バッセSSまとめ   作:アフロダイB

29 / 34
那由多の始まり

子供の頃、ヒーローに憧れた。

少し大きくなってもそれは変わらなかった。

 

だが自分には力も知恵も特別な才能もなかった。

自分はヒーローと呼ばれるような特別な人間ではなかったのだ。

 

小学生の頃、いじめられている同級生を庇ったばかりに代わりに自分がいじめられるようになった。

庇ったはずの同級生にすらいじめられたのは幼い自分には本当にショックな事件だった。

あまりの理不尽さに自分の中の正義が崩れかけたが、彼も怯えていただけで本当は優しい子なのだと言い聞かせた。

 

小学校のメンバーはそのまま中学に繰り上がり、いじめもそのまま続いた。

中学生にもなると自分にも多少の融通と言うか悪知恵が身に着いた。

暴力はヒーローの行いではないが、彼らを更生させるのは正義だと己に言い訳をした。

本音で言えばついに我慢の限界に来たのだ。

 

後の報復も怖かったがこの時は怒りが勝った。

ヒーロー道はどこへやら、自分はイジメの主犯を思いっきりぶん殴った。

ふいを突かれた主犯格はバランスを崩しロッカーの角に頭をぶつけ血を流した。

 

ヨタヨタと病院に運ばれる主犯格を見て、教師たちは自分を悪と断定した。

彼らの日頃からの暴力は見て見ぬフリをされて、自分のたった一度の暴力だけが問題視された。

教師達からすればイジメっ子達も守るべき存在だ。

今まで通りに自分だけが耐えて黙っていればそれでみんなが幸せだったのだろう。

世の不条理を恨んだが自分にも非があったのも事実であり、自分が振るった暴力と彼らの日頃の暴力は別問題だと何とか飲み込んだ。

ヒーローならば負けてはいけない。

 

高校は小中学校の同級生達のいない学校へ進学した。

この頃には自分のヒーロー道もそれなり融通が利くようになった。

いじめられっ子がパシリをされていても不良達に食って掛かったりはしない。

いじめられっ子を遊びに誘ったり励ましたりと状況に迎合した物になった。

残念だがこれが自分の限界だと己に言い聞かせ、自分はヒーローを続けていた。

 

思い返せば学生時代だけでも散々な人生だが、それでも自分はヒーローを辞めなかった。

自分には変身アイテムも特殊能力もないが、ヒーローは力だけじゃない。

その心意気が大切なのだと己に言い聞かせてきた。

ヒーローは自分に取って、もはや変えようのない生き方になっていたのだ。

 

やがて社会人になった自分は人がやりたがらない業務を進んで行った。

仕事は安月給の残業代無しで平均睡眠時間は3~4時間、時には自宅にも帰らず会社に泊まり込むような生活も繰り返した。

酷い環境だが仕事とは金を稼ぐことではなく社会の役に立つ事だと考えていたので何とか続けられた。

 

自分の業務は誰でもできる事ではあるが、体力的には非常に厳しい物だった。

この業務を低賃金でやる者がいなければ社会は回らない。

同じ職場で働く仲間達と力を合わせ社会貢献している事に喜びを見出して心を支えていた。

仲間達も過剰な業務量をこなし続ける自分に何度も頭を下げて感謝してくれていた。

誰かがやらねばならない仕事だったし、今も誰かがやっているんだろう。

 

ストレスチェックを受ける度に直ちに通院する様に通告されたが無視した。

自分の気持ち次第でどうにか出来ると思っていたのだ。

気を緩めればいつでも吐けるしフラついてしまう。

そんな状態で働き続けて気が付けば40代になっていた。

このまま過酷な仕事をこなしながら生きていくつもりだったが、そんな未来はあっさりと砕かれてしまう。

 

時代が変わり無茶な残業をさせられなくなったので会社はようやく重い腰を上げて海外から労働者を雇用する事になった。

3名の海外労働者が自分の業務をこなすために雇用され、他の仕事経験がほとんど無い自分はクビになった。

 

『何か資格を取る努力をしておくべきだったな。』

 

上司が冷たく言う。

どこにそんな時間があった。

 

『少しでも早い方がいいだろう。これは私の親心だよ。』

 

社長から欺瞞に満ちた善意をぶちまけられる。

本当に親心があったならば、あんな終わらない業務を10年以上も自分一人にやらせたりはしない。

 

