イヌバラの思い出   作:ローズヒップティー

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/Made of Black Lotus


十話 あるまじき霧

 

 

 

「────へえ」

 

 

 ゴウ と一陣。強い風が吹いた。

 

 落ち葉を巻き込みながら木漏れ日を駆け抜ける。絡めとられた落ち葉は、陽光を両断しながら舞い上がる。光の柱が立ったり消えたり。

 

 くすんだ緋色の髪がたなびく。

 

 カマイタチが走ったのか。髪留めがするりと解けて、肩甲骨に届こうかという長さの赤い絹糸が風にあおられる。

 

 短い感嘆詞。

 

 魔術ではない。

 

 だが、その短い言葉で風が発生したかのように錯覚した。

 

 鋭い眼光が肺を貫く。比喩だと自分でも思いたいが、その瞳で一瞬息が止まった気がしたのだ。

 

 

()()、と言ったな。その言葉に間違いはないか」

 

「え、ええ。……そうです」

 

 

 苛立ちが勝っての言葉だったが、本心であるのに違いはなかった。

 

 魔術師の関わる犯罪を解明するのはほぼ不可能だ。

 

 なぜなら、方法が特定出来ないから。

 

 一般的な犯罪捜査における重大な要素のひとつ、『殺害方法』が絶対的に分からない。

 

 How done it(ハウダニット)?

   ────どのようにしてやったのか?

 

 どのようにして侵入して、何を用いて、どのように殺したのか。

 

 Q.俺たちの部屋とは違い、魔術錠(ミスティックロック)の掛かった黄金姫の部屋にどうやって侵入するのか。

 

 Q.見た目通りの刺殺なのか。本当は絞殺や毒殺、呪殺なんかで、隠蔽のために解体したのではないか。

 

 Q.凶器はなんなのか。仮に刺殺だとして、ただの刃物なのか、魔術礼装の類なのか。

 

 これらのクエスチョンは、"想定される回答が複数"あり、かつ"模範解答が不明"なのである。そして、答え合わせは行われない。

 

 決して百点を取れないテキスト。

 

 魔術師の犯罪とはそういうものだ。

 

 

「──ハウダニット、ね」

 

 

 蒼崎は吐き捨てるように(わら)う。(あざけ)るような口調だが、不思議と悪い気はしなかった。

 

 

「じゃあさ、ひとつ賭けないか?」

 

「賭け?」

 

「この謎が解かれるか、否かを」

 

「……本気ですか?」

 

「もちろん、本気も本気だよ。

 賭けるものは、そうだな……。お互い財産がどんなモンか知らないし──"なんでも一つ云うことをきく"なんてどうだ?」

 

 

 子供の提案のようなものだった。

 

 きっとさっきと同じだ。バイロン卿に見張りを申し出た時と同じ。彼女のほんの思いつき。

 

 

「ああ、でも"死ね"とか、そういうのはなしにしよう。絶対命令権じゃあない。そいつのできる範囲でお願いを聞く、というものだ。

 そら、ほんの遊びの範疇だよ、ヴィジリア」

 

「……まあ、いいですけど」

 

「あと、お前の魔眼を使うのもなしだ。過去(しんじつ)をエルメロイに渡して、はい解決、というのはつまらないからな」

 

「道理ですね。わかりました。それも結構です」

 

「では、私は()()()()()()()()()()

 

「俺はしない方に。

 ……でもいいんですか? 人間の手で拾える過去の残滓はごく僅かなものです。相手が魔術師ならなおさら。それにライネスたち以外はやる気もなく、派閥争いの種としか思っていない」

 

 

 本当に、無理だと思うけど……。

 

 俺のそんな考えをよそに、蒼崎は何が愉快なのか笑っている。なんだか無垢な少女が笑っているようにも見えて、その陽光に照らされる(すがた)を、不覚にもキレイだと思ってしまった。

 

 

「いいんだよ。ギャンブルは不利な方に賭けるのが面白いんだ。

 それに、意外と賭け事には強いんだぞ? 私は」

 

 

 

 

 

  *

 

 

 

 

 

 森を歩く。

 

 日の光がほとんど入り込まないほど、深く、深く。

 

 蒼崎とは既に別れ、いまはひとりだ。

 

 双貌塔を結ぶ一本の通路より分たれた、森の奥まで入っていく脇道である。

 

 本道とは異なり、石畳なんて上等なものはなく、土が剥き出しのままとなっている。いっそ獣道と呼称した方が合っているような具合だ。

 

 足を踏みしめるたび、ぐちゅり、と音を立てる。今朝はよく冷えたが、霜柱が出来るほどではなかったようだ。水分は凝固せず、土と混ざり合い、泥と化している。

 

