バッセSSまとめ   作:アフロダイB

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アンジュ

月明りだけが頼りの、深く暗い山中の忘れ去られた古井戸に

まるで夫婦が寄り添うかのように優しく体を預けて眠る少女がいた。

 

彼女の名は八蛇 闇呪(やだ あんじゅ)

古来より怪異と戦ってきた伝統的な一族の娘である。

 

彼女が身体を預けているのは正確に言えば井戸ではなく井戸に宿った神。

更に正確に言えば神になれなかった存在だ。

 

かつてここに住んでいた人々は新たな水源である井戸を掘りあてた。

彼らは井戸に神を呼び寄せ村の繁栄の為に奉ろうとしたが神の到着と入れ替わりで戦火が村を襲った。

村は壊滅し井戸は忘れ去られ、辿り着いた神はただの一度も祭られる事なく置き去りにされてしまったのだ。

神となったからには幾度かは人に崇められ奉られなければ限りはこの場所を離れる事も出来ない。

そういう契約なのだ。

長き孤独を味わう神の心中が如何ほどの物か想像に難くない。

 

八蛇はそんな哀れな神に目を付けた。

娘を捧げる事で神の寵愛を独占しようとしている。

闇呪は20歳になれば死ぬ。

神の世界へと旅立つ事が約束されているのだ。

 

闇呪は井戸に寄り添い死んだように眠る。

その精神は神の世界にいた。

 

数十メートルはあろうと言う大きな体に似つかわしい骨と皮だけに成り果てた醜い身体。

声も枯れ果てうめき声のような音しか発せない哀れな神。

だが、そんな状態でも神は私をとても愛おしそうに指先で慎重に撫でる。

この哀れな神にとって私は唯一の財産なのだ。

 

神の境遇に同情しているのだろうか。

とても強大な力は感じるがこの神を恐ろしいとも気持ち悪いとも感じない。

私はカサついた大きな指に優しく頬ずりする。

 

私と神は似ている。

私達はお互いに見捨てられた存在だからだ。

 

 

 

木々の隙間からわずかに差し込む朝日で目を覚ます。

どうやら朝になったらしい。

 

(また来週に来ますね。)

 

私は口づけでも交わすように目を瞑り井戸に優しく顎を乗せると一人で下山を始める。

道中で何度も獣に襲われるが私を傷つけられる物はいない。

先程の神の加護があるからだ。

私に危害を加えようとする者には容赦なく神の怒りが降りかかる。

私を朝食にしようと飛び掛かってきた野犬は宙で炎に包まれ落ちる頃には灰と化していた。

私にとっては珍しくもない光景なので振り向きもせずただ山を降りていくのだった。

 

やがて八蛇家の屋敷に辿り着くと居間で母に出会う。

私を神に捧げた女性だ。

 

『おかえり闇呪。

ちゃんと神様に媚びてきたかい?』

 

酷い言い草である。

神にも私にも敬意がない。

母にとって神も私も自分の為の道具なのだろう。

 

『ええ、お母様。

闇呪は今日もお務めを果たしてまいりました。』

 

母の名は八蛇 姫吾羅(やだ きあら)。

全てはこの人から始まった。

 

母から伝え聞いた話なので相当なまでに母の都合の良い解釈がされているとは思うが

私が聞かされた話は以下の通りである。

 

この国には古来より怪異と戦う2つの一族がいる。

太刀花家と私のいる八蛇家だ。

呪術と剣術を用いて怪異を打つ一族であり、その役割上から国家の法に逸脱した権限を所持している。

両家は互いに協力関係にありながらもお互いをライバル視していた。

 

だが、太刀花家は八蛇のような優れた呪術を持たぬため、身体能力に優れた男性のみが剣術主体で戦い女性は戦わない。

両家のどちらが優れているかは人々の誰もが理解する所であった。

 

代わりに太刀花はあらぬ嘘を並び立て八蛇を陥れていた。

曰く、八蛇は呪いに飲み込まれている。

 

それ故に八蛇家は人々の為に身を犠牲にして戦ってきたにも関わらず世間からは孤立し続けていた。

だが実力は八蛇家にあるのは明白で、太刀花にも立場と言う物があるのは理解できる。

それ故に八蛇家は太刀花の横暴を見過ごしてきたのである。

 

だが彼らは長年の評価を覆そうと、ついに女に剣を持たせたのだ。

その結果、八蛇家はわずかに残された誇りさえも彼らに奪われてしまったのだ。

 

『栄誉も地位も金も譲ってやりますとも。

彼らも一応は戦っていたのですし、人々の平和が第一ですものね。

その程度で両家が争っている場合ではないわ。』

 

まるっきり嘘ではないのだろうから頷く。

私達だって一応は平和を求めているのだ。

 

『でもね、誇りを奪われるのは許されない。

八蛇の謙虚さに甘えて誇りまで汚した太刀花の罪は重いわ。』

 

母は己の事を心優しい女だと信じている。

そんな私が憤っているのだから自分は被害者で相手が絶対に悪いという単純な思考回路で動いている。

そんな母の言う事だから、聞かされた話もどこかで曲解してるのは容易に想像がつく。

だが私を含む兄妹達は誰もそんな事は気にしてない。

もう私達は止まれない。

復讐を果たすために育てられた心のねじ曲がった人間なのだ。

 