慌てて次の仕事を探したが、40過ぎた自分を受け入れてくれる場所は見つからなかった。

特別な存在でもない自分がそれでもとヒーローに憧れ続け、最後は使い潰され社会に不適合だと捨てられた。

年甲斐もなく心意気だけがヒーローな男を誰がヒーローと認めるものか。

そんな現実に打ちひしがれすっかりやる気を失くした自分に決定的な思いが脳裏をよぎる。

 

(誰かのために頑張るって、自分を不幸にして他人に楽をさせる事なんだな。

それを与えすぎると人は堕落する。)

 

みんなの幸せな笑顔が、醜い卑下た顔に移り変わっていくのを感じた。

 

自分は自分の為に何かをすべきだった。

みんなそうしているし、どんな手段であれ成功した人間だけがヒーローと崇められるんだ。

この世は自分勝手な奴こそがヒーローなんだよ。

そして俺は、ヒーロー気取りの養分だった。

そんな風に考えた瞬間、今までかろうじて保たせていた意識がアッサリと途絶えた。

 

 

 

真っ暗な視界の中、意識だけが覚醒する。

 

『よっしゃ、成功した。』

 

見知らぬ男の声が聞こえる。

ゆっくりと目を開くと見覚えのない夜空が目に映った。

辺りから漂う静けさから、ここが街中ではないと察する事が出来る。

恐らくどこかの山中ではなかろうか。

顔を少し横に傾けるとそこには医者ではなく袈裟を着た坊主のような男がいた。

まるで状況が読めないが自分なりに推測する。

自分は何らかの不調をきたして病院でも手の施しようが無かったので坊主に丸投げされたのだろうか。

顔を反対側に向けると更に数人の坊主がいた。

全員が自分と同じくらいの年代の男達だ。

ともかく向こうから声を掛けて来るのを待つ理由もないので自分から話しかける事にした。

 

『すみません。

ここはどこですか?』

 

質問を投げかけると大きな違和感を感じて固まってしまう。

自分の声が明らかに高く澄んでいる。

訳が分からないまま黙り続けていると男性が話しかけてくる。

 

『いいか?暴れずに聞けよ。』

 

ドスの聞いた声で脅すように諭される。

敵意は無いようだがそれも自分の行動次第と言ったところだろうか。

何にしてもタダ事ではないようだ。

 

『どこの世界でどう死んだかは知らんがアンタは死んだよ。』

 

何かの比喩なのだろうか?

 

『いや、生きて喋ってるじゃないですか。』

 

『いつもと身体が違げぇだろ?』

 

男が鏡をこちらに向ける。

そこには見覚えのない少女が映っていた。

高校生くらいだろうか、育ちの良さが伺える綺麗な顔立ちをしている。

不思議な事に俺の表情に合わせて向こうが寸分類なく同じ表情をする。

 

『アンタは死んだ。

この娘も魂が死んだ。

娘の身体が死ぬ前に、近い世界でたまたま死んだアンタの魂を突っ込んだ。以上だ。』

 

つまり俺の魂が少女の身体に宿ったと言う事らしい。

 

『アンタはもう一度この世界で生きられる。

俺達は少しだけアンタに仕事を手伝ってもらいたい。win-winだろ。』

 

男達は悪い笑みを浮かべる。

仮に自分が断れば全て無かった事にすればいいと言った所だろうか。

さて、俺の答えはと言うと…

 

『…俺は生きたかったわけじゃない。

なんならようやく辛い人生から解放されたと思ったくらいだ。

だから手伝うかどうかは内容による。』

 

自分の言葉を聞き終えると同時に後ろにいた男が武器を抜こうとしたが手前にいた男がそれを制止した。

 

『大丈夫だ。コイツはやる。

俺達と同じような目をしてるからな。』

 

自分の人相がここまで悪いと思わないが、今となってはどうだろう。

ここ数日で色々な事が一度に起きたから、もしかしたら彼らと同じ顔付きになってるのかもしれない。

 

『仕事は道案内だ。

山の中にいる小娘をある場所に誘導して欲しい。』

 

誘導してどうするのかと聞くまでもない。

いちいち詳細を訪ねるまでもなくロクなものじゃないだろう。

 

以前の自分ならば彼らと戦って返り討ちにあって、自分は正義を貫いたと満足しておしまいだろう。

でも今の自分は知っている。

そんなものを貫いた先にあったのが惨めな人生だった事を。

 

