空に虹を描きたい   作:ほのりん

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彼女はこうして夢を語る。

 その夢を見た日、わたしは朝早くから父様の部屋へ向かっていた。事前に面会の約束などしていない。家族で同じ家に住んでいるからといって、貴族の予行練習として必要なのは十分承知している。それでもこの話はすぐにすべきだと感じたし、そう思い着替えを急かしたメイドは何かに怯え、わたしの猪突猛進ぶりを止められなかった。

 それだけわたしは興奮していたのだ。教育中のお淑やか歩きなど放り出して大股でズンズンと、フーッフーッと鼻息荒く、我が家の広い廊下を一直線に駆け抜ける。一刻も早く直接この熱意を父様に伝えなければ、と。

 

「お、お嬢様!? そんなお急ぎでどうかなされたので……えっ!?」

 

 当主の寝室に近づいたとき、その前で着替えが終わるまで待機していた執事がわたしを一旦止めて用件を聞こうとして、目が合った途端驚かれる。

 何か異常なものを見たような様子に気付きつつも気にせず、すぐにでも父様に取り次いでもらおうと早口で語気を強めて言う。

 

「父様にすぐにでもお話しなければならないことがあり参上いたしました。朝早くからというのも、面会予約もないということも、本当はダメだと知っています。それでも早く伝えなければならないのです。なので早く取り次いでもらえないでしょうか!」

 

 言い終わり返答を聞こうとしても執事は微動だにしない。異常なものを見たような様子は変わらずに、じっと目を合わせ続ける。少ししてそれが目を合わせているのではなく、“目を見続けている”ことに気付いたとき、寝室の扉は開かれ、中から一人の男が出てきた。

 

「ふむ……やはりその声、リリィだったか。どうかしたのか? 何かあったのか?」

 

 暗い灰色の髪。目尻が垂れた深緑の目。鼻の下に整った髭のその男こそ、我が父でありクラウグレー公爵『エリック・クラウグレー』であった。

 さすがに主が出てきたとあっては動かざるを得ない執事は慌ててピンッと立つと、わたしと父様の間を退き、説明しようとする。その口を父様は手を向けて止め、わたしから直接聞く、と優しい笑みを供えたまま不思議そうにこちらを見つめる。その瞬間眉がピクリと動いたものの表情はそのままだ。

 

「わたくし、夢を見たのです! とても美しい、虹と空が舞う夢を! わたくしは将来絶対にあの方々のお傍でお仕えしたいと、その想いで今のわたくしの胸はいっぱいなのです!」

「ふぅむ……? それはどういう……」

 

 先走る気持ちから碌に考えず、間をすっ飛ばした子供の言葉に父様は首を傾げる。それでもすぐ子供の戯言と処理しないところが彼の素晴らしい才能だろう。わたしの言葉を真剣に受け止め、言葉の意味を紐解こうと悩み始めるも、少しの間だけ。

 

「リリィがとても素晴らしい夢を見たのはよくわかった。その夢とリリィが何を思い感じたのかじっくりと話を聞いてあげたいところだが、今はこれから朝食だ。ここで話し込んで料理が冷めてしまえば、料理人に申し訳ないと思うのだが……」

「あ……」

 

 父様が話を聞いてくれる姿勢と朝食もまだだったことの二つの要素がわたしを落ち着かせ、同時に父様の言うように料理が冷めてしまったときのことを考えると申し訳なくなる。料理人だけでなく、食堂で待っていてくれるだろう義母様と2人の兄姉にも。

 

「……かしこまりました。朝食に致しましょう」

「ああ。リリィの夢を話す時間はその後に取るとしよう」

「え? でも、お仕事は……?」

 

 冷静になったついでに思い出したが、今日は父様が王城へ向かう日だ。仕事日は常に領地から遠い王都で単身赴任している父様は、定期的にこうして領地へ帰って来て下さる。今回はわたしのウルフ化を見届けるために少しばかり長くいてくださったが、さすがに今日の朝には戻らなければ仕事に差し支えると、義母様と話しているのを耳にしていた。

 けれど父様は首を振り、穏やかな笑みのまま膝を付いてわたしと目線を合わせると、頭をそっと撫でる。

 

「大丈夫。仕事に関しては心配いらぬ。たった一日二日で崩れるほど軟弱な部下など、私の元にはおらぬのでな」

「っ……! では、その……!」

「ああ。朝食を済ませたら、リリィの夢を存分に語っておくれ。とても楽しい夢だったのだろう?」

「はい!」

 

 もし仮にわたしに尻尾があればちぎれそうなほどぶんぶん振り回す様子がよく見れただろう。それほどの喜びを抱えたまま、わたしは父様と共に食堂へ向かう。

 向かう直前、従者たちに何か告げているのは気付かなかった。

 

 

 


 家族全員での食事を終え、いつもなら家族の団欒となる食後のティータイムはカット。わたしの話を聞いてくださるという言葉を噓なく実行するために、父様は食後で話ができるという貴重な機会を潰されたことに不満げな兄様、姉様を部屋へ送らせると、義母様と共に父様のアトリエへと向かった。

