イヌバラの思い出   作:ローズヒップティー

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/That's why you'll never be Sherlock Holmes


九話 勘違い

 

 

 

「いやはや、遅れて申し訳ない」

 

 

 歳を感じさせない凛とした立ち姿。体の芯を捉えるような覇気のある声。

 

 ニヤリと上げた口角と、それに連動して動く顔の皺。だがそれすらも、ある種の美しさを感じるものがある。溢れ出る生命力がそう思わせるのか。

 

 ────三大貴族。

 

 バルトメロイ。

 

 トランベリオ。

 

 バリュエレータ。

 

 そして、今まさに優雅に歩くこの老女こそ、バリュエレータの頂点に位置する貴族(ロード)

 

 

「おおよその事情は聞こえていた。そういうことならオレが見張っているのなら問題ないんじゃないか?」

 

「……ロード・バリュエレータ」

 

 

 ライネスが瞠目する。協力的なイノライの言葉が意外だったのか、僅かにその声は震えていた。

 

 他の者たちも、またなんとも言えない面持ちだ。

 

 とはいえ、適任ではある。この中で最も信頼に値する人物といえば、他にいまい。もし、後から時計塔がこの事件を調べたとして、彼女の証言であれば疑われることもないだろう。

 

 それは権力的に、という意味ではない。いやその意味も多分にありはするが、本質的とは言えない。

 

 君主(ロード)であり、貴族(ロード)である彼女が、こんな些細な事件で嘘をつく理由がないからだ。この場にいる誰か、ともすれば、己が犯人であったとしても、バリュエレータの地位は動かない。

 

 

「文句はあるまい? 各々方」

 

 

 悠々と言って、老女は周囲を見回した。

 

 バイロン卿。白銀姫。双子のメイド。ライネスとグレイ。蒼崎橙子。俺含めた、中立派閥の魔術師四名。

 

 あるいは、黄金姫の生首も。

 

 それぞれの顔をゆっくりと順々に見つめる。誰からも反対の声は上がらなかった。

 

 

「よしよし。だったら解散だ。

 ────この先は()()の出番だろうよ」

 

 

 満足げにうなずき、手を叩いてイノライ刀自(とじ)は解散を促す。

 

 まさに鶴の一声。

 

 それに従うように、アカイロを尻目にしてそれぞれが部屋から出ていくのだった。

 

 

 

 

 

  *

 

 

 

 

 

「この事件、どう見る?」

 

 

 石畳に靴の音を響かせながら、蒼崎が尋ねてくる。

 

 月の塔と陽の塔を結ぶ森の路地。薄い霧に朝日が乱反射し、煌びやかな小さい虹がそこかしこに見受けられる。

 

 例に漏れず、彼女にも木漏れ日が降っており、赤茶色の髪はその一部が鮮やかな赤にも見えた。

 

 

「──どう、というと? それは答えを知りたいのか、考えが知りたいのか、どっちです?」

 

「後者だ。人死を物語に例えるようで悪いが、ネタバレはしないでくれよ。エルメロイの姫さんの奮闘も見たいしな」

 

「そうですか……。では状況を整理するところから始めましょうか」

 

 

 歩きながら、昨夜の出来事と今朝の出来事を頭の中で整える。

 

 事象の組み立て。ただの事実陳列。されど、万が一にも間違いが起こらないように、出来るだけ日陰を歩く。

 

 

「まず──、昨日のことから。

 黄金姫を最後に目撃──というか会っていたのはライネス嬢とグレイです。これは間違いないことでしょう。本人たちからも、同伴したメイドのカリーナからも証言されている」

 

「そうだな。そして密会の理由(わけ)は『亡命』だった。イゼルマから逃れるために、対立する貴族主義──エルメロイへ庇護を求めた」

 

 

 カツ カツ と小気味良いリズムで鳴らされる靴。

 

 ただ俺の話を聞くだけでなく、彼女自身、推理小説みたいなこの状況を少し楽しんでいるようにも見えた。相槌だけでなく、相棒役を買って出ているのがその証拠。

 

 

「それに対し、彼女たちはすぐには了承しなかった。当然でしょう。10年前ならいざ知らず、今やエルメロイは吹けば飛ぶような弱小陣営です。

 結局、話は(まと)まらず、再度の話し合いは翌日の朝へと持ち越され──」

 

「黄金姫の部屋を訪れて、びっくり仰天。なんと黄金姫がバラバラ死体となっているではありませんか、というのが今朝の出来事なわけだ」

 

「まあ、これを単純に見れば、交渉決裂、その折に争いになり……って感じでしょうか」

 

 

 もちろん、いくつか引っかかる部分はある。

 

 例えば、黄金姫の状態。殺害するにしても、あそこまで解体(バラ)す必要はあったのだろうか。

 

 魔術刻印があったとしても、心臓を穿ち、首を()ねればヒトは死ぬ。だというのに、遺体はバラバラに引き裂かれていた。

 

 ……何のために?

