バッセSSまとめ   作:アフロダイB

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藍とノダ

太刀花町は野党や怪異から身を守るため太刀花家を頼ってきた人々が作った町である。

当然ながら太刀花町の公共施設は太刀花の名を冠しているのである。

 

己の通う学校が家名を冠している事を太刀花藍は誇りを感じていた。

それが今回のようなトラブルを巻き込むとはこれまでは夢にも思わなかったのだ。

 

『藍おねーちゃん、早く行こうなのだ!』

 

早朝の太刀花邸にて、バースセイバーのノダ・ノダが手を振って急かしてくる。

その姿にはいつものような羽根も尻尾もない。

彼女の姿は擬態されており傍から見れば普通の少女にしか見えない。

太刀花藍はこの世界にいるはずのない顔見知りの、いつもと違う姿に違和感を感じながらも笑顔で玄関を通り抜ける。

 

昨日、藍はダーザインから帰宅する際に職員に頼みごとをされた。

 

『ノダ・ノダが君の学校に行きたいとダダを捏ねたんだ。

上層部は彼女を引き留めて機嫌を損ねるよりは

コネクションを駆使して学校に通わせる方が遥かにローコストであると考えた。』

 

絶句するよりほかなかった。

コストの問題でもない。

未来ある子供達の授業をなんだと思っているのか。

 

『学校名に君の家の名が付いていたのでノダ・ノダが見学したいと言い出したのだ。

君にも少しは責任があると言えるだろう?』

 

学校に家の名が付いている事に初めてネガティブな印象を持ったが

ニコニコ笑顔でこちらを見つめるノダの瞳に悪い気はしない。

藍は快く受け入れる事にした。

 

『わかりました。

明日一日ノダちゃんを楽しませつつ

生徒のみなさんの勉学の妨げにならないよう努めさせていただきます。』

 

なんだかんだ言ってもノダちゃんも力を抑えられていれば少し常識に欠ける程度の普通の少女である。

少しばかり手は掛かるが何とかなるだろう。

 

『もちろん我々も全てを君に委ねる気はない。

頼りになる援軍を送っているので期待してくれて構わない。

では、健闘を祈る。』

 

嬉しい報告もあった。

援軍が来てくれるらしい。

大人の女性が来てくれるならばきっとノダちゃんの面倒を見てくれるだろう。

などと、この時の藍は事態を甘く見ていたのだ。

 

こうしたやり取りがあって今に至る。

 

『じゃあ行こうか。ノダちゃん。』

 

何よりも念願の妹が出来たみたいで嬉しい。

藍は少し浮かれた軽い足取りでノダの手を引いて学校へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

『体験入学のハードガイBだ。』

 

『体験入学のハードガイCだ。』

 

『体験入学のウィークガイCだよ。』

 

頼みの援軍はホームルーム前のいつもの教室に飛び切り全開の違和感を撒き散らして現れた。

 

『体験入学のお三方、ちょっとこちらへ』

 

藍は3人の手を手招きして隣の空き教室へと移動した。

空き教室の扉を静かに閉めると藍は両手を腹部に当てて丁寧に頭を下げた。

 

『ご足労頂いたところ大変申し訳ございませんが、どうかこのままお引き取りいただけないでしょうか?』

 

『丁寧であればあるほど心が痛むな!』

 

申し訳ないがノダちゃんだけで精一杯なのに、これ以上クラスのみんなに混乱を招かないで欲しい。

 

『皆さん全く溶け込めていませんよ。ノダちゃんの擬態を見習ってください。』

 

『バカな、この世界には犬は存在するのに獣人は存在しないのか?』

 

『これほど文明が栄えているのにパワードスーツを着て登校する者はいないのか?』

 

『だからオカメで変装しようって言ったんだ。これはこの国の平均的な美人顔であって…』

 

もうどこから突っ込んでいいのかわからない。

頭を抱える藍に3人は更に面倒な事態を告げられるのだった。

 

『実は今のノダはリミッターが解除されている』

 

聞き捨てならない事を聞いた。

藍の表情が真顔になる。

 

『本当は制限を掛けるはずだったのだが、このハードガイC一生の不覚!』

 

どうやらノダの能力を一般人レベルまで制限をかけるはずが誤ってリミッターを解除してしまったらしい。

 

『ノダの本性はエンシェントドラゴンのパピーだ。

つまり君のクラスはドラゴンの開けた口の中にいるようなものだな。

彼女がうっかり口を閉じたが最後だ。』

 

最後だ。じゃありません。

 

『藍ちゃんもこの状況を一人でどうにかするのは無理でしょ。だから僕らが必要なのさ。』

 

ノダちゃんがいつものように大声を挙げればドラゴンの咆哮でありダダを捏ねて暴れればそれはドラゴンの暴走である。

学級は一瞬で物理的に崩壊してしまうだろう。

元を正せばハードガイCのせいなのだが藍は素直に頭を下げて支援を受ける事にした。

 

『ちなみにノダにはこの事は秘密にしておくべきだ。

このパワードスーツの解析によると事実を伝えない方がうまく行くと計算が出ている。』

 

元凶がどこまでアテになるのかわからないパワードスーツを指差して自信ありげに語る。

 

『我々がノダの周囲の席に座り、有事にはバリアでパワーを抑える作戦で行こう。』

 

話がまとまると4人は教室に戻った。

 

 

 

 

だが、そこで4人が見たものは作戦を崩壊させる絶望的な光景であった。

なんとノダの席は教室の左隅、その1つ前に藍の席。

そして3人の席は用意されていなかった。

 

『け、計算外だ!!』

 

『あ、ありえない!』

 

『お、オーマイガーッ!』

 

『作戦が雑すぎますっ!』

 

頭を抱える3人とツッコミを入れる藍の元に担任教師が現れる。

 

