それは彼女の物語   作:油揚げ

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お前が来い

「老師?」

「エボンの教えを統括している四人の老師の一人よ」

 

 マジックマスターの時代にはそんな役職が無かったのか、それとも興味が無かったのか老師という役職を知らなかったマジックマスターにリアニが彼の背後から、こそっと補足する。

 

「わざわざご説明ありがとうございます。リアニ様」

 

 そんなリアニに微笑みを湛え品良く一礼するシーモアと、シーモアがエボンの教えの重鎮だと知り不機嫌なマジックマスター。お互いに長身で眉目が整った容姿と共通点が有るが、赤髪と青髪と似てないところはとことん似ていない。

 

「で?その老師様がわざわざ何の用だ?ブリッツボールの観戦に来たんだろ?暇なのか?シンの被害を受けたキーリカの視察とかしなくて良いのか?」

 

 どう贔屓目に見ても不機嫌にしか見えないマジックマスターはそう告げる。何の抑揚も無いが故に、彼が不機嫌であることが容易に想像できる喋り方だった。

 

「これは、これは手厳しい。確かにマジックマスター様の仰ることも一理あります。キーリカの視察には、開幕戦が終わり次第、向かう手はずになっております。本来なら真っ先に向かうべきなのですが、幸いにもマジックマスター様のご活躍により、被害は軽微と聞き及んでおりますので、まずは予定通りにルカに立ち寄ったのでございます」

 

 威圧的なマジックマスターの態度に居も介さずシーモアは丁寧に説明する。終始マジックマスターの機嫌は悪そうだ。

 

「そうか、じゃ……」

「それで、マジックマスター様とリアニ様の元を訪ねたのはマイカ総老師様がお二人とお会いしたい」

「あ?……会いたいって、その総老師のところに来いってことか?」

「ええ、そうなります」

「断る。お前が来いと言っておけ」

 

 静かな怒気と魔力を発しながらマジックマスターは抑揚の無い声でそう呟いた。

 エボンの教えを信じ、マイカ総老師の名前を知る者からすれば、その台詞は有り得ないものだった。

 マイカ総老師は五十年もの間、エボンの教えのトップに君臨し、グアド族やロンゾ族といったこれまではエボンの教えを信じていなかった亜人達にも、その教えを浸透させたばかりか、有能と分かればきちんと差別無く取り立てるという高潔な人物とされている。

 彼が総老師に就任したことで、更にエボンの教えが発展したと言われ、僧ばかりか信者たちからも羨望を受けていた。

 

「なに!?」

 

 だからこそ、マイカ総老師を盲信する者も多かった。

 マジックマスターを呼びに来た僧兵もそんな一人だった。召喚獣であるマジックマスターに臆すること無く僧兵は詰め寄る。盲目的にエボンの教えを知っているが故の短絡的な行動だった。マジックマスターが人とはかけ離れた容姿をしていたら、こんなことにはならなかっただろう。

 

「何を怒っている?」

「マイカ総老師様がお呼びになっているのだぞ!?召喚獣とはいえ……ぐっ」

「あ?」

 

 自身に詰め掛かる僧兵に隠しもしない威圧を込めて睨みつける。召喚獣故なのか、その瞳には赤い光が轟々と灯り、マジックマスターの怒りを表している様だった。

 

「召喚獣と契約するときに祈り子に来てもらうか?祈り子に己で会いに行くだろうが」

 

 突如、放たれた人間を遥かに越える威圧感を前に一歩二歩と僧兵は後ろに下がる。この場にシーモアが居なければ咄嗟に逃げ出してもおかしくない程の恐怖を僧兵に植え付ける。

 

「あ、う……」

 

 その様子を見かねたのか、シーモアは一歩だけ足を踏み出し僧兵とマジックマスターの間にその身を滑り込ませ、さらに僧兵を後ろへと下がらせた。

 

