それは彼女の物語   作:油揚げ

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一応、アンチ・ヘイトのタグを張りましたが、そこまで重くはならない予定です。
精々エボンの教え、ユウナレスカ、コノ野郎程度です。


……わたし、契約出来なかったんだ

 これは―――――――。

 世界を救った勇者の英雄譚でも。

 大地を駆けずり回った旅人の冒険譚でも。

 母が幼子を寝かしつける寝物語でも。

 ましてや恋物語でもない。

 言うなればありふれた一人の少女がただ真っ直ぐの己が人生を走り抜けただけ。誰でもない、その人それぞれの人生に過ぎない。

 ならば、その物語に大層な名なぞいらないだろう。

 そう――――――――――。

 それは彼女の物語。

 

 

 

 

 

 静謐な空気にその空間は満たされていた。

 部屋を出入りする唯一の扉は固く閉じられ、空気の流れは一切無いにも関わらず何故か空気は一片の淀みも見せていなかった。その中心には一人の少女が正座し目を瞑り、祈りを捧げていた。

 一心に祈りを捧げ続ける少女の名はリアニ。

 リアニはこの世界スピラにおいて、千年もの長きに亘り死の螺旋に捉えて離さない超弩級の魔物シンを倒す可能性を秘めた召喚獣と呼ばれるモノと感応することができる稀有な力その身に宿していた。

 上半身は黒色の半袖、下半身は同じく黒色の膝上までズボンを履き、腰には赤色の足首まである腰布が垂れ下がり、なんの趣味なのか上半身、下半身ともに幾つかのベルトが巻かれていた。

 濡れ烏を思わせる漆黒のそれでいて艶に満ちた髪が汗をぴったりと吸い、リアニの頬に張り付く。

 絹を思わせる滑らかな肌には玉になった汗が幾つも浮かび、切れ長の瞳に挟まれた眉間にはしわが寄っていた。

 彼女は今、ビサイドの寺院にて、この寺院にて祭られているヴァルファーレへ祈り子と交感していた。

 力が欲しい、シンを倒したい、自身の全てをさらけ出し、その助力を乞うているのだ。

 一見ただ目を瞑り祈りを捧げているように見えるが、召喚獣――祈り子――との契約は実際は精神力を多分に消費し、場合によっては命を落とすこともある危険なもの。

その証拠に彼女の呼吸は乱れ、肌を伝って流れる汗が床に幾つも黒い模様を描いていた。

 契約には時間がかかるのが常だが、特に初めての契約の際には丸一日、時には二日掛かるときもある。

 そして、リアニは今日で三日も祈り子と交感し続けていた。

 類まれなる精神力と忍耐力、そして召喚士としての素養、どれか一つ欠けていてもここまで交感し続けることは叶わなかったであろう。

 しかし、リアニは召喚獣でも魔物でもない、その身は十八歳の少女のそれだ。幾ら召喚士としての素養があっても、体力自体は年相応。むしろ三日も耐えきったのが不思議な位だ。

 

「……」

 

 微動だにしていなかった体勢を突然リアニは崩すと、ぐったりとした様子で立ち上がる。

 その表情は元々の白い肌がさらに色を失い、蒼白と呼んで差し支えない程に悪いものになっていた。

 

「くっ……」

 

 三日ぶりに立ち上がったことにより酷い貧血に襲われたのか、はたまた足の痺れ故かふらっと華奢な体をよろめかせた。歯を食いしばり、倒れるのだけはなんとか踏ん張る。

 祈り子の間の扉を体を押し付けるようにして開き、リアニは外に向かって歩き出す。

 不眠不休、三日も食事を取っていない彼女の身体は本人が思っているよりも鈍い。

 澄んだ空気に満ちた回廊にこつこつとリアニの足音だけが響き渡る。

 来た時より倍以上の時間を掛けようやくリアニは寺院の大広間へと出る扉を辿り着いた。

 神聖さを出す為か無駄に装飾が多く重い扉を憎々しく思いながら何度もリアニは扉を開けようとするが、とうに限界を迎えつつある彼女の身体にはかなり酷な肉体労働だった。

 

