イヌバラの思い出   作:ローズヒップティー

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/Like The Valley of Fear, maybe a little different


十五話 いれかわりたちかわり

 

 

 

「……ヴィジリア様」

 

「ん、なんです?」

 

 

 バイロン卿の工房からの帰り道、レジーナが遠慮がちに尋ねてくる。

 

 

「結局、バイロン様からは追い出されてしまいましたが、よろしかったのでしょうか」

 

「いや良くはないですよ? ……とはいえ、メインの目的は達成できましたし、トントンということで」

 

 

 順繰りに通り過ぎる絵画を横目に、隣のメイドへと言葉を返す。

 

 先の部屋での目的は主に二つ。

 

 その一つはイゼルマの工房そのもの。月の塔の最上階、工房の読み取り(スキャン)は無事に完了した。

 

 この眼鏡──魔眼殺しのある中だと、わざわざ部屋まで行かないとできないし、全て()終わるまで5分くらいはかかってしまう。

 

 もう一つの目的。

 

 ロード・エルメロイⅡ世の介入を受けての、バイロン卿の方針の確認。

 

 彼は(ケン)の姿勢を取るつもりのようだった。これが本気でエルメロイを潰すつもりだったなら良かったんだが、どうもそうではない。

 

 

「まったく、意外と消極的な対応で困る。敵対者は潰す、くらいの気概を持っていただきたいものだ」

 

 

 とはいえ、俺個人としてはその方がある意味ではありがたくもある。複数人の思惑が交差する、とは言うなれば、時に複雑怪奇な結果へと進むものだ。

 

 こちらのやりたいことを通すには、静観を選ぶ者がいる方が都合が良いのか。

 

 しかし、今回だとバイロン卿などにも少し動いてもらった方が……いや、実際のところどうなのだろう……。

 

 こんな時に未来視でもあればと思うが、どれだけ頑張っても視るのは難しい。過去視を以て擬似的に予測することも出来なくはないが、せいぜい1分後の未来を演算するくらい。

 

 今回はその過去視もない。蒼崎との約束を律儀に守るならば。

 

 ヒトとして、他者と契った約定を千切るのはいけない。当たり前のことである。

 

 結論のつかぬ思考と共に、悠々と革靴を響かせて、いまに絵画が途切れる。

 

 階段を下り、伽藍(がらん)とした一階の広間へと辿り着く。

 

 

「──時に、例のホムンクルスは調達できましたか?」

 

「はい、倉庫にて安置しております。ですが、社交会のためだけに鋳造されたモノですので、もう……」

 

「それは結構」

 

 

 ()()はとある仕掛けに使う。

 

 といっても、特に()ったものではない。よくある手法だ。気付くものも多いだろう。しかしそれは問題ではない。

 

 気付いたところで、その裏の目的までは決して届かないからだ。

 

 この手法を使わず、カリーナの死体を使うのが一番手っ取り早いのだが、流石にそれはできない。白銀姫、メイド、両名の賛同を得られないのもあるが、俺個人の感情としてもそれはナシだ。

 

 では、と思い立ったのが、カリーナに似せて造られたホムンクルスである。

 

 そも、あの時──社交会で見た黄金姫はディアドラではなく、またその御付きのメイドもカリーナではなかった。

 

 今よりずっと前、一ヶ月も前にディアドラは死んでいたのだ。

 

 あの場に居たのは別の人物。彼女は、蒼崎橙子の整形手術と、灰かぶり(シンデレラ)の魔術によって本物以上の美しさを得ることになった黄金姫付きのメイド。

 

 ────カリーナこそが、黄金姫の正体。

 

 そして、その穴を段々に埋める形で造られたのが、そのホムンクルス。

 

 先刻に白銀姫から聞き取った話によると、どうもそういうことらしい。

 

 バイロン卿は引けなかった。すでに黄金姫・白銀姫の話は有名であり、なにより他方へ完成が間近であると宣伝もしていた。

 

 今更、"黄金姫が死んだ"などと言える筈もなかった。

 

 だからこそ、蒼崎に、イゼルマになんの関係もない魔術師に頼るなんてことをするハメになった。

 

 ……これはマイオも知らなかったことだ。

 

 だからマイオの過去を仔細に視ていた俺にも分からなかった。

 

 

『マイオは────きっと、許せなかったんです』

 

 

 白銀姫──エステラの言葉がよみがえる。

 

 ディアドラが死んだことか。

       /それを知らなかったことか。

 

 カリーナが成り代わっていたことか。

       /それを知らなかったことか。

 

 バイロン卿が騙していたことか。

       /それを知らなかったことか。

 

 イゼルマの、それまでの全てか。

 

 彼は、何が許せなかったのだろうか。

 