「確かにマジックマスター様の仰る通りです。礼を失してしまい申し訳ございません。では一度、総老師の元に戻ります。……たびたび申し訳がありませんが、総老師はこのあとブリッツボールの試合を観戦しますので、その後に訪れる事になると思いますが、よろしいですか?」

「シ、シーモア老師」

 

 マジックマスターの居丈高な態度にもシーモアは僅かにも気分を害した様子は無い。むしろ見るからに申し訳無さそうに頭を下げている。その様子にシーモアと共に訪れた僧兵が委縮してしまう。

 このシーモアもマイカ総老師の亜人を差別しないという方針から老師に任命されたからこそ、僧兵はシーモアが気分を害していないか心配していたのだ。

 

「……自分の在位五十周年記念も兼ねた試合だ。むしろ観戦しない方が問題だろ?」

「ご理解頂けて幸いです。では」

「あぁ、席は自分達で取る。この部屋みたいに要らん気は回さなくていいから」

 

 先の暴力を秘めた瞳とはまるで違う全てを見通していると言わんばかりの理知の光を湛え、マジックマスターはシーモアの瞳を覗きこむ。

 暫し二人の男の視線がぶつかり合う。

 互いが互いに心中を読み合おうとするかのように、二人は視線を外さない。

 若輩者とは言え一族をまとめ、老師を務めるだけあってシーモアの腹芸も相当なもうだろう。だが、ここは相手が悪かった。悪すぎた。相手はまさに化外の存在、元々冴える頭脳を持っている上に、老獪すら上回るほどの年月を重ねた召喚獣、マジックマスターなのだ。

 すっとシーモアの視線が脇に逸れ、マジックマスターの口角が吊り上る。ここに二人の勝敗は決した。

 

「……畏まりました」

 

 シーモアと僧兵はそこで話を切ると深々と頭を下げてその場を去っていった。

 

「よし、宿を出るぞ」

「は?」

 

 シーモア達が視界から外れると同時にマジックマスターは唐突に踵を返して部屋へと戻り、リアニの持ち物を引っ掴むと、宿の窓から身を乗り出そうとする。

 相変わらずの突拍子も無い行動にリアニは付いて行けない。

 

「ちょっ……なんで宿を出るのよ」

「後で話す」

 

 マジックマスターがこういう時は本当に急いでいるときだ。おそらくこのままではあまり好ましく無い事態になるのだろう。いわゆる、説明する時間も惜しいというやつだ。

 

「分かった……はぁ勿体無い」

 

 今まで経験したことの無い豪華な部屋のお風呂やらベッドやらを堪能できると考えていただけに、後ろ髪をひかれる思いでリアニは窓へと向かう。窓から出るということ自体には特に疑問を感じていないところ、随分とマジックマスターに感化されてきたようだ。

 

 

 

 

 

 屋根や塀を伝い二人は器用に人気の無い路地へとたどり着いた。

 軽く服を叩き、リアニは埃を払う。

 

「よいしょっと、さぁ説明して貰うわよ」

「あぁ、そうだな……。さっきあの部屋を手配したのが誰かって話をしたのを覚えてるか?」

「うん。エボンの教えか大会関係かって話よね」

「そうだ。どうやらあのシーモアとか言うやつの態度から見ると、あの部屋を手配したのはエボンの教えだ」

 

 リアニの瞳を見つめつつマジックマスターは頷きつつ話を続ける。

 

「いや正確にはシーモアが手配したと言った方が良いか」

「それって違いあるの?」

「あいつか個人的な目的でお前を取り込もうしているか、エボンの教えがお前を取り込もうとしているかだ」

「どう違うの?」

「その個人的な目的の如何ではエボンの教えの道理に囚われない行動をする可能性がある。それが厄介だ」

 

 マジックマスターのシーモアに対する第一印象は胡散臭さを感じさせるものだった。終始落ち着いた態度を貫き、イラつかせるよな事を言っても、その様子に大きな変化は無かった。まるで、ベールを覆ったかのように感情を隠し、こちらを伺う様子は……。

 

「というか、気に入らねぇ」

「結局それなのね」

 