『私達は人々のために自らを汚して来た。

それなのにアイツらは綺麗なままのうのうと、厄介事は私ら任せで綺麗ごとをほざいて生きている。

本当に人々から称賛されるべきは私達のはずさ。』

 

母の語りもここだけは少し同意できる。

八蛇家は強烈な呪いも使うし場合によっては非道な手段も取る。

だがそれは必要悪だ。

そうしなければ守れない物もあったからだ。

そんな現実から目を背けて己は綺麗な姿だと誇る太刀花家こそが薄汚いと私は考える。

 

…ともかく、太刀花家を滅ぼせばこんなくだらない話は終わる。

 

『それにあそこにはお前の妹がいるんだよ。

私は太刀花乱に勝負を挑んで勝った。

あの娘は、太刀花藍は私が好きにしていいはずなんだ。』

 

かつて母は太刀花家初の女性剣士である太刀花乱に出産直後に勝負を挑み、勝利したらしい。

相手を制して全てを奪うのが生き物としては当然の事である。

従って乱を打ち倒した母は、当時生まれたばかりだった乱の娘である太刀花藍を自分の物と主張している。

 

『楽しみだねぇ。

どんな風にいじめてやろうか。

アイツに似てるからきっと綺麗な娘になってるはずさ。』

 

何度も聞かされてきた血の繋がらない妹の話。

向こうはさぞかし迷惑に思っているだろうが、少なくとも私にとっては羨ましい。

私は叩かれてもいいし叱られてもいい。

母に私を見てもらいたいのだ。

 

『その時は家族みんなで遊んであげようね。

アンタ達はあの娘を取り返し太刀花家を潰すために鍛え上げてきたんだ。』

 

私の兄弟達は太刀花家を潰すために育てられた刺客である。

兄弟達はそれぞれに異なる能力を持っている。

私の能力は単純に言えば可哀想に見える美少女である事だ

 

私に剣の才能はなかったが、私を傷つければ神様が相手に罰を与える。

私は傷つけられる事が前提の能力だ。

そのために神様に捧げられ、如何にも可哀想な姿で同情を引けるよう薬物漬けの小さな身体に育てられた。

身体は弱く外見はとても良い。

それは人にも通用する罠である。

油断を誘う時、許しを乞う時、周りに助けを求める時。

あらゆる場面で誰かの同情に付け込むことが私の最大の武器である。

いわば私は敵に勝てない前提で育てられているのだ。

 

だから後の報告で聞く事になる太刀花藍の優しさは私の存在を全否定する事となる。

そんな風に被害者のように考えてしまうのは、結局は私もこの人の娘だからかもしれない。

 

 

 

『ダーザインに所属した太刀花藍は、異世界から現れたテロリスト達の戦闘力を奪うだけに留めています。』

 

部下からの報告を聞いて母の私を見る顔が険しくなる。

武器を行使して襲い掛かる大人達を傷つけぬ娘が、襲い掛かってきた子供の私を斬りつけるはずがないと考えたからだ。

 

『こうなれば闇呪様には普通に戦って頂くしか…』

 

『アイツの娘に闇呪がまともにやり合って勝てるわけがねぇだろ!』

 

懸命な努力の跡が伺える程度には私も強い。

その方が相手の同情を誘えるからだ。

だが、その実力はと言うとまだ小学生の弟と妹よりも弱い。

単純な強さで言えば八蛇家で最弱なのは私だ。

 

その日を境に私に対する母の扱いは大きく変わった。

母にとって私は、神への手前で捨てる事も傷つける事も出来ず

さりとて己の役には立たない極めて邪魔な存在へと成り果てたのだ。

 

『お前は大切な存在だからね』

 

そう言って私は家族からは隔離された離れの小部屋に住むようになった。

下手に私に関わって家族に危害が加わるのを恐れての事だろう。

大切に扱われている体で隔離されたのだ。

 

一人で食べる食事は冷たく感じ、一人ぼっちの部屋はTVを点けていてもとても静かに感じた。

友達もいない私は家でも学校でも独りぼっちとなった。

 

ある日、一番上の兄である八蛇 夢獲(やだ むと)が私の部屋にやってきた。

兄は私を気持ち悪い目で見るので苦手だったが、そんな兄でも私を気にしてくれるのが少し嬉しい。

私は孤独を拗らせていた。

 

『それでね、藍ちゃんはね』

 

夢獲は太刀花藍に会ってきたらしい。

これまでの兄は母の言う事を適当に受け流していたが、TVに映った太刀花藍を見て一目で気に入ったそうだ。

いつもはどうでもいい内容を一方的に話しかけてくるので鬱陶しいが今回は珍しく興味のある情報だったので耳を貸した。

 

夢獲から雑誌の切り抜きとランニング中の隠し撮り写真を見せられる。

 

(…綺麗な子…とても真面目そう)

 

私の宿敵は真っ当に育てられた美少女と言う印象だった。

見た目ばかりが綺麗な自分とは正反対である。

私の中で黒いモヤモヤが溜まっていく。

 

私は兄から太刀花家の住所を聞き出す事にした。

普通に聞いても教えてもらえないから、立ち去る兄を少しでも引き止めたくて無理に話題を引き出したように演じた。

兄はニヤ付いた笑みを浮かべながら自慢げに教えてくれた。

 

聞き出したのは太刀花藍に勝負を挑むためだ。

どうせ私は誰からも必要とされてない。

だったらせめて私が勝つにせよ負けるにせよ、自分に与えられた役目を自分の手で終わらせたかったのもある。

そして少しでもいい。

私の事を母に気にして欲しかった。

 

