もはや魔法少女ではない   作:逆コ⊃若 皐月

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対戦よろしくお願いします


Marriage or Mahō-Shōjo?

 

 

 転生した。生まれ変わった。

 けれど、正味な話、だからといってなんなのかということである。

 今生もまた電気文明とインターネットに支配された現代の極東島国に生れついたのだ。差や違和があるにしても、それはむしろジェネレーションギャップが大半を占める。

 

 いや、差や違和がないというのは言い過ぎたか。

 

〈────儺籠(なかご)区での骸獣災害の対応について、鎮守魔法少女学園は────〉

 

 骸獣。魔法少女。

 ぼんやりと見上げた平日昼間の閑散とした電車内のトレインチャンネル。

 四人掛けのボックス席から、そこでセンセーションに踊る胡乱げな単語たちに思い直す。

 

 今世で産まれた都市(まち)の名は骸郷都(がいきょうと)。極めて特異な背景を持ち合わせるこの都市では骸獣や魔法少女なんかの超常が平然と我が物顔で現実を闊歩している。前世において、そういった摩訶不思議とは無縁であったことを思えば変化がないは嘘になるだろう。

 嘘でないだけで、そうした魔法というものが十代前半中学生三年生になった私の新たな人生に大きな影響を与えているわけではない。私の知らないどこかで魔法とかいうのが八面六臂の大活躍らしいというのこそ、知ってはいるが、それだけで魔法について何か考えを巡らせることなどそう多くはない。

 

 畢竟、遠くの超常よりも近くの日常の方が大切である。

 魔法なんてものがなしでも日々、頭を悩ませることは別にいくらでもある。中学生の身で、祝日でもないのにこんな時間帯に電車に揺られているのも、またその一つだ。加えて、この後そのまま登校せねばならないのも。魔法なんかより心動かされる。

 

〈次は朝萩。朝萩。降り口は変わりまして、右側です〉

 

 だからこの転生という事象に私はそこまで価値を見出していない。

 かつての人生に後悔がないなどと悟ったことを言えるわけでもないし、言えないからこそ輪廻に囚われているとも言えるのだろうが、それでも分別くらいはついている。過去の悔悟を持ち込むつもりはない。

 

 そもそもどんな風に産まれたとして、私は凡人凡骨に過ぎないのだ。

 平々凡々、身の丈にあったライフプランで生きていくのが性に合っている。

 転生者、八鳥(やとり)ライムとはそんな感じで生きて死ぬ小娘なのだ。

 

〈四音寺財閥は骸結晶の輸出について────〉

 

 そう結論付けて、ぼんやりとトレインチャンネルを眺めていると、

 

「ねえ、そこのキミ」

 

 不意に声がかかった。

 聞き間違えや幻聴の類ではない。思案にふけっていて気が付かなかったが、眼前に一人の女性がいた。年の頃は大学生ほどだろうか、モラトリアム全盛のヤングアダルト。紺青のウェーブロングの彼女はターコイズブルーの眼でこちらを覗き込んできている。

 その距離感と言ったら深いものであれば互いの息が届きそうなほどで、面食らう。見ず知らずの他人にそこまで近づく彼女にも、そこまで気が付かない自分自身にも。

 パーソナルスペースという言葉をご存じないタイプの人種だろうか。

 だとしたらまず間違いなく苦手な手合いだ。

 

「あの、どうかされましたか?」

 

 顔を引いて、距離感を取ってから──それでも私の感覚では近すぎるが──問う。人間という一定の社会性を求められる生き物としては誠意ある対応をせざるを得ないのだ。

 

「ボクはそうだね、素質がある子をスカウトするのが主な仕事をしているんだ」

「はあ、それで?」

 

 続きを促す。

 どうか面倒事であってくれるなと、乗降の相談とかそんなのであれと内心深く祈るも、信心深くなどない私のささやかな祈りなど見事に次の言葉に打ち砕かれてしまう。

 

「ねえ、キミ。魔法少女に興味はないかい?」

 

 すなわちは厄介な勧誘、不審者の類だった。

 

 

 

 

「私は興味ないですね、魔法少女」

「そっかあ、ライちゃんってそんな感じだよね」

 