「―――――――――――――っ!!」

 

 渾身の力を込めてリアニは扉を開き、ビサイドの寺院の大広間にその身を晒す。

 それが最後の力だったのか糸の切れた人形劇の人形の様に、リアニは床に倒れこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 スピラ。

 かつては機械文明が栄華を誇り、数多の国や人がその恩恵を受けていた。

 流通は安定し、遠く離れた場所同士で情報を一瞬でやり取りし、幾つもの飛行機械が空を飛び交い人々の生活は豊かなものだったという。

 しかし物事には光と闇、その両方が存在する。

 豊かな生活が光とするなら、闇は機械兵器を用いた戦争だった。

 親戚同士、友人同士の他愛無い近況を報告していた情報機器は、対立する国家同士の機密を奪い合う情報兵器に、飛行機械は互いの領土の爆撃、及び多くの兵隊を輸送する飛行兵器に成り代わった。

 血で血を流し合う戦いはやがて、二つの勢力に分かれた大戦争へと規模を拡大するのにそう時間はかからなかった。

 機械文明が主なベベルと、ベベルよりも魔法文明を尊重していたザナルカンド。

 魔法は強力ではあったが、素養がなければ使えない選ばれた者にしか使えない力。

 それが両者の優劣を分けた。

 銃が百丁あれば百の人間が銃を撃つことが出来る。

 もちろんそこには得手不得手、経験不経験はあるだろうが、戦力として数えられるだろう。

 だが魔法は素養持つものしか使うことが出来ない。

 しかも、魔法の素養がある者が戦術的に戦力と数えられるようになるまでは最短でも数年掛かる。

 一時は拮抗していた二大勢力も、失った戦力の回復に掛かる時間の多いザナルカンドが次第に押されていった。

 しかしベベルは戦いの勝者になることはなかった。

 ……だが、ザナルカンドが勝ったというわけでもない。

 激化する戦い、国どころか世界全てを巻き込んだ大戦争、それを終わらせたのは皮肉にも人智を超えた圧倒的な暴力であった。

シン。

 それが死を意味する災害級のスピラ最大の魔物の名前だった。

 シンは突如として現れた。

 一つの島、それこそ山の様な巨躯にも関わらず機械文明が趨勢を極めていた当時のザナルカンドに前触れもなくその姿を見せたという。

 それがスピラにおける初めてシンが目撃された最古となり、―――――――そしてザナルカンドの最後となった。

 シンの破壊能力は常軌を逸していた。

 如何に劣勢となっていたとはいえ、二大勢力の片割れの本拠地、兵器も人も質と量を兼ね備えていたにも関わらず一夜持たずにザナルカンドは廃墟と変えるほどに。

 

 

 そこからだ。

 スピラの地獄が始まったのは。

 

 当初は皆、そこまで脅威とは思っていなかった。

 確かに魔物は強い。

 だが、人間たちは有史以来、魔法や機械、ありとあらゆる手段を用いて魔物と抗してきた。そして、このスピラを席巻した。

 ザナルカンドが滅んだのは、不意を突かれたことと、予想以上に国力、兵力が損耗していたためだったと皆は思ったのだ。

 幾ら強大とはいえ、たった一体の魔物が大都市を一夜で滅ぼすなど想像の外にあった。

 いや、思いたかったのだろう。

 シンの力がザナルカンドを真っ向から一夜で滅亡させるものの程なら、スピラ中のどの国でも抗することは出来ない。しかも、相手は同じ人間ではない。

 同種族の情なぞ一切ない、ただ破壊を撒き散らすのみ。

 現にザナルカンドは無残な瓦礫が支配するただの廃墟と化した。

 誰も口に出さなかった―――――――――思うことすら拒否した。

 次は自分達の番だと。

 そして、それは。

 

 

 現実になった。

 

 

