申し訳ありません。
去年は連休が二連休が三回だけだった……。
そそくさと逃げるようにキーリカ寺院を後にするドナとバルテロに同情の様な視線をユウナ一行は送っていた。いくら自分達に突っかかって来たとはいえ、本来は自身が使役するはずの聖獣にああも睨まれては召喚士として立つ瀬がないだろう。
「自身の命を預けられる人の数か……」
ドナがそんな視線に晒されるようになった原因である召喚獣マジックマスターは、そんなドナ達に一瞥もくれることなく、ユウナが発した言葉の中に何か思うことがあったのか一人ごちるように呟く。
召喚士がガードに対して思う気持ちは、それぞれ違うだろうがかつてのガードだった自分とそんな自分が守っていた召喚士の事を思い出していたのだ。彼女もそんな気持ちを抱いていてくれたのかと。
(だが俺は……ちっ感傷が過ぎるな)
かつての自分は本当に彼は召喚士の命を守るのに足り得ていたのか?彼の中で感情がぐるぐると渦巻き、そして悔恨に一瞬、顔を歪ませるも即座にその感情を押し隠す。
今はそんな事を考えている場合ではない。
「あの……」
「あ?」
誰がどう見ても機嫌が悪そうなマジックマスターにおずおずとではあるがユウナが声をかける。
その返事はまるで刃物の様に尖ったものだった。
広間に居る僧の顔がさっと青ざめ、ワッカの顔が引きつる。キマリに至っては槍を構える始末だ。
「マジックマスター様に折り入ってお願いがあります!」
他の人間なら威圧的に返事されただけで腰が引けてしまうだろうが、若くして召喚士の道を開いたユウナはただの少女では有り得ない芯の強さをその身に宿していた。
その強さをより示すのが真っ直ぐにマジックマスターを見つめる瞳だった。その瞳は珍しいことにオッドアイ。蒼い右の瞳と、エメラルドグリーンの左の瞳。只一つの曇りも無い目がマジックマスターを見つめている。
「……なんだ?」
ユウナの瞳を見て一瞬、その双眸を見開いたマジックマスターはそれまでの不機嫌さを霧散させると、ユウナの強い意志が込められた言葉とは真逆のやる気というものが一切感じられない気の抜けた様な声を漏らした。
「私と契約をして下さい!」
腰をきっちりと曲げ、ユウナは頭を下げ、思いのたけをマジックマスターへとぶつける。召喚士は最終的にはザナルカンドで究極召喚を手にするのをその目的にしている。それはユウナも変わりは無い。では、その究極召喚はどの様に手に入れるのか?それは、スピラに数多に存在する召喚獣と契約し、召喚士としての実力を高めなければならないとされている。
ならば、シンと直接対決し、打倒こそ出来なかったにせよ、キーリカを見事守りきったマジックマスターは究極召喚にもっとも近いのではとユウナは考えたのだ。
安易に力を手に入れる事は出来ない。されど、五百年以上も前に失われたとされる、魔法を極めし召喚獣と契約を交わせれば、プラスにこそなれ、マイナスにはならないだろう。
スピラを救いたい、父が救いそして今もまた悲しみに戻りつつあるこのスピラをシンから守りたいと願うユウナの真っ直ぐな思いは、マジックマスターへと注がれる。
「悪い。無理だ」
だが、それを問答無用でマジックマスターは切り捨てた。一瞬の逡巡も無く。
「……」
「え」
「……は?」
誰がどんな反応をしたか定かではないが、その反応に共通するのは予想外という一点のみ。
「あの……ど、どうしてでしょう?」
一切の迷いの無い否定の言葉に、交渉の余地すら無い拒絶と感じたのか、ユウナの顔面からは赤みが消え、青ざめていた。
ユウナの表情の変化に気付いたのかマジックマスターはリアニにちらりと視線を送る。
そして、その視線に釣られるようにユウナ一行の視線もまた、リアニへと注がれる。その大半はマジックマスターがリアニを見たからという理由だったが、キマリやルールーの視線はリアニに原因が有るのではいう一種の責めるような視線だった。
(う、な、なんで私を見るのよ?わ、私、なんにもしてないわよ。……うわぁロンゾの目がスゴク怖い)
ネコ科の猛獣を思わせる瞳に睨まれ、びくりとリアニは肩を震わせた。マジックマスターの威圧感も相当なものだが、どちらにしても少女に毛の生えた程度の実力しか無いリアニからすれば自身の命に届き得る存在には変わりない。
