もはや魔法少女ではない 作:逆コ⊃若 皐月
四音寺財閥といえばこの国の四大財閥の一つである。
この国の財界の支配者なんて形容さえ過言でもなく、特に骸郷都においては生活基盤すらもを支えるメガコーポレーションだ。骸郷都に生きるということは、四音寺に人生の一部を預けることを意味するぐらいには。
何故なら四音寺財閥は
どれか一つでも余裕で大企業と呼べそうな利権を複数多重的に我がものとしているのだ。
四音寺の一族というのが今現在の魔法少女市場の元締めというは的確な評価であろう。
ときに陰謀論者が四音寺による骸郷都独立計画なんて与太話を唱えてしまうのも理解はできる。
それぐらい四音寺は骸郷都という特異な背景を持つ上手く
都市が上手くいけば行くほど利益を享受するようにシステムを形成できたものを人類は有史以来、王と崇めてきたのだから。
もっとも、その血族は今────
「ねえ八鳥くん、なんでこの道センターラインがないんだい?」
「それは片側一車線だからですけど」
「なら八鳥くん、なんでずっと走ってるのに目的地に着かないんだい?」
「それはあなたがそのずっと前に道を間違えたからですね」
「ねえ八鳥くん、なんで後ろの軽トラックはこんなに接触ギリギリまでくっつけてきてるんだい?」
「それは法定速すら出してないからですよ。もっと踏まないと」
「できるわけないだろ、そんなバカなこと! ガードレールの向こう側を何だと思ってるんだい? 崖だよ、崖。落ちたらただじゃすまないんだぞ!! というか法定速っていうのは上限だろ!? 少なくともボクはそう習ったぞ。なのになんでそんな下限みたいに言って、それが当然って態度なんだい!?」
────御覧の有り様なのだが。
この国のフィクサーと噂の財閥の令嬢は免許取り立てにしか許されない文句を叫んでいる。
山肌に沿って作られた曲がりくねった細い道をヨロヨロと進みながら。
まあこれまでの運転の様子から察するに
「ひぃいい。加速、加速したよ、今。ちょっとアクセル踏まなきゃぶつかってたよ。どうにかしてよ、八鳥くん。解決策、何かないのかい!?」
が、そんな事情さっさと進みたい後方車両には関係ないことだ。
特にこんな道でバカみたいな牛歩されたらたまったものではないというのも理解できる。
「だったら寄せて先を譲ればいいって、さっきから言ってるじゃないですか?」
「それができたら苦労してないよ! 寄せたら落ちちゃうじゃないか!? というかそもそも、今少しでもブレーキ踏んだら軽トラックとぶつかっちゃうだろ!? それ以外の解決策を求めてるんだよ、こっちはさあ!!」
「なら、速度上げるのが一番ですよ」
「無理だってええぇええええええばぁああ、そんなに言うならキミが運転してくれよ」
「それは同感です。免許を持っていたなら交代してましたね」
「じゃあ、今しよう。ほらハンドル握って。無免許運転ぐらいボクが揉み消すから、さあ!!」
「うわ、ちょ運転中に暴れないでください!」
半ベソ令嬢は宣言したように私に運転をさせるためか、ハンドルから片手を放すと、こちらの手首を掴んでハンドルに添えようとする。正直、
勘弁してほしい。運転中にこうしてじゃれ合う方が危険なのだ。
そしてそれは後続車両にしても同じこと。
二つの走行音だけが漣のように残響する山に、クラクションの爆音が轟いた。
「く、クラクションってヒトに使ったらダメなんだろう?」
「今のは仕方ありませんよ。私が後ろの運転手でも確実に鳴らします」
「でも、だって。八鳥くん、どうにかしてくれよ」
「ああ、もうそればかり。少し行くと多分右折できるので、そこで曲がって車を返しましょう」
彼女は運転に夢中で気が付いていなかったようだが、案内看板が一つあった。
そこに記された距離を考えるとそろそろ曲道が登場するはずだ。
「それには同意するけど、どこ!? っていうかウセツってどっちだっけ!?」
「右です。右。お箸を持つ方って覚えさせられる方向です」
「待って、ナイフとフォークならどっちを持つ方!?」
「え? はあ?」
唐突に馴染みの薄い文化についてを質問されて返答に窮す。
何せこの魂は庶民生まれ、庶民育ち、庶民生まれ変わりなのだ。
テーブルマナーなんか欠片だって知る余地すらなくて当然である。
「じゃあ政治思想でなら!?