『いいよ。そんなに面倒な事じゃないしな。』

 

戦っても自分が文字通りの死ぬほど痛い目にあってもう一度死ぬだけだ。

だったらせめてこの娘の身体だけでも守り抜いた方がご家族の為だろう。

山の中にいる小娘とやらまで救うのは自分には無理だ。

 

『この娘はどうして死んだんだ?』

 

今さらどうでもいい事だが、気になるのが人間というものだろう。

 

『俺達が殺した。

その娘は山の中にいる小娘と合流する予定だったんだ。

良い作戦だろ?』

 

こんな女の子と小娘とやらに、大の男達がよってたかってだ。

それでも怒りの感情が湧いてこないのは、心が疲れ切っていたからだろう。

続けていくつかの質問を重ねる事にした。

 

『どこの世界で死んだかわからないって言ってたな。

ここは自分のいた世界とは違うって事でいいのか?』

 

『ああそうだよ。

アンタはこの世界の人間じゃない。

似たような世界だったとは思うがね。』

 

目の前の男は心底嫌いなタイプだが、それでも自分にはどうにも出来ないし既に死んでいる異世界の人間が干渉すべきじゃない。

 

『自分は仲間として小娘に接触できるわけだな。

誘導が終わったら自分は何をしてもいいのか?』

 

『そこはどうでもいい事だからな。

殺しても何とか誤魔化せるんだが生きてくれた方が楽だ。

適当に生きてくれや。』

 

人が死ねば大騒ぎになるのは男達の界隈でも同じのようだ。

 

『小娘は何で狙われてるんだ?』

 

先頭にいる男が少しだけ言葉をまとめている。

今さら言葉を取り繕うのは、万が一に自分が暴れ回る事を警戒してだろうか。

嘘でもなんでも気持ちよく仕事させてくれるに越した事はないが。

 

『俺達は退魔師ってやつでな。

霊やら妖魔やら、まぁそう言ったもんを退治して生活をしてるわけだ。』

 

今まで創作でしか聞く事がなかった存在だ。

自分のいた世界でもこんな風に暗躍していたのだろうか。

 

『小娘はそれを早い段階で解決しちまうんだ。

そうなると俺達の生活は成り立たねぇんだ。

アンタも大人なら相場ってもんが理解できるだろ?』

 

理解できる。

そしてゲスい理由も思い浮かべる事が出来る。

 

『要するに霊やら妖魔とやらにもっと暴れてもらって依頼主からの値を釣り上げてから解決したいって事だな?

その為に犠牲者が増えるとしても。』

 

『俺達が食えなくなって退魔師を辞めちまえばもっと多くの犠牲者が出るんだ。

小娘のやってる事はただの理想論。世の中を悪くするばっかりだ。』

 

彼らの言う事が事実なら退魔師の組合にでも堂々と相談すればいい。

なんなら依頼人や小娘に正面切って相談したっていいはずだ。

あれこれと取り繕っているがコソコソ企んでると言う事実がコイツらの正統性の無さを主張している。

 

『善人を気取る気はないが、俺達も一応は善良な市民だ。

無茶はしねぇし出来ねぇさ。

ちょっとばかし躾けてやるだけだよ。』

 

そう言って男達はイジの悪い笑みを浮かべる。

 

ここまでの情報を元に推測すると…

 

小娘は真面目な性格で男達に恨まれている。

男達の目的は小娘とやらに二度と逆らわないような躾を与える事。

この娘は巻き込まれて不幸な事故に見舞われた。

 

そして俺にはどうする事も出来ない、だ。

 

先程の男の言葉が反芻される。

 

『大丈夫だ。コイツはやる。

俺達と同じような目をしてるからな。』

 

その通りだ。

しょせん俺も同じ穴の狢なんだ。

 

 

 

『神吉 那由多(みよし なゆた)です。

太刀花 藍(たちばな らん)ちゃんですか?』

 

暗く静かな山中に似つかわしい声を飛ばす。

こんな時間の山中に女の子が何人もいるわけがないから間違いないと思うがそれにしたって若すぎる。

自分改め私、神吉那由多が声を掛けた小娘はまだ中学生くらいの小柄な少女だった。

 

『はい、初めまして太刀花藍です。

那由多さん、よろしくお願い致します。』

 

丁寧なあいさつと綺麗な所作で出迎えられた。

かなり育ちの良いしっかりした子なのだろう。

こんな人の良さそうな子があんな男共に好き勝手されるのは気分が悪いがやるしかない。

私には2人を救うのは無理なのだから。

 