 あれから。

 強引極まる悪質セールスからどうにか逃げ出し、授業を済ませ、放課後。

 教師から押し付けられた雑務をこなし、下駄箱に向けて歩む渡り廊下にて。

 私にとって唯一の友人といって過言でないクラスメイト、秦奉(はたてまつり)カナデさんの問いに答えていた。質問の内容は、魔法少女への興味。勘繰ってしまいそうになるほどタイムリーなことに。

 単なる偶然だというのは分かっているのだが。

 

「でも、ライちゃんって適性あったよね? 魔法少女の」

「適性のあるなしと、実際にやるかは別問題ですよ」

 

 この骸郷都において女子は身体測定の一環として魔法少女としての適性の有無を検査する。さりとて、そこで適性有と判断されたからといって強制的に魔法少女にさせられるなんてことはない。かつては知らぬが、今は選択肢があるのだ。魔法少女になるかどうかには。

 

「えー、なんでさ? かわいいよ。魔法少女」

「まあ、可愛いとは思いますけど……」

 

 明るい橙黄色をした癖っ毛混じりのショートヘアを揺らして、人好きのする笑顔で再び問うてくる。

 魔法少女=可愛いの方程式には同意する。リボンとフリルに彩られた魔法衣をまとって活動する彼女たちはこの骸郷都におけるファッションリーダーだ。端的に可愛いという価値観を創出、発信する立場とさえ言えるだろう。

 もっともそのように演出しているのは外野の働きなのだろうけど。

 

「だけれども、可愛いだけでは補えない大変がありますって、魔法少女には……そもそもどうして急に魔法少女なんて言い出したんですか?」

「ああ。それがね、今朝のホームルーム、先生が言ってたんだ」

「何をです?」

「最近魔法少女のスカウトが増えてるから注意しなさいって」

「はは、なるほど」

 

 身に覚えがありすぎて、乾いた同意と笑みだけしか送り出せない。

 

「でも、できるならしてみたいよね、変身。かわいいしかっこいいから。こう、顕身の指輪(ソウルシフター)を使ってさ」

 

 カナデさんは左腕を甲の方を表にして掲げた。

 それは魔法少女が魔法少女になるための変身ポーズ(ルーティンワーク)

 きっとその指先には指輪が収まっていて、彼女を魔法少女としての姿へと誘っているのだろう。空想上において。

 

「私は別に。骸獣と戦うなんて、私にはとてもできませんし」

 

 骸獣。骸郷都に巣食う獣の名。大怪獣の死骸から湧き出でる穢れた者ども。魔法少女とはそれらから人々の生活を、命を守り抜くために華やかな魔法衣をまとい、猛々しき杖銃や魔動具を携え戦う少女たちなのだ。

 

 そんな壮絶な環境に身を投じる覚悟は残念ながらない。

 前も含め臆病が過ぎるのだ、私は。

 

「うん。でもわたしはだから、なってみたいかな。骸獣と戦えたら、もしもとき、ライちゃんを守れるでしょ」

「ありえませんよ、もしもなんて。朝萩に骸獣なんて十年出てないんですから」

 

 だから、あんまりに純粋で世界の正しさを信じ切った瞳で語られる理想に否定を投げかけてしまう。

 

 この朝萩南中学校のある朝萩町はここ十年以上骸獣の発見報告がないのだという。これはどこにでも骸獣が発生し得る危険性を秘める骸郷都では稀有なことで、骸獣被害を恐れる人々を対象に近年再開発が進んでいるのだとか。

 

 この背景を鑑みるとカナデさんの言うもしもときがある可能性は極めて低いのだけれど。

 彼女が語っているのは心意気の話だ。現実を用いて水を差すのは適当ではない。

 精神年齢まで考慮に入れると大人げなく情けないと形容すべきなのだろう。

 

「あー確かにそうだね……ってアレ!?」

「どうされましたか?」

「ライちゃん、カバンのお守り外したの?」

「いえ、そんなことはありませんが……」

 

 言われて肩掛けのカバンの端を確認すると、現にない。

 入学当初につけた覚えのある安全祈願の白いお守りが。

 

「……ないですね。どこかで落としてしまったんでしょう。とりあえず、落とし物がないか職員室に行ってきますね。カナデさんは先に帰っててください」

「いやいや、わたしも一緒に探すよ」

「カナデさんにそこまでしていただく必要はありませんよ」

 

 まだ空は青いが、日は傾き始めてもいる。

 中学生を連れ回すのが憚られる時間はそう遠くない。

 個人的な問題なのだ。付き合わせるのは気が引ける。

 