 絵を描くことが趣味の父様のアトリエには数々の画材が置かれており、その片隅に最低限としてくつろげる椅子と机が用意されている。そこでわたしの話を聞くそうだ。

 アトリエであることに疑問を持ちながらも、先に向かった父様の後を、義母の『ヴィルテ・クラウグレー』と共にゆったりと向かう。本当はすぐにでも駆け出したいが、義母様の手前そうもいかない。血の繋がらない娘にも実の子同然に愛情を注いで下さる方ではあるが、その分教育には厳しい。義母様に朝の行動が知られれば雷が落ちるのは確実だろう。父様が言わないでいてくれるよう願うしかないか……

 

「リリィ、着きましたよ。あなたはいつまで歩くのですか?」

「えっ、す、すみません義母様。考え事に集中していました」

「何事にも思考を深めるのは悪い事とは言いませんが、周りを見ながら行うこと。いいですね?」

「はい」

 

 思考に入り浸っている間にアトリエを通り過ぎようとしていたことを指摘され、急いで義母様の傍へ戻る。義母様のこういうただダメと言うだけではない説教はとても好きだ。それはそれとして説教自体は嫌いなのだけど……

 それはともかく、今度はちゃんと従者に扉をノックさせる。すぐに聞こえた入室の許可を得て中へ入ると、そこは変わらずわたしの心をワクワクさせる物いっぱいのおもちゃ箱のような部屋だった。

 壁に飾られた風景画や人物画。棚に整理整頓されて置かれている筆や絵の具、筆洗器、パレットなど。立てかけられたキャンバスとイーゼルにもわたしの心は反応する。

 絵を描くための道具、その全てがわたしを楽しませるおもちゃであり、心を輝かせる宝石でもあった。

 

「おやおや、リリィは相変わらず絵の道具が好きだな」

「リリィ、あまり時間をかけてはならないことを忘れてはいけませんよ」

 

 ふらふらと道具に近付いてワクワクした感情を隠さないでいると、父様はとても嬉しそうな笑顔を浮かべる。対して義母様はただでさえ忙しい父様を煩わせてはいけないと注意した。

 結局従者がお茶を淹れ終わり人払いが済むまでの間なら、とギリギリまで許され、話を始めたのはアトリエからわたしと父様、義母様の三人だけになってからだった。

 

「それでリリィ。君はいったいどんな夢を見たんだい?」

「はい! 実は──」

 

 向かいに座った父様、義母様へ、夢の内容を細かく順序を立てて説明する。空を舞う二人を、わたしは大勢の一人として眺めていたこと。その神秘的な美しさ、感動の度合い。その全てを言い終えたわたしは頬が熱くなり、ちょっとした運動をしたような息遣いになっていた。

 

「ふぅむ……それはそれは……」

「とても楽しい夢を見られたのですね」

 

 対して父様は変わらず穏やかな笑みのまま。ただどことなく目に鋭さが宿っているように見える。義母様は生温い眼差しをわたしへ向けていた。本当にただ娘が昨日見た夢の話を聞いているかのように。

 父様はともかく、義母様の反応にわたしはむっとした。まるで本当のことだと信じていないように感じたから。

 だからこの反発は義母様の困惑を引き出すだけにしかならなかった。

 

「義母様! わたしは真剣な話をしているのです! “楽しい夢”などと、そのような一言で収めないで頂けませんか!」

「えぇ……? しかし、これは夢のお話なのでしょう……?」

 

 わたしの真剣さをわかってくれない義母様に苛立ちを覚える。何故これほどまでにわかってもらえないのか。どうしたらわかってもらえるのだ、と。

 義母様を見る目が睨みへと変わる頃、父様は「まぁまぁ」とわたしをなだめた。

 

「リリィ、君が伝えたいのはその夢の光景の素晴らしさだけではなかったのだろう? 確かその空を舞う二人にお仕えしたいとも言っていた気がするが……」

「あ、はい! そうなのです! お二人のうち片方は太陽のような明るい白金の髪を持ち、もう片方は月のような銀の髪で──」

 

 そこからもわたしの口は滑舌よく動く。その二人がどれだけ美しいのか、わたしがどれだけそのお二人のお傍でお支えしたい、仕えたいと思ったのか。さすがに『推し』とか『カップリング』なんてサブカルチャーな言葉は使わなかったけど、それでもわたしの熱意は伝わったはずだ。

 今度はもう全力疾走したように息を切らせながらも言い終えたわたしは、再び両親の反応を見る。父様の笑みは実に楽しそうな笑顔に。義母様は何を言っているのかわからないと困惑の色を濃くさせていた。

 これほど言ってもまだわかってくれないのか、と怒りを爆発させそうになったとき、父様は急に立ち上がり作業スペースへと向かっていった。その急な行動に出鼻をくじかれたわたしが上がりかけた腰を渋々下ろしていると、父様は壁に伏せるように掛けられたキャンバスの中から一枚の絵を取り出した。

 

「リリィ、もしや君が見たその女性というのは、このような人物ではなかったか?」

「そ、そう! このお方です、父様!」

 

