イヌバラの思い出   作:ローズヒップティー

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/Surely you will Listen to him or her


十二話 誰にとっての救いの手

 

 

 

 それほど速くはない突進。

 

 さきほどの(つた)に比べれば、それこそ止まって見えるほど。

 

 Xソーンのルーンを破ったときのような、幾重もの刃へ変形されるのが一番厄介なんだが、向かってくる水銀メイドは自然体だ。

 

 さてどうするか。

 

 受け止めるか。同じ次元に水銀を重ねるようなことをしていなければ、重量は多くても1トン程度。『強化』をしている様子はないため、そこまでの威力はなさそうに思える。

 

 いや、なしか。

 

 受け止めた瞬間、変形。俺の腕がバラバラに。

 

 なんてこともある。任務外でこれ以上血液(いのち)を無駄に消費することは避けるべきだ。

 

 緩慢とした突撃を、横に転がるようにして回避する。

 

 汚れるのが嫌だったので、Xスリサズに魔力を通し、泥水を凍らせて服に付くのを防ぐ。

 

 

「さて……って、あれ?」

 

 

 体勢を立て直し、水銀メイドへと向き直るも──

 

 彼女はそのまま、一直線に走り去っていく。こちらを見向きもせず、ただ真っ直ぐに駆けていった。

 

 

「えー……?」

 

 

 霧に呑まれ、じきに影すら見えなくなる。

 

 またしても、静寂だけが周囲にあった。何故かマイオの気配ももうない。俺という目撃者を逃したくない筈なのに。

 

 気がつくと、結界も解けており、大源(マナ)の流れは正常なものへと戻っていた。

 

 

「……ほんとにどうしよ」

 

 

 答えてくれるモノはいない。

 

 狭い視界を見渡す。水銀メイドのものも、青年のものも、どちらもハッキリと足跡が残っている。これであればどちらも容易に追える。

 

 月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)の向かう先は、方角的に先ほどカリーナが殺された泉。対して、マイオの向かう先は双貌塔の方である。

 

 俺が塔へ戻るのをあんなに嫌がっておいて、これはどういうことか。

 

 追うしかあるまい、マイオを。

 

 ライネスのメイドが何故ここにいるのか、何故泉へ向かったのか、などはこの際置いておこう。行かない方のことを考えてもしょうがない。

 

 視点も今は一つしかない。だから、考えることもひとつでいい。

 

 

「──と、こんなモンかな」

 

 

 マイオの足跡に靴を合わせる。右足で踏みしめた跡、そこに己の右足を乗せる。

 

 身長もそうだったが、やはり彼の方が少し大きい。踵を併せたがつま先の方に隙間がある。当然、歩幅も相応に広さがあるだろうと予想がつく。

 

 少しだけ考えて、身体能力で(まさ)っている分、補完できる筈だと結論する。

 

 

「──定義する(define)

 

 

 瞬間、駆け出す。

 

 マイオの右足から始まった軌跡に沿って踏み出す。

 

 彼の左足の跡に、俺の左足がぴったりと合致する。その後も同じ。二歩目、右足の跡には右足が。三歩目、左足の跡には左足が。

 

 彼の動きをトレースして走る。

 

 木々の隙間を抜けて、(やぶ)を飛び越え、時に姿勢を低くしながら。

 

 ──駆ける。(はや)く。

 

 『定義』した速度は、本来の彼よりも速い。

 

 眼を使わずに『定義』したため、少々無理のある動きが所々に見られるが、身体能力によるゴリ押しで通す。

 

 今回は魔術による妨害がない。すぐに追いつけることだろう。

 

 程なくして、霧を抜けた。

 

 甘い香りが霧散し、澄んだ森の空気が肺へ送り込まれる。元の森の臭いも鼻をくすぐる。同時に、消毒液にも似た匂いが漂っていることに気付く。

 

 彼の部屋で嗅いだ匂いだ。

 

 目標は近い。

 

 視界が開けたので、速度を更に上げる。広かった筈の歩幅はその分狭く感じられて、忙しなく足を動かすことになった。

 

 ちょっと無理があったかな、と速度を落とそうとして、その姿が見えた。

 