「すまんが俺の本体は遥か海の底にある。しかも日の光が届かない程のな。こいつだってシンのせいであんなところまで流されなきゃ契約は出来なかったんだ」
というか召喚士の素養が無かったら死んでいたな。とマジックマスターは肩を竦めた。シンに偶然キーリカの海の近くで襲われ、海に投げ出された上に、丁度流された場所がマジックマスターの祈り子の近く、そしてその流された人物が召喚士としての才を持っていた。
悪運と幸運。その両方が無ければマジックマスターがここにこうして立っていることも、リアニが生きていることも無かっただろう。
「そう……ですか。無理を言ってすみませんでした」
ユウナは本当に申し訳なさそうに深く頭を下げる。
「いや、こっちも悪いな」
素っ気ない。という態度がこうも当て嵌まるものは無いという感じでマジックマスターはユウナから視線を外す。
(こうも純粋な召喚士はいないだろうな。……ちっ)
ユウナの召喚士としての在り方がマジックマスターの遠い記憶をまるで水底に沈んだ砂が浮き上がるように思い出させる。別の事を考えようにも揺蕩う過去の記憶がそれを邪魔をする。
「……それよりここの祈り子と契約をするんじゃなかったのか?」
「あ!そ、そうでした」
自身の心の内を欠片も外には漏らさず、体良くユウナを引き離す言葉を口にする。
ユウナは慌てたような声をあげると、深く一礼しマジックマスターの元を去って行った。
シンの被害は決して人間側の意図など汲んではくれない。何万もの人が住む街も、信仰の対象である寺院があろうとも、そんなものは等しくただ破壊するだけの対象に過ぎない。
こうしている間にも何処かで人々が襲われているかもしれない。召喚士にはゆっくりと旅をしている暇など無いのだ。スピラの救世を一手に担うものとして。
まるで意思があるかのように海面に漂っていた瓦礫達が次々と空中に舞って行く。木々の枝の木端から舟の残骸のような大きな物まで、その重量を感じさせないままにどんどんと集まり続けていく。
その瓦礫の前には腕を組んだ一人の赤い髪を靡かせた青年マジックマスターが突っ立ていた。
「あらかた集まったが、どこに捨てればいい?」
「は、はい。ではあちらの方に」
聖獣であり、キーリカを救った英雄である人物に指示をすることに緊張しているのだろう。中年の男性はすっかり恐縮しきっている。
反面、マジックマスターは恐縮した男性も、自らの魔法をゴミ掃除に使用していることも気にした様子は無い。
「他に手が足りないところは無いか?」
それどころかマジックマスターは復旧に手を貸す気満々だった。
「リアニ。何を面白い顔をしてんだ?」
「……いや、貴方が復旧とかに積極的に手を貸すとは思えなかったからなんだけど」
「やれやれ、お前の中で俺はどんな奴になっているんだか」
不敬も極まりないセリフに、大げさに肩を竦めるとマジックマスターは自ら手が足りなそうな場所に歩き出す。
「俺の魔法をこんな事に使わせるのか、とか言いそうとか思ってた」
リアニの頭の中で自ら生み出した風に赤い髪を靡かせ、腕を組みながら隠そうともしない怒りを辺りに発散させるマジックマスターの姿が映し出されていた。
「生活を便利にするのが魔法だろうが、つーか昔はシンの被害が出るたびにこういう事をやってたんだよ」
「そうなんだ。たしかに便利そう。あ、魔力は大丈夫?」
「問題無い。シンの襲撃で活性化した魔物を討伐するついでにある程度、補給した。大型の魔物と戦わなければ、そこまで気にする事はないだろう」
並んで歩く二人の身体を南国特有の塩を含む湿った風が撫でていく。周囲の人が多くの肌を晒す服装をしているだけあって、風があっても相当に気温は高い。
(暑いのは慣れているんだけど……この湿った感じがどうにも気持ち悪いわね)
アルベド族には故郷が無い。とうの昔にシンに滅ぼされてしまったからだ。そこで砂漠島であるビーカネル島を開拓し、一族の新たる故郷、ホームと呼んでいる。リアニも無論、そこで育ったため暑さにはそれなりに耐性がついてはいたのだが、この湿り気を含む暑さにはどうにも勝手が違うようだった。
「ん?な、なに?」
じとっとした汗を滲ませながら歩く、リアニの頭に軽い感触が走る。それはマジックマスターの手のひらだった。子ども扱いされている様に感じ、照れを自覚しながらもその手を振り払おうとして、はたと気づく。
