それは彼女の物語   作:油揚げ

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 大分更新が滞ってしまい申し訳ありません。



いい加減にして

 

 

 大地が強引に引き裂かれる痛みに悲鳴をあげ、大気が蹂躙される恐怖に叫ぶ。そして、海がまるで山の様に盛り上がり、それ(・・)が姿を現した。スピラに存在する他の魔物とは次元の違う巨躯。聖なる獣とも称される召喚獣を遥かに凌駕する圧倒的な存在感。

 シン。スピラ最強最大にして最も人を殺した魔物が咆哮をあげて、自身がこの世界の理(せかいのことわり)とばかりにその存在を見せつける。

 だが、それを見て怯えるはずの者達は、多少なりとも恐怖はしていても、……戦意を抱いていた。

 シンの眼前には、幾つもの機械兵器が照準をシンに合わせていた。それどころか、空に何体もの異形の姿が浮いている。魔物とも違う、それは召喚獣。

 バハムート、ヴァルファーレよく知られている召喚獣もいるが、それだけではない。炎を纏った美しさと激しさを同居させた火の鳥。八本脚の俊馬に跨った逞しい武人。雷を纏った神々しい鳥。大きな翼を羽ばたかせる悪魔。

 地上にはイフリート、イクシオン、シヴァ。そしてバハムートを超える巨躯の巨人。巨大な蛇。美しい銀毛の狼、三つの首を持つ狼。そしてそれらを遥かに凌駕する巨大な鎧の召喚獣。その他に海にも多くの召喚獣が集まっていた。

 シンは機械、人の集中した都市を狙う。それは逆にいえばその二つを集めれば、シンを意図的に誘導する事は可能だ。今、シンはこの都市におびき寄せられていたのだ。数多の召喚獣と機械がここでシンを仕留めんとしていた。

 そんな力の坩堝《るつぼ》と化した戦場にも関わらず全くひるむことの無い存在感と魔力を放つ者がいた。

 それは若い青年、軽鎧を胸に付け、レイピアを左右の腰にぶら下げた。赤い髪の―――――。

 

 

 

 

「……ん」

 

 遠くから聞こえる潮騒、塩を含んだ空気を聴覚と嗅覚、それぞれで感じ取りリアニは目を覚ました。

 

「ここは……?」

 

 起き抜けで未だ回らない頭で、リアニは自身が現状を理解しようと周囲に視線を走らせた。石造りの建物。部屋自体は上等な部類に入るだろう。体を横たえているベッドもかなり質が良い。

 

「どこだろ?ってかこんな所で寝た記憶は無いわね」

 

 ゆっくりと上半身を起こし、徐々に回り始めた頭に残る記憶にこんな部屋に自身の足で入った記憶はリアニには無かった。彼女の最後に残る記憶は……。

 

「シン!そうだ……私はあの子を助けようとして、そして……あっ!」

 

 記憶を確かめる様に思い出した事をリアニは口にしだす。シンという忘れようもない存在、そこから引きずられるように次から次へと記憶が蘇っていく。日の光もロクに届かない暗い海中。

 その中で出会った一人の青年――――否、召喚獣。それは紛れも無く先まで自身が見ていた夢の中にも現れていた人物だった。

 

「思い出した。ってことは、ここはキーリカかしら?」

 

 マジックマスターの姿を思い出し、リアニは完全に目を覚ます。意識を失う前に感じた途轍もない疲労感。体には寝ていたにも関わらず、やけに重い疲労感が纏わり付いていた。

 

 

「その通りだ」

「……え?」

 

 独り言。自分しか居ないと思いこんでいたが故につらつらと口にしてたのだろうが、予想していなかった返答にリアニは驚くよりも前に呆けてしまった。ギギギとリアニには馴染み深い油が切れた機械《マキナ》のごとく首を回したその先には、にやりと不敵に笑う赤い髪の召喚獣、マジックマスターが壁を背に立っていた。

 

「よう、目が覚めたか?」

「あ、え……えええええ!?」

「?」

 

 マジックマスターが部屋に居る驚き、そして独り言を聞かれた恥ずかしさからリアニは思わず叫んでいた。

 

 

 

 

 

 

 リアニは額に手を当てて、うーうーと唸っていた。眩しいまでに肌の一部たる額はうっすらと赤が差している。

 

「い、痛いよ……頭が吹っ飛ぶかと思った」

「急に叫ぶのが悪い。まるで俺が変態みたいじゃないか。それと手加減はしている。そのくらいの加減くらいは出来る」

 

 不機嫌を隠そうともしないでマジックマスターリアニを睥睨する。いきなり有らぬ疑いを掛けられるような叫びをあげられ、その叫びを聞いた駆け込んで来たエボンの僧が、疑いの眼差しを向けて来たのだ。機嫌も悪くなるのは当然だった。

 

「……吹っ飛ばせるんかいっ」

 

 リアニはマジックマスターの機嫌が悪いのが自分のせいだと理解しながらも、その一部のセリフに聞き捨てならない単語が混ざっていることに恐れ慄いていた。肉体派の召喚獣には見えないが、その細身の身体からは想像も出来ない腕力が備わっているのだろう。

 

 

「あ、じゃなくて、ごめんなさい。ちょっと驚いちゃって……」

「驚きすぎだ。第一、なんでそんな驚くんだ?」

「いや、召喚獣って術者が気絶したら送還されるんじゃないの?師匠からはそう教わったんだけど」

 

 現存する召喚獣は全て術者の意思の元で召喚され、その術者が気絶すれば例外なく送還される。それを知っているからこその驚きだった。

 

「うん?ああ、そう言う事か……。まぁ昔は勝手に現れる奴もいるには居たんだがな。……オーディンとか」

「勝手に現れる?」

「ああ、もうシンに祈り子ごと吹っ飛ばされて無くなっちまったんだが八百年くらい前にはそんな召喚獣がいたんだよ」

「貴方もそれに近い感じなの?」

 

 八百年と人間とは明らかに違いすぎる時間感覚が人ならざる召喚獣の故なのだろうが、その話の中で今は無き特異な召喚獣の性質とマジックマスターが似ているのかと勝手に思案する。

 

「んにゃ。違う。こっちで勝手に召喚され続けているだけだ」

「は?ど、どういうこと?」

 

 わざわざ口にするから己と似た召喚獣の話かと思いきや、まるっきり関係無いと言わんばかりの言葉にリアニは困惑してしまう。

 

「お前、なんか疲れてないか?正確には疲れ続けているって感じか?上手く言えなくて悪いんだが」 

 

 リアニはゆっくりと立ち上がる。確かに疲労感は未だに残っている。立っているだけのはずなのに、ゆったりと歩いている様な負荷が己に掛かっていることにリアニは知覚する。

 

