それは彼女の物語   作:油揚げ

5 / 7
べつに悔しくないわよ

 

 

無数の風を切る音が、寺院へと続く階段の広場に響いていた。

 風切り音と発しているのは人の腕を軽く越える太さを誇るシンのコケラ・グノウの四つに分かれた二本の触手。合計で八つの触手は縦横無尽に動き回り、マジックマスターを貫かんと猛威を振るう。

 

「遅い」

 

 言葉と同時に石畳が触手によって爆ぜる。体を僅か半歩ずらしただけでマジックマスターは触手を軽く躱す。

 

(ふむ。やはり体の感覚が以前と違う……これはリアニとアイツとの差か?まぁ新米召喚師に大召喚師クラスの魔力を求めるのは酷か)

 

 傍から見れば相手を馬鹿にしているようにしか見えない状況だが、マジックマスターからすれば、程良い練習相手に数百年ぶりに実体化した体が何処まで動かせるのか試しているだけに過ぎない。

 そして、バハムートと比肩される彼を使役するにはリアニの魔力は明らかに足りおらず魔力の低下は当たり前として、身体能力の低下も彼の予想以上のものだった。

 

(まぁ、だからどうしたと言ったところだな)

 

 だが、自身の力が半分以下しか出せなくともマジックマスターの表情に些かも陰りは無い。魔力なら魔物から吸い取れば良い。身体能力も強化魔法を用いれば、幾らでも補う事が出来る。他の召喚獣では考えられない自分自身の強化を魔法を持って行う事が出来る馬鹿げたほどの汎用性。それがマジックマスターの最大の強みだ。

 

(とは言え、この体では一発でも貰えば致命傷だろうな)

 

 ある程度、体の調子を把握したマジックマスターはさっさと敵を倒す事に決める。幻光虫の密度が薄いこの状態では、耐久力は強化しない限り人間のそれと大差無い。

 

 

「ファイガ!!」

 

 

 言葉と共にマジックマスターの右手から大岩にも匹敵する大きさの火球が勢い良く打ち出された。キーリカの熱帯の空気を更に焦がし、火球はグノウを飲み込――――――まなかった。

 巨大な貝の様な本体へと放たれた火球は、最初から狙っていたかの様に、グノウの右側に生える触手へと吸い込まれていく。それどころか、炎は見る見る内に小さくなり、純粋な魔力へと強引に変換されてしまう。

 

「ちっ魔力吸収能力か」

 

 炎を炎そのままに吸収しない。魔法に詳しいマジックマスターの頭脳は即座に今の現象に対する推論を導き出す。魔法使いでは相性が致命的なまでに悪い。それがマジックマスターがたたき出した結論だった。

 だが、そんな常識は魔法使いを超えた魔法使いマジックマスターには通じない。

 

「くくくっ俺の魔力を吸うたぁ……いい度胸だな!!あああ!?」

 

 タダでさえガラの悪い容姿をこれでもかと悪党顔へと変貌させ、マジックマスターは怒鳴り声を上げ走り出す。更に風を纏い、マジックマスターは地面を大きく蹴り、空へとその身を上らせた。

 ふわりと二メートル近い長身が重さを感じさせずに宙に舞う。

 

「近距離なら吸収する暇も無いだろう?」

 

 グノウの触手の包囲網を難なく抜け、マジックマスターは音も無く、グノウの殻の上に着地すると右足に膨大な魔力を遡らせる。そして斧を振り下ろす様に右足を勢い良く叩き付けた。

 

「クエイラ!」

「!?――――――!!!―――――!?」

 

 マジックマスター声に続き、人ならざる悲鳴が辺りに響いた。

 高重圧で大地を砕く魔法が込められた右足は見るからに堅そうなグノウの殻を熟れた果物の如く砕き散らす。だが、破壊はそれで留まらず、見えない圧力がマジックマスターを避ける様にしてグノウを地面へと更に押し付ける。

 ビチビチとグノウの触手が、なんとか本体が囚われた重力の檻を破らんと蠢くが受けたダメージが大きいのか、遅々として進まない。

 

「馬鹿が、指向性の強い魔法ならともかく、広域の魔法は反射、吸収が難しいんだよ」

「―――――」

 