『申し訳ありませんがSPの方々は校外にいてください。』

 

教師が毅然とした態度で言い放つ。

 

『ノダちゃんがVIPでアナタ方が彼女を守らねばならないのは理解しています。

ですが教室にいて彼女だけを守るのではなく外を見回って生徒達全員を守ってください。

例え校長になんと言われようと、これが彼女を受け入れる条件です!』

 

どうやらノダはどこぞのご令嬢で3人はSPと言う事になっているらしい。

藍としても設定を受け入れておきながら一歩も引かない教師の姿勢は素晴らしいと思うが、今だけは折れて欲しい。

 

『くっ、なんて責任感の強い教師なんだ…!』

 

『これでは藍ちゃんに全てを任せるしかない!』

 

もうちょっと食い下がって下さいと言いたいが教師の言う事は正しい。

しかしこのままではノダから溢れるパワーを防ぐ者がおらず、クラスメイト達にはもれなくドラゴンパピーのパワーがプレゼントされてしまう。

最悪の結末を想像し頭を抱える藍を気にもせず、3人は迷いなく注射器を取り出すとノダの隣の席の少年に素早く駆け寄った。

 

『あー!先生あそこに霊が!!』

 

ウィークガイCがクラスメイト達の目をそらす。

 

『今だっ!坊主頭で小太りの少年、突然だが予防接種だ!これでもくらえっ!』

 

その隙にハードガイBが坊主頭で小太りの少年に注射針を突き刺す。

 

『保くんに何してるんですかー!!』

 

全てを見ていた藍が小声で抗議する。

保くんと呼ばれた坊主頭で小太りの少年はこと切れたかのように頭をがっくりと垂れ下げる。

 

『心配するな藍、これは毒ではない』

 

『当たり前です。

友達に毒を盛ったら流石の私も大激怒ですよ。』

 

毒でない事が大前提としてどんな怪しげな薬を打ったのかが気になるのだ。

 

『これはドラゴンブラッドだ。わかりやすく言うとエルダードラゴンの血だな。』

 

毒よりも危なそうな単語が飛び出して来た。

藍の顔が一気に青ざめ腰に付けた刀に手が伸びる。

 

『ま、待て!これは必要な事なのだ。』

 

ハードガイCが今にも斬りかかろうとする藍を必死になだめて説明する。

 

 

 

 

『藍だけでノダの面倒を見るのは酷だろう。

ならばここは助っ人を頼るしかない。

このドラゴンブラッドは体内に入れれば誰でも一時的に龍の力を得ることが出来る伝説級のアイテムなのだ。』

 

龍の血を入れられたことで保くんは龍の力を得た、。

言わば少年期の龍となったのだ。

確かに少年ならば幼女を抑える事が出来そうだが…

 

『た、保くん…?大丈夫?』

 

『ニンゲン風情が我ヲ案ズルナド百年早イ。』

 

心配そうに話しかける藍をヤマモトタモツドラゴンは鼻で笑う。

 

『優しい保くんを返してくださいー;;』

 

『い、一時的なものだ!明日には戻る!』

 

藍がハードガイBの胸ぐらを掴んで揺らす。

お菓子を渡すと嬉しそうに頬張っていた食いしん坊の山本保くんの姿はそこにはなかった。

 

『なるほど、事情は理解できたぞ。』

 

恐るべき龍の理解力。

ヤマモトタモツドラゴンは早くも事態を理解し日本語も流暢になっている。

 

『人如きが我を頼ろうなどと奢りも甚だしい。

ノダの事は貴様らで何とかしろ。』

 

ヤマモトタモツドラゴンは非協力的な態度を見せた。

 

『うぅ、いつもの保くんならお菓子をあげれば大体のお願いは聞いてくれるのにぃ』

 

藍が涙目になってお菓子を取り出すとヤマモトタモツドラゴンの表情が一変する。

不思議に思って藍がお菓子を左右に動かすとヤマモトタモツドラゴンも視線を動かして追う。

 

『コホン、しかし今回は幼き同胞にも責任があると言える。

我が面倒を見てやろう。』

 

尊大に振る舞っているが半分は山本保、食べ物に弱い所はそのままらしい。

 

『ありがとう保くん。

はい、口を開けて』

 

ヤマモトタモツドラゴンの口に藍はお菓子を放り込む。

 

『美味!美味!』

 

なんだかいけそうな気がした。

ヤマモトタモツドラゴンはチョロい。

 

『えーっと、じゃあ太刀花さんからノダちゃんについて説明してもらえるかな?』

 

教師に促され藍は教壇の前に移動し、3人は大人しく退場する。

さて、どう話したものか。

ダーザインの話をするわけにもいかないので嘘を混ぜて説明しなければならない。

 

『えっと、ノダちゃんは…高貴な身分のお方です。』

 

藍は心を痛めながらもたどたどしく嘘の説明をでっち上げる。

 

『ノダちゃんは庶民の学園生活の実態を学ぶために私を頼ってここに来ました。』

 

ここまでは生徒達も納得できた。

ノダからはどこか自分達とは違う箱入りの雰囲気を感じる。

だが、それを信じる故に不安に思う事もある。

 

 

 

 

辻褄を合わせるだけで精いっぱいの藍に男子生徒から質問が飛んだ。

 

『さっきの変な仮装した人達はSPでしょ?

うちの学校に悪人が侵入してくる可能性があるってこと?

