イヌバラの思い出   作:ローズヒップティー

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/No, I'm a proper Human being


十一話 死徒

 

 

 

 ──走る。

 

 ──駆ける。

 

 ──狩りたてる。

 

 甘い霧の中、音と匂いを手掛かりにしてマイオを追いかける。

 

 走りながらも所々でロートスの種を落としているのか、霧は一向に晴れない。のみならず、その濃さを増しているように思える。

 

 この森に対する土地勘もなく、時々魔術の妨害もあり、思うように距離を詰めることが出来ずにいる。

 

 ……実際のところ、無理に追う必要もない。

 

 ここで立ち止まり、霧が晴れたのを見計らって双貌塔へ戻る選択肢もある。

 

 というか、それがベストだ。双貌塔へ戻り、皆へ事情を説明すればそれで終わり。だから彼が逃げるのならそれもそれで良かったんだが────

 

 

「…………今度はどうか?」

 

 

 試しに立ち止まる。

 

 すると、霧の向こうの気配もまたピタリと止まった。

 

 そして一呼吸の後、(ムチ)のような植物の(つた)が一斉に伸びてくる。

 

 ぱっと見で34本。それぞれ真っ直ぐに俺へ向かってくる。その速度は、例えたように鞭のよう。先端は亜音速に達している。

 

 素の身体能力ではこの数を避けきれないと直感した。ヒトのラベルを貼ったこの肉体では、この蔦には残念ながら及ばない。

 

 ルーンを描く余裕はない。一工程(シングルアクション)の魔術扱いをされてはいるが、それは描いてあればの話。下準備なしのこの状況では対応できないこともある。

 

 故に────、

 

 

「──(デケム)

 

 

 咄嗟に口ずさむ。

 

 3年ほど前に覚えて以来、使い勝手が良く、愛用している魔術を。

 

 たった一文字の詠唱。それを口にするだけの時間はあった。ギリギリ蔦に串刺しにされるかどうかといったタイミング。

 

 雷霆(らいてい)が降る。

 

 稲妻が(はし)る。

 

 数秘紋により編まれた火雷が、一瞬にして蔦を灰へと変えた。

 

 

「今度もか……。まあ、目撃者は消すのが魔術師だもんな」

 

 

 このようなやりとりも、もうこれで3度目だ。

 

 この通り、追うのをやめれば、"逃げるな"とばかりに猛攻撃が降り注ぐ。

 

 付かず離れず。

 

 かまってちゃんかよ、と思わなくもない。

 

 

「お互い不毛だろ、こんなの。なあ、クライネルス」

 

「…………」

 

 

 返事はない。無視しているのか、沈黙を以て答えとしているのか。

 

 真正面からでは俺に勝てないと踏んで、霧の中から遠距離で攻めるというのは理解できる。だが、この決定打の無さはなんだ? 攻めっ気が感じられない。

 

 俺が止まり、離脱しようとすれば強烈な攻撃がくるが、その後の追撃などは見られない。

 

 今だって、さっきの蔦やら木の実の弾丸で攻めてくればいいのに、何もしてこない。

 

 まるで何かを待っているような、そんな具合だ。

 

 

「助けでも来るのか? 蒼崎ならともかく、バイロン卿やイスローが来たところで戦況は変わらんぞ」

 

「……………」

 

 

 やはり返事はない。

 

 だんだんムカっ腹が立ってくる。

 

 なんでこんな無意味な時間を過ごしているのか。

 

 こんな人間一匹、手段さえ問わなければいつでも殺してしまえるというのに。いっそここら一帯、薔薇の海に沈めてしまおうか……。

 

 そんな、極端な考えが脳裏をよぎった時である。

 

 なんの予兆もなく、気味の悪い魔力が全身を包み込んだ。

 

 固まる身体。

 

 再起動する思考。

 

 違和感の結実化が果たされる。

 

 

「──待っていたのは()()()か!」

 

 

 マイオは言葉を話さなかったのではない。

 

 ()()()()()()のである。

 

 ──瞬間契約(テンカウント)

 

 十以上の小節の詠唱を以て、簡易的な儀式と成す。

 

 本来なら祭壇を用意し、何時間も掛けて成しうる契約を、簡易的、瞬間的に成立させる。

 

 いつからは定かでないが、こちらに聞こえないくらいの小声でずっと唱え続けていた!