その日の夜、私はひっそりと屋敷を抜け出した。

夢獲から聞き出した住所を教科書に付属されてた日本地図で確認しながら進んでいく。

西、つまり太陽が沈む方に行けばいい。

 

道路を歩いてると途中で何度か大人に呼び止められたので適当に誤魔化して進むが

やがて面倒になったので大通りを避けて人気のない道を延々と歩くようになった。

朝になる頃には全く知らない道を歩いていた。

私はかなり進んだと勝手に思い込みコンビニで朝食を取る。

待ってろ太刀花藍。

お前の命運は多分明日か明後日くらいまでだ。

 

というのは、やはり考えが甘かった。

かなり厳しめに設定していたはずの見通しを遥かに超えて現実は厳しかった。

家を飛び出した次の日の夜、私はまだ地元の県を抜け出ていない事をコンビニ店員から聞かされる。

道中で自販機を見かける度に足元を探しているがお金はめったに落ちていない。

所持金はほぼ尽きかけていた。

 

身体が冷たく感じるようになった。

普通の家の子であればここで家が恋しくなって戻るのだろう。

だが私は家に戻る気にはなれなかった。

元より死ぬ気で家を出ている。

どうせ死ぬなら太刀花藍と戦おうと思っただけなのだから。

 

寒さに震えながら不退転の決意を胸に道を進んでいると見慣れた顔が正面から現れ心臓が止まりそうになる。

まだ小学生の弟と妹だ。

 

『…私を捕まえに来たの?』

 

そんなわけないと知りつつ確認する。

 

『一応は捕まえにいかないと井戸の神様に怒られるからだよ。』

 

『私は帰らない。じゃあね。』

 

わかっていたがあっさりと否定されたので、さっさと茶番を終わらせる。

これで神様への面目も立つはずだ。

 

『姉ちゃん昼間に警察から声を掛けられたろ?

それで居場所がわかったんだよ。』

 

声だけ掛けられたが補導はされなかったので不思議に思っていたが、既に八蛇家から保護の必要はないと指示が出ていたらしい。

本当に家に呼び戻したいわけじゃない。

こうやって説得するフリがしたいだけだから警察にも無理をさせなかったのだろう。

 

『太刀花藍と戦うの?』

 

弟の問いに頷く。

弟も妹も『無理だよ』とだけ言った。

勝ち負けは関係ないからこれ以上を話す事はない。

私が立ち去ろうとすると弟が私の手を掴んだ。

 

『はい、姉ちゃん。少ないけどお金。』

 

ふいに2人がお金を渡して来た。

どういうつもりだろう。

 

『どうって餞別だよ。俺達のお小遣い。』

 

『このままじゃ向こうまで辿り着けないでしょ?最後だからあげる。』

 

少し意外だった。

私達にも多少なりとも兄妹の絆があったらしい。

よくよく考えれば私も兄妹の事を嫌ってはいないし多少は想っているのだから向こうもそうなのだろう。

私は素直に感謝してお金を受け取る事にする。

 

実は母に愛想をつかされて離れで暮らすうちに気付いていたことがある。

それは仮に私が目的を果たせたとしても母は本当の意味で私を愛さない。

役目が残っている間だけ大切にされるだけだ。

それはこの2人も同じ事だろう。

だから私は2人にも逃げ出すように提案してみたが…

 

『俺は自分の意志で戦いを望んでるよ。

もうそういう人間になっちゃったもん。』

 

今さら思い出す。

親の教育がご立派なので私達はご立派に歪んでいるのだ。

 

『あんな綺麗なお姉さんを好きにしていいなんて楽しみだなぁ♪』

 

『どんな風に泣くのかな!』

 

そう言えば私も逆らわない動くアンティークドール代わりにするつもりだった。

やはり私達はおかしい。

おかしいとわかっていながら私達は受け入れているのだ。

 

『じゃあお姉ちゃんが勝てたら太刀花藍はアンタ達の所へ送り届けてあげるから。』

 

もう話す事はない。

小さく手を挙げて別れを切り出す。

 

『さようなら。

2人の事は好きだったよ。』

 

『俺も姉ちゃんは夢獲よりは好きだったよ。』

 

『夢獲は私も嫌いー、アイツ気持ち悪い!』

 

最後に少しだけ笑って背を向ける。

あっさりした別れだけど、最後に少しでも家族の絆が感じられて嬉しかった。

実は2人の事は少しだけ気掛かりだったからこれで本当に思い残す事はなくなった。

 

翌朝、2人から貰ったお金とアドバイスのおかげで電車に乗れた。

目的の太刀花駅までは届かなかったが、かなりの距離を稼ぐことが出来た。

そこからは線路沿いに進んで駅に着くたびに蛇口から水を飲み、食べ物は一切口にせずに2日ほど歩き続ける。

3日目の夕暮れ時になってようやく私は目的の太刀花駅まで辿り着いたのだった。

 

疲れ切った私は駅の階段に座り込んで太刀花藍を待つことにした。

家の詳細な場所まではわからない。

それでも駅に行けば誰かしらには会えて案内してもらえると思ったからだ。

無人駅だったのは想定外だったが、そのうち誰かが通りかかるだろう。

 

誰もいない知らない街でジッと待つと何とも言えない孤独感が襲ってくる。

思えばあの古井戸も神様がいただけマシだったかも知れない。

 

