お湯を沸かして浴室にいるノエルへ渡して、ついでに頼まれた服の調達も済ませて渡せば、そこには一通り洗って綺麗になった体を冒険者らしい身軽な服で包んだ美少女が出来上がった。
「どうどう? 似合ってる?」
「全然似合ってねえな」
「こらっ、女の子に似合ってないとか言わないの!」
「けどよ……」
ノエルに叱られても、改めて上から下まで見ても、俺の意見は変わらない。
服はリリアナ様の希望『冒険者っぽい服』を叶えようとした結果だが、男物しかなかったから可愛さどころかデザイン性もない。ただ美少女が中古品の薄汚い男物の服を着ている、とありのままの事実しか感じ取れない。
服に着られている、なんて言葉があるが、リリアナ様の恰好はまさにその言葉の逆を体現していた。
「結構良いやつを買ったと思ったんだが……美少女が着るとボロ雑巾に見えるんだな、それ」
「えっ⁉ だ、大丈夫だよ、ちゃんと服だよ、これ。ほら、この肩当てとか年季が入ってて……えっと、ベテランの服っぽい、よ?」
「子供服でベテランもなにもないだろ」
「で、でも結構好きだよ、こういう服。一人で着れるし。ちゃんと満足してるから、落ち込まないで」
「落ち込んでないが?」
「えぇっ⁉ ……あ、ほんとに落ち込んでないんだ。なんだ、ちょっと慌てちゃった」
俺の言葉と淡々とした態度が勘違いさせていたようで、気遣うような様子だったリリアナ様はホッと息を吐いた。それから自分自身を見下ろして「そんなに似合ってないかなぁ……」と呟く。
着替える服がないから、と急遽買ってきただけのものだが、もう少しデザインを考えれば……いやそもそも平民の男は見た目なんてそこまで気にしないからデザインなんて考えられてないしな……今日一日を凌げればそれでいいか。
だが今後も似た格好をしたいと言うなら、仕立て屋に正式に依頼して一から仕立ててもらったほうがいいだろう。平民が着る冒険者服はどうしたってこのザ・お嬢様の魅力を備えた彼女には似合いそうにない。
「ならせめて髪を括りましょうか」
少し考える素振りをしていたノエルが、座らせたリリアナ様の長い髪を後頭部の上の方で手早くまとめると、持っていた紐とピンで一つに括る。それだけでストレートヘアが大人しい印象を与えていた少女から、後ろで揺れる髪から活発そうな印象を与える少女へと早変わり。スカートではなくズボンなのもその印象を強めていた。
ノエルが鏡を持って、リリアナ様へと向ける。
「どう?」
「……うん、いいね。動いても髪が煩わしくないし」
「気に入ったならよかったわ」
リリアナ様は鏡を前に頭を左右に振り、その動きを見て頷く。
その満足気な様子に、ノエルも満足気に頷いて……鏡を置いて空いた両手で、パンッ、と空気を変えるように一回叩き、
「さて、それじゃリリィが綺麗になったことだし、少しはお話を聞かせて頂戴ね?」
そうにっこりと笑顔で、だが笑っていない目で言う。
もともと逃げる気などないが……肌身に感じる重圧に、逃げようとしても無理なのだと俺に悟らせていた。
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その髪は絹のように美しく綺麗で、丹念に手入れされていることは手に取るように理解した。肌は日に焼けていないのではと思うほど白く、かといって適度についた筋肉から貧弱さは感じられない。手もすべすべとした綺麗な手で、水仕事で酷使されているとは到底思えない。
そんな身体だけの情報でも彼女が平民でないことはすぐに気付いた。そうでなくても上質なドレスが十分に彼女の身分を証明していた。
ただ同時にそれをなるべく隠そうとしているのも気付いた。それが身分を知られてはいけないからなのか、それとも別の理由かは平民の私に思いつくわけないのだけど。
だから彼女から聞いたのは「リリィ」という呼び方だけ。それ以外は席に着いたとき……彼女がいつでも逃げられる状況でと決めていた。
いつもは二人で囲む席を三人で囲む。私の正面に硬い表情をするリリィ。右にどっしりと腕を組んで堂々としているザイン。