「……あ、なんか魔力が少しづつ減っているかも」

「ああ、それだ。お前の魔力を引き換えに俺はこの姿でこの場に居るんだ。一応、お前の魔力が尽きない限りいられるはずだ」

「そんなことが……出来るの?」

「ふん。召喚術と言っても魔法の一部だ。本格的に使うには召喚士の素養が必要だが、俺自身が召喚術だからなある程度、術式には介入できる。こんな風に」

「あ……くっ?」

 

 突然、一秒単位でほんの僅かに減っていた魔力が、急に吸い出され、リアニはふらりとその華奢な体を左右に揺らす。幸いにもそれは一瞬の事で、魔力の減少量はすぐに元に戻る。

 

「あ、悪い。取り過ぎた」

「アンタね……。さっさと戻りなさいよ!」

 

 召喚者の魔力を問答無用で奪い続けるという行動。傲岸不遜、唯我独尊。シンから民を救う可能性を秘めた召喚獣と言う信仰の対象にしては、あんまりにも真逆な態度に徐々にリアニはマジックマスターに対しての遠慮が薄れてきていた。というかここまで自我が強い召喚獣も珍しい。

 

「いや……俺もお前に負担を掛けたくはないんでな。送還されたいのは山々なんだが」

「どういうことよ」

「お前、俺と契約したときの事、覚えてるか?」

「覚えてるわ」

 

 忘れるわけが無い。あの蒼き海底で交わした自身の殻を壊した出会い。それを早々に忘れる様なリアニではない。

 

「本来は一日近くかけて行うのが契約。あの時は一分もかかっていない。緊急事態だったしな。時間を掛けていたらお前が死んでいた。おそらく契約自体は大丈夫だったと思うんだが、大丈夫じゃない可能性はゼロじゃない」

「なら……契約をきちんと……あ」

「気付いたか?そうだ。俺の本体は海底深くに沈んでいる。易々と行ける場所じゃない。もしこれで送還されて、召喚されなかったとしたら……そう考えるとリスクがデカいだろ?」

 

 そんな事になれば、せっかく手に入れた召喚獣を再び失う事になる。それはリアニにとっても、そして限りなく理想に近いマスターに出会ったマジックマスターにしても避けたい事態だった。例え、その代償が魔力が常時減少するというデメリットがあったとしても。

 

「そう……ね。でも貴方はそれで全力で戦えるの?普通の状態でも魔力を使ってしまうんでしょ?」

「率直に言うと無理だな。俺の最大攻撃を一発ぶっ放すと間違い無くお前が死ぬ。魔力がカッスカスになってな」

「怖っ!!え、それって自分の召喚獣に殺されるってこと?」

「ああ」

「ああ、じゃないわよ!?」

 

 無駄に爽やかな笑顔を見せるマジックマスターにリアニの痛烈な突っ込みが入る。確かに命を賭ける覚悟がリアニにはあったが、まさか己が契約した召喚獣にその様な制約があるとは思ってもみなかった。これではマスターと言うよりは魔力のタンクの様なものだ。……しかも容量の少ない。

 

「まぁまぁ。そう怒るな。俺が全力を出すなんてシン位だ。その他の魔物なんて雑魚も雑魚だ。それに今は魔力を補充したから、戦闘が無ければ当分大丈夫だ。まぁ魔物からも魔力は奪えるがな」

「どうやって魔力を補充したの?」

「ん……強奪じゃなくて、献上品がな。まぁブリザガで作った壁を消すのにかなり使ってしまったぞ」

「ふ、ふぅん」

 

 物騒な言葉が耳を入ってきたが、リアニは強引にその単語を聞かなかった事にした。もうこれ以上の面倒事はごめんだった。

 

「まぁ良い。それより風呂に入れ」

 

 空気が変わったのをマジックマスターも感じたのだろう。それまでの会話の流れとはまるで違う事をしゃべり出す。

 

「風呂?」

 

 確かキーリカは、祀っている召喚獣が炎の召喚獣ゆえに地下水が温められ温泉が湧いているというのを聞いたことがあるが、それが何故、この場で出て来るのか分からず、リアニは思わず自身に視線を走らせた。服装はビサイドの寺院の時のまま、数日契約に費やし倒れ、シンに遭遇したり、……風呂どころか水浴びをした記憶、着替えをした記憶も―――――。

 

「―――――――っ」

 

 そこまで考えが及んだ瞬間、リアニは自身の身体が小汚い事に気付く。そしてあまり芳しく無い臭いがする事にも気付く、気付いてしまう。召喚獣とはいえ、強い自我を持ち、その姿はほぼ人と変わらない、むしろ青年としか言えないマジックマスターが近くに居ると突然強い羞恥心がリアニの心に湧き出してきた。

 頬をこれでもかと染め、リアニは着替えを引っ掴むと勢いよく部屋から飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 水浴びを含めなければ、一か月以上ぶりにもなる風呂で、すっかり清潔感を取り戻し代えの服に着替えたリアニは、血行が良くなった以外の理由で頬を染めながらキーリカ寺院で自身に宛がわれた部屋に戻っていた。何故か、擦れ違う寺院の僧達が、畏怖と怯えの眼差しを送っていたのだが、あまり思考能力に余裕が無いリアニはそれに気づかなかった。

 何物を飲み込む暗色の髪がしっとりと濡れ、紅潮した肌がリアニの少女としての魅力をこれでもかと際立たせる。男であれば、そのほとんどを魅了する様な艶やかな姿だったが、それはあくまで普通の感性をもった者に限られる。現にリアニが帰ってくるのを待ち構えていたマジックマスターは見惚れるのみも字も無い。どころか何故か怒気を放ってリアニを睨みつけていた。

 

「ただいま……って、な、なによ?」

「……ウォータ」 

「もがああああっ……!……!?……!!」

 

 帰室を告げる言葉を放ったにも関わらず、リアニの身体は本能から勝手に後ずさったが、マジックマスターを前にその動作は遅すぎた。突如として現れた水塊にリアニの頭はすっぽりと覆われていた。当然、そんな目に遭えば息が出来る訳も無く、リアニは咄嗟に顔に手を当てて水塊を剥がそうとするが、確かな形を持たない流体たる水に手が掛かる訳も無い。虚しく水を掻き混ぜるだけで終わってしまう。

 

「!?……!!!」

 

 それだけでも十分に驚愕するべき状況だったが、何故か水塊はリアニの頭を中心にぐるぐるとまわり始め、だんだんとその色をどす黒く変えていく。端から見ればどす黒い頭をした人型の何かが両手を振って暴れている様見える。

 パチン。と軽快に指が鳴り、今度は暑苦しい風がリアニを襲う。

 

「ぷはっ!?ちょ……マジッのわああああ!?」

 

 ばさばさとリアニの髪が激しく乱れ、それと同時に水気を帯びた髪が乾かされていく。混乱するリアニを放置して。

 

「もう!いい加減にして!」

 

 好き勝手に振る舞うにも程がある。限界を迎えた怒りという感情が爆発する。

 

「というか、説明くらいして……っ」

 

