もしも小日向未来が陸上部じゃなかったら 作:虚乳の翼さん(SAKI盛り)
「最速で」
繋いだ手だけが紡ぐもの。
「最短で」
一人一人の力はちっぽけでも、繋いだこの手がある限り。
響き合う音色がある限り。
「真っ直ぐに」
人と人は分かり合える。
人と人は繋がり合える。
"どんなときでも、ひとりじゃない"と教えてくれる。
「一直線にッ!!」
重なった銀の腕と金の腕が
天を貫く熱き想いが、ネフィリム・ノヴァを真っ直ぐに打ち砕いた。
「うぉおおおおおおおおおおおッ!!」
ネフィリム・ノヴァの中心が狙い過たず貫かれる。
一拍遅れてネフィリム・ノヴァは激しい爆発を引き起こしながら自壊した。
ネフィリム・ノヴァを貫通して、一気呵成に脱出孔を潜り抜けた装者達は勢いそのまま重力にひかれて落下。
地球の砂浜に大きな砂埃を立てて着地した。
ソロモンの杖は、装者達が不時着した地点より少し遠いところに突き刺さっている。
バビロニアの宝物庫は、まだ閉じていない。
「ぅ、くぅ……杖が……!」
マリア・カデンツァヴナ・イヴが息も絶え絶えに呟いた。
エクスドライブを解放している状態であっても、ここまでの連戦は全てギリギリの戦い。
聖遺物由来の力を吸収するネフィリム・ノヴァを打ち砕いた時点で装者らの体力も、シンフォギアのエネルギーも限界を迎えていた。
「すぐにゲートを閉じなければ……」
自壊したネフィリムの爆発の余波が地球に漏れ出てしまう。
その前に何としてでもゲートを閉じなければいけない。
後はもうソロモンの杖を拾うだけだ。
だが、その"あと少し"が遠い。
「ここまで来て……ッ!」
ダメなのか。
「まだだ!」
「!」
諦め賭けたマリアの心に、力強い声が届く。
「心強い仲間は他にも!」
仲間。
どれほど手を尽くしてもダメだったとき。
自分一人ではどうしても越えられない場所があるとき。
そんな
足りないところ、届かないところ。
だけども絶対に手を届かせたいとき。
一緒に手を伸ばしてくれる。
そんな仲間がいる。
「……私の、親友だよ」
立花響の傍には、いつだって小日向未来がいる。
「ギアだけが戦う力じゃないって……!」
走る。
走る。
砂浜を全力で走る。
砂浜を全力で駆けた。
「響が教えてくれたッ!」
未来は装者ではない。
戦う力を持っていない。
だけど、無力ではない。
人には、心を繋げる強さがある。
未来には、傷付いた友人のために駆け出せる勇気がある。
響の帰る場所に、暖かい陽だまりになれる優しさがある。
「わたしだって……」
───いつも響には助けてもらってばっかりだから
───今度はわたしが
「戦うんだッ!」
ソロモンの杖を掴んだ。
ぎゅっと握るその右手は、困っている誰かを救うために。
「もう響が……!」
全てを終わらせる。
この一投に、万感の思いを込めて。
「誰もが戦わなくていいような……!」
天の穴を見据えた。
───世界にッ!!