「あれって確か……」

「そうですね。前に話した通りです」

 

 こちらを心配そうに見つめてくる瞳に肯定を返して、それから否定する。

 

「けれど、自然になくなったとしたらそうなるのが一番自然なことだったんでしょう。ほら、一期一会ってやつですよ」

「一期一会はそんなに悲しいものじゃないけど……でも、分かった。ライちゃんがそういうなら先に帰ってるね」

「はい。では、また」

「うん、またね」

 

 手を振って別れの言葉を告げる。

 彼女は真っ直ぐそのまま玄関口に進んでいき、一方、私は職員室に向けて来た道を行く。

 落とし物ボックスに入っていれば楽なのだけれど。

 前の人生含め、失せ物に関わる運は壊滅的だったので、あるとも思えないが。

 

「本当に困ったら教えてね! わたし、ライちゃんのお願いだったらすぐに飛んでいくから!」

 

 振り返り叫びながらの元気と善意に彩られたその満面の笑みは。

 例え職員室にあのお守りがなかったとしても。

 それを見られたというだけで、感情的な収支でいえばプラスなような気さえするものだった。

 

 

 

 

「見つけた!」

「うわ、昼間の」

 

 訂正、収支はマイナスであるかもしれない。

 

「うわって酷くない!? ボクにはノアって名前があるんだから」

 

 お守りを諦めつく帰路の途中。

 帰宅を促す童謡が遠くから牧歌的に響く児童公園に彼女はいた。

 夕焼けに馴染まぬ紺青色の髪をたなびかせるのは、言うまでもなく電車内で執拗な勧誘をしてきた女性当人である。彼女と再び相まみえたというだけで、今日は厄日で間違いない。

 

 これ以上酷い一日にならないよう、努めて無視してその場を立ち去ろうとする。

 

「待ってくれ!」

「……勧誘は受けませんからね」

「違うんだ。このお守り、キミのだろう? 電車で落としてから届けようと思ってたんだよ」

 

 彼女が差し出してきたのは安全祈願と刺繍された純白のお守り。

 確かに失くしていたお守りそのものである。

 正直なところ、他の何かであれば自分のでないと主張して立ち去っていたがこれに関してはそうはいかない。これの出自は贈り物である。となると自然に失くすのはともかく、自主的にこれを見捨てることは贈り主に対する不義理に当たる。流石の私もそこまでの人でなしではありたくない。

 

 よって警戒しつつも、お守りを受け取りに近づく。

 私はカナデさんほどヒトの善意などに素直ではないので、わざわざ自らを袖にした人間の忘れ物を届けるために苦労するだなんて信じられはしない。裏があってしかるべきだと考えてしまう。

 邪推であって、悪癖であるというのは自分でも承知しているのだけれど。

 

「返すのはいいけどお礼にこれの一割分ぐらい、キミに話を聞いて欲しいなって…………」

 

 邪推じゃなかった。

 

 遺失物を人質に勧誘するというのは何らかの法に触れるものではなかろうか。

 状況が限定的過ぎるので直接明記するような条文があるかはわからないが、少なくとも市民感情としては法規制されていてほしいものである。

 

「もちろん。今すぐじゃなくてキミの都合のいい時だ。なんなら保護者同伴も大歓迎。というか、この名刺を受け取ってくれるだけでもいい。お願いだ、頼むよ」

 

 しかし、相手もプロなのだろう。

 こちらの心が遠のいたのを感じてか、要求を緩やかなものに切り替えてくる。

 意図はどうあれ落とし物を届けてくれたのは事実だし、何度も話を聞くのを断ってもいる。ここは名刺ぐらい──とまで考えたところでこれが返報性の原理とドア・イン・ザ・フェイスなのではないかと思い直す。

 些細なところに光る技巧。改めて、流石はプロだ。

 

「そんなことのために、わざわざこんな田舎まで来たんですか?」

「うん。それだけの価値がキミにはあるからね」

「わかりません。私は魔法少女の適性があるとは診断されてますけど、魔力量はそんなに多くありませんでしたよ?」

「魔法少女になる前の数値なんて飾りだよ。戦いに身を置けば自然と成長する。だから魔法少女にとって一番大事なのはバロメータじゃなくて、センスだ。それがキミはずば抜けている」