する事もなくただ寒さに震えながら待ち続けていると中年のおばさんが道を横切って行った。

だが、おばさんはこちらを見るなり小さな悲鳴を挙げて逃げ出した。

何事かと思ったが、建物のガラス部分を覗き込んで理解する。

疲れ切って顔はボロボロ、長い髪はボサボサで汚らしい、服もヨレヨレで汚れている。

美少女として育てられたはずの私だったが、夕暮れの不気味さも相まって霊と見間違えられるような存在に成り果てていた。

 

(こんなのじゃ神様にも助けてもらえないかも知れない。)

 

私の唯一の味方だった神様にも見放されたような気がして涙が出てくる。

もう私には本当に何も残っていない。

おまけに身体がなんだか重たい。

自分の重さに耐えきれず私は横になってしまう。

 

気付けば陽は落ちて夜空には星が輝き始めている。

夜空に浮かぶ星々のように、朝になる頃には自分も消えている。

自分に酔ったかのような、らしくないネガティブ思考を巡らせていると

ふいに誰かの足音が近づいてくるのが聞こえた。

 

『おば様ありがとうございます。

念のため離れてて、後は私にお任せください。』

 

先程のおばさんが誰かを連れてきたらしい。

私にはそれが誰かを確かめる気力もなく倒れたまま動けなかった。

 

『意識はあるようですね。大丈夫ですか?動けますか?』

 

顔がよく見えないが同い年くらいの女の子が顔を覗き込んで話しかけている。

私はかろうじて声を振り絞って目的を告げる。

 

『太刀花藍はどこ?』

 

『え?太刀花藍は私です。あなたは誰ですか?』

 

その言葉を聞いて私の意識が少しだけ蘇る。

ずっと聞かされてきた宿敵が目の前にいる。

私は鞄から隠し持っていた刀を取り出して太刀花藍に突きつける。

 

『太刀花藍、私と勝負しな…さ…』

 

そこで急に目の前が真っ暗になる。

今日までほとんど食わず休まずだったのでついに体力が尽きたらしい。

 

何やってるのよ。

敵は目の前なのよ?

ここまで来たのにこれで終わり?

神様助けてよ。

 

必死に祈ったが私は身体を全く支えられずに横に倒れてしまった。

この日の記憶はここまでだ。

 

 

 

目を覚ますと知らない天井が見えた。

だが動こうと言う気が起きないのでそのまま待つ事にした。

今の今まで眠っていたのだから少なくとも安全な場所なのだろう。

 

『あらあら、目が覚めたみたいねー。

ほら、藍ちゃん。女の子が起きたよ。』

 

優しそうなおばさんが現れ私が目を開けているのを確認すると、

部屋の隅で寝ていた太刀花藍の身体を揺さぶる。

藍が身体を起こし始めたのを確認すると、今度は私の顔に向かってレンゲを差し出した。

 

『はい、お口開けて。あ~ん。』

 

うちの母とは正反対の穏やかな空気のおばさんに油断してつい口を開けてしまう。

放り込まれたお粥は少し塩味がして美味しかった。

 

どうやらここは太刀花家の屋敷のようだ。

倒れた私は敵の本拠地に運ばれて介抱されているらしい。

 

『それで…私に何か御用でしょうか?』

 

寝起きの身なりを整えて藍が話しかけてくる。

随分疲れているように見えるがずっとここにいたのだろうか。

 

『もちろんです。

私が連れてきたのですから責任があります。』

 

尋ねてみたら案の定だった。

真っ直ぐで律儀なやつ。

育ちの良さから来る性格は私に嫌悪感を抱かせるばかりだ。

苦労を知らないだけの偽善者め。

 

『それに私に大切な用があるみたいですから。』

 

そうね。とだけ返す。

こうなった以上は悠長に勝負だなんて挑んでいられない。

戦ってるうちに他の人間が集まってきて袋叩きだ。

本当は自分を試す意味でも正面から戦いたかったが仕方がない。

とにかく隙を突いて太刀花藍を倒し、二度と戦えない身体にする。

そんな私の浅はかな考えを読むかのように、太刀花家の男が突然部屋に入ってきた。

 

『藍、その娘を連れて道場に来い。』

 

『何故ですか?彼女はまだ目が覚めたばかりで…』

 

藍が私を庇うが男は目を瞑って誰に語るでもないかのように呟いた。

 

『その娘は八蛇だ。』

 

終わった。

私なんかよりもよっぽど上の立つ男に睨まれている。

もはや私は逃げる事も出来ず、追い詰められヤケクソで戦って無駄死にする。

 

『…大丈夫、行きましょう』

 

何もかも諦めた私を慰めるように藍が手を差し出して来た。

もう行くしかない。

私は大きく溜め息を吐いて暖かい布団に別れを告げた。

 

道場に入ると男達が座って待ち構えていた。

私は彼らの中心に座らせられる。

正面には太刀花家の当主と思われる老人と、その横に恰幅の良い中年の男がいる。

 

太刀花は八蛇より弱いと聞かされていたがそうは思えない。

特に正面の2人に真っ向勝負で勝てる者が八蛇にはいないと感じる。

周囲にいる兄達も全員が強い。

私達兄弟が正面切って総力戦で戦えば確実に負けるだろう。

母には私たち兄弟以外に戦力のアテがあるのだろうか?

