『STAGE CLEAR!!』
景気のいいネイティヴ発音のボイスと共に画面が真っ白に染まっていく。
VRゴーグルをつけた少女は少しだけ息を吐いて呼吸を整える。
ダーザインにはVR空間で戦闘訓練を行える設備があり、少女はそれを利用していたようだ。
この後はリザルト画面が映るのだが、どこかの誰かが決めた完璧な戦術に興味はない。
自分の理想とする動きができていたならそれで十分なのだと、少女はゴーグルを外す。
薄くリップを塗った少しだけオシャレ付いた少女が満面の笑みで姿を現す。
太刀花凛(たちばな りん)。
Sランク部隊である太刀花双輪華のエースであり、退魔師の名家である太刀花家が自信をもって送り出した一人前の退魔師だ。
凛はタオルとスポーツドリンクを手にすると、VRルームを出て別の部屋へと向かう。
凛が部屋に入ると、真っ白な壁に囲まれた広々とした空間で2人の少女が手合わせをしていた。
素早く動き回っているのが太刀花藍(たちばな らん)、凛と同じく太刀花双輪華の部隊員であり実の妹でもある。
対照的にどっしりと構えて藍の猛攻に受けて立っているのがドット、Sランク部隊である宵月庵のメンバーであり代理ヒーローと呼ばれる正義の味方である。
2人の実力が拮抗しており体力的にも余裕が見えたので、長引きそうだと判断した凛は椅子に座ってスポーツドリンクを飲んで戦いを観察する。
(…ん?んんん?)
2人の戦いを少し眺めただけで凛はすぐに違和感を感じた。
動き回る藍に対し、受けて立っているドットの戦い方がうまく噛み合っていないのだ。
(…何がしたいのよ)
藍の猛攻を防ぎながら戦っているはずのドットは妙に反撃が多く攻撃的で、それならばいっそ踏み込めばいいのに両足を踏みしめたまま攻撃して防御に備えている。
決定的なミスがあるわけではないが、どっちつかずの戦い方で理にかなっていないのだ。
TVゲームの達人がゲーム配信中の他人のプレイを見てイラつくように、嚙み合わない戦い方に少しだけ苛立ちを覚える。
もちろん怒る事のほどでもないのだが、自分ならこうするのにとモヤモヤしてしまう。
『また折れたああぁあああ!!』
ドットの涙交じりの叫び声が響く。
藍の攻撃を真っ向から受け止めた結果、ドットの剣が折れてしまったのだ。
『少し休憩にしませんか?』
刀を納め小さく息を吐き、片手を胸において藍が提案する。
剣がなくては手合わせもできない。
ドットは藍の提案に頷くと、新しい剣を用意するように職員に頼んだ。
『ねえ、ドットちゃんちょっといい?』
休憩する2人に未開封のリンゴとグレープ味のスポーツドリンクを差し出して凛が話しかける。
藍の方を見るとお先にどうぞと片手を出していたので、ドットはリンゴ味のスポーツドリンクを受け取る。
『凛さんいただきます。
私に何か御用ですか?』
ドットの返事を聞いて凛は少しだけ顔をしかめて悩む。
別に悪口を言うわけではないのだが、場合によっては失礼にあたるので難しいところだ。
『ドットちゃんの戦い方だけどさ。
なんていうか防御を固めてる割には積極的に反撃するし、攻撃を仕掛ける割には中途半端な打ち込みでチグハグじゃない?
あっ、悪いってわけじゃないわよ!?
戦い方は人それぞれだし!』
凛は思ったままを発言し、慌てて両手を振って取り繕う。
『いえ、客観的なアドバイスを頂けるのはありがたいですよ。』
取り繕う凛を落ち着かせるように、ドットはわずかに微笑む。
『例えばそうね…。
藍、アンタ敵の攻撃ってどうやって防いでる?』
なんとなく気まずさを感じた凛は妹に話を振る。
『えっ、どうって…相手の攻撃は横に弾いて逸らすのが刀の基本です。』
『そう、それ!