妖魔とやらが潜む場所へ向かう途中、お互いの身の上話をした。

もっとも私のは嘘だらけだが。

 

『藍ちゃんみたいな小さな子がどうして戦うの?』

 

この後で辞めさせる事になるのかもしれないが、それでも気になるので聞いてみた。

心のどこかで彼女の粗を探していたのかも知れない。

彼女が少し前までは共感できたが今は最も嫌悪するタイプ、ヒーロー気取りな少女であれば良かった。

 

『私が剣の腕を磨き上げるまで大勢の方々に支えられてきました。

世のため人様のために使うのは当然の事と思っています。』

 

1つ目は恩返し。

自分は努力を重ねて強くなったとでも誇ればいいのに、なんとも損な子だ。

 

『2つ目は、私の夢を叶えるためには力が足りないので修行も兼ねてです。

苦難な道には必ず私に必要な物があるはずですから。』

 

恩返しをしつつ自分を成長させて夢を叶えるという彼女の言葉に心が痛む。

ただ人助けをしようと考えていた自分とは大違いだ。

情けない話だが私は中学生の彼女よりも未来を見据えていなかったと思う。

私は正義を愛していたと言うよりは依存していたのだろう。

 

(正義の志だけは絶対に負けない。)

 

そんな幼い頃の誓いが私を嫉妬心で狂わせる。

目の前にいる少女が酷い目にあって泣きながら後悔する姿を見たらどんなにスカッとするだろうか。

黒い欲望が自分を蝕んでいった。

 

妖魔の潜む現場に辿り着くと彼女は札を貼って結界を作る。

これについては私の身体の記憶が教えてくれる。

妖魔が自分達を警戒して出てこないので炙り出すと同時に退路を塞ぐためのものだ。

結界を張り終えてしばらく待つと妖魔が姿を現した。

 

『那由多さんは支援をお願い致します!』

 

自分よりも何周りも大きい3mほどはあろうかという鬼のような姿をしたバケモノに藍は勇敢に立ち向かっていく。

一方の私は戦闘経験など全くないが、身体の方の記憶を頼りにして何とか戦う事が出来た。

私の戦い方は素人同然だったが、その能力だけは本来の那由多ちゃんとも遜色ないものだろう。

私のサポートを受けることで藍は大幅に強くなっていた。

 

『やぁっ!!』

 

頭を掴まれ頭を持ち上げられ始めた藍が咄嗟に足を上げる。

戦い慣れてる。

 

約3mの巨大生物に頭を掴まれたら本来は潰されたのかも知れない。

鬼側に別の思惑があったのか私のサポートの影響ですぐに潰せなかったのか。

ともかく頭を掴まれ持ち上げるという絶望的な動作の中で咄嗟に上げられた足は的確に鬼の股間を蹴り上げた。

勝ちを確認し勝利宣言の様に持ち上げようとした所でコレだ。

同じモノをぶら下げていた者としては鬼に同情する。

 

手を離されて自由落下から着地するまでに横に一振り、鬼の目を切り裂く。

鬼側も戦い慣れているのだろう。

危険を感じてすぐさま退避を試みたが無駄な努力であった。

藍は一呼吸おいて力を溜めると、一気に駆け出して刀を大きく横に振る。

閃光のような一撃は鬼の身体を真っ二つに斬り裂き消滅させた。

 

実戦による緊張感が消え去り、安堵からお互いに自然と笑みが零れる。

 

『神吉の力、噂にたがわぬお力でした。

お力添えありがとうございます。』

 

藍は両手を重ねて丁寧にお辞儀をする。

これから起こる事を考えると少し心苦しい。

 

『また怪異が発生しないように土地を浄化してくる。

藍ちゃんはそこで息を整えてて。』

 

私がそう告げると藍は大きく息を吐いて姿勢を崩す。

優雅にお辞儀をしていたが本当は無理をしていたのだろう。

あれだけ激しく動けば当然だ。

 

彼女につかの間の休息を与え、自分は淡々と計画を実行する。

 

『終わったよ。』

 

少し離れた位置で待ち構えていた男達に告げると、彼らはニヤけた笑みを浮かべながら音を立てないように藍の周囲を囲んでいく。

ここから先は見たいような、見たくないような、複雑な感情だ。

私にも男達とそう変わらない醜い部分がある。

 