 森の切れ目。濡れた石畳の道、その反射光が目に入る。月の塔は近く、亭々たる白亜の壁が屹立(きつりつ)している。

 

 そこへ向かうマイオの背中を捉えた。

 

 自身へ掛けた魔術を解き、本来あるべき走行姿勢へ移行する。

 

 前傾に。

 

 頭は揺らさず、目線は前へ。

 

 姿勢は低く、歩幅は限界まで広く。

 

 ────まるで猟犬だ。

 

 タン と一際強く踏み込んで、跳ねる。

 

 彼は気づく様子もない。

 

 首筋にハイキックを叩き込もうとして、流石に死ぬかもしれないな、と思いとどまった。

 

 なので、二の腕らへんを程よく蹴ることにする。

 

 

「いっっ────ンガッ……!」

 

 

 くの字に折れ曲がるマイオの腕。衝撃がそれだけで収まる訳もなく、そのまま横に吹っ飛ぶ。

 

 転がるようなかたちで石畳の上に二、三回ほどバウンドし、やがてグッタリと動かなくなった。

 

 殺人犯、確保完了である。

 

 

「さて、黄金姫の件とメイドの件、詳しく聞かせてもらおうじゃないか」

 

 

 マイオからの返事はない。気絶しているので当たり前だが。

 

 だから俺のこの言葉は独り言であり、返答があるなんて考えてもいなかった。

 

 

「────それは誤解です」

 

 

 故に、その声に驚いた。

 

 月の塔へと続く道。そこからやってくる二人の人影が目に入る。

 

 美しい紫のドレス。裾が泥で汚れぬよう、後ろでメイドが持ち上げている。薄いヴェールから微かに覗く銀の髪と美しき貌。

 

 

「黄金姫──ディアドラ姉様を殺したのは、マイオではありません」

 

「……白銀姫」

 

 

 間違えようもない。白銀姫──エステラであった。

 

 

「それは、どういうことでしょうか」

 

「……詳しくお話しましょう。ですが、その前に彼を、マイオを医務室へ運んでも?」

 

 

 チラリと青年を見やる白銀姫。その瞳には僅かに憐れみの色が滲んでいた。

 

 なんとなく、彼女は全てを理解している気がした。この双貌塔での事件、そのすべてを。

 

 無言で小脇にマイオを抱える。起きて何かしてくると面倒なので、手はガッチリと強く掴んで動かせなくして、だ。

 

 

「──医務室、どっちです?」

 

「ありがとうございます、ヴィジリア様」

 

「お礼を言われることではないと思いますが……。彼を()したのだって俺ですし」

 

「いいえ、それでもです」

 

 

 心底ほっとしたような口調で、彼女は言う。

 

 後ろのメイド──レジーナの表情も、心なしか和らいだように思えた。

 

 

 

 

 

  *

 

 

 

 

 

 ────同刻。

 

 

 その少女は、驚愕の表情で佇んでいた。正確に言うならば、立ち尽くしていた。

 

 

「……トリム?」

 

 

 口からもれるそれには、一体どれほどの感情が篭っていたのだろうか。

 

 息が止まった。目が揺れる。

 

 何かの間違いだ、と()()を見ながら彼女は思う。

 

 

「そん……な……」

 

 

 彼女の背後で、やっと追いついたらしい灰色の少女が呆然とする。

 

 それは、黄金姫殺害の疑いを晴らすため、探偵役を買って出たライネスたちであった。

 

 手掛かりを求め、森へ入るも、()()()()()()()霧と結界によって水銀メイド──トリムマウとの魔力経路(パス)に異常が生じ、見失ってしまったのだ。

 

 魔術探索(ダウジング)用の鎖によって、やっとトリムマウを見つけ、合流できた……のだが。

 

 

「……ライネス、様」

 

 

 ぎこちなく振り向く、水銀のメイド。

 

 そこは泉のほとりであった。薄れゆく霧の中、細い陽光に照らされてソレは輝く。一体なにか。

 

 泉の水か。──否。

 

 水銀の肌か。──否。

 

 では何か。

 

 ()()()()である。

 

