もはや魔法少女ではない 作:逆コ⊃若 皐月
放課後という言葉を使うにはぎりぎりの暗い夕暮れ時。
「こんなところにいたのかい」
「…………」
「待って待って、待ってくれ。顔すら見ずに無言で立ち去ろうとしないでくれよ!」
覚えのある声が耳朶を打ったため、私はベンチから立ち去ろうとした。
のだが、残念。昨日と同じように腕を掴まれてしまって動けない。
やはり魔法少女スカウトとかと関係なしにこの女は不審者として通報すべきかもしれない。
ただしそれをすると、私も
「どこにも行きませんから、まずは放してください」
「うん。いいよ。この距離なら
「…………人を待ってただけですよ」
あたかも住所を特定しているかのような口ぶりを努めて無視して返答する。
否定するのは容易いが、こちらが反応することで取られる情報もある。
で、今何をしているのかというと、令嬢に返答した通り待ち合わせである。あの女生徒と待ち合わせ場所をすり合わせた結果、彼女が住んでいる団地の公園集合となったのだ。学校や一緒に帰宅しながらが、私としては一番楽だったが部活を終わってから来るから待つよう言われている。
「まさかデート!? 浮気は許されないよ?」
「話の脈絡と頭のネジどっちを捨てたんですか?」
「…………流石に冗談だよ。睨まないで。それよりキミ、昨日の喋り方はしないのかい?」
「何のことです?」
とりあえずはぐらかす。
突かれて痛い腹ではないが、面倒なところではあるのだ。その辺。
「流石に言い逃れはできないだろ。男勝りなあの口調、あっちが素なんじゃないかい?」
「違いますよ」
「そうかな? 魔法少女の変身状態というのは浄化魔力で構築された魂の似姿。すなわち
本当の自分。嘘偽りのない等身大の自我。
それが魔法少女としての姿だという仮説。
ただし、そんな思春期的な命題をやるには私は歳を食いすぎている。
「知りませんよ。魔法少女のことなんて」
「違う。ボクはキミのことを聞いているんだ。教えてくれよ」
「いやです。プライバシーの権利って知ってます?」
「それこそいやだ。それに世の中には知る権利だって存在しているさ」
ああ言えばこう言う。
この女の振りかざす主張に対して、いくら正論をぶつけたところで別の話題を切り出してくるだけだろう。これが正論では、人を救えないというやつか。
なんて諧謔を内心で転がしつつ、この場をどう切り抜けるかを考える。
満足するまで何をしって折れるようなタイプではないし。
いや、むしろちょうどいいか。餅屋は餅屋に投げてしまおう。
そうすれば目の前の面倒事が二つ同時に解消する。
「いいですよ、教えても」
「ホント!?」
「ですが、交換条件です」
「なんだい? 何でも言ってくれ。
「……あなたはなんというか、友達いなそうですね」
「え、なんで今、バカにされたの?」
嫌悪感とかそういう事情を抜きに思ってしまった失礼な感想がつい漏れ出した。
けれども、考えるに少なくとも私と同じ生活水準の友人はまずいないとみてよさそうでもある。対価として真っ先に挙がるのが金目のものな成金趣味では、庶民とまともな関係は形成し得ないだろう。
仮に付き合えたとて、それこそ金銭狙いのコバンザメも少なくあるまい。
「要りませんってそんなものは。私が要求するのは情報ですよ」
「え?
「だからなんでそう金銭関係になるんですか。もっと普通なことですよ」
「金銭以外というと?」
続きを促してくるその令嬢の瞳は心底意外そうに眼を丸めていた。
「私今、魔法少女志望の子と待ち合わせをしてるんです。それでその子に魔法少女がどんな職業なのか聞かせてあげてください。魔法少女スカウトなんてことをやってるんですから、簡単ですよね?」
「いいけど、それじゃあキミに得がないだろ」
「ありますよ。さっきも言ったように私、魔法少女について何にも知りませんから。専門家から話してくれるのが誤情報がなくて一番いいと思ったので」
本音の本音のところ言えば、誤情報すら話せないだけなのだが。
どうあれ、私と話すよりかは確実に有益だろう。
「わかった。引き受けるよ」
「じゃあ先払いで教えておきますね。私には、変身してああなった理由は分からないです。じゃあ、来たら説明よろしくお願いします」
「待ってくれ!? 何も教えてないに等しくないかなあ、それ!?」
うるさい。
学問分野において、分からないと分かることがどれほど重要か知ってから言え。
「八鳥さん? その女の人は?」
いつの間にやら言い合う私たちに待ち合わせ相手が現れていた。
さすがに見ず知らずの年上の女性に戸惑いつつこちらを窺ってきている。当然か。転生してから思い出したことだがこの時代五歳程度の差すら途方もなく大きなものに感じられるのだから。
「紹介しますね。昨日、私にスカウトをかけてきた張本人です。魔法少女の話を聞くなら彼女に聞く方が具体的かと思いましたので」
「なるほど……スカウトの話、本当だったのね」
「では、後は二人で話してもらう形で、私は晩御飯の支度なんかもあるのでお暇させていただきすね」
別に話をするのは私ではないのだから、退散してしまっても問題ないのでは。
財閥令嬢と同じ時間を共有したいとはまずもって思えないし、クラスメイトもクラスメイトでよく知らないので気まずい。何度でも繰り返すが転生しても凡愚は凡愚、コミュ障はコミュ障、三つ子の魂百までだ。