静寂が支配する闇の中、背後から伸びてきた手に藍はかろうじて反応し前に飛ぶ。

手の正体は先程の男達だ。

 

『ちっ、いい勘してるぜ。

良家の血ってやつかよ、むかつくぜ。』

 

既に包囲済みの藍を追い詰めるかのように、男達が足並みを揃えて歩み寄ってくる。

 

『何か御用でしょうか?』

 

穏やかな言葉遣いだが警戒心が感じられる刺々しい藍の口調に男達は下卑た笑みを浮かべる。

 

『そういう態度も取れるんだな。

その方が楽しめるってもんだ。』

 

男が笑いながら静かに武器を抜き、彼らの躾とやらが始まった。

剣戟の音を聞いて、私もようやく様子を伺うべく歩き出した。

囲いが視界に入ると大きな剣戟が響いた。

藍の一撃が男の武器を弾き飛ばしていた。

 

『稽古を付けて頂きありがとうございます。』

 

リーダー格の男が舌打ちすると次の男が武器を抜いて藍に襲い掛かる。

本当は一人ずつ交代で痛めつけて躾けてやるつもりだったようだが、藍の方が強かったらしい。

藍が疲れ切るまで交代で躾ける事にしたようだ。

4人目が敗北した辺りで男が苛ついた声で語り掛ける。

 

『なぁ、見ればわかるだろう。

嬢ちゃんに勝ち目も逃げ場もねえ。

俺らが一斉に襲い掛かればそれでおしまいだ。

俺らを苛立たせるより大人しくなったほうがいいと思わねぇか?』

 

無慈悲な呼びかけに藍は毅然とした態度で応えた。

 

『その先にあるのは最大の屈辱と心の死ではありませんか。

でしたら私は最後まで戦い抜いて見せます。』

 

『若いねぇ。

身体は生き延びられるし誇りだ矜持だなんてのは何の役にも立たんぜ。

苦労した大人はみんな気付くんだ。』

 

心の中で頷いてしまった。

人生ってのは諦めの連続だ。

あんなに大切にしていた誇りや矜持も今となっては鼻で笑うようになった。

私も昔はあんな風に若かったな、私は成長したんだな、と。

 

『それは若さではありません。』

 

そんな私の安心と余裕を小さな少女が凛とした声で吹き飛ばす。

 

『諦めた事実を受け止め自分を見つめなおすのが成長だと思います。

諦めて全て投げ捨てるのは敗北ではありませんか?』

 

丸裸にされた心が私に訴えてくる。

楽になりたい欲求に逃げ、現実を受け入れないまま諦めこそが大人だと虚勢を張っているのが今の私なんじゃないか?

 

『己をよく知り自分に出来る事を成すのが私の知る大人達です。』

 

さらに自答する。

私は大人になったのではなく、自分に負けて正義を諦め悪に染まっただけじゃないか?

どうして昔のように出来る範囲でやらなかった?

 

『少なくとも私の周りの大人達は誰かに与える側の人達です。

奪う事に必死な姿を大人と私は思いません。』

 

どうして私は奪う側を手伝っている?

そんな私の自問自答をよそに、眼前では奪うだけの男達が怒りをあらわにして叫ぶ。

 

『良い事を教えてやるよ!

先程の女はお前を裏切った!

みんなそうしてんだよ!

お前が綺麗事を並べられるのは何も知らねぇし苦労もしてねぇからだ!!

わかった風な口を利くんじゃねぇ!!』

 

大きな男が小さな少女に捲し立てるように吼えている。

どっちが嘘を付いているかなんて一目瞭然だ。

そんな現実を前にして私はというと、情けない事に頭を抱えて震えていた。

少女が凛としている姿も直視できず、この後に成り果てるであろう哀れな姿も直視したくないのだ。

 

『いいえ、那由多さんは負けておりません。』

 

そんな情けない私の頭に彼女の一言が響き渡る。

 

『同じだ。

アイツは俺達と同じで大人なんだよ。

世間知らず苦労知らずのガキに何がわかるってんだ。』

 

男は言い捨てるように吐き出す。

そんな言葉に彼女は一呼吸を置いて強くハッキリとした口調で言い返した。

 

『一緒にいたのはわずかな時間でしたが、那由多さんの瞳からは迷いが見えました。

今も戦っているから迷っているのです。

皆様とは違います!』

 

『苦しんでるから何だってんだ!?

