バッセSSまとめ   作:アフロダイB

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オルレアンの姫君

芸術品が置かれた気品ある部屋で3人の男と1人の女が議論を交わしている。

声はハッキリと力強く、それでいて怒声を感じさせぬ落ち着いた語りを保っているが、双方ともに熱くなっているのが伺える

 

『つまり蛮族の相手は蛮族に任せろという事ですかな?』

 

恰幅のよい中年の男が対面に座る若い男を嘲笑うように挑発する。

 

『ああ、そのように受け取っていただいてかまわない。』

 

若い男がキザったらしくも不遜な態度で答えると、横にいた若い女性が続けて答える。

 

『蛮族相手には蛮族のやり方がふさわしいのです。

格式を重んじる皆様にはさぞ手に余るでしょう。』

 

女性が品と落ち着きのある透き通った声でハッキリと答える。

蛮族と自ら名乗りながらも堂々とした態度は彼女の品位を落とさない。

恰幅の良い中年が舌打ちしながらドサリと音を立てて座ると、横にいた紳士風の男が場を和ませるように明るく喋り出す。

 

『まぁまぁ、面倒事を引き受けてくれるというのですから断る理由がございません。

それより小難しい話はここまでにして、そろそろパーティが始まる時間です。

そちらには貴婦人もおられるのですし、準備に時間が必要なのでは?』

 

紳士風の男がチラリと目配せすると、若い男も意図を読み取って立ち上がる。

こちらが1本取ったことだし、これ以上の話し合いはお互いのためにならないだろう。

 

『確かに。

今日は君の美しさをこの世界の人々にお披露目するのが目的だ。

美しく着飾った君を見れば、この世界の人々も我々を認めるはずさ。』

 

『お世辞は結構です。

ですが、あの子達も待っているでしょうし急ぎましょう。』

 

若い男ヴィクトールが肩を抱こうと差し出した手を若い女性ユカリは振り払って立ち上がる。

 

『お互いのより良き未来のために、賢明なご判断を。』

 

ユカリは深々と頭を下げるとヴィクトールにエスコートされて部屋を立ち去って行った。

 

扉を閉めるとユカリが溜め息を吐く。

 

『はぁ、どうして私達が交渉役なんて…。』

 

『仕方ない。

この建物を見ればわかるように、ここは格式が物を言う世界。

いわば貴族社会だから黒いスーツを着たエージェントでは商人風情と侮られてしまうのさ。』

 

おどけるように笑うヴィクトールをユカリは睨みつけると再び溜め息を吐く。

 

『要するに貴方が適任であったというだけで私はお目付け役ではありませんか。』

 

『僕のお目付け役が君以外に務まるとでも?』

 

ヴィクトールが片目を瞑っておどける。

 

『僕は戦争を通じて商売してきた元英雄だからね。

貴族相手のやり取りは得意分野さ。

おまけに今回は麗しき姫君達と君がいる。

負ける要素はないさ。』

 

ヴィクトールの歯が浮くような世辞に、ユカリは3度目の溜め息を吐いて歩き出した。

 

長い廊下を歩いてユカリが女子更衣室に入ると、ナチュラルメイクが施された少女が小走りで駆け寄ってくる。

 

『交渉はどうでしたか?』

 

少女の名は太刀花藍。

Sランクのバースセイバーであり高い戦闘力を有するが、今回の任務では戦闘要員よりは花としての役割が大きい。

令嬢としての教育を受けている彼女は、文化が異なっていても高貴な存在であることが理解できる。

藍という花はこちらの人々に好意的に取られるだろうという目論見だ。

 

ユカリは余計な心配を掛けさせぬよう髪をかき上げて冷静に振る舞う。

 

『ええ、まずは先制出来たと言ったところですね。』

 

ダーザインによって新たに発見されたこの世界は現地の人々の呼び名に合わせて「オルレアン」と名付けられた。

オルレアンの技術レベルは地球の歴史で言えばようやくエネルギーという概念に辿り着いた産業革命の初期段階である。

それ故にまだ貴族社会の常識が社会に残っており、人々は格式や歴史を重んじる。

彼らにとって異世界から来たダーザインは蛮族にも等しい存在であり、高度に発展したダーザインの技術力もそれが理解できない彼らにとっては品のない魔術扱いである。

オルレアンからも怪異が発生するため、ダーザインとしてはどうにか現地人の協力を得たいのだがなかなかうまく行かないのが現状だ。

文化形式が比較的近く、高貴な身分であるヴィクトールが交渉役に選ばれたのもそのためであった。

 

『それとユカリさん。

わたし、どうですか?』

 

藍が己の姿を見せつけるように可愛らしく両手を横に広げてクルリと回る。

 

『とても綺麗です。

もう立派な淑女ですね。』

 

メイクを施された藍は整った顔立ちである事も相まっていつもより大人びて見える。

まだメイクなしでも問題なさそうだが、彼女のような少女が背伸びして化粧をしたという事実が好感を与えるのだ。

 

『えへへ、ありがとうございます。』

 

微笑みながら藍はクルリと回る。

メイクに興味はあるが校則で禁止されているので藍は練習すら満足にできない。

唯一持っているのが色付きリップだが、それさえも校則で禁止されているので今のところはほとんど自室で飾りと化している。

そんな藍にとって、任務とは言えメイクを施されてテンションが上がらないはずがなかった。

 

『今回の藍くんは戦士ではなく花だ。

彼女の嫋やかな仕草はオルレアンの人々に好印象を与えるだろう。

彼女は国の王との交流の場にも連れられていたそうだから慣れたものだろう。』

 

ユカリはヴィクトールの言葉を思い出す。

今回の人選はクリムゾンストーム、宵月庵、太刀花双輪華の3チームからヴィクトールが選出したものだが、それぞれが本人の知らぬところで役割が決められて選出されている。

 

ユカリが顎に手を当てて考えていると、次に杏樹が視界に映る。

 

『あら、杏樹様はノーメイクなんですね。』

 

『私にメイクが必要だと思う?』

 

小さなレディが髪をかき上げて優雅に答える。

 

『…必要ありませんね。』

 

整いすぎていると言ってもいい杏樹の顔にメイクを施すのは過剰だろう。

もっともそれは杏樹に求められる役割が子供だと言うのもある。

 

『天使にも妖艶な魔女にもなり得る杏樹くんは心象を操作する事に長けている。

本人もそれを自覚しているし、何も言わずとも存分に実力を発揮してくれるだろう。

このような場においての子役としては最強クラスのカードだと思うよ。』

 

今の杏樹の姿を見ればヴィクトールの言葉も理解できる。

 

『あたしもノーメイクだよー!

おまけに普段着!』

 

『アンドロイドだから当たり前でしょ。』

 

『あー!アンドロイド差別だー!』

 

アイヴィーは笑った声のまま両手を振り上げて杏樹に怒ったポーズをとってみせる。

 

『彼女はある意味で一番の見世物だ。

異世界の技術力を見せつける。

言わば脅しのようなものだね。

交渉は多角的に行わなければならない。』

 

ヴィクトールの言うように、こうして見ていても少しばかり個性が強い少女にしか見えない。

彼女が作り物だと知ればオルレアンの人々はさぞかし驚くだろう。

 

『わ、私なんかがこんなの…いいんでしょうか。』

 

美幸がモジモジと身をよじらせながら照れている。

彼女は他の2人より大人しめのドレスを着ているが、それでも彼女がめったに着る事のない豪華な衣装だろう。

少し気後れしているようだが、それが逆に好都合だと言うヴィクトールの言葉を思い出す。

 

『彼女は一目で一般人だとわかるようにしよう。

だが彼女は教育が行き届いているし大人しい。

異世界では一般人ですらある程度は礼節を弁えているのだとオレルアンの鼻を折ってやろう。』

 

ユカリはヴィクトールの策に少しだけ呆れて、溜め息をつくように反論する。。

 

『女性を物のように扱うだなんて。

いつも女性をそのように値踏みしているのですか、いやらしい。』

 

そんなユカリの言葉をヴィクトールは気に留める事もなく答える。

 

『誰かがやらなければならない。

聡明な君ならそれを理解していると知っているからこそ打ち明けたんだ。』

 

曝け出した恥ずべき思考さえも、君ならばと反転して好意に変えようとする。

この男がどこまで誠実でどこまで策士なのかユカリも測りかねている。

そうやって彼の事を考えている時点で私が彼の術中にはまっているのかもしれない。

恋心とは興味と関心から始まるのだから。

 

スタイリストがユカリのメイクを終えると藍が口を開け目を輝かせていた。

 

『凄く素敵です。

少しばかり大人びて見えたからと喜んでた自分が恥ずかしいくらいです。

流石はユカリさんですね。』

 

音楽の道を志す少年が店頭に飾られている高価なトランペットを見つめるような瞳をこちらに向けて藍が溜息のように呟く。

彼女は私のようになりたいらしい。

小さく開けられたままの口は本来ならば間が抜けて見えるのだが、彼女ならばそれさえも可愛らしい。

 

憧れる必要なんてない。

何故なら彼女は高貴な生まれであり、私はしょせん田舎巫女なのだから貴女が大人になりさえすれば誰だって貴女を褒め称える。

 

と、口に出そうとするのを押しとどめる。

私は身分など気にせず、いつだって自分に正直に気高く生きているつもりだ。

 

『ありがとう。

でも藍様だって素敵ですよ。』

 

藍の頭を撫でて淑女にふさわしい仕草を見せつけると、ヴィクトールの言う華らしく立ち上がって注目を浴びる。

 

『さぁいきましょう。

今日のパーティの主役は私達なのですから。』

 

堂々と歩くユカリの後ろを少女達が付いてくる。

華やかなパーティ会場とは裏腹に、女達の心は戦場に向かうようだった。

 

主役は少し遅れて登場する。

諸説はあるが今回はそれに倣う事にした。

揃いに揃って歓談していた人々は私達の登場を見届ける事になる。

 

『おお、あれが異世界の女性達か。

中央の女性、なかなか美しいじゃないか。』

 

『男の方はリーダー以外は荒くれ者と下働きのガキだったがな。』

 

脇道から聞こえた声で察する。

リーダーはヴィクトールだろう。

彼は一定の評価を得ているらしい。

そして荒くれ者のガキは愚弟のジェラルド、下働きのガキは渡辺良平だろう。

彼らはいまいち受け入れられていないらしい。

ならば私達が奮戦しなければならない。

ユカリは顔の表情を引き締めると、足を止めてオレルアンの人々に向き合う。

 

『本日はお招きいただきありがとうございます。

このような盛大な場を設けていただき心より御礼を申し上げます。』

 

