イヌバラの思い出   作:ローズヒップティー

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/Vigilia Rosa Canina


十三話 晩祷に咲く薔薇

 

 

 

 医務室は二階にあった。

 

 処置はひと通り終わり、マイオはベッドに寝かせている。

 

 簡易的なイスに座り、白銀姫とレジーナの話に耳を傾けた。あまり長くはかからなかった。

 

 

「────そうですか」

 

 

 レジーナの言葉に深く頷く。

 

 語られた、イゼルマという魔術師たちの物語。

 

 どうしようもない──と切り捨てるのは簡単だが、魔術師であればそれを簡単に切り捨てることなど出来ない。

 

 根源の渦。全ての始点へ辿り着くために、彼らは走り出したのだから。

 

 

「……はあ」

 

 

 ひとつ、息を吐き出す。

 

 どうも、自分には彼らの思想は理解できないみたいだ。星の瞳で世界を(のぞ)けば見ることのできる身近なものに焦がれることが、俺にはどうしてもできない。

 

 それが、何故だか悲しく思えてならない。

 

 彼らに対する憐憫ではない。

 

 俺自身への思い。

 

 どうして、自分は、彼らと気持ちを通わせることができないんだろう……。

 

 理由はわかっている。俺が人間に拘っているからだ。彼らは魔術師であり、人間を超越しようとする者たちだ。ヒトとしての当たり前を捨ててでも「  」を求める求道者たち。

 

 対して、俺はヒトになろうとしている。ベクトルが真逆なのだ。"現在(いま)"という交差点で顔を向き合わせているに過ぎない。

 

 彼らは"未来(いつか)"を見据えて"過去(かつて)"へ駆けていく。

 

 俺は"過去(かつて)"を見定めて"未来(いつか)"へ向かっていく。

 

 ……とはいえ、実は重なる部分もある。

 

 理想と現実は違うのだ。置き去りにすべきものに愛着を持ってしまうこともままある。

 

 その『人間性』とでもいうべきものが、俺には眩しく思えてならない。

 

 

「……ヴィジリア様。ここまでのお話を踏まえて、お願いがございます」

 

 

 白銀姫が口を開く。次に出るであろう言葉は、未来視なんてなくても容易に予測ができた。

 

 

「──言わなくても、それくらい分かりますよ」

 

 

 だから止めた。口に出されるよりも先に止めた。

 

 ()()の心情に無粋なこたえをつけないでくれ。

 

 

「いいでしょう。向こうには向こうの事情があるでしょうが、今回はこちらへ加担します。

 ……カリーナに感謝するんだな、マイオ」

 

 

 眠ったままのマイオへ告げる。

 

 魔術師に残る人間性、その煌めきには抗い難い。求めていたものがそこにあるのだから、手を伸ばさずにはいられない。

 

 光を目指す蛾のように。

 

 結局のところ、俺も彼らも、やるべきこととやりたいことの間で揺れているのだ。

 

 

「どうか、よろしくお願いいたします……」

 

 

 深々と頭を下げる白銀姫。習ってレジーナも礼をする。

 

 なんだかむず痒い。俺は今回、俺の欲求のために行動する。その結果として、彼女らの望みが叶うだけのこと。

 

 彼女らを納得させるために形だけの報酬は受け取ったが、実際は報酬なんていらない。すでに貰ってしまっているから。

 

 

「ま、出来るだけのコトはしますよ。ええ」

 

 

 蒼崎には悪いが、致し方あるまい。賭けの条件決めの時に、エルメロイ側への助言云々の話が出たが、こちらへの介入については何か言われるということはなかった。

 

 申し訳ないことこの上ないが、この事件は迷宮入りにする。俺の信条に従って。

 

 

 

 

 

  *

 

 

 

 

 

 バイロン卿やロード・バリュエレータが去り、現在、()()はカリーナの死体を検分していた。

 

 ライネスへの疑いは、残念ながらまだ晴れてはいない。師匠が間に入ることによって、なんとか明日の夜まで調査の時間をもらえることになった次第だ。

 

 なお、カリーナを泉から陸へあげたのは自分と師匠のふたりである。

 

 日中とはいえ、涼しげな森の中の泉は、想像通りの冷たさを誇っていた。着替えを持ってきていて良かった、と師匠が口にしたが、全くもってその通りだった。

 

 こういう時、水銀メイドのトリムマウが居てくれると助かるのだが、殺人に使われたかも知らない、として預かられてしまった。

 

 

「……死因は、心臓を一突きか?」

 

 

 血に染まった傷跡のあたりを探りながら、師匠が小さく呟く。

 

