時刻は午後20時。
ポツポツと100メートルほどの間隔で並ぶ民家に明かりはなく
街灯だけが辺りを照らす人気のない村に2人の少女が立っている。
少しだけ大人びた顔立ちの少女の名は太刀花 凜(たちばな りん)。
この村の住人から依頼を受けて事態の解決にやってきた16歳の女子高生兼退魔師である。
巫女風の衣装に派手な桃色の羽織、金色の長い髪を同じく桃色の大きなリボンで後ろに縛った天真爛漫な見た目をしている。
鼻歌交じりで作業をしている凛の傍らで真剣な表情で周囲の様子を伺っているのは太刀花 藍(たちばな らん)。
姉である凛の仕事ぶりから学ぶように祖父に言われ付いてきた13歳の女子中学生兼駆け出し退魔師である。
セーラー服と振袖を合わせたセーラー巫女と呼ぶべき装いに、透き通るような藍色の髪を横で2つのリボンで縛った清楚ながら華やかな見た目をしている。
さて、退魔師である彼女達がいるという事は当然ながらこの村では妖魔による事件が起きている。
先日、いきなり妖魔が村に現れ次々と住民を襲った。
幸いにして人的被害はなかったが次はどうなるかわからない。
と、人間側の言い分だけを聞けばこのようになる。
どんな存在であっても理由もなしに人を襲う事はないだろう。
そう考えて凛は妖魔との対話の場を設けようとしていた。
『これで良しっと。
藍、こっから出ちゃダメよ。』
円を描いて地面に撒かれた少し匂う酒を指差して凛が警告する。
この中にいれば夜が明ける程度までは妖魔に襲われる事はないと凜が補足する。
『それは妖魔と戦うという事ですか?』
藍の問いに『相手次第だね。』と凛は笑う。
『まぁ殺しちゃえば話は簡単なんだけどさ。
それをしちゃうと他の妖魔や動物達からアタシらが嫌われちゃうわけよ。
何をするにしてもそれなりの理由が必要なのは人間と一緒。
だからこその対話ってわけ。』
凛は人間ではあるが人間だけの味方をしていれば他の妖魔達から敵視される事になる。
金を稼ぐことだけが目的の退魔師ならば人間の都合を最優先とするが
その場合は妖魔や様々な生き物から敵視され、彼らの協力が得られないのはもちろんのこと最悪の場合は命を付け狙われる事もある。
退魔師家業を長く続けるには彼らとも円満とはいかずとも敵対しない事がコツである。
そして太刀花家は古くから退魔師家業を続け国宝指定されている退魔師の名家なのだ。
『さて、やりますかっ♪』
凛は地面に置かれた銅製の鐘を小さな棒で独特なリズムを刻み始めた。
『妖魔さん、妖魔さん。
ちょいとアタシとお話ししませんかっと♪』
ピシッ!!
即座に銅製の鐘にヒビが入る。
これは妖魔からの『話すことなどない』という意思表示である。
『あっちゃー、これは相当怒ってるのか正当な理由があるねぇ。』
笑顔を絶やさず口だけ困ったような素振りを見せ、凛は2つのお椀を取り出すと酒を水を入れてもう一度銅製の鐘を叩いた。
『そうは言ってもアタシも依頼されちゃった。
アタシだってお金は欲しいから簡単には引けないよ。
だから話を聞かせておくれよ。
美味しいお酒とお水をあげるんだから、それくらいは良いでしょ?』
凛は『それともアタシを殺すかい?』と瞳を戦闘モードに切り替えて笑う。
凛としては向こうが襲ってきてくれた方が話が簡単なのだろう。
その余裕の態度が妖魔を脅し、酒と水の誘惑が彼らを対話の場へと誘った。
『いきなり村を襲うなんておかしいよね?