ユカリがスカートを広げて挨拶をすると藍と杏樹が寸分違わぬタイミングでスカートを広げて挨拶する。

美咲は少し遅れてから慌てて両手を揃えて頭を下げ、アイヴィーは棒立ちしている。

まぁ誰がどういう人物なのかを理解してもらうには正しい挨拶だったと言える。

拍手も起きているし反応も悪くない、上出来だろう。

 

ふと一部の人々の視線がおかしいことに気付き、後ろを振り返ると杏樹が大人達を流し目で見ている事に気付く。

ユカリも大人達も杏樹の大人びた美しい横顔に見惚れてしまう。

続いて杏樹は少年達を見つめ、無邪気な少女のように少し照れて愛らしく微笑む。

今の一瞬だけで何人かに恋心を抱かせたかもしれない。

なんというか頼もしいを通り越して末恐ろしい子だと思う。

ヴィクトールの審美眼は正しかったが、同じ女性としては色々と複雑な感情を抱いてしまう。

 

『おっ、姉貴達もようやくご到着かー。

おいーっす。』

 

左手に盛りに盛られた食事皿を持ち、フォークを持ったまま右手を上げてジェラルドが現れる。

なるほど、存分に荒くれ者のガキをやっている。

 

『ジェラルドさん、はしたないですよ。』

 

藍がジェラルドに駆け寄り食事皿とフォークを取り上げるとテーブルに置く。

面倒見の良さと嫋やかで可憐な仕草がよく映える。

オルレアンの人々も藍を笑顔で見守っている。

藍は杏樹のように人々の心を操作できないが確実に信頼を積み重ねていくタイプなのだろう。

ここまで分析して、これではヴィクトールと同じだとユカリは落ち込むが、彼の言う通り誰かがやらねばこの世界との繋がりは生まれない。

僅かな自己嫌悪に陥りながらもユカリは周囲を見渡す。

 

良平も美咲と合流した。

そのまま2人で固まっていれば大丈夫だろう。

アイヴィーは自由気ままに動いている。

アンドロイドである彼女も適当に己の姿を見せて回ればそれでいい。

全員が収まるべき形に収まっていると言える。

 

そんな風に目を配らせているとヴィクトールが堂々とした振る舞いでこちらに近づいてくる。

 

『さぁ行こう。

少女達はよくやっているが、結局のところパーティの主役は大人である僕達さ。』

 

ヴィクトールはユカリの心を読んでいるかのような言葉を発すると手を差し出す。

ユカリは差し出された手を取るとヴィクトールにエスコートされていくのだった。

 

このパーティは異世界人をお披露目する場であり異世界交流の場である。

だがパーティが始まってもオルレアンの人々はダーザインを遠巻きに眺めるだけで関わろうとしない。

 

藍が男達にワインを注いだり話しかけたりと甲斐甲斐しく頑張っているが、みんな笑顔を向けて礼を言うだけですぐに立ち去ってしまう。

 

『綺麗な子じゃないか。

お前が話しかけて来いよ。』

 

『異世界の蛮族の娘だぞ。

見た目が美しい事が逆に恐ろしいと考えるべきだ。』

 

少年達からそんな声が聞こえる。

興味は持たれているようだが、それ以上に警戒心が上回っているようだ。

 

『まぁ今日の所は異世界人も我々とそんなに変わらないとわかっただけでもいいのでは。』

 

大人達からもそんな声が聞こえる。

 

『…流れを変えなければいけないな。』

 

ヴィクトールが苦々しく言う。

 

『ここは私達が…』

 

ユカリはヴィクトールを誘ってダンスを披露し、そのまま流れでオルレアンの誰かとダンスを…と考えていたのだが先に藍が動いてしまった。

よくできた子だと思うが無謀でもある。

 

『ダンスのパートナーを探しております。

どなたか私と踊っていただけませんか?』

 

藍が声を挙げてパートナーを募る。

少年達と目を合わせると彼らは顔を赤らめるものの、藍が近づくとすぐに逃げ去ってしまう。

異世界の壁は予想以上に厚いらしい。

 

『ダンスのパートナーを探しております。

どなたか私と踊っていただけませんか?』

 

藍はなおも相手を募るが、オルレアンの大人達も彼女に関わろうとしない。

 

『このままでは彼女がいい見世物じゃないですか。

なんとかなりませんか?』

 

藍の見栄えの良さが仇となり余計に恥が目立つ。

ユカリはヴィクトールに助けを求めるが、ヴィクトールにも手が出せない。

 

『わかっているがああまでして交流を求めたのに結局ジェラルドや良平くんが相手では彼女の顔が立たない。

僕がオルレアンの少年達を焚きつけてみよう。』

 

ヴィクトールが動き出そうとしたその時だった。

 

『美しいレディ!

私と踊っていただけますか?』

 

甲高い声が響き渡る。

人々をかき分けてきたのは少女だった。

二つに結んだツインテールの髪は少女を幼く見せるが、堂々とした強気な振る舞いは彼女が只者ではないことを訴えている。

 

『お嬢様、相手は女性で異世界人です。』

 

少女の背後にいた執事風の若者が静かに訴えるが、少女は止まらない。

 

『ジル、それがどうしたと言うの?

レディが健気にパートナーを探しているのに誰も答えないなんて、それこそオルレアンの恥だわ!』

 

少女は手をかざして執事を止めると、藍に近づいて手を差し出す。

藍は少女の顔を見て驚いて動きを止めてしまう。

 

『そっくり…。』

 

『…そうね、本当にそっくりだわ。

こんなに似ているだなんて。』

 

少女も藍の顔を見て動きを止めてしまう。

藍と少女の顔は瓜二つ、髪色も背丈も同じ、互いの手を取り合う姿はまるで双子の姉妹のようだった。

 

『気に入ったわ。

さっ、いきましょ!

私が男性役をしてあげるわ!』

 

ここまでの行動からも察せてはいたが、少女は細かいことを気にしない性格らしい。

少女は藍を連れて堂々と中央に向かい、場所を陣取って踊り始める。

 

『申し遅れました。

私、ラン・タチバナと申します。』

 

藍がオルレアンの文化に倣って名前と名字を反転させて伝えると、少女は口角を上げて答える。

 

『あらご丁寧に。

私はマリー・アルデンヌ。

よろしくね、異世界の私。』

 

アルデンヌと言う家名を聞いて藍は驚いてしまう。

オルレアンには王という存在はなく、その場で一番有力な立場の者が物事を決断する文化である。

そしてアルデンヌ家はオルレアンで最も有力な一族であり、この世界の王と言っても差し支えのない存在だった。

 

『まぁ、アルデンヌ家のご令嬢が男役だなんて。』

 

藍としてはお転婆を咎めたというよりは気を遣わせたことを謝罪したのだが、マリーは両方の意味で受け取ったようだった。

 

『あら言うじゃない。

でしたらここからは貴女が男役をやりなさい。』

 

そう言うとマリーは急に身を委ね、藍は慌てて男役を務める。

 

『ふふ、お上手よ。

男役もなかなかやるじゃない。』

 

『もう、急に変わるなんて戯れが過ぎますよ。』

 

通常は背の高いペアほど目立つものだが、可憐な少女がペアとなりドレスを翻して踊る姿はとても絵になっていた。

周囲で踊っていた大人達も、今は脇役に徹するべきと判断して彼女達を引き立てるように踊っている。

気付けばダンスホールは彼女達のための場となっていた。

 

『貴女、優雅で美しいのだけどどこか線が通ってますわね。

武術を嗜んでいるというよりは軍人のような…どうしてかしら?』

 

『それはタチバナ家が武で身を立てた一族だからでしょう。』

 

その説明だけでは線が通っている事に筋道が立たない。

それを証明するためにマリーは再び質問する。

 

『まさか女である貴女も戦うのかしら?』

 

お転婆な令嬢ならば騎士のような修練を積む例もあるが、藍から感じる線はもっと鋭く危険な物に感じる。

騎士の真似事をする令嬢ならばもっと荒々しい。

 

『ええ、それがタチバナ家の宿命です。

ダーザインでは賊だけでなくドラゴンや海に潜む怪物とも戦いました。』

 

藍が答えると彼女は気取った振る舞いから年相応に明るく瞳を輝かせる。

 

『本当!?

その話を詳しく聞きたいわ!

ラン、あっちでお話しましょう!』

 

マリーが強引に男役に代わって曲の途中にも関わらず強引にフィナーレを決めると、藍もとっさに身を委ねてポーズを決める。

 

『ええ、喜んで。』

 

マリーの奔放さに気後れする事なく藍は対応してみせた。

見事なフィナーレに周囲からは拍手が起こる。

 

『よろしい。

じゃああっちに行きましょ。』

 

拍手を送る人々に目もくれずマリーが手を引いて駆け出すと、藍は片手を引かれながらも周囲に頭を下げて駆け出していく。

先ほどまでホールの主役だった美しき令嬢たちはすっかりただの少女に戻っていた。

 

マリーに手を引かれて連れられた先は美しい花々が咲き誇る庭園だった。

マリーが白く塗られた金属製のベンチに座ると藍も横に座る。

 

『マリー様、お隣失礼いたします。』

 

『マリーでいいわ!

私もランって呼んでるもの!

敬語もやめて、私達お友達になりましょ!』

 

マリーに両手を掴まれ、少し照れながら藍は静かに頷く。

なんだか愛の告白をされているみたいで恥ずかしい。

 

『うん、わかった。

じゃあマリーって呼ぶね。』

 

藍の言葉に気を良くしたのかマリーは顔を近づけてくる。

 

『さぁ聞かせて!

ランはどんな冒険を繰り広げてきたの?』

 

口づけしてしまいそうなほど顔を寄せるマリーに圧されながらも藍は地元での暮らしとダーザインに入ってからの旅を語る。

浮遊群島世界イクス、第三惑星世界テラスフィア、大航海世界キュリアシーズ、閉門世界ゲートディア。

様々な世界での冒険を語る度にマリーは子供のようにはしゃぐ。

 

『凄いわ!

異世界ではそんなにたくさんの楽しい旅が待っているのね!』

 

楽しいと言う言葉が、藍の胸に少しだけチクリと刺さる。

 

『…楽しいだけじゃないよ。

命を落とした人もたくさんいたもの…。』

 

少し目を伏せて呟いたが、マリーの熱は止まらない。

 

『ああ、羨ましいわ!