 がくりとリアニは肩を落とす。そんな理由で豪華な部屋を出なくてはならなくなったのかと。

 

(あいつはエボンの教えなんて信じちゃいない。自分以外の何物もを利用しようとするそんな奴だ)

 

 人を取り込むことに長けたそんな相手にあまりリアニを近づけた無くない。故に気に入らないと断じたのだが、リアニはいつも通りの事と受け取ったようだ。

 だが、間違っても居ないのであえて否定するようなことをマジックマスターはしなかった。気に入らないのは本当だし、本当の事を言っても余計な事を考えさせるだけだ。ぶっきらぼうに見えて過保護気味なマジックマスターだった。

 

 

 必要な事は話したとマジックマスターはリアニを裏がして路地裏から大通りへと向かう。新しい宿を探すとのかはたまたマイカ総老師、シーモア老師に会わない様にさっさとルカを去るのか、二通りの選択肢をリアニは考えていた。

 

「さて、試合の観戦でもするか」

 

 だが、マジックマスターはブリットボールを観戦する気まんまんの様だった。キーリカ=ビーストとは薄いながらも繋がりがある。多少なりとも試合の勝敗は気になるのだろうか。

 

「……まぁ、別に良いけど」

 

 正直、リアニはルカに長居はしたくは無かった。ブリッツボールの観戦をしたくない。というわけではない。

 その理由は偶に視界の隅にアルベド族が映るからだった。

 ぴっちりとした潜水服にゴーグルと特徴的な服装で歩く彼らは、ロンゾ族とは違う意味で目立つ。エボンの教えを信じていないという理由もあるだろうが、やはり好機の視線以上に嫌悪感を持って自身の同胞が睨まれているというのは気持ちが良いものではない。

 

(……み、見つからないわよね)

 

 それに一族を出奔した身。知り合いに遭遇しないとも限らない。若い、を通り越し幼い身で広い世界に飛び出したのだ見つかればただでは済まない。連れ戻されるのは必至だろう。それは勘弁願いたい。

 

(髪が黒ければまだしも……こいつが)

「……?」

「ふん」

 

 恨みがましい目でマジックマスターをリアニは睨むが、マジックマスターはそんなリアニの心の機微なぞ知る由も無く小首を傾げている。その動作がいつもの超然とした様子とギャップが有り過ぎて思わず高鳴る鼓動を無視する様に首をあらぬ方向に背けた。

 

「前を見ろ、危ないぞ。悪いな」

「……う、す、すいません」

 

 歩いているときにそんな事をすれば前方への注意は疎かになる。ブリッツボールのシーズンの開幕戦で賑わえば人にぶつかる可能性が高くなってしまう。

 丁度、角を曲がったところで二人のロンゾ族に当たりそうになってしまう。

 

「良い、気にするな」

「ああ、ビラン大兄の言うとおりだ」

 

 二人の体格は、ロンゾ族ということを差し引いても非常に大柄だった。ビランと呼ばれた方は黒い体毛に金色の髪の毛と肩毛を生やす王者といった風体で、鍛え抜かれた体を惜しげも無く晒している。

 そして、その隣にロンゾ族もビランよりはややほっそりとした印象だが、それでも平均的なロンゾ族よりも優れた体格をしている。

 見るからに強者の空気を纏った二人だったが、ロンゾゆえの強面を遥かに越えた面貌とは違い素直に謝る二人に穏やかに対応してくれた。

 

「ふむ、お前、強いな」

 

 強者故か、ビランは目の前に立つ人にしては長身な男性が只者ではない事に気付く。マジックマスターも二人とは毛色が違うが同じく独特の威圧感を放つもの、その威圧感は人が放つには異質に過ぎたようだった。

 

「手が空いているなら、手合わせを願いたいほどだ」

「たびたび悪いがブリッツボールを観戦しようとしてるんでな」

「なるほど……なら又の機会を、願おう」

 