ぽちゃん。
「……え」
その呟きは誰のものだっただろうか。
未来が力を込めて握ったソロモンの杖は、リリースポイントを大分前にして、海へと一直線に飛んでいった。
「……う、うわぁああああっ!?」
響が叫んだ。
「や、ヤバいデース!」
「ゲートを閉じないと!」
「クソッ……動け身体ぁっ!」
より一層気合いを入れる装者達。
しかし、その身体は動かない。動くのならとっくに自分でソロモンの杖を回収しに行っている。
「わ、わたしが……」
わたしのせいだ。
未来の思考が真っ白になる。
「(わたしが陸上部だったら……ッ!)」
だがしかし時既に遅し。
未来は陸上部ではなかったし、運動部ではなかった。
アニソン同好会ワースト体力の永久欠番であるという事実は、今更何をどう悔やんでも変わらないのだ。
自分のせいで。
皆頑張ったのに。
わたしのせいで。
考えるだけ無駄な生産性のない後悔が脳を支配する。
そんな未来を一気に現実に引き戻したのは、決死の表情で立ち上がる響の姿だった。
「響!」
未来は叫んだ。
傷だらけの姿の響は、未来が何としても避けたい光景のひとつだ。
"もう響が傷付かないように"。
"自分だって戦える"。
"わたしもやるんだ"。
そんな決意が、揺らぐ。
「また響を傷つけて……」
違う。
わたしがしたいのはこんなことじゃない。
こんなことじゃないのに。
ソロモンの手が落ちた海に向かって駆けていく響に手を伸ばした。
すぐに向かおうとするも、砂に足を取られて転んでしまう。
もしも未来が陸上部だったなら、こんな砂浜に足を取られるような軟弱な下半身じゃなかっただろう。
「まだまだデース!」
「!」
そんな未来に手を伸ばしたのは、イガリマを纏った暁切歌だった。
「思い悩んで立ち止まって、何もやらないことだけは最悪デスよ」
暁切歌はリアリストだ。
本人の明るい雰囲気と陽気な語尾から受ける第一印象と違って、きわめて現実的な思考をするタイプの人間だ。
米国の突起部二たるF.I.S.でレセプター・チルドレンとして過ごしてきた彼女は、人間の死や孤独、絶望に数多く向き合った経験がある。
自分が暗い顔をするなら、その暗い気分は広がる。
自分が明るく振る舞えば、その明るさは伝染する。
自分と相対している誰かの存在を常に念頭において生きてきたから、切歌はいつも笑顔でいた。
"君を照らしたい"。
暗い闇夜を照らす月のような笑顔は、いつだって切歌が今できることを探し続けた結果だ。
「きっと、きっとまだ大丈夫デス。まだ飛べるデスよ」
まだ戦える。
まだ頑張れる。
まだ立ち上がれる。
紡ぐ手から勇気をもらったから。
「だからこのイガリマに乗るデス!」
「うん! ……え?」
獄鎌・イガリマ。
大鎌の形状のアームドギア。
イガリマに乗るとは一体何だろうか。
未来の思考を置き去りにして黒いワイヤーがアンカーのように砂浜に突き刺さった。
二本のワイヤーがピンと張られている。ワイヤーの先には人ひとりが
未来は切歌と手を繋いでいる。そして切歌はイガリマに乗って、射出準備を完了させていた。
それが意味するところは、つまり。
「行ってくるデース!」
『断殺・邪刃ウォttKKK』
バシュン!
パチンコの容量で未来は思いっ切り射出された。
「わぁああああああああっ!?」
視界が流れていく。
かつてない程のGと風を感じながら、未来は切歌の言葉の意味を理解していた。
文字通り、"まだ飛べる"だったのか、と。
あれほど遠くに感じた響の背中がみるみる近付いてくる。
「ひっ、ひびきぃ~!」
「未来!?」
もう声が届くところまで近付いた。
速度は人間砲弾として射出された未来の方が上。
会話を交わせるのは一瞬。
「わたしが取る!」
「……わかった!」
幼い頃からともに過ごした二人は、まさに阿吽の呼吸にして以心伝心。
それだけで未来が何をしようとしているのか響には伝わった。
心の中が読めたり、世界中の人と会話できるわけではない。
けれど、響と未来は分かりあっている。
しかし、射出の勢いは初速がMAX。後はゆっくり落ちていくだけ。
水面の上辺りで未来の勢いが落ちる。
着水するか否か。しかし、未来が海にダイブすることはなかった。
「シャルシャガナ!」
未来の足元に桃色の丸鋸が滑り込んでくる。未来は間一髪、丸鋸の側面を踏んで水ポチャを回避した。
「見せて! あなたの言う"もう誰も戦わなくていいような世界"をッ!」
月読調はロマンチストだ。
可愛らしい風貌とクールな佇まいから勘違いされやすいが、その心の中には強い炎を秘めている。
偽善を嫌うのは、偽善では全てを救えないから。
偽善を厭うのは、本当の正義を信じているから。
誰もかれも全部を救う。そんな都合の良いハッピーエンド。
実現するのは難しいけれど、誰もが「そうであったら一番だ」と思うこと。