 トリムマウの手から滴る、血の色に他ならない。

 

 無論、彼女は水銀製。血など流さない。零れ落ちるそれは、泉に浮かぶもう一つのメイドのものだ。

 

 カリーナの血である。

 

 一見して、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ようにしか思えない。

 

 

「お前……」

 

 

 小さなライネスの声。湿度は驚くほど高く、喉など潤いにあふれているだろうに、その声はそうとは思えないほど掠れていた。

 

 一歩、メイドに近づこうとして────

 

 

「おっと待った。動かないでもらおう」

 

 

 その背中に、別の声がかかる。

 

 森の緑と同じ色のドレスが姿を(あらわ)す。双貌塔の主人を侍らせ、一人の老女が森のただ中よりライネスたちを見つめていた。

 

 

「ロード・バリュエレータ、それにバイロン卿。

 ……なぜここに?」

 

「それはお互い様だ。さっき、おかしな魔力の気配がしたものでね」

 

 

 双貌塔にいたイノライだったが、突如張られた結界を不審に思い、バイロンと共に様子を見に来たのである。

 

 足の悪い男と、もう七十近い老女。歩みは遅いが、とはいえここはイゼルマのホーム。最短ルートはバイロンが熟知している。

 

 ライネスたちが霧やら結界やら、他にも色々あるが、とかく対処に追われているうちに追いついたのだ。

 

 

「……事情を説明させていただいても?」

 

「もちろん。だが──」

 

 

 肯定を口にするも、そこには不穏な逆接が付く。

 

 ちらりとトリムマウに視線をやると、イノライが腰にくくった小袋から砂を掴み、短い呪言とともに大地は投げ放った。色彩豊かな砂が振り撒かれる。

 

 その地に舞った砂が、あたかも密教の砂曼荼羅(すなまんだら)のごとく、水銀のメイドを忠実に再現していた。

 

 そして、砂絵がアニメのように動かないのと同じく、トリムマウも照応するように動きを停止させた。

 

 

「流石にアレをそのままに、って訳にはいかないだろうさ」

 

 

 当然だろう、と眉をあげて主張するイノライ。

 

 

「では、改めて。事情をご説明いただけるかな。エルメロイの姫」

 

 

 地面をにじるように杖をつきながら、一歩バイロンが近づいて言う。

 

 糾弾と云うにはいささか冷静に過ぎるが、なんにせよ、ライネスにはとって彼の真意など関係ない。真犯人の究明、敵対派閥の排除、はたまた別の何かか。

 

 どれにしたって、彼女が追い詰められているのに変わりはない。

 

 

「この光景……その水銀メイドがカリーナを殺した後、証拠隠滅に泉に投げ込もうとしたようにしか見えないが?」

 

「…………」

 

 

 ライネスは答えない。

 

 答えられない。

 

 ここには死んだカリーナがおり、トリムマウにはその血が付着している。明白でいて、露骨な状況である。弁明などできよう筈もない。

 

 仮に何か口にしたとして、証拠がなくては話にならない。

 

 

「どうしたのかな? エルメロイの姫。言葉も出ないとは。これは観念したということかね」

 

「……はは、ご冗談を」

 

 

 乾いた笑い。沈んだ声が漏れ出る。強がりか自嘲か。きっと彼女本人にも、正確には判じ得ない。

 

 

「ライネスさん」

 

 

 グレイの呼びかけ。

 

 果たしてライネスには、その声が聞こえていたかどうか。聞こえていたとして、その声に含まれた感情に気づいたかどうか。

 

 俯き、セカイが遠ざかっていく錯覚に囚われていたライネスには、その足音が聞こえていなかった。

 

 

「……一体何をしてるんだ。レディ」

 

 

 その声で、彼女はやっと気づいて振り仰いだ。

 

 黒い男であった。

 

 長い髪も、スーツも、纏うコートも漆黒。肩から垂れるマフラーだけが赤く、目を引く。不機嫌そうに眉間に皺を作って、咥えた細い葉巻からは紫煙を(くゆ)らせていた。

 

 

「……兄上……」

 

 

 ──ロード・エルメロイII世、その人である。

 

 

 

 

 

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