もはや魔法少女ではない 作:逆コ⊃若 皐月
「以上の理由からこの骸郷都には骸獣が発生するようになった。これは理解できたか?」
あれから。
あれよあれよ、と呼び出され複数の教員相手に不審者の特徴などについて聞き取りを受ける運びとなった。私にとっても不都合なので魔法少女に変身してからの部分は伏せて、悪質な魔法少女スカウトに絡まれただけであると弁明した。
したのだが、それがよくなかった。
魔法少女スカウトは非常にセンシティブな存在である。まず、いい顔はされない。
勿論スカウトたちの働きによって優秀な魔法少女が誕生し、骸郷都の治安が守られているの事実を思えば必要な仕事であることは事実だが、多くの親にとっては子供を魔法少女に仕立て上げ、死地に送る死神に他ならない。もっと口汚く「何故か公的に認められているだけの人攫い」なんて言われ方をすることもある。
個人の人命と社会の安全。どちらも尊ばれるべきものであることは誰しもが肯定するところである。しかし、これを親という母集団からデータを取ると個人、つまりは我が子の人命に重きが置かれる傾向にあるのは事実である。
骸獣の被害が身近な地域であればまた違った結果もあるのだろうが、それと縁遠い朝萩では特にちょっとした社会悪扱いだ。
一応公務員という立場上、同じく公僕である魔法少女になるなとは言えない教師陣だが、実際になられるとPTAを無視できぬ彼らにとっては些か不都合なことになりかねない。主に
よって恐らく生半可な不審者情報よりも詳細に、私は魔法少女スカウトの情報を根掘り葉掘り聞かれる羽目になった。複数人に同じ内容を話すことにもなったこともあって、ホームルームから開始した聞き取りが真に終了し、私が授業へと復帰できたのは四時間目の途中であった。
なんというか、疲労感がすごい。校長室なんて初めて入った。
しかし、これでも一応受験生の身であるため板書をノートに書き写さねばならない。担任でもあるこの教員は厄介なことに授業内容の反映率の高いテストを作るので後々を考えるとこうした方が楽である。
「で、この骸獣と戦うのが魔法少女ということになるわけだが、どうして国防軍に任せずに魔法少女たちが骸獣駆除をしているのか疑問に思わないか? んじゃあ、せっかくなんだ。魔法少女にスカウトされた、八鳥立ってくれ」
「はい」
椅子を引いて、担任の言葉に従う。
悪目立ちしたせいで、目を付けられている。
転生までしておいてなんとも器が小さいことだが、この発言の前の教室中の視線が集う感覚は慣れない。普段ならそういうものだと割り切れるのだが、今日は好奇心を寄せられているような気がして落ち着かない。
「んじゃあ、まず骸獣とはどんなものだ?」
「骸郷都にのみ発生する劣化魔力で構成された魔法存在です」
「そうだな。じゃあその劣化魔力の特性はどんなだ?」
「一見すると炎のようにも見える点と、骸獣しか扱うことができない点と、それから高濃度の劣化魔力は劣化魔力汚染症や汚染区域の原因となる侵食、汚染を引き起こす点が特徴として挙げられると思います」
劣化魔力は、ときに汚染魔力とも呼ばれる。
これはその名の通り、人体や空間に定着し悪影響を及ぼすからだ。
まず環境汚染による悪影響として、一定量以上の劣化魔力が滞留しているとそれが骸獣の発生要因足りえるのだ。こうした吹き溜まりとなった地帯を汚染区域と称し、立ち入りに制限がかかる。骸郷都に産まれた子供は交通ルールを学ぶと同時、汚染区域に近寄らぬよう言い含められて成長する。
次に人体。古くは俗に赤穢と言われた劣化魔力汚染症は、汚染箇所の神経麻痺から最悪の場合死に至ることもあるものだ。骸獣と遭遇した際にその場からできる限り速やかに離れることが推奨されるのは、骸獣そのものに襲われなくともこの疾患を患う可能性が想定されるからだ。間違っても死んだふりなどしてはいけない。
「優等生らしい、まともな模範解答でつまらんな。座っていいぞ」
教員としてその態度はどうなんど思いつつ、口にしても得がないので座る。
席に着くと、教卓近くの席のカナデさんがニコニコの笑顔で満足げにこちらを見ていた。発表の度にそうしたサインを送ってくるけれども、疲れないのだろうか。
「次にそうだな、アホ面で、ぼおっとしてた隣の
「はい!」
こちらもまた腹から出ていそうな声と共に立ちがった男子生徒。
今朝のコイバナゾンビの片割れでもある。
「こんだけ危険な劣化魔力とそれを持つ骸獣と魔法少女が戦ってるんだろうな? ほら、教科書とかに書かれてるみたいに、ミサイルでぶっ飛ばしてもいいのに、なのにな?」
「…………?」
この担任による質問は大概教科書の今話している箇所に解答のあるものなので、そう詰まるものない。