「いや、それには及ばないよ。彼女に魔法少女の何を話しても時間の無駄だ」
「え?」
が、そんな思惑諸共令嬢は無駄と断言した。
続いてか細く漏れたその声は、私と彼女、どちらのものだったのだろうか。
「この子にはキミと違って魔法少女の才能がない。そんな子に何を話したって無駄だよね? それならボクはその無駄な時間をキミの勧誘に、そこ子は勉強にでも使った方がよっぽど有意義だ」
「今の一瞬ではわからないんじゃないですか?」
「分かるよ。ボクの眼はそんなに腐ってない。ボクの眼にはキミが超一流の魔法少女として映って、彼女は三流にすらなれないと判断してる。魔法少女スカウトとしては、それですべてだよ」
全くの情緒を感じさせない不可能と断ずる、冷淡な声。
人間は空を飛べないと子供に諭すときと同じ、世界の仕組みを話す声だった。
「もっと言うとね。才能以前の話。魔法少女は
それが、一件空疎にも聞こえる魔法少女適性というものの正体。
「わかりました。ありがとうございます」
しかし、告げられたものの残酷さとは反対に彼女は深々と頭を下げた。
「行きましょう、八鳥さん」
「ええと?」
こちらが面食らっているうちに、そのままの調子でこちらに差し出される手に困惑する。
「こんな遅くまで私の我が儘に付き合わせたのだもの。家まで送るわよ」
「ええと、はい」
「それでは、スカウトさん。失礼しますね」
これで、終わり?
あんまりにもあっさり、主賓にお開きの宣言をされてしまって肩透かしを食らう。
「えっ、ちょっとキミ待ってくれ、ボクはもう少し話したいかなって思うんだけど」
一瞬、別に送ってもらわなくといいと拒否しかけて、同じく困惑気味の静止の声に思い直す。
あの求婚令嬢と一緒にいるぐらいならば、多少気まずいクラスメイトとの帰路の方が断然、マシなのだから。
☆
マシじゃなかったかもしれない。
帰り道の途中、気が付けば人気のない裏道へと招待されていた。
思えば私の家を知らないはずの彼女が送ると言い出した時点で怪しむべきだった。
「嘘って疑われたからって偽物まで用意してまであたしをこき下ろして、自分を褒めさせるなんて、随分と手の込んだことをするのね、八鳥」
「はい?」
豹変したとしか言いようのないドスの効いた声色と共に睨まれて、後悔と戸惑いが深まる。
「意外そうな顔が上手いわね。別にいい子ちゃんの演技はもうしなくていいのよ? ここはあたしたちしかいないんだから。言いなさいよ、偽物のスカウトを用意してごめんなさいって」
「ええっと、すみません。話が見えてこないですが、一応彼女は本物ですよ」
「魔法少女スカウトの性格があんな終わってるわけないじゃない! 仮にも信用を飯の種にする職種なのよ!? あれが本物だとしたらネットに流出するだけで大炎上どころの話じゃないでしょ!!」
まずい。何も言い返せない。あの女に頼ったのが間違いだった。
というかインターネットリテラシーとかコンプライアンス意識なんかの人間力で中学生に負けるなよ。一応働いてるんだろ。今や一挙手一投足にお気持ちが付きかねない大センシティブ社会だぞ。仮にも財閥の令嬢だろうに、上級国民として最低限の意識は持ってほしいものである。
むしろ、そういう特権階級だからこそ、この手の市民感情的なところに疎いのか。
いや、そんなことはどうでもいい。あのプロポーズ女について考えるだけ損だ。
大切な目の前のクラスメイトの起源をどう落ち着かせるかの方である。プロポーズ女は無視すればいいが、クラスメイトとなるとそうはいかない。まだ六月下旬、つまりは半年以上共同生活を強いられるのだから。
「あんたさ、シュウの前で疑われたのがそんなに気に食わなかった?」
「はい? シュウ?」
「この期に及んでその態度?
圧が、一段と強まった。
迫力だけでいえばもう骸獣なんかよりよっぽどある。
確か隣の席の男子生徒の下の名前だったか。
いや、何故だ。この問題は私と彼女との二者間、拡張したとしてもあの女までのもので彼が入ってくる理由は特段ないと思われるが、ダメだ。いくら考えても思い当たる節がない。当座の解決策としては素直に聞くしかないのだろう。余計に怒らせてしまいそうな気も多分にするが。
「どうしてそこで、彼が出てくるんですか……?」
「まだカマトトぶるっていうの!? だから、他人には興味ありませんって面しておきながら、シュウの前でちょろちょろアピールして、どんな顔であたしのシュウに粉かけてるのって聞いてるの!?」
「お二人ってそういう関係だったんですか?」
さらりと告げられた「あたしの」という発言にぎょっとする。
意想外もいいところだったが、中学生ともなれば、そういうことも普通にありえるか。
そう思えば、あの男子生徒の献身的な立ち居振舞いにも得心が行く。
「あんた、分かってて煽ってるでしょ!!」
が、おかしい。またも火に油だった。
もはや眼力には質量が付加されている気さえしてくる。
その迫力から逃れるように、目線を下にやると左の手首で視線が止まる。
なんてことはない。昼間も確認したようにそこには赤い手製のミサンガが巻かれていて、やはり今朝カナデさんが見せてくれたものと全く同じで、本当に流行っているのだと現実逃避気味に思っただけ。現状の打破には関係ない。
待て、カナデさんのとまったく同一?
