2月14日、バレンタインデー。
日頃お世話になっている人達や密かに思いを寄せる人へ。
様々な思いを胸に秘めて少女達はチョコレートを贈る。
それはバースセイバーであっても同じであった。
この日、バースセイバーである高山葵は同じく仲間の太刀花藍とエッラ共に
エッラの居候先である喫茶店ピララのキッチンを借りてチョコレートを作る予定だった。
気心の知れた女3人で気兼ねなく過ごす一日になるはずだったのだが…
陽射しは明るいがまだ冷たい空気が漂う冬の街で
高山葵は寒さを誤魔化すかのように足早に身体を動かして歩いていく。
ようやく見えた喫茶店ピララの姿に安堵するも店の前で意外な生き物を発見する。
アフロダイB、アフロウサギと言う別の世界からやってきた不思議な生き物である。
ふかふかの毛玉に顔が付いたような見た目だが、大きさはおよそ1.5mほどありなかなかの威圧感がある。
『アフロさん、どうしたんですか?』
『あ、葵ちゃん!聞いて欲しいんだ!』
葵が不思議に思って声を掛けると、アフロは店の前にいた理由を一方的に話し始めた。
アフロは故郷のアフロ星でパティシエの資格を持っていてお菓子作りにはこだわりがあるらしい。
それで今から私達が作るチョコレートの監修をしたい。
長々と続いた話をまとめるとこんな内容だった。
『特に藍ちゃんは多感な時期だからね。
失敗しないよう完璧なチョコレートを与えてあげたいんだ。』
なるほど、どうやらアフロさんなりに彼女を心配しての事らしい。
情に絆されてOKを出そうとしたその時だった。
『例えばチョコレートにアフロ草を粉末状にして練り込むんだ。
その他にもアフロ牛乳やアフロバターを使えば味に深みが…』
前言撤回である。
怪しげな地球産ではない物を混ぜ込もうとしている。
そもそもこれは私達のバレンタインだ。
ある意味ではチョコの出来の優劣は関係ないのである。
その辺りを上手く説明したつもりだったのだが…
『うるせぇぁああぉぉっ!
アフロは藍ちゃんのチョコレートを完璧に仕上げてみせるんだよぉぉおお!』
突如アフロのカラーリングが紫色に変化し悪魔のような翼が生える。
そのまま垂直に飛び上がり頭に光を集め始めた!
『アフロブラスタァー!』
どことなく見たことある動きだったのでなんとなく前ダッシュで足元をくぐるとビームは余裕で避けられた。
そのまま降りてきたので10連コンボで仕留める。
2連くらいでKOしてた気もするけどなんとなく止まれなかった。
『うぅ…これじゃあデビル化した方が弱いみたいじゃないか…』
アフロが何か言っているがスルーしてそのまま店内に入りキッチンに向かうとエッラと藍がエプロン姿で談笑していた。
2人とも小さくて華やかで、女の子らしくて少し羨ましい。
もっとも彼女達からすれば私の長身が羨ましいとのことだが。
特に藍は自分のような身体があればどれだけ戦いが有利になるかといつも嘆いている。
ままならないものである。
葵が入り口にいたアフロの事を藍に告げて3人で店の入り口に向かうとアフロの姿は既に無かった。
『アフロは私より大人ですから、ちゃんと家に帰ったんでしょう。』
『Oh!アフロさんは大人なんデスね!人は見かけによらないデース!』
藍の言葉に頷くようにエッラのアホ毛が上下に動く。
2人はアフロが素直に帰ったと解釈したが葵はどことなくアフロの気配を察知していた。
恐らくだが、アフロは諦めていない。
正攻法と実力行使がダメだったのだから次は隠密行動だろう。
すなわちチョコレートに異物混入を試みていると思われる。
全てを打ち明けてせっかく楽しそうにしている2人に水を差すわけには行かない。
葵は自分だけでアフロの毒牙から2人を守ろうと決心したのであった。
『それでランランはどんなお菓子が作りたいデス?』
『えと…商店街の皆さんにはこれ、学校のみんなには…』
エッラのアホ毛が『?』の形を示すと、藍が申し訳なさそうにレシピ本を開いて次々と指を差す。
彼女も家のお手伝いをしているだけあってなかなかの料理上手な方だがこの中では一番未熟だ。
ましてお菓子作りは料理とは違う。
藍は年上のお姉さん2人に教わるつもりで来ているようだった。
『それと、今回は本命チョコも作ってみたいんです。』
『OH!それはとってもステキデース!』
エッラのアホ毛がピンと縦に伸びる。
『へぇー本命チョコですか。いいですねー…って、えっ?』
葵、思わず素の声が出てしまう。
本命?
