もはや魔法少女ではない   作:逆コ⊃若 皐月

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コイバナと顛末

 

 

「今のところ私はありませんね。結婚願望なんかは」

「えーなんでさ。ライちゃんそんなにかわいいのに?」

 

 骸獣との戦闘から日をまたいで、翌日。

 朝のホームルームまでの喧騒に包まれた教室で私はカナデさんとの会話をしていた。

 

「恋愛はともかく、結婚となると外見ってそんなに重要ですかね?」

「大切だよ。だってわたし、ライちゃんの顔を見る度にうれしくなるもん。朝一番におはようする相手はそんな人がいいと、わたしは思います!」

「それは外見によるものではなく、好意からの発生する感情では?」

「はっ確かにそうかも!」

 

 元気いっぱいの声量の返事に、よくも朝からそんなに気力があるものだと感心する。

 いやカナデさんの場合、元気でないときがないか。少なくとも私が知る限り彼女が今のテンションより下であった場面を寡聞にして知らない。底なしの元気はどこから供給されているのやら。

 

「でも、てことは、そういうことだよね」

「? 何にですか?」

「わたしがライちゃんのこと、大好きなのバレてるってことだよね? それって」

 

 両手を頬にあてて、照れくさそうに笑うカナデさんに失言をしたことに気が付く。

 思い返せば彼女はこの話の例えとして私の存在を引き合いに出していた。そこに好意云々と言ってしまったことで、あたかもカナデさんから好かれている確信があるみたいな思い上がった物言いになってしまっている。

 

「…………カナデさんは私以外にも大概のもののことが好きでしょう?」

 

 だから私はその好きの対象を無理くりにでも広げることで回避しようと試みる。

 ああ、実に汚い話術だ。

 

「いやいや、わたしにだって苦手なものはたくさんあるよ」

「例えば、なんですか?」

「玉ねぎ! 肉じゃがとか食べるときはいいけど、あの子、切るときすごく大変になるじゃん!」

「それはそうですけど、今の話とは別じゃありません?」

「別じゃないよお。わたしにも好き嫌いがあって、そのなかでライちゃんが好きだって話なの」

 

 それは飾り気も混じり気もない、一直線ど真ん中ストレートの好意の表明。

 食らったら最後濁すことの敵わない、最強の会話術。俗にノーガード戦法とかいうヤツ。

 ノックアウト寸前だが、反撃すると余計な追撃が来そうなので黙ってやり過ごすことにする。

 

「というか今、そんなことどうでもよくて、大事なのは結婚の話だよ」

「戻すんですか?」

「うん。だって興味あるもん。三年四組のクールキュート、八鳥ライムちゃん十四歳の恋愛観」

 

 クールビューティーではないか。

 背丈なんかを思えばいわゆる美人美女と銘打たれるような外形でないとは自覚しているが、覚えのない造語に内心でツッコミをいれてしまった。

 

 それで、恋愛観ねえ。そんなもの問われたところで。

 

「興味ありませんで終わりなんですが……」

 

 結局はこの一言に尽きる。

 話すような内容を生憎として持ち合わせないのだ。

 今世は恋愛やその先について何かする心持は一切ない。それは幾らかの理由から構成されるが、どこまで言っても私にとってそれらは無意味である点に集約される。いわば枯れた土地で農作はできないということ。

 

「それじゃあ、コイバナにならないじゃん」

「逆になんでそんなにコイバナがしたんですか?」

「きっかけは、これ。駅前で配ってたの。流行ってるんだって」

「ミサンガですか?」

 

 カナデさんがポケットから取り出したのは組み紐のブレスレット。

 手作り感が満載だが、こういうのはそういう方が味がある。

 

「そうなの。でも特別でね、好きな人のことを思ってつけると恋が叶うんだって」

「ははあ、恋のおまじないってやつですね」

 

 骸郷都は骸獣や魔法少女なんて超常がいる土地柄のせいかおかげか他県と比べて霊感商法が盛んである。恐らくこのミサンガもそうしたグループの試供品だろう。

 

「でねでね、わたしはそういう相手いないから付けなかったんだけど、もしかしたらライちゃんはそういうお相手さんとかいるのかなって思って」

「なるほど。ですが、私にも必要ありません。なのでコイバナは閉廷にしましょう」

「ええぇ!? でもマンガでそういう話をすると仲良くなれるって聞いたよ」

 

 純粋だ。

 背の高さでいえば私も大概小学生よりだが、彼女の精神性はそれを優に上回る純粋さだ。

 

「だとしてもこんな真正面から聞くものではないと思います」

「それにライちゃんがどんな人が好きなのかとか、告白なんかされたことがあるのかとか、気になるし」

 

 やっぱり下世話かもしれない。

 いや、たぶん本質はその無垢な純粋さからの質問なのだろう。下世話なことを聞き出してやろうなんて下心などではなく、真に好奇心だけから端を発するものだ、カナデさんの場合だと。