「あれ、涼しい……」
「氷魔法の応用だ」
心地良い涼しさにまるで猫の様に目を細めるリアニ。頭に乗せられた手のひらから足元まで緩やかに流れる冷気に思考まで冷やされたのか、小さな疑問がリアニの中に浮かぶ。
「魔法ってこんなことも出来るんだ」
「初歩も初歩だがな。あの……ルーなんだっけ、まぁいいや、あの黒尽くめの女もスカートの中を冷気で冷やしてたぞ」
「そうなの!?」
「ああ、というかこんな気候で魔法も無しにあんな格好していたらただのバカだぞ?」
太陽光を効率良く吸収する黒色、所々に隙間が有るとはいえ足首まであるスカートを年中暑いビサイドで魔法無しに着用するのは流石に無理だ。
「そういえば、この後はどうするの?」
「ふむ、もう少し手が足りないところがあるか歩いてみよう」
「……エボンの僧たちにも、少しはその気遣いを回してよ。このままじゃ胃に穴が空きそうなんだけど」
「そうか」
リアニの反応に薄い笑みを浮かべてマジックマスターは後頭部を押すようにリアニを歩かせる。転びそうにはならないものの、止まっている理由も無いため、勧められるままにリアニも歩を進ませた。
その足取りは重いが、別に気持ちが沈んでいる訳ではない。むしろ、気持ち事態は晴れていた。シンの恐怖に包まれ、死ぬと分かっていながら召喚師を旅を送り出す狂気を陥っていても、リアニが救いたいと願う民には変わりない。
なら、なぜリアニの歩みは遅いのか、それは偏にリアニの横を歩く無駄に偉そうなマジックマスターが彼女の魔力を現在進行形で奪っているからに他ならない。
魔力の運用に長けている為、他の召喚獣と違い自身の力を制限できる彼だが、バハムートに勝るとも劣らないという格は伊達では無い。現に力を最小限に抑えてもリアニの魔力の大部分を奪う程だった。
「悪いな付き合せて、体調は大丈夫か」
「ん、少し眠いくらいかな。もう少しくらいなら大丈夫だと思うわ」
そういうリアニは小さな欠伸をする。無論、女性らしく口元を隠す事は忘れない。
リアニが無理をしていないか鋭い目をマジックマスターは向けると、今度は周囲に視線を飛ばす。周囲には先のシンの襲撃で所々が壊れてしまった家も有るには有るが、どれも数日で直る程度の損壊で済んでいる。
「ふむ……なんかもう手伝いは良さそうだな。あれを見ろ、むしろ嬉しそうに屋根とか修理しているな」
「あぁ、シンが襲撃してこの程度で済んでいるからね」
普通、シンが襲撃しようものなら大都市でも壊滅が必至である。圧倒的な死の具現であり、避けようの無い災害。それがシンなのだ。その襲撃を受けて被害が軽微で収まっていれば安堵するのも当たり前だろう。
「なら手を貸すのはこの辺にしておこう。じゃあさっさと次の寺院を目指すぞ」
「え?もう一日くらい泊まるんじゃないの?」
「……あいつらと同じ船に乗る事になっても良いのか?」
「あぁそっか、祈り子と契約中か……よし、船を探すわよ」
ユウナ達が祈り子と契約中と思い出すなり、リアニはキーリカを後にすることを即決する。
ユウナが嫌いとかそういう訳ではない。むしろ、人々の心に知らずに根付く狂気を知っていながらも、それでも安堵して欲しいと願うその志は好ましいものなのだが、逆にその好ましさが、召喚獣を手段として見ている自分の負い目となり、居心地が悪いためだ。
(まぁ手段と言っても……マジックマスターを手段としては見れないんだけどね。違う意味でね)
究極召喚に頼らない新たなる方法でシンを討伐しようと考えていた彼女には召喚獣など一つの手段に過ぎない。だが、蓋を開けてみれば自分が得た召喚獣は自分から魔力を勝手に奪い、自分の意志で動く規格外な召喚獣だった。これを予想外と言わず何を予想外と言えばいいのか。
「しかし、被害は最小限に抑えたとはいえ細々とした復旧作業があるだろうなぁ」
「う……船を出す暇がある人っているのかな。あ!」
「どうした?」
このままではユウナ達一行と同じ船に乗ってしまう。どう考えても居心地が悪くなる。アルベド族特有のエメラルドの様な薄緑の瞳を辺りに向け、ふと隣を歩くマジックマスターへと視線を走らせたところでリアニの思考に閃きが走った。
「貴方の飛行魔法で飛ぶのはどう?」
「ここからルカまでの距離を飛んだら魔力切れでお前が死ぬ」