アイツもすぐにわかっちまうよ!!』

 

男の言葉を合図に藍を囲んでいた男達が一斉に武器を構える。

 

『教えてやるよ小娘が!

心が折れなかろうが諦めなかろうが、物理的に負けちまえばどうしようもねぇんだよ!!

だからアイツだって見てるだけで出てこねぇんだ!!』

 

見ているだけどころか頭を抱えて見てすらいなかった。

でも、そんな情けない私を彼女は信じてくれた。

 

心の中の男が叫ぶ。

 

身体が女だからと逃げるな!

大人のする事じゃないとか言い訳はやめろ!

ここで戦わなくて何が男だ!

ここが男の死に場所だ!

 

『うわぁぁああああああ!!』

 

我ながらなんとも可愛い雄叫びを挙げながら攻撃の呪符を囲いの男に押し当てる。

わずかな悲鳴を挙げて倒れた男を飛び越えて藍に駆け寄った。

 

『…ごめん、道に迷ってた。』

 

本当の事が言えず妙な言い訳をしてしまう。

我ながら情けない事だが、彼女は受け入れてくれた。

 

『では、もう迷わないで下さい。』

 

短く答えると藍は武器を構えた。

 

そうだ、もう迷わない。

だけどここで無駄死にしてやる気もない。

1人の男として、大人として、なんとしてでも彼女だけは無事に返す。

それが俺の勝利条件だ。

私が考えを巡らせていると、彼女が小声で語り掛けてくる。

 

『鬼神符をお願いします。』

 

鬼神符と言う言葉に私は聞き覚えはないが、身体の彼女が感覚で教えてくれた。

貼り付けた人物に鬼神のような攻撃性を付与する、日に1,2回しか使えないとっておきだ。

 

『私にもとっておきがございます。』

 

『お前らやっちまえ!!』

 

言い終えると同時にタイミング悪く男達が一斉に襲い掛かってきた。

迷う暇もなく脊髄反射のように藍の背中に鬼神符を押し付けると、藍は素早く刀を横に振った。

 

『花嵐っ!!』

 

直後、強い風が前方に巻き起こり数人の男達が上空へと浮き上がる。

藍の一撃で包囲網が解け、周囲の男達にも動揺が見える。

 

『正面突破です!』

 

言われるまでもない。

藍に導かれるままに唯一の脱出口を抜けて2人で全力疾走する。

次の手を警戒したのか難を逃れた男達が少しだけ間を空けて追いかけてくる。

 

『鬼神符はありますか?』

 

『ごめん、まだ時間が掛かりそう!』

 

札の数も少ないが、そもそも連発できない仕様だと身体が訴える。

 

『では走りましょう。』

 

藍に手を取られて走るが、私はそこまで身体が強くないらしい。

呼吸が乱れ足がもつれる。

このままでは私のせいで追いつかれてしまうだろう。

 

『藍ちゃんは走って人を呼んできて!私は…』

 

覚悟を決めて反転しようとしたその時、場に似つかわしい底抜けに明るい声が頭上から降りかかる。

 

『いいよいいよ。

後は私がやっとくから♪』

 

私達の後ろに何かが降りた。

走りながら振り向くとそこには藍に似た服装のポニーテールの少女がいた。

 

『私のお姉様です。

私とは比べ物にならない方なので大丈夫でしょう。』

 

そう言うと藍は走るのを止めて、ゆっくりと下山を始めたのだった。

 

そのまま麓の集落まで降り、依頼主達に怪異が消滅した事と男達について報告する。

 

『そのような裏があったとは。

太刀花様にはなんとお詫びをすれば良いのか…!』

 

まるで神の子でも扱うように老人が藍の手を取って頭を下げる。

 

『太刀花と言っても見習いですし、そもそも身分の高い一族でもございませんよ。』

 

藍が穏やかに語り掛けるが老人は頭を上げようとしない。

 

『太刀花様がいなければこの国は怪異達に対抗する術がありませんでした。今の世は太刀花様あっての物なのです。』

 

「そうなの?」と私が目で語ると藍が困ったように笑う。

この世界の事情はわからないが、太刀花様とはとても意味のある一族のようだ。

 

『姉がまだ山にいます。

男達を退治して戻って来ると思うので、しばらくここで待たせて頂いてよろしいですか?』

 

頭の上げ時を失った老人に合図するかのように藍が頼み込むと、依頼主達は快く受け入れて部屋を出て行った。

 

