空に虹を描きたい   作:ほのりん

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彼はこうして彼女を招いた。

 正直、俺は彼女のことを甘く見ていたらしい。

 魔法ありきな貴族の、まだ子供なご令嬢。

 明るく、人懐っこく、時折妙に大人びた女の子。

 屋敷の外には出ないほどの箱入り娘。

 そんな彼女は親の言うことをよく聞き、不満を漏らさない、所謂『良い子ちゃん』だと聞いている。実際俺の出す鍛錬内容を文句の一つも言わずにこなしているし、他の授業で毎日のように出される課題も同じようにこなしているらしい。

 その真面目な姿には好感を覚えるが……同時に心配にもなる。不満を漏らさないのは内に溜め込んでいるからでは、発散方法を知らないからでは、と。少しは親へ反抗するか、誰かに文句や愚痴のひとつでも言ってほしい。いっそ家出してみたりとか。

 

 なんて思考は自分の中だけに留めていたはずなのに、彼女は本当に家出してしまったらしい。数日ぶりに屋敷へ向かっていたら、前から走ってきた護衛騎士に「リリアナお嬢様を見かけなかったか⁉」と訊かれたことでその話を知った。

 

(前会った時はそんな気配なかったのに。さすが貴族様、子供のうちでも感情を隠すのが上手なこって)

 

 その隠していた感情を爆発させたのか、貴族の重圧に耐えきれなくなったのかはわからない。が、もし反抗するとしても家を抜け出すほどの行動力があるとは思っていなかった。彼女もやるときはやる人間らしい。

 

 騎士は俺が見かけてないと知ると、俺に「捜索しろ」と命令だけして、そのまま街へと走って行った。騎士も貴族だから命令されればこちらに拒否権はない。

 

「さて、どーすっかな」

 

 このまま屋敷へ行って指示を受けるか、適当に歩いてみるか。命令無視して帰ってしまうのはさすがに後が怖いか……

 と、考えているときだった。

 

 ――ガサガサガサッ!

 

「ッ! 誰だ!?」

 

 草木をかき分け何かが迫って来る音に反射的に剣を構えすぐ、何かが飛び出してきた。

 

(赤い魔物か⁉)

 

 紺色と赤色の身体、鋭い爪。あまりにも速い動きにはっきりと相手の姿を認識できず、それだけの情報で魔物が襲ってきたと判断し、剣を振るう。

 

 ――ガキンッ!

 

「ッ、オラァッ!」

 

 確実に胴体を狙ったと思った剣は、寸前にその鋭い爪に阻まれ、肉体へ届かず。しかしその肉体が大型犬程度の大きさとわかれば、そのまま力任せに横へ振り飛ばし……その魔物から聞こえた声に、戦闘中にも関わらず動きを止めてしまった。

 

「わっ……きゃふっ!」

「ん……? は……?」

 

 到底魔物とは思えない幼い女の子の声。それもここ一年何度も聞いたような、聞き覚えのある悲鳴。

 追撃しようとしていた身体を止め、よくその姿を観察する。紺色は髪で、赤色は汚れで元は白い肌の、形はどう見ても人間の子供で……

 

 ――くすんだ黄銅色と、目が合った。

 

「もうっ! いきなり攻撃は酷くないかな⁉」

「っ、すまん! 大丈夫か!」

 

 元はといえば飛び出してきた方が悪いが、かといって瞬時に判断できなかったこちらも悪いと言えばわる……いや悪いか?

 ともかく、慌てて剣を鞘に収め、飛び出てきた魔物もといリリアナ様へと駆け寄り……その姿に思わず顔をしかめた。

 

「……? どうしたの、ザイン。わたしに何か変なとこある?」

「変なとこというか、変過ぎるというか……なんでそんな血塗れなんだ?」

 

 最初は赤色の汚れとだけ見えていたそれは、やけに黒い色や臭いで血だとわかった。顔や服だけでなく、手足に髪の先まで。汚れていない部分を探す方が苦労するほどあまりに血だらけで、なのに元気そうな姿に、全てが彼女の血いう可能性はなさそうだと判断する。

 

「へ? うわっ⁉ ほんとだ、まっかっか! あはははっ、まっかっかー!」

 

 リリアナ様は今気付いた、と自分の服の状態を見て驚き、かといって泣くどころか笑い出す。まるで泥んこ遊びで汚れてしまったとばかりに。

 表情と状況のギャップが彼女の笑みを不気味なものに見せる。まるで人間とは常識が異なる別の生き物と遭遇してしまったような……

 