 更に言い募ろうとしたが、リアニは自身の視界に入るそれが、リアニの言葉を途切れさせた。視界の隅に入るそれは、窓から入る陽光を反射しきらきらと美しい光を放っている。太陽の様に人を惹き、月の様に魅了する。金の色を輝かせていた。失ったはずの元の色をリアニの髪は取り戻していた。

 

こふあるぬりゆもふまはみがのふ(もう隠す必要はないだろう)?」

 

 聞き慣れた。それでいて久しぶりに聞く言葉―――アルベド語に思わずリアニはぎょっとしてしまう。人の言葉を返す召喚獣はそもそも前代未聞だが、その上、アルベド語まで介すとは、どこまでいってもマジックマスターは予想外の召喚獣だった。

 

わはさ(あなた)じゃなくて貴方、一体?」

「良いからさっさと行くぞ。もうそろそろ我慢の限界だ。これ以上、この寺院に居たら寺院を吹っ飛ばしてしまうかもしれんからな。……よいしょ」

「吹っ飛ば!?きゃああ!ってどこ触ってんのよ?」

 

 物騒極まりない事を呟きながら、リアニを小脇に抱え、マジックマスターは窓枠に足を掛ける。リアニは自分勝手に行動しまくるマジックマスターに突っ込みが間に合わない。

 目に余りまくるマジックマスターの言葉に知らずリアニの言葉には遠慮と言うモノが完全に消え失せる。それを見てマジックマスターは口角を僅かにあげるだけの微笑みを浮かべ、空へと舞い上がる。

 

 

 

 

 

 

 既にスピラでは失われた魔法の一つ。レビテト。本来の効果は浮遊。自分や物を浮かせる程度の魔法なのだが、魔法を極めし者マジックマスターが使うそれは、途轍もない速度で飛びまわれる超魔法と化していた。左右上下、重力、空気抵抗、そんなモノは知らぬとばかりにキーリカの空をマジックマスターは自由自在に飛んでいた。

 

「お、おろろ、降ろして――――――!?きゃああああああああ!!?」

 

 主たる少女リアニを悲鳴を置き去りにしながら。

 

「やれやれ。せっかくの空の旅を楽しめよ?」

「う……あ、はぁはぁ」

 

 喉元に何かが込み上げて来るのを必死にこらえながら、リアニはようやくその場で止まってくれたマジックマスターの小脇で息を整える。熱帯地方に位置するキーリカ特有の暑い風がリアニの冷や汗を吹き飛ばし、髪が靡く。

 

「ね、ねぇマジックマスター?ちょっと聞きたいんだけど」

「あの田舎の港町がこんな風になるとはな。時の移り変わりとは……ん?どうしたマスター吐きそうなのか?」

「違うわよ!話を捻じ曲げないでよ。なんでアルベド語が分かるの?ってかいつ気付いたの?私がアルベド族だって……髪も染めてたのに」

 

 少し拗ねたように黒かった髪を、今は金髪に戻った髪を懐かしそうに指で遊ばせながら、疑問に思っていたことを取り敢えず聞くことにする。多少強引とは思ったものの、このままではいつまでも流される何故かリアニはそう感じていた。

 

「アルベド族だってのはすぐ気付いたよ。契約の時にな。あれは心を交わすからな。ってか俺を舐めてんのか?髪を染めてるか染めてないかなんて一目で気付く」

「そういうものなの?……あ、でも言葉はどうして?」

「俺の前のマスターはアルベド族だったからな」 

 

 さらっとマジックマスターは言うが、リアニにとっては聞き流せる事では無い。

 

「嘘っ!?」

 

 エボンの教義に反し機械を使う異端の民、アルベド族。その中で召喚師になろうという例外がまさか自分以外にもいた上に、それがマジックマスターを唯一従えた召喚師だということにリアニは驚いた。

 

「そんな話、一族の誰も知らなかった。師匠も仰ってなかったから、多分師匠も知らないと思う……」

「お前が寝ている間に寺院の歴史書を幾つか読んだが、アルベド族は故郷を失っているからな。そもそも、あいつの事を知っているアルベド族も極僅かだったし。……後は、隠していたんだろうエボンの連中がな」

「……有りえるわね」

 

 公にはエボン教はアルベド族を迫害していない。だが、そのアルベド族たるリアニはそれが嘘であると知っている。民衆はそうでもないが、位の高い僧や僧兵には暴力を持ってアルベド族を排斥しようとしている。かつてその身に浴びた暴力を思い出し、リアニは華奢な肩を震わせた。

 

 

「そう暗い顔をするな。見返すって言うのも十分な理由だが、お前はそれだけじゃないだろ」

 

 そう言って、マジックマスターは小脇に抱えていたリアニの顔を地面が見える様に傾けた。

 

「ひゃああ!?お、落ちるっ」

 

 戻せ、いい加減にしろと足をパタパタさせてリアニは抗議と抵抗を繰り返すが、マジックマスターは一向に動く様子は無い。やがて好転する気配が無いのをようやくリアニが悟り、諦めたようにぐったりとその体を腰に巻きつく腕に預けると、眼下には驚く様な光景が広がっていた。

 

「あれって……?」

 

 眼下に広がる光景は南海の貿易の拠点として名高いキーリカの街並み。浅瀬の上に木の板を張り巡らせた独特の建築様式は海と人の近さを象徴する様で言い表す言葉が無い程に美しい。だが、それ以上に目を引くのは所々に焚かれたキーリカの寺院を象徴する火と、それを囲む人々だ。まるでお祭り。数年前にナギ節を思い出させるような祭囃子がキーリカ全体に鳴り響いていた。

 

「倒せはしなかったが、シンを追い払ったからな。余程嬉しかったんだろう」

 

 自分がそれを為したとは思えぬ程に他人事の様にマジックマスターは呟いた。シンを倒すという一大目標を掲げる彼としては、シンが倒されたわけでもないのに、良く騒げるもんだと少々呆れていた。というか、どちらかと言えば、マスターたるリアニの実力からあれ以上の戦闘が無理だっただけに、見逃された感が強い。それがマジックマスターにはどうにも許せなかった。

 

「まずはコイツを鍛えんとな……」

「……うん。助けられて良かった」

 

 危なすぎる程に真剣に考えるマジックマスターに、その彼の力を借りてとは言え、多くの人を救えて心の底からリアニは喜んでいた。心を交わした召喚士と召喚獣にしては微妙に噛み合わない二人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふわりと二人分の重さが有るなどとは全く感じさせずにマジックマスターとリアニは未だお祭り騒ぎ冷めやらぬキーリカの街中へと着地する。人が空から降ってくる。召喚獣や魔物、魔法が有るスピラ成れど、それは普通は目にする事の無い非日常の光景だ。突然すぎる事態に二人を目撃した人々を中心に一瞬、祭りの喧騒は絶えてしまう。

 だが、それは嵐の前の静けさに過ぎなかった。

 