ようやく一息をつく事が出来た私は、藍に自分の状態について話した。

 

自分は異世界の中年男性であること。

合流するはずだった那由多が殺され、今は自分の魂が入り込んでいること。

 

『どうにかして那由多ちゃんを蘇らせる事は出来ないかな。』

 

私の言葉を重く受け止めた藍は励ますように静かに語り掛けた。

 

『…大丈夫です。

まず、元の神吉那由多さんはいずれ蘇ります。』

 

藍が言うには身体が無事であればいずれ魂も戻って来るとのこと。

那由多は魂だけが死んだ状態らしい。

 

『ただしそれは短くても数年の時間が必要です。

それまではアナタが体を維持し続けなければなりません。』

 

『病院か何かで寝かせておく事は出来ないの?』

 

無難な提案だと思ったがそれは否定された。

 

『死んだ魂が蘇るには元の生活に近い活動を続けるのが一番です。』

 

『じゃあ中年の俺に神吉那由多ちゃんとして生きろって事?』

 

焦る私に藍は頷く事で返事をした。

 

『ええ…ご両親になんて言えばいいんだよ…。』

 

ついボヤいてしまう。

他に該当者がいないのだから私が神吉那由多のご両親に説明するしかないだろう。

俺に責任があると思えないが、ご両親が怒りをぶつける相手は私しかいない。

一人娘が死の淵を彷徨い、中年の男に身体を奪われたとあって冷静でいられるはずがないのだ。

この後に起きるであろう修羅場を想像し溜め息を付くが、次の藍の言葉がそれを解決する。

 

『それは不要です。

神吉那由多さんのご両親は随分前に亡くなられてます。』

 

決して喜んでいい事ではないが、とりあえず我が身に降りかかる修羅場は回避できるらしい。

 

『両親を失った神吉那由多さんは退魔師の修行場で育てられましたが、先日修行を終えたので我が家に養子入りする事になっていました。』

 

『…と言う事は私と藍ちゃんは姉妹って事になるの?』

 

藍が静かに頷く。

さっきからあえて私と言ってるが本当の俺は中年のオッサンだぞ。

見た目的に恐らく私が姉なのだろうけど、中身が中年男のお姉ちゃんなんて笑えない話だ。

 

『全部正直に話し…いや、待った。』

 

藍のご家族に正直に打ち明けようと決断したが思いとどまる。

それで養子入りの話が無くなってしまった場合、私はどうすればいいのか。

こんな少女の身体でアテも身寄りも知識もない異世界で真っ当に生き抜くのは非常に難しい。

私は神吉那由多の魂が戻って来るまで元の生活に近い活動を続けて身体を維持しなければならないのだ。

だったら私のする事は1つしかなかった。

 

『この事はどうか内密にお願いします!』

 

中身で言えばいい歳したオッサンが、娘がいればこのくらいという幼い少女に土下座して不正を頼み込む。

情けない事この上なしだ。

それでもやるしかない。

那由多を救えるのは私だけで、大人とは成すべき事を成す人間だと教えられたばかりだ。

 

突然の土下座に慌てふためいた後に、藍は目を瞑って静かに考え込んだ。

 

『…そう…ですね。

出来るだけ元の生活に近い生き方をしなければなりません。』

 

そうなのだ。

その為には退魔師の彼女の家に転がり込むのが一番だろう。

 

『正直に話して男性として扱われたら那由多さんの魂はいつまでも戻れないかもしれません。

問題は山積みですが私もフォローいたします。』

 

藍も家族に秘密を抱く決心をしたようだ。

 

『…ですが1つだけ約束してください…』

 

藍の言いたい事はわかるので、決意表明も兼ねてこちらから先に口に出した。

 

『もちろん少女である事の悪用は絶対にしない!

色々な不可抗力は起きるけど、それを役得としない事を誓います!』

 

藍がジッと私の目を見つめるが、こちらとしてもさっきの発言に嘘はないので堂々と見つめ返した。

 

『わかりました。

先程も勇敢なお姿を拝見させて頂きましたし、信頼させて頂きますね。』

 

そう言うと藍は静かに手を伸ばす。

 

『改めまして、太刀花藍と申します。

今日からよろしくお願い致します、那由多お姉様。』

 

かくして私たちは姉妹であり共犯者となる。

そして私の太刀花那由多としての人生が始まるのであった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。