(って、何思ってんだかな、俺は。目の前のお嬢様は約一年間も教えてきた生徒だろうが)

 

 心に湧いた恐怖を気のせいだと、頭を振って払う。

 そんな俺を不思議そうに見つめる彼女の目は、俺を何度も見上げてきたリリアナ様の目と変わらない。その事実に今度は安堵の感情が湧くのを自覚した。

 

「あー……とりあえず怪我はないんだな?」

「うん、ないよ。これ全部返り血だから」

「……誰のかは訊かない方がいいか?」

「あははっ、大丈夫、人じゃないよ! 魔物とあそ……戦ってただけだもん」

 

 今こいつ、遊んでたって言いかけなか……いや、やめよう。ここは流した方がいいって俺の冒険者の勘が言っている気がする。その魔物がどうなったのかも聞かないほうがいいだろう。触らぬ神のなんちゃらってやつだ。

 

「そういやさっき嬢ちゃんとこの騎士が嬢ちゃんを探してるって言ってたが……」

「っと、そうだった。あのね、わたし今鬼ごっこをしててね。屋敷の人たちに捕まらないよう逃げてる最中で……って、ザイン。まさかとは思うけど、あなたは鬼側の人間じゃないよね?」

「あー、そうだな……」

 

 楽しそうに話している途中で俺を警戒し始めたリリアナ様を見て、どうするか悩む。

 さっきの騎士は俺にリリアナ様を探して、見つけたら屋敷へ連れ帰って欲しい、という意味で命令したのだろう。

 

(けど実際には“捜索しろ”としか命令されてないんだよな)

 

 つまり見つけたところで捕獲しろとは言われていないし、連行しろとも言われていない。あくまで探せばいいだけだ。そして探したわけじゃないが、目の前には本人がいる。

 ならば命令は達成された、ということで。

 

「俺は嬢ちゃんを捕まえろとは言われてないし、捕まえるつもりもないな」

「そっか。ならわたしはこれで……」

「って、ちょいまて。嬢ちゃん、その格好のまま行く気か?」

「え? うん。だって着替える服も場所もないし」

 

 それが何か? と首を傾げるリリアナ様に、思わず呆れて溜息が漏らす。どうやら今の自分の姿が、見た人に悲鳴を上げさせたり卒倒させる姿だと自覚していないらしい。

 さすがにそれを放置するのはまずい。かといって屋敷に連れていこうとすれば、自称鬼ごっこ中らしい彼女は嫌がって逃げ出す。

 ならばどうするか。戦闘以外では使えない頭を必死に働かせて……ふと思いついたことを、俺は口にした。

 

「ところで嬢ちゃん、その鬼ごっこの範囲は屋敷周辺だけなのか?」

[newpage]

「わぁっ! これがここの街なんだね!」

「おい、あんまり動くな。取れるだろ」

「わふっ⁉ ……はーい!」

 

 クラウグレー公爵家から一番近い街。王都サーラテリアほどとは言えないが、公爵領らしくそれなりに栄えている街の姿に、見ているだけで楽しいとぴょんぴょんはしゃぐお嬢様。

 そんなお嬢様ことリリアナ様を、被っているフードごと頭を押さえて動きを止める。顔は水で洗ってある程度は落ちたし、髪はその色のおかげで目立たないとはいえ、下手にフードが取れれば通報されてしまう。そして俺が公爵令嬢誘拐の罪で捕まりかねない……

 リリアナ様はそんな俺の心配など気付いてない様子で、そのままならずるずると引きずりそうなローブの裾を持ち上げたまま俺の横を歩く。そうしろと言ってないのに、元々経年劣化で薄汚れているというのに、引きずって汚さないよう行動する辺りに育ちの良さが出ていた。

 

「それでそれで、これからどこに行くの?」

「どこってか、そこだ」

 

 そもそも目的地は街に入ってすぐの住宅街。訊かれた時点で既に見えていて、それを指差す。一軒の小さな、平民にとっては普通の家を。

 

「誰さんち?」

「俺んち」

「うそぉ⁉」

 

 その驚きはもっと大きな家に住んでると思ってた、なんて過大評価からなのか、それとも俺は家を持てない程貧乏だと過小評価されていたのかは後で問いただすとして。

 玄関前に着いてもまだまじまじと俺の家を見ているリリアナ様を置いて、先に中へと入る。

 