「別の意味で答えられませんよ! 左右を尋ねるにしたってもっとあるでしょう!?」
だからといって、そんな危ない聞き方をしないでほしい。
この財閥令嬢のことだ。私が指定した政治思想に染まりかねない。流石にないとは信じたいが、この女の色ボケっぷりというか、彼女が信念を持っていると信じられる立場に私はない。運命を初対面に委ねる人間の主体性はどうしても信じられないのだ。
「ああもう、この車の助手席側。私がいる方です!!」
「なるほど。理解した、あそこの道だね。曲がっちゃうよ?」
その理解の速さをもっと早急に発揮してくれれば、と思わなくもないが過ぎた話だ。
後は、適当に車体を切り返して帰路に着くだけだ。何を下というわけでもないが、私も精神的に疲労した。いやなんとかこの車から無事降車するという一大ミッションが待っているのだが。今は考えたくない。
「ふう。これであの軽トラともおさらばか。さて、帰ろう八鳥くん。随分と遅くなってしまったから資料館は閉まっているだろうが、おわびにディナーにでも招待しよう。なに、安心してくれて構わない。流石のボクも今からドレスコードが必要なお店には案内しないさ」
「あの、すみません。まだブレーキ踏んじゃダメです。進んでください」
「なんで?」
「いや、その、なんといいますか────」
自然、言葉が濁る。
ちらりと覗き見たサイドミラーに差し込む光は人工の、電灯からのもの。
碌な整備もないここに街灯などが当然、望むべくもなく光源となるのは一つしかない。
「────ホッゾ、コラアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
光は後続車両の軽トラックからのヘッドライトのもの。
つまりあの車両は私たちと同じタイミングで右折していたのだ。
そんなことを露とも想定すらしておらず、切り返し、来た道を戻らんと速度を緩めていた私たちに野太く腹の底から響く老成した男性の怒声が飛んでくる。
「ひやあ、なんでぇ?」
「あ、もう。ハザード焚いて、寄せて止まれば追い越してくれたのに」
急な大声に動転したのかオープンカーは順路へと再び歩み出す。
右折をしたことで片側一車線ではなくなっていた。すなわちは容易く寄せられるということで、この爆走軽トラックに先頭を譲る最大のチャンスだったのだが、その夢は泡沫に消えた。
「────ッスゾ、ゴラァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
されどもメンタルが軽くブレイクしていて運転手の出せる速度など高が知れており、その程度の速度で満足できるのなら煽りなんてしていない。煽りの怒号は今一度耳をつんざくような声量を伴って発せられる。
その年齢を感じさせないパワフルさに、元気な爺さんだな、なんて現実逃避気味に思う。
「あぁあああああああああああんん、もうやだよぉおおおおおおおおお!!」
だがしかし、そんな強烈さを運転手として直に浴びせられるのは溜まったものでないようで、ついに全ベソとなってしまった財閥令嬢の鳴き声とトラック運転手の罵声が夜の山中で確かにこだましていた。
☆
私たち居るのは車の姿はおろか、まともな街灯すら碌すっぽない駐車場。
そこは旧朝萩鉱山の現シンボル、封泥ダムを訪れた人々のためのものである。
もちろん私たち、というか彼女にとっての目的地ではなかったが、結局あのまま尻を追われ続けた私たちが逃げ込めるような場所はここのみであったのだ。
ちなみに軽トラックはというと、別の道を進んでいったようだ。ダムでないとすると、それこそ旧鉱山の犠牲者の慰霊オブジェクトぐらいなので、そちらに言ったのだろう。
「もう運転しない。もう二度と運転なんてしないからね、ボクは」
「……気を落とさずに、あれほど強烈なのは稀ですから。ほら、お水飲みますか?」
「うん。飲む。優しい。好き。結婚して」
