空に虹を描きたい   作:ほのりん

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彼女はこうして鍛えていく。

 あの日、アニスフィア王女殿下ともう一人に仕えたいと心に熱を宿してから早二年。現在5歳のわたしの身体は、ルナウルフとしての性質なのか公爵家の遺伝子なのか、同い年の子よりも随分と成長していた。正確には5歳年上の兄様と並んでも差がほとんどないほど。

 正直なところ、こんな子供気味が悪いだろう。中身だってあの日両親の前で、明らかに三歳児とは思えない滑舌の良さで、前世の語彙力フル活用で話してから取り繕おうとするのをやめたのだから。教えてもないのに妙に出来る子供の出来上がりだ。わたしが他人なら不気味すぎて近付きたくない。

 それなのにわたしが心穏やかに過ごせているのは、事情を知る者しかわたしの周りに配置されないからだろう。わたしを不気味な子供たらしめている発達の良さも「狼は人より成長が早いだろう?」という父様の一言で納得している。……うん。この屋敷では父様が一番偉いし、屋敷の従業員も父様が直々に面談して選ばれた人達だから、基本的に賢いんだよね。主に自分の首を絞める言動は決してしない、という生き方に賢いって意味で。

 

 まあともかく、見た目だけなら10歳だし、こういったことも限度を守れば早めが良い。そんな理由で今日は父様の執務室を訪れていた。

 

「それで、お願いしたいこととは?」

「わたしに、剣の先生をつけてほしいのです」

「ふむ……理由は?」

 

 椅子に座ったまま、執務机の上に肘を付き手を組む父様の目には感情が見えない。まるでわたしという存在を見透かし品定めをするような視線は、到底娘へ向けるものとは言えないだろう。

 そんな目に怯んで一歩下がりそうな足を留め、逆に一歩踏み出し、その目に真っ向から見返す。

 

「将来必要になるかもしれない。理由なんてそれ一つで十分です」

 

 堂々と。自分の考えに間違いはないと。そう言うような態度を取る。

 少しの沈黙。決壊させたのは「くっくっ……」と小さく笑う声。細められた目に感情が戻ったのを見て、わたしはどうにか正解を引き当てたと安堵する。

 もっともそれは少し早い判断だったのだけど。

 

「もしかしてそれは、夢で見たのかい?」

「うっ……は、はい! 見ましたとも!」

「リリィ、嘘を吐くならもっと上手に吐きなさい」

「ひぅっ……で、でも、もしかしたら今後、そんな夢を見るかもしれませんよ!?」

「ふむ、その可能性はありそうだ」

 

 予知夢で戦う場面を見たのか、と問う言葉に、咄嗟に説得力を持たせたくて嘘を吐く。けれど動揺丸出しの言葉は叱責しか生まない。苦し紛れに放った言葉が受け入れられたことに、今度は緊張を抱えたまま父様の判断を待つ。

 それは一分も経っていなかっただろう。けれど体感は数百倍にも時間を伸ばし、呼吸も止める。

 だから父様の判断が下ったとき、大きく息を吐いたのは仕方ないと思うんだ。

 

 

 


 基本的に父様はわたしが将来必要だと思った努力に対して、経費を惜しまない。だから騎士ではなく冒険者がわたしに宛がわれたのは、そういうことなんだろう。

 

「今日からお前……あなた様に剣を教えることになったザインだ……です」

「はい! よろしくお願いします、ザイン師匠!」

「ししょ……いや間違ってはないんだが……」

 

 茶髪のツンツン頭な平民ザイン師匠は、気合を入れたわたし相手にやりにくそうだ。今のやり取りだけでも熱血系とは程遠いのがよくわかる。気だるげで面倒くさそうだ。

 けどこの場にいるってことは引き受けたってことでいいんだよね?