 加速度的に強くなり続ける圧力に遂に、グノウの生命力が屈し、体を構成していた幻光虫が解け、辺りに霧散していく。本体を見せること無く、哀れにもグノウは倒されてしまった。

 

「あ……やっちまった」

 

 徐々に姿が消えていくグノウを見て、マジックマスターは特徴的な赤髪を生やした頭を掻きながら呟いた。今のマジックマスターはマスターたるリアニの影響で常に魔力枯渇に苛まれている。魔力を使うだけ使って、吸収するのを忘れるのは魔力の無駄遣いにもほどがある。

 がりがりと頭を掻きながら、マジックマスターは小さな溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

「……すごい」

 

 最大、最強の魔物であるシンの欠片たるシンのコケラ・グノウ。欠片とは言えその力は強大だ。少なくとも比較的に魔物が弱いキーリカの魔物とは比べ物にならない力を秘めているのは疑いようがない。

 だが、そんなグノウをマジックマスターは力がかなり制限されている状態で圧勝してしまった。圧倒的な魔力、周辺の被害を最小限にする魔力の制御、敵の素早い攻撃を見切る動体視力と、その攻撃を避ける回避能力、敵の弱点を見抜く頭脳。最強の召喚獣と呼ばれたその片鱗を見てリアニは呆けていた。

 一番最初の戦いは召喚したばかりであまり詳しく戦いを見ている余裕は無かった。先の戦いは相手が雑魚過ぎた。

 まともに見たマジックマスターの戦いは、圧倒的の一言に尽きた。その力の影響を受けてかリアニはぶるりと身震いを一つし、ふらりと倒れる。

 

「あぅ……?」

「……ふん」

 

 そのままだったなら、リアニは間違いなく地面へとぶつかるはずだったが、いつの間に近寄ったのかマジックマスターの右腕に抱きとめられていた。

 

「あ、ありがとう」

「いや、礼は要らない。実は魔力がもう無くてな、さっきちょっと多めに貰ったからふらつきはそのせいだろうからな」

「ちょっとっ!?」

 

 無駄に爽やかに聞き捨てならない事をほざくマジックマスターにリアニは抗議の声をあげるが、それを素直に聞くマジックマスターでは無いのは言うまでも無かった。

 

 

(召喚獣の力を十全に発揮させるには召喚師が強くなるしかない……しかし)

 

澄ました顔でリアニを支えながらマジックマスターは内心で歯噛みしていた。彼が十全の力を発揮するにはリアニが強くなるしかない。だがそれは守らなければならない相手が成長しなければ自身が強くならないという矛盾をはらんでいた。

 現状はあまりに筆舌に尽くしがたいほど酷い。

 二、三日程、魔法を使わなければ、そこそこ魔法は使えるだろうが、次にグノウ級の魔物が現れたらどうなるか分かったものでは無い。

 さらに、ろくに幻光虫を纏っていいない現状では雑魚モンスターの攻撃一発で戦闘不能になりかねない。

 じわじわとリアニから魔力が供給されてはいるが早急に魔力を回復したいところではあった。

 

「あのさシンのコケラって何すか?」

 

 マジックマスターが心中穏やかでないのを知らずに、呑気にティーダが質問をしてきた。辛うじてタメ口ではないのはマジックマスターの並外れた強さからだろう。基本的に敬語が苦手な彼にしてはこれが限界だ。

 そんな召喚獣に対して無礼に近い態度で話しかけてくるティーダにマジックマスターは不機嫌とは違う理由で眉を顰めた。千年にも渡ってスピラを苦しめているシン……その特性を知らないというティーダに違和感を感じたのだ。

 コケラは放って置くと、己が本体たるシンを呼び寄せる。故に討伐隊は何にも優先してコケラを討伐するというのは子供でも知っている常識だ。

 マジックマスターはじろりとティーダに視線を向ける。

 彼は何処か軽い印象だがそれとは裏腹にここに来るまでの雑魚モンスターとの戦闘では、相手の動きをきっちり把握し連携に長けていた。それを鑑みるに頭がどうかしてるようには見えない。

 

「シンの体から剥がれた体の一部だ。しかも放って置くと本体を呼び寄せるっていうタチの悪いヤツだ」

「え、じゃあ、シンを傷つけるとその体の破片が魔物になるってこと?」

「そうだ……ってか、そんなことも知らないのか?」

 