「マ、マジックマスター様だ!!」

「リアニ様もいらっしゃるぞ!」

「マジックマスター様!リアニ様!」

 

 どっと爆発するような声があちらこちらから湧き上がり、瞬く間に二人を飲み込む。

 

「な、何……?」

 

 リアニは何故、こんな事態になっているのか分かっていないようだったが、二人が……正確にはマジックマスターがシンが生み出した大津波を防いだ事は既に周知の事だった。というかキーリカに迫って来た津波を丸々凍らせた高さが百メートルもの大氷壁が目立たないわけが無い。

 ましてや、そのマジックマスターの主、リアニが新たなる大召喚士候補として祭り上げられるのは考えられて当然だろう。

 

「あ……どうも……え……はい」

 

 頑張って下さい、期待しています。ありがとうございます。お礼に混じりナギ節を希望するキーリカの民の言葉にリアニはユウナがビサイドを出立する際に催されていた祭りを思い出していた。

 

(ここでも……シンの呪縛が……でも皆これが普通だと思っているんだ)

「う……っ」

 

 望まれているわけではないと思いながらも、キーリカの人々が向ける感情が最終的に死に繋がる事を理解しリアニはまたもや嘔気を覚える。

 

「リアニ様!?」

「大丈夫ですか?」

「あ、大丈夫です。ちょっと疲れが出てしまって、すいません」

「悪いな。ちょっとマスターを休ませるんでな。まぁ後はそれぞれで楽しんでくれ」

 

 リアニを気遣う人々の声も、心底リアニを心配しているのだろう。だが、結局は……。矛盾する思考に人々は気付かない。否、気付けない。そんな人々を背にリアニはその場を後にした。ぶっきらぼうなマジックマスターの言葉の方が何倍も心が癒される。そんな不思議な気持ちを覚えながら。

 

 

 

 

「悪いな。まさか、ここまで酷いとは思ってもみなかった」

 

 人気がほとんどない桟橋に腰かけ顔を青褪めさせているリアニにマジックマスターの謝罪の言葉が降りかかる。彼にとってもスピラの人間の価値観がここまで歪んでいるとは思っていなかった。本来なら自信があまり見られない彼女に、己が助けた人々を見てもらって元気づけるつもりだったのだ。

 

「貴方でも謝れるんだ。……ここまでってどういうこと?」

「やれやれ失礼なマスターだ。……俺が生身だった頃……八百年位前はまだ人はシンと戦う気概があった。そもそも、シンが現れて二百年……あの頃は究極召喚なんてモノが本当にあるかどうかも怪しかったしな」

「え……なんで?」

「エボン教もここまで大きくなかった。それにザナルカンドだぞ?シンに滅ぼされた僻地も僻地になんでそんな召喚獣が残っているってんだ?ユウナレスカ?ゼイオン?エボン教が根拠も無い事を言っているそんな認識だったんだよ。まぁ偉そうな奴は相変わらず居たがな」

 

 シンがユウナレスカに討伐されたのは九百九十年前。だが当時はシンが現れたばかりでスピラは乱れに乱れ、当時の様子を正確に表す物は無かった。それに……。

 

「八百年前はまだ機械文明がある程度残っていた。それに召喚獣ももっと居たんだぞ。それこそバハムート級の召喚獣だってな」

 

 人々にはまだ戦えるだけの武器が残されていた。あるかどうかも分からない究極召喚や、根拠の無い機械を捨てろというエボンの教義を信じる者は少数派だった。シンがユウナレスカ以外の人物に討伐されたのは四百年前、それを為した人物はガンドフ。そして次が二百九十年前、百年前、十年前と続く。見てわかる通り、究極召喚によってシンを倒すのが通例となったのはここ四百年の事だ。

 何故か、それは人々が持っていた武器がことごとく失われていったからだ。機械を製造する工場は破壊され、機械を修理する人も徐々に死に絶え、技術は衰退する。召喚獣もそうだ。シンが襲う街、集落に祈り子があったら?召喚された肉体は倒されてとしても祈り子が有る限り、再び戦う事が出来る。だが、祈り子が失われれば、永久に失われてしまう。

 現にマジックマスターを祀っていた寺院も五百年前にシンに襲われ海中に没してしまった。幸か不幸か、祈り子の本体が無傷だったため、こうして召喚されているが、それは奇跡の様な偶然だった。

 そう四百年前にシンが究極召喚によって倒されたのは、もうそれ以外に縋るものが無かったからだ。

 

「もうその祈り子達は無くなっちゃったのかな?」

「分からん。探せば幾つかは有るかも知れないが……なんとも言えない」

 

 その失われた召喚獣に思いを馳せていたのだろう。マジックマスターはまさに言葉の通り、なんとも言えないよう表情を浮かべていた。

 

「あのさ、その中に炎の鳥とか、大きな鎧の召喚獣とかいなかった?」

「フェニックスとアレクサンダーか……って何故それを知っている?」

 

 リアニの問いにふとマジックマスターが疑問を覚えた。

 

「いや……あの夢で」

「……夢?……召喚獣は祈り子の夢。ならばその召喚獣と感応できる召喚師なら……あるいは」

「え、どうしたの?」

「あ、何でも無い。お前が見たの多分、俺の過去だろう」

 

 リアニが見た夢はやはりマジックマスターの過去だった。つまり、あの戦いは八百年前に実際、スピラの何処かで開かれた戦端だったのだろう。

 

「やっぱり……でも八百年前にシンが倒されたって事は無かったはず」

「そう、負けたんだよ俺達は……俺は。……ちっ行くぞ。これ以上話していてもしょうがない」

「ちょっ……行くって?」

「このままザナルカンドまで行く。行く先々の寺院に寄りながらな情報を集めつつな」

 

 途端に機嫌が悪くなったマジックマスターは乱暴に立ち上がる。まるで探られたくない腹の中身を隠す様に、これ以上は聞いてくれるなと態度から滲み出ていた。

 

 

 

 

 

 

「何故、こんなことに……」

「ふうん。結構、失伝した魔法って多いんだなぁ……そういや俺の寺院にその類の本がやたらあったなぁ……」

 

 リアニがやや落ち込みながら歩き、そしてマジックマスターが興味深そうに頷く。

 今、マジックマスターとリアニはキーリカの寺院に向おうとしててユウナ一行と肩を並べて歩いていた。

 本来なら一路ザナルカンドに向かう為に、ルカ行きの船に乗船するところだが、リアニの荷物を完全に無視して寺院からマジックマスターが飛び出してしまった為、今はその回収に向っているところだった。空を飛ばないのはリアニが拒否したせいだ。高所恐怖症では無いが、あの超スピードは出来れば遠慮したい。

 そんな寺院へと向かう道中、マジックマスターはルールーとの会話に華を咲かせていた。マスター、リアニをほったらかしにして。

 

(なにさ、わたしを無視して……ってか名前も聞いてこないし)

 