 

そんな風に考えていると正面の老人が重々しい声で私に問いかけた。

 

『君は八蛇闇呪で間違いないな』

 

『ええそうよ』

 

もう隠しても仕方が無いので開き直ってしまう。

どうせ袋叩きにされてみっともない最期を迎えるのだから、せめてそれまでは美しく堂々とありたい。

 

『八蛇家の者が何用で太刀花町へ来たのかね?』

 

そら来た。

次の言葉を吐いた瞬間わたしは殺される。

私は少し息を吸い覚悟を決めてから答えた。

 

『太刀花藍を二度と剣を握れない身体にするためよ』

 

ハッキリと言ってやった。

その刹那、周囲から一斉に殺気を浴びせられ余りの恐ろしさに身体が跳ねてしまった。

覚悟は決めているつもりだがやはり怖い。

そのまま数秒間は沈黙が流れたが、それを破ったのは太刀花藍だった。

 

『わかりました。受けて立ちます。』

 

私を含めた全員が驚いて太刀花藍の方を振り向く。

 

神は私を見捨てなかった。

このまま袋叩きにすればいいものを育ちの良さが邪魔をしたらしい。

ともかく私は最大の好機を得たのだった。

 

母は私では勝てないと言っていたが私はそうは思わない。

戦場で出会えばお優しい太刀花藍は私を斬らずに逃げただろう。

だが勝負となったからには私と刃を交わす。

そうなれば私の呪いが太刀花藍に襲い掛かる。

私の呪いは絶対だ。

 

『向こうの狙いはお前だ。わざわざそれに乗ってやる必要はない。』

 

『いいえ叔父様。

私は母から受け継がれた両家の因縁に当事者として向き合わねばなりません。

私の理想とする結末に至るためにもこの戦いは私がやらねばならないのです。』

 

理想の結末とは一人で私達全員を倒す事だろうか。

バカバカしい、私ならともかくうちの次男や三男に小娘が勝てるものか。

 

『…なるほど。お前には戦いを終わらせる道筋が見えているのだな?』

 

『はい。まだ朧気ではありますが、いつか必ずや道を示せると信じています。』

 

またも沈黙が続く。

やがて頭領が小さく溜め息をつくと今度は私に確認を取る。

 

『八蛇闇呪、君が勝てば我が孫はどうなるかね』

 

『生きて帰らせてもらえるなら太刀花藍を八蛇家まで連れて行くわ。

その後あなた達が何もしなければ両家の因縁は終わるはずよ。』

 

兄の一人が物凄い殺気を放って立ち上がろうとしたのを中年の男が目で止めた。

妹を誘拐されるのを黙ってろと言うのは普通は無理があるだろう。

だがこれは普通の家の話ではない。

武家同士の正当な決闘の話なのだから約束が破られる事はない。

私が勝てば間違いなく太刀花藍を家に連れ帰る事が出来るはずだ。

 

仮に兄達が家名を捨てて藍を助けに来るとしても

八蛇の居場所を祖父以外からのルートで調べるには数日は掛かるだろう。

その間に復讐は十分に果たせると思う。

…そうすれば、母だって私を想ってくれるはずだ。

 

『藍、覚悟はできているのだな?

正当な決闘の結末であれば我々は助けられんぞ。』

 

『はい、もちろんです。ですが必ずや勝利を収めてみせます。』

 

太刀花藍が堂々と言い切ってみせる。

その姿があまりに綺麗なので少し見とれてしまい、悔しさと怒りがこみあげてくる。

その綺麗な立ち姿をめちゃくちゃにして現実は甘くないって事を教えてやる。

 

『では私が立会人となろう。

互いに剣士にとして恥じぬ戦いを心掛けよ。』

 

中年の男が立ち上がり私と太刀花藍の間に移動する。

緊迫した空気の中、私が静かに刀を抜くと太刀花藍も刀に手を掛ける。

私は脇構え、太刀花藍は居合。

考え方は違うが双方共に守りの構えと言える。

でも長期戦になんかならないはずだ。

最初の種明かしでそのまま勝負を決めてやる。

 

『はじめっ!』

 

男の掛け声と共に私は見せつける様に大きく息を吸ってから捨て身の攻撃を仕掛ける。

太刀花藍は戸惑いながらも後の先で私に峰を叩きつけようとする。

 

(掛かった!)

 

峰打ちが私に当たる寸前で太刀花藍が突如うずくまる。

私に憑いた神の祟りだ。

危害を加えようとする者には容赦なく神の祟りが降りかかる。

その隙に斬る、これが私の必殺の戦法だ。

 

(二度と刀が握れないように…まずは手!)

 

私は手を狙って斬りつけるが、うずくまった太刀花藍がそのまま前に転がって避けたため手の端をわずかに傷つけるだけに終わった。

 

『藍、そいつは…』

 

『手出し無用!!』

 

兄の誰かが一目だけで私の能力に気付いたらしい。

やはり侮れない。

だが、私の能力を見てもなお彼らは私に手を出さないようだ。

男達が口を閉ざし血が滲むほどに手を握り締め真剣な眼差しを向けている。

随分と愛されているようで嫉妬してしまう。

そんなに大切なら武家の誇りだとか放り投げて助けに来ればいい。

私はそれをしないこの家が腹立たしいのだ。

貴様ら全員を後悔させてやる。

 