 シンは次から次へと大都市、人口密集地へと襲いかかった。

 今度はシンを警戒し、兵器を人を集中していたにも関わらず、その圧倒的な暴力をもって。

 襲われた大都市は例外なく無残な人々の躯と瓦礫の山へと変わっていった。

 そうした多くの――――否、多すぎる犠牲の中でシンの習性のようなものがやがて見つかった。

 シンの本能、習性。

 それは、人口密集地そして機械を優先して襲うというものであった。

皮肉な事にシンに対抗するために機械を人を集中すればするほど、シンに襲われる確率を上げてしまうのだ。

 シンが目ぼしい都市を破壊し尽くし、スピラは絶望に包まれた。

 抵抗する手段なぞ無い、人々はただシンの破壊の矛先が向かない事を祈ることしか出来なくなった頃、希望は現れた。

 

 ユウナレスカとその夫ゼイオン。

 ザナルカンドが滅んだ際に、たまたまザナルカンドから離れていた彼らは二人の絆が生み出す召喚魔法。

 後に―――――究極召喚と呼ばれる方法を用いてシンを倒した。

 絶望に喘ぐスピラに希望の華が咲き乱れた。

 

 

 しかし、それは新たなる絶望の―――真の絶望の始まりだった。

 

 シンの脅威が去り、癒えきらない傷はあるものの、それまでの生活の復興に力を注ぐ人々の目の前に再びシンは現れた。

 倒しても蘇る悪夢の具現、絶望の淵の中とある教えが生まれた。

 それがエボンの教えの始まりである。

 

 曰く、シンは機械に頼りきり堕落した生活をした人々を罰するために現れた存在。

 人々が心の底から訓戒し、機械を捨てた時、シンはその姿を消すだろう。

 シンを倒したユウナレスカとその父であり、ザナルカンドの統治者であり、機械よりも召喚士、魔法などに力を割いていた彼の名を有するその教えを人々は――――――。

エボンの教えと呼んだ。

 

 

 

 

 

 さわさわと塩分の孕んだ潮風が、眠る少女リアニの黒髪を優しくなびかせる。

 なびいた髪は、リアニの頬を擽り、彼女の瞼がそれに反応するように小さく震えた。

 

「……うぁ」

 

 空気が漏れるようなリアニの声が口から吐き出され、リアニは眠りから目覚めた。

 

「あぁ目が覚めましたか?」

 

 リアニの声に偶々様子を確かめに来ていた寺院付きの女性の僧が声をかけた。

 

「……あれ?……わたしは?」

「あなたは寺院の試練の間に続く回廊の入り口で倒れていたんですよ。倒れたのが祈り子の間じゃなくて良かったですね。祈り子の間は召喚士の方々ではないと入れませんから」

 

 寺院は試練の間は僧や召喚士のガードが立ち入る事が出来るが、召喚獣の祈り子が祀られた祈り子の間は召喚士しか立ち入る事が出来ない聖域とされていた。

 もし、リアニが祈り子の間で倒れていたのなら、次に召喚獣を求める召喚士が訪れるまで放置されてしまったことだろう。

 そうなれば衰弱しきった彼女はその命を落としてしまう可能性すらもあった。

 

「祈り子の間……」

「大丈夫ですか?」

「ん……まだちょっと頭がはっきりしませんね」

 

 リアニは半分寝ぼけた頭を抱えながら気怠げな様子で呟いた。

 

「二日も寝ていたら無理もありませんね。それ以外に調子の悪いところはありませんか?」

「二日……?」

 

 靄がかかっていた意識が時間経過とともに晴れていき、リアニはようやく自分の置かれた状況を理解するに至った。

 まさかと思いながらも意識を集中していく。

 召喚士として祈り子と契約が成立しているならば、その存在を感知できると信じて。

 だが幾ら集中しても、ビサイドの寺院に祀られているヴァルファーレと交感することは無かった。

 

「……あ」

「ど、どうしました?」

 

 突然、ぽろぽろと涙を零すリアニに女性は慌てたように声をかける。

 

「……い、いえなんでもありません。すいません……一人きりにして頂けますか?」

 