 風が吹き、草木の青さと、腐葉土、動物の糞尿なんかの臭いが入り混じる。

 

 顔を(しか)めるほどではないが、一般的には歓迎されない臭いだ。

 

 とはいえ、俺にとってそれは不快ではない。

 

 もとは死霊術師(ネクロマンサー)。動物の死体を扱う以上、キツイ臭いには慣れている。

 

 気にせず歩を進める。

 

 

「──さて、どうしたものか」

 

 

 応える者はいない。

 

 チチチ と鳴く小鳥の声がするのみ。

 

 

「解決しない方に賭けたが、間違いだったかな?」

 

 

 というのも、森へ入っていくある人物の姿が見えたのだ。俺はいま、それを追っている最中。

 

 カリーナ──黄金姫付のメイドである。

 

 現在地としては、月の塔と陽の塔とも離れた森の中。点を繋げば綺麗な二等辺三角形ができる位置だ。

 

 伸びる影、歪に傾いた塔の天辺がここら一帯を突き刺す。昨日ここに来た時、まるで日時計のようだと思ったが、どうやら本当にそうらしい。

 

 では、針の指す楕円周になにかあるのか。

 

 俯瞰して見たいが、果たしてこの場合は眼を使った判定になるのだろうか、と考えがよぎった。

 

 目元に手を伸ばす。

 

 かちゃり と()()の縁に指をかけて位置を調整する。

 

 ()は入っていない。彼女は少し視力が低かったので、多少なりとも入っているものと思っていたが、そうでもないようだ。

 

 確かに、彼女視点でもうっすらとボヤける程度ではあった。だから、伊達でも問題はなかったのかもしれない。

 

 ──魔眼殺しの眼鏡。

 

 俯瞰視点を封じることは出来ないが、目合いで経路(パス)を繋ぐことは封じられている状態だ。

 

 ただ、わざわざ貸して寄越したあたり、俯瞰もしない方がいいだろうな。

 

 足跡、匂いを追蹤(ついしょう)する。仕方なしの物理的手法。

 

 さりとて見失うことはない。バスカヴィル家の犬を舐めないでほしい。

 

 追う──。

 

 踏まれて変形した土の形、滲み出る泥水の透明度を見極める。風に運ばれる杏仁豆腐のような甘い匂いを嗅ぎ分ける。

 

 追う────。

 

 距離が徐々に縮まっていく。

 

 影の先端へと辿り着く。

 

 

『────、──────!』

 

 

「……なんだ?」

 

 

 追っていった先は、森の中にぽっかり開いた空間。

 

 泉のほとり。

 

 そしてそれは、(いさか)いのような声、だろうか。いや、大声はひとつだけ。独り言を叫ぶ一人の変人か、それとも糾弾する者とされる者の二人か。

 

 なんだか嫌な予感がする。

 

 ゆっくりと近づいていく。

 

 

「──────、あ」

 

 

 その気の抜けた音は、果たして自分から発せられたものだったか。

 

 俺の声が聞こえたのか、ソレはこちらを振り返る。

 

 

「…………ヴィジリア、さん……?」

 

 

 ソレの声は少し掠れていた。

 

 血に塗れた手。右手にはアカイロに汚れたナイフ。

 

 白いスーツも同じように返り血で真っ赤だった。

 

 ()の足元には、胸から血を流すカリーナだったものが転がっている。息はしていない。見たところ即死。

 

 誰がいるのか。一人か、二人か。

 

 その答えは両方であった。

 

 二人による諍いの声であり、同時に、一人の男によるどうしようもない残響だった。

 

 彼はその青白い顔を一層青くして、しかしこちらを睥睨(へいげい)する。

 

 

「──マイオ」

 

 

 俺の口から、彼の名前がまろび出る。

 

 それは、同胞の魔術師による殺人であった。

 

 

「……これは、ち、違うんです! ヴィジリアさん」

 

「何が違うんだ?」

 

 

 言葉を交わしながら構える。

 

 ──暗闇で開眼し、私は月面から碧い星を眺める。

 

 とあるイメージに則った自己暗示。それによって魔術回路が励起(れいき)する。

 

 礼装もなし。触媒もなし。まさに裸一貫。もし戦闘になるなら厳しそうに思えるが、さてどうなるか。

 

 

「カ、カリーナは、カリーナがッ! わ、悪いんだ。だって、に、逃げるって!