太刀花藍が急いで起き上がるのを私は悠々と眺める。

向こうは相当に焦っている。

どうしてうずくまったのか理解できないのだろう。

悩め悩め、攻撃したければすればいい。

彼女を挑発するかのようにゆっくりを刀を構える。

やはり実戦の私は最強だ。

母は諦めていたようだが負ける気がしない。

どんな達人でも私と対峙すれば、せいぜい私を一撃で殺して祟りで殺される相打ちしかないだろう。

そう奢って私は悠々と一方的に襲い掛かるのだが…

 

それから10分が経過したが、決着はまだ付いていなかった。

太刀花藍にひたすら避けられるのだ。

彼女は私を傷つけられないが、私も彼女に一太刀を浴びせることが出来ない。

防御を気にしない攻撃を繰り返しているのにも関わらずこの有様である。

 

(…これ、私の方が疲れるじゃない…)

 

早くも足がフラつき始めた。

私は見た目通りに体力がない。

おまけに向こうは動くだけだが私は鉄の塊を振っているのだ。

どちらが疲れるかなど一目瞭然だろう。

 

(踏み込みをもっと深くするしかない…)

 

私は大きく踏み込んで上から斬りかかる。

彼女が素早く後ろに下がらなければ恐らく後退中に当たる。

動かなければ刀の根元に当たり有効的な一撃にはならないが当たらないよりマシだ。

そんな私の考えを読めていたのだろう。

太刀花藍は姿勢を低くし私のお腹に潜り込む。

勢いよく踏み込んだ私は彼女の頭につっかえて前方向に回転してしまう。

これには神の祟りも発動しなかった。

どちらかと言えば私の方から彼女にぶつかっているからだろう。

 

太刀花藍の頭を軸にして私の身体は宙を舞う。

…母の予想は正しかった。

本当にカッコ悪い。

私はおでこを床にぶつけて気を失ったのだった。

 

気絶している間に夢を見た。

女の人が2人、一緒に歩いていた。

なんとなくだが若い頃の母と太刀花藍の母親だと思った。

太刀花の女が明るく話しかけるのを母が鬱陶しそうにしている。

その姿は私と彼女の関係に似ている。

八蛇側だけが一方的に嫌っているのだ。

 

…最も、私はその怒りに共感できるわけだが…

 

夢の最期には私の神様が現れ私の背中を押した。

大切な物を壊さないように、恐る恐ると。

神様はこう言いたいのかしら?

嫌われていないのだから、要は私の考え方次第だと。

 

私が目を覚ますと、やはりあの優しそうなおばさんが笑顔で私に話しかけてくる。

大丈夫です。と伝えるとおばさんは部屋を出ていき太刀花藍が代わりに入ってくる。

今は一番見たくない顔だ。

 

『…言っておくけど謝らないでね。

そんなの余計にみじめだわ。』

 

『はい、もちろんです。

恥をかかせるような真似は致しません。』

 

私から話しかけると太刀花藍は誠実に答えて私の横に座る。

 

『闇呪さんはこれからどうするつもりですか?』

 

『…死ぬ。』

 

家に居場所がないから戦いに来たのだ。

勝てば一瞬だけでも母が愛してくれると僅かに期待して。

だから負けた以上はもう私の居場所はどこにもなくなったのだ。

 

『居場所なんて作ればいいのでは?』

 

『…簡単に言うな。』

 

清く正しく生きてきたコイツならば簡単なのだろう。

だが日影で生きてきた私はそうはいかない。

どこかが根本的に捻じ曲がっていて人とうまく付き合えない。

 

『…わかりました。

では、こちらをお使いください。』

 

そう言うと太刀花藍は短刀を私に差し出す。

 

『介錯は私が致します。

人を斬るのは初めてですがやってみせましょう。』

 

真剣な面持ちで言ってのける。

本気なのか出来ないとタカを括っているのか。

私はもちろん本気だ。

 

『わかったわ。よろしくね。』

 

上着をずらしてお腹を出し、静かに短刀を抜く。

…覚悟を決めたつもりだったが少しだけ怖くなり刃先を見る。

うん、尖ってる、痛そう。

軽く、本当に軽くお腹に当てるとチクリと痛みが走る。

もうやめたい。

が、居場所がないという絶望が私の背中を押す。

 

『やり残したことはございませんか?』

 

太刀花藍が話しかけてくる。

あるわよ。

美味しい物を食べたかった。

着てみたい服もあるわ。

行ってたい場所もある。

見てみたい景色もある。

 

…それに誰かに愛されたかった。

必要だって言われたかった。

 

太刀花藍の言葉は予想以上に私に響いた。

だってこのまま死んじゃったら誰にも愛されない闇呪じゃない。

 

『…死にたくない。』

 

震えながらポツリと漏らす。

気付けば私は涙を浮かべていた。

 

『…誰にも愛されないまま死にたくない…

誰にも愛されず、ただ忘れられていくなんてイヤ…!』

 

堪えきれなくなった涙は大粒となって溢れ出る。

 

無計画な旅をして

みすぼらしい姿になって

行き倒れて敵に助けられて

カッコ悪い戦いをして

情けない負け方をして

みっともなく生き恥をさらして

恥ずかしげもなく泣いている

 

自分の何もかもが嫌になる。

だからこそ、こんな嫌な自分のまま終わりたくないじゃない。

 

泣きじゃくる私の手を取って太刀花藍が優しく語り掛けてくる。

 

『八蛇闇呪さん。私達は話し合うべきだと思います。』

 

私を今さら八蛇と呼ぶのはどう言う事だろうか。

怪訝な顔をする私に太刀花藍が語り掛けて来る。

 

『まず八蛇さんはどうして苦しみながら家業を続けているんですか?