 二日も寝こけていた上に、いきなり部屋を出ていけなどと図々しいにも程があると自分でも思いながら、リアニは女性にそう頼んだ。情緒が不安定そうなリアニを放っておくことに若干躊躇いつつも、女性は何かあったら呼んで下さいと優しげに微笑みながら退室していった。

 そのことに更なる罪悪感に囚われながらリアニは、ベッドの上で膝を抱え、己が両膝に顔を埋めた。

 

「……わたし、契約出来なかったんだ」

 

 涙を孕んだくぐもった声が部屋に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルベド族。

 スピラに住む亜人の中で、ほぼ人と変わらぬ容姿を持つ種族の名。

 金髪の髪と、渦巻くエメラルドの瞳を持つ人に最も近しい容姿を持つ彼らは、その容姿にも関わらず最もスピラの民から迫害されてきた歴史を有していた。

 表向きエボンの教えが迫害を禁止していながらもだ。

 彼らはエボンの教えに反して機械を使い続けているから、少なからず迫害されるのは仕方ないとエボンの教えを信ずる民は皆そう思っているのだが、真実は違う。

 末端の信者が、暴走するのは仕方無い……と言って納得してはいけないことだが、宗教に関わらず、トップの意向が末端まで届かないのは少なからずある事だ。だが、エボンの教えの場合は異なった。

 むしろ末端の暴走を助長し、寺院に仕える僧が率先して彼らを迫害していたのだ。

 そんな彼らが説く教えを、信じる事が彼らは出来なかった。

 エボンの教えを信じる事が出来なかったアルベド族だったが、彼らは発掘した機械を用いて彼らに復讐することはなかった。

 エボンの教えを信じ、彼らを迫害するスピラの民が悪いのではない。

 スピラを長きにわたり、恐怖と死で支配するシンが全ての元凶だと彼らは理解していた。

 柔軟性に優れた彼らの思考だったが、その中でも特に異質だったのがリアニだった。

 

 生まれながらに卓越した頭脳を持っていた彼女は十歳を数えるころには一族でも屈指の技術者になっていた。

 機械に最も触れていたせいだろう。

 リアニはやがて機械だけではシンを倒せないという結論に至った。

 だが、今シンを唯一倒せる究極召喚でも、数年後のシンの復活を防ぐことは出来ない。

 ならば、この二つ同時に……例えば究極召喚もしくは召喚獣でシンを痛めつけ機械でトドメを刺せばどうだろう。

 究極召喚は過去、五回シンを倒したものの、一度の例外もなくシンの復活は阻止できなかった。

 究極召喚、召喚術だけではシンを倒すことが出来ないのは明白だった。

 だが、二つの力を合わせれば……。

 そう悟ったリアニは、即座に父にエボンとの共闘を進言した。

 結果は猛反対。

 長い迫害の中で一族を纏め上げた父はエボンに対して深い隔意を抱いていた。

 流石に復讐をしようという意識は薄いものの、機械の力……ひいてはアルベド族の力だけでシンを倒し、エボンの鼻を明かしてやると強く思っていた。

 幾ら説得しても聞き入れることのない父に業を煮やしたリアニは、父に無言で家を出るに至る。

 そこまでは良かったのだが、リアニの苦労はそこから始まった。

 父が建造したアルベド族のホームの中では当然迫害なぞ無い。

 ホームという名の巣を飛び出した幼き若鶏たるリアニにスピラは厳しかった。

 僻地に住んでいるため、彼らの容姿を知らない者も多く、旅をし出した頃は順調だったのだが、初めて訪れた寺院でそれは起こる。

 寺院に入ろうとした時、リアニを見かけた僧がいきなりリアニを問い詰めたばかりか棒で殴りかかってきたのだ。

 そればかりではない、やっと出会えた召喚士に弟子入りを希望した時も。

 

「アルベドに教える術なぞ無い」

 

