もはや魔法少女ではない 作:逆コ⊃若 皐月
女生徒に因縁付けられたり、骸獣が発生するなどのトラブルを経て、ようやく訪れた休日。
本当ようやくという気分。今週はなんというかこう主に魔法少女スカウト令嬢を筆頭によくわらかない連中に絡まれていたものだったので、ようやく羽を休められると考えていたのだが。
「……着いたね、ライちゃん」
「……着きましたね、カナデさん」
恐らく正門と思しきゲート前で、二人口々に到着を確認し合う。
カナデさんに誘われ、歩き出しのが二時間前。
そう二時間。この六月の梅雨入り前とはいえ十分に蒸し暑いなかを、である。
そうなれば到着しただけで一入の達成感や疲労感が発生して当然の運びであった。
「近所のおばちゃんはニ十分って言ってたんだけど……」
「それは絶対車で、ですよ」
「ごめんねライちゃん。もっとちゃんと調べとかなきゃダメだったよね……」
「別に気にするようなことじゃないです。一緒に歩くのもそれはそれで悪くはなかったですし」
「ライちゃん────────!!」
「だから、飛びついてくるのは禁止ですって。危ないって言ってますよね?」
「うん! ごめんね、もうしない!!」
この人はいつも返事だけはいい。どうせすぐ身体に収まりきらない感情が湧いてきたら注意も忘れて飛び掛かってくるに違いない。
「でも、どうしたんですか?」
「ん? 何が?」
「急にこんな、言い方は悪いですけど若い子が寄り付かないようなところに行きたいだなんて」
「あーそうだね。いやあわたし転校生だからさ。住んでるのに朝萩のこと何にも知らないなって思い立ちまして。それでそういえばライちゃんも朝萩出身じゃないから、一緒に勉強したいなって」
「で、この資料館ですか?」
「うん、そう! 歴史を学ぶにはぴったりでしょ?」
朝萩鉱山資料館。
通り過ぎる門の脇、備えれた石柱のオブジェには確かにそのように刻まれていた。
朝萩町は南方に聳える
全て、骸獣の発生率の低さから
「とにかく暑いんですから。さっさと中に入りますよ、帰りも歩くんですから。さっさと見た方がいいですし」
「う……そっかあ、そうだよね。じゃあびゅーんって見よっか!」
「別にそこまで急ぐ必要はありませんけど…………」
自動ドア目掛けて走り出した背中に独り言ちる。
自分が真正の中学生だった頃こんなに気合いや元気があったろうかなんて思いながら。
☆
骸郷都にいくらか点在した鉱山について語るということは、今日日でいう魔法少女市場──ないし、かつての呼び名でなら大怪獣経済圏──のなりたちと本日までの成長の理由を語ることに等しい。それほど
骸郷都を中心に拡大の一途を辿っている魔法少女市場。ときに人権という観点から国内外の批判を受けるこれが
もちろんそれは骸獣や劣化魔力といった超常の脅威に対する唯一絶対の
が、しかしそれだけで方がつくほど単純じゃない。あるいは単純に説明として不足している。
何せ現代の魔法少女に国も企業も魔法少女へかける額は巨万と言って差し支えない。
安全の増強。健康の促進。どちらも大いに結構。だがこれらは経済的な視座ではマイナスをゼロに、もしくはゼロをマイナスにしないための事業だ。毎年膨らむ一方の予算を支える理由としてはやはり足りない。
魔法少女は広義の
もしも後ろ盾となるのならば、組織としてなるだけのプラスがなければならない。
とすればそれがあると見なされているのだ、現状の魔法少女市場は。
予算を湯水のごとく注いだとして確かに回収の見込みのある投資先として。
そして現にそれだけの利益を国に、民間に、魔法少女たちは産み出している。
金になるから、金を出す。
まったくもって資本主義らしい循環に魔法少女は取り巻かれているのだ。
では、魔法少女の活動のあげる利益とはどこにあるのか。
紫色の光沢を宿す希少な結石であるこれは骸郷都でのみ採掘されるものだ。
骸郷都が落成してからしばらくは装飾にすら使わず見向きもされない石ころであったが、あるとき転換が起こった。