はずなのだが、先程の声量はどこへやら、男子生徒はすっかり首を左右に傾げるマシーンとなってしまっている。疑問に思い、彼の机をそっと窺ってみると彼の教科書は数十分前のところを開いたまま止まっている。どうやら呆けて話を聞いていなかったのだろう。
仕方がない。朝、見知らぬ私のことを心配してくれたのだ。
助け舟ぐらいは出すべきであろう。
「え? やと──」
「──し」
彼の袖を掴んで意識をさらうと、こちらを向くので私は自身の唇に人差し指を当てて黙らせる。
そのまま、手元の教科書の下の端、ページ数が記された辺りを指し示す。
後は自分で考えてくれ。
「あ、あった! 魔法少女は浄化魔力を使えるからです」
「魔法少女が浄化魔力を使えるのはそうだな。だからなんだ?」
「ええっと……浄化魔力には劣化魔力やその汚染を除去、浄化する作用があり劣化魔力で構成された骸獣との戦闘に有利であること。また劣化魔力に強い魔法少女は劣化魔力汚染症のリスクが極めて低いことから、魔法少女に骸獣との戦闘が一任されています、です」
他にも通常の兵器や火器類であっても骸獣の殺傷自体は可能だが、仕留めると骸獣の死骸から高濃度の劣化魔力が広がり、周辺の人や地域への汚染原因となるが、浄化のできる魔法少女ならそれがないなんて理由もあるか。
「見事な音読ありがとう浮目。座っていいぞ。んで、キリもいいしここまで。飯にするぞ、ガキども」
号令もなしに、一方的に終了を宣言してくるが授業時間でいえば十分弱余っている。この教師のコンプライアンス意識はどうなっているのだろうか。その教室関白が許されるのは大学教授クラスからなのではないかと思わなくもない。
「さっきはサンキューな、八鳥」
教科書などを片していると、隣から声がかかる。
「いえ、大したことはしてませんよ」
「それでも助かったよ。オレ、八鳥が転校するんじゃないかって心配で集中できてなかったからさ」
「引っ越す? それに心配というのは?」
「あー、いや」
心配という表現が気にかかった。彼と私との間に特に関わりがあるわけでもない。というかこの教室でカナデさん以外との関りはほとんどゼロに等しい。彼が私を気に掛ける理由などないはずなのだが。
そう思い、聞き返すも返答は帰ってこない。
漂い出した気まずい沈黙どうしたものかと、目を逸らすと。
「ライちゃん──────────!!」
「うわ。カナデさん飛びつくのは禁止といつも言ってますよね」
カナデさんがこちらを呼びながら飛び込んでくる。
猛烈な勢いで来るので受け止めるのを失敗すると転倒しかねないのでシンプルに危ない。
が、感情の命令に素直なカナデさんは感極まるとそれを忘れてしまうようである。
「だってえ、ライちゃんが引っ越すかもしれないって思ったら、つい」
「引っ越しませんよ。なんなんですか、そのデマ」
「魔法少女のスカウトを受けたんでしょ? だったら転校しちゃうじゃん」
「ああ、確かにそうですね。朝萩には魔法少女学園がありませんもんね」
魔法少女学園。直球そのままの名称だが、この学び舎を魔法少女たちは活動拠点に据えている。最も優秀なエリートたちが集う中央本校こと鎮守魔法少女学園をはじめとして、基本は各区間ごとに設置されている。
しかし、ここは骸獣発生比率ゼロパーセントが唯一の売りの片田舎、朝萩町。
付近に学園があるはずもなく、確かに魔法少女となるのなら転校を余儀なくされるだろう。
それで転校とか引っ越しとかの話が出回っていたのか。
「やっぱり、お別れなの?」
「違いますよ。カナデさんに昨日も言った通りです。私に魔法少女なんて務まりません」
「そっかあ、よかったあ」
胸に手をあて、安堵の息を吐くカナデさん。
ふと思う。こんな変な話になってしまったのは「スカウトを受けた」という日本語の問題せいかもしれない。単に受け身としての意味での受けたと、受諾を意するところの受けたが伝聞の中で混ざってしまったのだろう。
「へえ、八鳥さんスカウト受けないんだ」
「どうしたんだ? レイナ」
一人の女生徒が会話に入ってくる。
下の名前で呼んでいるあたり、どうやら隣の席の人とは親しい間柄らしい。
「あらシュウいたの? 別にクラスメートが引っ越すっていうから様子を見に来ただけ。そんなに変?」
「いや、そんなことはないけど……」
シュウというのはこの男子生徒の下の名前だろうか。
だとすれば、やはり親しい仲という推察は間違っていなかったのだろう。
「でも。八鳥さん。本当にスカウトされたのかしら?」
目を細めて、疑念を投げかけてくる女生徒。
「と、言いますと?」
「だって普通に考えたらスカウトを受けたのに魔法少女にならないって選択肢を選ぶわけないじゃない。学園に入ればエスカレーター式で受験もなしで短大まで出たことになるんだし、就職でも有利でしょ? それにこんな田舎からも出ていける。なのに魔法少女にならないって、もしかして八鳥さん嘘ついているんじゃないかって思っただけよ」
