イヌバラの思い出   作:ローズヒップティー

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/Everyone who Loves and Practices Falsehood


十四話 考えるヒト、かたるヒト

 

 

 

 クイーンサイズのベッドの下。壁とクローゼットとの僅かな隙間。床のカーペットを掻き分けて、それこそ髪の毛の一本までも調べ上げる。

 

 黄金姫の死体の有様、また死してなお崩れぬその美貌には、さしもの師匠も大きく息を呑んでいた。

 

 だがすぐさま元の調子に戻り、こうして観察眼を光らせている。

 

 そんな師匠を見ながらも、自分はさっきまでの会話が妙に気になって落ち着かないでいる。

 

 ──死徒。

 

 生きていないのに、地上を歩む者。

 

 もちろん、亡霊とはまた違う存在だ。けど本質的なところは同じものだと思う。肉体があるかないかの違いだけ。

 

 もっとも魔術的な話でいえば、魂やら精神やら残留思念やらと、正確な定義自体は異なるのだろう。しかしこればかりは自分の感覚の問題である。

 

 ともかくとして、彼女がそうであるかもしれないという疑念が、どうにも拭えない。

 

 師匠いわく、本名の分からない強大な死徒は、聖堂教会により識別名、つまりは通称がつけられるという。

 

 バチカン事変を起こした死徒の名称は定まっていない。たった一度の騒動のみで、それ以前もそれ以降も、一切の目撃がないからだ。

 

 ただ、大聖堂の地下に刻まれた惨劇の爪痕と、少なくない生存者の証言から、教会内では暫定的にこう呼ぶ者もいるらしい。

 

 新しきロズィーアン、と。

 

 ふと────、

 

 彼女とすれ違った時に(かお)った匂いを思い出す。

 

 ……(かぐわ)しい薔薇の香りを。

 

 

「────っ!」

 

 

 小さくかぶりを振って、その考えを否定する。

 

 いや、それは考えすぎというものだ。実際、師匠もバチカン事変の関係者かもしれない、としか言っていない。

 

 たまたまその場にいたフリーの魔術師だったとか、もとは聖堂教会側の人だったから素性を明かしていないとか、そういう可能性だってある。

 

 だから、だから……。

 

 

『お前が滅ぼすべきはアレだ。アレだ。アレだけだ』

 

 

 鼓膜に録音された声が再生される。

 

 聞こえないように大声で掻き消してしまいたい。

 

 彼女の瞳は怖かったが、それ以外は普通の魔術師であったはずだ。だから、このような気分は間違いで、渇きも飢えも痛みも、吐気も怖気も鬱気も、なにもかも、自分の気のせいであるはずで────

 

 だって、最初に会った時もその次も、自分は彼女に何か特別感じるところはなかった。

 

 そう、だから……これはただの思い込みで。

 

 

「────グレイ!」

 

 

 その声で現実へ引き戻された。

 

 

「大丈夫かい? どこかぼーっとしていたようだが」

 

「え? ……あ、ライネスさん」

 

 

 はじめのは誰の声だったのか分からなかったが、次に続く声でライネスだったんだな、と気づいた。

 

 彼女のものにしては語気が強かったようにも感じたが、きっと思い過ごしだろう。

 

 

「すみません。少し、考えごとを……」

 

「ああ──さっきの話かい? 確かに少し刺激は強かったかもね」

 

 

 特に君には、と付け加えられる。

 

 まだそこまで付き合いの深い関係ではないが、やはり見抜かれていたようだ。自分が幽霊の類いが苦手であり、同じように死徒──吸血鬼のことも苦手であることが。

 

 なんだか恥ずかしい。カアァと自分の顔が熱くなるのを感じる。

 

 

「ま、そういう事件があったことは事実だけど、話半分で聞いてもいいと思うよ」

 

「事実なのに、話半分でいいんですか?」

 

 

 普通、事実ならそのまま丸ごと信じていいものではないのか。

 

 

「うん、だって十中八九盛られてるからね。

 魔術協会と聖堂教会の仲の悪さは知っているだろう? バチカン事変はあちらさんの失点。素直にこちらへ情報なんて漏らすものか。

 そういうことがあったらしい、という噂に尾ひれがついて回っているのさ。とはいえ、完全に隠蔽できていないあたり、それなりの規模の事件があったことは確かだろうけどね」

 

「は、はあ。そうなんですね」

 

 

 なんだか気遣って言ってくれただけ、という気もするけれど。しかし言っていることの意味はわかる。確かに師匠も、事件の内容については断定する言い方を避けていた。

 

