空に虹を描きたい   作:ほのりん

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彼女はこうして動き出す。

 そもそもルナウルフとはどんな種族か。固有魔法とは。『千里眼』に『予知夢』って何なのか。

 それをわたしは一つ一つ解明していかなければならないようだった。

 

「ふむ……まずはその体質から自覚していかなければな」

「たい、しつ……?」

 

 夢が予知夢であるとか、それが魔法だとか、そんなファンタジーすぎる設定に動揺しているわたしの心は置き去りに、父様は鏡を机の上に置いた。

 見やすいよう斜めに置かれた三面鏡。自分の体をモデルに描く際使っているというその鏡に映る自分自身を見よ、と指示されて見れば、そこに映るのは幼い女の子。

 瞳はくすんだ黄銅色。髪は紺色のさらりとした質感で、生まれながらの白い肌。大人のかけらなど微塵を感じさせないぷにっとした頬は先程までの興奮具合を示すように朱に染まり、ぷにっとした小さな唇も同じ色をしている。

 前世の記憶が色濃くなってから日もあまり経ってないこともあって「うわっ、美幼女がいる!」と鏡を見るたびに驚いているけれど、今回はそれを上回る変化があった。

 

 なんと、目が狼のようになっていたのだ!

 

 ……いや、うん。うわまわ、る……? そりゃ人間の変化としてはありえないんだけど、地味な変化に見える……

 そもそも狼の瞳は人間に似ていると言えば似ている。瞳孔も丸だし、白目の部分もある。ただ人間と比べてそれぞれの比率が変わったくらいだ。もうちょっと猫とか爬虫類とかの目の方が変化した感があるのだけど……

 

 と考え事に浸り始めると瞳の変化が元に戻った。見間違いかと目を擦ろうとしたら義母様に止められた。どっちにしろ何度見ても元に戻っているのは確かだった。

 いっそ狼の目だった方が見間違いだったのではと思うけど、父様が指摘してきたのだからそれもない。

 さて、これが体質……ルナウルフの体質だとすると、一体いつ、どんな条件で引き起こされるのか。

 

「父様はこの目がいつ、どのような場合に変化するのか、存じておられますか?」

「ああ、知っている」

「ではどのような条件でなるのか――」

「――だが、教えない」

 

 知っているのなら聞けばいい。そう訊こうとしたわたしの言葉を遮るように、父様は拒絶した。

 一瞬何を言っているのかわからなかった。言葉の意味を頭の中で咀嚼した後は、父様の態度が意地悪をしているように感じた。

 不満顔をする。「むぅ……」と唸ってもみる。けれど父様の態度は変わらないどころか、そんなわたしの顔を見ておかしなものを見るように小さく笑う。義母様はそんなわたしたちのやり取りに呆れるように溜息を吐いた。

 

「エリック。早く理由を言わなければ、この子が誤解してしまいますよ」

「ふむ……さすがにそれは酷なことだな」

 

 酷なこと、と言う割に表情が戻らないのはどうしてでしょうね?

 

「リリィ、これは意地悪で教えないわけではない。ただすぐに教えては君のためにならないと思ったからだ」

「わたしのために?」

「ああ。君はいつかアニスフィア王女殿下のもとでその身を捧げたいのだろう? そんな者が知らないことを知らないまま、知ったかぶりをするような愚か者であってはいけない。知らないなら知ろうと人に聞くだけの凡人であってはならない。リリィ、君が目指すべきは人に聞くだけでなく、自分の手で調べる者になることだ」

「自分の手で調べる……」

 

 思わず自分の手を見る。ぷにぷにの小さな手が目に入る。別に言葉通りの意味ではないとわかっている。だが父様の言葉を頭の中で噛みしめるのに時間が欲しかっただけだ。

 ……うん。悪くない。それが遠回りでも着実に夢へ進める道と言うのなら、わたしはそれに従おう。

 

「わかりました、父様。わたし、自分の手で調べ、いつかアニスフィア王女殿下に相応しい臣下となってみせます!」

「うむ! 良い返事だ、リリアナ! なに、安心せよ。その道のりは険しくとも、歩くコツくらいならばその身に叩き込んでやろう!」

「はい! ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします!」

 