 それはきっと俺には分からないことだ。理解の外側にあることだ。"魔術師"然とした彼らにしか解せないこと。そう思った。

 

 だからことさらエステラへ訊くことはしなかった。

 

 故に、ただひとつだけ尋ねた。

 

 "なぜ、マイオを庇うことにしたんですか"

 

 それにエステラは答えず、代わりにレジーナが前に出て答えた。

 

 

『双子である私たちは、互いの感情と思考をある程度伝達することが叶います。

 ──死にゆく直前、カリーナは私にこう伝えました。……マイオを助けて、と』

 

 

 ──────……。

 

 己を殺した相手を、そうまで想うか。

 

 好いた男が、自分に刃物を突き立てて、なお──

 

 俺が思うに、ヒトの美しさとはそういうものなのではないか。

 

 彼女はまさに黄金姫となり最上の美しさを得た。しかし、真に美しかったのはその内面。心のあり方ではないか。

 

 これこそが、俺が求めるヒトのあり方だ。

 

 損得によるものではなく、

 

 利己的であり、かつ利他的なもの。

 

 助けて、などと。本当はもっと跛行(はこう)的で乱雑とした感情だろうに。

 

 魔術師である彼が好きで、さりとて彼が魔術師の側面だけの存在ではないことも知っており、その部分も慕っていて、彼が自分を見てくれないことなど知っていて、でも今回のことは渡りに船なんて思ってしまって、自分の主の死が少し嬉しく思ってしまって、そんな自分に自己嫌悪して、黄金姫になってみれば彼は自分を見てくれて、でも見ていたのはあくまで黄金姫であって自分ではなく、それが無性にもどかしい気持ちになり、そして露見して、真相を話したら彼に殺意を向けられて、でもその時だけは真実自分だけを見てくれていたのが嬉しくて、殺した彼の心に自分の存在が突き刺さっていたならば、この先もずっと彼の心の柔らかいところに傷をつけていられたならば、なんて思う自分がちょっぴり嫌で、でもそう思うのも事実で、この後も彼が自分を想いながら生き続けて欲しかったのだ。

 

 ……きっと、本当に愛していた。

 

 で、あるならば──と。

 

 応えなくてはならないのだ。

 

 彼女は愛に殉じた。彼女は報われなくてはならない。そうじゃなきゃ嘘だ。

 

 嘘にしないために、我々が、俺が、為さねばならないのだ。

 

 この『愛』を否定させないために。

 

 

「──……レジーナさん、B級ホラー映画とかって見たりしますか?」

 

「……いえ、あまり……」

 

 

 俺の問いの意味がよく分からなかったようで、レジーナの返答は通り一遍といった風だった。

 

 確かにいきなりだったな、と自嘲する。お前は自己完結した言動が多い、とラフツァーツの家でも言われたな。

 

 改善する気はあまりないが、コミュニケーションを放棄するほど腐ってもいない。

 

 

「いや失礼、この事件の終結の仕方の話です。

 密室殺人に続いて、第二の殺人が起こり、『探偵』がこれを解き明かす。いかにもなミステリーですね。

 ──()()()()()()()()()()()

 

 

 カツン

 

 大きく靴を鳴らして立ち止まる。

 

 パチン

 

 指を鳴らして振り返る。

 

 

「犯人は──あなただ!

 ……なんてね。全部解明されて、イゼルマも()も終わりです。あのロード・エルメロイⅡ世はそういうお人です」

 

 

 パイプを咥えるような仕草をして、盛大にカッコつけて指をさす。眉間に皺を寄せて、声もできるだけ低くして。

 

 彼がシャーロック・ホームズを気取るような男ではないと分かってはいるが、あくまでイメージとしてだ。

 

 

「……このままでは、全て明らかにされる、と?」

 

「端的に言えばそうです。かといって強硬手段を取るのも立場上よろしくはない。あれでも君主(ロード)ですからね、彼は」

 

「では──」

 

「ええ。なので、()()()()()()()()()

 

 

 そう、探偵とは解き明かす者。秘匿者たる魔術師とは対極に位置するが、かのロード・エルメロイⅡ世とはそういう男である。

 

 故に、ミステリーではいけない。

 

 それでは終着点(ゴール)が『解明』で固定されている。

 

 

「ジャンルを変えてしまいましょう。

 人を殺す恐るべき怪物から逃げ回り、やがて最後には打ち倒し、ハッピーエンド。そんな陳腐(チープ)なホラー作品に」

 

 

 謎の怪物が登場するホラーも広義のミステリーである、という主張もあるが、それはそれ。

 

 ゴールが違うので、俺の定義ではアレらは違うものだ。

 