すっかりトラウマになってしまったようで怯えていた彼女に駐車場内の自販機で買った水を差し出す。その後に何やら戯言をほざいていたがそれは無視する。人が優しくしているときぐらいは大人しくしていて欲しい。
「だいたいさ、おかしくない? この道、作るときに思い至らなかったのかな?」
「はあ、というと?」
またなんか言い始めたな、この人。
恐怖の原因がいなくなったことでメンタルが安定したかと思ったら、抑圧されていたものが弾けただけだったようでその顔には確かな怒りが刻まれていた。
「なんだい、片側一車線って。人間が運転する道じゃないよね? 車っていうのは行くのと来るの二つあるんだよ? だったらさ、二つ用意しないと意味がないよね? 普通ちょっと一瞬だっていいけど立ち止まって考えたらわかることだよね? でもそれがわからないんなら、この道作った会社は信用ならないから潰れるべきだとボクは思うな」
器が小さい。まず脳裏を過ぎ去るP波となったのはそんな言葉。
しかし次にとある情報が脳をS波のごとく続いて浮かんできた。
「あの大変申し上げにくいんですが……」
「なんだい? キミの言うことならボク、なんだって聞いてあげるよ」
咄嗟に「なら、付きまとわないでください」と言いかけるが、やめた。
彼女が言って聞くような女でないことはもういい加減承知しているし本旨でない。
「あの、それこそ朝萩鉱山資料館で読んだ情報なんですけど、このダム関係の整備をしたのって全部あなたのお家なんですけど…………」
「え? それってもしかして、あの杜撰なの道が
「杜撰かどうかはともかく、そういうことになりますね」
「まさか。そんなわけないじゃないか。何せうちは魔法少女学園の開拓部と双璧をなす骸郷都一番のインフラ屋だよ? こんな使い手のことを考えないテキトーな仕事をするわけがないじゃないか。待ってて、今、実家に電話をかけて身の潔白を証明するからさ」
よっぽど疑惑を持たれたのが不服だったのだろう。
通信端末を取り出して、彼女はどこかにかけ始めた。
「あ、ボクだよ。アゲハ? うん。デート中。もちろんラブラブに決まってるだろ。つまらないことを聞かないでよ。この骸郷都でボクら以上にイチャイチャしてるカップルがいなくて困ってるくらいなんだからさ。まあ当然だよね。ボクは彼女と運命に結ばれた関係なんだから」
虚言癖。この場合は見栄っ張りか?
事実無根の内容をつらつら述べる様子には文句を通り越して呆れが勝つ。
今更ながら彼女とこんな人気のない場所に二人きりで大丈夫だろうか。魔法少女に変身してでも逃げるべきだろうか。いやでもそういう私的な活用は学園に所属していてもグレーゾーンな気がする。過去にそういう判例があったような気がするが実際のところどうだったか。
「え? 声を聞かせろ? いやいや、彼女恥ずかしがり屋だからね。ちょっとNGかな。ボクを求めるときは大胆なんだけど。それより、聞きたいっていうか、確認してほしいことがあるんだだよ…………そう、うちの過去の事業についてちょっと知りたくなってね。封泥山の山道なんてうちは担当してないよね? それを早急に調べてほしいんだ。ああ、そうそう。データベースにアクセスすればすぐだから。うん。パスワードはいつものだから勝手にやってくれ」
誰が恥ずかしがり屋というのは誰のことだろうか。
思いはしてもあまりにハイペースに並べられる嘘を吐くに突っ込む気すら失せてくる。
「今、ボクの完璧敏腕メイドが調べてくれてるから、すぐにキミの疑いが誤謬であったことが判明するよ────ほら、もう来た」
端末を耳元から離し、見せつけながら自慢げに告げてくる。自らの正当性が証明される期待感とあとは自身の所有物をひけらかすときの高揚感が混じり合った笑みに食傷して顔を逸らす。
そんなに向けられても画面に映っているのは相手の名前だけなのもある。