 スピラでも常識中の常識を知らないティーダにマジックマスターは胡散臭げな目つきを向ける。

 

「え……あの……なんて言うか」

 

 ティーダを遥かに越える上背からの圧力にティーダは思わずどもってしまうが、それで視線を和らげるほどマジックマスターは優しくない。かく言うティーダも、ザナルカンドから来たなど告げるとおかしい奴と思われてしまうということはワッカ達から学んでいたため、咄嗟の言い訳も出てこない。

 

「あ、あのマジックマスター様?」

「……なんだ?」

 

 小動物のように縮こまるティーダを見かねてルールーが助け船を出す。

 

「その子、シンに近づきすぎてシンの毒気にやられちゃったようなんです」

「シンの毒気?……ああ、体内の幻光虫を乱されたのか、よく生きてたな」

「ええ、記憶が飛ぶだけで済んだみたいです。自分がザナルカンドから来たって思ってるみたいです」

「ザナルカンドねぇ……ま、不幸中の幸いだな」

 

 シンは超高密度の幻光中でその体躯を顕現させている魔物、故に過度にシンに近づくと人体の中の幻光虫を乱され、色々な症状が出てしまう。その中の症状の一つである記憶喪失にティーダはなったのだとルールーは告げた。

 マジックマスターはシンに体内の幻光虫を乱されるまで近づいて記憶喪失だけで済んだことを半ば呆れながらも関心の声をあげた。ザナルカンドと千年も前に滅んだ都市の名前を言ってはいるのが多少気になったが、記憶喪失、ひいては記憶誤認を起こしている人間だと思えば然程、気にもならない。

 マジックマスターはそれで用が終わったとばかりにリアニの頭に手を載せてさっさとキーリカの寺院へと向かって歩き出した。

 

 

 

 

 頭に乗せられた手をなんとか振り払おうとするもいっこうに除ける事が出来なく憤慨するリアニ。ぶんぶんと頭を振るってはいるが、空しくもその成果は表れない。

 

「ああもうっ!手を退けて!」

「丁度いい場所にあるお前の頭を恨め、それか嫌だったら背を伸ばすか縮め」

「無茶言わないで……はぁ」

 

 しょんぼりと肩を落とすリアニだが、その頭には相変わらずマジックマスターの無駄に大きい掌が乗っかっている。幾ら頭を振っても退く気配が無いそれにリアニは遂に溜息を吐いて諦めた。

 むしろ頭を振り過ぎて頭や首が痛くなってきていた。

 

(魔物いねぇかな)

 

 魔力を奪う為に魔物を求める聖獣。ギラギラと魔力が籠った瞳は傍から見て危ないこと極まりない。

 だが、彼の求める魔物は一向に現れない。

 というか、シンへの切り札たる召喚獣を祀った寺院の近くに魔物が居ればそれだけで大騒ぎなる故に討伐隊や僧兵も多く配置されている為、そもそも魔物はいないのだ。寺院に向かうという目的が今の彼の精神状態だけ見ればマイナスに働いていた。

 

(……となれば)

 

 どうすればいいかとマジックマスターは真剣に考え始める。

 

(マジックマスターなんか真剣な顔してる……なんか嫌な予感がする)

(僧達から死なない程度に魔力を奪ってその記憶を改ざんすれば……ウサも晴らせるし一石二鳥か)

 

 リアニが最悪な予想をする中、マジックマスターは自身の能力を最大限に使用して犯行を隠ぺいする方法を思いつく。

 

 

 

 

 

 

 

「感心するわね」

 

 リアニが戦々恐々としマジックマスターが完全犯罪を目論む中、ルールーの苛立ちを込めた冷たい言葉が二人の耳に届いた。何事かと振り返ると、ワッカがルールーの言葉を受けてバツが悪そうに明後日の方向を向いている光景が目に飛び込んできた。

 

「自分を騙す方法を、次から次へと考えつくから感心するって言ったの」

 

 ルールーはワッカを睨み続ける。

 

「シンはチャップをどこにも運ばなかった。彼を押しつぶしてジョゼの海岸に置き去りにした。……あんたの弟は……二度と……帰ってこない」

 

