?何この蹴り具合?クッキー!?』
いきなりの展開に驚く葵にお菓子ネーター達が話しかけてくる。
『私達はお菓子ネーター。
天灯が作り出したお菓子だ。』
言葉はわかるが意味がわからない。
葵が信じられないような顔で『合ってる?』と天灯に確認すると天灯は真顔で頷いた。
『どうやら我々は君に破壊されるとお菓子に戻るらしい。』
なるほど?
嫌な予感しかしない。
『我々はお菓子に戻って彼らに食べて貰いたい。
君に私達を蹴ってほしい』
男勝りな葵も流石にドン引きして首を横に振るがお菓子ネーター達は止まらない。
『頼む!私達を蹴ってくれ!』
『君に蹴られたいんだ!』
『君の足でなければダメなんだ!』
人聞きの悪い発言を連発するお菓子ネーター達。
通りすがりのおばさん達がヒソヒソと話しているのが耳に入る。
ちなみに藍も泣いてる。太刀花家の評判ダダ下がりである。
『あーもー!わかった!
全員こっちに来い!』
路地裏に入っていった葵の後をマッチョ達が付いていくのを残されたメンバーは固唾を飲んで見守った。
バキッ!ゲシッ!ドカッ!
けたたましい打撃音と悲鳴が響き、やがて静かになると葵がお菓子を抱えて路地裏から出てきた。
太刀花家の台所に戻り事情を説明すると、葵は絶句したが小夜さんだけは何かを納得するように頷いていた。
ちなみに台所にはアフロも呼ばれた。
アフロは事情を聞かされぬまま差し出されたお菓子ネーターだったものを食べていたが
話を聞いた今は食べるのを止めて訴えるような表情でこちらを凝視している。
『小夜さん、何か心当たりがあるんですか?』
葵が尋ねると小夜さんは静かに呟いた。
『ええ、嵐ちゃんもそうでしたから。』
知りたくなかったと藍が肩を落とす。
だが、お菓子ネーターを対処してきたのなら
そもそも生み出さない方法も知っているのではないか。
そんな全員からの期待を感じたのか、小夜の方から天灯に話しかける。
『君に足りないのは愛情です』
『あ、愛情…?』
そんな物でどうにかなるレベルだろうか。
いや、そもそもそれが足りないとあんな風になる物だろうか?
納得できない天灯だったが小夜は励ますように肩を優しく叩いた。
『さぁもう一度やってみましょう。今度はおばさんも見ててあげるわ。』
大人の女性の言葉はなんだか安心する。
すっかりリラックスした天灯は素直に頷くとお菓子作りに取り掛かった。
クッキーの生地を作り、型を取り、オーブンに入れる。
ここまでは先程と同じだ。
『はい、じゃあここで愛情を込めます』
小夜が手を叩いて音頭を取った。
比喩表現ではなく本当に何かするらしい。
『天灯君は後ろで見ててちょうだい。お手本は女の子達でやってみましょう』
『愛情を込める…と言われても具体的に何をするんですか?』
当然の疑問を葵が尋ねると小夜は両手でハートを作って腰を振ってから両手を伸ばした。
『美味しくなぁ~れ~♪キュンキュン♪』
…数秒間、空気が凍り付く。
先程までの穏やかで落ち着きのあるおばさんはどこへ行ったの?
『すみません。小夜さんはこういう方です』
藍が小声で話す。
おかしくなったわけではないらしい、藍のお墨付きだ。
『はい。じゃあ今度は女の子3人でやってみましょう』
『うぇっ!?今のを私も!?』
葵は驚いて小夜のいた方を振り向くが小夜は既に横にいなかった。
『男の子達も注目なさい。
愛情とは誰かに見られる事で輝く物です。』
小夜は机に座っていた男2人を呼びよせていた。
倍プッシュ!
やりたくなさがさらに上乗せされる。
葵はすがるような気持ちで周囲を見渡すが
こはるは純粋な眼差しで見ている。逆に圧を感じる。
藍はお願いするようにこちらを見ている、ほっておけない。
小夜は…笑顔すぎてもう何も言えない。
葵は覚悟を決めた。
『では行きましょう。3,2,1,はい!』
小夜の掛け声に3人が同時に合わせる。
『お、美味しくなぁ~れ~♪キュンキュン♪』
…やはり数秒の時が止まる。
こはるは笑顔、藍は真っ赤、葵は少し息が荒い。
その様子はアフロによって撮影されていた。
『はい、これで大丈夫。』
そう言うと小夜はオーブンからクッキーを取り出す。
すると今度はお菓子ネーターが現れる事なく、香ばしい匂いを漂わせるクッキーが取り出された。
『すっげぇーーー!お菓子作りって本当に愛情が大事なんだな!』
『そ、そうだね』
ニコニコ笑顔なアクトとは対称的に信じられない表情の天灯だが、事実は事実。
自分はお菓子を作る事が出来たのだ!
天灯は小さくガッツポーズをとる。
葵は手を壁に付けて下を向いているし、藍は顔を赤らめたまま俯いている。(こはるは笑顔)
アフロは動画をSNSにアップしようとしていた。
色々とダメージは大きいがともかく目的は達成された。
かくして天灯はお菓子作りを習得し問題は解決したかのように見えた。
だが、天灯はまだ気付いていなかった。
次回からはあのダンスを自分でやらなければならない事に…!
そして誰かに見て貰わねばならない事に…!