 

「しかしなんだってお貴族様のご令嬢が剣を習うんだ……?」

「貴族の令嬢だからこそ、自分の身を守れないでどうするのですか?」

「そんな護身術程度、お抱えの騎士様達が教えてくれるだろ……でしょう。なのに俺みたいな荒くれ者を大事な娘につけるなんざ、領主様は何考えてんだかな……です」

「ふふっ……敬語はいりませんよ、師匠。そんな変な敬語を使われるくらいなら、ないほうがマシです」

「いや、そんなわけにはいかねえだ……あぁもう、わかったよ。どうせ俺はかしこまった言葉遣いなんざできねえんだ。嬢ちゃんがそれでいいって言ったんだから、後から不敬罪にすんなよ?」

「ええ、もちろんですわ」

「なら嬢ちゃんも俺に敬語使うな、名前で呼んでくれ。どうにもお貴族様にそんなかしこまった態度を取られると、背中がむずむずしてたまらん」

「ふむ……わかったよ、ザイン。改めて、今日からご指導ご鞭撻のほどよろしくね」

「ああ。俺の剣を教えるんだ。情け容赦しねえかんな」

「もちろん。ドンとこい!」

 

 

 


 熱血とまではいかないものの、やる気を出したザインのしごきはかなりキツイ。それを僅か数日で実感したわたしは、今日もベッドの上で身体が悲鳴をあげているのを聞いていた。

 誰だよ……剣術身につけたいとか言い出したやつ……わたしだよ……だってしょうがないじゃん……夢の中で二人が空を舞いながら剣を交えてるのに憧れちゃったんだもん……わたしもってなっちゃうじゃん……バンドアニメ見てギター買っちゃうのと同じ思考回路なんよ……

 

 なんてぶつくさ心の中で言っている間に用意ができたらしい。メイドの声に返事をすれば、小柄なメイドは静かに部屋の中へ入り、ベッドのそばまでやってくる。

 

「お嬢様、お風呂の用意が整いましたが……」

「ごめんミリア……動きたくない……運んでください……」

「かしこまりました」

 

 ミリアは頷くと、手慣れた様子でそっとわたしの身体を仰向けにして、両腕で抱きかかえる。いわゆるお姫様抱っこだが、そこに恥じらいなどない。恥じらう前に節々が痛くてそれどころではない。本当はあのまま泥に埋もれるように寝たかったけど、淑女たるもの毎日身を清めなければならない、というのが義母様の方針なので仕方ない。

 しっかりとした足取りのミリアに運ばれ、脱衣所で丁寧に服を脱がされ、浴室へ放り込まれ、洗われる。その間ずっとミリアが主に動いて、周りのメイドは補佐だけだから、どうしたって会話の相手はミリアで固定されてしまう。

 

「ミリアはやっぱりすごいね」

「何が、でしょうか」

「んー……体幹? わたしを抱えてるのに、軽々と動いてるんだもん。軸もブレてない。すごいなって、羨ましくなっちゃう」

「お嬢様はまだ軽いですから。これくらい抱えられなければ、メイドは務まりません」

「まだ、か~。まあまたすぐ成長するんだろうねぇ」

「あまり早く大きくならないでくださいね。ドレスの仕立てが間に合いません」

「うぅん……こればっかりはコントロールできない~……」

 

 本当に父様の言う通り狼側の成長速度が入っているからか、一日二日会わないだけでもかなり変わる。親戚からの定番セリフ「少し見ない間にまた大きくなったか?」が父様から事実として送られるほど。ドレスはともかく、普段着も姉様からのお下がりではもう間に合わないのだから、そこは本当に困る。二年前までは普通の人間と同じ成長速度だったのに……ハッ、まさか魔石を活性化させたからか……⁉ 活性化させなきゃ普通の成長速度だったのか⁉ くっ、これなら活性化させなきゃよかった……いやでもそしたら剣術指南はあと5年待たなきゃいけなくなっていた可能性があるよね? 早いうちに時間を有効活用できるようになった、と思えばまだ心の安寧が保たれるか……?