 何処か自分に言い聞かせるように彼女はそう告げる。二人を包む不穏な空気はユウナやティーダ達まで伝播し、ユウナは不安そうな顔をして二人の様子を窺っている。ルールーはそこで自分達が場の空気を乱してしまったことに気付き、その場を去って行く。

 

「それからね、これも言っておくわ。あんたがどんなに望んでも誰もチャップの代わりにはなれない。ジェクト様の代わりもどこにもいないし……もちろんブラスカ様の代わりだっていない……。そんな考え方……悲しくなるだけよ」

 

 最後にルールーは振り返ってそう言うと一人で寺院へと進んでしまった。慌ててその後をユウナが追うが、ワッカはふて腐れた様に、その場に腰を下ろしていた。

 

 

「俺だって、弟の代わりなんてできねぇんだよ……」

 

 吐き出す様に彼は呟いた。

 

 

 

 

 ワッカが亡き弟チャップをを思っていた頃、ルールーもまた同じ人物を思っていた。

 

「……馬鹿ね」

 

 嫌悪を滲ませた言葉を小さく漏らすルールー。だがその対象は自分では無かった。

 

「私の為なのに」

 

 ワッカが不自然にあんな話題を振るった理由。チャップはワッカの弟であり、ルールーの恋人だった。

 今より約一年前に討伐隊に参加していた彼はジョゼでアルベド族と共闘しシンと交戦し行方不明になった。未だにその生死ははっきりしないが、一年も音沙汰無いのだその死は濃厚と見ていいだろう。

 互いに大切な人を失い傷心の中。

 ワッカは自身が落ち込んでいるのが見え見えなのに、ルールーの前では下手な演技で明るく振る舞って、チャップはまだ生きている、帰ってくるのだと言い放っていた。慣れない書物をひも解いて、シンの近くに寄れば記憶が混濁するのを知った時はそれを一日中彼女に話していた。

 幼馴染たるルールーを放っておけなかったのだ。

 だが今は、はっきり言って迷惑だった。一年という月日が流れ、従召喚師だったユウナが正式な召喚師となり、彼女を守るガードに集中しなければいけないのに心を乱されることを言われては適わない。

 チャップは死んだのだ。

 下手な期待はかえって重荷となってしまう。

 

「ルールー!」

「……ユウナね」

 

 ユウナの声に一人、寺院に進めていた歩みを彼女は止める。

 今は余計な事を考えている場合では無い。自分の妹分たる少女ユウナをザナルカンドまで連れていかねばならないのだ。

 たださえ、ルールーは過去に二回召喚師の旅に同行しその二度とも失敗している。

 一人は幸いにも命を失うことはなかったが、もう一人は……ガードとしての務めを果たせなかった。……そんな事態にユウナを陥らせてることはあってはならない。

 ユウナを守ろうとルールーは改めて誓うのであった。

 

 

 

 

 

 ユウナ達よりも早くリアニ達はキーリカ寺院に到着していた。

 寺院からは信者達の祈りの歌が響き渡り、辺りの雰囲気を荘厳なものへと感じさせていた。

 石造りの寺院はあちらこちらに数多の火がゆらゆらと揺らめいており、神秘さを一層際立たせていた。それもそのはず、この火はキーリカ寺院に祀られている炎の聖獣の力により、寺院の記録に残ってるだけでも大召喚師オハランドがトレーニングしていたと言われる二百三十年前からただの一度も消えた事が無かったと言われている貴い炎なのだ。

 

「……あっちぃ……って、なんだ?」

 

 とうとう灯る神聖な火に向かって腕を無造作に振り上げたマジックマスターにリアニの直感がそれを止めろと反応し、咄嗟にその腕を捕まえていた。

 

「……今なにをしようとしたの?」

「ん?暑苦しいから炎を消そうとしただけだが?」

 

 平然と恐ろしいことを話す彼にリアニは咄嗟の自分の行動を心底から称賛した。

 もし、マジックマスターが言ったことが行われていれば、寺院の人にそれはもう怒られてしまうだろう。いや、二百三十年よりも前から灯っている言わば、この寺院の召喚獣を象徴する炎を消したとあらば下手をすれば投獄だって考えれる。