ノダちゃんがいたら俺らが危ない目に合うんじゃねぇの?』

 

『あ、えっと、大丈夫。

何かあったら全部保くんが何とかしてくれるから。』

 

藍、痛恨のミス。

急に振られた質問に慌ててしまい正直に答えてしまう。

 

『なんで保が!?』

 

『拳銃とかで武装してる奴らに食いしん坊の保に何が出来るって言うんだよ!!』

 

予想外の人選に生徒全員から詰め寄られる。

藍はますます混乱し涙目になりながら必死に嘘を塗り固めていく。

 

『えと、えと…精肉店山本屋の一人息子、山本保くんは実は龍の一族の末裔です。

今朝から私が封印を解いて体内の眠れる龍を一時的に覚醒させています。』

 

あの太刀花家のご令嬢が言っているのだ。

クラスメイトは固唾を飲んで山本保に注目する。

 

『た、保にそんな秘密があったなんて…』

 

『あんな暖かい家庭なのに龍の一族なのか…』

 

『人は見かけに寄らないな。』

 

精肉店山本屋の一人息子、山本保は今この瞬間から龍の末裔と言う事になった。

 

『おお、隣の席の兄ちゃんも龍なのだ。』

 

ノダは山本保の中に流れる龍の血を感じ取ったのか早くも興味津々である。

余りにも突拍子もない話だが今日の山本保が普通でない事はクラスメイト達にも理解できた。

なんか顔が明らかに爬虫類っぽくなってるし。

 

『みんな聞いてー』

 

不穏な空気を断ち切るように、藍の親友の波瑠が明るく手を上げて席を立つ。

 

『藍ちゃんが大丈夫って言うなら大丈夫。

それよりも私達はノダちゃんを楽しませてあげる事を考えようよ。』

 

普段は余り発言しない彼女だが、その分だけ彼女の優しさから来る発言はクラス内でとても優先されやすい。

 

『そうだな、せっかく来た子を無下にするのも何だしな。』

 

『思いっきり楽しんじゃおうよ。』

 

波瑠の笑顔でクラスが1つにまとまる。

藍が両手を合わせて波瑠に礼をすると波瑠は笑顔とVサインで返事する。

 

『よろしくお願いしますなのだ。』

 

最後にノダが丁寧にお辞儀をして話はまとまった。

かくしてクラスは心は一つとなり、ノダの一日体験入学が始まったのであった。

 

 

 

 

本日の理科は教師がノダに気を利かせて、実際に電気回路を繋ぎロボットを走らせるという内容に変更された。

藍もこれならばノダも楽しめると思ったのだが…

 

『むむむむ、ノダは細かい作業が苦手なのだ。』

 

擬態されて小さな手になっているが、本来のノダは細かい作業に向いていない。

藍が手伝おうとするとノダはムキになって手放そうとしない。

しかしムキになればなるほど集中力は落ちていく、悪循環である。

 

『むー、難しいノダー!』

 

ノダは前のめりに倒れ込むように手前の机に突っ伏す。

しかし、見た目は可愛いがその破壊力は巨大な龍が大地を揺らすが如き強烈な一撃。

人には耐えられぬ圧倒的な衝撃波がクラスを襲うが…

 

『ぬぅん!』

 

ヤマモトタモツドラゴンがノダの発した衝撃波を全て吸収した。

しかし吸収した後の行き場がない。

外に捨てても地面に大穴が空くほどの破壊力である。

 

ヤマモトタモツドラゴンはやむなくハードガイCのパワードスーツの中に衝撃エネルギーを押し込んだ。

パワードスーツの中ならば外に漏れる事なくエネルギーを抑え込めると計算したのだ。

 

だがその計算にはパワードスーツを着こんだハードガイC本人のダメージは考慮されていない。

 

『ぬぉぉぉぉおおおおお!!』

 

遠くの方で叫び声と爆発音が聞こえた。

 

『…なんか…凄い事になってる…ノダ…?』

 

訳も分からずノダは困惑するばかり。

ハードガイCの任務続行は不可能となった。

 

『人類ハ、倫理観ニ照ラシ合ワセルナラバ滅ブベキ存在デショウ。』

 

『うぉぉぉお、保の作ったロボット喋ってるぅぅうう!!』

 

『AIが正しすぎてなんかやべーこと口走ってる!!』

 

一方、ヤマモトタモツドラゴンの作ったロボットは何らかの手が加えられ

現代人には手に余る謎の高性能っぷりを発揮していた。

 

 

 

 

1時間目が終わるとノダの前に上級生の不良生徒達が集まってくる。

 

『よぉー、体験入学の生徒ってお前か?』

 

『おお?なんか偉そうなお兄ちゃんがきたのだ。ノダに何か用なのだ?』

 

不良生徒達のリーダー格である竹中少年は密かに憧れてる藍から好印象を得るためノダに近づいた。

子供に好かれる俺は実は優しい男なんだぜ作戦である。

 

何も知らないという事は恐ろしい。

間違いが起きないよう藍は2人の会話を見守っていたのだが…

 

『太刀花さーん、ノダちゃんの件で先生が呼んでるよー。』

 

席を離れねばならない理由が出来てしまった。

 

『竹中先輩、くれぐれもノダちゃんをイジメないでくださいね。』

 

そう強く言い残して藍が席を離れると竹中は余計に張り切ってしまう。

藍が戻って来るまでにノダと打ち解けようと考えてしまったのだ。

 

『チビッ子!授業は退屈だったろ?

少し体を動かしたいんじゃないか?』

 

『えっ?よいのだ?

ノダが本気で動くと藍おねーちゃんでも止められないなのだ。』

 

ノダの言葉を竹中は常識的な範疇で処理してしまう。

まさか刀を手にして臨戦態勢に入った藍が手に負えないとは夢にも思わないだろう。

 

『まぁ藍ちゃんは走り回るチビッ子の相手は苦手そうだよな。』

 

イタズラっ子を追いかけながら説得している姿が目に浮かぶ。

 

『心配するな!

なんてったって俺達は"ブラックドラゴン"だからな!