またそれかと、リアニは天啓を一刀のもとにぶった切られてしまう。
じろりと思わず剣呑な目つきでマジックマスターを睨みつけるリアニ。そんなリアニにマジックマスターは困ったような表情を浮かべ、苦笑を一つする。
「フッ……」
「ちょっやめ……!」
グリグリと大きい手をリアニの頭に乗せ、大した力も込めずに撫でる。明らかな子ども扱いにリアニは顔を真っ赤にして抗議するが、微塵も抗議を聞き入れる気は無いのだろう。小さく笑みを浮かべながら嫌がるリアニの頭をマジックマスターは撫でまくる。
長身の赤髪の青年と金髪の少女。目立つなと言っても目立つであろう二人が、そんな事をしていれば目立つのは必然。
二人のそんな様子に、鍛え上げた肉体を半裸で晒す一人の男性が声をかけた。そして声を掛けると同時に流れる様な動作でエボンの挨拶をした。
「おや、マジックマスター様とリアニ様じゃないですか。どうしたんですか騒いで?」
「ん?……おぉ?」
手を上げて声を掛けてきたのは、鍛えられた筋肉と、それに合う日に焼けた浅黒い肌を持つ右目を眼帯で隠した男性だった。男性の声にマジックマスターが向いて気が逸れると、隙ありとばかりにリアニはさっと逃げるように距離をとる。どうにもその動作は何処なく小動物チックな感じである。
「リアニ様?」
「ああ、あいつの事は気にしなくていい。人見知りが激しくてな。ちょっと強制しようとしたら暴れただけだ」
「ちょっ……」
「え?あ、ああそうなんですか」
リアニの先の行動が、マジックマスターの言葉を妙に説得が有るものに変えたのか、男性がリアニに向ける視線にはナギ節を齎す可能性が高い召喚師として尊敬の念が込められていたはずなのに、今は何処か同情の色が見て取れた。
「……」
そんな男性の態度から、先の誤解を解く術は無いと悟ってしまったリアニは、キラキラと陽光を照らす金髪とは裏腹に暗い顔をしてキーリカから望む海を見る。
ざざん、ざざんと聞こえる潮騒が何処か悲しい。
(何処までこいつに振り回されるのかしら……はぁ)
「ああ……で、何か方法が無いか?」
「……でしたら」
遠い目をするリアニを尻目に二人の男は話し込んでいる。
「そうかなら頼めるか?」
「構いません。この街を救ってくれたお礼を少しでも返せるのなら」
どうやら無事に何事かを決めたらしい、男性は逞しい腕を上げながら先に行くと体格に似合わない軽快なフォームで港へと去っていく。
「おい。いつまで海を眺めてる?船が見つかったぞ」
「え?さっきの人?」
「ああ。ヴーロヤとか言ったか?なんでもブリッツボールのチームの主将らしくてな。あと一時間ほどでルカに向けて出港するから船が無いならぜひ、乗って下さいってよ」
「そういう大事な事は一緒に話そうよ……まぁもう良いけどさ」
マジックマスターを召喚してわずか数日、主従関係は完全にリアニが下ということで確定していた。
これでもかと言う程の満天の青空。雲一つ無いが故に、水平線の先は何処からが海で何処からが空なのか分からない程に青一色に染まっている。
ここはルカ。スピラで二番目の規模を誇る都市であり、寺院の教えに染まらない自由な気質な持つ人が多い。ブリッツボールのシーズン中はスピラ中から多くの人が訪れている。
そうまさにブリッツボールのシーズンが開幕される今がルカに最も、観光客が訪れる時だった。キーリカ=ビーストのメンバーたちが開幕戦に参加する船がまさにルカの港に到着するところだった。
「なんでこんなことに……」
そんな喧噪の中、リアニの纏う空気は暗い。両手で顔を押さえしゃがみ込んでいる。その隣ではリアニとは対照的に腕を組んでなにも意に介さんとばかりにマジックマスターが突っ立ている。
そして、そんなリ主従とは裏腹に、停泊する船の外は溢れんばかりの歓声が船に叩きつけられていた。びりびりと空気が振動しリアニの肌を震わせる。
「さて!そんなキーリカ=ビーストの選手達が乗ってきた船にはポルト=キーリカを救った召喚士様とその召喚獣が乗船されているそうです!!」
わあああああ!!興奮するアナウンサーの声に続き、今日一番の歓声が上がる。
「五百年の眠りより目覚めた伝説の召喚獣!マジックマスター様とそんな彼に認められた稀代の召喚士!リアニ様です!!」
「……うわぁぁ」
「やれやれ……行くぞ!」
「ちょっ、待っ!?きゃあああ?」