 アルベド族とか気にしないと言ってた癖にと心の中で付け足しながら、リアニは一行の一番後ろをとぼとぼと付いていく。しかし、よく見るとなんとも人数が多いうえに個性的なパーティだろう。

 まず召喚師たるユウナ。先のナギ節をもたらした大召喚師ブラスカの実子。

 グラマーな黒魔術師ルールー、常夏のキーリカにも関わらずに黒尽くめのロングスカートなのだが……よく見ると太腿がちらちらと見える。

 なぜかブリッツボールを左の二の腕に着けた青年ワッカ。そう言えばシンにブリッツボールを投げていた等とリアニは正気を疑う。

 そしてロンゾ族キマリ、ロンゾ族は霊峰ガガゼトを守ることを一族の誇りとしていると言うのに何故、こんなところに居るのか不明。

 最後に何処かこのスピラの人間とは異質の空気を纏う少年ティーダ。

 こうやって寺院に向かう途中でもキマリ以外は緊張感と言うものがほぼ無い。討伐隊の面々がシンの襲撃のせいでその体から生まれたコケラに気を付けろと言っていたはずにも関わらずだ。一人で旅をすることが多かったリアニとしては信じられない事である。

 皆の背後から周囲を警戒している自分が馬鹿みたいに思い始めた頃、そんな彼女にユウナが声をかけてきた。

 

「ごめんなさい、ビサイドにはルールーより魔法が出来る人がいなかったんで色々と聞きたいんだと思います」

「え、ああ、別に気にしてないから」

 

 緊張感が無いことに溜息を吐いていたリアニに自らの召喚獣がとられて溜息を吐いたと勘違いしたユウナが謝ってくる。

 

「そうですか、ありがとうございます……えっと……」

「ん、リアニよ」

「リアニさんですか、私はユウナと言います」

「ユウナ……あの大召喚師の……?」

 

 互いに名乗り合い、リアニは分かっていながらも知らないふりをする。というか個人的な理由でユウナとリアニは繋がりがあるのだが、それを知っているのはリアニ側の親族だけだ。

 

「ええ娘です」

「やっぱり……でも大変じゃない?それだけ親が有名だと」

「はい、ふふ」

「ん?なんか、あたし面白こと言った?」

「いえ、そんな事を言われたのは二度目だなって思って」

 

 召喚なぞ出来て当然、期待しか受けてこなかった彼女の人生の中で、彼女自身を心配されたのはあまりにも少ない。大抵のエボンの民はユウナが大召喚師の娘だと分かると新たなナギ節をお願いしますや、父に対する礼ばかり。

 もちろん、ユウナ自身も民の期待に応える事こそ当然と思い暮らしてきた。

にも関わらず、ティーダに続いてリアニのユウナ自信を労わる言葉を僅か数日の内に立て続けに聞き、思わず笑みが零れたのだ。だが微笑むユウナとは裏腹にリアニは釈然としない気持ちを抱いていた。

 そんな小さな気遣いすらも出来ない程、エボンの……否、スピラの民は疲弊しているのだと、再び思い出してしまったからだ。

 微妙な空気が流れ、二人は知らず黙りこくってしまう。リアニが心中でやるせない気持ちを抱いている中、ユウナの頭にはとある事がよぎっていた。

 それはマジックマスターと契約を交わしたいという気持ち。召喚師は召喚獣と契約することでその力を成長させ、そして究極召喚へと至る。現存する召喚獣に加え、失われた召喚獣たるマジックマスターと契約を交わせばより究極召喚へと至る可能性が高まると彼女は考えたのだ。

 だが、没頭する思考もマジックマスターの声に寸断される。

 

「動くな!」

 

 周囲を射抜く様にマジックマスターは視線を飛ばす。

 

「quyyyyyyyyyy!」

 

 甲高い鳴き声をあげながら、一行を襲おうとしているのは昆虫―蜂―型の魔物キラービーや爬虫類型のディノニクス、雷を操るイエローエレメントが入り混じる魔物の群れであった。討伐隊に追いたてられたのか、皆一様に殺気立っていた。

 さらに不味い事にキーリカの寺院へと向かう道は鬱蒼した森の中、視界には映っていないが、まだまだ敵に囲まれている恐れがあった。

 

「おいおい!いきなり囲まれてんじゃねぇかよ!」

「……!」

 

 ワッカとキマリがそれぞれ自身の獲物を構え、ユウナを守る陣形を取る。

 

(え……やっぱりブリッツボールが武器なの?ちょっと改造してるみたいだけど……本気?)

 

 戦闘状態に入ったにも関わらずリアニはそんなのん気な事を考えていた。先日、シンと正面からぶつかる羽目になった為、この程度の危機では動じなくなっていたのだ。流石スピラ最大の魔物、そこらの雑魚とは比べる方がどうかしている。

 

「シンが来たから魔物が活性化して仕事が忙しいって討伐隊の人が言ったわね……」

「追いたてられた魔物が群れをなしてそれに対抗したってところかしらね」

 

 リアニが愛用の鞭剣を両手に構え、そう口にしルールーそれに自分の推理を付け足した。

 

「えっとキラービーは確か氷……」

 

 ひゅんと風の刃が今まさに弱点属性の魔法を放とうとしたルールーの脇を駆け抜け、キラービーを真っ二つにしてしまう。

 

「ちっもう死にやがった。……勿体無い」

 

 心底悔しそうに呟くマジックマスターにルールーは開いた口が塞がらない。マジックマスターが失伝魔法を扱うことは知っていたし、シンとの戦いで遠目で見てはいたが、目の前で繰り出されるのは、やはり驚きが違う。

 

「あ、あの今のは?」

「あ?風の初歩魔法エアロだが?」

 

 マジックマスターを中心に薄い円が辺りを作られ瞬く間に魔物の群れの足元を通り抜けていく。魔物達は只ならぬ何かを本能で察したのか動くことすら出来ないというか、例え反応できたとしても、キーリカに住む雑魚もいいところの魔物に今マジックマスターが放とうとする魔法を防ぐ手は無い。

 

「アスピガ」

 

 複数の対象から魔力を奪うアスピルの上位魔法アスピガにより、魔力を根こそぎ奪われ魔物達は消滅していく。周囲のあちらこちらに居た魔物が瞬く間に屠られたことに、皆は目を見張り呆然とすることしか出来ないでいた。そんな皆の様子を気にした様子も無く、マジックマスターは周囲を一瞥し一言。

 

「魔力の足しにもなりゃしねぇ」

 

 心底つまらなそうにそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 あれほどいた魔物を僅か数秒で蹴散らしたマジックマスターは物足りなそうに息を吐き、さっさと寺院への道を歩いて行く。しかしエレメント系の魔物が他の魔物よりも多かったおかげでそれなりに魔力を回復できたのか、すたすた歩くマジックマスターの機嫌は良さそうだ。