人類の夢といって憚るところのない理想の動力源であったのだ、
こうなると見方が変わる。
主に
クリスカルラッシュとあだ名される時代が訪れ、地方から出稼ぎに来た人々を鉱夫として吸収し魔法少女市場が大きく膨らんでいく契機となった。この国において資源国としての立場が成立し、それまではご当地ヒロインに過ぎなかった魔法少女たちの名が骸郷都外どころか国外にまで広く轟くようになったものこの頃だろう。
そういう意味では、やはり
☆
初めこそ期待を微塵たりともしていなかったが、中々どうして面白い。
この手のハコモノにありがちな展示物がすかすかということもなく、資料は文字媒体だけでなく、実際に採取された
あと展示の量に対してほぼ人がいないも同然なのもグッドである。どんなにいいものがあったとしてそれをいいと思えるまで見れなければないも同然であるのでありがたい。
いや、施設としては全然よくないのだろうけれど。
「さて次は────
一つ一つ、確実に企画者のカナデさんよりもゆっくり見ている私であるが。
順路に従って進んだ先の視界に収まったものへの違和に疑義の声が漏れ出た。
これまでと変わらぬ調子でショーケースに収まっていたのは黒く炭化した諸刃の直剣。
採掘で剣を使うなんてことは起こり得ないだろうし。当時、鉱山にいた魔法少女が戦闘に用いていたものだろうか?
いや、この剣は魔法少女が持つものとは趣を異にしている気がする。
魔法少女のが伝統的かつオリエンタルな刀であるのに対し、これは
ダメだ。分からない。
得心のいく答えが私の浅い知識層からは出てくる気配がなく、付記された解説に目を通す。
「あ、なるほど。これ、霊遺物なんですね」
霊遺物とは骸郷都で発見されるオーパーツ。
もしくは人類の有する魔法技術を大きく超えた理外の魔法術理が刻まれた逸品。
名前だけは聞き及んでいたが実物は初めてみる。とても貴重で中々お目にかかれない代物と聞いていたが、解説を読む限りこの剣もかつての鉱山事態に採掘、発見されたものであるためにこうして飾られているらしい。
「カナデさん、見てください。これ霊遺物だそうですよ────あれ、カナデさん?」
これは見ておかないと損だと感じて、カナデさんに呼びかけるが応答なし。
私は二人一緒に見て回っていたつもりであったが、そうではなかったらしい。
「でも、だったらすっごく危ないんだね、鉱山って」
「そりゃもちろんよ!」
見渡すと何やらカナデさんは初老の男性と会話をして盛り上がっていた。
首からかけたものから観察するにここの職員だろうか。
さすがのコミュニケーション強者。知りたいのなら直接聞くのが一番というのはもう頷くしかないのだが、それを実践できるのが果たして大人でもどれだけいるのやら。少なくとも私には不可能である。
「いやあね、
「はいはい」
「んでよ? そういうのってほっとくと赤穢になっちまうだろ? だから魔法少女を呼んでさ、浄化とかしてもらうわけよ」
「赤穢っていうと、劣化魔力汚染の?」
「そうそう。昔と違って
「ははあー。共存ってワケですかー」
「そう! 共存! 鉱山と魔法少女は余所でいうカナリアぐらい共存してたんだよ!」
例えとしてはどうなのだろうか、鉱山のカナリアというのは。あれは鳴かぬなら毒ガス出ててるよホトトギスみたいなものだったのではなかろうか。いやホトトギスでなくカナリアなのだけど。
まあこんなのは私の邪推に過ぎないのだろう。
カナリアというのも鉱山で働く人を守るものという意味であるはずだ。
「なるほど。じゃあけっこう安全だったんだね」
「いいや? 普通に死ぬよ。働いてるヤツらも魔法少女もさ」
「……それは、骸獣のせいで?」
「んいや、それもあるし魔法少女が死ぬときは大概そうだったんだが、赤穢
「でも……さっき劣化魔力が充満してるって……」
「それがさあ働いてるのなんて大概はこん街の外から出てきた地方の次男三男でそういうヤツら、赤穢を舐めてんだよ。で、赤穢
「