そんな道をずっと探している。
世界の清濁を併せ持つ F.I.S.という環境下にいて、それを信じ続けられる芯の強さこそ、月読調が月読調たる由縁だ。
「……!」
信じて足を踏み出す。
常人は、落ちるとわかっている場所に全力で足を進めることなんてできない。
普通の人間なら足場のない場所を全力で走ることなんてできない。
平均台の上を全速力で駆けることのできる人間が、一体どれぐらいいるだろうか。
だが、未来は走った。
響が信じる調を信じたから。
調が信じる響を信じたから。
自分が信じる響を信じたから、
水面の上の二つの丸鋸が交互に前に進む。
調の精密なコントロールがあってこそ成し得る技だ。
だがそれも無限には続かない。
遂に調の集中力も限界を迎える。
ぐらり。
丸鋸が不安定に揺れる。
だが、未来は止まらない。
「(今のわたしは、わたし独りだけの力じゃないッ!)」
これは少しだけ幻想的で空想的な考えかもしれない。
けれど未来には、"独りで頑張る"ときと"みんなで頑張る"ときに出せる力が同じだとは到底思えなかった。
みんながいる。
みんなが付いている。
後ろから未来に捧げる歌声が聴こえる。
「(この世界には歌がある!)」
こんなに心強いことはない。
「羽撃け!」
疾風を射る如き刃が天から降り注ぐ。
絶刀・天羽々斬のアームドギアは、変幻自在の柔剛の剣。
巨大な剣がそこそこの深さの海の底に斜めに突き刺さった。
未来から見ればその剣は、登り坂のようだ。風鳴翼の意図は理解できる。
「これをジャンプ台に!」
けれど。
「ッ! ダメだ! あのスピードじゃ水面上の剣まで届かねぇ!」
少しずつ減速している今の未来のスピードでは、不安定なシャルシャガナを足場に思い切りジャンプしても、天羽々斬のところまで届かない。せいぜい、水中の地面に埋まっている切っ先に届く程度だろう。
「そのまま跳べッ! 剣にさえ届けばあたしが何とかしてやる!」
雪音クリスは唯一の遠距離型の装者だ。
震える身体で魔弓・イチイバルを構える。
アームドギアは装者の心の内側を映し出す。
イチイバルは弓の聖遺物だが、雪音クリスが握れば銃となる。
幼い頃、内紛地帯で生き延びたクリスが頼ったのは、銃だった。
奪い奪われる理不尽な世界に必死に抵抗して握った自由は、そのままクリスの戦う理由だ。
生き延びるため。
争いをなくすため。
自らのケジメを付けるため。
雪音クリスが銃を握る時は、いつだって理不尽への怒りがあった。
信じることや大切なことを見付けたクリスは、言葉にするまでもなく"強い"。
「ぶっ飛べッ!」
「……えいっ!」
未来が精一杯の力でジャンプする。それに合わせて、シャルシャガナが力尽きたように動かなくなった。
が、フィジカル強者ではない未来の身体はあまり飛ばない。重力に従って落下していく。
ばしゃん、と水飛沫を上げて水中に飛び込んだ未来の身体は、そのまま沈んでいく。
それとほぼ同時にクリスの放ったミサイルが翼の剣に命中。
斜めになっている剣の上側が強く押される。剣は、さながらシーソーのように向きを入れ換える。そして、未来はシーソーで言えば地面側にいた。
急激に向きを入れ換えた剣に合わせて、未来は"翔んだ"。
まだ飛べる。
「確か……この辺に……」
投石器の容量で弾き飛ばされた未来は丁度、ソロモンの杖の着水地点付近まで飛んだ。放物線を描いて飛翔。
ばしゃん。そして再度、水中にダイブした。
「(……あった!)」
ソロモンの杖は岩と岩の隙間に挟まっていた。ソロモンの杖のところまではそこそこの深さがある。が、潜っていけない深度じゃない。
未来は水を蹴って潜水していく。
「(……ぅ、あ)」
体が重い。
水圧が強い。
息が続かない。
運動部ではない未来に、潜水なんてプールの時ぐらいしかしたことのない未来に、この海は厳しかった。感覚的には、行ってソロモンの杖を取った辺りで限界を迎えるだろう。
「(だけど、止まれない……絶対に、絶対にッ!)」
絶対に放さない。
胸に響いた想いに掛けて、未来は絶対にソロモンの杖を回収すると決めたのだ。
「(掴んだ!)」
けれど。
感覚的な見立てはおおよそ正しかった。
未来はソロモンの杖を掴んだ時点で全てを出し切ってしまった。
この深度は、帰ることを考えれば潜っていい深度ではなかったのだ。
「ぜ、た……いに…………」
体は重力に従う。
水圧にされるがまま。
息がもう続けられない。
力が抜ける。
意識が薄れる。
気付いた時には、手足の感覚は既になかった。
自分の全てがシャットダウンしていく中、未来の思考は驚く程に軽かった。もう思考のキャパシティはほとんど残っていないのだ。
でも大丈夫だよね。
ソロモンの杖は放していないし。
わたしの体重があれば流される距離も減るよね。
そういえば響と最近ご飯一緒に食べてない気がする。
気だけかな?