 

「――お嬢様」

「ひゃわっ……!」

 

 考え事に浸るわたしの耳元で、不意に柔らかくハスキーな声が響く。ぞくっと背筋を這う痺れに思わず変な声が出てしまうが、ミリアは首を傾げるだけで「泡を流しますよ」とわたしの反応も流してしまう。

 

「うぅ……ミリア、それやめてって前も言った……」

「普通に声をかけても返事をしないお嬢様が悪いんじゃないですか」

 

 さも当然のようにわたしを悪いと言うが、こればかりは譲れない。ミリアは自分の声の魅力に気づかなすぎだ。小柄な見た目に包容力のあるボイス。声優オタじゃなくたってこんなのドキドキするに決まってる。ああもう、今がお風呂でよかった……血の流れが良くなってるんだって誤魔化せるもん。

 

「それで、どうですか? 稽古の進捗は」

「まだまだだよ。基礎体力とか筋力とか、そういうの足りてないってしごかれてコレだもん。剣を持つこと自体まだ先の話だね」

「あの冒険者は、その……大丈夫なのですか?」

「ああ、うん。見た目はちょっと怖いけど、さすが父様が選んだ指南役ってところだね。女子供相手でも容赦しないところとか、甘くしないところとか、まさにスパルタ父様が選びそうな人選」

「そうですか……」

 

 努めて無表情であろうとしながら、それでも隠せてない不安そうな様子に内心苦笑する。貴族の中で育って貴族の中で働いているミリアにとって、平民の、それも冒険者なんて人間は野蛮とか暴力的とか、そんな偏見が拭えないのだろう。実際そんな冒険者もいるから、そう思ってしまうのも仕方ない。

 けどわたしが良い人認定した人を悪く思われるのは、ちょっと悲しい。

 

「ミリア。あんまり偏見で物事を見ちゃダメだよ。ちゃんと客観的に見て。そのうえでわたしはザインを良い師だと認めてるんだから」

「……お嬢様は本当に5歳とは思えない考え方をしていらっしゃいますね」

「ふふん、神童だからね」

 

 もっとも精神年齢に肉体が追いついたら凡人と呼ばれるタイプの神童だけど。

 

「ええ、本当に。同じご年齢のマゼンタ公爵令嬢に引けを取らないほどの天才ですね」

「……マゼンタ公爵令嬢……?」

 

 話の流れで出てきたそのワードが頭の中で引っかかり、思わず繰り返してしまう。知っている人……いや、マゼンタ公爵家は知識としてでしか知らない。住む場所が違うから、幼いうちは移動に負担がかかるってことで直接会ったことはないし、わたしが変な成長を遂げている以上、見た目と年齢が合うまで会うことはないだろう。

 それなのに何故、その令嬢のことが気になるのか。

 

「知りませんか? あの国王陛下の懐刀として有名なグランツ公の一人娘。今、アルガルド王子の婚約者候補としてあがっている方ですよ」

「こんや……⁉ あ、いや、うん……話を続けて」

 

 同い年、つまり5歳で既に婚約者がどうこうの部分に驚いてしまったが、ここは貴族社会なのだから、何らおかしくはない。王子のともなると、そりゃ大人目線だと幼いうちからキープしておきたいもんね。

 

「彼女の魔法の才能は国一と言われ、もしかすると全属性に適性があるかもしれないと噂されています。それに加え、幼いながらもその美貌は既に片鱗を見せており、身分も申し分ないことから彼女こそ王妃に、という声がちらほらあがってきているのだとか」

「ほほう、全属性……もし本当にそうなら相応しいかもしれないねぇ」

「……お嬢様、あまり楽観的ではいられませんよ?」

「はい?」

 

 ミリアの情報を聞きながらもどこに引っかかりを覚えるのか探っていたわたしは、ミリアの言葉に首を傾げる。今の話にわたしが関わるような要素があっただろうか。

 

「先程も言いましたよね。マゼンタ公爵令嬢は婚約者“候補”だ、と」

「……ん⁉ そういえば……え、それって他にもいるってことだよね? ま、まさか……」

「はい。そのまさかでございます」

 

 にこりと微笑むミリアとは対称に、わたしは引きつった表情のまま固まる。

 候補が複数人いて、わたしが楽観視できなくて、身分がどうこうってことは、つまり……

 

「同じくその年で才能を露わにしているリリアナお嬢様もまた、ユフィリア・マゼンタ公爵令嬢に並ぶ婚約者候補の一人なんですよ」

「うえぇぇぇ……」

 

 それはまずい。嫌だ。

 そんな感情が込められた呻き声は浴室にこだまし、されど誇らしげなメイド達には気持ちが届くことなく消えていったのだった。

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