その二人を交互に見てから、まずはザインへと口を開いた。
「さて、まずザインに訊きたいのだけど……まさか攫ってきた子じゃないわよね?」
「んなわけねーだろ⁉」
目を見開き、私がそう言ったのが驚きだとばかりに態度が崩れる。けれどその表情につい吹き出した私を見て、からかわれたのだとすぐ理解して、むすっとした表情になった。
そんな私達のやり取りを見た彼女の表情から硬さが抜けたのを見てから、私は本題へと入った。
「まあ冗談はさておき、ザインとリリィの関係を教えてくれる?」
「あー……それは、だな……」
ザインは歯切れ悪く答えない。頬を掻き、視線を彷徨わせ……リリィへと向ける。
そのリリィは何かに迷っていたようで、視線を受けてもまだ迷い続け……数分の沈黙の後、何かを決意したような目になると、一度深呼吸をしてから、まっすぐに私を見つめて口にした。
「ザインはわたしの先生だよ。剣を教えてもらってる」
「なるほど、お弟子さんだったのね。……って確かザインが指南している子は……」
「……ああ。この方がそのご令嬢だ」
ザインの弟子。それが誰だったか瞬時に浮かんで……思わずまじまじとリリィを見てしまう。
もしや貴族では、という考え自体はあったけれど、貴族は貴族でも王族を除けば最上位の公爵家。それに加えてこの土地の領主様の娘。そんなのが目の前にいて、しかもさっきまでその身体を洗ってあげていたなんて、驚かない方がおかしい。
そう驚く私からの視線を受けたリリィは怯んだように視線を逸らす。けれどすぐまたまっすぐに合わせた。
「あのね、ノエル。ちょっと難しいかもしれないのだけど、出来ればさっきまでと同じ態度でお願い」
「え、ええ、あなたがそう言うならいいけれど……理由は聞いてもいい?」
「単純に今更かしこまられるとやりにくいってのもあるけど……一番の理由は、私の将来的に貴族としての義務を果たせそうにないから、ね」
「貴族の義務って……政治とかか?」
「それはまだわからないし、そんなやろうと思えば誰でもできるようなことじゃなくて……」
そこでリリィはその先を言うのをためらう。言ってしまえば私達が敵になるのでは、と思っているようにほんの少しの怯えを混ぜて。
それでも先程よりは沈黙が短かったのは、既に決心していたからか。
「私、魔法が使えないんだよね」
なんてこともないような口調で、笑顔で口にした。
「……マジか」
「マジマジ。精霊へどんだけ祈っても、何にも起きやしないの。パーッと光ることも、ジャバーッと水が出ることもない! 火なんておろか、そよ風さえ吹かせられない! 魔力自体はあるのに、魔法が使えなきゃただの宝の持ち腐れ! 貴族の父を持っただけ、貴族の皮を被っただけの平民だよね、これじゃ」
おちゃらけたような口調や大袈裟な手振りで説明して、最後には「やれやれ」と首を振る。自虐していてもその口調はまるで大したことではない何かを話すようで、私はその様子から大して気にしていない、こちらも重く受け止めないほうがいいと判断した。
その半分が間違いだと気づいたのは、ザインの険しい表情を見てからだった。
ザインは少しの間険しい表情で考え、リリィへと確かめる。
「なあ。もしかして屋敷を抜け出してきたのって、それが原因か?」
「まあ大雑把に言えばね。正確には原因を生み出した要因なんだけど……まあその話は長いし置いとくよ。とにかく、そういうわけだから、わたしへの畏まった態度は無しね」
苦笑いをして、改めて私へとそう念押しする。それ以上は喋りたくないと、その雰囲気から感じ取った。今度は正解だろう。
ならば次はどう接していくか、だ。
「ならそうね……ザインのお弟子さんって扱いならどう? それならいいかしら?」
「うん、それくらいがちょうどいいよ」
「じゃあ改めて、ザインの妻、ノエル・グラッシュよ。よろしくね、お弟子さん」
「……うんっ。弟子のリリアナ・クラウグレーだよ。よろしく、奥さん」
差し出した手に、躊躇いはあったものの応えてくれたリリィと握手を交わす。
こうして貴族の中でも複雑な事情を抱えた少女、リリィとの関係はここから始まったのだった。