 熱く盛り上がる心に呼応するように、鏡に映る目が狼になっていたことなど気付きもせず、将来の自分の姿を想像して心を高ぶらせる。

 だからせいぜい、その目に気付いた父様は再び「クックッ」と何か企んでいそうな顔で笑い、義母様が面倒なことになったと溜息を吐くその目の前で、小躍りしなかっただけ偉いと誰か褒めてくれてもいいと思うんだ。

 

 

 


「疑問を口にしても宜しいでしょうか、エリック」

「ふむ。私と其方の仲だ、遠慮することはない」

 

 今にも踊り出しそうなリリィが退室した後、ヴィルテは固さを感じる口調で許可を求めてきた。結婚して既に数年が経過しているというのに、未だ伯爵家から嫁いできた頃のままな態度に内心苦笑しながらも、許可を出す。

 

「では失礼を承知でお聞きいたしますが、何故リリィのアニスフィア王女殿下のもとで尽くすという言葉を容認したのですか?」

「私はまだ認めたわけではないが?」

「将来あの子が相応の能力を身につけたら、お認めになるのでしょう?」

「ああ、そうだな。……何が言いたい?」

 

 一つ一つ確認していくような問答に今は付き合うのが煩わしい。ただでさえ何故今日という日に限って王都へ戻らねばならないのだと苛立っているのだから尚更。だからさっさと要点を話せ、と催促する。

 

「アニスフィア王女殿下が王となる可能性は極めて低いでしょう。それなのに何故アルガルド王子殿下を薦めなかったのかと」

 

 ふむ、と妻の言葉に思考を巡らせる。現状、王位継承権第一位は王族唯一の男児アルガルド王子殿下なのは間違いない。何もなければ第二位のアニスフィア王女殿下が国王になることはないだろう。

 だが、それはあくまで今の段階での話だ。

 

「ヴィルテ、未来というのは不確定だ。もしかしたら将来、アルガルド王子は王位を継承できなくなるかもしれない。アニスフィア王女の方が有能になるかもしれない。まだどちらも成人するまで十年以上の年月があるのだ、そのような遠い未来を確定的に語るのは早すぎるとは思わんかね?」

「それで、貴方はどちらが王になると感じられたので?」

「どちらも、ならない」

 

 即答された言葉に、妻の目が見開かれる。そして疑わし気に細められる。無言で理由を催促する目に私は再び口を開いた。

 

「王子はなれない。王女はならない。あの仲の良い姉弟を見て、私はそう“直感”したよ」

「では、誰が王になると?」

「さあて……誰がなるのだろうな。……案外、公爵家から出るかもしれんぞ?」

「冗談……であってほしいですね、そんな未来」

「くっくっくっ……」

 

 子供の教育への責任が重くなりそうな話に、心底嫌そうな妻の表情に思わず笑いがこぼれていく。

 現状、クーデターで生き残った公爵家は二つ。我がクラウグレー公爵家と、マゼンタ公爵家。その子供は我が家が男児が1人、女児が2人。マゼンタ公爵家は女児が1人。

 王族の子がどちらも王になれない、国王夫妻が新たに子を儲けることもないのであれば、有能な人材を養子に迎え入れる可能性は0とは言えない。その養子に遠縁とはいえ王族の血を引く公爵家が選ばれないとも言い切れない。

 

(ああ……実に楽しくなってきた)

 

 未来は不確定だ。私がいくらそう直感しようとも、リリィが予知しようとも、確定ではない。

 だからこそ楽しくなる。果たして私の直感と読み通りに事は進むのか、それとも全く違う道へ進んでいくのか。

 その差を比べるのが楽しい。これだから人生という賭け事は辞められない。

 リリィではないが、新たな盤面を前に心踊る気持ちを抑えることはできそうにないようだ。




現時点での設定
【リリアナ・クラウグレー】
・愛称 リリィ
・身分 クラウグレー公爵家二女
・年齢 3歳
・種族 ルナウルフ(ハーフ)
・容姿 紺色の髪(ストレート)、くすんだ黄銅色(5円玉の色)の瞳
・家族構成 実父、義母、異母兄、異母姉
・固有魔法 『予知夢』
・適正属性 不明

【エリック・クラウグレー】
・身分 クラウグレー公爵当主
・種族 人間
・容姿 暗い灰色(クラウドグレー)の髪、深緑の目、チョビ髭
・主人公との関係 実父

【ヴィルテ・クラウグレー】
・身分 クラウグレー公爵夫人(元伯爵)
・種族 人間
・主人公との関係 義母
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