私もまだなのに?
いやそうじゃなくて。
『それって好きな人がいるってことですか?』
『はい!お付き合いしています!』
うわ、眩しい!
藍の純粋な笑顔が眩しすぎて思わず目を手で防いでしまう。
なんだろう、別に焦っていたわけではないのだけど妙な引け目を感じてしまう。
私が身体を鍛えまくってる間に年下の子がどんどん進んでいるぞ。
私よ、私の生き方は本当にこれでいいのか?
『オーケーオーケー!楽しくなりそうデース!ネッ、葵さん!』
エッラがそう言って笑いかけてくれる。
そうだ、私は小さな少女のお姉さんとして毅然と振る舞わねばならない。
『も、もちろんですよ。藍さん、今日は私達が何でも教えてあげるからね』
『はい!よろしくお願いします!』
藍が嬉しそうに頭を下げるのを見てこちらも嬉しくなる。
なんというか素直に彼女の恋を応援してあげたい気持ちになるんだ。
だからこそ、やはりアフロさんに邪魔をさせるわけには行かない。
そんな事をすればこの笑顔が台無しになってしまう。
葵が決心を新たにしたその時だった。
テーブルに目を移すとアフロがこっそりとナッツの材料を取り換えている。
アフロが持っている袋は【アフロナッツ】と書かれている。
こちらが感づいた事に気付くとアフロは高速で室外へと脱出していく。
なかなかの速さである。
警戒していない藍とエッラは全く気付かなかったようだ。
やはりアフロは諦めていなかったらしい。
今のは随分とわかりやすい手口だったが今後はどんな手で来るかわからない。
油断は禁物である。
『さぁ、バレンタインのお菓子を作りましょう!』
葵は自分に喝を入れるように少し大きな声で号令する。
葵の号令に2人は元気よく返事をしてお菓子作りに取り掛かった。
『そうデース、空気を含ませるように混ぜるのデース!』
エッラの監督の元、藍がマフィンの材料を混ぜている。
混ぜ終えると2人はオーブンの熱を確認がてら小休憩に入るが、葵はそれを少し離れた位置で見守っている。
何故ならここでアフロさんは仕掛けてくるはずだ。
放置された掻き混ぜ済みの材料、何も起きないはずがなく…
だが、周囲を警戒する葵の心配をよそにアフロが現れる気配はない。
もしかして気にしすぎだろうか。
そんな風に気が緩みかけた時だった。
葵は視界に何か違和感がある事に気が付いた。
よく目を凝らすと天井から細い透明の糸のような物が垂れている。
糸には何かの水滴がゆっくりと滑り落ちている。
落下の予測地点は…ボウルだ!
何らかの水滴を混入しようとしている、つまり奴は天井裏にいる!
『オーブンの熱もいい感じデスヨ!葵さー…!』
『せぇやぁ!!』
エッラが振り向くと葵はモップの柄で天井を突いていた。
『何事デーーース!?』
友人の突然の奇行にエッラは大声を挙げ藍はビクッとしたまま固まる。
天井にいたアフロが慌てて走りさる音を確認すると葵はようやく2人に気付いて向き直った。
『え?あ?いやぁ?ネズミの気配がしたものでビックリしちゃって…つい…』
『ナルホドー!ネズミさんでしたかー!
それでいきなり天井をゴツンしたのデスねー!』
驚いた表情のまま固まっている藍にごめんねとジェスチャーすると藍は正気を取り戻したかのように何度も頭を大きく縦に振った。
これは相当驚かせてしまった。
そして相当変なやつだと思われてしまったに違いない。
葵は恥ずかしさをアフロへの恨みに転換しながら引き続き警戒を始めるのだった。
『そうそう、ヘラで切って混ぜるようにするんだよ』
今度は葵が藍にクッキーの作り方を教える。
小さな身体の女の子が一生懸命料理をしてるのを眺めるのはなんだか楽しい。
自分に妹がいたらこんな感じだったのかな。
今の空間を大切に保管したい。
何でも写真に収めようとする兄の気持ちも今なら少しだけわかる。
と、ここで違和感が発生する。
『そうそう、そこでアフロ草を混ぜるのデース』
『はい、それとアフロパウダーですね』
ん?今なんて?
あからさまにおかしな単語が出てきているのに2人が全く気付いてない。
『いやいや、そうじゃなくてアフロバターを』
そうじゃない!
自分もおかしい!
葵はすぐさま頭を振って正気に戻る。
これはアフロさんの仕掛けだ!