 ディアドラは、死んだけど、ウぉ、黄金姫は! 失われて、なか、なかったのに……!」

 

「要領を得ない。どうか落ち着いてくれないか」

 

「あ、あんな彼女は、知らなかった! 僕は、彼女を、し、知っていたのに……! ずっと、前から!」

 

 

 マイオは徐々に近づいてくる。だらりと下がった右手は、いまだにナイフを握りしめている。

 

 完全に錯乱しているといっていい。何を言っているのか、てんで分からない。

 

 そも、この状況からして意味不明だ。

 

 何故カリーナはここへ向かったのか。何故マイオもいるのか。そして、何故殺したのか。どうしてこうなったのか。分からないことだらけだ。

 

 然して、どのくらいの仲かは知らないが、カリーナともそれなり長い付き合いだったろう。それを自身の手で殺したことで、彼の感情が暴走しているのかもしれない。

 

 その証拠に、彼の目はずっと何処か遠くを眺めているようだ。

 

 据わった目でゆらゆらと歩いてくる。

 

 まったく、こうなっては仕方ない。

 

 手持ちは心許ないがやるしかない。

 

 

「──マイオ・ブリシサン・クライネルス。

 投降を勧める。それ以上近づくなら容赦はしない」

 

「僕は……ぼく、は……!」

 

 

 マイオは歩みを止めない。距離はおよそ10メートルを切った。『強化』した魔術師であれば、一息で詰めることが出来る距離だ。

 

 彼の位置がレッドゾーンに差し掛かる。

 

 

「最後通告だ。止まれ」

 

「…………」

 

「──そうか」

 

 

 彼の過去を(のぞ)いているから分かるが、彼は戦闘向きの魔術師ではない。身体能力はあまり高くないし、正面から戦って俺が負けることはほぼないと云っていい。

 

 だが、搦め手を使われると分からない。

 

 彼は伝承科(ブリシサン)だが、彼の手札はほとんど植物科(ユミナ)と同じものだ。陰湿な魔女の業。ある種、呪術めいたそのあり方。

 

 この場でやられて一番嫌なのは────

 

 と、彼の左手から何か植物のタネのようなモノが落とされた。

 

 瞬間、そのタネから煙が噴出される。否、煙ではない。これは霧だ。

 

 それはあっという間に泉を呑み込んでいく。木々の隙間をすき抜けて、森すらも呑むように濃霧は広がっていく。

 

 霧に包まれ、周囲に発酵した黒糖を思わせる甘い匂いが充満する。

 

 

「ロートスの霧……!」

 

 

 マイオの記憶を漁り、その正体にすぐに行きつく。

 

 オデュッセイアにて語られるロートパゴス族。

 

 彼らの土地に自生するロートスの木から採れる果実は、一度食べれば病みつきになり、もうそれを食べること以外考えられなくなるのだそう。

 

 ソレの正体がなんであるかは神話では語られない。しかし、麻薬に近いものであるのは示唆されている。

 

 強い幻覚作用と依存性。

 

 この霧はロートスの実の幻覚作用だけを抽出し、拡散するものだ。

 

 抗魔力が低ければ、あっという間に方向感覚が狂ってしまう。

 

 幸い、この程度の霧に負けるほどの魔術回路は持っていない。質はともかく、量だけはあるのだ。

 

 だが視界が遮られ、マイオを見失ってしまった。

 

 

「……どうくる?」

 

 

 静寂な霧の中、俺の声だけが木霊(こだま)する。鳥の声も、虫の声も聞こえない。当然、マイオの声も。

 

 逃げるなら逃げるで、そう言ってもらいたい。

 

 ずっと身構えるのも疲れてしまう。

 

 が──、パキリ と枝の折れる音がして、沈黙は破られた。

 

 前。後ろ。右。左。斜め。

 

 360度、全方位から弾丸のようなものが迫ってくる。目を凝らしてみれば、それは木の実であった。

 

 直径3センチほどのトゲトゲの硬い実。モミジバフウと呼ばれる物に近いか。いずれも魔力が込められており、接触すれば何かしらの魔術が働くのだろう。

 

 

「当たったらどうなることやら」

 

 

 試すつもりもない。

 

 (かかと)で地面に文字を描く。鳥の足跡にも似たソレに魔力を通す。

 

 途端、俺を中心に突風が発生し、霧もろとも木の実を吹き飛ばした。

 

 遠く、霧の向こうから微かに動揺が伝わってくる。

 

 

「──Zアルギズのルーンだ。昔から他人のモノマネは得意でね」

 

 

 ルーン魔術。

 

 咄嗟の時に使うのは今まで数秘紋であったが、蒼崎橙子の過去を(のぞ)かせてもらった以上、使わないのも失礼な気がする。

 

 

「とはいえ、彼女ほど上手くは扱えないが。ま、ちょっとしたモンだろ?」

 

「────」

 

 

 返答はない。

 

 ただ彼が息を呑んだのはありありと伝わってきた。

 

 

「さて、覚悟はいいか? ──クライネルス」

 

 

 

 

 

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