 "そうである"ときっぱり言ったのは、バチカン事変というものが起こり、それは死徒によって引き起こされた、ということのみ。

 

 他のことは、推量するかのような婉曲表現が多く見受けられていた。

 

 

「兄の内弟子らしく、あれこれ考えを巡らせるのはいいがね。眉間にシワを寄せるくらいまで悩みすぎるのもよろしくはないだろう。せっかく可愛らしい顔をしているのにね」

 

「──。拙の顔のことは、やめてください」

 

「……ま、今回の事件に関わりのないことに時間を割くのも、あまり建設的とは言えない。

 ──さて、兄上。調査の具合はいかがなものかな?」

 

 

 ライネスはそこで話を切り上げて、師匠へと現状の確認をおこなった。

 

 ……少し申し訳なく思ってしまう。ライネスはただ顔を褒めただけのに、その褒め言葉を素直に受け取れないでいる。あまつさえキツイ口調が出てしまった。

 

 自分の卑屈さにうんざりしながら、彼女につられて師匠の方へ視線を向けた。

 

 

「……この部屋で確認すべきことは済んだ。

 とはいえだ。ここで話すのは躊躇われる。場所を移そう」

 

 

 悠々とした態度で師匠は立ち上がり、そう告げる。いっそ堂々とした言葉は、事件の全容が分かってしまった名探偵を思わせた。

 

 

 

 

 

 

  *

 

 

 

 

 

 そこは月の塔の最上階であった。

 

 イゼルマの魔術工房。

 

 部屋に入ってすぐ、柑橘類にも似たテレピン油のツンとくる匂いが鼻を刺す。ついで、古めかしい紙の匂いとバニラ臭のまとわりつく煙が追いついてくる。

 

 錐体状の塔の天辺ということもあり、広さはそこまでない。所狭しと、多くの書物が本棚、机上、床を問わずに置かれている。

 

 蒸留器にフラスコといった実験器具は、そんな中に混じる彫刻作品に紛れ、それらも一種の芸術のようにも感じられた。

 

 

「──バイロン様」

 

「ああ、来たか、──ッ!」

 

 

 レジーナの声に反応するように、豪奢なレザーの椅子がくるりとこちらへ振り返る。

 

 そして、予想外の者がいたからか、彼は目をこれでもかと見開いて驚きをあらわにした。

 

 メイドのレジーナ。

 

 織師のイスロー。

 

 薬師のマイオ。

 

 この三名を呼んだつもりが、マイオの代わりに俺がいたからである。

 

 

「マイオなら下で寝てます。俺は、まあ、代理です」

 

「ディアドラ様に続いてカリーナまでもが亡くなり、精神的な衝撃が大きかったようです。階段から足を滑らせて転び、頭を打ってしまったようで、現在もまだ意識が戻っておりません」

 

 

 すかさずレジーナが補足の説明をしてくれる。

 

 

「……それは分かった。

 だが、マイオの代わりはいない。仮にあなたにそれが務まるとしても、クライネルス家との繋がり、またこのイゼルマとの信頼関係がない以上、代わりにはなれない。

 こちらを気遣ってのことだろうが、大変申し訳ない。お引き取り願おう」

 

 

 海泡石(メシャム)のパイプ、その吸い口を噛み締めて、イゼルマの当主はこちらを睨む。

 

 当然といえば当然。彼が頼りにしていたのは"伝承科の魔術師"ではなく、マイオという"クライネルス家の薬師"なのだから。

 

 ここに来るまでの道中、イスローにも同じように言ったが、あまりいい顔をされてはいなかった。バイロン卿と同等とまではいかないが、それなりの拒否感を示していた。

 

 彼らが『魔術師』であることを感じる。

 

 ……いや、関係ないか。それ以前の問題だ。

 

 ぽっと出の小娘が、でかい顔をしながら、代理を担うなどと宣っているのだ。生意気に思われても仕方のないこと。

 

 が──、今回は押し通させてもらう。

 

 

「バイロン卿、それは勘違いです」

 

「……勘違い、だと?」

 

「ええ、そうです。俺がここに来たのは、なにもマイオに取って代わって薬師をやろうというものではありません。

 ()()()()()()()()としてこの場にいます。もしもの時、口添えするのがイスローさん一人では心許ないでしょう?」

 

「…………ほう」

 

 

 今回の事件、バイロン卿にとって大きな損失ではあるが、取り返せなくもない被害だ。

 

 手っ取り早いのはエルメロイに責任を負わせること。

 

 黄金姫の殺害とメイドの殺害。このふたつの犯人をライネスであるとし、エルメロイ派──もといロード・エルメロイⅡ世に賠償をおこなってもらう。

 