私達は同じ顔なのにどうしてこんなに違うのかしら。

私もランみたいに大冒険してみたいわ!』

 

マリーは両手を広げて舞うように回る。

まだ見ぬ様々な旅に思いを馳せているのだろう。

 

『私は故郷で友達に囲まれて過ごす日々が一番だと思うよ。』

 

両手を太ももに置いて藍が穏やかに答えると、マリーは回転を止めて背を向けたまま語る。

 

『友達なんていないわ。

ランみたいに学校にも通ってないもの。

ずーっとここから出ずに暮らしているわ。』

 

今度はマリーがここでの暮らしを語る。

代わる代わるで現れる家庭教師、何も変わらない穏やかすぎる日々。

たまに外に出ても馬車に乗ってドアtoドアで何も面白くない。

窓から眺める外の世界だけが癒しだと語る。

 

『パーティで出会う同年代の子も二言目には「我が〇〇家をお願いします」よ。

ラン以外は誰も私を見てくれなかったわ。』

 

マリーが目を伏せて言うと、庭園に3人目の来訪者が現れる。

 

『あー、藍だー。

ここにいたんだー!』

 

アイヴィーである。

相も変わらずニコニコしながら気ままに歩いているらしい。

 

『その子、アルデンヌ家のお嬢様らしいよ。

要するにお姫様だよお姫様。

藍は知ってた?』

 

『はい、ダンスの時に教えていただきました。』

 

遠慮なく話しかけてくるアイヴィーに興味を示し、マリーが袖を引くと藍は意図を察して紹介する。

 

『こちらは私と同じバースセイバーのアイヴィーさん。

ロボット…えっと機械の製造技術が発展した世界出身の方で彼女自身も機械人形だよ。』

 

この世界にまだ存在しない物を表現する単語は存在しないので自分なりに言葉を変えながら伝える。

どうやら理解してくれたらしくマリーはアイヴィーの身体をペタペタ触っている。

 

『人間そっくりなのね。

凄い技術だけど私には一目で機械仕掛けとわかる方が便利だと思うのだけどどうかしら?』

 

そんなマリーの言葉を一切合切無視して、アイヴィーは言いたい事だけを言う。

 

『お姫様はきっと女王様にはなれないね。』

 

不躾な言葉だったがマリーは気にせず受け入れる。

 

『あら、どうしてそう思うのかしら?』

 

人形だからとアイヴィーを侮っているのか、それとも細かい事を気にしない性格だからなのかは読めない。

マリーの本意がどちらであれ、アイヴィーは気にせず言いたい事だけを言う。

 

『だって王様って悪い事も平気でするじゃない!

お姫様にはそんなの無理だね!』

 

煽っているのか無邪気なのか真意が読めない。

恐らくアイヴィーは本質をついているのだとマリーは判断する。

王たる者、時に己の手を汚さねばならない。

そんな事はマリーもとっくに承知しているつもりだ。

 

『あら、そんなのは覚悟の上よ。

私はオルレアンの民を守るためなら何でもするわ。

そのための教育もたくさん受けてるんですから。』

 

『えぇー、本当かなぁー?』

 

そう言って笑うとアイヴィーは走り出して会場へと向かっていく。

一体何がしたかったのかと聞かれたらマイペースなのだろう。

突然去った嵐を呆然と見送っていると別の方向から新たな来訪者が現れる。

 

『お嬢様、そろそろ会場にお戻りください。

ゲストの皆様がお待ちしております。』

 

それは先ほどジルと呼ばれていた執事だった。

彼は帰りの遅いマリーを迎えに来たらしい。

 

『そんなの待たせておきなさいな。』

 

『アルデンヌ家が懇意にしている一族の当主様方です。

そういうわけにもいきません。』

 

毅然とした態度でジルが答えるが、マリーは気にもせず藍に紹介する。

 

『こちらはジル、私の専属執事よ。』

 

『ジルでございます。

よろしくお願いいたします、太刀花藍様。』

 

執事の嗜みなのだろうか。

来賓であるこちらの名前は憶えているようだ。

だが藍はそれ以上にジルに気になる事があった。

ジルは他の執事と違いどこか苦労が伺えるというか雰囲気が荒々しいのだ。

そんな藍の疑問に気付いたのかジルは進んで紹介を始める。

 

『私は元は庶民です。

親もなく路上で野垂れていた所をマリーお嬢様に拾われたのです。

そこからはずっとマリーお嬢様のお傍に置いていただいております。』

 

ジルの顔立ちは整っているが、綺麗な顔立ちと言うよりは精悍な顔立ちだ。

 

『ジルは私の数少ない理解者よ。

ずっと一緒にいるんだもの。』

 

そう言ってマリーが笑うが、ジルは表情を変えずにたたずんでいる。

 

『それよりジル。

2人でいる時はそんな話し方しないって約束したじゃない。』

 

『今は2人ではありませんよ。』

 

ジルは横目で藍を見る。

 

『いいのよ、ランは友達だもの。

友達には私が気を許しているいつものジルを見せたいわ。』

 

マリーが両手を腰に当てて話すと、ジルは少しだけ目を瞑るとゆっくりと目を開く。

たったそれだけの事でがらりと印象が変わった事に藍は驚く。

 

『わかったよ。

これでいいかい、マリー。』

 

理性的なようでどこかぶっきらぼうな口調で答えると、マリーは満面の笑みを浮かべて頷く。

 

『2人は仲がいいんだね。』

 

ついつい微笑ましくなって藍が尋ねるとマリーは歯を見せて笑う。

 

『ええそうよ。

ジルは家族だもの!』

 

『他に行く当てもないからね。』

 

悪態をつくジルの尻をマリーが蹴っ飛ばす。

本当に遠慮がない兄妹のように見え、藍はつい笑ってしまう。

 

『ジルったらいつもと違うわ。

アナタ、ランが可愛いからってカッコつけてるんでしょ!

家族だからわかるもの!』

 

マリーが少し膨れるがジルは表情を変えずに話を続ける。

 

『家族なら僕の言う事もわかるよね。

そろそろ戻ってくれないと困るよ。』

 

ジルの言葉にマリーは更に頬を膨らますが、急に笑顔を取り戻すとイタズラっぽい笑みを浮かべて藍に近づく。

 

『ねぇラン、あなたの戦う所が見たいわ。

ジルのサーベルでこのお花を切ってみて。』

 

マリーは地面に落ちていた一輪の花を拾う。

急にどうしたのだろう。

理由はわからないがジルもサーベルを差し出すので、藍はサーベルを受け取って身構える。

いつもと勝手が違う武器だが問題ない。

 

『やぁ!!』

 

藍は居合のようにサーベルを横に振るとマリーが放り投げた花の茎だけを斬る。

花は藍が放った居合の風で宙を舞い、静かにマリーの頭に乗る。

藍がサーベルを鞘に納めるとマリーは目を輝かせて近づいてくる。

 

『凄いわラン!

サーベルがほとんど見えなかった!』

 

マリーが飛びついてくるので藍は慌てて受け止める。

 

『凄いな…』

 

ジルも先ほどの気取った雰囲気を忘れ、口を開けてこちらを見ている。

藍がジルの視線に気を取られてるうちに、マリーは頭の花を手にして藍のドレスに押し付ける。

花の汁がドレスについて汚れてしまう。

続いてマリーは花を自分のドレスにも押さえつける。

 

『まぁ大変。

私達のドレスが汚れてしまったわ。

更衣室を貸してあげるからランも着替えなさいな!』

 

マリーはまたしてもランの手を取って更衣室へ走り出す。

 

『あー…ラン。

すまないがもう少しマリーに付き合ってくれないか。』

 

ジルが並走しながら軽く溜息を付く。

藍は戸惑いながらもマリーに引っ張られるままに後をついていく。

マリーは今、心の底から笑っている。

両手に暖かい温もりが感じられる事に今までにない幸せを感じているのだ。

 

一方パーティ会場は先ほどと状況が変わっていた。

藍とマリーのダンスのおかげで壁が崩壊したのか先ほどのような遠慮はなくなり双方に交流が生まれていた。

このパーティの主役とも言えるヴィクトールとユカリに人だかりが出来るのは当然だが、杏樹の周りにも大勢の人垣が発生していた。

杏樹を取り巻く少年たちは恋をしているように様々なアピールをし、幾人かの大人達も杏樹に世話を焼いて助けが必要かと聞いている。

ユカリは杏樹が天使にも妖艶な魔女にもなる得ると言ったヴィクトールの評価を思い出す。

彼女の本心がどちらかはともかく、杏樹はこちらの世界とダーザインの橋を確実に作っている。

あの一団に関しては杏樹に任せていいだろうとユカリは自分の仕事に集中する事にした。

 

さて、交流が盛んになったという事は新たな問題も発生するという事でもある。

 

『おい、こんなところに痩せた野良犬と子豚がいるぜ』

 

オルレアンの少年たちが良平と美咲を指差してあざ笑う。

先ほどまでは壁も存在したし腕っぷしの強そうなジェラルドがいたので手出しできなかったが、ジェラルドが離れたタイミングを見計らって美咲をからかい始めたのだ。

 

『…行こう。』

 

美咲の手を引いて外に出ようとする良平を、貴族の少年が回り込んで制止する。

 

『よぉ痩せた野良犬!

いつまでそいつの事をブクブク太らせておくんだよ。

早く喰っちまえよ!』

 

何から何まで下世話な言葉で煽る少年を良平は睨みつけるが、少年はニヤニヤと笑みを浮かべるだけで退こうとしない。

 

『豚が人間様の料理を食ってんじゃねぇよ!』

 

『異世界の平民の雌はお前みたいなのばっかりか?』

 

少年達に囲まれて美咲は今にも泣きだしそうだ。

 

『いいからそこを退けよ。』

 

『へぇ、やるのか野良犬。』

 

威勢のいい言葉を放っても、現実的にはこちらから手を出すわけにはいかない。

ほっておけばオレルアンは確実に滅び、ダーザインはそれを止めるためにオルレアンに協力を頼んでいるのだから。

 

(くそっ、ほっといてくれよ…!)