 

 偽装工作にしては()()()。もし本気で隠蔽しようと思えば、彼女の月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)ならいくらでもやりようはあった筈だ。

 

 となると……いや、いいか。今は状況確認であり、考察のターンではない。

 

 

「……次に、その時の他の人たちの行動ですかね」

 

 

 一人ひとりの顔と名前を思い浮かべて、数えるように口にしていく。

 

 

 ──バイロン・バリュエレータ・イゼルマ

 

 イゼルマの当主。この双貌塔の持ち主。自室は月の塔にあり、黄金姫の部屋は当然知っている。

 

 夜間の行動は不明。アリバイなし。

 

 

 ──エステラ・バリュエレータ・イゼルマ

 

 白銀姫。殺された黄金姫とは双子の姉妹。自室は月の塔にあり、こちらも黄金姫の部屋は知っている。

 

 夜間の行動は不明。レジーナと共にいたが、主従のため、実質アリバイなし。

 

 

 ──レジーナ

 

 白銀姫のメイド。カリーナとは双子の姉妹。自室は月の塔にあり、黄金姫の部屋は知っている。

 

 夜間の行動は不明。白銀姫と共にいたが、主従のため、実質アリバイなし。

 

 

 ──カリーナ

 

 黄金姫のメイド。レジーナとは双子の姉妹。自室は月の塔にあり、黄金姫の部屋はよく知っている。

 

 夜間は、黄金姫と共にライネスたちの部屋を訪ねる。以降は不明。アリバイなし。

 

 

 ──マイオ・ブリシサン・クライネルス

 

 イゼルマへ協力する薬師。伝承科の魔術師。自室は月の塔にあり、黄金姫の部屋は知っている。

 

 夜間の行動は不明。アリバイなし。

 

 

 ──イスロー・セブナン

 

 イゼルマへ協力する織師。黄金姫・白銀姫のドレスを仕立てた魔術師。自室は月の塔にあり、黄金姫の部屋は知っている。

 

 夜間の行動は不明。アリバイなし。

 

 

 ──ミック・グラジリエ

 

 社交会の一般参加者。呪詛科(ジグマリエ)の魔術師。自室は陽の塔にあり、黄金姫の部屋は知らない。

 

 夜間の行動は不明。アリバイなし。

 

 

 ──蒼崎橙子

 

 イゼルマのアドバイザー。冠位の人形師。自室は陽の塔にあり、研究室は月の塔にある。黄金姫の部屋は知っている。

 

 夜間は、一時的に俺と一緒にいたが、その後は不明。アリバイなし。

 

 

 ──イノライ・バリュエレータ・アトロホルム

 

 バリュエレータの宗家。創造科の学部長(ロード・バリュエレータ)。自室は陽の塔にあり、黄金姫の部屋は知らない。

 

 夜間の行動は不明。アリバイなし。

 

 

 槍玉に挙げられたライネス、その従者のグレイ、あとは俺自身を除いた他の人たちはこんなところ。

 

 ほとんどが個室で寝泊まりしているわけで、当然のごとく、夜間の行動も分からなければ、アリバイなんてある筈もない。

 

 なんて薄すぎる情報。しかし眼を使わず、かつ聞き込みなんかもせず、ただ単に今ある情報を集めただけならこんなものだろう。

 

 

「────と、まあ、酷いものですね。

 この材料じゃ、俺たちが犯人を当てるなんて無理だと思いますよ。

 ……因みに俺は朝まで爆睡してました」

 

 

 最後に俺の情報を付け加えて、それぞれの人たちのことを蒼崎に話す。彼女はスカした顔をしながら鼻を鳴らした。

 

 

「別に犯人当てなんてする気はないさ。そもそも誰が犯人かなんて興味はない。エルメロイの姫がどう踊るのかは、少しばかり気になるがね。

 お前に、どう見るか、と聞いたのはお前の思考を知りたかったからだ。

 そして、それの回答はまだ聞けていない。

 もう一度聞くが、──ヴィジリア、この事件をどう見る?」

 

 

 カツン

 

 一際甲高く響く足音。

 

 半身を捻ってこちらを見据える錆色(さびいろ)の瞳。それと目が合う。

 

 研究者が研究対象を深く観察するような、そんな目。いつもと違い、(のぞ)いているのは俺ではなく、この女ではないかと思うほど。

 

 

「俺に()()()を期待してるんですか?」

 

「いンや? 探偵はひとりで十分。

 ──言っただろ。お前の考えを知りたいんだ」

 

 

 …………。

 

 どうも、変なロックオンのされ方をしてる気がする。特殊な視点でモノを見てるヤツが、普段からどんな思考で生きているのか、とかそんなところかな。

 

 正直なところ、他人とそんなに変わらないと思うが……。

 

 確かに俺の眼は特別で、この世に二つとない視点を得ている訳だけど、それ以外は一般的な人間と大差はない。今は諸々の影響で多少変質こそはしているが、元は普通の少年であったのは間違いない。

 

 だから期待されても困るというのが実情だ。

 

 星の瞳で"いつか"を視れば、それこそシャーロック・ホームズのようにも振る舞えるけれど、あくまでそれは一度読んだ推理小説を読み返しているようなもの。

 

 過去(タネ)が判っているんだ。

 

 知らないフリをして、あたかもいま気付いたみたいに、天の視点でものを言う。なにも知らない周囲からすれば天才にも映るだろう。

 

 彼女は俺の魔眼の力を理解している。なのにそんな興味を抱くのか。俺には分からない。

 

 ()()()()()()、と思ってしまったのか。

 

 生まれつき特殊な眼を持っているのだから、たとえその力を使っていない時でも、ソイツは特殊な視点で物柄を観ているに違いない、と。

 

 だとしたら、それは誤解というもの。

 

 

「──悪いけど、さっぱりワカラナイ。

 誰が犯人かなんて検討もつかない。魔術師なんて"なんでもあり"の連中ですよ。過去(こたえ)でも視ないと分かりっこない」

 

「そうか……。じゃあ、この事件は迷宮入りか?」

 

 

 少しだけ淋しそうな赤色の女。

 

 なんとなく、それが(しゃく)(さわ)った。勝手に期待されて、勝手に落胆されたような、そんな感覚。

 

 だからつい乱暴に返してしまった。

 

 

「対外的には解決するんでしょうね。でも真の意味での解決となると────ああ、()()()()!」

 

 

 

 

 

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