「知りませんし、私にそれがあるとは思えませんが」

 

 いきなり魂がどのうこのうと言われたとて、私には霊感商法としか思えない。

 精神的ネイティブ骸郷都民からするともっと違う風に聞こえる言葉なのだろうか。

 

「そんなことないよ。ボクは、ヒトを視る眼だけは特別でね。そのボクが太鼓判を押す。キミはもう既に超一流の魔法少女と遜色ない魂をしてる。キミは魔法少女として大成する。学園本校はおろか、リボン勲章も夢じゃない。そしたら進路は安泰だ」

「はいはい。わかりました」

「ちょっと、話半分に聞いてるでしょ!? ボクは真面目だぞ。こんなことを言ってるのはキミだけなんだから!」

「それを信じられる要素がこちらには何一つありませんから。それではお守りありがとうございました」

 

 名刺を拒否し、お守りだけを受け取って告げる。

 これ以上何を語り合ったところでお互いにとって得になるようなことはない。

 踵を返して、歩み出すと砂利を踏みつける足音がイヤに耳朶を打った。

 

 足音が?

 

「? 話を聞いてくれる気になったかい?」

 

 足を止めた私に彼女が再び声をかけてくるが本題はそこではない。

 

「なんだか静かすぎませんか? 街の外れとはいえ、帰宅の時間だっていうのに」

 

 遠くからの童謡もいつの間にか演奏を終えた今現在、聞こえてくるのはそれこそ私と彼女が発するものぐらいしかない。これが比喩表現であれば、私も引っかかるものなどなかったろうが現実はそうではない。本当に、些細な生活音から虫の声まで何一つとしてしないのだ。

 これは明らかに異常事態、偶然では方のつかない何かがある。

 論拠に欠ける直感に他ならないのだけれど、確信さえしている。

 

 そして、次の刹那、その確信は赤い閃光となって応えてきた。

 

〈骸獣です。骸獣です。劣化魔力による汚染に十分注意し─────GiNnnnnnnnnn!!】

 

 けたたましく騒ぎ立て避難を促すアラームをひとえに押し退け塗り潰す咆哮。

 眩さに閉じた瞳を開けば、轟く声の主は我が物顔で仁王のごとく立っていた。

 

「まさか盲進騎兵(ジンネル)!?」

 

 半ば悲鳴にも似た調子で彼女がそれの名を呼ぶ。赫焉と沸き立つ劣化魔力をその頭頂の鶏冠に宿す怪物。半馬との形容の相応しい四脚のシルエットを光沢を放つ黒曜石をも思わせる硬質な外皮で覆う半人の化け物。馬、鶏、人。それらの見てくれが入り混じったキメラが尋常な生物であろうはずがない。

 

 正しくそれこそ、骸獣。

 この骸郷都の土台たる大怪獣の骸より出で、人々を襲い破壊と暴虐を尽くす死の具現。

 

「とにかく逃げるよ。あれはロ級骸獣だ。浄化魔力を持ち合わせない生身でどうにかなるような相手じゃない」

 

 彼女の主張は正しい。骸郷都に産まれ直してからというもの、骸獣と出会うようなことがあれば即座に逃げろと口を酸っぱく言い含められ育ってきた。

 だがこの正しさは机上においてのものであることは留意すべきであるだろう。

 

「それは同感ですが、逃がしてくれますかね?」

 

 盲進騎兵(ジンネル)とやらの鋭い双眸はこちらを睨みつけて離さない。

 当たり前だ。骸獣はヒトを襲う。より正確には魔力を糧とする食性のため、魔力を有する人間を襲う。骸獣にとってヒトは獲物の一つ以外の何物でもない。

 食らうものと食らわれるもの。食事を文化とした人々が忘れ去った原初の形。

 生きるか死ぬかの捕食者と被食者の関係に私たちは置かれていた。

 

【GuuUooooo────────!!】

 

 盲進騎兵(ジンネル)は狩る者として携えていた槍を構え、放った。

 言葉として表現すればそんな一文で事足りるワンアクション。しかし、骸獣のそれは只人のそれと比較にもならない。赤黒い劣化魔力をまとって超高速で飛来した槍は頭上を僅かにかすめると背後の砂場に着弾し、落雷めいた轟音を伴って爆発をもたらす。爆風を受けて砂塵が舞い、後には焦げたクレーターだけが形跡としてあるばかりだった。