 

 だとしたら、まあ、答えるのが筋であるような気さえして、今生の記憶を洗い出す。

 どうせ、ないのだからと高を括って。

 

「告白されたことなんて一度も────あ」

 

 思案して、思わず漏れる間抜けた声。

 思い当たったのは昨日、求婚してきた財閥令嬢を名乗る魔法少女スカウトの記憶。

 ある意味であれも告白と言えば告白なのだろうか。胡散臭いことこの上なかったが。

 

「その反応心当たりがあるときのだよね! 何々、いつ、どこで、誰に!? まさかまさかの大スクープだよ! そこなクラスメートくんも気になるよね、ね!?」

「なんのことだ?」

 

 当然のごとく、唐突に飛び火を食らった隣の席の男子生徒は眉を八の字にしている。

 

「ライちゃんが告白されたことがあるんだって! これは三年四組の生徒として知らねばならぬことでしょ!?」

「…………カナデさん、無関係の人を巻き込まないであげてください。すみません騒がしくして」

「いや、オレも気になる」

 

 まさかの裏切り。

 彼に引き下がってもらってから、カナデさんを煙に巻こうと思っていたのに。

 向けられた二つの双眸の圧にいよいよ観念した方が楽なような気がしてくる。

 

「別に皆さんが期待するような話ではありませんよ。昨日、不審者にそういう絡まれ方をされたのを思い出しただけです」

 

 事件の詳細を雑多にゲロってしまう。

 不審者の意味不明さは一入だが、言葉にしてしまえば大したことではない。

 色恋が無関係であると知れば、このコイバナゾンビたちも沈静化するだろう。

 

「八鳥、大丈夫だったか!?」

「え、ライちゃん何にもされてないよね!?」

 

 あれ、おかしい。火に油だ。

 心配でたまらないと言った調子で二人とも明らかにヒートアップしている。

 

「おーい、ホームルーム始めるぞ」

「二人とも、もうホームルームが始ま────」

 

 入室してきた担任教師に助けを求めようと声をあげかけるが、

 

「────先生!! 事件です。ライちゃんが不審者さんに、不審者さんにー!」

「なんだなんだ、どうした秦奉(はたてまつり)!?」

 

 この手の瞬発力と声の大きさで私がカナデさんに敵うわけもなく、私の話題を中心とした喧騒はやがて教室全体に伝播していく。

 もう私一人がどうこう言ったところで止まる気配ではない。

 

 ああまったく、どうしてこうなった。

 

 

 

 

「断る。あなた(オマエ)と結婚なんか、誰がするか」

 

 時は遡って、四音寺ノアによる求婚直後。

 魔法少女サンシャワーは当然に突きつけられた告白に毅然と拒否した。

 

「どうしてだい? お金には不自由させないし、キミにもメリットのある話だと思うけど?」

「関係あるか。なんで知りもしないヤツと結婚するなんぞをする必要がある?」

「それはこれから知っていけばいいじゃないか」

「少なくとも(オレ)は第一声で金の話をするヤツのことを知りたいとは思わない」

「うーん。それが一番わかりやすい所だから挙げただけなんだけど。キミはボクと結婚すべきだと思うよ?」

「だから、どうしてそうなる?」

 

 サンシャワーからすると、そもそもなぜ求婚してきているのかさえ定かでないのだ。

 結婚がメリットと言われたところで、疑問符を浮かべることしかできないに決まっている。

 

「キミの犯した罪は三つ。第一に認可なしに顕身の指輪(ソウルシフター)を所持していたこと。第二にそれをあまつさえ使用したこと。第三にボクの心を盗んだこと」

「最後のは覚えがないが」

「盗人はみんなそういうんだよ。で、これらの罪。ボクと結婚してくれたら許そう」

「は? あなた(オマエ)は裁判官でもなんでもないだろ」

 

 骸郷都という骸獣蔓延る魔境という語り口で表現されることは珍しくないが、現代的な法治国家の一部であることには相違ない。裁判を受ける権利は保障されているし、罪に白黒をつけるのは断じて個人の独断などではないはずなのだ。

 

「いや。この件を知っているのはボクとキミだけだからね。それなら揉み消すのは容易い」

「あっさりこの世の闇を口にするんじゃない」

 

 なんて、一般庶民的なサンシャワーの見解は財閥令嬢の一言に打ち消されてしまった。

 

「でも仕方ないだろ。四音寺の娘の婚約者が大罪人だなんて外聞が悪いんだから」

「誰が婚約者だ」

「そっか。婚約者じゃないなら公権力に裁いてもらわないと。魔法少女以外が顕身の指輪(ソウルシフター)を持つことは許されないことなんだから」

「随分と脅すのが上手いな。財閥令嬢ってのは存外物騒でないと務まらない役柄なのか?」

「いやいや、ボクがしているのはキミの取れる選択肢と、そのときの仮定の話だけだよ。選ぶのはキミだ。ボク個人としては結婚してくれるのが一番うれしいけどね」

 