骸獣駆除をはじめとして多様な責務が課される魔法少女という職種。
それは過酷極まりないものであるが、一方で魔法少女に褒章や優遇措置、見返りの類がないわけではない。彼女の言うように、魔法少女学園を任期満了という形で卒業すれば短大卒として扱われることや一部魔法関連の大学や業界で魔法少女採用枠なんてのが設けられているのもその一つだ。
学費免除かつ賃金も発生するので、魔法少女はやり得という主張も頷けるところはある。
その危険性に目を瞑れば。
「ライちゃんは嘘つきなんかじゃないもん!!」
「そうよね。秦奉さんはそういうわよね。でも八鳥さんはどうかしら? ちょっとした自慢話のつもりが大事になって困っているなら早めに告白した方がいいんじゃない? それとも何か証拠でもあるの?」
「……物証はありませんね」
名刺を受け取っていれば提示できたかもしれないが、正直彼女からの物品は遠慮願いたい。
それにしても面倒なことになった。
二週目の怠惰な学生生活にとんだアクシデントだ。
目立たぬ窓際生徒になるよう努めてきたというのに。
この街における魔法少女の影響力というものを舐めていたのかもしれない。いや事の発端を思えば、カナデさんのインフルエンス能力か。どちらにしても溜息をつきたくなる。
「でも私も八鳥さんを嘘吐きと責めたいわけじゃないの。だから八鳥さん、話が本当だっていうのなら、私に教えてくれない?」
「何をです?」
「魔法少女スカウトの話よ。私、魔法少女に興味があるの。実際にスカウトの人がどんな話をするのかとか、すごく気になるわ。用事がなければぜひお願いしたいの」
「用事はありませんけど…………」
話がややこしい方向に流れていくのを感じる。
そもそも私にはスカウトの話などできる気もしない。拒否に拒否を重ねた上に、最終的に何故かプロポーズされただけだぞ。虚栄心と承認欲求をこじらせた人間が話すにはちょうどいい題材だ。
ああ、胃の辺りが重く感じる。
「じゃあ決まり。放課後、お願いね」
「別に、私は今や昼休みでも構いませんが」
「でも、ごめんなさい。私、今から給食を取りにいかないといけないし、昼は委員会があるの。だから放課後でもいい?」
「わかりました」
了承の意を示すと彼女は言うが早いか教室の外へと歩み出してしまった。
カナデさんとは別種の勢いというか、迫力というものがあって気疲れした。
それもこれも、あの財閥令嬢を名乗る不審者のせいだ。一言ぐらい文句を……いや、それより二度と関わってほしくないな。
「なんか、ワリいな。八鳥」
「どうして、あなたが?」
「オレ、レイナと幼馴染なんだよ。幼稚園ぐらいからずっと一緒の」
「なんと! これはなんだか、ロマンティックの香りがするね」
「そんなんじゃねーよ。同じ団地に住んでんだ。中学まではそうなるだろ、自然に」
言われてみて納得する。それこそ遠方への引っ越しでもない限り、幼稚園が同じなら中学校までは同じか。案外、幼馴染という属性が真の意味で効力を発揮するのはあ高校生ぐらいからなのかもしれない。
「で、レイナの
「それは、そうかもですね」
遠くを見て語る男子生徒。その瞳には過ぎ去ったいつかが映っているのだろう。
魔法少女スカウトが嫌われる一方で子を魔法少女にしたがる、させる親もまた少なくないという。むしろ魔法少女に対する拒絶的な風潮は子供情緒的価値が高まってきたここ十数年のものに過ぎない。魔法少女は名誉性の高い専門職であるし、もっと古い時代では口減らしのために赤子を魔法少女養育機関に送るなんて話も平然とある。
現代でもこうした流れに組み込まれた生え抜きの魔法少女たちは存在しており、彼女らは幼少期から魔動具を、杖銃を握っている。
もしもそうしたほぼ生まれたときから魔法と共に生きてきた少女たちが跋扈するなか活躍しようと思うのなら。魔法少女になれる
無論、魔法少女になるつもりのない私には関係ないが。
「だから、レイナにスカウトのときのこと話してやってくれないか」
「……有意義な話はできないと思いますが」
「それでもありがとな、やっぱ八鳥は優しい奴だ」
「そうよーライちゃんはとっても優しんだよー」
優しい、だなんてそんなことはない。
今日も今日とて私は自己中心的に命を浪費している。
それを弁明をしたとして、それもまた自己満足のための自分語りにしかならないので意味がない。
結果としてテンションの上がっている二人に気づかれぬよう私は溜息をつき、弁当箱を取り出す。
ふと、思い出した。
教室を立ち去るときに僅かに揺れた彼女の手首。
そこに巻かれていたミサンガは朝、カナデさんが持ち出していたものと同じではなかろうか。