研究所生活はホワイトだけど、外の世界の方はブラックだ。 作:フォールンフロア
ボロアパートの前に1台の車両が停車していた。黒塗りの車ではあるが、如何にもな印象を周囲の人間に与えてくる。
普通に見るならば特に違和感は感じない事だろう。しかし、何故か『関わるな』と言う暗黙の印象を抱かせる。無意識の内に避けたくなる、そんな車両に■■と防護服の男性が乗り込んだ。
車内の内装は特に説明する必要が無い……と言いたかったが、何かのキャラクターを思わせるキーホルダーの束がバックミラーから吊るされており不釣り合いだ。
「助手席に座らせるセンスは見事だと言わせて貰おう。事故った時、死亡率が1番高いのは助手席だ」
■■は助手席へと促された。
口を開いた■■は皮肉めいた口調で防護服の男性にそうぶち撒ける。仮に意図的に事故を起こそうとも死ぬのは自分だけだ。他の人間は防護服を纏っており、生存性は今の自分よりは上。
成程、事故死に見せかけるのは良いセンスと言える。
「……先輩、だから止めた方が良いって言ったじゃないか」
助手席の後ろの後部座席に座った相方の防護服の男性は後輩らしくそう後悔気味の意見を告げる。
「仕方ないだろう? 後部座席に座らせたら、自殺するかも知れないじゃないか」
「と言うかやっぱり、同年代の女の子連れて来て説得した方が良かったんじゃ……?個人的にはベテルちゃんが安牌だった気も」
「いやそれこそ本末転倒だ。女尊男卑の環境下で男女間の関係は氷点下並だ。俺達でこのザマじゃ余計に拗れちまうだろうが‼︎」
「作戦会議なら、来る前にやれよ⁉︎ つーか、本人の前でやるなや‼︎ 馬鹿かお前らは⁉︎ せめて打ち合わせしてから来いよ‼︎」
男達のみっともない会話を聴かせられて■■はブチ切れる。いや、本当に何で此処でそんな会議をやるのか。
「ほら、やっぱり野郎による説得は時代遅れじゃん。同年代の女の子が不法侵入する方が絆されチャンスがあった筈っすよ」
「馬鹿野郎‼︎ 夜更かしは健康の大敵だろ⁉︎ 夜勤がどんだけ身体に不健康か知らない筈が無いだろう⁉︎」
「俺達にとっちゃブーメランっすよね、ソレ」
「別に構わないだろう。そう言うのは大人の仕事だ」
「良い加減にしやがれ‼︎ ゴミがッ⁉︎」
どうしてこうもしょうもない会話が繰り広げられるのか、■■は考えたくは無かった。何なんだこの連中は、と。本当にバカバカしくなり、彼らは何がしたいのか本当に分からなくなって来た。
一抹の馬鹿な会話が一旦打ち切られ男性達は防護マスクを外しその素顔を露わにする。運転席に座る男性。眼鏡を掛け頭部に傷があり少し老けた顔をしていた。
「……長居は無用だ。すぐに出そう」
運転席の男性はアクセルを踏み込み黒塗りの車両を走り出させる。ボロアパートの周辺地域は地価は安いが治安は悪い。いいや、この国自体、治安が徐々に悪くなって来ているのが現実だった。
「……状況上、帰って来れる可能性は限りなく低い」
「好きにしろ。どうせ、明日には死ぬ命だ。何処へなりとも行けば良い」
無言の中で進む車両内は心苦しい心境か、運転席の男性は顔を見せようともせず助手席側のウィンドウの方に視線を向けて通り過ぎる夜中の街中を見る■■へ横目を向けながら口を開く。
返ってきたのはやはり棘しか無い言葉だった。ウィンドウに写る彼の顔は如何にも仏頂面で冷めた目で外の光景を見ている。
「……先輩。目的地には距離があるからドライブスルーで何か食べましょうよ」
後部座席に座る男性。運転席の男性よりも若い印象を受ける。此方は■■が自殺しようとした時に阻止して来た男だ。口調から少し軽い印象も受けた。
「同感だな。■■君、君……普段から食べていないだろう?」
「だから何だ? こんな世界、生きていて何になる?」
■■の身体付きはお世辞にも褒められた状態では無い事は素人目から見ても分かる。それ程までに身体は痩せ細っていた。明らかに普段から食事を摂っていない事が推測出来る。少ない情報の上で恐らく餓死狙いの断食なのだろう。
「……それでも食べなきゃいかんよ」
「錠剤の方が
「……こんな現実、信じなくないな」
黒塗りの車は程々の背丈のある建物が並ぶ中規模程度の都市部に差し掛かり、大小様々な光が車両内に差し込んで来る。
眠らない街とは言うが、今の状況だと
「先輩。ハンバーガーにしましょう。ドライブスルーと言えばやっぱ、ハンバーガーでしょ」
少し遠くにハンバーガーで有名なチェーン店の看板が見えた。後部座席の後輩の男性がそう提案する。
「そうだな。■■君」
「いらん。勝手に食べてろ。死ぬ奴に飯なんか必要無い」
やはり顔を見せず外方に視線を向けている。顔すら合わせる気が無い。
「せめて、最後まで言わせてくれないか?」
機先を制され運転席の男性は苦笑しつつどうしたモノかと思案する。
■■は間違いなく希死念慮。然も重篤であり実行力を伴っている。隙を見せれば躊躇わずに自殺を試みようとする。その上に希死念慮からの拒食を併発。
その精神状態で『食べろ』と言うのは逆効果に繋がるのは言うまでも無い。かと言って放置はまた危険。
「いらっしゃいませ。何になさいますか?」
後続の車が無いとは言え、長居は出来ない。壁側に掛けられているメニュー板を見やる。仕方ないが、取り敢えず購入する事にした。
「照り焼きバーガーを3つ、ポテトMサイズを2つ」
前払いで代金を払い車を走らせ受け取り口で注文したハンバーガーを受け取った後、■■と後輩の男性にも渡す。
「……要らないと言っているだろ」
「食べないと、死ぬぞ」
「死体なら好きにしろと言った筈だ。何度も言わせるな」
■■は受け取ろうもしなかった。
「この構図は居心地が悪いんだ。我々も生きる意味を失う」
世の中は弱肉強食だと言う、適者生存だと言う、優勝劣敗だとも言う。それが世界である。
「余計なお世話だ。お前ら
「…………。だが」
「五月蝿いな、俺は
■■はそう言いながらズボンのポケットから錠剤を取り出す。暗所と光の反射が伴う暗がりで見え辛いが、カフェイン錠剤である事が目に見えた。それを水を使わずに喉の奥に放り込む。
「……それ、何錠目だ⁉︎」
「さぁな」
カフェイン錠剤の常用……。然も自殺企図。一応、聞いたが本人も何錠目かは興味が無いのか答えるつもりは無かった。流石に見ていられなかった為に、■■の腕を取り尚且つズボンのポケットに自身の手を突っ込み中に入っていたモノを取り出す。手に取ってみれば60錠以上のカフェイン錠剤が出て来た……。自殺用途のカフェイン錠剤を持ち歩く……この時点で予想よりも深刻だと分かる。
ゴミは既に処分しており自分達が来る前に既に
「……少し、飛ばすぞ」
運転席の男性は最悪の事態を考慮し、先を急ぐ事を決めたのだった。