「ただいま」

「あら? おかえりなさい、ザイン。早かったわね」

 

 入ってすぐにあるリビングで手仕事をしていた女性が、立ち上がって俺を迎えた。低い位置で束ねている茶色の長い髪が彼女の首の動きと合わせて横へ垂れ、仕事で家を出たはずの俺がすぐに帰ってきたことに疑問を持っていると仕草で伝えていた。

 

「ああ、まあ、色々あってな。……ほら、いつまでそこに突っ立ってるんだ?」

「ハッ⁉ う、うん。えっと、お邪魔します……」

 

 後ろへと目を向ければ、開けっ放しの玄関前で動きもせず呆けた顔でこちらを見る姿。それでも招き入れれば素直に入り、自分で扉を閉めた。その顔は戸惑いと緊張に変わっていて、動きも固い。初対面のときはあんなに勢いがあったというのに、それとはまた違う微笑ましい反応に思わず笑みがこぼれる。……むすっとした表情とじっとりとした目で睨まれたから声には出さないが。

 

「あー、こほん。気を取り直して、紹介する。彼女は俺の妻だ」

「はじめまして。ザインの妻のノエルです」

「あ、はい。はじめまして、ノエルさ……へ? 今何て? 妻? 誰の?」

「俺の妻だ。なんだ、文句あるか」

「だってこんな若くて美人な方が奥さんって驚くよ」

「あら、ありがとう。でも私、ザインと同い年よ?」

「えっ!? え、えと……」

「言っとくが、俺はまだ20代前半だからな」

「うそぉ⁉」

 

 褒められたと受け取って「うふふ」と頬に手を当て微笑むノエルを、本日二度目の叫び声をあげながら見て、俺を見て、不可解そうに首を傾げるリリアナ様。まあ俺自身見た目は老けてるのは自覚しているし、冒険者なんて危険な仕事をしている奴に伴侶ができたことも、それもこんな街で1、2を争そうような美人がなったっていうのも、他人事なら驚くし疑いもするだろうな。

 

「ふむむ……まあザインは厳しいけど優しいし強いし筋肉あるから、モテても不思議じゃないのかな」

「そうなのよ! 優しいのも強いのもそうだけど、何より細身ながら筋肉がしっかりついてるのが良いのよね! あなた、子供なのにわかってるじゃない!」

 

 微笑むどころか満面の笑みで、自分と同じ意見で嬉しいと興奮した様子でノエルはリリアナ様の両手を取ってぶんぶんと振って握手する。

 その止める暇もない行動にリリアナ様が「あっ」と気付いたときには既に遅い。驚いて顔を上げた彼女の頭からフードがこぼれ落ち、血を浴びた髪が晒される。

 

「あら……?」

「っ……」

 

 フードが取れたことに気付いたリリアナ様がノエルから離れようと一歩下がろうとするも、手を握ったまま離さないノエルがそれを許さない。それどころか髪に顔を近付け臭いまで嗅ぎ始めた。

 不安そうな目を向けるリリアナ様と目が合う。俺が指摘したときは笑っていたのに、他の誰かだと笑えないらしい。

 けど、そんな不安は杞憂だ。リリアナ様はどうやら、目の前の女がどんな奴の妻かもう忘れてしまったらしい。

 

「ザイン! あなたまさかこんな小さな子を連れて魔物狩りに行ったの⁉」

「い、いや行ってない! 俺が会ったときには既にこんな状態だったから、せめて洗ってやろうと連れて来ただけでな……⁉」

「そうなの? ならそこでぼけっと立ってないで、さっさと鍋に水を入れてお湯を沸かしなさい!」

「だ、だがこいつの紹介は……?」

「そんなの洗いながら本人に聞くわよ! それよりもこんな可愛い子がいつまでも魔物の血で汚れている方がダメでしょう⁉」

「あ、ああ……その通りだな、うん」

 

 語尾を強くしたまま俺へ指示を出すノエルに、目を大きく開け驚き、それから何かに慌てた様子のリリアナ様。その不安そうな目は先程とは違う理由で不安になっているらしいが、ノエルに任せておけば大丈夫だろう。

 そう誰よりも信頼できる嫁にリリアナ様を託して、俺は大人しくお湯を沸かしに台所へと向かった。

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