ガキの相手なんか余裕だぜ。』

 

少年達の言ったブラックドラゴンとは太刀花町の若者の間では少し名の知れたワルのチーム名である。

 

『なんだ!お兄ちゃんたちブラックドラゴンなのだ!』

 

ノダは同族と勘違いして表情がパッと明るくなる。

 

『おっ、こんなチビッ子にも通じるとは俺達も有名になったもんだなぁ。』

 

お互いが気付かないまま和やかなムードで話が進んでいく。

惨劇までわずか数秒。

 

『じゃあ全力でぶつかっても大丈夫なのだ!』

 

その間、わずかコンマ2桁の1秒。

音よりも速くノダが突撃し竹中少年は窓を突き破り大空へと消える。

見た目は小さな少女が高速で飛びついただけだが、そのエネルギーは体長数十メートルの物体が音速以上の速度で衝突したものなのだ。

 

 

 

『戻れ!』

 

間一髪の所でヤマモトタモツドラゴンの能力により竹中少年と窓ガラスの破片が映像の逆再生のように戻って来た。

竹中少年は真っ白になったままその場に崩れ落ちる。

身体は戻ったが記憶も残ったままなのだ。

竹中少年は己が宙を舞ったという事実に精神を崩壊された。

いわば鳳凰幻〇拳と受けたのと同じ状態なのだ。

 

『…今さ、竹やんが飛んで行かなかった?』

 

『俺もそう見えたけど見間違えじゃね?』

 

『チビッ子がぶつかったのは現実だよな?

何で竹やん崩れ落ちてんの?』

 

生徒達も訳がわからず困惑気味である。

 

『きゅ、急所に当たったんです;』

 

ちょうど戻ってきて惨状を目の当たりにした藍が言葉も選べず慌てて取り繕う。

自分で言って顔から火が出るほど恥ずかしいが、とりあえず男子達はみんな納得した。

そんなの痛いに決まってる。

 

『竹中先輩しっかりしてください!先輩はここにいますよ!!』

 

『オ、オレ…飛ンダ…ココハ…ドコ…』

 

藍が肩を掴んで必死に語り掛けるが竹中少年の心は戻らなかった。

竹中少年、リタイア。

彼は地元の病院を経由してダーザインの施設に運ばれていった。

近日中に記憶改ざんの手術が秘密裏に行われる予定だ。

 

仲間達に見送られて救急車に搬送されていく竹中少年。

そんな光景を涙ながらに見守る藍の肩をウィークガイCが軽く叩いて優しい笑顔で語り掛ける。

 

『大丈夫。あのくらい1日で治るから。』

 

『の、脳手術ですよ…?』

 

文明が進んでいる故のカルチャーギャップ。

ウィークガイCの発言が藍にはとてつもなく冷たく感じた。

 

『…あれ、こっちの世界のブラックドラゴンは貧弱なのだ?』

 

ノダはまたしても訳がわからぬまま首を傾げるのだった。

 

 

 

 

続いて授業は音楽の時間となる。

 

『どんな歌があるのか楽しみなのだ。』

 

はしゃぐノダに笑顔で相槌を打つ藍だが、一抹の不安もある。

 

(ノダちゃんが大声で歌うと言うのは至近距離での龍の雄叫びなのでは?)

 

そうであれば間違いなく生徒達の鼓膜が破裂する。

最悪の事態を回避すべく藍はノダに楽器を演奏させる事にした。

 

『藍おねーちゃん、これは何なノダ?』

 

『これはハーモニカって言うんだよ。

軽く息を吹きかけると音が鳴るの。

かる~くだよ?

吹く場所によって違う音色が出るよ。』

 

軽く吹く事を強調して藍が楽器の構造と楽譜の読み方を教える。

ノダは楽器と楽譜をすぐに理解すると簡単な曲ならば短時間で吹けるようになった。

 

『おお、チビッ子やるなぁ』

 

『ノダちゃんすごーい!』

 

生徒達が集まってくるとノダも上機嫌になり次々と新しい曲に挑戦し始める。

が、だんだんと楽譜の要求レベルが上がっていき演奏が複雑化していったのがまずかった。

 

(ここでフォルティシモなのだ!)

 

ノダが楽譜通りにハーモニカを強く吹く。

だが、リミッターが解除された彼女のフォルティシモ(※強く吹く)は龍のブレス。

灼熱のブレスがハーモニカの穴を通って噴き出す。

いわゆるハモニカ砲と化すのだ。

 

『ふんっ!』

 

ヤマモトタモツドラゴンが即座に対応しノダの口元から炎を吸収した。

が、やはり炎の行き場に困る。

その辺に捨てれば大火事は免れない。

 

ヤマモトタモツドラゴンは近場でもっとも耐熱性の高い存在に吸収した熱エネルギーを送り込むことにした。

近場でもっとも耐熱性の高い存在はウィークガイCであった。

 

『ぎゃぁあああああ!』

 

哀れウィークガイCが炎に包まれる。

ハードガイBの要請で担架が現場に到着するとウィークガイCを乗せて急ぎ保健室へ運ぶ。

担架で運ばれるウィークガイCを見た生徒全員が同じ感想を抱いた。

 

(UFO特番の解剖される宇宙人…)

 

ウィークガイC、任務続行不可能。ここでリタイアだ。

 

『…何でウィークガイCお兄ちゃんが燃えたのだ?』

 

ノダはまたしても困惑するばかりであった。

 

 

 

 

次は体育の時間である。

 

『ノダ、これを着るんだ。』

 

ハードガイBはブルマを手渡した。

ちょっとした事案のような光景である。

 

『あの…その服はもう使われていなくて…』

 

『ハードガイCからの提案でな。

動きやすさを重視したそうだ。』

 

ツッコミに間髪入れず差し込まれて何も言えなくなる。

ノダも動きやすくて喜んでいるのでこれ以上は口を挟まない事にした。

 