 ミステリーの終わりが解明であるのに対し、ホラーの終わりは『解決』である。

 

 怪物を倒し、あるいは退け、日常へと回帰する。

 

 怪物の正体とか、事件の真相とか、そういったものへのツッコミは無粋である。正体不明の怪物が事件を起こし、登場人物たちの奮闘により怪物がいなくなって事件は終わるのだ。

 

 それ以上はなにもない。

 

 

「──定義する(define)──」

 

 

 眼鏡の内側。僅かな反射を以て、それを鏡であると定義する。

 

 

Mirror, Mirror, on the wall(鏡よ鏡、答えなさい)……」

 

 

 壁に掛かっていないし、喋るわけでもない。ただし、定義上それは"壁にかかった魔法の鏡"である。

 

 脳裏に思い浮かべるのは、先の工房で読み取ったひとつの魔術礼装。

 

 ──水盤。

 

 それは、古びた陶器に水が張られた、このイゼルマの魔術礼装であった。水面に浮かぶ波紋によって、繋がった土地の魔力の動きを精密に把握する、というのが本来の性質だ。

 

 今回、そこから水鏡の性質としての側面を抽出し、硝子の反射と照応させている。本物通り波紋を見る方が簡単だが、動き回る都合上、こちらの方が使い勝手がいい。

 

 眼鏡の内側に映される魔力の波。水の波を光の波へと変更した都合、それはサーモグラフィーのように鮮やかな色彩を伴っていた。

 

 魔術師の住処だけあって全体的にマナは濃いが、それでも魔術師の魔力が分からないほどではなかった。黄色や赤の星が、ゆらり、ゆらり。遠くに揺れている。

 

 

「……うん。いないな。重畳(ちょうじょう)と云えるか」

 

 

 周囲に魔力反応なし。

 

 強いて言えば、最上階にバイロン卿とイスローはいるが、動く気配はない。

 

 よし。じゃあ、やるか。

 

 さしずめジェヴォーダンの獣……いや、俺なんだから『バスカヴィルの魔犬』だな。

 

 

「では、決行といたしましょう。レジーナさん、倉庫まで案内をお願いします」

 

「かしこまりました。こちらへどうぞ」

 

 

 レジーナに連れられて倉庫を目指す。月の塔からさほど離れていないので、数分とかからずに着くらしい。

 

 先導するメイドの揺れる後ろ髪を眺めながら、これからの動きを脳内で再度シミュレーションする。俺の脳は高度な演算ができるほど優秀なものでもないが、一応の確認作業のようなものだ。

 

 日に当たって乾いた地面と、草木に隠れていたせいでまだ濡れている地面を交互に踏みしめていく。

 

 その度に、この展開になったらこう、とか、こっちの展開ならこう、とかを想像する。

 

 繰り返すこと数回。

 

 話の通り、数分ともかからずに件の倉庫へと到着する。

 

 

「こちらです」

 

 

 それは、古びた材木を寄せ集めたような見窄らしい小屋だった。とても使われているようには見えない。蛇の一匹や二匹、住み着いていてもおかしくはない。

 

 

「本道より外れた、脇道の整備のための道具をしまっておくためのものでございます。私どもも滅多に使用しないため、このような形に」

 

「なるほど」

 

 

 俺の様子を見て、レジーナが説明をしてくれる。だとしても荒れすぎだろうとは思うが、数年も野晒しにしていれば、こうもなるか。なる、のか?

 

 まあ、些事ではある。

 

 とっとと本命を済ませてしまおう。

 

 ガチャリ と扉を開く。ドアノブは錆びついていたものの、引っ掛かりを覚えることもなくすんなりと開いた。

 

 中は想像よりもずっと綺麗だった。

 

 隙間風こそ入るだろうが、床が砂や土で汚れているということもなく、レンガの肌がきちんと見えていた。

 

 周囲には刈込鋏や脚立などが置かれている。うっすらと埃こそ被ってはいるが、壊れている様子はなく、すぐにでも使えそうなものばかりである。

 

 そんな中、端の方にあるマットの上に、ひとりの女が横たわっていた。

 

 隣に佇むレジーナ、死んだカリーナと似た容姿をしていた。あの日、あの社交会でカリーナとして振る舞っていたホムンクルスであった。

 

 寝ているかのような穏やかな表情。しかし、ぴくりとも動かない。

 

 死体である。

 

 というか、死体でなければ少々困る。人造生命とはいえ、命を奪う行為は心地よいものではないからだ。

 

 死んでいるからいくら傷つけても心痛まない、というわけではないが、やはり生死の違いは大きいものがあると思う。()()()()()()()()()()()のだから。

 

 

「──では、始めよう」

 

 

 

 

 

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