「で、結果はどうだったのかな? やはり、うちはこんな道、担当してなかっただろう?…………え、バチバチにうちの管轄? 計画から施工までワンマン? ヨソは一切挟んでない? そんなはずがあるわけないだろう? 意外にお茶目なのはキミの美点だけど、そういうのは今はいらないよ? あ、真面目にそう? そっか…………」
言葉を交わす度、彼女のなかで膨れ上がってものが萎んでいく。
先ほどまでの自信はどこへやら、顔にはこの暗闇のなかでも目に見えるほど影が差している。
急転直下、彼女の元気を折れ線グラフに書き起こしたらそのようになることは明白で。
「────ふ」
思わず、口からナニカが漏れ出た。
「え、今八鳥くん笑ったかい?」
「いえ。笑ってませんよ」
「いや。笑ってたって確実に!」
「ただ失笑しただけです。笑うを失ってるんですから、笑ってるわけないじゃないですか。ふふ」
「笑ってるよねえ? 確実に、笑ってるって。というか失笑にしたってそれ、誤用のだよねえ!? ええ、ボクの初めて見る笑顔がこれかい? これなのかい? これが鬱って感情かあ。辛いね、でもキミの笑顔は貴重だから撮っておくね。はい、チーズ」
財閥令嬢は意気消沈を体現したままの俯き加減のまま、端末で私を撮影してくる。
ご丁寧にフラッシュまで設定してあったので、ただただ甚だ眩しい。碌な明かりがない場所で人に向けて至近距離からフラッシュを焚くのは暗がりに広がった瞳孔に急な光を放つのだからテロリズムに等しい。瞳を閉じても目蓋の裏に、光が残ってる感じがする。
ただ文句を言うと注意がこっちに来るので、私から別のところに話題を逸らしてしまおう。
「…………ほら、まだ電話中ですよね? 待たせてますよ」
「別にアゲハを待たせる分にはいいよ。昔からこんな関係だし、ねえアゲハ? あれ、アゲハ?
幾度となく呼びかけるが返答はない。
いつまでも続く無反応に、ついに彼女は端末を放り投げた。
それは投げるものではない、のだが気持ちは少しだけ分からなくもない。
「いやこれ切れてるね。というか、電波の受信が遮られていると見ていい。今通信できるとしたら、それ専用のじゃないと厳しいだろうね。だからボクの人望の有無とは完全に無関係さ」
「それは知りませんけど、別段、山奥だからじゃないですか? 不安定になりやすいですよね?」
「そんなのでこの最新機種のが通じなくなるもんか。これはもっと別の原因があるときの不調だ」
「別の原因?」
あなたの傲岸な態度に嫌気がさしたのではなく?
そのような疑問をなんとか努めて口内で押しとどめていたとき。
【VvvaaAaaaaaaaaaaaaaaaa────────────!!】
咆哮が轟いてくる。大気を震わすようなその爆音は決して人からは発せられぬもの。
「ビンゴだ。あの声が裏付けだよ。この街の化け物っていったら代表は何だい?」
「…………もしや骸獣?」
「そう、高濃度の劣化魔力がときに引き起こす電波障害。これがボクの人望がないように見えてしまった事の真相だよ」
「そうですか。よかったですね、言い訳ができて。それでは」
車から降りた。オープンカーであるのをいいことに扉を開閉すらせずに柵を飛び越える要領で。
「どこに行くんだい?」
「決まってるでしょう。あっちの封泥ダムの方ですよ」
返答しながら声の発生源と思しきところを見据える。
あの方角なら行くべきところは一つしかない。
ある意味で駐車場を本来の用途で使う羽目になったと言える。
「いいのかい? そこに行けばキミはその指輪を使わざるを得ないだろう? その意味については説明しているはずだけど?」
「それが、どうかしました? それは私の問題で、骸獣を無視することによるデメリットとは無関係でしょう?」
「はは、そうだね。それでこそボクの見込んだ魔法少女だ。やはりキミの未来は超一流の魔法少女かボクの伴侶かの二つに一つだ」
心的レジリエンス高いとでも言えばいいのか、先程までの元気のなさはどこへやら彼女はすっかり満足げな様子であるが、それは無視して。
「
私は
☆
