研究所生活はホワイトだけど、外の世界の方はブラックだ。 作:フォールンフロア
実験室から連れ出される。
今、思えば身に着けているのは白い病衣と言う簡素な身形であった。
「普段着に関しては用意中だ。今暫く待って貰いたい。それに君が着ていた服を調べさせて貰ったのだが……その、自殺目的でカフェイン錠剤を250錠以上を持ち歩くのは流石に異常としか思えないな」
「……そうかよ」
車両内で60錠程は没収されてしまったがまだ半分以上は服の中に仕込んでいた事にジャバウォックは驚きは隠せなかった。
「今一度、言っておこう。此処では君を苛む〈現実〉は存在しない。故にその幻影を直視する必要は無いんだ」
「逃げた所で現実は変わらん。何故、それが理解出来ない?」
「逃げても良い。逃げても良いんだ。
三十六計の内にも逃げる事が含まれている。今は敵わなくとも生きていれば機会は何時の日かは巡って来よう。君は死に急いでいる節がある。今は急ぐ時では無い」
「死に急ぐ? ハッ、バカバカしい限りだ。そう見えるか?」
「見える」
即答であった。老人の目にはフォーマルハウトはそう映る。理不尽が故に全てを見なくなった彼は実に痛々しく映った。その思考は全て『死』へと向かっている。
「君には尊厳と食欲が無い。生きる事に執着していない。全てが無意味に映っている」
「良く分かっているじゃないか? そんな奴を生かしておく理由はあるまい?
国の役に立つ人間だけが生存し、それ以外は駆除される世界。結構な事じゃないか?」
「不平不満が消えた世界。統治者に都合の良い世界。幸福のみが許容された世界……。私はそんな世界を後世には残したくは無いな」
「残したくはない? どうせその窮地に陥った時には既にくたばっているのに何を言っているんだ?」
「子供の幸福を願うのが大人のあるべき姿だ」
ジャバウォックはそう両断した。
「……実験材料に言う言葉か? 詭弁も甚だしいな」
「私は君を実験材料として見る事はしない。……確かに君は世界で数少ないISを扱える存在、その事実は認めよう。そして、その『暴力』を扱う術を教える事もまた事実だ」
建前は用意しているが本質もまた事実だと告げる。元よりソレが起因。
「…………」
「……無論。それ以外にも理由は幾つかある。その点は君だけの事実である」
「……フン。何を企んでいるかは知らんが、好きにしろと言ったからな。勝手にやれば良い」
投げやりな態度のフォーマルハウトを横目に廊下の向こう側に到達する。扉を抜けた先には緑色の芝生が広がる広々とした庭園が広がっていた。
其処には多数の少女達が思い思いの様子で過ごしている様子が視界に映し出されている。
「……あ、博士。博士〜‼︎」
その娘達の1人が芝生の上を走りながら駆け寄って来た。ピンク色の長い髪を2つに纏めている。フォーマルハウトが知る限り、邪気の無い笑顔であった。黒いブレザーに赤いネクタイと言う警戒色を思わせる装いをしている。
研究所と言えば白をイメージしていたのだが……。
「おお、アルフェルグ君か。丁度良かった」
「博士。其方の人が、今朝言っていた?」
ピンク色の髪の少女の視線が自分の方へと向いた。その視線には邪気も無ければ嫌悪、悪意、軽蔑の気配は微塵も感じられない。
「ああ。今日から君達の新しい仲間、フォーマルハウト君だ」
「フォーマルハウト……フォールで良い? わぁ、宜しくね‼︎」
「ッ⁉︎」
名前を知るや否やアルフェルグはフォーマルハウトをフォールと略しつつ急接近し、其の儘、真正面から抱き付いて来た。身長さは殆ど無い為に可愛らしい顔立ちが眼前にまで迫って来た。そして布越しでその温もりが伝わってくる。
「⁉︎ ⁉︎ ⁉︎⁉︎⁉︎」
現実問題心底到底事実関係上一切合切理解不能、非現実的で有り得ないし思わず幻覚かと思う光景が広がっている。そうか、此処が地獄か……。