この日の体育は100mのタイムを測る事になっていた。

体育教師の指示に従って2人一組で生徒達が全力疾走する。

 

『太刀花藍、11秒46!』

 

13歳女子とは思えないタイムに彼女をよく知る者達からも驚きの声が挙がる。

 

『なるほど、藍おねーちゃんは走り始めから全速力だから速いのだ。』

 

ノダの観察眼は正しく、藍のトップスピードはそれほどでもない。

初速の速度と態勢を崩していても全速力で走る体幹の良さが戦闘時の彼女を実力以上に素早く見せるのである。

 

『次はノダちゃんの番だよ、頑張ってね。』

 

スタート位置に戻ってきた藍がノダに声を掛ける。

藍としてはただの応援だったのだが…

 

『わかった。頑張るのだ!』

 

頑張ってはいけない子をその気にさせてしまった。

 

『位置について、よーい…ドン!』

 

生徒が掛け声と共に片手を挙げると同時に突風が生徒達を襲う。

ノダは全力で走った。

それは全速力で飛行する龍が至近距離を掠めていったのと同じである。

 

『ぬぅん!』

 

やはり今回もヤマモトタモツドラゴンが風を吸収する。

が、やはり風の行き場に困ったので周辺で最も撃たれ強い存在に風を送り込んだ。

最も撃たれ強い存在はハードガイBだった。

 

『うぉおおおおお!!』

 

遠くでハードガイBが突風に巻き込まれ大空へと上昇するのが見える。

一方、ノダは初速こそ目にも止まらぬ速さだったが途中から急激に速度が落ちる。

どうやら途中でリミッター解除が切れて制限が掛かったらしい。

 

『ゴール!せんせーノダのタイムは何秒なのだ?』

 

ノダが屈託のない笑顔で教師に問いかける。

 

『12秒4だ。

太刀花がいなければうちの学校の女子新記録だな。』

 

どうにか取り繕えるレベルのタイムで収まってくれた。

リミッターも掛かったようだし、もう問題が起きる事もないだろう。

藍は3人と竹中という尊い犠牲に静かに手を合わせるのだった。

 

『山本保、100m走0.7秒』

 

『覚醒した保すげぇえええ!』

 

一方、ヤマモトタモツドラゴンは太刀花中学の歴史において永遠に塗り替えられる事のない記録を打ち立てたのだった。

 

 

 

昼休み。

太刀花中学の生徒達の昼食は給食ではなく弁当を各自で持参する。

藍達はノダの手を引いて外へ連れ出し、木陰に引いたシートの上で昼食を取る事にした。

素直に手を引かれていたノダからは全くと言っていいほど力を感じなかった。

後は楽しい学校生活を過ごすだけだと思っていたのだが…。

 

『…ノダの弁当はなんか味気ないのだ。』

 

お弁当を用意したノダが不満を漏らす。

ノダの弁当はハードガイCが用意させた瓶詰のサプリメントだった。

もう何もないと思ったのに、いまいち頼りにならない3人がいなくなった後も面倒を掛けてくれる。

 

『あー…完全栄養食だねぇ…。』

 

『そうだけどこれは面白くないのだ。』

 

ノダの不満ももっともだ。

しかしノダちゃんは普通の人間ではない。

ハードガイCだって何か考えがあっての事かも知れないと思い、藍は入院中のハードガイCに通信で尋ねる事にした。

 

『私のスーツが導き出した完全栄養食だが?』

 

何も考えてなかった。

『スーツの性能に頼り過ぎではありませんか?』とだけ伝えて通信を切ると、藍はクラスメイト達に協力を仰ぐためにLINEを送る。

 

『ノダちゃーん、これあげるよー!』

 

『チビ助ー、肉食え肉!』

 

藍の頼みを快く受け入れた生徒達が、ノダの前に置かれた紙皿に次々とおかずを置いていく。

 

『おぉぉ、どんどん豪勢になっていくのだ。』

 

ノダも満足したらしくニコニコ笑顔で食べ始めるのだった。

 

一方ヤマモトタモツドラゴンは

 

『我に供物を捧げよ。』

 

校庭に祭壇のような物を作り、妙な念力で男子達から好みのおかずを巻き上げていた。

 

捧げられた供物を口にしながらヤマモトタモツドラゴンは何となく風景を眺めていた。

 

(ここは平和だな。)

 

ヤマモトタモツドラゴンの中にいるエンシェントドラゴンが頭の中でそう呟く。

満足な食事に十分な教育。

龍種は人より優れているはずなのだが、このような環境を作り上げる事はなかった。

発想の違いか、それとも文化の違いか。

ヤマモトタモツドラゴンは学校と言う環境を気に入り始めていた。

 

ここまでに色々とあったが、ノダも満足しているようだしヤマモトタモツドラゴンもなんか変な事をしてるけど騒ぎを起こすほどではない。

このまま昼食も平穏に過ごすことが出来るだろう。

 

『ノダちゃん、学校楽しい?』

 

『楽しいのだ!』

 

彼女の明るい笑顔にホッコリしてしまう。

 

 

 

ヤマモトタモツドラゴンは大人しい。

3人組は入院中。

ノダは普通の少女に戻った。

今度こそ問題は全て解決したはずである。

 

(どうか彼女に楽しい一日を送らせてあげられますように…。)

 

そんな藍の願いを打ち砕くように、爆音と共に新たな問題が現れるのだった。

 

『ノダってガキはどこだぁーー!!』

 

バイクの集団が騒音を鳴らしながら校内に侵入してくる。

彼らは先程も説明した地元の半グレ集団【ブラックドラゴン】の高校生組だった。

ブラックドラゴンのメンバー達は接触スレスレの危険な走行で生徒達を遊び半分で追い掛け回し始めた。

 

『ちょっ、先輩!ここうちの中学!何やってんスか!』

 

ブラックドラゴン中学組の生徒達が高校生組の説得を試みるが、やはり格下では高校生を止められなかった。

 

『竹中がやられたのに黙ってたらブラックドラゴンが舐められるだろーが!