 だが真に恐ろしいのは、投獄なんぞを素直に受け入れるわけがないマジックマスターが起こすであろう被害の方がなおリアニは恐ろしい。

 なんせ彼は寺院ひいてはエボン教嫌いを公言して憚らない召喚獣……。信者に対してはまだ寛容に受け止めるだけの余裕はありそうだが、寺院に近づくにつれて目に見えて彼の機嫌が悪くなっていることからエボン教の僧や僧兵はよっぽど嫌いなのだろう。

 何も起こらなければ良いなぁとリアニは半ば現実逃避気味に思っていた。

 

「待っててくれたんすか?」

 

 先程までワッカやルールーが作り出した暗い空気を吹き飛ばす意図でもあったのか、やたらフランクにティーダはリアニ達に追いつくなりそう声をかける。

 

「あ、うん……まぁね」

 

 まさか自分の召喚獣が問題行動を起こすかもしれないから思索に耽っていたとは言えず、辺り障りのない答えが彼女の口から洩れた。そのまま、一向に付いていくようにリアニ達が寺院内に足を進めようとすると、寺院内からやたら偉そうな青年達が出てくる。

 鍛え上げられた体から一見すると討伐隊にも見えるが、筋肉質でありながら適度に脂肪が付くその体からして恐らくブリッツボールの選手と推測できる一団だった。

 その一団にワッカが親しげに声をかける。

 

「お前らもオハランド様に必勝祈願か?」

 

 リアニの推測通り彼らはブリッツボールのチームであった。

 その名もルカ・ゴワーズ。

 常勝ルカ・ゴワーズとも呼ばれ、パワー、スピード、テクニック、チームプレーの全てに秀でていると称される強豪チームだ。ちなみにワッカが主将を務めるビサイド・オーラカはブリッツボールのシーズンを始めを告げるトーナメントにおいて脅威の二十三年連続初戦敗退の記録を持つ最弱チーム。

 なんせワッカも十年間一度も勝ったことが無いというからその弱さはある意味伝説となっていた。

 そのあまりの負けっぷりに妙なファンが生まれているほどだ。

 

「おまえんとこは、今回も目標は『せいいっぱいかんばる』ってやつか?そんなチンケな心構えじゃあ、今年も初戦敗退確実だな」

 

 リアニとマジックマスターが取り残されて会話は進んでいた。ワッカは割と友好的に声をかけていたが、ルカ・ゴワーズのチームメイト達はワッカをひいてはビサイド・オーラカを見下す様な態度を取っていた。

 そもそもが勝って当たり前、特に常敗のビサイド・オーラカなど苦戦すらする訳も無い全く持って取るに足らない相手だと決めつけているのだ。

 

「今回は優勝狙いだ!」

 

 そんな相手を見下した態度が、苦手とし、また嫌いな父に似ていたのが腹に据えかねたのか話題の外に居たはずのティーダが突然大声を張り上げた。ワッカ達はその声に一瞬驚くが、今回勝てるかもしれないと希望を見せてくれたティーダの心意気を汲み、ルカ・ゴワーズ達に精一杯の虚勢を張る。

 

「ふん。おお狙え狙え、狙うだけなら誰でも出来る」

 

 鼻でそんな虚勢を笑い飛ばし、彼らは寺院を歩み去ろうと足を進める。

 その目の前には金髪の少女が突っ立っていた。

 ビクスンはその瞳の色がエメラルドだと気付くと嫌悪感を露わにした視線を彼女に向けた。

 

「?」

 

 そしてリアニも立ち止まるルカ・ゴワーズの主将ビクスンに胡乱げな視線を向ける。何故睨まれるのだろうと彼女は疑問に思っていた。

 同時にビクスンもまた疑問に思っていた。

 召喚師ならブリッツボールの選手に過ぎない自分が避けるのが筋だし、あのビサイド・オーラカのバカ共はそもそもそんな常識を知らないからまだいい。だが、異端の徒たるアルベド族が何故有名人たる自分が進む道を塞いでいやがるのかと。

 只でさえスピラで信望されるエボン教を蔑にするとんでもない人種。

 ここは一つ言って聞かさねばなるまい、召喚師とは違う娯楽と言う名の平和を人々に齎すブリッツボールの選手として。

 

「邪魔だ退けアル……」

 

