空に虹を描きたい   作:ほのりん

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彼女はこうして戦っていく。

 心の重りは体の重り。病は気から、みたいなことをわたしは実感していた。

 だってさっきまでの怖いことから逃げていたときとは違う。地を駆ける脚も、草木を掻き分ける腕も、羽が生えたように軽くて素早い。

 これから魔物と戦うかもしれない恐怖はある。痛みに怯える気持ちもある。でもそれ以上に、心が高鳴る。

 だから前方に魔物のシルエットが見えたとき、わたしの身体は軽々とそれに飛び掛かった。

 

「とりゃあっ!」

 

 背後から不意を突けたのは、シルエットの正体は熊型の魔物。真っ赤な目、茶色の毛皮で、特徴的なのは縦筋に赤い長毛が生えているところ。魔物図鑑で絵を見たような気がするけど、名前も脅威度も思い出せない。

 ただわかるのは、不意を突かれた魔物の背に3本の赤い線が描かれたこと。すなわち、わたしの力で傷をつけられるということ。

 

「グ、ォオオオオッ!!」

「ヒッ⁉」

 

 痛みに雄叫びを上げた魔物は振り返り、両手を上げた状態で覆い被さるように襲ってくる。その姿はわたしよりもずっと大きく、鋭い爪を供えた手はわたしの顔とほぼ同等の大きさか。

 思ったよりも怖いその姿にわたしの口からは悲鳴が上がり、頭の中の恐怖ゲージが一気にマックスまで満たされて……天井突破した瞬間、一気に頭が冷めて高速回転し、浮かべた動きを再現するよう身体へ命令する。

 完全に押し潰される前に、小柄な体を生かして脇の間を潜り抜けつつ、脇腹を切りつけろ、と。

 

「グゥッ……!」

「はっ、はっ……うまく、いった?」

 

 自分の身体能力に合わせて考えた動きとはいえ、本当にその通りの結果が生まれるとは信じられず、血の付いたクローと血の持ち主である熊型魔物の背を交互に見る。

 そして本当に、思い描いた通りの結果を得られていることを信じられたとき……わたしは高揚感に包まれた。

 

「あは……戦える。わたしも、この世界で……魔法なしで、戦える……!」

 

 また一つ、わたしを肯定する材料が増えた。

 そんな高揚に水を差すような声が、背後から聞こえた。

 

「お、おい! なんでこんなとこに子供がいんのかしんねぇが、危ねえから逃げろ!」

「はぁ? おじさん、だれ?」

「今は名乗ってる場合じゃ――あぶねえ!」

 

 傷だらけの男は木の幹に背を預け、わたしへと警告する。けどせっかくの気分を邪魔する言葉はわたしをイラつかせて、わたしの声を低くさせた。それでも男は焦った様子で言葉を続けようとして、魔物の攻撃をいち早く察知して注意を飛ばした。

 

 正面を見る。その巨体に見合わないスピードで駆けてきていた魔物は、それが武器なんだと太い腕、そして爪を振っているところだった。

 重さに速度も乗った、絶対に受けてはいけない攻撃。それを受け止めて飛ばされない確証はないから大人しく回避して、

 

「ウラァ!」

 

 女の子どころか子供らしからぬ声で吠えながら一撃を、目に。まだ出来そうだからともう片方の目に。

 いったん距離を置けば、視力を失った魔物は混乱して暴れ始めた。ぶつかったもの全てに腕を振るい、それが木だろうがなんだろうがなぎ倒す。

 あまりにも強い力、強い魔物。それがわたしに傷一つ付けられない。

 

「あ、は……あはは……アハハハハッ!」

 

 こうも上手くいく戦闘に、高揚感が笑いを引き出す。自分は無敵だと、そう錯覚させる。

 

「なあんだなんだ! 戦うってこんな簡単なことだったんだ! 慎重になる必要なんてないじゃん! こんなのに怖がっちゃって、ばっかみたい!」

 

 幼い子供の無邪気な笑い声が森に響く。魔物の聴覚はまだ機能しているから、声の場所へと腕を振るわれても……当たらない、当たらせない。

 

「グオオォ……!」

「なぁにクマさん、そんな鈍いの、わたしに当たると思ったの? 当たるわけないじゃん、ばーか!」

「グ、ォォオオオオオオッ!!」

 

 回避して、また攻撃を当てる。あまりに簡単な作業につい軽口を言えば、人間の言葉なんてわからないだろうに、煽られたことはわかったらしい。雄叫びを上げた魔物が怒り狂ったように暴れた。

 腕を振るう。のしかかる。突進する。魔物は自身が持つ全ての攻撃手段を用いてわたしを殺そうとして……そのすべてが掠りもしなかった。

 

「アハハッ! クマさんクマさん、そんなに殺したいの? そんなに殺されたいの? アハハッ、いいよ! じゃあちゃんと殺してあげるね!」

 