 残念そうに顔を顰めると、二人のロンゾ族はのしのしと歩いて行く。体は大きくともその足音は一切無い。その足運びからだけでも二人の技量が垣間見えた。

 

「あれ?あの二人はブリッツボール見ないのかな」

「あのデカさだからな。どこかでモニターを見るのかもしれん。まさかこの時期にルカに来てブリッツボールを見ないなんて事はないだろうしな」

「それもそうね」

 

 今のちょっとした出来事ですっかり機嫌が戻ったのかリアニはマジックマスターの横に並ぶと一路、スタジアムを目指して歩き出す。

 その二人の様子を凝視する影が有る事も知らずに。

 

 

 

 

 大歓声がスタジアムの中央に浮かぶ大きなスフィアプールへとぶつかり弾けていく。スフィアプールは己が身に包み込んだ選手たちの動きに合わせ、その身の表面に幾つもの波紋を浮かばせる。それはまるで中に湛える選手たちの闘志のぶつかりを表しているかのようであった。

 試合は今日最大の盛り上がりを見せている。それは当たり前のことだった。何故なら今行われている試合は、開幕船でありマイカ総老師在位五十周年を祝う今大会の決勝戦なのだから。

 対戦カードは優勝候補たるルカ=ゴワーズは当たり前として、その対戦相手は二十年連続一回戦敗退のある意味伝説的なチーム、ビサイド=オーラカである。……残念な事に二人をここまで連れてきてくれたキーリカ=ビーストは敗退してしまった。

 誰もが予想もしなかった決勝戦はビサイド=オーラカ優勢というこれまた予想外の試合運びとなっていた。

 既に一点を勝ち越しながら、ビサイド=オーラカの金髪の選手が目の前に立ちはだかる二人の選手を巧みにボールをぶつけて排除し、体をまるで竜巻の様にグルグルと回転させ、水中とは思えないスピードでシュートを放つ。

 水を唸らせボールはキーパーの反射神経を凌駕し、ゴールネットを破らん勢いで突き刺さる。

 

「うわぁ!?見た今のシュート?二人を跳ね飛ばしたよ」

「あの小僧やるな。ざっと見る限り今大会で一番の腕だな」

 

 そしてリアニとマジックマスターは揃ってブリッツボールを観戦している最中だった。流石に開幕戦、既にチケットは完売、スタジアム内の席は立ち見も含め満席。現在絶賛上昇中のリアニ威光を利用すれば席は開けられるだろうが、そんな真似をするリアニでは無い。なのでルカの街中に設置されているモニターの一つをそこらの人々と一緒になって見上げている。

 二人に気付いているものも中に入るが、幸いにもブリッツボールの観戦の方に意識が向かっている為、二人を邪魔するものはいない。

 

「へぇそういうの分かるの?」

「ふ……あぁ暇な時は良く遊んでいた。魔法で強化すれば楽勝だ」

「それ……反則じゃないの?」

 

 過去にブリッツボールをやっていたと懐かしげにマジックマスターは語るが、やってたことは反則の様なプレイだった。とはいってもゲーム中に相手を毒にしても文句を言われないルール故に何処からが反則なのかは疑問ではある。

 二人が他愛のない会話をつらつらと話しながらも、目まぐるしく試合は進む。

 

「ん?」

「あいつ、試合放棄か?」

 

 しかし、その目まぐるしく進む試合の中で、突然ビサイド側の選手、先のシュートを見事に決めたユウナのガードの少年がスフィアプールから出ていく。

 そして、聞こえるワッカコール。

 この試合でブリッツボールを引退するというワッカ。一回戦敗退が常のビサイド=オーラカが奇跡の決勝戦、しかもルカ=ゴワーズという常勝のチームを押している。

 誰もがこのドラマティックな試合運びに飲まれていた。

 

 そんな割れんばかりの会場の声を聞いて先の試合の負傷を押して遂にワッカがその姿を見せる。更なる歓声が会場を、ルカに響き渡った。

 完全にビサイド=オーラカに染まった空気にいつも応援しか受けていないルカ=ゴワーズは全力を出せないのか、一度崩れてしまったペースを戻すことが出来ず、そのまま押し切られてしまった。