「あ、……流石にいきなり過ぎた?ごめんなさい」
フォーマルハウトが信じ難い光景に思わず硬直しているのを見たアルフェルグは直ぐに離れた。
「研究所内の案内を君に任せて良いだろうか? 私はまだやるべき事があるのでね」
「あ、博士。うん、分かりました」
ジャバウォックは自分は邪魔になろうとの事で未だに困惑しているフォーマルハウトをアルフェルグに任せて自身は速やかにその場から離れた。
「フォール。私の事はアルフェルグって呼んで?ほら、行きましょう‼︎」
「ッ⁉︎ ちょ、お、おい⁉︎」
アルフェルグは押しが強いのか、フォーマルハウトの腕を取って芝生の上を歩き出す。
「何なんだよ……コレ」
思わず毒吐いてしまう。現実では到底考えられない光景に面喰らい対応が後手後手に回ってしまっている。
「……私が怖い、のかな?」
その途中で歩みが止まり、アルフェルグは振り向かずに寂しげな声音でそう質問を投げて来る。しかし、その手はフォーマルハウトの腕を離さなかった。
「怖いと言うよりも、理解が出来ないな。その行動がとても理解出来ない」
「…………」
ISが齎した女尊男卑の思想は、人類がこれまで何百年も培ってきた認知を完膚なきまでに打ち砕いた。そりゃもう、ボロボロになってしまい役目を終えた骨みたいに粉々となって藻屑と消える。
「……会話が成立する事自体、1000年に1回あるか無いかの奇蹟だろ?
ましてや殴打や殺害以外で肉体接触が発生する事も幻想以外有り得ないし現実として有り得る筈が無い。正真正銘、理解不能だ」
偏見此処に極まれり。
誰もがそう断ずるだろうが、フォーマルハウトの主張は誇大妄想でも何でもなく紛れもなく『現実』として存在しているのだ。
仮に証言者がフォーマルハウトでは無く、全くの別の男性でも類似した証言を提出するだろう。
「或いは美人局か? いいや、その線は薄いな。『強者』はその存在を認めはしない。
ならば不意を打つ為の
「そんな話は聞きたくは無い‼︎ 君の推測は全部的外れ‼︎ 皆が皆、そうとは限らない‼︎」
偏見と偏屈、そして悪意に満ちたフォーマルハウトの言葉はアルフェルグの言葉によって封殺された。
「……的外れ? 嘲る意図を隠すのも止めたらどうだ? 仲良し子良しで嬲り合い。いいや、実に素晴らしい、三千大千世界始まって以来、最高に素晴らしい娯楽じゃないか⁉︎ 今後、コレを超える娯楽はもう出て来ねぇな。ああ、楽しいね‼︎ 愉しいな⁉︎ ああ、砂上の栄光で高笑いしながら死ぬ直前まで
だが、フォーマルハウトは封殺を物ともせずに自棄気味に真っ向から否定する。もう全てが改悪されて映っている事の証明とも言える。
「むぅうう‼︎」
その咆哮にアルフェルグは振り向き非常に分かりやすい膨れっ面をする。顔立ちが可愛らしい所為か余り怖くは無かった。しかし、『怒ってます』と言う印象を出しながらも腕は離そうとはしなかった。
「其処まで言うんなら、意地でも『理解』させてあげる‼︎ 私達、総出で‼︎」
納得では無く理解と言う辺り、目が据わっていた。然も1人に対して全員が掛かってくると言う悪夢。
ココハジゴクカ?
「ハロー、ドクター。で、例のボウヤを見た感想は?」
「中々の難物みたいだね。環境1つで彼処まで歪んでしまうとは……恐ろしい限りだ」
「クク、叫ぶ元気があるなら問題無ぇだろ。ああ言う奴の方が1番信用出来るし、しぶといモノさ。ドクターにとっちゃ理想だろ」
「…………シニョーラ君。私は未だに俄かに信じられないのだが」
「俺でもまだ確信は持てねぇな。何となくそう考えただけさ……。ただ
「…………。コレは偶然だろうか?」
「いいや、オシャレさんの言葉を借りるなら『運命』だろうさ。あのボウヤは吐き捨てそうだがな」