邪推じゃなかった。遠目にすらはっきり映る満面の笑みに愕然とする。
おおよそ思っていても口に出してはならないし内容であるし、女子中学生相手であることを思えば大人として態度ではまず間違いなくない。
「オレのオヤジがね、そういうことやってたんだよ。そこいらのガキに二束三文握らせて魔法少女にして、赤穢
お金とは関所を上手く配置できた人のところに舞い込むものである。こんなハコモノができるぐらいには儲かっていたことは確かなのだろうし、男性職員の語るビジネスに経済的な利がないと一概には言い切れないかもしれない。だからといって自身の提供するサービスを利用しない人間の不幸を笑っていい理由にはならないとは思うのだけれど。
「でも、そんなに儲かっていたのに閉山しちゃったんだ」
「…………んなの魔法少女のせいだよ」
「魔法少女の?」
カナデさんの素朴な一言。
子どものような感性から唐突に振り下ろされた大鉈のようなその言葉に男性の勢いが止まる。
タイミングとしてもちょうどいいし、沈黙が流れているうちに二人に合流しよう。
「魔法少女たちの浄化技術の向上したことで、鉱山から直接
「あ! ライちゃん。読み終わったんだ」
「すみません。待たせてしまって」
「ううん。全然気にしなくて……でもそれよりさ、
「ええそうです。骸獣は骨が……骨格が
骸獣は魔法存在だ。魔力によってこの世に肉を得ているものである。
が、その肉と魔力の源泉となっているのは骨格となっている
そうなると骸獣は上質な
骸獣を狩り、
これが魔法少女市場と呼ばれるものの実態である。
「そっかあ、それで」
「はい。ここ以外も含めて多く
そしてこの魔法少女市場に旧来からの
こうして、いくらか小規模なものを残して
「……いや、それだけじゃねえ。朝萩の
なんて聞きかじりの一般論を説明していると怒声唾と共に飛んでくる。
振り向けば顔をしかめた男性職員が大口を開けて叫ぶように言った。
「怠惰というのは?」
「朝萩はまだ
「骸獣の噂、ですか?」
「泥が襲いかかってくるんだと。よくわからねえけどさ、そういうのからオレらを守るのが魔法少女の役目だろ? 何度も言ったんだ。だってのにまともに取り合っちゃくれねえ。そのせいでダメになったんだよ、朝萩は。まったく何の為に
怒り心頭とはまさにこのこと。その激情の正当な矛先である当時の魔法少女にしたって、退役したどころか少女ですらなくなっているだけの年数が過ぎ去っているはずであるのだが、男性職員の憤怒は翳りとか風化というものと丸切り無縁の様子。
よくもまあそれだけ一つのことに執着できるものだと、呆れを通り越して感心してしまう。
「こんなだから国は腐ってくんわけで特に
「そうなんですか……勉強になります」
勘弁してほしいのはこちらの方である。
行政への不満から続く現行の政治体制へのインターネット記事と同レベルの批判に適当な相槌を打っていく。こういう手合いに限って返答がとんちんかんになるときばかり耳敏くなるので気が抜けず手に負えない。
「だいたいさ、何が魔法少女だよ。どうせ大概は指輪持ちの癖に、なあ?」
「そうかもですね、けれどすみません、門限が迫ってまして…………行きましょう、カナデさん」
耐えかねて、カナデさんの手を取って出口に向けて歩み出す。
展示物や資料そのものは興味深いものではあるが、それはこの職員がいない場面でも、否、いないときの方が存分に見れそうだ。片道二時間ということもある。帰ってしまって問題ないだろう。
☆
「……なんかごめんね。巻き込んじゃって」
「気にしないでください。あんなの事故みたいなものですから。それよりこちらこそすみません。勝手に連れ出してしまって……」
「ううん。ありがとね、ライちゃん」
日が傾き始めた帰り道。山の麓からの下り坂を二人並んで歩く。
見据えた遠くの海原から風が吹き抜けてきて、昼間よりは幾分かマシ。
山と海の間の輝き豊かな町、朝萩。駅か役場かで見たキャッチコピーが脳裏で蘇る。