相乗りさせて貰ってラッキー程度に考えて乗船したはずの船なのに、なんでこんな目にとリアニはますますビクビクと委縮してしまう。髪が黒ければまだしも、きらきらと輝く金髪とエメラルドの瞳。見る者が見ればアルベド族だとバレてしまう。アルベド族であることには何の負い目も無いが、流石に幼少期に受けた迫害に近い差別行為と受けた為、大勢の前に晒されるという行為がリアニの忌避感を煽っていた。
「よいしょっと!」
しかし、そんな事は彼女の召喚獣マジックマスターには微塵にも関係無い。軽い動作でリアニをお姫様だっこすると、何の気負いも無く船外へとその体を晒す。
わあああああああ!!と更なる歓声が重ねられる。人々の目には人とは違う圧倒的な存在感を放つ青年と、その青年に抱かれた少女の姿が映っていた。
ブリッツボールのシーズンの開幕日に、キーリカからシンを追い払った英雄の姿を拝めるという、幸運に人々は湧いていたのだ。
「なに……この豪華な部屋」
「あの騒ぎ様だ。この位の待遇は受けるだろ」
ルカでも屈指の豪華さを誇る部屋を宛がわれリアニは部屋の扉の前で茫然と立ち尽くす。
二つ並べられたベッドは真っ白なシーツが皺も無くぴんと張られ、見るからに柔らかそうだ。壁には大きな絵画が飾られ、部屋の脇に据えられた棚は非常に大きく、大きな花瓶が瑞々しい花を生けている。
そして、洗面台やシャワー室までもが完備されていた。
生まれて初めて見る高級な部屋にカルチャーショックを受けているリアニとは対照的に、部屋と据えられたベッドにマジックマスターは遠慮無く腰を下ろす。
「だが問題はこの待遇が大会の運営側からなのか、エボンの連中からなのかってとこだな」
「それの何処が問題なの?」
「おいおい話すさ。下手に態度に出されてもあれだしな」
「なによそれ」
(エボンの連中だとすると、数百年ぶりに俺と契約出来たこいつを取り込もうとか考えるかもしれないからな)
シンを追い払う。字面にすればただそれだけの話だが、本来ならそれは討伐隊が全力で事に当たってようやく成功できるかどうかの出来事だ。ルカの民の騒ぎっぷりから、相当の期待がマジックマスター……を召喚したリアニへと向けられているかが想像できる。
そんな民衆の関心が向けられているリアニの影響力は、現時点で大召喚士の娘であるユウナをも上回っているだろうとマジックマスターは考えていた。
(ビサイドの連中と一緒に来ていたユウナの紹介をしていなかったからな……)
「ん?」
「お?」
茫然と立ち尽くすリアニと物思いに耽るマジックマスターが部屋をノックする音に気付く。
「は……」
「俺が出る。誰だ」
扉に近いリアニが自然に応対しようとするが、そんな彼女を遮るように前へ出る。リアニにはいつも通りの声を掛けるが、扉を開けて
「あ、え……」
「エボンの僧か、おい訪ねておいて何を黙っている?用が無いなら帰れ」
見上げるような長身、不機嫌さをこれでもかと放つマジックマスターに、哀れ僧は完全に委縮し、ロクに言葉を放つこともままならなくなってしまう。
どうせエボンの教えの小間使いだろうと、マジックマスターは乱暴に扉を閉めようとしたが、死角から理知的で物腰の柔らかな声がかかる。
「待っていただけますか?その者もまさかマジックマスター様が出てらっしゃるとは思わなかったようで驚いているようです」
マジックマスターが扉を更に開き、声のする方向に睨みつけるような、というか声のする方向を睨む。
そこには、マジックマスターには及ばないもののかなりの長身の男性が立っている。
青色というスピラでも珍しい髪を、まるで角の様に尖らせ、服装は腹から胸まで露出させているのに長袖という暑いのか寒いのか不思議な格好をしている。
「誰だ?お前は俺を知っているみたいだが、俺はお前を知らんぞ。良いから帰れ」
にべもないマジックマスターの言葉に男性は穏やかな笑みを浮かべ、エボンの教えの挨拶を恭しくとり、自らの名を告げる。
「これは申し訳ございません。わたしはシーモア=グアド。若輩ながらエボンの教えの老師を務めている者でございます」
声色と違わぬ落ち着いた雰囲気を纏いながら、シーモアは笑顔でマジックマスターの顔を見つめている。
「……老師だと?」
そして、そんなシーモアとは真逆に不機嫌な顔でマジックマスターはそう呟いた。