中学のガキ共を怪我させたくねーならノダってガキを連れてこいやぁ!!』

 

妙な誤解が生じている。

更に言えば彼らは竹中の敵討ちではなくチームのメンツのために来たらしい。

今さら説明したところで彼らは止まらないだろう。

 

『ノダはここなのだー!』

 

ノダが立ち上がって手を振る。

 

『ダメ!今のノダちゃんはほとんど普通の女の子だよ。』

 

『ノダはちょっとくらい怪我しても大丈夫なのだ。』

 

藍の制止を振り切ってノダはバイク集団に駆けだしていく。

ドラゴンのノダからして見れば別に骨の一本や二本折られてもなんてことはないし、ワルガキ共もせいぜい自分を転がして足蹴にする程度だろう。

泣いたふりでもしてやれば気が済むと思うのだが、藍は許せないようだ。

藍にとっては今の自分は守るべき対象なのだろう。

 

『藍ちゃん何とかならない?』

 

『…えっと、刀がないと自己防衛しか出来ないよ。』

 

当たり前だが昼食を食べるのに刀は持って来ていない。

自分に向かってくる彼らを対処する事は出来ても、走り回る彼らを刀なしで止める方法はない。

かといって刀を取りに教室に戻れば、その間に軽傷者が出るかも知れない。

 

『とにかく私が行くから誰か刀をお願い。』

 

そう言い残すと藍はノダとバイク少年達の間に割って入っていき、その隙に波瑠が刀を取りに教室に走っていく。

だがやはり全員が藍に向かう事はなく、何人かのバイク少年は周囲の生徒達に襲い掛かる。

 

『うぉぉぉやべえ凜のアネゴの妹だ!!』

 

むしろ姉の名を叫びながら自分から逃げていく。

 

(お姉様は彼らに何をしたんですかー?)

 

 

 

 

蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていくバイクを藍はノダの手を引いて慌てて追いかけるが全く追いつけない。

そんな大騒ぎをヤマモトタモツドラゴンは少し離れた場所から一人静かに眺めていた。

 

(せっかく素晴らしい環境であったのにな。)

 

少々残念だがこれもまた人がすることであり、自分が関わる事ではないと静観していたのだがどうにも身体が疼く。

どうやら自分の宿主である山本保が騒いでいるようだ。

そんなヤマモトタモツドラゴンの視線にある光景が映る。

教室に戻ろうとした波瑠に目を付けたバイク少年が、彼女の襟を掴むと強引に引き戻して転倒させたのだった。

その瞬間、ヤマモトタモツドラゴンに山本保の記憶が流れ込んでくる。

 

『はい、保くん。チョコレートあげるー。』

 

『はい、保くん。クッキー焼いてきたからあげるー。』

 

『はい、保くん。家庭科で作ったから食べてー。』

 

波瑠からお菓子を貰ってる記憶しか流れ込んでこない。

何が言いたいのだ貴様は。

 

『保くんは美味しそうに食べてくれるから私も嬉しくなるよー。』

 

最後に波瑠のとびっきりの笑顔が頭に流れ込んでくる。

エンシェントドラゴンは恐らく彼自身も気付いていない気持ちを理解した。

 

自分も彼女には多少の借りがある。(おやつを貰いました)

元より自分だけが身体を借りるのでは不公平だとも感じていたのだ。

 

『よかろう。やってみせよ山本保。

今より数分のみ、貴様はその身に龍の血を宿し英雄だ!』

 

エンシェントドラゴンは身体の操作を山本保少年に譲り渡した。

 

燃えよドラゴン!

いや、燃えろデブゴン!と言うべきだろうか。

炎を纏った山本保がいきなり空高く跳びあがると、そのまま飛び蹴りでブラックドラゴンの一人をバイクから蹴り落とす。

 

『やんのかてめえー!!』

 

『この人数に勝てると思ってんのか!ああぁ!?』

 

いきなり現れた小太りの少年にワルガキ共が罵声を浴びせる。

いつもの山本保なら土下座して謝る所だが…山本保の視線の先には膝をすりむいて倒れている波瑠の姿があった。

 

『き、君達の血は何色だぁあああーーー!』

 

山本保が叫ぶと小太りだったはずの肉体が逞しすぎるほどに発達したボディへと進化する。

筋肉の膨張に耐え切れず学生服が飛び散ると、ワルガキ達の視界に人類の限界以上に発達したイカツイ上半身が姿を現した。

 

『…来い悪党ども。ヤマモト神拳は無敵だ。』

 

彼なりに脅しの意味を込めてヤマモト神拳なる適当な設定をでっちあげる。

傍からは精肉店山本の謎が深まるばかりであった。

 

いきなり超進化した人間を前にしてワルガキ達は戸惑っていたが、一つだけ理解できることがあった。

これは明らかに勝てない。

人間が勝てる相手じゃない。

キレた太刀花凜と同じ匂いがする。

こちらが気絶しないようスネ蹴りを100回くらい執拗に当ててくるような危険な女と同じ匂いがするのだ。

 

しかし彼らにもメンツがあり、強敵だからと言って何もせず逃げ出すわけにもいかないのだ。

 

『ビビるな!やるぞ!!』

 

先陣を切った少年が金属バットで殴りかかってくる。

だが金属同士がぶつかり合うような激しい音と共に折れ曲がったのは金属バットの方だった。

 

『ヤマモト神拳奥義、鋼霊身!』

 