葵が周囲を見渡すと緑色のガスがうっすらと室内を漂っていた。
『秘技アフロガス!!』
出入口から身体を半分だけ出してアフロがこちらを眺めている。
ガスを吸ってしまった3人は意識をアフロに奪われかけていた。
だが、ガスならばやりようはある…!
『それからアフロエッグを混ぜて…じゃない!せぇやぁ!』
『葵さんご乱心ーーー!?』
葵が飛び蹴りで窓ガラスを叩き割る。
どうにかガスは喚起できたが客観的に見て己の奇行がヤバい。
心なしかエッラのアホ毛も震えているように見える。
『ご、ごめんなさい。誰かが覗いてたみたいなんで』
『OH…それは確かに大問題デス。サンキューデース!』
『ごめんなさい。わたし全く気付きませんでした。ありがとうございます。』
2人が素直に信じて頭を下げてくれる。
私も苦労させられてる被害者側のはずだが、なんだか申し訳なくて仕方がない。
『い、いえいえ、いいんですよ。そんな頭を下げなくても』
『ソーデスネ!それより次はアフロ草を…』
またも違和感。
エッラのアホ毛は不気味にぐるぐると回転している。
絶賛混乱中である。
『って、うわあぁああああ!』
間一髪、今度はアフロが超音波で精神操作をしてきたので葵は大声を出して振り払うがやっぱりどう見ても不審者そのものだ。
藍がビクッとして両手を胸元に抑えながら一歩離れる。
『き、気合入れたんです!お菓子作りは気合からですから!』
どんどん言い訳が苦しくなってくる。
こっちも限界だがアフロの策も尽きかけてるはず。
この不毛な戦いは2人の自分に対する信頼とアフロの策略数の勝負になりつつあった。
『そーいえばー、ランランは恋人とどんなことをしてるんデス?気になりマース!』
『!?確かに気になります!』
エッラが空気を変えるかのように聞いた質問に葵が少し食い気味に行く。
いや、別にいいんですよ?
別に焦ってませんし急いで恋がしたいわけでもないですし?
ただ、年下の子が先に進んでると焦…じゃなくて、先輩として見守る必要があるというか。うん。
『うーんソーデスネー、その人はもう働いてマスかー?』
『はい、もう働いてお金を稼いでますよ』
は・た・ら・い・て・い・る!?
藍さんが13歳だというのにお相手はもう働いている。
お相手は大卒なら22歳以上!それって許されるの!?
平静さを装う取り繕う葵だったが、小さな後輩からの返答は葵の情緒を破壊するに十分な事実だった。
『デートはもうしたのデース?』
『はい。一緒に手を繋いでデートして、一緒にお風呂に入って』
一緒にお・ふ・ろ!?
こんな年の子に社会人の大人が!?
何考えてるのその人!?
そんな人と一緒にいて本当にいいの!?
藍から語られる恋人像が余りにも酷い。
心配で気が気でない葵の思考回路は暴走気味になっていく。
そもそも藍はそういう行為を嫌がり口にするのも憚れるタイプのはずだが今の彼女は堂々と口にしている。
もしかしてこれは彼女からのSOSサインなのではないだろうか。
権力を笠に着せられ無理やり変な男とお付き合いさせられているのではないだろうか。
そんな心配が尽きない葵の上空から、どこかで聞いたことあるようなBGMを奏でながらマシンが近づいてきた。
いわゆるUFOキャッチャーだ。
(あぁ、アフロさんの。今度は遠隔操作のマシンで材料をすり替えるんだ)
などと考えた葵は考えが甘かった。
垂直下降で降りてきたマシンは葵の頭を思いっきり掴むと上に持ち上げていく。
材料をすり替えるのではなく自分にご退場いただく作戦に切り替えたのだろうか。
『あ、葵さーん!?』
『あー…大丈夫ですからー。気にせず作っててくださいー』
心が疲れた葵は力なく運ばれていく。
藍は別れさせた方がいいのでは?
お菓子作りは失敗させた方がいいのでは?
そんな考えがよぎった葵は抵抗する気力を失っていたのだった。
葵がマシンに運ばれた先にはアフロがいた。
『葵ちゃん、作戦変更だよ。』
アフロが顔を近づけて話しかけてくる。
圧が強くて結構怖い。
『藍ちゃんの恋人とやらは普通じゃない。
アフロ達が救うべきだ。』
アフロの提案には正直心が動く。
葵はもう何が正しいのかわからないのだ。
『ここにアフロが作った人格を矯正する薬がある。
これを藍ちゃんの本命チョコレートに混ぜ込むんだ。』
人格を矯正するというとんでもない言葉が聞こえるが今の自分にはどうすればいいかわからない。
とりあえず言われるがままに薬を受け取った葵は再びピララの中へと戻るのだった。
『あ、葵さん大丈夫でしたか?』
『葵さん!大丈夫デース!?』
キッチンに入ると2人が駆け寄ってくる。
心配そうな2人の顔を見て改めて2人の顔を曇らせるような事はしたくないと感じる。
藍が立場も弁えないような大人と付き合っていればそんな未来は確実に訪れるだろう。
葵としてもそれは阻止したい。
だが人格を勝手に変えるというのもいかがなものか?