 

 これが、骸獣。

 目の前の破壊は害獣猛獣の域にはとどまらず、災害そのものだ。

 骸獣にも、あるいはこれと戦う魔法少女にも戦慄するしかない。

 

「いやだ」

 

 そうして私が現実逃避めいた思考を加速させていると、呟く声がした。

 いつの間にやらへたり込んで顔をうつ向かせた彼女のものだった。

 

「いやだ。まだボクは、まだ誰も好きになってない。まだ誰も愛せてない」

 

 囁きと変わらない声量のそれは、自信たっぷりに私に才覚があると説く勧誘のときのものからは想像もつかないほどか細く、張り詰めた空気を伝って私の鼓膜を震わせた。

 

「このままじゃ、ボクはボク一人のままだ」

 

 それはあんまりにもあんまりな、心の底から出た子供の声。

 一人ぼっちの迷子の日とか一人きりの雷の夜とかの、寄る辺のない子供の声。

 寒くて、暗くて、遠くて、深い。

 望んでもいないのに涙がこぼれてしまいそうなときの悲しいの声だ。

 

 だったら、しょうがないか。

 そういう涙が流してしまうほど、悲しいことはこの世にないのだから。 

 

 お守りの封を切って開く。

 

 中には小さな金属片。御札などはない、それは知っている。

 このお守りという入れ物は自分で用意したもので、肌身離さず持っていたかったのは中身の方。

 

 贈り物であるのは。

 私が今生の亡き父から受け継いだのは。

 中に入れたこの指輪に他ならないのだから。

 

 それは顕身の指輪(ソウルシフター)と呼ばれるもの。

 女の子を魔法の世界に誘うための秘密の鍵。

 

 ゆっくりと左の指先へと収めて、そのまま天へと掲げる。

 ちょうど先程のカナデさんが真似していたのと同じ仕方で。

 それから、そっと息を吸って。

 

統べる心は異端の嫁ぐ空模様(サンシャワー)

 

 私は魔法(わたし)の名を告げた。

 

 

 

 

 雨が降っている。

 雨が降り注いでいる。

 雨が陽光を物ともせずに世界を満たさんと降り落ちてきている。

 

「雨?」

 

 肌を優しく包むような感覚を受けて、放心していたノアの意識は現実へと回帰した。

 そのときにはもう雨は嘘であったかのように水溜まりだけを残して消えている。夕立や俄雨にしたって、こんなにも局所的かつ短期的であろうか。山からそう遠くない立地ではあるものの、今日は終日雲一つない天気だったというのに。

 けれどもいかに御託を並べたとしても、現に眼前の景色はそうであるのだ。

 ならば、その不合理を合理にしてしまうような力が作用しているとみるべきであろう。

 

 ノアはそんな超常の担い手を知っている。

 

「魔法、少女?」

「そうだ。魔法少女サンシャワー。それが今の(オレ)だ。ある意味あなた(オマエ)が望んだ通りだな」

 

 ぶっきらぼうに、背中のままサンシャワーは答えた。

 しかし、その態度に大きな違和感を覚え思わず問いかける。

 

「キミ……は、ボクが勧誘してた子でいいんだよね?」

「ああ、あなた(オマエ)に付きまとわれて迷惑したのが(オレ)だよ。忘れたのか?」

「いやだって、色々と違うじゃないか!」

 

 服装の差異はいい。公立校らしい特筆する箇所のないフード付きセーラーが一転、スカート丈の短い白い礼服(ドレス)へと置き換わっているが、それはいい。魔法少女の魔法衣とは得てしてそういうデザインをしているものだ。

 

 問題は別にある。

 

 まずは身体。彼女の同年代と比較して幾らか背が低身長に区分されるようなものから、手足は細く長く二次性徴を完全に経た嫋やかな身体つきへと変貌し、また御下げの三つ編みだった白髪は(ほど)かれストレートとなって腰の辺りにまで伸びていた。ここまで大規模な変容は目を見張るものがある。

 そして口調。

 これまで幾人もの少女をスカウトし、魔法少女として送り出してきたノアですら、変身して口調が粗暴になる魔法少女など聞いたことすらない。

 

 できるならば本人確認したいほどだ。

 