お辛いならやめてしまえばいいではありませんか。』

 

そんなの何度だって考えてきたはずだ。

だがやめるわけには行かなかった。

やめなかったのが私達の誇りだ。

 

『八蛇の能力は必要なのよ。』

 

太刀花だけでは足りない。

現れる怪異に対して戦える人数が少ないのだ。

低級の怪異ならともかく、強大な力を必要とする事態はいくらでもある。

 

『だからこそ八蛇は禁呪に手を出す。

人々のために禁を犯した八蛇が忌み嫌われ、自分の手を汚さない太刀花が受け入れられるのが気に入らない。』

 

『私達は禁呪に頼らぬ事で別の強さを手に入れています。

それは今日まで戦いの中で太刀花家が生き残っているという結果が示しています。』

 

それは八蛇の方が強いと論破できるはずだったがもう出来ない。

少なくとも私は負けたし、太刀花の男達が兄達に劣ると思えなかった。

 

『ですが八蛇家の力が世に必要なのも事実です。

怪異に立ち向かえる剣士の数が少なすぎますから。』

 

太刀花の技は並では習得できず、八蛇の禁呪は受け入れられない。

数の不足を知りながらも両家の者だけで対応するしかなかった。

 

『ですが両家の長き積み重ねの果てに一筋の希望が生まれました。』

 

そう言うと太刀花藍は古びたノートを取り出し私の目の前で広げる。

 

『…何?太刀花双輪計画?』

 

『私の母の残した計画です。』

 

太刀花藍は計画について私に説明を始める。

 

『結論から言いますと太刀花の分業化です。』

 

今までは一族の男性のみに伝授されていた太刀花の技を一般にも伝授できるように簡易化する。

これは太刀花の歴史の中で初めて、女性でありながら剣士となった藍の母である太刀花乱が実現可能であることを証明している。

乱の技は太刀花であって太刀花にあらず、本家よりもかなり反動が抑えられていたらしい。

女性である乱が扱えるのならば並の男でも才能さえあれば扱えるという事だ。

 

『またこの計画には闇呪さんのお母様である八蛇姫吾羅さんの名も書かれています。』

 

『え、どうしてお母様が?』

 

急に母の事を振られて鼓動が早くなってしまう。

ある意味で一番聞きたくない名前だった。

 

『この計画は呪いに苦しむ八蛇家を救うためのものでもあったのです。』

 

八蛇家も長年禁呪を用いてきたことで呪いの反動を緩める技術を持っている。

乱は八蛇家の呪いによる強化を嫌悪せず、一種の薬のように前向きに考えていたらしい。

ノートには八蛇の呪いも無理が利く範囲での身体強化に使う計画も書かれていた。

 

『簡易化された太刀花の剣術と緩和された八蛇の呪による無理のない範囲の身体強化。

この2つを用いて戦う剣士を量産する事が太刀花双輪計画です。』

 

双の輪とは乱と姫吾羅を指すのだろう。

姫吾羅は乱を敵視していたが乱は姫吾羅を救おうとしていたのだ。

つまり乱を殺害した母は…

 

『母は自分を救うかも知れなかった道を自ら閉ざした…?』

 

『そう思います。

そしてそのツケが私達にもまわっています。』

 

母は藍を手に入れられなかったという逆恨みから自分の子供達のおかしな教育を施し狂わせた。

そして藍はいつ来るかわからない八蛇の刺客に備えながら暮らしている。

お互いに普通の少女として生きられる道もあったはずなのに。

 

『闇呪さん。

貴女のお母様を救うためにも、この計画を私達で完成させてみませんか?』

 

八蛇家の襲撃に備えるために藍も太刀花の技を学んでいるが

それは正式な物ではなく簡略化された物らしい。

 

『正式な太刀花の技は私の身には余る物でした。

ですから私でも扱えるようにと威力を落として負担を軽減した技を私は振るっています。』

 

藍のために太刀花の男達は正式な型に拘るのをやめた。

乱の開発した剣術は藍の中で蘇りつつあるのだ。

 

『私が技を覚え八蛇家の技術が合わされば双輪は完成します。

そうすれば長く続けてきた両家の生き方も変えられる事が出来るのでは?』

 

もちろん完全に変わる事は出来ないだろう。

本来の太刀花と八蛇の能力が消え去るのは惜しい。

だが少なくとも一族全員が強制で戦いに関わるような生き方はせずに済むだろう。

 

『でも貴女が簡易化された太刀花を完成させられるという保証はあるの?

