もはや魔法少女ではない 作:逆コ⊃若 皐月
「へえい、ボクの彼女。乗ってかない?」
「誰が彼女ですか、誰が」
カナデさんと別れて、すぐ。大通りを外れ、住宅地を進んでいたところで声がかけられた。ハンドルが馴染みの配置とは反対に備えられたオープンカーよりその顔を覗かせる財閥令嬢から。
無視したくてたまらないが、車と足ではいつまでも勝ち目がない。
「そんな。ボクとキミが彼女じゃないってことは…………もう入籍してたのかい? ボクたち」
「なんで否定で関係性が前進するんですか」
「そりゃね、ボクにとってキミは運命だ。運命に後退の二字があるわけないだろう」
「その運命っていう前提そのものが間違ってると思うんですけど……」
「ボクはそうは思わないね」
「そうですか。じゃあ勝手に思っていてください。それでは」
無理だ。この令嬢相手にどんな会話をしたって建設的返答は得られない。
見切りをつけ、進行方向に向き直り歩み出す決意を私は固めた。
「いや、待ってくれよ。八鳥くん。今日はキミをお誘いに来たんだ」
「はあ?」
「キミの所在地を探る関係でこの辺を調べてたら、面白そうなところを見つけてね。なんと霊遺物があるらしいんだ。どうだい? とても気になるだろう? 歩きとかじゃ行きにくいところにあるから、ボクが連れて行ってあげるよ」
前半は無視するとして、後半の内容にはなんだか身に覚えがある。
今日、
「もしかしてそこ、朝萩鉱山資料館ですか?」
「うん。そうだけど?」
「なら、ちょうど行ってきたところです」
「うん?」
「私、朝萩鉱山資料館に行ってきてその帰り道なんです、今。というわけで私は帰りますね。車だったら全然閉館時間に間に合うと思いますし、展示も面白かったので楽しんできてくださいね」
館長の横柄さを除けばいいところであるのは間違いなしだ。そこは太鼓判を押せる。
あそこには祈りがある。願いがある。それを継承する人が汲み取れていなさそうなことこそ残念ではあるものの。あの祈りと願いだけで見に行く価値は存分にある。特に四音寺のお嬢様ともなれば、行っておくべきとさえいえる。
というわけで、私は彼女を送り出し帰路へと歩みを再開しようとしたのだが。
「いやいや、なんで去ろうとするのさ、一緒にいこうよ」
不条理にも後から来る静止の声。
私の話を聞いていなかったのだろうか。
「だから、行ってきたんですよ、私。いいところでしたけど一日二回も行くような施設ではありませんって」
「安心してくれ、ボクはまだ行ってない。それにキミとボクと一緒には行ってないだろう?」
「そうですね、それが?」
「だったら実質初回みたいなものじゃないか、一緒に行こうよ。八鳥くん」
「実質とかないですから、普通に二回目ですから。行きませんよ」
「なんか、口が滑りそうな気がするなあ。キミが
携帯端末まで取り出して露骨なことで。
財力と気品はトレードオフの関係なのかと、嫌味の一つでも出てきそうだが彼女が口を滑らせて面倒なのは私の方。彼女の態度もそれをわかってのことだ。畢竟、従う以外の選択肢は残されていない。
「はあ、わかりましたよ。行けばいいんでしょう? 行けば」
「話が早くて助かるよ。時間も押してるし、さあ出発しようか」
促されるままに助手席に乗り込むと、令嬢は携帯端末をカバンにしまった。彼女にこれの脅しが可能な限りはよっぽどのことでもなければ私は彼女の命令に従わなくてはならない。正確には私は自主的に従うことを選択せざるを得ない状況におかれている。
「乗り心地はどうだい? 今日のための下ろし立てなんだよ」
「……わざわざ新車を?」
車を走らせ始めたところで、衝撃的な問いかけが来る。
自動車界隈には明るくないが、この手のオープンカーと外車の二属性を兼ね備えるものというのは決まってお高いものなのではなかろうか。少なくとも一般的なファミリー層をターゲティングして販売されるようなものではあるまいし。冷静になるとファミリー向けの自家用車にしたって、そんなお出かけのために新しい服をみたいなノリで買うものでは決してないのだが。
流石は四音寺財閥のご令嬢。金銭感覚が文字通り庶民とは桁違いだ。
「なんだい
「いりませんよ。こんな高いもの。そもそも免許もないですし」
「ボクと契約してくれたら、四音寺の私有地で爆速し放題だけど?」