しかし藍の恋人と言う人物も悪いんじゃないか。
人格矯正という十字架は余りにも重たいが、そんな男よりは目の前にいる少女を優先したい。
ともかく誰にも気付かれる事なく薬を入れれば問題ない。
これは彼女の為なんだ…!
決意を胸に秘め葵は2人に大丈夫と告げると再び調理に移る。
そのまま隙をついて材料に薬を混入しようとする葵だったがやはり彼女の常識が咎める。
どうしても一線を越えられないのだ。
葵は諦めたように溜息を吐いた。
そもそもこの場合はが嫌がとやかく言うよりも一番大事なのは彼女の気持ちだろう。
葵は素直な気持ちを藍に尋ねる事にした。
『藍さんは付き合ってる人のどんな所が好きですか?』
『そうですね。いつも笑顔で明るくて前向きで、それでいてとっても優しい所です。』
あぁ、幸せそうな笑顔だ。
これは他人が邪魔をしてはいけない。
葵は右手に握った薬をギュッと握り締めると、窓の外に向かって放り投げた。
『アフッ!?』
…薬を投げた方角から聞きなれた悲鳴が聞こえた。
なんとなく不穏な空気を感じ3人で固まっていると案の定ピンク色の毛玉が室内に乱入してきた。
『やぁお嬢さん達。お菓子作りをしているんだってね。
パティシエの資格を持つアフロがアドバイスをしてあげるよ。
あぁもちろん地球人の舌に合わせるさ、アフロ星の材料は使わない。』
(綺麗なアフロさんになってるぅーーー!!?)
いつものやや頑固でくたびれたおじさんじゃない。
今のアフロからはなんとも紳士的でキラキラした瞳と物腰が感じられる。
やはりと言うべきか、先程放り投げた薬がアフロさんの口の中にシュートインしたようだ。
『ふぅむ、これはバニラエッセンスを加えると良い。
それと少しばかりサラダ油を加えると口溶けが滑らかになるよ。』
的確っぽい!
妥当そうなアドバイスなので素直に従ってみると想定よりずっと美味しくなった。
藍は出来上がったチョコを嬉しそうにスマホで撮影している。
やがてそれを、恐らくは恋人に送信してしばらくすると藍から思わぬ言葉が出てきた。
『本命チョコが気になるから今から来るそうです。』
この女だらけの空間に社会人の男が!?
逆に感心する。
ここに混ざろうとするなどやはり普通の男ではない。
葵が妙な緊張感を身にまといドアを気にしながらお菓子作りを続けていると
CLOSED看板が掲げられているはずの店内に何者かが入ってくる。
噂の彼氏が現れたらしい。
どんな顔で出迎えたものかと葵は身構えていたが、キッチンに現れたのはよく見知った少女の姿だった。
『藍ちゃーん!来ちゃったよー!』
『こはるちゃんいらっしゃい』
『OH!コハルちゃんいらっしゃいデース!せっかくですしコハルちゃんも一緒に作りまショー!』
恋人が来るという話だったはずだが、現れたのは同じバースセイバーの三条こはるだった。
葵がどういう事か尋ねると藍の口からは予想外の答えが戻ってきた。
『私の恋人はこはるちゃんです』
『私達付き合ってるもん、ねー!』
2人が手を繋いで笑顔で声を合わせる。
事の発端は、幸せな結婚を夢見る藍に対し男心を知らないといけないとこはるが提案した事から始まったらしい。
要するに恋人ごっこだ。
『確かにこはるはバースセイバーとして働いてマスネ!一本とられたデース!』
エッラが嬉しそうにアホ毛を左右に揺らしている。
良かった。藍を騙して良い様に扱う悪い大人はいなかったのだ。
葵は脱力しながら椅子に座り込み大きく息を吐いた。
ようやく一つの重荷を下ろすことが出来たのだ。
だが葵にはもう一つの問題があった。
それは…
『こはるちゃん。
そこはもっと刻むようにカットして混ぜるといいよ。
そう、上手だ。君にはお菓子作りの才能がある。』
(…アフロさん、元に戻るのかな?)
手の打ちようのない問題を放り投げるように葵は空を仰ぎ見るのだった。