 死ぬかもしれない。その恐怖がすべて楽しさへと変換され、命のやり取りが最高の遊びに感じてしまって――

 

 

 

 ――正気に戻ったとき、わたしの目の前には熊だった何かが横たわっていた。

[newpage]

 戦闘が終わったと、高揚感が薄れていく。だからと目の前の光景に恐怖を抱かないのは、高揚感の残滓が気が落ちることを許さず、記憶がここまでの過程をすべて覚えているから。

 そのおかげで震えて動けなくなることもなく、妙に冷めた思考でこの先どうするかを考えられた。

 魔物だったものは既に息絶えていて、ぴくりとも動かない。念のため確実性を出すために首を切り離したいけど、クローでは裂くことはできても切断は面倒そう。三本の爪は一つ繋ぎの金属で出来ているし。

 なら目から刃を差し込んで脳をかき混ぜるか、と既に傷だらけで原型を留めていない顔のもとでしゃがんだとき、ある方向からずるずると擦れる音が聞こえた。殺気は感じないから敵ではないと判断しつつそちらを見れば、木の根元に座り込んだ傷だらけの男がまだいた。

 まだ、というか、正直すっかり忘れていたのだけど。

 男がいたことも、亡くなった冒険者が言っていた仲間の存在も。

 と、思い出してふと思う。あの冒険者が言っていた仲間とは、この男のことでいいのだろうか。もしかしたら偶然ここで襲われていただけの人かもしれない。

 

「あの」

「ヒッ⁉」

 

 確認しようとかけたたった一言に、男は情けなく悲鳴を上げた。よく見ればその表情は怯えの一色。普段は強面っぽい彫りの深い顔を真っ青にして、小刻みに震えている。ほんの少し近付こうとしただけで、後ろへ下がろうと足で地面を掻く。背に木があるから少しも下がれてないけども。

 

(あー……まあさっきまでのわたし、怖かったよね)

 

 ただ殺せばいいだけなのに、自分でも頭がおかしいと思うほど笑いながらだった。

 まだ幼女の部類に入る見た目の女の子が、狂ったように笑いながら、相手を切り刻んでいく。

 

(うん。それなんてスプラッター映画かな?)

 

 もう二度と見ることはない……というか一度も見たことがないスプラッター映画のようなシーンを体現してしまったことに苦笑いが込み上げてくる。

 そんなわたしの表情に何を勘違いしたのか、男の表情はより歪んでしまった。

 そして、

 

「あっ、いやこ――」

「や、やめっ……来るなぁ!!」

 

 「いやこれ自分に笑っただけ」と言おうとしただけなのに、男は叫びながら逃げてしまった。どうやら歩行不可能なほどの怪我は負ってなかったようでなにより……

 

「って、怪我もそうだけど本人確認! ……って、もう遅いよね」

 

 もし本当は別のところであの冒険者の仲間が襲われていたとしても、この場にある程度時間を使ってしまった以上もう遅いだろう。今逃げていった男がそうであることを願うしかない。……まあ少し、せっかく、結果的にだけど、助けたのにお礼の一つも言わずに行っちゃったのはムカつくけど。

 

「――い、そこに誰かいるのか⁉」

 

 ビクッと肩を弾ませる。静寂に包まれると思っていた森の、わたしが来た方向から響く男の声。よく聞けばガチャガチャと金属がぶつかる音も聞こえる。それも複数。

 

(どうしよ……もうどうでもよくなったしな……)

 

 クラウグレー家で雇っている騎士がわたしを探してここまで来たのだろう。それに捕まって大人しく屋敷に戻されるのも、叱られるのも、もう怖くない。魔法が使えないなら使えないなりに挑戦してみようと思うし、それで悪意を向けてくる相手には舌打ちでもかましとけ。隙あらば殴っとけ。……心の中で。

 

(どうせこのまま夢へ進めないなら、不良娘になってやる)

 

 なんて思ってるからここで捕まってもいいのだけど、どうせならこの鬼ごっことかくれんぼ……隠れ鬼を楽しんでみたいよね。

 と、いうわけで……

 

「すぅ……きゃああああぁぁぁ!!」

「ッ⁉ お嬢様⁉」

 

 大声で、人生一度も上げたことがない絶叫をわざと放って騎士たちをおびき寄せる。遠くから騎士たちが急いで駆けてきているのが音でわかった。

 その音が近くまで来る前に、その音とは反対方向へ逃げる。

 さて、これで隠れ鬼を再開……というか仕切り直しかな? が、できたよね。

 

「ふんふふん♪ 子供は子供らしく遊んじゃうもんね~!」

 

 リリアナ・クラウグレー、6歳。まだ6歳。変に知識と力があるだけの子供なんだから、大人も子供もからかって、全力で遊んだっていいじゃない。

 鴉が鳴くまでは絶対に帰らないもんね!

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