 

「うわぁ、ビサイド=オーラカが優勝しちゃった。これは流石に予想してなかった。……ん?どうしたのマジックマスター」

 

 ビサイド=オーラカの勝利に驚きの声を上げるリアニだったが、その傍に立つにマジックマスターからは何のリアクションも無い。何気に試合中にうむ、とか声を上げていただけに、何の反応も無いというのは、いささか違和感が有る。

 

「……ちっここの警備は何をやってる?というかいきなり現れたのか?」

「ちょっと聞いてる?……もしかして何かあったの?」

「あぁ、理解が早くて助かる」

「は?ひゃああ……!?」

 

 ここではない何処か遠くを見つめていたマジックマスターはリアニの反応に、やれやれとその華奢な腰を左手で引き付ける。

 いきなりのその行動に年相応の少女の悲鳴をリアニはあげるが、そんな事はお構いなしにマジックマスターは飛翔呪文レビテトを発動させる。

 いきなりの爆発的な加速にリアニの息は詰まりそうにそうになるが、そんなことはお構いなしにマジックマスターは一目散に目的地へと向かう。轟々と耳元でなる風を切る音しかリアニには聞こえない。

 

「い、息が……ってか、ま、魔物!?」

「あぁ、とりあえずさっさと潰すぞ!」

 

 リアニがようやく抗議の声をあげられる様になった時には既にその場は、先のモニターの前では無く。スフィアプールが展開されているブリッツボールのスタジアムの中だった。

 それだけでも驚きの声を上げるのに十分だったが、なにより彼女の目の前には多くの魔物達が我が物顔でスタジアムの中を暴れ回っているという想像外の事態が展開されていた。

 ルカはスピラの皆の心の拠り所であブリッツボールが開催されていることもあって、他の場所に比べると非常に厳重な警戒態勢が常時敷かれている。にも関わらずスタジアムの中には多種多様な魔物達があちらこちらに出現している。

 

「はっ雑魚しかいないのか」

 

 スタジアム内の魔物の位置をざっと確認したマジックマスターは視界内に悠然と歩くシーモアを見て、眉を潜める。距離が離れていて表情までは読みにくいが、慌ててるようには見えない。

 

(あいつ……何を考えてやがる。まぁいいこっちは出来る事をやるだけだ)

 

 魔物の襲撃、シーモアの様子、どうにも見過ごすには怪しい様子がいくつかあるが、マジックマスターは目の前の事態に一時それを棚上げする。

 

「スフィアプールか丁度良い。ウォタラ!」

 

 スフィアプールを見るやマジックマスターはニヤリと笑うと、その身体から魔力が迸る。体から発せられる魔力はマジックマスターの赤い髪を靡かせ、スフィアプールへと注がれていく。

 すると、どうだろうそれまで綺麗な球を形作っていたスフィアプールはぐにゃりとその形状を変化させ、人の胴体ほどの太さをもつ杭、否、蛇達へとその身を変じさせる。

 声泣き産声を大空へと上げ、数十本の水蛇は一直線にそれぞれ別の魔物目掛けて、透いた口から覗く牙をむき出しにして襲い掛かる。

 

「ま、マジックマスター様だ!」

「おぉ!我らを助けに来てくれたんだ!」

 

 最初は新たな魔物が現れたと勘違いしていた観客たちだったが、水蛇が次々に敵を屠っていく様子にようやくマジックマスターが水蛇を操っていると理解が及び、その光景に見入っていた。

 サハギンチーフは自らが浸っていた水にそのまま潰され、ヴィーヴルは固い皮膚を紙の様に砕かれ絶命し、ガルダは数匹の水蛇に瞬く間にその身を食われていく。

 水蛇達は反撃、防御、回避、ありとあらゆる抵抗を許さない。ただ一方的に敵を屠るだけだ。

 水、故かあまり重さを感じさせない動きで水蛇たちは動き回る。その中心にマジックマスターはリアニをお姫様だっこして浮かんでいた。

 