 

良平が心の中で悪態をついていると、少年達の背後から見慣れた男が現れる。

 

『やぁ君達、僕の連れに何か用かな?』

 

ヴィクトールが少年たちの肩を掴んで話しかける。

立ち振る舞いからして子供が逆らってはいけない人物なのだが、それ以上に振りほどこうとしてもビクともしない事に少年達は戸惑う。

美男子で自信に満ち溢れた表情に揺らしてもブレない圧倒的な体幹の良さ、隠しきれない肉体美は少年達など物ともしない存在であることを訴えかけてくる。

 

『あ…えっと、お兄さん騎士団とかにいる人?』

 

『その話、今何か関係あるかい?』

 

『あ、いえ…ありません。』

 

ヴィクトールに気圧されて少年達が去っていくと、良平が申し訳なさそうに頭を下げた。

 

『すんません。

俺じゃどうにもなりませんでした。』

 

『そういう時は謝罪より先に礼を言うべきだな。』

 

ヴィクトールに指摘され、良平は慌てて小さな声で感謝を述べる。

少し気まずい空気が流れた後、良平がずっと疑問に思っていたことを口にする。

 

『あの、今回の任務ってヴィクトールさんがいれば俺なんていらなかったんじゃ…』

 

自信の無さからそんな事を呟いてしまう。

ヴィクトールは少し呆れたように片手を放り出しながら答える。

 

『僕の身体は1つしかない。

君は君に出来る事を考えて実行するべきだな。』

 

片手を上げて去っていくヴィクトールに内心イラついて悪態をつく。

 

(アンタみたいになんでも出来る人なら俺だって…)

 

そこまで考えたが首を振って自制する。

ヴィクトールだって最初からなんでも出来たわけではないのだ。

 

(俺に出来る事…か…)

 

良平が悩んでいると何の悩みもないジェラルドがハイテンションで戻ってきた。

 

『なぁなぁ!

あそこに女の子が2人でいるんだけどさ!

ナンパするから良平も手伝ってくれよ!』

 

『…興味ない。』

 

良平がいつも以上にそっけないので流石にジェラルドも不審に思う。

 

『あれ、何かあった?』

 

美咲は愛想笑いをするだけで答えない。

ナンパどころではない重苦しい空気の中、ジェラルドは訳も分からず立ちすくむしかなかった。

 

その頃、更衣室ではマリー達の着替えが完了していた。

 

『まったく、ランを巻き込んで何をしてるんだか…』

 

『わっ、一目で見抜かれちゃいました。』

 

更衣室での事だ。

マリーが同じ顔の自分達がお互いの髪型を真似て入れ替わろうと提案したのだ。

だが、せっかくの入れ替わりもジルには秒で見抜かれてしまう。

 

『僕がマリーを見間違えるもんか。』

 

『まぁつまらない。

でも今のはジルだから見抜かれたのよ。

他の人なら絶対に私達が入れ替わってる事に気付かないわ!』

 

そう言うとマリーは両手を広げる。

 

『うふふ、今の私はラン・タチバナ。

ありとあらゆる世界を冒険する剣士の女の子なのね!』

 

退屈なお嬢様から異世界を旅する少女になれた事が嬉しいらしい。

藍に扮したマリーはニコニコしながらクルクルと踊ってパーティ会場へと向かっていく。

 

『マリーは寂しいんだ。

すまないが付き合ってもらえるかい?』

 

ジルが誠実な態度で頼み込んでくる。

そんな風に頼まれては断れない。

藍はコホンと咳をするとマリーになりきって答えた。

 

『もちろんよジル!

アルデンヌ家のご令嬢を演じるなんて容易い事だわ!』

 

『うふふ、私ってそんな感じなのね!』

 

藍の演技を見てマリーが笑う。

 

『それにしてもジルさん、一目で見抜くなんて凄いですね。

私なんて目の前の光景に今でも違和感があるのに。』

 

自分と同じ姿をした少女が先を歩く光景に今も慣れない。

違和感を拭いながらも藍はずっと感じていた疑問を、余計なお世話かもしれないと思いつつも好奇心が勝って聞いてしまう。

 

『それはやはりお2人が…お互いの事を信頼しあっているからですか?』

 

藍も年頃の少女なので恋バナが好きなのだ。

自分の事のように赤面して意を決したように発した藍の言葉だったが、当のジルは一切動じる事はなかった。

 

『それは僕が命懸けだからだろうね。』

 

『命懸け…ですか?』

 

急に重たい言葉が出てきたが何に対してなのかピンとこない。

 

『ああ、僕はいつだってマリーとアルデンヌ家の繁栄だけを考えている。

それが命を拾われた僕の使命だ。

君達が入れ替わっても、万が一にだって間違える事があってはいけない。』

 

ジルの言葉を聞いて先に進んでいたマリーが戻ってくる。

 

『もう!

そんな事は忘れていいから自分の人生を歩みなさいといつも言ってるのに!』

 

マリーが腰に手を当てて、ジルを下から覗き込むように睨むがジルは平然としたまま答える。

 

『僕の人生は君とアルデンヌ家のためだけにある。』

 

しばしの沈黙が続くと、マリーが藍の方に目を向けて笑う。

藍もやれというサインだろう。

 

『も、もう!

そんな事は忘れていいから自分の人生を歩みなさいといつも言ってるのに!』

 

『本物のマリーはもっと落ち着きがないよ。

君はマリーにしてはお淑やかすぎる。』

 

やはり動じずにジルが物まねの感想を述べるとマリーがまたもジルの尻を蹴る。

藍の姿をしているので事情を知らない人が見たらさぞ驚くだろう。

 

『まぁいいわ、いきましょう!

いつもは退屈なパーティも今夜はとっても楽しいわ!』

 

3人は賑やかにふざけあいながらパーティ会場へと戻っていった。

 

会場に戻ると藍は貴族たちの集まりへと向かっていく。

いつもと様子が違うマリー(藍)に貴族たちは戸惑うものの、すぐに慣れてしまう。

少女の成長は早い、そういう事もあるのだろうとすぐに納得してしまったのだ。

 

『みてみてジル。

流石はランね、誰も入れ替わりに気付かないわ。』

 

『当然だろうね。

あれだけ似ていれば気付くのは旦那様と奥様と僕くらいだ。』

 

『ええ、家族ですものね。』

 

そう言うとマリーはニッコリ笑って前へと駆け出していく。

 

『ラン・タチバナ!

行ってまいります!』

 

クルリと振り返って謎のポーズを決めると、マリーは会場の中心部へと駆け出して行った。

 

 

一方、藍は精神的に摩耗しながらもなんとかマリーを演じ続けていたが、流石に限界が来たので飲み物を取りに向かう。

お偉いさんの相手は慣れたものだが、マリーの名誉が掛かっていると考えてしまい生真面目な藍は必要以上に肩肘を張ってしまうのだった。

 

グラスに飲み物を注いでもらい、少しヒンヤリした空気に当たりたくて出入り口に向かう。

出入口を背にして一息ついていると、何者かにいきなり左手を掴まれて後ろに回される。

藍にしては珍しい、精神の疲労から来る油断だった。

 

『会場に爆弾を仕掛けている。

余計な被害者を出したくなければ静かにしろ。』

 

叫んで助けを呼ぶか、それとも手を振りほどこうか。

次善の手を考えていた藍を戒めるように先手を打って男が呟く。

事実であるかはともかく、そう言われては動くわけにはいかない。

 

『黙ってついてこい。』

 

『…わかりました。

従います。』

 

この男はマリーを狙っていたのだろう。

入れ替わったおかげでマリーが誘拐されることは避ける事が出来た。

後は己の安全を確保するだけだが、迂闊に逃げだしても背中から攻撃されるだけだ。

刀がなければ戦う事も出来ないし、そもそも会場に爆弾が仕掛けられているのだから抵抗するわけにはいかない。

このままではいずれは会場にいる人にも危害が及ぶかもしれない。

 

(せめて皆さんに状況だけでも伝えなきゃ…。)

 

藍は袖から札を一枚落とす。

 

『おい、何を落とした!?』

 

『えっ、何をですか?』

 

藍はすっとぼける。

落とした札は地面に落下する前に炎で燃え尽き、男が振り返って床を見渡しても痕跡1つ見つける事が出来なかった。

 

『…見間違いか。』

 

男は再び藍に注視し、2人はその場に背を向けて進んでいく。

その背後で床が光を放ち、1匹の動物が姿を現す。

藍の式神であるアフロダイBである。

藍は先ほどの札でアフロダイBを召喚したのだ。

 

アフロダイBは遠ざかっていく藍と、その腕をつかむ男を見ておおよその状況を理解する。

情報を伝えるためにアフロダイBは仲間がいる場所へと向かうが、パーティ会場の入り口で足を止める。

自分のような大型動物が乱入すれば大騒ぎになり、誘拐犯もしくはその仲間に勘付かれてしまうと考えたからだ。

 

『ふぅー…やっぱ人の多い所は落ち着かない…。

隊長もよくナンパなんかやるよ。』

 

『うん、わかる。

私も人が多い所は苦手かな。』

 

声が近付いてきたのでアフロダイBは慌てて床下に隠れたが、声の主が見知った顔である事に気付いて安堵した。

 

『よかった、良平くん、美咲ちゃん。

アフロだよ。』

 

『うぇ!?アフロさん!?

どこにいるんスか!?』

 

良平と美咲が辺りを振り返るが、アフロが制止する。

 

『そのまま何事もないように聞いて欲しい。

藍ちゃんが知らない男にさらわれたんだ。』

 

アフロの一言で緊迫した空気が流れる。

実の所、欠点を上げれば普通の子供と変わらない藍なのだが、良平と美咲からすれば途方もなく強い達人にしか見えないので誘拐されたなどにわかに信じられない。

あり得ない出来事に戦慄していると、背後から別の人物に話しかけられる。

 

『もし?

ダーザインの方々であってますわよね?』

 

『って、いるじゃないスか藍ちゃん!』

 

良平が指差して突っ込むと藍の姿をしたマリーは慌てて入れ替わりの事情を説明する。

 

『というわけで入れ替わっていたのだけど、いつの間にかランの姿が見えなくなって探していたの。

貴方たち、ランがどこに行ったかわかる?』

 

マリーの説明を聞いて2人と1匹もようやく事態を理解する。

 

『つまり藍ちゃんはマリーちゃんに間違えられてさらわれたんだね。』

 

アフロダイBの迂闊な発言を聞いてマリーは慌ててしまう。

 

『ランが私の代わりに誘拐ですって!?』

 

自分の悪戯のせいで大切な友達の身に危険が迫っている。

マリーは一気に顔を青ざめて駆け出す。

 

『すぐに衛兵に探させますわ!』

 

取り乱したままマリーは慌てて衛兵を呼ぼうとしたが、美咲に腕を掴まれて引き止められる。

迂闊な行動を取られては困るのだが、それをうまく伝えられない。

 

『お、落ち着いてください!

まずは冷静に行動しましょう。』

 

『なぜ止めるのよ!

