空に虹を描きたい   作:ほのりん

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彼女はこうして魔法を諦めた。

 朝起きて、食卓をその日いる家族で囲んで、その後は兄様、姉様とは別でマナーやらダンスやら勉学やらをして、その間にザインとの鍛錬を挟んで。

 毎日毎日飽きるほど変わらない日々。教わった技術が身についていく感覚はあるけれど、それを実践する日なんてまだまだ先で。キラキラ目を輝かせて「異世界だヤッフー!」と飛び跳ねていた時期は3年も経てばなくなって。

 心が輝いていたあの感覚を求めて、異世界特有の魔法に手を伸ばそうとした。父様はいないから義母様に魔法を習わせてと直接伝えた。義母様はまだ時期ではないから駄目と拒んだ。

 じゃあ独学で、と図書室で本を手にして手順通りに精霊へ祈っても、何故か精霊は応えない。応えてくれなきゃ、魔法は発動しない。

 兄様姉様が受けている授業を見学すればコツがわかるかも、と頼んでも義母様は首を縦に振らないし、こっそり覗き見しても、本と同じことを実践しているだけだった。

 まあそれだけなら「そっかー。もしかしてわたし、魔法に適性ないのかなぁ。じゃあ他の分野で頑張るか~」って前向きになれたんだろうけど。隠れて覗き見って悪いことをしたからなのか。魔法の先生は、わたしがいるとは知らずにこんなことを口にした。

 

「貴族は魔法が使えるのが当たり前です。魔法の使えない貴族など、貴族であってはなりません。ましてや公爵家ともなれば、他の貴族よりも強くなければなりません」

 

 それは二人を激励するための言葉なのか、追い詰めて意欲を駆り立てようという魂胆なのか、かなり極端な発想だ。それが効果を発揮したのか、わたしは確認していない。目の前が真っ暗になって、思わず逃げてしまったから。

 なんで逃げたのか、このときはわからなかった。ただその場にいたらいけないって、その一心でただ逃げていればよかったのに、すれ違ったメイドに訊いてしまった。

 

「兄様と姉様はいつから魔法が使えるようになったの?」

 

 わたしが急に話しかけてきて驚いたメイドは、何も誤魔化しもせず答えてくれた。

 

「5歳くらいだったと思います。貴族の子供は皆、それくらいで魔法を習い始めますから」

 

 あぁ、そういえばミリアが去年言ってたっけ。同じ公爵家のユフィリア様が全属性かもしれないって。それってもう魔法を習い始めてたってことなんだよね。

 

(……で、わたしは? 同い年のわたしは、いつになったら習い始めるの?)

 

 焦った。わたしが周りよりも遅れていることに。たった一年。されど一年。子供のその差は大きい。平凡なわたしが非凡でいるためには……天才のそばにいるには、誰よりも時間をかけて努力をしなければならないのに。もう一年も無駄にしてしまった。

 父様はわたしの夢を叶えるために力を貸してくれると言った。なのに魔法に関する先生は用意されていない。淑女としてのマナーも、ダンスも、勉学も、剣術も。それぞれ専門の先生がいるのに、魔法だけが手を付けられていない。

 

「……そうだ、直訴しよう」

 

 義母様はきっと当主である父様が指示していないから、なんて理由で動いてくれないだけだ。強く訴えれば、すぐにでも兄様と姉様の先生にわたしも教えるよう指示してくれるはず。そうじゃなくても父様に連絡してくれるかもしれない。義母様自身が魔法を教えてくれるかもしれない。魔法に関して、何かしら動いてくれるはずだ。

 そんな湧いてきた希望に縋って、義母様の前で訴えた。いかにわたしが魔法を習いたいか、才能なんて何一つないわたしが公爵家として相応しくあるにはどれだけ他人より時間が必要か。

 自分が今興奮で狼目になっている自覚を持ちながら伝えた力説は、たった一言で返された。

 

「まだあなたに魔法は教えられません」

 

 「まだ」とは付いている。けど、じゃあいつ? いつになったら、わたしは魔法を学べるの? 魔法を使えるようになるの?

 わたしは本当に、あの方々の臣下になれるの?

 不安やストレスは溜まりすぎると爆発して怒りに変わる。それを今生で初めて経験した。

 今まで良い子だったわたしの、初めての癇癪だった。

 

「なんで⁉ なんで魔法を教えてくれないの⁉ わたしは凡人なんだよ⁉ 本を読んでも何一つ起こせなかった! 何が悪いのかもわからない! わたしは才能なんてない馬鹿な人間なんだから、誰かに教えてもらわなきゃやり方ひとつわからないんだよ! ……このままじゃわたし、魔法が使えない貴族未満な子だよ……王女様の臣下なんて、夢のまま消えちゃう……」

 

 最後はもう涙が溢れていた。感情が振り切れ過ぎた。怒りに任せすぎて敬語を忘れるし。自分の理性に逆らって出てくる涙を止めることはできなくて、嗚咽を殺すことしかできないし。落ち着いて、気持ちを言葉にして伝えたいのに、口を開いたら嗚咽しか出なさそう。

 そんなわたしの状態に、義母様は優しさなんて向けなかった。

 

「今の言葉は、本気ですか?」

 

 初めて聞く義母様の底冷えするような低い声。合わせてしまったことを後悔するような冷徹な目。

 

「本気で、誰かに教えを乞えば、魔法が使えると思っているのですか? 本を読んでも使えなかったあなたが?」

「っ……」

 

 本当に私は、教えてもらえれば魔法が使えるのだろうか。もし、本当に使えない人間だったら……

 義母様からの問いかけに想像してしまい、不安、怒りに恐怖が混ざる。また涙が込み上げてくる。ただひたすら泣きたくなる。

 でもそれを許す義母様じゃない。

 

「答えなさい、リリアナ。あなたは本当に、それで魔法が使えると思っているのですね?」

「っ……、は、い……!」

 

 それ以上の返事は出来なかった。少しでも嗚咽を漏らせば止まらなくなりそうだから。会話をまともに出来なくなりそうだから。

 だから義母様からの次の言葉は、その努力が報われた……やっと気持ちが伝わったんだと思った。

 

「いいでしょう。明日からシャルル、キャロルと共に魔法を学びなさい」

「っ……! ほんと、ですか……?」

「ええ。あなたにその気概があるのでしたら、先生に話をつけておきましょう」

「〜〜! ありがとうございます!」

 

 絶望から一転、希望に満ちてきた、と心が踊った。さっきまでの涙はどこかへ消えて、代わりに込み上げてきた笑顔で部屋を退室した。

 ……義母様が悲しそうな目で見ていたことなど、気付きはしなかった。

 

 

 

「なんだお前、魔法使えないのか。貴族じゃなかったんだな」

「やっぱり化け物の子だったのね。化け物の子だから、人間様の魔法が使えないのよ」

「なんでここにいるんだ? うちの子でもないのに」

「さっさと森に帰ったら? 犬コロ風情が」

 

 

 

 そうしてわたしは普通よりも早い反抗期を迎えることとなった。

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