「……すごい」

「わぁ……」

 

 ぱちん、とマジックマスターが指を鳴らすと水蛇達が再びスフィアプールへと戻っていく。

 呆気にとられた観客達が歓声を上げるのにそう時間は掛からなかった。

 

 

 

 

 

「誰も魔物がスタジアムに入るまで見ていないんだな」

「は、はい!」

「ほ、本当です」

 

 ぶっきらぼうに、特に感情を浮かばせることも無く僧兵と討伐隊の面々にマジックマスターは魔物が現れる前のスタジアムの警備の状況を問いただしていた。

 呼ばれた面々は一人の例外も無く怯えの表情を浮かべている。自分達の不手際でマイカ総老師やシーモア老師の身を危険に晒したと思われているのではと考えている様だった。

 だが、彼らは誰もが魔物がスタジアムの中、もしくはその近辺に現るまで見ていなかった。故に自身がきちんと警備していたと主張する。

 

「それは空が飛べない魔物もか?」

「は、はい。選手の待合室から出てきた、等の報告は受けましたが」

「地中からという線は?」

 

 目を瞑り、何事かを考えながらマジックマスターは更に質問を重ねていく。

 サハギンチーフの様な水生の魔物が海中を経由して現れたり、空を飛ぶ魔物が街に襲撃を掛けてきたならまだ分かるが、それが出来ない陸生の魔物などがあれほど紛れるには何か大型の魔物が地中を掘り進んできたのではと考えたのだ。

 

「いえ、今のところその様な穴などは見つかっていません」

「そうか……なら良い」

 

 気になる事はすべて聞いたのか、そうマジックマスターは言葉を切ると、僧兵や討伐隊に背を向けて歩き出した。

 僧兵、討伐隊はその態度にやや眉を顰めるが、先の活躍や人の形をしてはいても中身は召喚獣、人とは感性が違うのだろうと三々五々と去っていく。

 

 

 

 

 

 各地から届けられたコンテナが積まれたコンテナ置き場にマジックマスターとリアニはまるで隠れるように身を潜めていた。というか隠れていた。

 キーリカに引き続き、ルカを魔物の襲撃から守ったのだ。シンを追い払った時点でその実力は推して知るべしのなのだが、遠くの大事よりも近くの小事ということなのだろう。ヘタに見つかればそのまま朝まで祭り上げられそうな程、人々は沸いていた。

 

「やれやれ、相変わらず騒がしい連中だ」

「騒ぐ気も分かるけどね」

 

 肩を竦めるマジックマスターとそれを宥めるリアニ。この二人のやり取りも相変わらずだった。

 

「それにしても、おかしいな」

「うん。やっぱりおかしいよね」

 

 魔物が現れた時の様子を聞き込みした二人が出した結論はやはり、この魔物の襲撃はおかしいという一点に尽きた。魔物の現れ方がどうも普通では有り得ない。

 

「一匹二匹が紛れ込むのはまだ分かる。だが同一のタイミングであれほどの魔物がスタジアムに入り込んだのはなにか有ったとしか思えない」

「うん。シンとか居たのかな?」

「いや、魔物中にシンのコケラは居なかった」

「そっか……そう言えばシーモア老師は何をしようとしていたんだろう?まぁ召喚術でも使おうとしたんだろうけど」

 

 シーモアはあの騒ぎの中、悠然と表彰台へと上がろうとしていた。普通に考えるならスタジアムの全体を見渡せる表彰台で召喚獣を召喚して魔物達に応戦しようとしていたのだろうが。

 

「あそこなら全体の場所を見渡せるから、多分そうだろう。……ん?そう言えばあいつってグアド族なのか?微妙に違うっぽいんだが」

「あぁ、確かクォーター?んハーフ?だったかな覚えてないけど、人の血は入ってると思ったけど……」

「へー……グアド族ねぇ」

 