 

 詠唱とは、極論ではあるが暗示だ。己と、己のいる世界への暗示。自身が唱えているという実感があり、世界がそうだと認識したのなら、声の大小など関係なしに魔術は形を成す。

 

 防御のためにZアルギズのルーンをもう一度刻もうとしたが──、それは遅きに失した。

 

 ぬるり

 

 と、名状し難い感触が背筋を撫でた。

 

 瞬間、大源(マナ)が渦を巻いて散逸する。

 

 己へ掛けた『強化』の魔術が僅かに揺らぐ。

 

 ──その隙を、彼は見逃さない。

 

 

「ああ……こいつは一本取られたね」

 

 

 背後からの一刺し。

 

 亜音速の蔦が心臓を貫いた。

 

 触覚を『強化』することで風の動きを読み、攻撃に対応していたが、一瞬揺らいだ隙を突かれたカタチだ。

 

 

「──や、やった!」

 

 

 喜ぶような声が聞こえる。

 

 足音と共に、霧の中からおもむろに影が現れ、それがだんだんとヒトの形をとっていく。

 

 明確にマイオだと認識できたのは、彼が5メートルほどの距離にまで近づいてからだった。全くもって霧の濃さに呆れるほかない。

 

 

「……やっと姿を見せたな、クライネルス」

 

「し、心臓を、やった。千年単位の、魔術刻印でもなければ、た、助からない!」

 

「魔術刻印なんてハナからないよ。家督は妹が継いだんでね」

 

 

 言葉を交わしながら術式を解析する。

 

 察するに──巨大な結界、だろうか。

 

 結界内の大源(マナ)を乱す効果があるようだ。まったく扱えないわけじゃないが、嵐のように荒れ狂う大源(マナ)を合わせるのは苦労しそうだ。

 

 初見だと、さっきみたく()()()()()()()

 

 小源(オド)であれば問題なく使えそうだから、こっち主体で使うのがいいかな。

 

 

「ロ、ロード・ブリシサンに、このことをつ、伝えられるわけにはいかない! 僕の、イゼルマの(ユメ)は、まだ!」

 

「そうか、残念だな。夢半ばで終わるとは」

 

「なにを。君は、し、死ぬ! ここで終わり、だ」

 

「さて、どうかな……」

 

 

 ぽっかりと空いた胸の孔に意識を向ける。

 

 うん。昼間だが────この程度なら問題ない。

 

 ただ、ひとつだけ。

 

 自分の(なか)血液(いのち)に詫びを入れる。こんな形で消費してしまうのはなんだか申し訳ない。

 

 

「────っな」

 

 

 驚愕するマイオの声。

 

 彼の目は、元に戻っていく俺の身体(からだ)に釘付けになっている。

 

 

「治癒……!? で、でも、心臓まで治すほどの、魔術なんて……あ、ありえない!」

 

 

 尻餅をつくマイオ。ビシャリと泥水が跳ねた。

 

 その驚きようは、まるで死人が生き返ったか、それか幽霊でも目の当たりにしたかのよう。

 

 魔術師たるもの、グールやゴーストくらい見たことあるだろうから、あくまで例えだが、そう表現したくなるほどの恐れ驚きっぷりだった。

 

 

「ふふ……"なにゆえ怖じ惑うのか。なにゆえ心に疑いを起こすのか。私の手や足を見なさい。まさしく私である。さあ、触れてみなさい"」

 

「なに、を……言って……?」

 

「──いや、失礼。ジョークだよ。いささか不謹慎だったか」

 

 

 差し出した手を引っ込める。

 

 既に心臓は完治した。あと周囲の筋肉や骨や皮膚を治すだけ。いや、"治す"というのは違うか。本質的ではない。

 

 そう、()()()()()()()()()()ような。

 

 

「……復元、呪詛」

 

「アタリ」

 

 