 故に、なんの躊躇いも無く破滅の一言を口にしてしまった。

 正確には口にしようとした。

 

「お、おいビクスンどうした?」

「え、だ、大丈夫!?」

 

 前触れもなくビクスンは突然失神し、糸が切れた人形のように倒れ、チームメイトとリアニが駆け寄った。

立ち眩みには見えないし、これほど鍛えられた彼が貧血と言うのもおかしな話だ。

 

「おい、大丈夫か?」

「あ、ああ呼吸も脈も正常だ。練習のし過ぎかも知れん」

「ねぇマジックマ、はっ……ま、まさか?」

 

 ワッカが敵対チームの主将とは言え突然の事態にビクスンのチームメイトに心配そうに声をかける。

 幸いにも呼吸や脈は異常は無いようで、過労による失神が一番疑われた。そしてリアニは治療の魔法を使ってもらおうとマジックマスターに視線を移して思わずぎょっと目を見開いてしまう。

 リアニが視線を向けた瞬間に無表情に戻ったが、その前の表情は明らかな笑顔だったからだ。それも極悪な笑み。

 そう彼女の予想通りマジックマスターがビクスンの魔力を失神するまで奪っていたのだ。

 リアニに暴言を吐いた報いならびに、その正体をバラそうとしたのを阻止するための措置である。

 

「ふっ……どれ見せてみろ。……ふむ、体力は特に問題ないようだな。強いて言えば精神疲労に近いな……魔道士が魔力を使い過ぎた症状に似ているな寝てれば治るだろ」

 

 自身で起こした事件の癖に何事も無く診断するふりをする彼にさしものリアニも開いた口が塞がらなかった。

 

「て、手間をかけたな」

「ああ、すまなかった」

 

 下手に関わったら破滅しかねないと無意識に感じ取ったのだろう。どもりながらもチームメイトをしっかりと診断(?)してくれたマジックマスターに礼をして去って行くビクスンを抱えたルカ・ゴワーズの二人。

 一応仲間思いではあったようだ。

 それ故に彼らを不憫にリアニは思うが、よく考えれば罵倒しようとしたビクスンにも多分に非が有るなとそれ以上考えるのを止めた。なんせ心配の本番はこれから、いっそのことリジュネでもマジックマスターにかけてもらって胃の損傷を逐一治そうかとも思ってしまうほどだ。

 

 

 

 

 じろじろという言葉がぴったりの様子で寺院の中をマジックマスターは見渡していた。

 

「……このおっさん達はなんだ?」

「え?知らないの?」

 

 四人の大召喚師の銅像を前にとんでもない事をぶっちゃける彼にリアニは今日何度目かも分からぬ突っ込み入れた。

 

「いや……俺が生きてた頃はこの寺院に像なんてなかったぞ?」

「……ん?えーとマジックマスターの祈り子が沈んだのが五百年前だっけ?」

「ああ、そうだが?」

 

 マジックマスターが祈り子になったのは八百年前、シンに島ごと沈められたのが五百年前。

 そして大召喚師ガンドフによって、スピラ史上初めてシンが討伐されたのが約四百年前。

 

「そういうことか、あなたの寺院がある頃にはまだ大召喚師は居なかったんだ」

「そうだな。……まぁ自分の寺院にあんなおっさんの像があっても困るがな」

 

 不敬も甚だしいセリフをあっさりとマジックマスターは口にする。その脇で熱心にワッカが必勝祈願を一生懸命しているのだから、シュールに過ぎた。

 

「オハランド様……なにとぞ、なにとぞっ!!」

 

 男臭い祈りが寺院内に響き渡る中、一組の召喚師一行が寺院の奥から姿を現す。

 

「あなたも召喚師?」

「ビサイド島よりまいりました。ユウナと申します」

 

 先のブラスカのナギ節をもたらした大召喚師の娘を鼻にかけず丁寧にユウナは挨拶をする。色黒の女性召喚師はユウナを頭の天辺からつま先まで眺めようやく言葉を口にした。

 

「ドナよ。あなたが大召喚師ブラスカ様の娘ね。血統書つきの召喚師様でしょ?」

 

 言わなくても良いことをねちっこく言うドナ。ユウナが親の七光りで召喚師にでもなったと思っているのだろう。

 そして更にドナの口は止まらない。

 