アレは恋愛成就の効能があるという触れ込みではなかったか?
とすると彼女のような恋人を有する間が身に着けるものとしては不適当だろう。恋人がいる場合は関係円満に効果がシフトするという推測は成り立ち得るが、彼女の言動からするとそもそも恋愛関係そのものが私の誤解と見なす方が自然であろう。
なるほど。もしや私、恋敵と認識されている?
特に幼馴染の仲を引き裂く悪女的な方向性で?
通りで話が丸切り噛み合わないわけだ。
魔法少女云々は建前に過ぎず、問題の本質は恋の鞘当てだったらしい。関係のない第三者を持ち込んだのはむしろ私の方だった。そこをさらにあの女が端的に切って捨てたせいで話が拗れたとみるべきだろう。
けれども実際問題、それが分かったところでどうか。
放課後呼び出すなんて強硬策に出ているのだ。たぶん疑念自体は前から持たれていて、爆発した形だろう。いくら私があの男子生徒に興味がないと説明したとして、彼女を納得させることは可能なのか。
教室内政治的にはできるできないに関わらず、それでも弁明しなくてはならないのだろう。
ああ、なんとも気が重たい。
転生しても、否、転生したからこそ人間関係の煩雑な引力からは逃れ難いな。
溜息を噛み締めて、説明を試みようと口を開いた瞬間。
「ぐうぅ、あぁああああ────────────」
突如として呻く、少女。
蹲る彼女の声は喉を枯らさんばかりに強く発されていた
とにかく今の調子が続くなら救急に通報すべき案件に思える。
一番近い公衆電話はどこだ? それともAEDか? どちらの場所も分からない。携帯があればそれで終わりなのだが、こういうとき学生という身分は不便だ。
「大丈夫ですか!?」
ひとまずは意識の確認が先決だ。
救急もAEDもそれから判断しようと腹に決め近寄るが。
「────────────あぁああああああ!!」
そのとき、一層苦し気な呻き声と共に少女の身体を炎が包んだ。
左手から熾った火炎は瞬く間に全身へと延焼し、火達磨へと変わっていく。
だが、その火はこの距離で何の熱も感じさせない。人体が焦げるあの妙に鼻に着く臭いもしない。よくよく観察すれば火のベールの向こうで肌が焼ける様子もない。
燃えているようで燃えていない。
そんな異常事態を引き起こすものを私は一つだけ知っている。
「劣化魔力?」
赤黒く揺らめき鈍く辺りを照らしながらその火ならざる火の名。
しかし、町の外れと言えど汚染区域ではないここにあり得るはずもないものが、何故?
そのように私が混乱に陥っている間に事態はまだ激動する。
劣化魔力という鬼火の大部分は少女の肉体から離脱し、形を成していく。
【HyyYYuuuu────────────────!!】
猛る嘶き。炎から姿を現したのは一言では人体よりも二回りは大きく怪鳥。だが黒光りする硬い印象の鳥類のボディには四つもの足と、八つに枝分かれした蛇めいた頭部を生やしている。あからさま、正常な自然界の生き物とは言い難い奇形の怪物。それが劣化魔力をまとっているのだ。
ならば、正体はただ一つ。骸獣だ。
「…………だったら」
カバンから吊るしたお守りを開け、
後は自分の魔法少女としての名を詠じれば、それがトリガーとなって魔法少女へと変身できる。
────ダメだよ、無許可で
思い返される財閥令嬢の言葉。
分かっている。魔法少女の力はどう言い繕っても強大なものだ。
扱いを間違えばその気がなくとも人を殺してしまえるだけのパワーがある。絶大な力が公的に管理されず個人によって使用されるのは、法治国家としてはあってはならないことである。
令嬢の言葉こそ道理だ。
こうした行いが許されるのなら魔法少女学園の存在意義さえ奪いかねない。
だけど。
「あ、あぁあ」
浅い呼吸で呻いている少女。
炎こそ晴れたがその肌の表面に赤い文様のような痣が幾多と走っている。それが古く赤穢と呼ばれた所以、劣化魔力汚染症の初期症状。これが早急に除去されず、定着してしまったのなら一生彼女はこの闇を抱えて生きていかなくてはならなくなる。中学三年生という人生の始まりも始まりで。
この不条理が許される道理なら守る理由がどこにある。
そんなことを守るために私は生まれ変わったわけではないのだ。
「
だから、私は