「大したことじゃありませんし、別に感謝するほどのことでも…………」
「それは違うよ。わたしだけだとどうすればいいか分からなかったから」
「ああいう手合いはすぐさま手を引くに限ります。長々と話してもいいことはありませんし。でもカナデさん、どうして彼に話を?」
「あの人、あそこの館長さんなんだって」
「はいは────はい」
あれで? というツッコミをなんとか口内で噛み殺した。
話の腰を折ることはしたくない。
「あはは。あそこさ、色々書いてあったじゃん? で、資料を見てたら気になってたの。鉱山があったときのよかったところも、悪かったところも」
「そうですね、本当に色々ありました」
そこは素直に同意する。霊遺物以外にも展示物はどれも面白く好奇心をくすぐるものだった。
まず扱っている範囲が広いのだ。専門の学者からの寄稿文されたものや公的な記録を参照しているお堅いものから、当時の鉱夫たちをインタビューしたものなど市井の記憶まで鉱山に関わるものはなんでもござれ。関連書籍への誘導までしているので、アフターフォローも完璧。
もしもこのテーマで卒論を書こうと思ったときには至れり尽くせりの空間となるだろう。
「私はあれが記憶に残ってますね、追悼モニュメントの設置理念のお話」
「骸獣災害で亡くなった人のためのだよね。鉱山が閉まって忘れないためにって。だからアクセスは悪くても、資料館も山の麓に作ったって書いてたよね?」
「閉まったからこそなんでしょうね」
それらは、きっと鉱山が過去になるからこそ作られたのだろう。
人間は今目の前にある当たり前のものことを語らない。
語るまでもなくそこにあるのだから、聞かれたところで指差して終わり。言語にする必要はない。
鉱山の危険も犠牲も従事していた人々にとっては日常に組み込まれていた。しかしそれが閉山をきっかけに日常から現に消えたことで、語らねば、残さねばならないと感じたのだろう。
「うん。それでさ、そういうのがあるってことは色々記録なんかで誰かに伝えようとしてる人がいて、だったらその人たちはどんな風なことを思ってそんなことをしてるのか気になって聞いてみたの。そしたら元々はお父さんがあそこを作って、それをあの人が引き継いで今なんだって」
「ああ、それで」
あの人の態度と施設の雰囲気の相違はそこからか。
血は繋がっていても、思想は継がれなかったのだろう。
そこに良し悪しはない。ただ私個人としては前艦長と会話してみたいと思うだけだ。
「うん。けど、なんだか、失敗しちゃったね」
「いいえ。カナデさんは知りたいと思ったから、あの人に声をかけたんですよね? その素晴らしいことだと思います。なので、ぜひ今後もその心意気は持ち続けてください…………なんて出過ぎた言葉ですね、忘れてください」
学習意欲に対する尊敬の念は事実だが、物言いが少し上から目線だったとあらかた口に出してから思い直す。実情はどうあれ、私とカナデさんの関係は同い年のクラスメイトということになっていて、そんな間柄の人物からの言葉としては適切ではないだろう。
「うーんやだ。忘れてあげない」
「はあ?」
「ライちゃんの、褒め言葉はちゃーんと全部心にしまっておくから!」
「何でですか忘れてくださいよ。私から言葉なんて記憶しておく必要もないでしょう」
「そんなことないよ。ライちゃんの言葉っていつもお母さんとお父さんみたい優しいもん」
「私はあなたの両親でもなければ、優しくもないです」
八鳥ライムと優しい人間という言葉の間の一致する要素は何一つない。
もしもカナデさんが私を優しいと感じるのなら、その優しさの在処は私ではない。受け取り手であるカナデさんの感受性にこそ優しさが宿っていているというだけ。
「…………ライちゃんってたまにすっごく嘘つきになるよね」
「そうですね。私はいつも嘘つきです。優しく見えるのもそのせいでしょう」
嘘吐きはその通りだ。
ひた隠しにしているものなどを加味すると私は八鳥ライムという嘘を不断と重ね続けている。