「うるさいな。とっと逃げるか、隠れるかでもしてろ。アレの相手は(オレ)がやってやる」

「だけど!?」

「生身で敵わないって言い出したのはあなた(オマエ)だろ」

「じゃあ訂正する。キミは素人だろ。訓練もなしにいきなり挑んで勝てる相手でもない」

 

 そのように水掛け論を二人が演じていると、

 

【GIii────────────!!】

 

 唸り声が響いていきた。

 

 盲進騎兵(ジンネル)は投じた槍を回収し、先程よりも鋭くサンシャワーを睨みつけていた。

 それも当然だろう。これまでの一方的な捕食被食の関係ではないことを本能で察しているのだ。

 

「言ってる場合じゃないだろ。安心しろ、お守り(コイツ)の一割分くらいは働いてやる」

 

 サンシャワーはそれだけ吐き捨てると盲進騎兵(ジンネル)向き合った。

 双方、共に臨戦態勢を取る。互いに互いの敵を仕留めるために。

 

「待たせたな。来いよ、骸獣!!」

 

 啖呵を、火蓋を切ったのはサンシャワー。

 挑発の言葉を皮切りに大地を蹴って、飛ぶ勢いで急襲する。

 

【GgAAaaaaaa────────────!!!!】

 

 負けじと高く吠え駆け出す盲進騎兵(ジンネル)

 諸手を以って握られた槍には砂場を灰塵と化したとき以上の燃え上がる劣化魔力が充填されている。その一撃は扱い様によっては家屋にすら致命的な破壊をもたらすことが可能だろうとノアは察する。

 

「逃げて! 食らっちゃダメだ!」

 

 故にノアは叫ぶ。

 が、もはや戦闘は常人のたちの歩みでは到底及ばぬ速度で進行していた。叫びが叫びになる頃には両者の間隙はゼロであり、盲進騎兵(ジンネル)の槍撃は既に振り下ろされていた。

 刃とそこに付帯する劣化魔力による嵐のような攻撃にまたも大地は爆ぜ、砂埃が舞い上がる。

 

「流石に速いな。けど、それじゃ──」

 

 常人どもを置き去りにするスピードの世界に入門しているのはサンシャワーも同じこと。

 

「──遅い!」

 

 限界まで身を(かが)め、難を逃れていたサンシャワーは同じく拳に限界まで浄化魔力を溜め込んでいた。身を屈めていたのは回避のためだけではない。縮めた身体を元に戻す勢いを拳に乗せるために他ならない。

 青白い閃光をまとう突き上げられた拳(アッパーカット)相手の鼻っ柱を捉え(クリーンヒットし)た。

 

 はずだった。

 

「な!」

 

 浄化魔力煌めく握り拳による打撃が命中する寸前。

 赤黒い火の手が燃え立ち、爆炎が拳に宿った魔力と勢いを殺す。思わぬ出来事に戸惑うサンシャワーとその隙を見逃さぬ盲進騎兵(ジンネル)。そんな両者の間にカウンターが成立するのは必然。大きく成長を見せたと言えども盲進騎兵(ジンネル)には及ばぬサンシャワーの肢体は打撃の一撃により吹き飛ぶこととなる。

 

体外魔力壁(エクストラガード)だ! 排出した魔力で身を覆っているんだ!!」

 

 サンシャワーを阻んでいたのは骸獣が共通して備える特徴の一つである体外魔力壁(エクストラガード)。身体を自身の劣化魔力でコーティングし、一定以上の衝撃や魔力に反応して瞬間的に魔力を硬化させ防護するというもの。

 

「だからうるさい。今の理屈はだいたい分かった。あの靄の壁をどうにかすればいいんだろ?」

「無茶だよ、そりゃ理屈の上ではそうだけど……!」

 

 この堅牢なる鬼火の鎧を打ち破らぬ限り、盲進騎兵(ジンネル)の撃破ないと言っていい。

 だが、体外魔力壁(エクストラガード)を破る手段が今のサンシャワーにあるとノアには思えない。

 

「無茶なもんか。喜べ、証明してやる。あなた(オマエ)評価(見立て)は正しかったってな」

「なんのこと!?」

「なんだ忘れたのか。初めに(オレ)を超一流と言い出したのもあなた(オマエ)だろ」

 

 起き上がって、サンシャワーは仄かに、けれど不敵に笑った。

 たぶん、今でもサンシャワーはノアの発言を一欠けらだって信じてなぞいない。

 だからこれは付きまとわれたことへの当てつけに過ぎないと解釈するが妥当なはずだ。

 