少なくとも八蛇の者は貴女の言葉に耳を貸さないわ。』

 

自分もそうだったが、私達はもう太刀花藍を奪う事しか考えていない。

そういう育てられ方をしてきたのだ。

そう首を振る私を真正面に捕らえて太刀花藍が語った。

 

『いいえ、私の目の前に成功例があります。』

 

静かに、力強く語った。

 

『双輪が八蛇家の方々に打ち勝ってみせれば話を聞いて頂けるはずです。

今の闇呪さんのように。』

 

そう言って太刀花藍は優しく微笑む。

その表情からは決意と僅かな恐怖を感じる。

本当は怖い癖に、挫けそうな心を必死に奮い立たせているらしい。

 

太刀花の女性だけで勝利すること。

すなわち藍と姉の凛、そして私だけで八蛇の7人と母に勝利する。

正直なところ分が悪すぎる。

そして負ければ彼女の人生は生き地獄と化す。

八蛇なんか放り投げて兄達に守ってもらいたいのが本音だろう。

彼女だって身を捧げて計画を進めているのだ。

 

元々捨てられた身ではあるが

計画に乗れば一時的とはいえ八蛇を裏切る事になるのに少し引け目を感じる。

私は小さく溜め息を吐き決意を固めると太刀花藍に顔を向けた。

 

『…いいわ。

どのみち行く当てもないし私も手伝ってあげる。』

 

人生ってわからないものだと思う。

先程まで全てを奪い去ろうとしていた者を今からは全力で守るのだ。

藍が嬉しそうに笑うので釣られて私も少し笑ってしまう。

そんな私達を見ていたかのように部屋の外から当主の声が掛かる。

 

『藍、八蛇闇呪。もう良いかな?』

 

『ええ、私の望んだ通りに話はまとまりました。』

 

『では広間に来なさい。』

 

当主に連れられて私達が広間に向かうとやはり決闘の時と同じように全員が座って待っていた。

私達は左右に並ぶ男達に挟まれた当主の正面に座る。

 

『八蛇闇呪。

君は藍の計画を手伝うという事で良いか?』

 

『ええ、そのつもりよ。』

 

私が応えると周囲の緊張の糸が解かれたように感じた。

…ちょっと待って、答え方を間違えたら私はどうなっていたのかしら?

 

『では君は我が家で預かろう。

八蛇闇呪は今から太刀花杏樹と名乗りなさい。』

 

これはこれからの暮らしを考えての事だと説明を受けた。

 

太刀花に関わる人々への配慮も兼ねて八蛇は名乗らない方がいい。

また明日からの身分証明として太刀花を名乗っておいた方が話が早い。

…最悪、元家族に処分される可能性がないわけではない。

あらゆる状況から守ってもらうためにもこの家の子供になるべきだろう。

 

『わかりました。

今日からよろしくお願い致します、お爺様。』

 

頭を下げてから微笑むと周囲から安堵の笑い声が漏れる。

歓迎されているのが嬉しくて少し顔が赤くなってしまう。

顔の行き場を失くした私がすがるように藍を見つめると彼女は満面の笑みで私を見つめていた。

あれ、ちょっと怖い。

 

『…何?その顔』

 

『実は…わたしずっと妹と遊ぶのが夢だったんです!

そうしたら本物の妹が!それもこんな綺麗な子が!』

 

そう言って興奮した顔で私の手を掴む。

こんな子だったのね太刀花藍。

 

『買ったはいいけど私には似合わなかった服も杏樹ちゃんなら似合うはずです!

着せ替えだけじゃありません、他にもやりたい事もいっぱいあるんです!』

 

『うむ、新たな妹だ!

旬兄ちゃんも嬉しいぞ!!』

 

更に変な男が割り込んできた。

夢獲に似た雰囲気を感じる。

太刀花家の養子になっていきなり後悔しそうになる。

 

『ちなみに杏樹ちゃんは何歳なんでしょうか?

小学4,5年生くらいでしょうか!』

 

藍が目を輝かせて訪ねて来る。

まぁ普通はそのくらいに思うんでしょうね。

 

『13歳、貴女と同じ中学2年生よ。』

 

とはいえ私の誕生日は1月26日だ。

早生まれの私は恐らく彼女の妹になるだろうと思っていたのだが…

 

『…え…?』

 

藍の顔が青ざめている。

…まさか?

 

『私1月生まれ。藍、貴女は?』

 

私が尋ねると藍は両手を床に付けて大きく項垂れた。

 

『さ、3月生まれです…』

 

藍は本気で落ち込んでいるが、そんな彼女を見るといじめたくなるのが私だ。

今までの積もり積もった感情はこれから晴らせそうだ。

 

『杏樹お姉様と呼びなさい。』

 

優しく肩を叩いてやると周りから大笑いが起きる。

彼女の夢とやらの1つは早くも崩れ去ったわけだが

もう1つの夢は私が叶えてあげるわ。

だって今日から私は姉だもの。

お姉ちゃんが妹を守ってあげるわ。

 

そして私はかつての家族たちにも誓う。

皆と戦う事になるけれど、戦った先で私達はきっとわかりあえると思う。

その時こそ家族らしいことをしましょう。

 

小さな体に明るい希望を秘めて、太刀花杏樹はひっそりと拳を握り締めた。

 

その日の夜、神様が私の夢に現れた。

神様は私の頭を優しく撫でるとゆっくりと口を開いた。

 

『双輪で私を斬れ。生きなさい。』

 

神様が自分を斬れと言った。

長年孤独を味わった末の結論、神様はどんな気持ちだろう。

私のため?自分が楽になるため?

それはわからなかったけれど、私は誓った。

 

『私は…神様を斬ります』

 

そう答えると神様は私の頭を優しく撫でた。

 

20歳までに斬らなければ私も神様に嫁いでしまう。

私は生きるために太刀花となったのだ。

そして、神様もそれを望んでいた。

 

神様は本当の意味で私を愛してくれているらしい。

手元に置くよりも人の中で暮らす事を選んでくれた。

 

(…ありがとう。

幸せになってみせるからね。)

 

神に愛された少女は神を斬る女へと至る決意を固めたのだった。

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