龍の皮膚はとても硬くファンタジー世界に於いては最高級の防具となる。

要するに真っ向から身体で受け止めただけなのだが、金属バットが折れ曲がるには十分だった。

 

『う、嘘だろ!?コイツ本当に人間か!?』

 

『毎日健康な肉を食べているからだ!』

 

ここぞとばかりに実家の宣伝をする山本保。

なかなかの商売上手、精肉店山本の未来は明るい。

 

『ほあたぁ!!』

 

今度は山本保から仕掛けた。

軽く突いただけでバイクの少年が吹き飛ばされていく。

 

『覚醒した保すげぇええーーー!』

 

バイク少年を容易く蹴散らしていく山本保に男子達が大いに盛り上がる。

 

『あーたたたたたたたっ!』

 

怪鳥のような雄たけびを挙げながら次々と襲い掛かる。

その姿はさながら世紀末救世主ヤマモト。

男の夢がここにあった。

 

『ダメだ!やっぱりかなわねえ!』

 

『に、逃げろー!!』

 

やはり歯が立たないと今さらながらブラックドラゴン達は逃げ出した。

だが、そんな彼らの前方には一人の大男が立ち塞がっていた。

 

『お前らぁ、どこへ行くつもりだぁ!』

 

『げぇっ、黒龍さん!!』

 

黒龍と呼ばれた大男にバイク少年達はバイクから降りて頭を下げる。

呼び名から察するにブラックドラゴンのトップのようだ。

高い身長に鍛えられた肉体、長くボサボサしたワイルドな髪にこんがり焼けた黒い肌となかなかの風格を纏っている。

 

『逃げるな!

ブラックドラゴンに敗北の二文字はない。』

 

『いや、でも、なんつーか向こうが人間じゃないというか明らかに太刀花ちゃん案件で…!』

 

報告を聞いて黒龍の脳内に凜の顔がフラッシュバックする。

 

 

 

凛が執拗なしゃがみ小キックだけで隣町のワルチームを壊滅させたのを黒龍は実際に見ている。

太刀花家が妖怪退治をしているとかは正直眉唾なのだがあの女が妖怪みたいなモノと言うのは理解できる。

黒龍は思い出すだけで冷や汗が出て小刻みに震える身体を押さえつけるように手下を怒鳴りつける。

 

『あんなのが何人もいるはずがない!どけっ!』

 

高校生組を押しのけると黒龍は校内に侵入し山本保にゆっくりと迫る。

やがて2人は2mほどの距離で立ち止まると、黒龍は間合いを図るように山本保の周囲を周り始める。

山本保から攻撃を仕掛ければ勝負はすぐに決まりそうだが、何故か彼が動かないために周囲には妙に緊迫した空気が流れていた。

余りに微動だにしないため不思議に思った黒龍が構えを解いて近づくと、山本保の身体が前後に揺れて前のめりに倒れた。

 

『うぅ~ん、お腹が減って力がでないぃ~』

 

某アンパン男に出て来るカバのような事を言いだした。

エンシェントドラゴンの力を発揮していたのだから仕方の無い事だろう。

ヒーロー側がこのセリフを吐くのは前代未聞だが、ともかく彼は深刻なカロリー不足だった。

 

『はははは!

全然大したことねぇじゃねぇか!!』

 

黒龍は山本保の頭を踏みつけて勝ち誇る。

非道を止めようと駆けだした藍だったが、その後ろから小さな影が藍より素早く飛び出した。

小さな影は黒龍の服を摘まむと、手前に引いて黒龍の足を山本保から引き離す。

 

『うおぉっ!ってあれ。こんなチビが…?』

 

引きの力強さにバランスを崩しながら慌てて黒龍が振り返ると、そこには小さな少女の姿があった。

彼らの本来のターゲットであるノダだ。

 

『こ、こんなガキが引っ張っ…』

 

セリフの途中で言葉が詰まる。

同胞の不調に付け込み勝ち誇る猿が許せない。

ノダは不機嫌な目で真っ直ぐに黒龍を見つめていた。

 

『お前むかつくのだ。』

 

その瞳はいつもの愛らしいノダの物ではない。

例えるなら足元にいた動物に気を悪くした龍が、どうしてやろうかとしかめ面で睨みつける瞳である。

力は抑えられているが限度はあるし、何よりもノダの本質が変わったわけではない。

ノダの眼球模様、口元の開き、口元から覗く舌、声色、それらが人の形を保ちつつも龍の様相となり人間の本能に訴えかける。

勝てるはずがないと。

辺りの空気が恐怖で支配され、誰も身動きが取れないまま数秒の時が流れる。

 

 

 

この空気を変えてくれ。

誰もが静かにそう願う中で、ただ一人だけ己の為すべきことを行う者がいた。

 

『保くん、新しいアンパンだよ!』

 

山本保に向かってアンパンを投げる者がいた。

クラスメイトの波瑠である。

彼女だけは龍の怒りが支配する状況でアンパンを探し出し、保を助けようとしていた。

アンパンは山なりを描いて山本保の上空を飛ぶが、彼は飛びつく事も出来なさそうなのでノダが叩き落として口の中に直接放り込んだ。

天下の老舗ヤマザキパンの豊潤な香り、アンの甘味が、カロリーが山本保の脳を再起動させる。

 

『元気100倍!エンシェントドラゴン!!』

 

ファンタジー世界の住人が聞いたら気が狂いそうな決めセリフと共に山本保が飛び上がる。

 

『あ、アンパンくらいで調子に乗るんじゃねぇ!』

 

先程までの恐怖を打ち消すかのように黒龍が殴りかかるが山本保は片手で受け止める。

 

『創業74年、ヤマザキのアンパンを舐めるなっ!』

 

山本保の雄叫びと共に、強烈な蹴りが黒龍の腹部を襲う。

 