 はずなのに、だっていうのに、どうしてだろう。

 その意地悪で自信満々な微笑から目を離せないのは。

 生命の危機なんかよりもよっぽど鼓動が早鐘を打ってしまうのは。

 

【GUUuuuuuuu────LaAAaaaaa────────!!】

 

 迷宮に迷い込んだ思考は野太く轟く嘶きによって現実へと引き戻される。

 盲進騎兵(ジンネル)が深く前傾姿勢を取った。見覚えのある構えに警鐘を鳴り響いた。

 

「今度こそ避けるんだ! アイツは鶏冠で魔力を生み出して、それらを勢いのままにぶつけようと突っ込んでくるつもりだ。キミが超一流だろうと、なんだろうと食らえば一溜まりもない」

「なるほどな、相分かった。お望み通り真正面から潰してやる」

「無茶苦茶だ。なんでそうなるんだよ、キミは!!」

 

 盲進騎兵(ジンネル)の突撃はあらゆるものを押し退け、跳ね除け、突き破る必殺の一撃だ。魔法少女用の教本において回避以外の対処法を記した一冊だって存在しないほどの威力を秘めている。躱すか、死ぬか。盲進騎兵(ジンネル)の前に立つものは必然にこの二択を強いられる。

 

 そんな破滅の進路上に置かれたサンシャワーはというと左腕を前方へと差し出したが、それだけ。当人の大口に反して音もせぬ静かな一動作だけを行った。一方の炎のごとく揺らめく劣化魔力を纏う盲進騎兵(ジンネル)はさらに踏み込みを深め加速と共に迫り来る。

 

 この勢いの差にノアは粉砕されるサンシャワーを先んじて幻視するが。 

 畢竟、それはノアが見た幻に過ぎず、驚愕と共に霧散することとなる。

 

魔力壁(ガード)を形成して受け止めた!?」

「言ったろ? だいたい分かったって」

 

 猛進していた盲進騎兵(ジンネル)は衝突することなく、サンシャワーには届かない。

 その理由(ワケ)とは差し出されたサンシャワーの掌部から展開された青白い閃曜の障壁。すなわち魔法少女たちのみが宿す浄化魔力で構成された魔力壁(ガード)による防御である。

 

 無論、それで止まるような盲進騎兵(ジンネル)ではない。

 纏う劣化魔力の量は増し、圧し潰さんと更に踏み込む。

 

 赤と青。二種の魔力の奔流が混ざり合いながら、鎬を削っていく。

 骨か魂。そのどちらから湧き上がるかの違いこそあれ本質は魔力をぶつけ合う根比べ。

 

【GyaAAaaaaa──────】

 

 先に音を上げたのは、盲進騎兵(ジンネル)の方。

 サンシャワーの魔力壁(ガード)による押し返しに負け体勢を大きく崩した。骨身に含有されていた劣化魔力も底を突いているようで、最早体外魔力壁(エクストラガード)の発動すら不可能なのは明白である。

 

 そして、この好機を逃すようなサンシャワーではない。

 

死命線(デッドライン)

 

 短く、サンシャワーが名を呼ぶと、その手に鋭利な尖頭を宿すナイフが現れた。

 勿論これが単なるナイフなどであるわけもなく、多様な魔法術理が刻まれた魔動具であることをノアは知っている。サンシャワーの魔力を受ければ回避も防御もままならぬ盲進騎兵(ジンネル)ごとき屠るのに不足ない一振りであることもノアは知っている。

 

「それじゃあな、骸獣。死骸らしく大人しく浄化されて(死んで)ろ」

 

 低く、告げて盲進騎兵(ジンネル)の腹部に煌めく死命線(デッドライン)の凶刃が突きつけられる。

 体外魔力壁(エクストラガード)があった頃からは想像もつかないほど容易く刃は外郭を破り、内なる死肉へと沈み込んでいく。後はもう俎板(まないた)の鯉に等しい。刃を通じて浄化魔力を流し込めば、劣化魔力で構成されている骸獣は清められ、自己崩壊を引き起こす。死の具現はまた死に帰るのだ。

 

 浄化魔力に充てられ、崩れていく骸獣だったもの。両者の雌雄は決していた。

 

「終わったぞ……ケガはないか?」

 