 見せられたその油絵は一人の女性が椅子に座っている。ただそれだけと言えばそれだけの肖像画だ。

 けれどわたしから見ればそれだけでは終わらない。太陽の如きその白金の髪色も、優しさと活発さを兼ね備えた緑の瞳も、輝くようなその笑顔も、わたしが夢で見た女性そのものだった。

 

「エリック、その女性……? は一体誰なのですか? それにその髪色は……」

 

 わたしが絵に夢中になって今にも飛びつきそうなのを尻目に、義母様は不思議そうにその絵を見つめる。“女性”という部分に疑問を持ったのは少女とも取れる見た目だったからだろう。

 それに父様は今にも笑い出しそうな笑顔で答えた。

 

「ああ、前に話しただろう? 今度王族の方々の肖像画を描かせていただけることになった、と。これはその後に描いた肖像画でね。この絵の女性はなんと、アニスフィア・ウィン・パレッティア王女殿下なのだよ」

「アニスフィア・ウィン・パレッティア……」

 

 ただの趣味の父様が王族の肖像画を描かせてもらえたとか、このお方が王女様だとか、そんな些細なことは頭の片隅に留め、ただひたすらにその名を心に刻み込む。その名がわたしが将来お仕えする、お仕えしたい主の名なのだと、絶対に忘れないように。

 わたしが魅入られたように王女様の名をぶつぶつ繰り返しながら絵を眺めるその様子に義母様がドン引きしているのがわかった。きっと今のわたしは頭の中では恋する乙女の顔をしていると思っていても、実際には酷く醜い顔でもしているのだろう。ゲヘヘとか言い出しそうな心境なのは確かだし。

 しかしそのままでは話が進まない、と義母様はわたしから若干距離を取りながらも父様へ疑問をかける。

 

「しかしエリック、今の王女殿下はまだ5歳じゃなくて? 少なくとも以前お顔を拝見したときは年相応だったと記憶しているのだけれど……」

「ふぇ? 5歳……?」

 

 5歳? 今のわたしより2つ上? でもこの絵の王女様はどう見ても15歳前後にしか見えない。実際今の王女様はこれほど立派に成長したお姿ではないはずだ。

 その疑問に大きく頷いた父様は自慢気に答えた。

 

「ああ。これは実際にそのお姿を見て描いたわけじゃない。見たままを描いた絵ならすでに国王陛下へ献上したしな」

 

 頼んで描かせてもらった絵は、その出来栄えを認められ、既に城に飾られているという。

 ならこの絵は何か。その疑問には「天啓を得たのだ」と父様は答えた。

 曰く、王女様を描いているうちにこのお姿が脳裏に映ったのだと。目の前で落ち着かない様子で頑張って動きを我慢している王女様は、いずれこのように成長するのだと。そのイメージが頭から離れず思わず描き残してしまったのが、今わたしの前にあるこの肖像画なのだと言う。

 さすがにこの絵は持ち帰らざるを得なかった、と恥ずかし気に話を閉める父様の顔を思わずじっと見てしまう。だってこの絵は確かに王女様の成長されたときの姿そのままだ。わたしはそう“確信”している。だからこそ同じ姿が見えたという父様のそれは、何か特別な能力のように思えて仕方なかったからだ。

 

 けれどそう思うわたしに、父様もまた同様の感想を抱いていると気付かされたのはこの後だった。

 

「だがこの話はまだ誰にもしたことがなかったはずだ。なのに何故リリィはこの姿を知っていた? 何故お方を仕えるべき存在だと認識した?」

「そ、それは……夢で見て、そう感じたからだとしか……」

「そうだ。リリィはずっとそう言っている。リリィはずっと、その夢が“将来必ず起きる出来事”で、その中で輝くこの方にお仕えしたいとな」

 

 そう口ではっきりと言われて、ようやくわたしの中で何かがカチリとはまり込んだ音がした。

 そうだ。確かにわたしはずっと夢で見た光景をいつかどこかで必ず起きる出来事として語っていた。だからそれが実際に起こるのだと信じてもらえないと感じた時に義母様に怒りを覚えたし、父様の絵で自分の妄想ではないと確信付けられて嬉しくなったのだ。

 

 じゃあそもそもその夢って、何? わたしは一体何を見て、何に心動かされたの?

 

「エリック、これってもしかしてあの……?」

「ああ、どうやらそうらしい。いやはや、実に愉快な……」

 

 クックッととうとう笑い出した父様と、ようやく状況が呑めてきたと淑女らしい笑みに戻った義母様。父様の目は相変わらず鋭さを保っているが、義母様からは悲しそうな気配を感じる。

 そして父様はキャンバスを置き、わたしの両肩を優しく掴むとこう告げた。

 

「おめでとう、リリアナ。君はルナウルフの固有魔法『千里眼』が変質した固有魔法『予知夢』を手に入れたんだ」

 

 満面の笑顔で言う父様は心の底から喜んでいると、そう感じたわたしの直感は告げていた。

 これから絶対、心穏やかな日々だけではいられないぞ、と。

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