早くランを助けないと!』

 

『そうなんだけど、まずは落ち着いて欲しいんだよぉ!』

 

マリーは焦っていて冷静さを欠いている。

アフロも姿を現すわけにはいかずマリーを落ち着かせることはできない。

 

『自分に出来る事をすべきだ。』

 

良平はそんなヴィクトールの言葉を思い出す。

 

(そうだな、こういう時こそ俺の出番じゃないか。)

 

どんな大人物が近くにいても、その場にいなければ対応できない。

それに平凡な人物だからこそできる事もある。

 

(特徴を武器に変えろ。

俺の平凡さだって使いようだ。)

 

良平は深呼吸をするとニッコリ笑ってマリーに話しかける。

 

『だいじょうぶだいじょうぶ。

藍ちゃんを連れてくなんて、そいつら爆弾を懐に抱え込むようなもんスよ。』

 

どう見ても庶民の良平がマイペースに笑っているので、マリーは呆気にとられてしまう。

先ほどまでは少なくとも能天気な男には見えなかった。

 

『そ、そうなんですの…?』

 

戸惑いながら訪ねるマリーに、良平は片手を上げてノンキに説明する。

 

『藍ちゃんって言えば13歳にしてダーザインのSランクにいる天才少女ッスよ。

俺らが心配するような必要はないっス。』

 

良平が笑うとマリーは完全に落ち着きを取り戻し、良平の言葉に耳を傾けるようになった。

 

『それよりも、こういうのは初動をミスったら終わりっス。

多分なんですけど、藍ちゃんは騒ぎを起こしたくなくて誘拐されたんスよ。』

 

『そうだよね。

普通なら大声を挙げて助けを求めるもん。』

 

美咲も落ち着きを取り戻して状況を推理し始めると、マリーも完全に落ち着きを取り戻して推理に参加する。

 

『こう、ドレスのここを掴まれてさ。

「動くとお前のおっぱいをプルンって丸出しにするぞ」って脅されたんじゃないかな?』

 

せっかくいい感じになっていた空気を、いきなり現れたアイヴィーが台無しにする。

 

『それはそれで動きを封じれると思うけど絶対に違う。』

 

床下でアフロダイBが突っ込むと、思案を巡らせながら言葉を発していく。

 

『恐らくは会場にいる人間が人質に取られてるんだ。

だから藍ちゃんは騒げなかったんだよ。

…まだ会場内には誘拐犯の仲間がいると考えていい。

アフロたちが下手に動くと気付かれてしまうかもしれない。』

 

アフロダイBの言葉を聞いてマリーは恐怖する。

さっき自分が衝動のままに行動していたら、何もかもが終わっていたかもしれないのだ。

マリーは横目で良平と美咲を見つめる。

庶民にしか見えないが、こんな状況でも落ち着いてる彼らはやはり戦いなれた人達なのだと理解する。

 

『ヴィクトールさんに相談した方がいいんじゃ…』

 

『いや、交流を深めてるヴィクトールくんやユカリちゃん。

それと杏樹ちゃんもだ。

彼らが急に不審な行動を取り始めたらこちらの動きがバレてしまう。』

 

アフロダイBの言葉で全員が次の言葉を理解する。

アイヴィー以外の全員の顔がこわばる。

 

『君達が中心になってやるんだ。

アフロも口出ししかできないよ。』

 

『俺たちが…』

 

俺たちと言ったが決断と責任は自分に向かうのだろう。

それだけで胃が痛くなりそうだが、ヴィクトールもユカリも頼れないのだからやるしかない。

良平は両手で顔を叩くと顔を上げた。

 

『まずは藍ちゃんの救出っスね。

行くのは戦える人でないと。』

 

『じゃアタシだね!』

 

アイヴィーが元気よく手を上げる。

戦闘用アンドロイドであるアイヴィーならば戦力として申し分ないだろう。

 

『それと隊長かな。』

 

美咲の提案に全員が頷く。

こういう場面でこそ輝くのがジェラルドだ。

 

『藍の居場所はバッチリわかるよ。

藍の発信機は壊されなかったみたいだね。』

 

オルレアンの人々には発信機と言う概念もないのだろう。

 

『藍は敷地内の端っこにある塔みたいな所にいるね。

端っこだから包囲されにくいし屋敷の様子が見渡しやすい。

なんらかの方法で少しでも飛べるんなら屋敷の外にも逃げ出しやすい。』

 

『お父様のプライベートルームのある塔ですわ。

まさか悪人に利用されるなんて。』

 

マリーから塔について詳しく説明を受ける。

 

『出来れば杏樹ちゃんにも行ってもらいたいけど…。』

 

『ダメダメ、杏樹ちゃんがいなくなると目立っちゃうよ。』

 

杏樹の方に目を向けると、彼女は今も大勢の輪の中心で佇んでいる。

杏樹を戦わせるべきではないと良平も美咲も納得する。

 

『後はアフロもこっち!』

 

アイヴィーが元気よく言うとみんなが驚いてアイヴィーを見る。

 

『アフロはどうせやる事ないでしょ!

だからこっち!』

 

『…まぁそうだね。

そもそも藍ちゃんを助けるのにアフロがいないなんてあり得ないしっ!』

 

アフロダイBは床下で恐らくキリッとした顔で言っているのだろう。

ともかく潜入班は2人と1匹、うまく藍ちゃんを戦わせることが出来れば3人だ。

向こうの数はわからないが、こちらが動ける最大戦力がこのくらいだろう。

 

『私は何をすればいいのよ!』

 

『お姫様は藍ちゃんの振りを続けてください。

入れ替わりが犯人にバレたらおしまいっス。』

 

焦るマリーに良平は冷徹に答える。

役目の重要性にマリーは息を呑む。

先ほどまでは遊びだったが、今度は命懸けでなりきらねば藍と会場にいる人々の命が危ういのだ。

そんなマリーとは裏腹に緊張感のないアイヴィーが笑顔で提案する。

 

『後はアタシとジェラルドが準備する間に敵の目を引き付けて欲しいかな。』

 

『アフロも一緒に行くんだけど。』

 

アフロのツッコミはスルーされた。

突入班であるアイヴィーからの要望に3人は頭を捻る。

 

『引き付けろって言われてもどうすれば…。』

 

『それについては俺が支援しよう。』

 

ふいにアイヴィーの胸元から声が聞こえる。

 

『こちらゴルドーだ。

別任務が終わったのでそちらを援護する。

オルレアンの人々の目を引き付ければいいのだな?』

 

アイヴィーの持つ通信機からゴルドーの声が響き渡る。

 

『いくら隠れていても地上を行けば奇襲がバレる可能性がある。

会場の外に出たら適当な場所に身を隠せ。

突入班を塔の屋上に転送してやろう。』

 

宵月庵に所属するかつては悪の科学者だったゴルドーである。

ゴルドーが作戦を提案すると、突入班のアイヴィーは素直に承諾する。

全員が口を挟む前にゴルドーが続けて提案を続ける。

 

『太刀花杏樹を借りるぞ。

彼女を会場から出さなければ問題ないだろう。

それと貴様らの手も貸してもらう。』

 

ゴルドーの言葉が終わると良平と美咲の手元に見慣れた楽器が転送される。

 

『ベース!?

俺に演奏しろって事っスか!?』

 

『どうして私の手元にもギターが!?』

 

良平はかつて任務の一環でバンド演奏をしたことがある。

もちろん良平は演奏など出来ないが、バースセイバーの能力を音に変換できる楽器を使用することで何とか無事に任務を終える事が出来た。

だが、美咲はステージには立っておらず完全に素人だ。

 

『バースセイバーの能力を音に変換できるならば美咲にも演奏が出来るはずだ。

上手く演奏せずとも要は敵の目を引き付ければいいのだ。』

 

ゴルドーによるバック音源ありとは言え、生演奏の楽器がベースだけではバランスが悪いのは理解できる。

美咲がギター役として選ばれたのはそのためだろう。

とにかくこちらの手が足りないのだ。

 

『下手な演奏をしてヤジを飛ばされたら傷ついてしまう。

などと甘ったれた事を言うなよ。

俺たちの任務は世界の命運が掛かっているのだからな。』

 

ゴルドーの言葉は最もだ。

藍には銃口が突きつけられ、ジェラルドとアイヴィーは武装した集団に奇襲を仕掛ける。

それを思えば演奏で恥をかくくらいなんともないはずだ。

 

『わ、わかりました。

私、やります!』

 

不安を隠すようにギターを抱きしめて美咲はハッキリと力強く答える。

 

『わーった。

こうなりゃ俺もやってやるべ。』

 

良平は頬を両手でパチンと叩いて気合を入れる。

 

『それじゃ隊長には俺から説明するんで、その後にアイヴィーさんが話しかけてそのまま外に連れ出してください。

女の子に話しかけられてついていくなんて、いかにも隊長らしいから目立たないはずっス。』

 

『了解ー!

ジェラルドを連れて暴れればいいんだね!』

 

『アフロも一緒に行くんだけど。』

 

『アイヴィーの小型通信機を杏樹に渡せ。

彼女と連携をとって俺がステージを演出してやる。』

 

『じゃあ通信機は私から杏樹ちゃんに渡します。』

 

『私はジルを通じて演奏団にステージを譲らせるわ。

その後はランの振りを続ければいいのよね、うん。』

 

それぞれ役割が決まると、散会してすぐに行動に移る。

良平がジェラルドと接触している間に美咲は杏樹に接触してこっそりと通信機を耳元に取り付けた。

ゴルドーが小型通信機を通じて小声で作戦について杏樹に説明する。

杏樹は囲いの人々と歓談しながらゴルドーの説明を聞いて作戦の趣旨を理解する。

 

『はーい、みんなちゅうもぉ~~く!』

 

杏樹が会場中の視線を独り占めしながらステージに向かうと、アイヴィーはジェラルドと合流して外へと抜け出していく。

ジルが演奏団を説得し、杏樹がステージに上がると会場中の視線を独り占めする。

 

『杏樹様は急にどうされたのでしょう?』

 

事態を把握できていないユカリが尋ねると、ヴィクトールは少しだけ考えてから答える。

 

『…何かあった…と見るべきだな。』

 

『ならば私達も動くべきでは?』

 

そうであれば良平達は、いの一番に自分を頼るはずだ。

そうは出来なかった事情があるのだとヴィクトールは解釈する。

 

『いや、ここは彼らのお手並み拝見と行こう。

我々は交流を深める事に集中しよう。』

 

ヴィクトールは良平を見つめながら答えると、再びユカリを連れて交流の場へと戻っていく。

 

(うぅ~…心臓がバクバクするぅ…)

 

ステージ上では、華やかな杏樹の後ろで美咲が縮こまって震えている。

 

(杏樹ちゃんは凄いなぁ。

いつもは大人しい子なのにあんなに明るく振る舞って…)

 

杏樹が目立てば目立つほど、平凡な自分が悪目立ちしているような錯覚に陥っていく。

ふと横に視線を向けると、そこには同じように緊張して必死に楽器を調整している良平の姿が目に映る。

 