まぁ、いいや。
これが終われば、争いはなくなって、なくなって、なくなって……
───わたしが死ぬ?
……いや、
そうじゃない!
わたしは
死ねない!
平和な世界で響が笑うためには……そこにわたしもいないとダメなんだ!
だから死ねない。
だから諦めない。
だから生きるんだ。
──生きるのを諦めるなッ!
歌が聞こえる方へ。
響き合う音色の鳴る方へ。
必死に伸ばした手が繋がった。
ぐんぐん引っ張られて、未来の顔が外界に触れる。
鼻と鼻がくっつきそうなほど近くに響がいた。
「未来のこと、絶対に放さないって言ったから」
「……わたしもだよ、響」
顔を見合わせて笑い合う。
しかし、それも一瞬。
「ソロモンの杖を!」
ソロモンの杖でバビロニアの宝物庫を閉じないといけない。
響が空中の孔にソロモンの杖を向けた。
「…ゲートが閉じない!?」
力が足りない。パワーが足りない。
一度起動してしまえば常人でも使用できるのが完全聖遺物の強みだ。
エクスドライブ状態のマリアが無理矢理こじ開けたバビロニアの宝物庫の出入口は、何もしなくとも時間が経てば勝手に閉じていく。正常に戻ろうとする力がある分、閉じるパワーの方が強いはずなのに。
それなのに、空に空いた孔は閉じない。
『───響ちゃん、聞こえる?』
「あおいさん!」
シンフォギアに内臓されたインカムから頼れるオペレーターの声が聞こえる。友里あおいだ。
さらにもう一人。
『僕の見立てだと、内側からネフィリムが孔を無理矢理広げようとしているんだと思う。アンコントローラブルになったネフィリムは、何としてでも地上に落ちて自壊するつもりだ。ソロモンの杖を普通に使うだけではゲートは閉じれない!』
「そんなっ!?」
藤尭朔也は優秀だ。
多少ぼやくこともあるが、いつも高速でタスクを回している。特異災害対策機動部二課の誇る優秀なオペレーターだ。
そして、藤尭にあるのはスキルだけではない。
有事の際には疲労を押し込めて、粉骨砕身の思いで前線で戦う者達をサポートしてくれる。市民のため、命のため、守るべきもののためなら、どれだけだって頑張れる。能力以上に得難い才能を、彼は持っている。
前線で戦う者だけが戦う者ではない。
『対策は……』
しかし、どれだけ優秀でもどうにもならないことはある。
『今のところ見付かっていない』
「!?」
ネフィリム・ノヴァがバビロニアの宝物庫へと至るゲートを無理矢理広げているなんて状況はあり得ない状況だ。そんな理外の展開への対策は、優秀な人材で固まっている二課であろうと間に合っていなかった。
「……どうすれば」
特異災害対策機動部二課の人員は対策が間に合わなかった。
なら、二課以外の人間なら?
「こっちだ!」
ズババババ!
激しい駆動音を掻き鳴らしながら、バギーが水面の上を走ってきた。
特異対策二課の誇るリーダー、風鳴弦十郎がウェル博士と共に、バギーを使って響達の元へ駆け付ける。
「未来さんはこっちへ!」
ズババババ!