どんな理由があるんだいっと♪』
リズムを刻みながら語り掛ける。
特殊な鐘を叩きながら言葉を放つ事で彼らに正確に気持ちを伝える事が出来る。
鐘の効果で思考が通じたとしても異種間では感情が正しく伝わりにくいため音で表現するのだ。
今の凛のリズムは誰が聞いても陽気だ。
やがて妖魔側からの思考が返ってくる。
凛は妖魔の思考を妹の藍にも伝えるため、あえて言葉として声色で伝える。
『この村の住人が山の一部を売り、人間達が山を切り崩した。』
妙な声色演技を終えると、再び銅製の鐘を鳴らして妖魔に語り掛ける。
『それでアンタ達の住処が追われたとしても、そいつはただの生存競争だね。
クマがハチの巣を襲ったのと変わらない。
だとしたらアンタ達が村を襲ったのはただの戦争だ。
人間のアタシが金目当てで人間の味方をしちゃってもいいよねっと♪』
凛が問い詰めると妖魔達が反論する。
『崩された土地の中には我らの神の社があった。
その日は我らが神を称える祭りの最中だったのだ。
我らとて普段ならば崩される前に社を移す。
だが神への祭りを生物の都合でやめるわけにはいかない。
身動きのとれぬ祭りの最中に神のおわす社を破壊するのは神への冒涜ではないか。
この件は人間が悪い。』
そう言うと妖魔は姿を変える。
現れたのは小さなヘビであった。
その傍らには無残に引き裂かれた幼体もあった。
『これは私達の子供だ。
逃げ遅れたのならば我らが悪い。
我が子が食べるために殺されたならば我らが恨む筋はない。
だが、逃げる事も出来ず食べられる事もなく、我が子は意味もなく殺された。
我らが神も怒っている。』
蛇が怒った所で妖魔と化す事は普通はあり得ない。
彼らを妖魔としたのは彼らの信仰する神あっての事らしい。
『理解したなら引け、退魔師の娘よ。
これは神の代行であるぞ!』
蛇の背後に何か大きな存在が姿を現す。
その威圧的な空気に藍は寒気を感じ自らの身体を抱きしめる。
そんな藍を温めるように凛がさらに抱きしめて藍に語り掛ける。
『弱ったねー。
かといって人として村の人達を見殺しにするわけにもいかないよー。
アンタならどうする?』
凛の質問に落ち着きを取り戻した藍は静かに目を閉じて考える。
『この度の件、先に仕掛けたのは人側です。
その報復として蛇さん側が仕掛けたとしても、それは対等な行為であり私達の出る幕ではありません。』
そこまで言うと藍は静かに、決意を秘めた言葉を続ける。
『ですが我々は人間です。
人が殺されるのを黙って見ているわけにはいきません。
…残念ですが、彼らと戦うべきだと思いま…』
『未熟者』
藍の言葉を遮ると凛は再び明るいリズムで鐘を叩き始めた。
『よーしよし、よくわかりました♪
そいじゃ私とアンタ達のお互いが得をする提案があるんだ。
今度はアタシの話を聞いておくれ♪』
凛の提案は以下の通りだ。
『人間を殺したって子供は帰ってこない。
それよりも子供がもたらす筈だった喜びを人間達に補って貰おうじゃないか♪』
思わぬ提案に蛇達は凛の言葉に聞き入ってしまう。
『村の人間達に祠を作らせて、そこにお椀に水を入れて毎日捧げさせるようにするんだ。
そうすればアンタ達は毎日美味しい水が手に入る。
アタシ達は約束を守ったから村人からお金が貰える。
お互いにハッピーさね。
それに簡単に殺しちゃつまんないだろ?
今日から村人達はアンタ達に水を捧げる奴隷さ。』
人間側からしたら水を入れるだけの簡単な仕事だが、蛇達にはなんとも魅力的な提案である。
やはり人はズル賢い。
人の知恵が人を苦しめていると蛇達は大いに笑う。
『村人が水を断れば契約不履行でアンタ達は更に大手を振って村の人達を皆殺しに出来る。
人間がそこまでやっちゃったら他の生き物達もますますアンタ達の報復を悪く思わないだろうさ。
もちろんその時はアタシらも知らないよ。
神様も信者の信者が出来たようなもんで嬉しいだろ?』
藍は呆気に取られて凛を見続けている。
これでは退魔師というよりはペテン師だ。
しかし誰も損をしていない。
強いて言うなら上手いやり方なのだろう。
蛇達は納得して村から立ち去っていった。
『というわけで祠を作って毎日水を捧げてね。』
翌朝、村人達にそう伝えると中年男性から不満の声が挙がる。
『太刀花様が退治してくれるんじゃねぇのか?』
『アタシは解決するって依頼を受けたの。
アタシなりの解決はしたわ。
これが嫌だってんならお金は返すから違う退魔師に頼んでよ。
相手は神様だからまず無理だと思うし、出来たとしても何百倍も犠牲とお金がかかると思うよ。
失敗したら村に住んでない一族も皆殺しでしょうね。
いいじゃん、たかが水っしょ。』
凛に捲し立てられ村人は押し黙る。
凛の言葉に嘘がないのだと理解したのだ。
『蛇達には村人を襲うようにって言ったから
引っ越しちゃえば蛇との縁は切れるわ。
村にいる人だけが水を忘れなきゃいいのよ。』
凛が畳みかけるとしばらくの沈黙の後、村の村長が静かに頭を下げた。
『村を救って頂きありがとうございます、太刀花様。
仰る通り村に祠を作り毎朝水を入れ替えるようにさせていただきます。』
帰宅に利用する電車の中で凛は藍に諭すように教える。
『アンタは人間の都合を考えてたみたいだけど
それをしちゃうと妖魔や妖怪、怪異、動物達から危険人物として睨まれちゃうわよ。
式神の行使とかも出来なくなっちゃうし、なんなら消されちゃうことだってあるの。
いわば指名手配犯ね。』
凛の言葉に藍は傷付きながらも深く反省をする。
自分は常日頃からマジメだと言われ誇りを持っていたが
不真面目な凛の柔軟さが村も妖魔も救ったのだ。
『反省いたしました。
私達は妖魔を退治するのではなく
彼らと人との調停者なのですね。』
『ネゴシエーターでも弁護士でもなんでもいいわよ。
上手くやれれば。』
そう言って凛は笑う。
カッコ良く刀を振り術を駆使して悪しき妖魔を討ち滅ぼす。
そんな想像していた姿とは違ったが、双方を救った姉のやり方は想像以上に優しく幸せな結末を迎えた。
(人にも妖魔にも優しい人になりましょう。)
電車の車窓から見える朝日を眺め、藍は静かに決意したのだった。