 魔力を温存するには体を構成する幻光虫を減らせば良いのだが、それをすると体が透けてしまい更に耐久力も減少してしまう。というか透ける程に幻光虫を減らせば、人々からの注目は避けられない。エボン教嫌いたる彼がそこらの一般人ならいざ知らず、エボンの僧にそんな目で見られた日には自分を抑えきる自信は彼には微塵も無い。

 

「行くぞ」

 

 マジックマスターはリアニを振り返りそう言い放つと、両手をポケットに突っ込み歩き出した。赤髪が彼の意思の強さを表しているように太陽の日を受けて輝くさまはそれだけで力強い。そんな彼が他の誰でもない自分を見てくれた事に恥ずかしながらも嬉しさが込み上げたリアニは軽やかに駆けるとマジックマスターの隣へと並び立つ。

 そんな何処か嬉しそうに己の隣に歩くリアニを目を細めながらマジックマスターは眺めていた。自分の隣を歩く眩い金髪、既視感が彼の体を駆け抜ける。かつての主と共に歩んだ時を彼は思い出す。

 生きて彼女と共に歩んだ時の何倍もの時間を、このスピラに留まっていたがその全てと言っていい時をただ流れ行くままにみっともなく過ごしてきた彼にとっても、その記憶は眩いばかりに鮮明に覚えていた。

 彼女が彼の名を呼び、彼が彼女の名を呼ぶ。

 ただそれだけの事でも今振り返ればなんと尊いものなのだったのだろうかと、その絆が究極召喚に至ると盲目に信じたあの頃が懐かしくもあり、腹立たしかった。

 そこまで考えていて、ふとマジックマスターはある事に思い至った。

 

「あ、お前名前なんだ?」

「やっと聞いてくれた……ってか遅すぎよ!」

 

 本来なら最初に聞くべき問いを今更、聞かれリアニは思わず怒鳴る様に突っ込みを入れてしまう。

 

「悪い悪い。いきなりシンと戦ったりとか予想外過ぎる事態だったん忘れた。悪りぃな」

「悪りぃなってどんだけ軽いのよ。はぁ……確かに聞く暇がなかったかもしれないけどさ」

「というかお前から名乗れば良かったじゃないのか?」

「っ」

 

 マジックマスターからの指摘にリアニは口を紡ぐ。名前を名乗ろうとして、名乗らんでもいいとか覚える気は無いとか、そんな事を言われたらどうしようかと悩んでいたとは言い出せない。故にあんたがそれを言うか!っという台詞は胸の内にしまう。

 

「で名前は?」

「リアニよリアニ」

「ふぅん、リアニねぇ。まぁよろしくなリアニ」

「……うん、よろしく」

 

 名前を聞かれてなかった事を微妙に悩んでいたリアニに対し、何事もなかったように今更ながらの挨拶をするマジックマスターに肩を落としながらリアニも応じる。その表情には悩んでいた自分が馬鹿らしいかったと後悔する感情が滲み出ていた。

 だが、そんな主の機微なぞ全く感じていないマジックマスターは未だ唖然とするユウナ一行と距離が離れて事を確認すると彼女に一つ忠告をする。

 

「ああ、あと間違っても、アルベド族だってのは口にすんなよ。他の奴らは分からんがあのガタイの良い奴は間違いなく頭が固いタイプのエボン教徒だな。いちいち突っかかられても面倒だろ?……そんな事になったら俺がぶっ飛ばしかねんし」

 

 少数民族である事と、アルベド族としての身体的特徴を極力隠す者が多いアルベド族を一目で見極められる者は実のところ少ない。ちなみにアルベド族の特徴は金髪とエメラルド色に輝く渦巻く虹彩。ついでに言えば金髪は他の種族でも居るし瞳は良く見なければ分からない。

 現にユウナ一行とキーリカの人々はリアニがアルベド族と気付く者は居なそうだった。しかしながら、アルベド族だというだけで嫌悪するものも多い、言わずに済んで軋轢を避けられるならそれに越したことはない。

 

「そういうなら髪の色落とさないでよ……」

「そう言えばそうだったな」

 

 忠告をしておいてリアニがアルベド族と看過される可能性を高める原因を作った男はのん気に言い放つ。一瞬、怒気が覚えるリアニだったが、彼が次に発した言葉によりその怒気も吹き飛んだ。

 

「まぁ、良いじゃねぇか。染めてた割に髪質も綺麗だし金髪の方が似合う」

「な、なに言うのよ」

 

 思いもよらなかった褒め言葉に年頃の少女らしく頬を艶やかに染めるリアニ。従召喚士して長らく師匠とともに過ごした彼女には刺激が強すぎたようだ。

 

「やっぱりその瞳には金髪だな」

「……」

 

 マジックマスターのよく分からない理由に一瞬でも喜んだ自分が馬鹿だったとリアニは恥ずかしさと怒りを抑えるとともに黙り込む。

 

(……あぁもう!?)

 

 そのまま、やり場のない怒りをため込むリアニとその原因たるマジックマスターが無意識に歩幅を合わせながら歩いているとようやくユウナ一行が追いついてきた。

 

「待って下さーい!」

「先に行くなよな!」

 

 ユウナとティーダがそれぞれ声をあげながら二人に合流する。その後ろをキマリがぴったりと付き、ワッカは走りにくそうなルールーにペースを合わせていた。

 

「遅いのが悪いだろ」

 

 ユウナ一行に大した興味が無いマジックマスターは、悪びれること無くそう呟いた。

 

「いやぁ、ルールーが急にボーっとして動かなくなっちゃってさぁ……いったあぁぁ!?」

「口は災いの元よあんた」

 

 ティーダが余計な事を口にした瞬間、ルールーがティーダの耳をつまみあげ、痛みからティーダは大声をあげ悶える。ルールーは、いつものクールさをなんとか保ちながらも、恥ずかしさからか少々頬が赤い。

 

「お前ら何やってんだ?」

 

 やれやれと肩を竦めながらもマジックマスターは歩みを止めない。多少、今の魔法に興味はあったが、さっきのルールーの様子から得るものは無いと判断したため、彼らとお喋りをする益は少ない。寺院に行って荷物をさっさと回収したいと考えていた。

 ところだったのだが、無遠慮な言葉にそれも阻まれた。

 

「全体、止まれ!」

 

 討伐隊と見られる色黒の少年―ガッタ―が一行の前に立ち塞がり、その脇から彼よりも年上と見られる青年―ルッツ―が現れた。

 

「どうした?寺院に行きたいんだが」

「い、いや、あの……」

 

 行く手を阻まれ明らかに不機嫌な様子でそう言い放つマジックマスター。彼の真正面に立ち、その長身から生み出される威圧感にガッタはたじろいでしまうが、長年討伐隊に従事するルッツはそれには動じず、マジックマスターの質問に素直に答えた。

 

「俺の後ろの魔物が見えるか?」

「ん……ああ、オチューかあれは?」

「ああ、あれはこの森の主オチュー、討伐隊の手にも負えない凶暴な奴だ、ここは無駄な戦いを避けろ」

 