 とにべもなく断られたりしたことも何度もあった。

 父が言っていた迫害を実際に受け、心身ともに疲弊し、家に帰ることもできないリアニだったが、捨てる神あらば拾う神あり。

 とある女性召喚士がリアニを弟子にしてくれたのだ。

 ある事情により自身が究極召喚を手に入れることが出来なくなったその女性は、落伍者と後ろ指を指す輩を歯牙にもかけず、後進の育成に力を注ぐ高潔な心を持っていた。

召喚士には祈り子と交感する能力が必要だと初めて知らされ、焦ったものの幸いリアニには祈り子と交感することが出来た。

 彼女の師は、迫害される彼女を慮り、今は誰も訪れることのない寺院で彼女の修業をつけていた。

 修業は辛く厳しいものであったが、それ以上の優しさをリアニは注がれた。

 迫害され人扱いされなかった彼女に、一人前に成れるようにと修業をつけくれる師匠を心の底から信頼を寄せた。

 そして十八歳になった彼女はようやく五年の修業の終わりを告げられ、初めての召喚獣に適しているからと勧められたビサイドの寺院に祀られたヴァルファーレを求めてやってきたのだ。

 だが、故郷を捨て、迫害に受け、信頼できる師匠に期待を寄せられ臨んだ祈り子との交感に彼女は――――――――失敗したのだ。

 

「……うぁ……くっ……ううぁぁぁ……!!」

 

 師匠と出会った時に流した暖かい涙とは別の冷たい涙が彼女の膝を濡らす。

 

「わたしが……アルベド族だから?……う……あああ!」

 

 どんなに迫害されても、一族の誇りを失ったことは無かった。

 死に囚われた中で、自分達は力及ばずながらも精一杯前向きに生きているのだと誇っていた。

 シンを倒したい気持ちは誰にも負けないと、だから召喚獣も力を貸してくれると信じていた。

 いや、信じたかったのだ。

 自分が異端だと理解するがゆえに。

 アルベド族だから契約してくれなかったのか、はたまた自分の考え故か、もう彼女自身何が何だか分からなくなっていた。

 纏まらない思考は、辛く忌むべき記憶をも掘り返し、負に染まっていく。

 止まらぬ涙そのままにリアニの意識は再び眠りへと落ちていった。

 

 

 

 

 

 どれくらい時間が経ったのだろうか?

 月明かりが優しくうっすらと部屋を照らす。

 

「…………ん」

 

 何が彼女を眠りから目覚めさせたのか定かではないが、むくりとリアニは体を起こした。

 ぶんぶんと頭を振るうと、迫害から逃れる為に黒く染めた髪が彼女の視界に映り込む。

 それを見ただけで、眠りに落ちる前の負の感情が湧き上がってきたのか、右手で力強く髪を握りこんだ。

 どれくらいそうしていたのだろうか。

 ざわざわと外の様子が騒がしいことに気付き、リアニははっと我に返った。

 髪を握っていた時間は随分と長かったのか、手は硬直しきり動かすのに少々手間どう。左手で右手をゆっくりと撫でながら、リアニはベッドから起き上がった。

 荷物は幸いにもベッドの脇の机に纏められていた。

 手早く荷物を身に着けると、リアニは寝ていた部屋から出る。

 部屋を出るとそこは広間になっており、シンを倒した大召喚士達の像が並んでいるのが視界に飛び込んできた。

 ここは、ビサイドの寺院の参拝の間だった。きょろきょろと落ち着かない様子でリアニは辺りに視線を飛ばしていた。

 先ほどの女の僧にお礼を言いたいと彼女は思っていたのだが、誰も居ないことで困っていたのだ。

 エボンの民……特に僧に迫害された経験を持つ彼女だが、だからと言って助けてもらったお礼を言わない様な人物ではなかった。

 そんな人道に反する行為は彼女を鍛え上げてくれた師匠に反する行為。

 故に、人が居ないこの状況でどうすればいいのか逡巡する。

 

「……困ったわね」

 