「へえ、噂のサブスクリプションってやつですか?」
「ううん、お金なんか取らないよ」
「へえ、じゃあどんな契約なんですか?」
「ただちょっと病める時も、健やかなる時も愛し敬い慈しむ事を誓うだけさ」
「…………それ結婚ですよね?」
「うん。結婚だよ? それだって民法上の契約の一つだろう?」
ちょっと期待して損した。一度くらいこういうオープンカーで晴れの日に周りの目を気にせずアクセルを踏みまくるのは気持ちよさそうだと思ったのだけれど、自身の人生の墓地送りしてまでしたいものでもないし、今はそれより気になることがある。
「どうしてこう、何かもそこに帰納させるんですか?」
「どうしてもこうしてもボクの運命の帰結する先がそこだからだけど?」
真っ直ぐと進む先を見据えつつ言葉を返してくるその横顔は平静そのもの。
聞かれた左右を答えるときような思考を挟む余地すらない場面での軽快な即答。
私はこれを受けて、ようやく察する。
この女は本当に私を運命と信じて疑っていない。
まったくもって信じがたいことに会って三日も未満の女子中学生を運命と確信している。伊達や酔狂、スポーツハンティングに勤しむ金持ちの道楽の類ではなしに本気なのだ。こちらとしては冗談ではないが。
となると、また新たな疑問が湧いてくる。
「その、運命とかいうのはどこから来たんですか? 私には身に覚えがないんですけど」
「それ聞いちゃうのかい?」
「何か不都合が?」
「不都合ではないい。けど、ねえ」
信号が赤に変わって停止線ぴったりで停車する。まだ黄色だったのでアクセルを踏めばいけないこともなかったのだが彼女の運転は案外、丁寧なものだった。
もっともその精細さに反して、こちらに向けられた顔にはシワが寄り、唇は尖っていた。
なんともわかりやすく、不平不満がありますと主張する人間の顔である。
「不都合でないならなんなんですか?」
「そういうのをさ、口に出して説明するはロマンティックに欠くだろう? 古今東西、愛する二人には
「これまでのあなたの行動にそういうロマンを感じたことは欠片だってありませんけど……」
それにもっと言えばそういう恋愛観はそんなに古くから根付いたものでもない。
近代以降のものであると言ったって誤解がないぐらいの浅い歴史の産物だろう。
「そんな…………ボクはこんなに可愛くて、美人で、性格もよくてでお金持ちなのに?」
「客観的にはそうなんでしょうね」
「そうだろう、そうだろう。ん? いや待ってよ。客観的というのはどうでもいんだ。キミ個人の主観だどうなんだい?」
「客観的な評価をどうでもいいと切り捨てられる精神構造は見習いたいと思いますよ、切に」
「キミがボクの外見なんかのことをどう思ってるのかを聞いてるんだ」
「今この場ではプライベートなコメントは差し控えさせていただきます」
「今この場にプライベート以外の要素があるかなあ!?」
こちらの心情としては取引先のお偉いさんとの接待と変わらない。もっと言えば厄介かつ悪質なクレーマーを相手取っているのと実質的な差異は何一つとしてない。どちらにせよ本質、私は業務としてこの時間を過ごしている。
この令嬢相手に心を砕いて楽しく談笑する理由を私は持ち合わせてはいないのだから。
もしも優しさを欲するのなら、そうした態度を引き出すだけの対価を用意してほしい。
「じゃあキミ、聞きたいことはないかい?」
「聞きたいことですか?」
青信号に移り変わって再び回り出す走り出す車体。半端に整備されているせいでオウトツのあるアスファルトを力強く進んでいく車輪に対して会話は空転しているような気がする。
「キミから話題を提供してもらった方が楽しく会話できそうだ」
「はあ、そうですか」
この二人の間の潤滑油不足は令嬢当人もそのように感じていたのか、話題を振ってくる。
とはいっても、この財閥令嬢に対して話したいことも話すべきこともない。定番とも言える日常の一幕なんかの雑談は何か余計なことまで口にしてしまいかねないので論外として、雑学を楽しめるタイプでもなさそうだし。
「なら、結局なんなんですか?」
「何がだい?」
思考を巡らせていくと辿り着くのは消去法的に一つしかない。
要は私と彼女の唯一の接点。魔法少女と骸獣に関することだ。
「朝萩に骸獣が出てる理由ですよ。この辺りには汚染区域なんてありませんけど」