 くねくねと横に揺れながら、小声で家族計画を呟くノアにサンシャワーは根本的な疑問を投げかける。 

 

「だいたい、なんでそうも結婚を迫る? あなた(オマエ)の職務は魔法少女をスカウトすることであって、婚活じゃないだろ」

「うん? そんなのキミがボクの運命だからに決まってるだろ。運命なら一緒にならなくちゃ」

 

 気味の悪い顔で照れるノアにサンシャワーの表情が大きく歪む共にようやく確信する。

 四音寺ノアとかいう女は冗談や比喩などではなく、まして伊達や酔狂ですらなく、肉体的には年下かつ初対面の中学生であるサンシャワーに求婚しているのだと。

 ならば、逃げなくてはならない。

 

 ノアは意味不明な理屈を振りかざして、時に強硬手段を使ってでもサンシャワーをどうにか自分の支配下に置こうとするだろう。そうなったとき、何の権力も後ろ盾もないサンシャワーはいずれ負けて、結婚とはいかずともノアの勢力の中に組み込まれることになる。

 

 それは何としても避けなくてはならない。

 こちらも法や倫理に背く方法を用いたとしても。

 

「言ったよな。あなた(オマエ)。今回の件を知ってるのはあなた(オマエ)(オレ)だけだと」

「うん、そうだね」

「だったら、話は簡単だ。(オレ)は三つ目の選択肢を取る───死命線(デッドライン)

 

 呼ばれた名に呼応して、再び死命線(デッドライン)はサンシャワーの手に収まる。

 そしてそれの切っ先をサンシャワーは迷わず、四音寺ノアへと向けた。

 

「何をするつもりだい?」

あなた(オマエ)には選択肢が二つある」

「意趣返しのつもりかい? で、その二つっていうのは?」

「黙って生きるか、死んで黙るかだ」

 

 そのままサンシャワーはおもむろにノアへと近づいて、止まる。

 二人の位置関係は、もう一歩でも踏み出せばノアの胸元に刃が突き刺さる距離となった。

 

「はは、そっちの方がよっぽど脅迫慣れしてないかい? 今時の中学生ってそうなの?」

 

 が、ノアはその余裕綽々の態度を崩すことはなく、むしろ笑みを深めた。

 

「さてな。あなた(オマエ)含めて最近の若いのの考えなんか分かるかよ」

「いや、キミが知らなかったら、ボクが知るわけないだろう」

「それはどうだか。で、どうする? (オレ)としてはどっちでもいいぜ、あなた(オマエ)(オレ)について口外せず、今後一切関わらないっていうのなら」

 

 ノアと違ってサンシャワーは相手に対する興味は皆無に近い。

 魔法少女サンシャワーに直接干渉してこなければ、それでいい。

 

「無論、どっちでもないさ。ボクも第三の選択肢を選ぶよ。命よりも運命の方が重いからね」

 

 けれども、そうでないというのなら持てる力を行使するのを厭うこともない。

 

「そうかい。なら、口を塞ぐしかないな」

 

 言ってサンシャワーは死命線(デッドライン)を振り上げるとありったけの魔力を込める。

 刀身の限界に近しい量を瞬間的に注がれた死命線(デッドライン)からは浄化魔力が溢れ、眩い閃光を放つ。

 痛みへの覚悟と眩しさから生物としての反射で目を閉じたノアであるが、一向に刃が突き刺さるようなことはない。不審に思ってゆっくりと眼を開いたが、傷跡もなければサンシャワーの姿もなかった。

 

「やられたね」

 

 読み違えた。脅迫はブラフだった。

 サンシャワーが無関係のノアのために戦う選択をする性格であることを冷静に考慮すれば、無暗にこちらを傷つけるような行動はしないと思い至っただろうに。

 運命と出会ったことで浮かれていたか、と内省する。

 

「魔力の反応もなさそうだし、逃げられちゃったかな─まさかここまで魔法少女を拒否するとは。ひとまずは一旦腰を据えるべきかな。制服からしてたぶん朝萩南中とかだろう? 特定は容易だ。うん。逃がすつもりはないよ、サンシャワー。なにせ、キミはボクの運命だ」

 

 朝萩で今からとれる宿はあるだろうかと、サンシャワーが知ったら身を震わせそうなことを考えつつ、四音寺ノアは公園の出入り口に向けて歩み出した。

 

「はあ、ようやく行きましたか」

 

 茂みに隠れ、変身を解除した八鳥ライムは小さくなり行く背中を見送ってようやく安堵する。

 これが運命ならざる二人の初めての邂逅の顛末だった。

 

 




また今度
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