 シーモア老師が人とグアド族のハーフなのは有名な話なのだが、どうやらリアニはぼんやりとしか知らない様だった。リアニは長らく僻地で師匠と一緒に召喚士の修業をしていたせいで、世間の流れには疎いようだった。

 

(グアド族か確か……なんかひょろい奴らだったな、すげぇ上から目線でマカラーニャの森に住んでんだっけ?異界に近い場所に住み幻光虫の扱いに長け……た)

 

「ぁ……あぁ、そういう事か……あの野郎」

 

 シーモアの行動、グアド族の特徴、突如現れた魔物達、その全てがマジックマスターの脳内で一点に繋がり、ある確信を抱かせる。

 

「ど、どうかしたの?凄い顔してるけど」

 

 シーモアが先の魔物の襲撃に絡んでいると至ったマジックマスターの鬼の様な形相にリアニが思わず怯える。

 

「ん?あぁなんでもない。それより適当な宿に入るぞ」

 

 リアニの怯えた態度に若干以上に傷つくも、それを見せないように先の表情を引っ込め、小さく笑う。

 まだシーモアの事を告げるつもりはマジックマスターには無かった。腹の探り合いでリアニがシーモアに太刀打ち出来ないのは考えなくても明らかだ。

 

「しかし、随分とコンテナが多いな。ん……おいおい、なんでこんなのを運んでるんだよ」

 

 ルカは人口も多くブリッツボールの試合が行われているということを差し引いても、スピラ中から数多の荷物が日常的に運び込まれている。ならば開幕戦が行われ、観光客が多いこの時期は普段以上に物資が集まるのは当たり前だった。

 多数のコンテナはまるで二人を囲むように積まれているが、その一つを見てマジックマスターが目を見開いた。

 

「これって、シンのコケラじゃない!?」

「ああ」

 

 リアニもコンテナ内に押し込められたシンのコケラを見て顔を顰める。魔法かもしくは物理的に弱らせているのか、シンのコケラは大人しくしている。

 だが、その見た目は赤く巨大なダンゴ虫、といった体できちきちと体節を鳴らす様はグロテスク極まりない。

 

「……訓練用に捕まえているのか?いや、下手をすればシンが来るからな」

 

 討伐隊の訓練用に相手にしやすい魔物を捕獲するのはよく有る話だが、シンが来るリスクを負ってまでシンのコケラを捕獲するというのは考えにくい。シンをおびき寄せるという目的が無ければ。

 

「まさか先のモンスターもこうやって連れて来たのか?いや……」

(てっきりグアド族がと思ったが……ううむ)

 

 先の魔物襲撃と絡んで、解けたと思った謎が再び鎌首をもたげてマジックマスターの脳内でとぐろを巻き始める。

 

「ねぇさっきの魔物って」

「いや、さっきの魔物の中にコケラは一匹も居なかった」

 

 リアニも同じ事を考えていたのか、確かめるようにマジックマスターに声を掛けるが、当のマジックマスターは首の後ろに右手を当て自身の記憶を確かめるように呟いた。

 先の襲撃もこんな風に魔物を連れてきた可能性もあるが、シンのコケラはいなかったし、なによりこんな証拠を布を被せもしないで放置する意味も無い。

 

「おい!そこで何をしている!?」

 

 シンのコケラを前に考え込む二人に、怒鳴り声に似た声がかけられる。

 

「ってマジックマスター様?」

「それにリアニ様も!?」

 

 怒鳴り声にあった厳めしい顔をした二人だったが、自分達が怒鳴った相手がマジックマスターとリアニであった事を知るとすぐさま、その顔が驚きに染まった。

 二人に声を掛けた相手、それはポルト=キーリカであったガッタ、ルッツの討伐隊コンビだった。

 




戦闘シーンはFF6のボス戦が脳内BGMです。
どっちがボス?もちろんマジックマスターがボスです。
ちなみにリアニの外見はFF6のセリスに近いイメージだったり。
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