(…大丈夫、良平君もいる。)

 

美咲は落ち着きを取り戻すと、初めてのギターに挨拶するように優しく撫でる。

 

一方、杏樹がMCで場を沸かせてる間に、良平はベースを調整していた。

MCとは場を盛り上げるだけではなく機材チェックや段取りの確認をする時間でもある。

良平はかつてのステージを必死に思い出しながら調整を行っていたのだが…。

 

『おい、さっきの野良犬もステージに上がってるぜ!』

 

聞き覚えのある嫌な声に良平は意識を向けてしまう。

先ほど絡んできたオルレアンの少年達だ。

 

(アイツらまた絡んでくる気か…。)

 

演奏中にヤジでも飛ばすのだろうか。

彼らの下品なジョークでも人々は空気を読んで笑うのだろう。

そうなれば美咲も自分もどこまで演奏に集中できるかわからない。

あるいは物でも投げつけられたら演奏どころじゃなく失敗に終わる。

 

(くそっ…この演奏が失敗したらどうなるんだよ…。)

 

要は視線さえ引き付ければいいのだから失敗してもいいのかもしれない。

でももしかすると視線さえも引き付けられず作戦が失敗に終わるかもしれない。

その場合は何人の命が失われるのだろうか。

藍ちゃんは無事でいられるのだろうか。

心のないヤジで美咲は傷付かないだろうか。

 

思考がぐるぐると回り、何も見えなくなり、何も聞こえなくなる。

 

『というわけで、今から演奏するのは私達の世界で流行しているロックというジャンルよ。

ちょっと騒がしい曲だけど、オルレアン初のロックを…』

 

杏樹のMCの途中で突如ベースの音が大きく鳴り響く。

全員が驚いて視線を向けた先には、無表情のまま激しく小刻みにベースを奏でる良平の姿があった。

思考をフル回転させている良平は、何も考えず手癖で指を慣らすための練習用のフレーズを奏でていた。

今の良平には何も見えない、何も聞こえない。

ただただ己の怒りを表現し発散するかのように徐々に速度を上げて激しく音を奏でている。

 

観客も、オルレアンの少年達も良平の怒りに呆気に取られている。

同じく呆気にとられて良平を見つめる杏樹に、美咲が近寄って耳元で囁く。

 

『大丈夫、良平君を信じて。』

 

杏樹は美咲の顔を見つめる。

美咲からは何の迷いも感じられない。

杏樹は静かに頷くと、ベース音に負けないように大声で叫ぶ。

 

『とにかく!

オルレアンの、異世界初ロック!

行くよー!』

 

良平の手癖がクライマックスに達し最後に力強く大きな音を鳴らすと、スティックを慣らす音が4度鳴って演奏が始まる。

 

騒がしい曲であると事前に杏樹が伝えていたが、予想以上の騒がしさにオルレアンの人々はたじろいでしまう。

だが、それ以上に彼らは鬼気迫る良平の演奏に捉えられていた。

 

良平は相変わらず思考をグルグルと回転させている。

見えるものは自分の手元と足元だけ。

ただただ思考の片隅に聞こえる曲に合わせて感情のまま突っ走って演奏している。

 

良平のVS能力は一種のトランス状態、暴走していると言ってもいい状態にあった。

VS能力の強さで演奏力が変化する楽器は、圧倒的なまでの演奏力となってオルレアンの人々に届く。

 

『なんとも暴力的で騒がしい曲だが、心地よいリズムが取れてるぞ。』

 

『彼の演奏が素晴らしい事もわかる。

これがロックか…!』

 

ゴルドーはここぞとばかりに良平に様々な色のスポットを浴びせる。

良平の只事ではない演奏と演出はオルレアンの少年達さえも惹きつける。

杏樹もしたたる汗を気にもせず必死に声を出し、美咲もVS能力を全開にしてなんとか食らいついていく。

バンドとしては半壊している状態だが、一人歩きで圧倒的なまでの演奏力を発揮するベースと、アクシデントを必死に支える少女達の姿はとても魅力的で美しかった。

 

演奏が終わると演奏中とは反対に急な静けさが訪れる。

 

『あっやべっ!』

 

良平はようやく我に返る、

先ほどまでの記憶はなく、辺りの静けさから何かやらかしてしまったのではないかと不安に襲われる。

良平は恐る恐る杏樹と美咲の顔を見る。

 

『最高だったわよ。』

 

『うん!』

 

杏樹と美咲の声が響くと、観客席からは堰を切ったように拍手と歓声が沸き起こる。

よく見ればオルレアンの少年達も手を上げて良平に歓声を上げていた。

 

『オルレアン初のロックスターになっちゃったね。』

 

『冗談じゃないよ…』

 

美咲が笑うと、良平は目元を隠すように髪を引っ張った。

 

『さっきは騒がしくなっちゃったけど、今度はダンスにふさわしい楽しい曲を演奏するわ。

みんなついてきてね。』

 

ゴルドーはここぞとばかりに杏樹に小さな天使の羽根をつける。

先ほどは暴力的な演出、次は小さな天使の楽しい歌声、会場の人々の視線は釘付けになる。

 

(こっちはなんとかやれそうかな。

…隊長…頼んますよ…)

 

良平はジェラルドとアイヴィーとついでにアフロの成功を祈りながら演奏を再開した。

 

一方、ジェラルド達は良平達が演奏している間に会場を抜け出すと人目を忍んで塔の屋上に転送されていた。

 

『じゃあアフロとアタシは天井から仕掛けるよ。

ジェラルド君はロープを伝って窓からお願い。

こっちから仕掛けるから突入タイミングは合わせて。』

 

『おう!

…ってアフロが天井!?

正気かよ!?』

 

直径150cmの巨大な毛玉がどうやって狭い通路を進むのかと思われたが、アフロは液体のようにしなやかに侵入していった。

ちょっとトラウマになりそうな光景だったが、ジェラルドは気を取り直してロープで身体を縛り付ける。

ジェラルドが目標の窓まで降下すると、誘拐犯達の会話が聞き取れるようになる。

 

『ただの余興のようだな。

人騒がせな小娘だ。』

 

『荒くれ者の小僧がいないが、会場の女共が演奏に夢中になってるから外の空気でも吸ってるんだろう。

機械人形も先ほどからいないが、まぁアイツは気にしても仕方がない。』

 

突如召喚されたアフロが仲間に情報を届けてるとは思わず、向こうはまだ誘拐がバレていないと思っているようだ。

ジェラルドはアイヴィーを待ちながら待機し続ける。

 

『よし、始めるぞ。

界賊共から受け取ったホログラムを使え。』

 

(アイツら界賊と繋がってるのか…。)

 

ダーザインがオルレアンに接触しているのだから、界賊も接触していても不思議ではない。

界賊はオルレアンを混乱させるために誘拐犯達に手を貸しているらしい。

誘拐犯達がホログラムを起動させると、パーティ会場のホログラムが室内に映し出される。

 

『あー、パーティをお楽しみの皆様。

私の声が聞こえるかな?』

 

ホログラムなど知らない会場の人々は、突然現れた映像の姿に驚いている。

 

『我々はオルレアンの未来を憂う者達、「物言わぬ影」だ。

我ら物言わぬ影の目的はアルデンヌ家の異世界に対する弱腰外交を正すことだ。』

 

リーダー格の男は両手を後ろに縛られた藍の肩を抱き寄せる。

 

『アルデンヌ家のご令嬢は我々が預かっている。

無事に返してほしくば我らの要求を呑み、ダーザインなどと言う組織とは交渉しないとここで誓え。』

 

オルレアンは強い権力を持つ一族が黒と言えば白でも黒くなる文化である。

ここでアルデンヌ家が要求を呑めば、オルレアンそのものの方針が変わると言ってもいい。

 

『わ、わかった。

こちらとて元々彼らには猜疑的だったのだ。

前向きに検討するからマリーには傷一つ付けないと約束してくれ!』

 

娘を人質に取られた(と思い込んでいる)マリーの父は狼狽して要求を呑もうとしている。

マリーは父を諫めようと柱から飛び出したが、ジルに取り押さえられる。

 

その様子がマリーの父の視界の隅に映ってしまう。

 

(あれはダーザインの少女ではないか。

なぜあの娘の傍にジルがついている…?)

 

マリーの父が思考を巡らせていると、マリーに扮した藍が言葉を開く。

 

『お父様、テロリストと交渉してはなりません。

これは国際常識です。

私の事は気にせずアルデンヌ家の当主として為すべきことをなさってください。』

 

見た目が似ていても、藍の堂々とした態度からマリーの父は映像の少女が我が子でないことを理解する。

ジルの傍にいる娘こそがマリーなのだろう。

恐らくはマリーの悪戯で2人は服を入れ替え、結果的に影武者のような役目を果たしたのだと理解した。

 

『はっはっは!

愚かな奴らだ!!

その娘はマリーではなくダーザインのエージェントだ!

試しにオルレアンの常識についてでも聞いてみるがいい!』

 

マリーの父にとっては藍の命などどうでもいい。

強気な態度に出るのは仕方のない事かもしれない。

マリーは慌てて父に抗議するために近づいてしまう。

 

映像の先で、アルデンヌ家の当主に意見するダーザインの少女というあり得ない光景を見て、誘拐犯達も先ほどの当主の言葉が嘘ではないのだと理解する。

 

『おい娘!

オルレアンの者なら貧民街の子供でも知ってる話だ。

無敵のタロスが退治した生物はなんだ?』

 

『…ドラゴンです。』

 

当然ながらオルレアンの常識など持ち得ていないので藍が当てずっぽうで答えると、誘拐犯達の表情が一転する。

 

『くそっ!

当主の言葉は本当らしいぞ!!』

 

『替え玉がいるなんて聞いてなかったぞ!』

 

『どうするつもりだ、おい!』

 

誘拐犯達の怒声が響き渡る。

その怒りの矛先が替え玉に行くのは時間の問題だろう。

 

(くそっ、まずいな!

いくらなんでも展開が早すぎる…!?)

 

アイヴィーの到着にはまだ少し時間が掛かるだろう。

かといってジェラルドが一人で突入しても藍を人質にされたら手も足も出せない。

下手をすればその場で藍が殺される恐れもある。

 

(焦るな。

アイツらはまだ藍ちゃんを殺さない。

殺す理由がないんだ。)

 

替え玉であったとしてもダーザインにとって人質である以上は何かしらの役には立つ。

そうであれば今すぐに藍が殺されることはない。

そう考えてジェラルドはアイヴィーの到着を待つ事にした。

 

だが、誘拐犯達はジェラルドの予想以上に短絡的だった。

 

『もういい!