 いずれシンを倒す究極召喚に繋がるとして召喚獣は聖なる獣とも呼ばれるほどの信仰を集めている。

 だからこそ、魔物の襲撃などで祈り子が失われないように昼夜、僧や僧兵が常駐するのが常なのにも関わらず、ビサイドの寺院はもぬけの空となっていた。

 外の騒ぎと何か関係があると思い至るものの、礼を言いたい気持ちが上回り困惑していたリアニだったが、それも僅かな時間だった。

 重厚な扉が開き、見覚えのある女性がゆったりと寺院内に入ってきたからだ。

 

「あ……」

「ん?ああ、もう大丈夫ですか?」

 

 先と変わらずにリアニを心配してくれる様子に、自分がアルベド族だと気付いていないからなのかと、やや歪んだ考えを巡らせる辺り、リアニの精神はまだ安定しきってはいなかた。

 

「え……ええ。大分頭もすっきりしましたし、立って歩く分には問題ないみたいです」

 

 そんな内心なぞ全く見せずに対応するリアニ。

 迫害を逃れる為に身に着けた処世術の一つだった。

 

「そうですか。……あ、お腹空いてるんじゃないですか?」

「え……いや……あ」

 

 リアニの演技にすっかり騙された女性は優しく微笑んだ後、今気付いたとばかりに手をぽんと叩くと、リアニに食事を勧める。

 なんとなく、一人きりになりたかったリアニは早々に礼を済ませて立ち去ろうとするが、食欲を連想させる言葉に、彼女の胃は素直だった。

 きゅるきゅると主の意に反し、空腹だと自己主張をし出す。

 

「ふふ、今、準備しますね。少々お待ちください」

「あ、す、すいません」

 

 頬に熱が集まるのをはっきりと自覚しながら、リアニは縮こまるように女性の好意に甘えることにするのだった。

 

 

 

 

 ぶつ切りの魚と貝がふんだんに使われたスープは海が近い集落ビサイドらしいものだ。

 海の塩分そのままの塩気を孕んだスープを啜っていると、先ほどまでの荒んだ気持ちが若干癒されたような気がするリアニだった。

 人間誰しも、空腹な状態ではロクな考えをしないものなのだろう。

 我ながら現金だなと苦笑しながらも、リアニはスープとパンのみの食事に再び意識を戻す。

 なんだかリアニの正面に座る女性が、やたらとリアニを見入っているのが気にはなっていたが、気付かない振りをして食べ続けた。

 

 

「そういえば、外が騒がしいみたいですけど、なにかあったんですか?」

「ええ。とってもめでたいことがあったんですよ!」

 

 どうやら女性は外の様子を尋ねて欲しかったようで、リアニが気まずさから振った話題に喜んで飛びつく。

 

「……めでたいことですか?」

 

 女性の言葉にリアニは怪訝な表情を浮かべる。

 シンが現れて千年の中で、その言葉に相応しい出来事なぞほんの一握り。

 真っ先に思い浮かぶのは……。

 

「まさか……シンが?」

「いえ、そちらじゃなくて……」

「?」

 

 そのほんの一握りというか唯一といっていいめでたい出来事たるシンの再討伐にすぐに考えを至らせたリアニだったが、その言葉はあっけなく否定されてしまう。

 そうなると、もうリアニの中で女性が言うめでたいと出来事は思いつかない。

 まさかこの女性の個人的な理由でもあるまい。

 

「十年前のナギ節。ブラスカのナギ節をお作りになられた大召喚士ブラスカ様はご存知ですか?」

「ええ」

 

 あの時ばかりは、いつ来るとも知れぬシンの恐怖から世界が解放され世界が希望に満ちていた。

 今度こそシンが滅んだのではないかという希望に。

 まだ幼いながらも、輝く表情に満ちた人々の姿がリアニの瞼の裏に今も焼き付いていた。

 だが一年程でシンは復活し、人々は再び絶望の淵へとその表情を戻してしまった。

 思えば、あの時の笑顔を取り戻してあげたくて……あの笑顔をなんの憂いも無く浮かべられる様にしたくてシンを倒したいと心底思ったのかもしれない。

 などとリアニが考えている中、向かいの席に座る女性はにこにこと会話を進める。

 