 終わり行く骸獣を見届け、振り返ったサンシャワーが瞳を合わせつつ問いかけてきた。視線の重なった眼は全てを見通すように妖しく輝く黄金色をしていて、ノアは息を呑む。そこでようやくサンシャワーの顔を真面(まとも)に見れていたことに気が付いた。

 

「キミは────いや、ヒトはこんな顔を?」

 

 今までの何よりも衝撃的な事実に思わず心からの言葉が漏れ出る。

 

「? おい、どうした固まって。どっか痛むのか?」

「……いいや、助かったよ。ケガはないし、劣化魔力の汚染もなさそうだ。五体満足ってヤツだね」

「ふうん、そりゃ何より。なら、(オレ)は帰る。こんなところにいても一銭にすらならないしな」

「待ってくれ!」

 

 辺りの惨状含め一切の興味がないようで、踵を返してその場を離れようとするサンシャワーにノアは絶対に彼女を逃してはならないと決意する。

 

 言動から察するにサンシャワーは経験値のほとんどない素人と見て間違いない。

 だというのに彼女は戦闘中、盲進騎兵(ジンネル)体外魔力壁(エクストラガード)を観察して魔力壁(ガード)を発動した。これがどれほどの偉業であるか、本人は把握しているのか。センスがずば抜けていると評したのはノアであるし、魔力壁(ガード)は比較的平易な術理から構成されるものだが、魔法現象を見ただけで模倣してしまうなど鎮守魔法少女学園本校の生徒ですら可能なものは限られる絶技である。

 

 これを目の当たりにすればノア以外の魔法少女スカウトたちも異口同音に言うだろう。

 魔法少女サンシャワーは大成する、と。

 よってノアは己の職務においても必ずサンシャワーは囲い込まねばならぬ逸材である。

 こんなとこで別れて、はいおしまいというわけにはいかないのだ。

 

 だって、職務なんかを無視したとしても。

 四音寺ノアにとって、魔法少女サンシャワーという彼女は運命なのだから。

 

「どうした?」

「大変心苦しいけれど、キミを野放しにするわけにはいかない。罪人のキミを」

 

 まず手首を掴んで物理的逃げられぬようにした後、相手が思わず立ち止まるような語を投げかける。サンシャワーは鬱陶し気にこちらへと視線を送ってくる。

 

「なんのことだ?」

「キミ、認可受けてないだろう? ダメだよ、無許可で顕身の指輪(ソウルシフター)を所持して、まして使ったりなんかしたら。普通に懲役刑もあり得るからね?」

真剣(マジ)、かよ」

「うん。だからキミには二つの選択肢がある」

 

 瞠目するサンシャワーにノアは相手の眼を見据えて言うと、掴んだのと反対の手で二本指を立て(ピースし)て、視覚的にも選べる道が二つしかないことを強調する。

 

「一つは真の意味で魔法少女になること。学園に所属するというのならは顕身の指輪(ソウルシフター)の所持が認められる。でも、ボクの勧誘をあれだけ断っていたんだ。キミには何か魔法少女をしたくない理由があるんじゃないかな?」

「…………さてな」

 

 顔を逸らして、サンシャワーは肯定も否定もしなかった。恐らく彼女には魔法少女を拒まなくてはならない何らかの事情がある。そこにも興味がないわけではないが、見えてる藪をつつく必要はない。今のノアにとって重要なのはサンシャワーが魔法少女以外の道を求めているという事実だけである。

 

「そのために第二の選択肢を提示しよう」

 

 ノアはその場に跪くと、掴んでいた手を引き寄せてその白磁の甲に唇を落とした。

 これからの永遠を誓うために。

 

「はあ? あな(オマ)、何を──」

「改めて名乗ろうボクの名前は四音寺ノア。この国の誇る四大財閥、その血を継ぐ一人さ」

 

 困惑するサンシャワーを余所にノアは滔々と謡うように身分を明らかにする。魔法少女スカウトとして隠さねばならぬものだが、()()となれば話は別だと言わんばかりに。

 

「ボクと結婚して四音寺になってくれ」

 

 告げたその顔は花が咲くような幸せを確信した満面の笑みに、サンシャワーは半ば現実逃避気味にひとり、思い出す。

 

 そういえば、こいつ。

 厄介な勧誘をしてくる不審者の類だったな、と。

 

 




また気が向いたときに
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