激しく水飛沫を上げながら、人間が水面の上を走ってきた。
『SAKIMORI』『NINJYA』と裏の世界で恐れられる風鳴機関が誇る忍者、緒川慎二その人だった。水の上を走れる人間は極めて珍しいが、緒川のNINJYAとなれば話は別だ。この程度の技を使えない者はいない。
弦十郎の伸ばした手を響が掴む。バギーに引き上げられた。
「ありがとうございます、師匠」
「感謝なら僕にして欲しいですけどねぇ」
「ウェル博士!?」
弦十郎の巨大な体躯に隠れて見えなかったが。バギーの後部座席にはウェル博士が何かしらの機械と共に乗っていた。
「これを水の上が走れるようにしたのも僕がやりましたからねぇ」
ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス、通称ウェル博士は天才だ。
聖遺物に関する研究を筆頭として、どんな分野でも結果を出せる彼はまごうことなき天才である。
だがしかし、性格が悪い。
性格が悪い。
「僕ならバビロニアの宝物庫を閉じれますよ」
ウェル博士はニヤニヤしながら響の持つソロモンの杖を見た。
本当に信じていいものだろうか。
ウェル博士とはつい先程まで敵対していた。何なら今問題になっているネフィリム・ノヴァだって、元をたどればウェル博士のしでかしたことだ。
手段は選んでいられない。けれど、ウェル博士に全てを任せるというのは、少しやりにくい。
響が一瞬の迷いを見せた瞬間、水上を走るバギーの横から声が飛んできた。
「本当ですか? ありがとうございます!」
未来が緒川に抱えられながらウェル博士に頭を下げていた。
一直線に伝えられた思いがウェル博士を襲う。
「……まぁ、僕は天才ですからね」
未来のストレートな行為に戸惑っているのか。ウェル博士が顔を逸らした。
「ウェル博士、私からもお願いします! 未来が信じるなら……私も、博士のこと信じてみたいです」
「そこまで言うならやってやりますよ。僕が地球を救った英雄ということで、ね」
ウェル博士はぶっきらぼうに響からソロモンの杖を受け釣った。そのタイミングでバギーが砂浜へ帰還。ウェル博士は浜辺に積んである機械群の方へ向かった。
「あー、とりあえず後10分耐えて下さい」
「じゅ、10分!?」
ウェル博士の言葉を聞いた全員が驚愕する。
ネフィリムはもうすぐ地上へ落ちてくるだろう。ゲートが今も少しずつ開いている。
エクスドライブ状態でも装者が単体で挑めば敗北は必須の相手だ。
それを相手に10分の耐久戦。しかも、もう装者達は立つことすらままならない状況だ。
「聖遺物たるソロモンの杖を改造しようと言うんです。たったの10分で出来ることを褒めてほしいんですけどねぇ」
「だ、だけど……」
「やってやろうじゃねえかッ!」
だけど、諦めるわけにはいかない。
諦めるなんてありえない。
胸の歌がある限り。
「マリア」
「……調」
調がマリアに手を伸ばした。
言葉にしなくともわかる。
「デス!」
ぎゅっと握った拳は誰かを傷つけるだけじゃない。
繋がる。
みんながいる。
「あのネフィリム相手にここから10分……」
不安な表情が一転。英雄然とした顔に変わる。変身だ。
「なかなかに厳しい条件だけど……だとしてもッ!」
調と切歌の空いた手を翼とクリスが取った。
「もう何も失うものかと決めたッ!」
思いが集う。
想いが重なる。
この銀の腕は悲劇を終わらせる英雄の腕。
「私の歌を全世界にくれてやるッ!」
奇跡が、
「ついて来れる奴だけついてこいッ!!」
後にフロンティア事変と呼ばれる騒動は終結した。
最後の方にわちゃわちゃしてしまったが、胸の歌がある限り正義を信じて握りしめたら割と何とかなるものである。
風鳴弦十郎の八面六臂どころか百面千臂の活躍。
ウェル博士と共同して作業時間を大幅に縮めた二課の面々。
どこからともなく駆け付けた一課のOTONAたちの奮闘。
リディアンのみんなが届けてくれた歌声。
重なる手と手でどこまでも残酷な
何か色々と奇跡に奇跡が重なりまくって、さながら奇跡のハイパーインフレーション状態。
何かひとつでも欠けていれば、この結果は得られなかっただろう。
しかし、努力や頑張りが結果になることは、この世界では夢物語なんかではない。
確かな現実だ。
生きることは激動的だ。
だけれど、ずっと劇的というわけではない。
それぞれの日常が帰ってくる。
事件を経て変わった、変わらないいつも通りの日常が帰ってくる。
「ねぇ、響」
「ん、未来。どうしたの?」
陽射しが暖かい。
「わたし、ジョギングはじめたんだ」
高い空の下。
ふたつの笑顔が花を咲かせた。
授業中に書く小説、プライスレス
制限時間が迫ると爆速で畳む小説、迫真の尻すぼみ具合デース