「たぶんわたしとライちゃんで思ってることは違うような気がするんだけど……でもいっか。それってわたしがライちゃんが優しいところをライちゃん以上に知ってることだもんね」
大きく踏み込んで一歩分だけ先に立ったカナデさんがこちらへと振り返って、告げる。
彼女は沈みゆく赤い日差しを背にしていて顔を窺うことすら叶わない。けれど、きっとそこには自信満々のあの晴れ晴れとした笑みが咲いているのだろう。
思わず目を細めてしまったが、その原因はいったいどちらのせいだったのか。
あなたよりもあなたを知る。私はそれを言葉としてそのあなたに届けることはもうできない。
勿論、上辺の音だけをなぞって声にすることはできる。でもそれを言語として言葉として成り立たせるために欠かしてならない純粋なものを私は喪失してしまっている。
ずっとずっと前。八鳥ライムとして生まれるよりもずっと前のあの日に。
「…………それに、さ。わたし、ライちゃんが思うような子じゃないよ?」
太陽が背高のマンションの裏に落ちる。
夕闇に包まれた彼女は静かに小首を傾げていた。
「と、言いますと……?」
「実は、わたしも嘘吐きなのです」
は? え? 何語の話?
この思考と行動が一体化して解離ゼロのカナデさんが嘘吐き? それはどこの世界線の話?
それとも嘘吐きであるという発言自体が嘘の自己言及のパラドクス的な高等ジョークなの?
「いやライちゃん、実はってもったいつけたのはわたしだけど、そんなに動揺しないでよ。嘘ぐらいつくよ、わたしだって」
「本当ですか?」
「本当だよ、そんなことでわたし、嘘はつかないって」
「ほら、嘘ついてないじゃないですか。嘘つかないでください」
「ん? 確かに?………………いや、違うよ!? 違うよね!? こんがらがってきたけど!! というかライちゃん、どれだけわたしを嘘つきにしたくないの!?」
いや、だって、ねえ。
あの三年四組のハイパーピュアハートの
【Rrrrrr────────────────────】
なんて、他愛ない雑談に興じていると古風な着信音に遮られる。
「わたしの電話だ。ちょっと出ててもいいかな?」
「ど、どうぞどうぞ」
肩掛けのかわいらしいカバンからガジェットオタク御用達ブランドの厳つめな携帯通信機器が顔を出して面食らいつつ、許可を出す。カナデさんってこういう小物こだわるタイプだったのか。少し、意外だ。
こんなの私が勝手に抱いていたイメージに過ぎないのだが。
「─────そう──なら──分か────私もそれで────────」
通話のために距離を取ったカナデさんの返答が仄かに聞こえてくる。
電話中、無意識に声色が変わってしまう名称不明の現象に少し不思議な気持ちになる。
「早く帰って来なさいって電話だったの。だからごめん、わたしはちょっと急いで帰るね」
そうして、間近の交差点の信号が二週ぐらいしたところでカナデさんは戻ってきた。
彼女は手を振りながらその場で足踏みしてランニングポーズを取っていた。帰路を走破つもりなのだろう。魔法少女としてのを除けば私の身体能力はカナデさんに全面的に敗北する。素の私が低いというのもあるし、カナデさんが一般的な中学三年生に比べても規格外の運動神経をしているのあって、恐らく走り出したらついていけない。
というわけで、予定より多少は早いがここでお開きとすべきだろう。
「ええ、どうぞ」
「本当にごめんね。わたしから誘ったのに」
「別に気にするほどのことではありませんよ」
「わたしは気にするんだけど、どうしようもなし、うーん。じゃあ、ばびゅーんといってきます。それじゃあ、ライちゃんまた今度」
「はい、ではまた」
大きく踏み込んで駆けだした背中を手を振って送り出す。
……背が見えなくなるまで手を振るなんてことをするつもりはなかったのだが、あまりの速さにそういう格好となってしまった。
二時間も炎天下を歩き、変なおじさんに絡まれたというのにその走りに陰りはない。
一体全体、どこにそんな元気があるのやら。