 寺院へと続く通路を塞ぐように眠るのははぐれオチューと言われる魔物。無駄な戦いを避けろとルッツは言うが、この道を通るなと言うなら迂回路を通って寺院に向かうより他は無い。ただでさえ歩くのを面倒臭いと思うマジックマスターがそんな事に従う訳も無い、それに彼にとって魔物は魔力を回復する獲物。どちらにしても戦わないという選択は最初から存在していなかった。

 

「お、おい!話を聞いていたか?」

「ああ、ちゃんと聞いてたぜ。……これだけデカけりゃ、多少は魔力があるだろ」

 

 先に戦った魔物達の数倍を越える巨躯を誇るはぐれオチューにマジックマスターは魔力を揺らめかせ無造作に歩いていく。先に奪った魔力を使い潰す勢いで魔力を纏わせるマジックマスターに一行は口を出せず、ただ彼の背を見ていることしか出来ない。

 全く気配を隠そうともしないマジックマスターに、はぐれオチューが気付かない訳もなく、触手の攻撃圏内に彼が踏み込むなり、無造作に接近した愚か者を打たんと唸りをあげて二本の触手が襲い掛かる。人では視認するのも困難なスピードのそれはマジックマスターの右肩と左腿を挟むように放たれた。片方に注視すれば片方への警戒を疎かにしてしまうそれを彼は一歩だけ後ろに下がり避けたばかりか、右肩に振るわれた触手に至っては容易く掴み取ってしまう。

 

「遅い」

 

 マジックマスターがとんでもない悪人面でそう呟いた瞬間、はぐれオチューは魔物なりの知能で悟った。彼が自分を敵としてではなくただのエサとしてしか見ていない事に、長年この森のヒエラルキーの頂点に君臨したために忘れかけていた本能が溢れんばかりの恐怖を吐き出し逃走を喚起する。

 本能の赴くままに形振り構わず逃げようとするが、触手がまったく動かず逃げる事は叶わない。それどころかはぐれオチューの触手はマジックマスターが触れているところからどんどんと石化していく始末。

いつの間にか彼が唱えた石化魔法ブレイクの効果であった。

 

「逃がさねぇよグラビド!」

 

 左手から不可視の重力弾が数多放たれ、はぐれオチューの体をまるで紙のように穿っていく。

 

「――――――――――!!!?」

 

 向こう側まで見える程の風穴が幾つも開けられ、素晴らしいまでに風通しの良くなるはぐれオチュー。植物型モンスター故に声帯を持たぬが為に音無き悲鳴をはぐれオチューはあげるが、例え、聞こえていたとしてもそれに耳を貸すマジックマスターではない。

 容赦無くグラビドを連発し、あっという間に巨体を傾かせひくひくと痙攣するまで追い詰める。

 抵抗する力をはぐれオチューが失ったのを見るや、マジックマスターは左手を再び前に翳し、魔力吸収魔法アスピルを発動させ、その魔力を余さずその身に取り込んだ。だが無事に魔力を補充したはずの倒したマジックマスターの顔が一瞬にして不機嫌に染まる。

 

「ちっこいつまるで魔力がねぇ」

 

 キーリカの森の主はぐれオチュー、体力こそそこらの魔物の十倍以上をを誇る彼だが、実はその魔力は他の魔物とほとんど変わらない、むしろイエローエレメントと比べると四分の一しか持ってなかったりする。そんなはぐれオチューに対してブレイクとグラビド数発は使った魔力の方が数倍という割に合わない結果だった。

消えゆくはぐれオチューに凄まじい怒りの視線を向けるマジックマスター。

 徐々に使える魔力が減っていくことに地味にマジックマスターは苛立っていた。雑魚ならいざ知らず、強敵が現れれば、苦戦しかねない。その位の魔力しか既に残っていなかった。

 そんな殺気を隠さずに放出する彼に声をかける強者が居た。

 若き討伐隊員、ガッタとルッツだ。

 

「すげー!」

「やるな……あんた、まさか一人で倒すとな流石ガードだな」

 

 子供のようにはしゃぐガッタと心底、感心した様子のルッツ。ルッツはマジックマスターをユウナのガードと勘違いしているようだがマジックマスターは特にそれを否定するような事はしない。褒められてまんざらでもないとかでは無く面倒臭いだけだ。

 説明しても説明しなくても自身のやることは大差ないし、今は戦闘後ということもあって怠いのだ。しかもその戦闘がただの魔力の無駄な浪費となれば怠さも天元突破だ。

 

「先輩!負けちゃいられませんね」

「もちろん負けられないさ」

 

 マジックマスターの様子に気付いた様子も無くガッタは興奮気味にやる気を出していた。ルッツは討伐隊が出来る事出来ない事を良い意味でも悪い意味でも理解しているが、後輩のやる気を削ぐ事はせず落ち着いた様子で相槌を打つ。

 彼の出来る事はいずれガッタ自身に訪れる討伐の無力を自覚して挫折しないように導くことだ。

 

「シンを倒せ!かわいいあの子も振り向くぞ~!」

 

 片手を振り元気よく去って行くガッツをマジックマスターは眩しいものでも見る様に目を細めて見つめていた。傍から見ると睨みつけているようにも見えるのはご愛嬌。

 

「どうしたのマジックマスター?」

「いや、なんでもないさ。さっさと行くか。道中、魔物が出りゃいいんだが」

「物騒な事言わないで……」

 

 訝しがるリアニに問いをさらっと受け流しマジックマスターは再び歩き出し、軽い口調で呟く。多くの旅人の願うこととは丸っきり正反対の希望を口にするマジックマスターにリアニは嫌な顔を浮かべ力無く言い返す。ちなみに力無くなのは魔物が出なければマジックマスターの魔力が補充できない事を理解しているからだ。

 それが自身の実力が無いせいだと分かっているだけに声高らかに文句は言えない。鬱蒼と茂る木々が生み出す影はまるで今の自分の心を表しているようだとリアニはため息交じりに思うのだった。

 

 

 

 その後ははぐれオチューのような大型の魔物どころか、小型の魔物すらほとんど姿を見せずに一行はキーリカ寺院へと続く階段へと辿り着いていた。長い階段を眺めるマジックマスターの顔が見る見るうちに険しくなっていく。

 

「どういうことだ……ちっ、こうなったら……あいつらから」

「ダ、ダメよそれだけは!」

 

 明らかにヤバい視線でユウナ一行へと視線を飛ばし始めたマジックマスター。それが何を意味するのか瞬時に理解したリアニは流石にそれは不味いと止めに入る。召喚師一行から魔力を奪う召喚獣なぞ前代未聞だろう。

 

「……ダメか?」

「……ダメよ。あ、あのさ、わたしから取る魔力増やせばいいんじゃない?」

 