その娘を殺せ。』

 

『は?

殺す必要はないと思いますが?』

 

『もう生かしておく必要もないだろうが!』

 

リーダーの感情的な決断を受け入れ、手下の一人がサーベルを振り上げる。

 

(まずい!!)

 

ジェラルドは窓を蹴破って突入するため、壁を蹴って反動をつけようとしたその時だった。

 

藍の恐ろしさは静から動に移る時にある。

身を竦めていた少女は、自身の両手を掴んでいた男の手など存在しないかのように自然に素早く前に歩き出す。

男の手は彼女が動いた事さえ認識できず掴んでいた時の握力を維持している。

藍は周囲の空気の流れだけで振り下ろされるサーベルの軌道を読み取り、軌道上に自らの両手を置く。

藍の首から背中を斬るはずだったサーベルは、藍の両手を縛り付けていた縄だけを正確に斬り裂いた。

 

『…っ、貴様っ!』

 

手練れであるリーダー格の男だけが藍の動きの意味をいち早く理解して声を挙げる。

緊迫した空気が流れ始めたその時だった。

天井からドン!と大きな音が鳴り、ピンク色の大きな物体が落下してきたのだ。

 

世界はスローモーションのように流れる。

いきなり現れたピンク色の物体に戦慄する誘拐犯達。

窓の外でゆっくりと吹き出すジェラルド。

落ちてくるアフロに困惑する藍。

信じられない物を見るように天井に目を開くピンク色の物体、アフロダイB。

落下するアフロを笑顔で見送るアイヴィー。

 

アフロがビタン!と音を鳴らして落下すると、部屋を転がりまわって絶叫する。

 

『ひぃぃぃぃ!

ば、爆発するぅぅぅぅ!!

助けてぇぇぇ!!』

 

縦横無尽に転がるアフロは机や棚を次々と破壊する。

いきなり現れた大型動物が室内を暴れまわり、しかも喋っている。

何もかもが未知なのだが、聞き捨てならぬ言葉だけは理解できる。

 

『コイツ、毛の中に爆弾があるみたいだぞ!!』

 

『あぁあぁぁっぁぁぁああ!

外してー!解除してー!!』

 

アフロが泣きながら転げまわると、近寄られた男達は少しでも生存率を上げるためにアフロから離れていく。

アイヴィーの狙い通り、敵は混乱している。

 

『も、もうこれしかないんだよぉ!

せめて藍ちゃんだけでもぉ!』

 

アフロは爆弾を床に押さえつけて自らの身体で押さえつける。

ドンッ!と音が鳴りアフロの身体が少し宙に浮くと、辺りには焦げ臭いにおいと静寂の時間が訪れる。

 

『な、なんだったんだコイツは…』

 

いきなりの事態でアフロを蹴り落した存在に注意が向けられなかったのか、誘拐犯達はアイヴィーの奇襲を許す事になる。

 

『いまだぁ!』

 

アイヴィーは天井から落下しながら片手で藍に刀を投げると、もう片手ではマシンガンを乱射して複数の誘拐犯と交戦を開始する。

 

『おっしゃぁあ!』

 

アイヴィーが場を乱した隙をつき、ジェラルドは壁を蹴ってロープに反動をつけて窓を蹴破る。

ついでに窓際にいた敵を思いっきり蹴飛ばして気絶させる。

 

『ありがとうございますっ!』

 

藍は跳躍して投げられた刀を空中で受け取ると、落下しながら敵の首元にみねうちを叩き込む。

 

『貴様っ!』

 

かろうじて反応した2人の誘拐犯がサーベルで攻撃するが、藍はバック宙返りで攻撃を回避する。

バック宙返りからそのまま壁に両足をつけると、藍は顔を上げて戦況を確認する。

 

(目標は2人…いける!)

 

藍は壁を蹴って突進すると、誘拐犯の一人の手にみねうちを当てる。

誘拐犯の手は痺れて動かせなくなり、事実上の戦闘不能となる。

着地と同時に藍は片手を床につけ、直進する運動エネルギーを床につけた片手を軸に回転するエネルギーに変化させる。

コマのように回転した藍はもう一人の誘拐犯の足を払う。

 

足を払われ背中から落ちた誘拐犯の視界に、両手で鞘を握って振り上げる藍の姿が映る。

 

『ごめんなさいっ!』

 

藍の振り下ろした鞘が誘拐犯の首を突き、誘拐犯は気を失う。

 

『やるぅ!』

 

アイヴィーは藍の活躍を見て笑いながら、両腕のマシンガンで精密射撃を行い誘拐犯の武器だけを撃ち抜く。

 

『生かしておかないと情報源がなくなっちゃうんだけどー、まぁ一人いればいいから動いた人から順番に殺すねー。』

 

笑いながら銃を向けるアイヴィーの姿に誘拐犯達は凍り付く。

 

『残るは…』

 

藍とアイヴィーが見つめる先にはジェラルドと対峙する誘拐犯のリーダーの姿があった。

 

『気を付けてください!

その方、修練を積んだ手練れです!』

 

藍はリーダー格の男が武器を構えただけで実力を見抜く。

武器に対して理にかなった構え、鍛え抜かれた体つき。

そして品のある振る舞い。

何よりも不敵な笑みが実力者であることを裏付けている。

 

『へぇ、貴族様の嗜みってヤツ?』

 

男はジェラルドの煽りを一笑する。

不敵な笑みを浮かべる男は藍やアイヴィーの戦闘を見ても心が折れていない。

つまり彼女達の実力を見てもまだ状況を覆す自信があるのだ。

 

『その通りだ。

荒くれ者の我流では私には勝てん!』

 

リーダー格の男は素早く踏み込んで連続でサーベルを突き出す。

ジェラルドはかろうじて攻撃を防ぐもののあっという間に劣勢に陥る。

だがジェラルドは劣勢であっても悪戯を企む子供のような笑みを浮かべている。

 

『へっ、お綺麗な剣だな!

一生おままごとやってろよ素人!』

 

ジェラルドは弾き飛ばされるようにバランスを崩しながらも悪態をつき、背中から衝突した棚から1本の酒瓶を掴む。

 

『へへっ、そらっ受け取れ!』

 

ジェラルドは掴んだ酒瓶をリーダー格の男に放物線を描くように放り投げる。

時間を稼ぐために勢いよく投げつけるならばわかる。

だがゆっくりと放物線を描いたのはなぜなのか。

迫り来る酒瓶の意図が読めずリーダー格の男は様子を見てしまう。

 

『おらよっと!』

 

ジェラルドは全力で駆け出すと、放り投げた酒瓶を斬り裂きながら己のカットラスを敵のサーベルに打ち付ける。

その瞬間、金属同士は激しく擦れ合い火花を散らす。

火花は酒瓶から撒き散らされるアルコールに引火して爆発する。

 

『なぁっ!?』

 

突如視界が炎に覆われ、リーダー格の男が怯んでしまう。

その隙を見逃すジェラルドではない。

 

『おらぁっ!』

 

ジェラルドは男の顎を蹴り飛ばす。

蹴られた勢いで男が壁に激突すると、即座にジェラルドの足が腹部にめり込む。

靴と壁に挟まれて男の唾液が漏れ出すと同時に、ジェラルドのカットラスが男の喉元に突きつけられる。

 

『へへ、いっちょアガリだ。』

 

ジェラルドは悪ガキのように笑う。

男はジェラルドを睨みつけるが、ジェラルドの表情が一転すると男は言葉を失う事になる。

 

『アンタ、運が良かったな。

もし藍ちゃんが傷一つでも負ってたらさ。

俺、ショックで手元で狂ってたよ。』

 

ジェラルドがドスの利いた声で静かに呟く。

やがてジェラルドの瞳が悪ガキから何度も視線を潜り抜けてきた男の物に変化する。

喉元に突きつけられたカットラスが喉元に少しずつ刺さっていき、迂闊に喉を動かせば命も途切れてしまうのではないかと男は呼吸する事さえ恐ろしくなる。

ジェラルドは静かに男を睨みつけたままカットラスを微動だにしない。

 

殺すつもりはないが、死んだとしても構わないと思っているのかもしれない。

あるいは人がどこまでやれば死ぬのかを知り尽くしているのかもしれない。

 

どちらであれ男は後悔していた。

剣術を学んだだけの男が、実際に命のやり取りをして生き延びてきた男にどうして勝てると思ってしまったのだと。

 

『藍ちゃんに感謝しな!』

 

ジェラルドはカットラスの柄で男の額を思いっきり殴りつけて気絶させる。

武器を納めて振り返ると、会場の人々から一斉に歓声が沸く。

 

『見事な手際だ!

素晴らしいぞダーザイン!!』

 

『あの少年、うちの船員に欲しいぞ!』

 

『異世界のからくり人形はあんな芸当も出来るのだな。』

 

『女性があんな風に戦えるなんて、まるで物語みたいだわ!』

 

観衆たちは口々に3人を称える。

だが、熱気に包まれる観衆の中でヴィクトールだけが苦い顔をしていた。

 

『…まずいな。

彼らは上手くやりすぎたぞ。』

 

『えっ?』

 

言葉の意味が理解できず、ユカリはヴィクトールに振り返る。

彼の言葉の意味は、次に発せられる観衆の言葉で理解する事となる。

 

『それに引き換えアルデンヌは大失態だな。』

 

『来賓を危険な目に遭わせておきながら事態の解決には何の役にも立たなかった。』

 

『アルデンヌ家がオルレアンの代表である事を考え直すべきなのでは?』

 

周囲から次々とアルデンヌ家を非難する声が上がり始める。

マリーの父親が流れを変えようと大声を挙げているが、周囲の言葉は止まらない。

 

『貴族と言うのは名誉を重んじるからね。

アルデンヌ家が落ちぶれれば交渉も1からやり直しだな。』

 

『そういう問題ではありません。

このままでは私達のせいでオルレアンに余計な諍いと混乱を招いてしまいます。

なんとかしなければ。』

 

何か名案がないかと見つめるユカリに、ヴィクトールは投げだすかのように両手を広げて首を振る。

 

『せめて黒幕くらいはアルデンヌ家が抑えていればね。』

 

『そんな…』

 

誘拐犯は実働隊に過ぎず、ここまでの情報で黒幕は見つかっていない。

もちろん今から誘拐犯達から聞き出すのだろうが、それは彼らを捕まえたダーザインの手柄でしかない。

アルデンヌ家の名誉が失墜するのはもはや誰にも止められないと思われたその時だった。

 

『まだだ!!