「あらあらあらあらあら……」

 

 ワザとらしく、さも今気付きましたと言わんばかりでユウナの後ろに連なるルールー達を見やり、嫌味を言い放つ。

 

「この人たち全員あなたのガード?ぞろぞろとみっともないわね~。ブラスカ様のガードは二人きりだったはずよ。ガードは量より質、数に頼るなんてあさかね。だから私のガードは一人だけ、ねぇバルテロ?」

 

 バルテロと呼ばれたガードの筋肉質な男は、ドナの言葉に強く二回頷くと、一歩前に出る。それに触発されキマリが前に進み、バルテロと睨み合う。

 

「ガードの人数は信頼できる人の数と同じです。自分の命を預けても安心だと思える人の数です。だから、わたしにはこんなにガードがいてくれて幸せです」

 

 先輩召喚師にも一歩も引かず、自分の意見をはっきりと言うユウナにマジックマスターは、ほうっと感心の声を密かに漏らしていた。

 まぁ偉そうにしているドナにしても、まだキーリカに居る時点で、マジックマスターの予想では契約している召喚獣は二つと見ていいだろう。それでよくもまぁあれだけ威張れるもんだと逆に感心していた。

 

「……」

 

 そして、彼の主たるリアニはユウナの言葉に結構なダメージを受けていた。ガードの人数うんぬんをリアニに当てはめてみると、信頼できる人間が居ないという悲しすぎる結論に達してしまう。

 確かに自分でも薄々と感じている事柄だが、ああもはっきりと言われると少々クるものがあった。

 

(べ、べつに悔しくないわよ。あたしには目的があるだけだもん!……賛同してくれる人は師匠以外にいなかったけど)

 

 肩をがっくりと落としてリアニは落ち込んでいた。

 

「行くわよバルテロっ!」

 

 ユウナに言い負かされ捨て台詞もそこそこにドナは去って行こうとするが、そこに余計な事を言う男がいた。

 

「後輩に言い負かされて逃げるか、質の良いガードを連れた召喚師様は違うなぁ」

「ちょ、ちょっと!!」

 

 喧嘩を大安売りで売りまくるマジックマスターを必死に止めるリアニ。彼の身の安全の為に謝った――――――などと言うことなど微塵も無く、ドナとバルテロを守るためだ。

 高位の召喚師ならまだしも低位の召喚師が使役する召喚獣なぞマジックマスターからすれば魔力を吸収できる良いエサに過ぎない。

 故の喧嘩腰、性格の捻くれ具合は恐らく召喚獣の中でも断トツだろう。それで狡猾すぎる頭脳を持っているのだから手の付けようがない。

 

「あんた何よ?」

 

 売られた喧嘩は買ってやろうと、マジックマスターにドナは詰め寄り、バルテロもそれに倣う。

 自身を越える長身のマジックマスターの前に立ち塞がる。

 もはやマジックマスターは聖獣とは呼べぬ喧嘩を売るチンピラにしか見えない。

 

「……」

「っ」

 

 沈黙が寺院内を支配する。しかし、その沈黙も長くは続かなかった。

 

「マ、マジックマスター様っ!あ、あの、そ、その辺りで……」

「あん?」

 

 一人の僧がマジックマスターを諌めんと、おずおずという表現がぴったりの腰が引けた態度で声をかけた。

 

「マ、マジックマスター?」

 

 ドナの顔面が蒼白に染まり上がる。

 昨日よりキーリカの街は大賑わいを見せていた。街が無事だったことと、とんでもない力を持つ召喚獣が数百年ぶりに召喚されたことに。そしてその召喚獣はキーリカに迫ったシンを倒せはしなかったものの、見事に追い返したと。

 その姿は人間の男性そのもので身長は二メートルで痩身、燃える様な赤い髪を靡かせ、腰には二本のレイピアを佩びている。泰然自若としたその様子は只ならぬ実力を持つがゆえの超越者のそれだと。

 そこまで、思い出してドナは目の前の人物がまさにその特徴を完全に備えていることを確認してしまう。そんな召喚獣に手など出せる訳も無い。

 

「……バルテロ」

 

 判断すれば決断も早いもので、マジックマスターが僧にメンチを切っている間にドナは風のようにその場を去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。