魔法少女の身体とは魔法体、すなわち魔力で構成された仮初のものに過ぎない。それゆえ人間の身体の造りでは不可能な挙動が可能であるし、この状態での損傷が生身へとフィードバックされることもない。そこだけを切り出せば正に理想的な戦闘用のボディである。
尤もだからといって普段生身の肉体で生活している人間がその枠組みから唐突切り離されたとして。それまでの身体運びの観念までもを捨て去り十全に、余すところなく扱えるのとは別個の問題であろう。魔法少女学園入学直後の課題が決まって変身状態で全速力を出して走れるようになることであるのもそれを物語っている。
人の心は人を外れた力を振るえるようにはできていないのだ。
だとすれば、四音寺ノアの言うようにやはり魔法少女としての才があるということになるのだろう。雲もなく降り出した雨すら置き去りせんばかりの勢いで進んでいくサンシャワーには。
人体に範疇を優に超すハイスピード──生身であれば転んだだけで死ねる速度──で駆け抜けているというのに躊躇いや恐怖は見られない。目的地への現着だけを念頭に置いてひたすらに遮二無二、前進する。
そのように無表情、無感情に一切心を揺らすことなく立ち込める劣化魔力走破した彼女だったが。
「……どういうことだ?」
その先の想定とは全く異なる景色には困惑が口から衝いて出た。
無論、骸獣がいなかったというわけではない。
サンシャワーの辿り着いたそこには骸獣と呼ぶべきものは確かにいた。山羊に近しい見た目を持ったものが、しかも二桁にも及ぶ数、所狭しと存在はしておりこの場に満ちる劣化魔力はそれらに由来するものなのであろう。
「もう骸獣がやられている?」
がしかし、眼前のそれらは皆一様に腹を真一文字に切断され、まるで石にでもなったかのごとく微動だにしていない。浄化された気配もなく、死んでこそはいないが活動をしているとも言い他難い状態だ。
サンシャワーは勘違いをしていた。声は確かに骸獣のものではあった。しかし、それは産声でもなければ、威嚇のために張り上げられた唸り声でもない。死より生じた骸獣が再び死へと帰る際に発せられた断末魔に相違ないものであったのだ。
「おい、おい、お前は魔法少女だよな!?」
「ん、資料館の館長か、
当惑し立ち尽くしていたサンシャワーの足元から声がする。つられて見遣ればそこには、劣化魔力にその身を侵され酷く憔悴した様子の資料館館長が地面を這い縋りついてきた。
こんな時間にどうしてこんなところに。サンシャワーの脳裏に疑念が過ぎるが、その思考は館長本人の言葉によって止まる。
「そうだ。だから、さっさとこの赤穢を今すぐ祓え!! いやそれよりも、アレをなんとかしろ!!」
「いや、そこの骸獣はもう」
「そいつらじゃねえよ、早くしろこの無能な指輪持ちめ! あの化け物が来ちまうだろ!!」
「化け物?」
いかんせん要領を得ない館長の言葉に、サンシャワーが眉を顰めていると。
【イ級骸獣、計十三体の処理完了。残る処断対象の抹殺を実行します】
闇からそれは現れた。
それは硬く打ち付ける足音を鳴らし歩んでくる。夜の暗がりと同化するような黒一色のボディのそれは月光を受け眩い光沢を放っている。それは二腕二足のシルエットを持っており一見するとヒトガタである。が、黒水晶のような材質の西洋甲冑にも似た姿やサンシャワーを射貫く一つ目の相貌、下半身にて揺らめく爬虫類的様相の尾などから人ならざる異形と呼ぶほかなかろう。
【処断対象外の目撃者を確認。該当情報なし。貴方は────】
「劣化魔力がない? なら、
だが、その異形は異形の身でありながら劣化魔力を纏っていない。それに骸獣のなかに言語を解する種がいるなどという話が耳に届いたこともない。
つまり目の前の人外は骸獣ではないということになるが。
サンシャワーは骸獣ならざる人外でこのようなものに覚えはない。
そして、そんなものにとってもサンシャワーの来訪は意想外だったようで。
「────何物だ?」
【────何者ですか?】
互いに互いを問う声が静かに重なった。