 他に傷らしいものもなく、毒や呪いで苦しんだような表情もない。おそらく、その見立てで間違いないように思える。

 

 正面からの刺殺。狙いは心臓。犯人に殺意が明確にあったことは想像に難くない。

 

 他者に対してそこまでの殺意を抱くということが、自分にはとても恐ろしく思えてしまう。

 

 

「これは……」

 

 

 またしても、呟きがもれた。

 

 その声に伴って、カリーナの衣服の下から装飾品が取り出される。

 

 打ち割った石に紐をくくったネックレスであった。石には渦巻きの模様が刻まれている。なんらかの魔術的な意味があるのか、自分にはてんで分からない代物であった。

 

 

「……ケルトの護符といったところか。残念なことに役には立たなかったようだが」

 

 

 そう言うと、師匠は一度瞑目してから立ち上がる。

 

 

「明日には弔ってもらえるように計らおう」

 

 

 一応の検死は終わったのだろう。コートと鞄を抱えて移動の準備をし始めた。

 

 カリーナの死体については、後ほどバイロン卿が使いをよこすらしい。去り際に獣避けの結界を張っていったから、このままでも大丈夫とのことだ。

 

 

「──次は、黄金姫の確認だな」

 

 

 鞄についた泥を落としながら、師匠は双貌塔の方向を睨む。眉間の皺が一層深く刻まれたように見えた。

 

 

 ────しばし歩き、森を抜けた。

 

 戻ってくるころには日もそれなりに傾いていた。夕刻には遠いが、昼としては後半だろう。

 

 陽の塔の空き部屋で師匠が、元々あてがわれていた部屋で自分が、濡れた衣服を着替えてから月の塔へと向かう。

 

 辿り着いた月の塔は静かだった。

 

 昨日の出来事だというのに、社交会が遠い日の出来事のように思えてしまう。あの時には、高らかに唄うラッパの音があんなに響いていたというのに。

 

 

「黄金姫の部屋は?」

 

「三階だ。向こうの階段を上がって、右から三番目だよ」

 

 

 不思議と、師匠とライネスの会話もどこか遠くに聞こえてくる。

 

 キュ キュ と濡れた革靴の音だけが、やけにハッキリと耳に入ってきた。それが自分も含めて三人分。

 

 キュ キュ キュ

 

 カツン

 

 乾いた足音がして、ハッと意識を取り戻す。セカイの音が回帰する。気付くと、濡れた靴の音がやんでいた。

 

 

「──これはこれは。さしものロード・エルメロイも、妹君の危機とあっては駆けつけるか。美しい兄妹関係だな」

 

 

 それは社交会で聞いた声だった。

 

 蒼崎橙子とマイオ。それともうひとり。

 

 丁度、螺旋階段から降りたところなのだろう。自分たちの向かう方向からその人はやってきた。

 

 赤みがかったブロンド、乱暴に結ばれた後ろ髪が揺れる。朝見た時もそうだったが、パーティの時とはまるで別人だ。

 

 お人形さんのような、ぱっちりした赤い瞳がこちらを見つめる。眼鏡越しのソレと目が合った。

 

 ふと、黄金姫が登壇する直前、目が合いかけたことを思い出した。その時は特段何も思わなかったが、こうして再度目を合わせてみると、その瞳が恐ろしいものに感じられてしまった。

 

 こちらの全てを見抜くような、そんな眼光。

 

 夜、天上より見下ろしている月のような────。

 

 

「……Ⅱ世をつけていただきたい」

 

「ああ、そうだった。これは失礼、ロード・エルメロイⅡ世」

 

 

 師匠の言葉によって目線が逸らされる。感じていた圧迫感が消え、ほっと一息をつく。

 

 気分が落ち着き、やっと普通の感覚で状況が観察できるようになった。

 

 向かい合う、師匠とその人。

 

 歳はおそらく自分より少し上くらいか。だというのに、師匠と相対するその顔にはなんの表情も浮かんでいない。いっそ非人間的といっていい。

 

 本当に、お人形さんみたい。

 

 西洋人形のように、可憐で、不変だった。

 

 

「聞いたところによると、あなたがこの事件を解明なさるとか」

 

 

 先に戻っていたバイロン卿かロード・バリュエレータにでも聞いたのだろうか。腰に手を当ててそう確認してくる。

 

 

「ええ、その通りです。この事件は私が預からせてもらった。これから黄金姫の検分に行くところです。

 ゆえに──階段(そちら)、どいていただいても?」

 

「もちろん。邪魔をする気はありませんから、どかせていただきますとも」

 

 

 そして言葉通り、すぐさま一歩退いた。

 