 人には迷惑は掛けられないが、まだ自分ならマシと己の魔力を使えと視線に込めて彼女は言う。

 

「はぁしょうがない。我慢するよ」

 

 自身より大分背の低い主を見て溜息一つするとマジックマスターは大人しく階段を歩く事を渋々決心し歩き出す。流石に主に迷惑をかけるのは忍びない……とかではない。

 

「良いの?ちょっと位だったら別に使っても」

「いや、ぶっ倒れたお前を背負うのも面倒だし」

「え……あんた、そんな魔力をユウナ達から奪おうとしたの?」

「ああ」

 

 今更ながらマジックマスターがやろうとした事に冷や汗をかくリアニだった。

 

 

 

 

 

 

 長い階段を大分上がった少し大きめの踊り場に何故かワッカが率いるビサイドオーラカの面々が準備体操をしていた。ワッカはそれを見つけるや、大きな外見に似合わず軽やかに階段を駆け上がりチームメンバーと合流を果たす。

 

「ふふふ……」

 

 あれだけ階段を上ったにも関わらず息を切らさず笑うワッカ。ユウナ一行は特になんの感想も抱いていなかったが、リアニ、マジックマスターのコンビは酸素欠乏で頭がどうかしたのかと訝しい視線を彼に送っていた。彼が笑う理由が皆目見当つかない。

 

「この石段はな由緒正しき石段なのだ、オハランド様が現役時代にここでトレーニングしていたのだ!」

「ふふふ……」

 

 ワッカがしたり顔で説明しビサイドオーラカの面々が笑い出す。妙な気配に包まれて不気味な雰囲気を彼らは醸し出す。そんな彼らの雰囲気を気にした様子も無くマジックマスターは首を傾げていた。

 

「おいリアニ。オハランドって誰だ?」

「知らないの?ってそうか八百年前から召喚されてないんじゃ分かんないか」

「より正確には五百年前から海の藻屑だった……ってか説明してくれ、まさかエボン教でも有名な老師じゃねぇよな」

「違うから殺気を垂れ流さないで……二百三十年位前にシンを倒した大召喚師よ」

 

 熱心なエボン教信者たるワッカが心酔する人物を自身が大嫌いなエボン教の偉人かと思い至り思わず語尾が荒くなるマジックマスターだったがリアニの説明を聞き殺気を霧散させる。

 

「ふぅん、ってか召喚師が階段でトレーニングってどういうことだ?」

 

 確かに体力作りはありとあらゆる分野で必要とされることではあるが、それにしたってキーリカ寺院に続くこの階段は長すぎる。

 

「ああ、オハランド様はキーリカ出身のブリッツボールの選手だったのよ」

「へぇ~それでか、あやかりたいとかそんなとこかね」

 

 ワッカがブリッツボールの選手ということをなんなく理解していた彼は納得したように頷いていた。

 

 

「よぉい!」

 

 明るく右手をあげてビサイドオーラカの面々とティーダの階段早上がり競争のスタートの合図をするユウナ。彼女の言葉にスタートダッシュを取らんとする中、ユウナはよぉいと掛け声を言うだけ言ってさっさと一人でいたずらが成功した子供の様に笑いながら階段を駆け上がってしまう。

 召喚師の行きつく先が分かっているにも関わらず、あれだけ元気なのは元の性格なのか、悲壮感を皆に見せたくないのかまでは彼には分からない。

 

(そういえば、あいつも能天気の塊みたいな奴だったな)

 

 彼の元マスターも無意味に元気だったなと懐かしさが込み上げた。

 

 

 

「あ!?ずっこい!?」

 

 ユウナに大きく後れを取る形となったビサイドオーラカの面々とワッカ達も急ぎユウナに追いつかんと走っていく。ティーダは一人状況が読めず呆然とそれを眺める事しか出来なかった。

 

「やれやれ……お気楽にも程があるな――――――――――――っ!?」

 

 肩を竦め苦笑を浮かべていたマジックマスターだったが、突然階段の上方に現れた気配を感じとり顔を険しさ一色で染め上げると階段を勢いよく昇り始める。気怠そうに歩いていた人物とはまるで別人の様であった。

 

「ど、どうしたのマジックマスター!?」

「獲物だ!」

「なんなのよ!もう!!」

 

 大声を一つ上げるとマジックマスターは主たるリアニを放っておいてさっさと階段の駆けて行く。まるで主を気にした様子を感じさせないマジックマスターにリアニの中にあったマジックマスターへの敬意ががりがりと減っていき、代わりにイラつきが増していく。

 イラつきを糧にリアニはマジックマスターを追うべく階段を駆け昇る。幸いアルベド族は海洋で過去の機械文明の遺産をサルベージを頻繁に行っている為、肺活量、スタミナは人と比べてかなり高い。

 こんな階段程度で息が上がる程リアニは軟弱では無い。追いつくことこそなかったが、マジックマスターを見失わずにその背を追いかける事が出来た。やがて階段が途切れマジックマスターの姿がその先に消える。

 それと同時に二十代とは思えないほど頭が寂しい青年ダットがマジックマスターと入れ替わる様に姿を現した。まるで階段を転がる様に降りる彼は焦ったように叫び声をあげていた。

 

「ま、まずいっす~!!」

 

 なにがまずいのよとリアニがツッコむ間もなく階段を下りていくそのスピードは万年最下位のチームのそれとは思えず、場違いにリアニが感心してしまう程だ。

 

「早く!手伝え!シンのコケラだ!」

「まさか、先日の!?」

 

 そんなリアニに階段の上からワッカが怒鳴る様に言葉をかけ、コケラと聞いた瞬間にリアニの体から冷や汗が流れ出る。シンは体から離れたコケラを回収しにくる性質を持っている。

 ワッカの言うことが正しいなら、まだこの近辺にまだ居る可能性が高いシンをコケラが呼び寄せる可能性は非常に高い。早々に排除する必要がある。鞭剣を取り出しリアニは階段の先に設けられた広場へと躍り出る。

 そこには巨大な貝のような殻と地面から二本の触手を生やした異形の怪物シンのコケラ・グノウとそれに立ち向かうマジックマスターの姿があった。

 触手は先が四つに分かれ、それが個別にマジックマスターを突き刺さんと鋭い突きを放つが、マジックマスターの体捌きによりあっさりと躱され地面を穿つことしか出来ない。幾ら四つ又に別れ合計八つの狂槍なれど、結局は二本の触手がその根本、基部の動きから軌道を読める目があるなら、回避するのはそんなに難しいことではない。

 

「すっげぇ」

「すごい……」

 

 まるで踊る様に戦いを楽しんでいる彼にいつの間にか追いついたティーダとルールが同じ感想を抱く。はぐれオチューとの戦いでは見せた力技とは違う洗練された美技に誰もが息を呑んでいた。

 




 来月にはⅩのリメイクが出るのでこれを機に投稿ペースを上げれるようにします。
 ほぼ十カ月ぶりでした。
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