「あーそれね。まあ確かに気になるところだろうね……」
街を外れ、山に近づいてきたことで信号の数がグンと減ってくる。昼間、燦々と照り付けられながらカナデさんと笑い合った道の輪郭だけが仄かに日暮れに浮き彫りになって、飛び込んできては視界の端へと流れていく。
「…………分からないが答えだよ。目下調査中ってやつさ。なんならボクだって教えて欲しいぐらいだね」
「そんな状態なのに昨日はあんな風に言ったんですか?」
昨日の
自信満々な表情を浮かべた彼女に「一時の夢だとでも思って忘れればいい、解決は目前だ」と言い含められて。
もっともそのように説得してきた財閥令嬢は、心底嫌気の差した様子で多少はバツが悪そうに反論してきているのだが。
「だからこそだよ。ああいう発生の仕方はイレギュラーだ。キミは気にせず普段通り過ごせばいい。意識することがあるとすれば、昨日も言った通り周りのお友達や大人には言わないことだけ。簡単だろう」
「言わないって……それ、いつまでですか?」
「さあ? 少なくとも今ではないの確かで、それ以外は不透明ないつかまでかな?」
「それは無責任なのでは?」
「責任、ね。けど、しょうがないだろう。原因がわからないんだ。ああいう骸獣発生が再発するのかどうかさえも不明ってことなんだよ。そんなことを馬鹿正直に発表したって却って混乱を呼ぶだけさ」
「分かってます。みんな学校も会社もあって、骸獣が出るかもという曖昧な情報だけで手放せないぐらい忙しいのも、何かもが不確かなせいで特定の対策もしにくいってことも。でもだからっていつまでも知らせないっていうのは違うと思います」
「そうだね。そういう考え方もあるし、ロジックとして誤ってもいない正しい物だと思うよ? けどねキミもボクも骸獣発生情報をいつどういう形で発信するのかを判断し実行する立場じゃない。それをするだけの責任を負ってはいないからね。それともキミは負うかい? 骸獣と向き合う責任を。魔法少女となれるキミには資格はあるだろう?」
魔法少女になるというところを突かれると私は押し黙しかなくなる。
どうしたって私が魔法少女になることなど許されはしないのだから。
「そうじゃないならキミだってキミの言うみんなの一人だ。学校に行き勉強する。それがキミの本分だ」
「詭弁ですよ、それは」
「その通り。ボクのは悪くてズルい人間の言い回しでキミの意見が理にかなった正論だ。でも正論っていうのはだいたい酸素みたいなものなんだよ」
「酸素?」
「それがないと世界は立ち行かないけど、世界がそれだけじゃもっとどうしようもない。空気の二割ぐらいそうあったらいい。そんなものさ、正論なんて」
それこそ詭弁、箇条書きマジックと似たような手法だ。
大気中の酸素濃度と正論のあるべき比率に関連などない。だというのに両者の間の共通項と呼べそうなところを全面に掲げてあたかも二つがリンクしているかのように語っているのだ。
「面倒事はもう十分だろう? そうだね、今から行くとこの見どころでも教えてくれよ」
「はあ、見どころですか?」
彼女の態度に思うところがないわけではない。けれど口にすることは諦める。
この人に何かを言っても取り合ってはくれないような気がする。
「そうそう。霊遺物以外に何があるのか何も調べてないからね。どんなところなの? 実際」
「どんなところ……まあ、朝萩鉱山資料館という名前の通りですよ。過去、朝萩にあった
展示物などを思い返しながらそれを諳んじている最中、思い至り言葉が止まる。
この財閥令嬢に振り回されていて意識の外に追いやられていたがこの令嬢は四音寺だった。
ならば、もしやあの資料館にとってこの女は地雷なのではなかろうか。
「どうしたんだい? 八鳥くん」
「いえ、あなた。資料館では四音寺であることを隠した方がいいかもしれません」
「別に全面的に押し出すつもりはないけど……それはまたどうして?」
「あそこの館長、朝萩の鉱山が閉まったことにまだ納得してない感じなんですよ」
「はあ、それがどうしたの?」
何故そんな我関せずとした様子でいられるのか疑問で仕方ない。
財閥令嬢という生き物は肝までお金をかけて教育しているのものなのだろうか。
「いやだから四音寺じゃないですか。
シンプルに鉱山にとって親で仇ですよ、あなたの家。