 確か伝承科と言っていたから、マイオ──ひいてはイゼルマ側かもしれないと思ったが、なんだか違うように思えた。

 

 とはいえ、師匠はバイロン卿から捜査の許可はもらっているし、この一時はそのように見せただけ、ということもあるが。

 

 

「──捜査、頑張ってくださいね」

 

 

 すれ違いざま、そう声を掛けられた。

 

 師匠は、

 

 

「ああ、ありがとう」

 

 

 とだけ言って、階段をのぼる。

 

 ライネスも自分も、ハッとして着いていく。

 

 ぼーっとしていた訳ではないが、なんだか雰囲気に呑まれかけていた。あの人にはそういった異質さがあった。

 

 

「──ヴィジリア、か」

 

 

 階段をのぼりながら、師匠がぼそっと呟いた。

 

 

「おや兄上。ご存じだったかい? 何となく見覚えはあるんだが、どこかで知り合っていたかな」

 

 

 その声に、すかさずライネスが反応する。

 

 そういえば、あの社交会のときにもそんなことをライネスが言っていた。彼女とは時計塔にいた時間がまるで違うが、少しでも助けになるならと、もしかしてなんて思いであの人の顔を見たんだった。

 

 結局、自分は役に立たなかったが……。

 

 師匠は、会ったことがあるのだろうか。

 

 

「いや、私も実際に見たのは初めてだ。ただ──」

 

「ただ、なんだい?」

 

「ただ、伝承科に()()が現れた時期が、以前から気になっていてね」

 

「んん? どういうことだい?」

 

 

 階段をのぼりきったところで、師匠は立ち止まった。

 

 黄金姫の部屋へ行く前に、この話題を終わらせてしまおうというつもりらしかった。

 

 

「ヴィジリア・ロサ・カニナ。()()は三年前、突然伝承科に現れた。それ以前の経歴はまったくなく、時計塔入学時に必ず入る全体基礎科にも、彼女の名前はなかった」

 

「え、それって……」

 

 

 つい、声をあげてしまった。

 

 

「ああ、いや、グレイとはまた異なる。彼女は時計塔に籍を置いている、正真正銘の魔術師だよ」

 

「ちょっと待ってくれ兄上。それは"経緯"だろう。でも、気になったのは"時期"なのかい?」

 

「その経緯に繋がる時期こそ、不気味なんだ」

 

「……不気味……」

 

 

 確かに、彼女は不気味だった。

 

 人形のようなあり方もそうだが、最たるものは纏う空気だ。

 

 自分の故郷のソレに近しい、死の匂い。魔術師なんてものはその殆どが死に触れている。だから、彼女がそんな空気を纏わせていても不思議ではないが──

 

 なんというか、静かすぎた。

 

 誰もいない霊園のようだった。

 

 鴉の一羽もいない。本当の意味で死に絶えた墓。

 

 人も、霊も、死体すらも、何もない。

 

 埋まるはずだった誰かの墓穴だけが、ぽっかりと空いている。そんな感覚。

 

 

「彼女が時計塔に所属したのは、記録では三年前の12月25日。その年、その日になにが起きたか。覚えているかね」

 

 

 三年前となると、西暦2000年ちょうどだ。一世紀の終わり、その年の終わり。その際に何があったか。

 

 記憶を探るが、さっぱり分からない。

 

 そもそも自分は村にいた頃のことだ。あそこでは外の情報はあまり入ってこない。魔術世界のことならなおさらだ。

 

 

「……三年前の、クリスマス……」

 

 

 ライネスも口元に手をやって、うーん、と悩むそぶりを見せる。

 

 ──が、すぐにピンときたような顔をして、そしてすぐにその顔を歪めた。

 

 

「いや、まさか、兄上……」

 

「確証はないが、確信はある。きっと彼女はコレに関わっている」

 

 

 焦ったようなライネスの声。深妙な師匠の声。自分の知らない何かを彼らは知っているようだった。

 

 

「あの、それは……」

 

「────バチカン事変……」

 

 

 自分の困惑した様子が分かったのか、声に答えるようにライネスが()()の名前を口にする。

 

 

「クリスマス・イヴ──バチカンの聖夜のこと。その事件は起こった」

 

 

 師匠がゆっくりと概要を説明していく。

 

 

「バチカン地下に広がる死者の街(ネクロポリス)。聖堂教会の連中の本拠地。──そこをひとりの死徒が襲撃した」

 

「……え?」

 

 

 呆けたような声。それが自分の出したものだと気づくまで、幾ばくかの時間が必要だった。

 

 

 

 

 

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