『ほーあぁたたたたたたたたっ!』

 

そのまま蹴りの連打を浴びせられ黒龍は身動きが取れなくなる。

 

『ほあたぁっ!』

 

ブルース・リーのような雄叫びと共にフィニッシュの蹴りが炸裂し、黒龍が吹き飛ばされフェンスに激突する。

 

『覚えておけ、今のがアンパン1つ分の破壊力だ。』

 

280kcal相当の運動量を叩き込まれ黒龍はピクリとも動かなくなった。

リーダーの敗北を知るとブラックドラゴンのメンバー達はすぐさまバイクに乗って逃げ出していく。

哀れ黒龍、敗北した彼の手を引く者はいなかった。

 

『…なぁ、コイツ使えるんじゃないか?』

 

否、3人ほどいた。

包帯を巻いて彼の前に現れたのはハードガイB、ハードガイC,ウィークガイCだった。

 

『俺のパワードスーツの解析によるとバースセイバー能力もあるな。』

 

『性格は脳手術すればいいよ。よし運ぼう。』

 

なんだか不穏な事を言いながら3人が黒龍を回収していったのを藍は口を挟めずに静かに見送った。

かくして学園の平和は取り戻され、ノダと山本保の元に生徒たちが一斉に駆け寄ってくる。

 

『保、今日のお前すげぇ輝いてるぜ!』

 

『ノダちゃん凄かったね。高貴な血の迫力ってやつなのかな?』

 

てっきり怖がられると思ったのでノダは予想外の展開に戸惑ってしまう。

 

『あ、あれ?みんなノダが怖くないのだ?』

 

それは良くも悪くも、この国が他の世界に比べて格段に平和な証拠だろう。

生存競争を知らない彼らの危機感の無さがノダの本性をあっさりと受け入れたのだ。

だが、それは少なくとも今は悪い事ではない。

 

(こんな国もたまには良いと思わんか?)

 

ヤマモトタモツドラゴンからノダに思念が送られてくる。

ノダからの返事はなかったが、ヤマモトタモツドラゴンは気にしなかった。

それは彼女の顔を見ればわかることだからだ。

 

 

 

 

その後のノダは平和なものだった。

午後の授業では人並外れた知性を見せ、宇宙空間を数字で表現してみせるなどのトラブルがあったもののどうにか誤魔化せた。

放課後はクラスメイト達がノダの歓迎会を主催しカラオケボックスで楽しんだ。

ノダの一日限りの学生生活は大成功だったと思う。

 

クラスメイト達と別れてからの夕暮れ時の帰り道。

藍にはどうしてもわからない事があったのでノダに尋ねた。

 

『どうしてノダちゃんは学校に行きたいと思ったの?』

 

特に意味の無い素朴な疑問だった。

学校とは教育機関である。

ダーザインに置かれている資料を正しく読んだのならば特に面白そうとは感じないだろう。

となると、ノダの目的は学園生活を楽しむことではなかったのだと思う。

そんな藍の疑問にノダが無表情に答える。

 

『仲間がたくさんいるというのを体験してみたかったのだ。』

 

彼女の表情は読みにくい。

それがより一層寂しそうにしていると藍は感じてしまうのだった。

 

(…ノダちゃんの仲間はみんないなくなっちゃったもんね…。)

 

データベースを閲覧しただけだが、ノダのいた世界は滅亡し彼女だけが生き延びたらしい。

彼女は人智を超えた龍だが子供だ。

寂しさを感じてもおかしくないと思う。

そんな風に悩んでいると、いつの間にかお互いの分かれ道にたどりついてしまう。

楽しい一日は終わり、藍は自宅に、ノダはダーザインに戻るのだ。

 

『後は…これがやりたかったのだ。』

 

そう言うとノダは元気に手を振る。

 

『また明日!なのだ!』

 

その言葉が藍の中で最後のピースとして当てはまる。

ノダちゃんの世界は【また明日】が無くなったのだ。

彼女自身も気付いていない心のどこかでいつかまた居場所が消えてしまうと言う不安があるのかも知れない。

だから口にしたかったのかもしれない。

仲間に囲まれて過ごし、帰り道に『また明日』と約束したいのだ。

 

 

 

これが自分の勘違いであればとても恥ずかしいが、一番優先すべきなのは当たっていた場合のノダちゃんの心を救う事だろう。

藍はノダに駆け寄ると静かに抱きしめる。

 

『あのね、ノダちゃん。

寂しかったらまたいつでも来ていいよ。』

 

ノダの表情は相変わらず読めないが、藍は気にせず思い浮かんだ言葉を続ける。

 

『私はずっといるから。』

 

これは嘘だ。

戦いに絶対はない。

自分も明日にはいなくなってしまうかもしれない。

そもそもお互いの寿命が違うからいつまでも一緒というわけにはいかない。

 

だが、彼女に必要なのは現実的な回答ではなく気持ちの問題だと藍は思った。

現実的には出来ないとしても私はそれくらいの気持ちでいるよ。と。

 

『藍おねーちゃんは優しい子なのだ。』

 

龍の彼女からすれば私の考えなどお見通しなのだろう。

頭を撫でられて逆に私が慰められてしまった。

 

『じゃあ藍おねーちゃん、明日もまた会おうなのだ。』

 

そう言ってノダは夕日の中に消え去っていく。

 

『うん、それじゃまたね。』

 

藍は笑顔を作って手を振り、その後で少し寂しくなる。

当たり前はともすればアッサリと消えてしまう。

それは龍達の力をもってしても止められなかったのだ。

明日も会えるとは限らないと思うと急に話し足りなく感じてしまう。

 

(また明日、が嘘になりませんように。)

 

藍は自分の吐いた言葉の重さを噛み締めながらゆっくりと帰宅していった。

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