まだ私の計画は終わっていない!!』

 

突然あがった大声に人々が目を向ける。

その視線の先にはマリーを背後から抱きかかえて首元に刃物を突き付けるジルの姿があった。

 

『ジル…?

一体何を…?』

 

マリーは恐怖など感じていない。

ジルが自分に本気で刃物を突き付けるなど絶対にあり得ないからだ。

マリーがただただ茫然とジルの顔を眺めていると、ふと何か硬いものがマリーの手に押し付けられる。

それはジルのポケットの中にあるらしい。

 

(これを掴めと言う事…?)

 

困惑するマリーには目もくれずジルは叫び続ける。

 

『私が敬愛してやまないアルデンヌ家があれば、ダーザインなどと言う異世界の蛮族どもに頼る必要などない!

それを証明するために私は何か月も前から準備を進めて計画を実行したのだ!』

 

(そんなわけないわ。

あなたはずっと私の傍にいたじゃない。)

 

その時、ふいにマリーの頭の中でアイヴィーの言葉が思い出される。

 

『だって王様って悪い事も平気でするじゃない!

お姫様にはそんなの無理だね!』

 

(まさか…?)

 

マリーはジルのポケットの中を探る。

 

(中に仕込まれているのは…ナイフだわ。)

 

マリーの顔が見る見ると青ざめていく。

 

『お嬢様!

聡明なる貴女ならばご自分が何をされるべきかわかるはずだ!』

 

(ジルは自らが黒幕であると訴え、私に殺される事でアルデンヌ家の名誉を挽回させようとしているの…?)

 

アイヴィーの言葉が頭の中でこだまする。

我が家の繁栄のためにジルに罪を擦り付けて殺すというのなら、これ以上の悪はないだろう。

 

(嫌よ!絶対に嫌!!

だって貴方はいつだって私の味方で、家族で…!)

 

これまで過ごしてきた思い出が次々と蘇る。

今でこそ執事のように振る舞っているが、幼い頃は兄のようだったジル。

暖かい日、庭で草冠を作ってくれたジル。

少し寒い日、一緒に屋敷を抜け出して綺麗なお月様を一緒に見たジル。

誕生日、高価な宝石類が並ぶ中でジルだけが私の欲しいぬいぐるみをプレゼントしてくれた。

いつだって私の傍にいて、味方でいてくれたジル。

 

(…殺せるはずがない!

彼を殺したら、この世界に意味なんてないじゃない!)

 

俯いて震えるマリーに言い聞かせるように、ジルは叫ぶ。

 

『君ならばアルデンヌ家こそがオルレアンの守護者であるべきなのだと理解できるはずだ!!

人々の前に立って、堂々とアルデンヌ家の誇りを宣言するんだマリー!』

 

(やめて!

アイヴィーという機械人形の言う通りよ。

私は大切な人を切り捨てられない…悪人になんかなれない…!)

 

この場で全てを明らかにし、ジルには諦めてもらおう。

アルデンヌ家の名誉は失墜するが、それでも有力な貴族としてはやっていける。

アルデンヌ家の後釜をめぐって世界は混乱し大勢の人が死ぬのだろう。

でも顔も知らない欲にまみれた人が何人死のうと私の知った事ではない。

 

そんなマリーを叱咤するようにジルの声が響く。

 

『貴女がそんな弱気では民はどうなると言うんだ!

貴女に出来ないはずがない!

貴方はワガママで子供っぽくて、それでもいつだって誇り高かった!

私は貴女こそが人々の上に立つ者であると信じている!!

このままでは世界は混乱の渦に巻き込まれてしまうんだぞ!』

 

ジルは大きく息を吸うと、今までにない声量で叫ぶ。

 

『私が愛したマリーはそのような弱い女ではないはずだ!!』

 

(…っ、そんなのずるいわよ…!)

 

マリーはポケットの中のナイフを握りしめる。

家名、責任、命、愛、様々な物が頭の中で騒ぎ立てる。

 

(愛だなんて言われたら…!

もう、やるしかないじゃないっ!!)

 

マリーはジルのポケットからナイフを取り出す。

 

その時、会場に藍が慌てて駆け込んでくる。

モニターを見た藍はジルを止めようとゴルドーに転送されて現れたのだが…。

 

『そんな…』

 

藍は両手を口に当てて膝から崩れ落ちてしまう。

 

マリーの手に握られたナイフは、ジルの首元に深く突き刺さっていた。

 

マリーは瞬き一つせずジルの顔を見つめる。

ジルもマリーの顔を見つめると、苦しみを堪えてかつてないほどの優しい顔を見せた。

 

その顔があまりにも美しかったので、マリーはつい目を逸らしてしまう。

 

ドサリと音が鳴る。

 

慌ててマリーが振り返った時には、ジルは瞳を閉じて永遠の眠りについていた。

 

(…さようなら、ジル…)

 

マリーはゆっくりと顔を上げると人々の前に歩を進めていく。

 

『ご来賓の皆様方。

この度は我々の不手際で皆様には大変なご迷惑をお掛けいたしました。

よもや我がアルデンヌ家の奉公人から不届き者が出るとは、弁明の余地がございません。』

 

マリーは血の付いた刃物を天に掲げると堂々と宣言する。

 

『ですが、不届き者は私が!

アルデンヌ家の娘であるマリー・アルデンヌがこの手で仕留めました!

まだアルデンヌ家に疑問を持つ者がいればこの場で異議を申し立てなさい!!

アルデンヌ家が総力を挙げてお相手いたします!!』

 

返り血に染まりながら堂々と宣言するマリーは美しくもあり、有無を言わせぬ迫力があった。

しばらくの静寂の後、周囲からは遠慮がちに小さな拍手が巻き起こる。

 

『失礼。

友人として今回の功労者を労わねばなりません。

後の事はお父様にお任せいたします。』

 

まだ拍手鳴りやまぬ空間で、マリーはそう告げると藍の元へと向かい、藍の手を引いて会場を後にしていく。

 

『やるじゃんお姫様。』

 

藍と共に転送されたアイヴィーが口角を上げながら言うと、マリーは振り返らずに答える。

 

『私はアルデンヌ家の女です。』

 

マリーは何も言わないまま藍の手を引いて庭園まで向かう。

空気は少し肌寒いが月明かりは優しく、咲き誇る花々は幻想的な美しさを見せている。

マリーは花々を踏み越えて進み、下半身が花に囲まれる位置までたどり着くとようやく足を止める。

 

しばしの静寂の後、マリーは藍に背を向けたまま穏やかな声で話し始めた。

 

『藍、楽しいだなんて言ってごめんなさい。

貴女の戦いぶりは日々過酷な鍛錬を重ねているアルデンヌの衛士達よりも素晴らしい物だった。

…それは貴女の日常がそれだけ過酷だと言う証だわ。』

 

『ううん、私は優しい家族と仲間に囲まれているから…』

 

マリーの言いたい事はそんな事ではないはずだ。

藍は返事もそこそこに次の言葉を待つ。

 

『…あのね、藍…』

 

マリーは少しだけ黙ると、ゆっくりと振り向く。

その瞳には涙が溜め込まれていた。

 

『私、一番好きな人を殺しちゃった…。』

 

『…うん。』

 

藍も堪えきれずに涙を流してしまう。

2人は互いに歩み寄って抱き合うと、そのまま座り込んでしまう。

 

『ジルの最後の顔が…凄く優しかったから…つい目を逸らしてしまったの。

そうしたらジルは目を閉じてしまって…ようやく私は気付いたの。』

 

マリーの声が涙声に代わる。

 

『私はジルを愛していたんだって…。』

 

『…うん!』

 

藍も涙声で応える。

 

『バカな私、ずっと一緒にいたのにね。

私の恋は私が目を逸らして彼が目を閉じるまでの僅かな時間で終わったのよ。』

 

『マリーは立派だったよ。』

 

何を言っても癒せないだろう。

何を言っても慰められないだろう。

藍はただ寄り添って素直な言葉を伝える事しかできなかった。

 

『当主はお父様だけど、これからは私がアルデンヌ家の象徴とならなければいけないわ。』

 

失墜したアルデンヌ家の信用を取り戻した彼女はオルレアンの象徴となるのだろう。

マリーはアルデンヌ家の誇りとなって、オルレアンの平和のために尽力しなければならない。

それはワガママで自由なマリーという少女の終わりを意味する。

 

『私はここでオルレアンの平和を維持するために生きていく。

藍は異世界を飛び回って平和のために戦っていく。

おかしいね、おんなじ顔なのに全然違う生き方。

私達、きっともう会う事はないわ。』

 

『…うん、でもね…んっ…。』

 

藍の言葉を遮るようにマリーは人差し指で藍の口を塞ぐ。

 

『お願い、私から言わせて。』

 

藍が静かに頷くと、マリーは大粒の涙を流して優しく訴えかける。

 

『二度と会えなかったとしても…私達はずっと友達よ。』

 

『…うん!

ずっとマリーの事を想ってる。』

 

美しい花々をベッドにして、2人は抱き合ったまま横たわり涙を流す。

冷えた身体を暖め合うように抱きしめ合い、やがて2人は泣き疲れて眠ってしまう。

 

『あ、藍ちゃんとお姫様。

こんなところで寝てたら風邪ひ…むぐっ!』

 

誘拐犯達を縛り上げ、藍を探して庭園に現れたジェラルドの口をユカリが背後から塞ぐ。

 

『おやめなさい。

目を覚ますまでが彼女が友達と過ごせる最後の時間なんです。』

 

『明日からは普通の少女ではいられないだろう。

彼女がゆっくりと眠れるのはこれが最後かもしれないね。』

 

ヴィクトールとユカリはジェラルドを掴んだまま会場へと戻っていく。

 

美しい花々が咲き誇る中で眠る少女達を、月明かりが優しく照らしていた。

 

後日、オルレアンはダーザインと協力体制を取る事がアルデンヌ家の意志により決定された。

オルレアンの危機の際には協力して事件の解決に臨み、オルレアンからもVS能力を持った人材がダーザインに送られてくる。

 

『よぉ!我らがロックスター良平!』

 

『げっ、アンタたちは!』

 

その中には良平と揉めた貴族の少年の姿もあった。

彼らが送られてきた働きの影にはきっとマリーの姿があるのだろう。

 

藍は遠い世界の友人の事を想う。

もう二度と会う事はないだろう。

しかし、それでも…

 

(私達はずっと友達だよ。)

 

藍は顔を上げると次の異世界へと飛び込んでいく。

違い世界で生まれた同じ顔をした友人。

マリーに恥じないようにと、藍は新たな世界へと駆け出していくのだった。

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