 いかに脆弱とはいえ、仮にも彼は現代魔術科(ノーリッジ)を統べる君主(ロード)。彼のポストや、エルメロイ教室など、旨みは多い。

 

 しかし、そこまですれば流石に元締めたるバルトメロイも黙ってはいないだろう。

 

 イゼルマというバリュエレータ派の閉鎖空間で起こった事件だ。奸計(かんけい)にて貶めた、と難癖をつけてくるのは目に見えている。

 

 だから、証人が必要だった。

 

 民主主義派閥(トランベリオ)でもなく、

 

 貴族主義派閥(バルトメロイ)でもない、

 

 中立主義派閥メルアステアによる証言が。

 

 

「ロード・バリュエレータがいますが、それでも口さのない連中はいますし、彼女もバルトメロイとの正面衝突は避けたいでしょう。もしものとき、イゼルマを庇ってくれるかは分からない」

 

「…………」

 

「だから複数人、別の派閥の者からの口添えが要る。

 イスロー・セブナン。織師としてはこれ以上ないほどの実力者ですが、政界における発言力は残念ながらあまりない。

 対して、俺はロード・ブリシサンからの覚えもめでたく、降霊科(ユリフィス)へも少し顔が利きます」

 

「……それは、どういうことだ」

 

 

 俺のプレゼンを黙って聞いていたバイロン卿だったが、最後の部分に眉を歪めた。降霊科への顔利きについてだ。

 

 確かに、敵対派閥へ通じているとも取れる発言である。疑問に思うのも無理はない。

 

 

「──ええ、だから、

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ですよ」

 

「な──」

 

 

 もう一度、バイロン卿が目を見開く。ころり、と眼球が溢れ出てしまいそうなほど、大きく。

 

 それだけでなく、慌ただしく椅子から立ち上がり、咎めるような鋭利な視線をこちらへ寄越してくる。

 

 

「……貴様!」

 

「バ、バイロン卿? ……黄金姫の死亡時刻について、なにかあるんですか?」

 

 

 バイロン卿の焦ったような様子で、何か変だと感じたのか、イスローが説明を要求する。

 

 

「ない! なにも! お前は、我々は、粛々と美を求めるだけだ!」

 

 

 無論、彼の言葉になど、いまのバイロン卿が応じる筈もなし。叫びともとれる大声でそれは拒絶された。

 

 

「そう焦らないでください、バイロン卿」

 

「どの口が……!」

 

「言ったでしょう? マイオの代理だと。

 彼に代わって、イゼルマ側に不利益のない証言をすると、そう言っているんです」

 

「──…………」

 

 

 黙り込み、考える壮年の男。

 

 眉間の皺は深く、彫刻のようだった。ある意味で、この時彼はこの工房と一体になっていた。

 

 

「何が目的だ」

 

「それはロード・ブリシサンからの便りに書いてある筈ですが。

 クライネルス家の近況。彼が協力しているイゼルマの成果。その視察のために、社交会への参加を希望する、と」

 

 

 元々、招待状の類いはなかった。

 

 爺さんがイゼルマに対して参加したい旨と目的を通達し、自身は忙しいという理由を取ってつけて俺が派遣されたわけだ。

 

 君主(ロード)の代理人、なんて御大層な肩書きがついてしまったのはその為だ。実際の権限なんて微々たるものである。

 

 

「昨夜の黄金姫の出来(でき)にマイオも少なからず関わっている。()()()()()()()()、巻き込まれるのは必然です。

 俺としては、君主(ロード)に平和的な報告をしたいと思っています。

 "多少のトラブルはあれ、クライネルスに瑕疵(かし)はなく、伝承科としての本分を全うしている" とね」

 

「まるでイゼルマには瑕疵があるような言い分だな」

 

「それはご自身が一番よく理解していらっしゃるかと存じますが。

 ──まあ、つまりですね。マイオを庇うために、イゼルマを庇うってことです」

 

 

 虚言である。

 

 爺さんには事実をありのまま述べるつもりだし、イゼルマを庇うつもりもまったくない。

 

 ただ、カリーナのためにマイオを庇う。

 

 バイロン卿にも、ロード・エルメロイⅡ世にも、まこと申し訳ないとは思うが、こればかりは性分なので仕方ない。

 

 それなりに上手いこといくように尽力するつもりではある。

 

 ──が、計画を立てる時間もなく、結果、行き当たりばったりなのが不安材料だ。

 

 噂に名高きかのロード・エルメロイⅡ世。大した準備もなしに、果たして俺が出し抜ける相手か否か。

 

 

 

 

 

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