ドットさんの防御って衝撃を真っ向から受け止めてるのよ。
そりゃ剣もよく折れるわよ。』
凛が捲し立てていると、武器置き場に新たな剣が転送される。
ドットは立ち上がり片手で剣を持つと、少しだけ振ってみる。
新品の剣に問題はなさそうだ。
その気があったかはわからないがドットが準備万端とばかりに話を打ち切りそうに見えたので、藍はドットの気勢を挫くかのように話を続ける。
藍も凛と同じように違和感を感じていたので、ドットの事が気になるのだ。
『戦い方は状況や立場によって変わります。
お姉さまが理にかなわないと感じたドットさんの戦い方も、そのようになる理由があるのではないでしょうか。』
藍の言葉を聞いて、ドットは手を顎に当てて考える。
自分ではそのように意識はしなかったが、言われてみれば心当たりがあるのだ。
『そうですね、きっと藍ちゃんの言うとおりです。
…少し長くなりますが、よろしいですか?』
ドットの癖を解析する事は手合わせするよりも価値があると思う。
藍は頷いて凛の隣のベンチに座り、ドットはそのまま床に座って話し始めた。
『私の剣術はV.C.Sの…えっと、ヒーロー達で共有してる基礎剣術ですね。それを学びました。』
礼儀正しさを前面に出した語り口調は、懐かしい思い出を語るようにだんだんと穏やかになっていく。
『それとアーノルドというヒーローが怪我をしまして、彼のリハビリを兼ねて実践式の稽古を受けました。
アーノルドは強かったですけど剣術は我流でしたね。』
『ほうほう、ドットちゃんが男と二人っきりでリハビリを兼ねて…
その辺を詳しく…』
『…お姉さま、マジメに聞いてください。』
アーノルドという固有名詞を聞いて凛が目を輝かせて前のめりになるのを藍が制止する。
凛もお年頃なのだとドットは微笑ましくなり小さく笑ってしまう。
『そうですね。
アーノルドも関係してるかもしれませんから少しだけ話しましょうか。』
凛は目を輝かせ、藍は呆れるように小さくため息を吐くと姿勢を正してドットを見つめる。
姉妹でもこうも違うものかとまたも笑ってしまう。
『アーノルドは凛さんが想像するような人ではありませんよ。
いつも甲冑姿で腰には剣を下げてて、私も素顔を知りません。
私が生まれる前からヴィランサーから町を守ってるベテランヒーローです。』
『なによー、おっさん相手じゃ一晩の過ちとかも起きないじゃない。』
『お姉さま!』
藍が珍しく大きな声を上げて凛の頭を叩くとドットにペコリと頭を下げる。
これも姉妹の愛情表現なのだろうとドットは笑いながら話を続ける。
『そのアーノルドが怪我をしてしまって、それで代理ヒーローだった私が一人で町を守る事になったんです。
あの時は本当に必死でしたよ。』
『ちょっと質問させてください。
ドットさんは代理ヒーローというヒーローが現れるまでの時間稼ぎをするのがお役目だったのでは。』
藍の質問にドットは頷いて答える。
『ええ、その通りです。
だから代理ヒーローの私が一人でヴィランサーを倒して町を守ってました。
中学生のはずの藍さんが退魔師をしてるのに実は少し共感してるんですよ。
どうして私がこんな苦労を?って少しは思ってましたから。』
お互いの苦労をわかち合う2人を他所に、凛が静かに分析する。
『大体わかっちゃった。
つまりドットさんは町の人を守らなきゃいけないから攻撃を受け流さずに受け止めてる。
で、一人で敵を倒さなきゃいけないから攻撃もするんだけど、町も守らなきゃいけないからいまいち踏み込めない癖がついたのよ。』
凛の分析に2人して息ぴったりに感嘆の声を上げる。
『なるほど、守るべき者が傍にあるからこその戦い方なんですね。
優しくて誇らしい戦い方だと思います。』
『癖まで完璧にヒーローって事よ。』
藍と凛の言葉を聞いて、ドットは無自覚だった己の戦い方を反芻するように語りだす。
『本当はハンドガンを使いたかったし、自分1人しかいなかったから形にこだわる事も出来なくて使えるものは何でも使ったけど、それがよかったのかは分かりません。』
自分はしょせん代理ヒーローだと思っていたが、無自覚に町を守る癖が身についていたらしい。
それは一人で自由に戦う身としては悪癖なのかもしれない。
だが、ドットには別の思いが胸を満たしていた。
『でも、それは私の歩んできた道の答えなんですね。
凛さんには叱られるかもしれませんが、私はこの戦い方を誇らしく思います。』
藍の言うように、自分の戦い方はヒーローとして誇らしいと感じる。
堂々と言い切ったドットに凛は慌てて訂正する。
『いやいやいや、ちょっと待ってよ悪くないってば!
戦い方なんて状況で変わるんだから!
むしろ守りのプロがいて助かるくらいよ?』
『ええ、わかってます。
少しいじわるしてみました。』
『お姉さまは先ほど失礼なことを言いましたし、これでおあいこですね。』
3人で少しの間だけ笑いあうと、ドットは重くなった腰を上げて立ち上がる。
『では藍ちゃん、もう一勝負お願いします。』
その顔には疲れは見えず、むしろ清々しさと誇らしさが感じられる。
『今度は先ほどのようにはいかないみたいですね。
喜んで胸をお借りいたします。』
藍が立ち上がると2人してそれぞれ中央にある2本の白線の前に立って向かい合う。
『じゃせっかくだしアタシが…はじめっ!!』
凛が合図をすると2人が武器をぶつけ合う。
響き渡る剣劇の中でドットは己の内に問いかける。
(自由に戦う身からすれば要領が悪いのかもしれない。
もしかするといつか決定的なミスにも繋がるのかもしれない。
それでも私は、町を守るヒーローとしての立ち振る舞いは変えたくないし忘れたくない。
例え代理だったとしても、私だってヒーローだもん。)
決意を新たにするとドットは向かってきた刀を正面から受け止める。
パキン!
金属音が響き渡りドットの剣先が宙を舞う。
『また折れたぁああああ!』
『…ドットさんがやる気になっても剣は別よね。』
凛が呆れながら現実を語るが、少なくとも折れるまでは全ての人を守れる。
ドットは職員にまたかよと叱られながら新しい武器を依頼するのだった。