「実は今日、そのブラスカ様のご息女のユウナ様が今日、召喚士になられたんですよ!いやー背がこんな時から知っていましたが、なんだか感慨深いですねー」

 

 女性は椅子に座ったままで、自身の胸のあたりに水平に手を添えてどこか遠い目していた。

 だからこそ気付くことはなかった。

 リアニが一瞬、眉を潜めたことを。

 

「そうですか。色々とお世話になりました。ありがとうございました」

「え?もう行くんですか?。夜ですしもう一日くらいは……って行っちゃった」

 

 突然、会話を打ち切るように礼を言ってリアニは寺院を去って行った。

 女性はリアニの態度を不思議に思いながらも、召喚士同士の対抗心か何かを刺激してしまったのかと思い、それ以上リアニについて考えるのを止めた。

 今日はビサイドに住む人々にとって、祝うべき日。

 今はただ、自分達と共に暮らした少女が迎えてくれるだろうナギ節に期待して女性は残ったお茶を口に含む。

 その期待するナギ節が少女の命を引き換えにして訪れると知っていながらも、女性に悲嘆の色は見られなかった。

 

 

 

 

 

 

「なんにも考えずに出てきちゃったわね。……はぁ」

 

 あの場に居れば、下手をすれば女性に当たり散らしてしまった可能性があったため慌てて寺院から出てしまったリアニだが、外に出てすぐにもう夜であることに気付いてしまった。

 

「今さら戻るのもね……はぁ」

 

 再度リアニは溜息を吐く。

 とりあえず寺院の前に居てもどうにもならないので、広場の方に足を向かわせる。

 晴れて召喚士になれたユウナの祝いを見るつもりは毛頭ないが、村のはずれに位置する寺院から他の場所に行くには必ず広場に向かわなければならない。

 

「まぁ、あまりそっちは気にしなければいいか。……討伐隊の宿舎なら泊めてもらえるよね」

 

 祈り子との交感で未だに疲れが取れない体に鞭を入れてリアニはゆっくりと歩く。 

 

 

 

 

 広場を掠めるように歩くリアニ。

 機械文明が廃れ、火が夜を照らす唯一の道具となった今、ユウナの祝いが催されている広場は傍から見ると、闇に浮かぶ舞台の様に見えないこともなかった。

 

「優勝!優勝!優勝だ!!」

 

 突然騒ぎ出したブリッツボールの選手と思われる男共の大声に思わずリアニはそちらに目を向けてしまう。

 もうすぐ、討伐隊の宿舎まであと数歩ということで気を抜いてしまったのだろう。

 だが何の運命の悪戯か、偶々こちらを見ていたユウナとリアニはその視線を交差させていた。

 リアニは目立たないようにしていたつもりなのだろうが、ビサイドに住む多くの人が 広場に集まっている中で、なぜか暗がりを歩くリアニは微妙に目立っていたのだ。

 祝いに夢中な人々は気付かないそれは、祝われる立場であったユウナにの目にはばっちりと映っていたのだ。

 

「……」

「……」

 

 無言でリアニとユウナはその視線を合わせ続けた。

 そしてリアニは気付く。

 

(この子、分かってる……自分がシンを倒したとしても、それが永遠のナギ節になるとは限らないってことを。それでも皆に喜んで貰えるなら構わないって覚悟してるんだ)

 

 自身の命が刹那の希望にしかならない事を知って敢えて苦行に身をやつしている彼女と、行きつく先が死と知っていながら、めでたいと祝っている村人達を見てリアニはこのスピラの抱える歪みの根幹を垣間見た気がして、咄嗟に猛烈な気持ち悪さがこみ上げてきた。

 ユウナがこちらに寄って来ようとしたことなぞ、気付きもしないでリアニは踵を返すと脇目も振らずに駆け出した。

 

 

 

 




やっと改定投稿できました。

まだまだにじふぁんに投稿していた分には届きませんが、大まかな改定の目処が出来たので投稿しました。
早く、シーモア出したいです。
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