 過去へ逆行する肉体。血液、筋繊維、骨。全て逆しまに舞い戻る。身体(からだ)は貫かれる前の状態へと回帰する。

 

 服は戻らないが、こっちは血液(エーテル)で取り繕う。

 

 1分もしないうちに、まるで傷なんて負わなかったみたいに元通り。

 

 

「────し、死徒」

 

「失礼な。歴とした人間だよ。少なくとも魂のラベルはね。肉体の方は、残念ながら完全に戻ってはいないんだが」

 

 

 以前は確かに死徒だったが、3年前からは人間だ。

 

 まだ身体の方に後遺症が残ってはいるが、魂の表記は『人間』である。現に、俺に洗礼詠唱は通じない。

 

 日光の下を歩けるし、流水も渡れる。鏡にだって映るし、吸血も必要ない。どれも多少の(つら)さはあるとはいえ、克服したと云ってもいい。

 

 単純な肉体性能としては、大体()階梯の夜属くらいだろうか。全盛期を考えれば、かなり制限がかかって人間らしくはなっている。

 

 

「──いや、しかし、手傷を負うとはね。

 蒼崎橙子の安全性を確認して安心したところに、黄金姫の死が降って湧いて、同胞が犯人で……色々起きて混乱してたみたいだ。

 君の腕が思ってたより良かったのもある。ちょっと油断し過ぎてたな」

 

 

 反省だ。

 

 尊い血液(いのち)がまた少し減ってしまった。出来れば、これ以上減らす愚は避けたい。早急に片付けてしまおう。

 

 

「さて──、間合いだな、クライネルス」

 

「え? …………あ」

 

 

 ジロリ、と彼に視線を向ける。

 

 すぐには状況を飲み込めなかったようだが、程なくして、自身が無傷の相手と近距離で対峙していることに気が付いたようだった。

 

 ただでさえ青年はひ弱だ。例え相手が俺でなくとも、この距離で勝ち目はない。

 

 いや、俺でなかったならさっきの一撃で勝ち、か。

 

 

「じゃあ、運が悪かったねってことで」

 

 

 つま先で地面に文字を描く。──Xスリサズ。霜の巨人、スルス(Þurs)を意味するルーン。

 

 しかし今回使うのは、その巨人の力ではなく、棘だったり茨だったりの側面だ。となると、こちらの呼び方の方が適切か。

 

 ──Xソーン

 

 ルーンに魔力を通す。

 

 そこを起点として、地面から数本の茨の(つる)が生えてくる。うねうねと瞬く間に成長し、すぐさま獲物(マイオ)へ絡みつく。

 

 絡みつこうとする。──した。

 

 

「────な」

 

 

 マイオは、守るようにただ顔を手で覆ったように見えた。少なくとも、余人にはそう見えただろう。

 

 だが、この眼には、彼の指から伸びる細いきらきらとした物が視えていた。

 

 糸である。

 

 蜘蛛糸のように、強くしなやかで透明な、俺ほどの目の良さでなければ見えないほどの極細の霊糸(れいし)だ。

 

 顔を覆ったのではない。()()()()()()()

 

 手繰り寄せられた糸操(あやつり)人形は────

 

 

「……月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)!?」

 

 

 ソレは霧の向こうから突然現れた。

 

 周りの深緑と黄土、白霧を反射して、水銀は煌びやかに輝く。玉虫色のマリオネット。

 

 マイオがそう操ったのか。はたまたライネスの命令か。

 

 水銀メイドがマイオの盾となる形で間に割り込む。青年の代わりに、その闖入者(ちんにゅうしゃ)へ襲いかかるルーンの荊棘(けいきょく)

 

 流体金属にそんなもの効くはずもなく、絡みついた先から刃によって切り落とされていく。

 

 

「────行けっ!」

 

 

 そう叫ぶや否や、マイオは立ち上がって一目散に駆けていった。

 

 その際、クイ、と糸が引かれた。

 

 呼応するように、水銀メイドの表面が脈打つように揺動(ようどう)する。グググ、と油を()し忘れた機械のような動きだ。

 

 

「……ラウンドツーってわけ?」

 

 

 返答の言葉はなく、突進によって答えられた。

 

 

 

 

 

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